虎の章/第47’話『仲間の故郷にて〜影を捕まえろ〜』
何でかはよく分かってないけど、今俺は森の前にいる。
まぁ、祭に「一緒に来い」って言われたから着いてきただけなんだけど……
「んで祭、何するんだ?」
「森の中に入ったら話すと言っておるじゃろ?」
「その割には得物持ってこいとか、何かの訓練でもするのか?」
「そんなところじゃ」
他に一緒にいるのは、玲梨に李緒に穏だ。
んで、その後ろに30人くらいの兵士がいる。
この兵士たち、軍の中でもかなりの精鋭じゃなかったっけ?
3人くらいは一緒に工作活動したことあるし……
「この辺りですね」
森の中に入って、しばらく奥へ進んだ。
んで、ようやく祭たちが足を止めて、穏が口を開いた。
「そうじゃな。では皆の者、これより訓練を開始する!心してかかれ!」
「よっしゃ!アニキ、気合入れて行こうぜ!」
「気合入れるのは良いとして……祭、もういいだろ?」
「あぁ。これより行うのは、対工作員の訓練じゃ」
「工作員の?」
「そうだ。この森の中に、思春と明命が工作員として前もって潜んでいる。それを、自分たちがそれぞれの小隊を率いて見つけ出すという訓練だ」
具体的な説明は玲梨がしてくれた。
成程、そう言う訓練か。
今までこんな訓練の経験なんてないし、いい機会かもな。
「こっちを全滅させたら思春たちの勝ち。思春か明命のどちらか一人を捕まえたらオレたちの勝ち。分かりやすいだろ?」
「確かに分かりやすいけど……片方だけ捕まえたらいいのか?断然俺たちの方が有利な気がするんだけど?」
「甘い、甘いのぉ直詭」
「何がだよ?」
「二人は孫呉の中で最も優れた工作員。見つけ出すのは容易ではありませんよ?」
「しかもな?向うに狩られると、恐ろしい目に遭ってしまう」
「恐ろしい目に?何かされるのか?」
「あぁ……顔中のいたるところに──」
ドサッ!
玲梨が続きを説明しようとした、まさにその時だった。
「「「っ!?」」」
「え?お、おい、何が……?」
何かが倒れた音が、俺たちの後ろの方から聞こえた。
全員の視線がそこへと向けられる。
「……始まったぞ、二人の狩りが」
そこには、気絶した一人の兵士が倒れていた。
「……成程、こりゃ気合入るな」
「しかもそれだけではないぞ?」
「ん?あぁ、そう言や何かされるとか、玲梨が言いかけてたな」
「あぁ。こやつの顔を見てみるといい」
そう言って、祭が兵士の顔をこちらへと見せて来る。
その顔には、墨で落書きが施されていた。
『一番最初にやられちゃいました、ざんねーん』
「狩った相手には、明命からもれなく落書きされる。しかもこの墨、ちょっとやそっとで落とせないというから堪らん」
「落書きされた顔で街を通り、城まで戻らないといけないんです。しかも、仲間に負けたという屈辱付きで……」
「相当な罰だな」
「まぁ、訓練は訓練と思ってやっても意味がない。これくらいの罰が無いと、兵も真剣に取り組まんからな」
……にしても、音もなく襲ってくるのか。
鬱蒼と生い茂る森の中だと、いくらでも身を隠せるし気配も消しやすい。
ついでに、思春も明命もそれなりの手練れだ。
さっき俺らが有利とか言ったけど、実際は向こうが優位かもしれねぇな。
「よし、では全員密集陣形を取れ!」
祭の指揮で、皆がその場に固まる。
それぞれに兵が割り当てられ、俺もその内の一小隊の兵を集める。
これは少しでも離れると一気に狩られるな。
「さて……目的は思春か明命のどちらかを捕まえること」
「ってことは、ここで集まってても仕方ねぇな」
「うむ、あくまでも工作員を捕まえる訓練じゃからな」
「なら、小隊単位で動くか?」
「そうしよう。当初の予定通り、五小隊別れて動くぞ」
「では、しばらく索敵したらこの地点に戻ってきましょう」
「どっちか捕まえたらそれで終わりだもんな。待ってろよ思春、今日こそとっ捕まえてやる!」
……えらく李緒が張り切ってる。
しかも、その敵意は思春にだけ向いてるみたいだ。
明命の方は良いのか?
「では各々、分かれて動くぞ。皆、武運を祈る」
●
んで、小一時間くらい経ったか……
最初に分かれた場所まで戻ってきた。
他の皆も戻ってきたけど……
「……そっちもか?」
「あぁ。兵士は全滅じゃ」
「くっそぉ!一瞬だけ思春の気配がしたのに!」
「つまりは、残ってるのはこの5人だけと言うことですねぇ」
出来るだけ周囲を警戒しながら進んだつもりだったんだけど……
少し物音がした途端、その音と逆の方向にいる兵士がまずやられた。
んで、やられた兵士に気を取られるとまた一人……
そんな感じで、情けなくも一人になったのでここまで帰ってきた。
「流石に手ごわいな」
「この人数で探せるかどうか……」
「ま、まだオレは負けを認めてねぇぞ?!アニキだってそうだろ?!」
「まぁ負けは認めたくねぇけど……って、あれ?」
不意に、穏の気配が消えた。
それに気づいたのは俺だけだったらしい。
急に俺が辺りを気にし始めたのを見て、他の3人の表情が強張る・
「ど、どうした直詭?」
「いや、穏は?」
「何?そこにいる──」
祭が指差した場所に、穏は居なかった。
……全員、思わず息を呑んだ。
「の、穏……?」
玲梨が呼びかけながら、少し奥の草むらの中を除く。
するとそこに、縄で後ろ手に縛られ、気絶している穏の姿があった。
「……これで4人か」
「しかもこんな落書きまで……」
「どんなだ?」
玲梨が指を指したのは、穏の胸元。
そこに、『胸にしか存在価値無し』と書かれてた。
「……ひでぇ」
「これだから明命の落書きは……」
ガササッ!
不意に、後ろで草むらが激しく揺れる音がした。
俺と玲梨が反射的に振り向くと、そこには木に括りつけられて気絶している祭の姿があった。
「祭?!」
「くぅ……このわずかな隙に……」
「あ、アニキ!コレ!」
李緒の示す場所は、穏の時と同じく胸元。
そこには穏と同じように、『お酒が溜りまくった胸』の文字。
……明命、少し胸に執着しすぎじゃねぇか?
「これで残りは3人か……」
「いっそこちらから仕掛けるか?」
「なら、見晴らしのいい場所に移動しようぜ?」
「そのほうが良いな。てか、森の外に出て作戦立て直さねぇか?」
「それはできない。森の外に出た時点で、自分らの負けが確定する」
「なら、降参って言うのは?」
「こっちが全滅するか、向うのどちらかを捕まえる以外に、この訓練は終わらねぇんだよアニキ」
「……随分と厳しい訓練考えたもんだ」
取り敢えず移動しないとな。
流石にこれ以上人数を減らすわけにはいかない。
3人とも息がかかるくらいに密着しながら進もうとしたんだけど──
「あ!アニキ、玲梨!あそこ!」
「「え?」」
李緒が指差しながら叫んだ。
その方向を見て見ると、一瞬だけど思春の服の一部が見えた。
「思春!今度こそ逃がすかぁ!!」
「ま、待て李緒!」
「お、おい二人とも……!」
まず李緒が突っ走って行った。
んで、その後を玲梨が追いかけて行く。
……マズいな、俺一人になってしまった。
「……さて、どうしたもんか……」
背後を取られないように木に背中を預ける。
恐らくは、今の思春の行動は罠。
確実に二人ともやられるだろう。
ってことは、俺が狩られるのも時間の問題か……
「んー……このまま真正面から挑むのはバカを見るだけだし、かといって奇策があるわけでもないし……」
これだけ身を隠す場所が多いんだ。
てか、木の上とかに潜まれたら、頭上の死角を突かれるようなもんだ。
……………待てよ?頭上?
「……よし。訓練に参加してる皆には悪いけど、少し遊ばせてもらうとするか」
●
「これでよし、と♪」
「明命、済んだか?」
「あ、思春殿。はい、二人ともこのように」
「ふむ……玲梨殿は『年を食っても胸だけ成長しませんでした』で、李緒は『連敗記録絶賛更新中』か。相変わらずえぐいな」
「でもこの位の事を書いたほうが良いと、冥琳様からも言われていますし」
「ふっ……まぁいい。これで残るは白石だけだが……」
「直詭さんですか……かなり厄介な人を残しちゃいましたね」
「雪蓮様に匹敵する腕前で、気配を敏感に察知できる視野の広さを持つ将……確かに厄介だ」
「李緒が突っ走った時も、落ち着いてその場にとどまっていましたもんね……」
「それだけならよかったのだが……」
「……思春殿?何かあったんですか?」
「言い難いのだが……白石を見失った……」
「ええっ?!だって思春殿、二人を引き付けた後に直詭さんのところに行ったんじゃ……?」
「あぁ。だが、気配が急に消えて、その場所を確認したのだが……白石の姿はなかった」
「……逃げちゃったってことですか?」
「かもしれん。すぐに探すぞ」
「はい!あ、ひょっとして森の外に出ちゃったとかは……?」
「それならそれで楽が出来る。だが、白石の性格を考えれば、そんなことはしないと思うが……」
「……確かにそうですね。取り敢えず、探してみましょうか」
「そうだな。見つけ次第、合図を送ることとしよう」
「了解しました!」
●
「うーん……ここにもいませんねぇ」
ガササッ!
「直詭さんの気配が消えたのが確かここ……そこを中心に探してみたのに……影ひとつ見えないって言うのは……」
「明命、いたか?」
「いえ……思春殿の方は?」
「念のために森の外を見てきたが、姿は確認できなかった」
「そうですか……」
「私はもう少し奥の方を探してみる。明命は念のため、この付近を捜してくれ」
「分かりました」
ガササッ!
「うーん……工作員相手に気配を消すなんて、直詭さんも何考えて──」
「──ここまで気付かれないとさすがにショックなんだけど?」
「へ?えええっ?!!」
木の上から下を見下ろしてた明命。
その背後に忍び寄って、首元に刀を突きつけ、落ちないように腰に手も添える。
勿論だけど、突きつけてるのは峰の方だ。
暴れられて怪我させる訳にも行かねぇしな。
「ななな直詭さん?!一体どこにいたんですか?!」
「俺か?ずっとこの木の上にいたぞ?」
「木の上?!なんでそんな所に?!」
「いや、ちょっと考えたんだけどな?このまま一人で、隠密行動に優れた二人をあぶりだすのは厳しいと思ってさ。んで、二人の死角を突く方向にしたんだ」
「私たちの、死角?」
「あぁ。一度思春から身を隠した時に、大体どのくらいの高さから相手を探してるか確認したんだ。んで、思春がいなくなった後に、それよりもさらに高い位置で待機してたってだけだ」
「死角を突けるなら、木を飛び移った方が手っ取り早かったのでは?」
「そんな練習したことねぇし、間違って落ちたら大怪我するだろ?顔に落書きされるよりもよっぽどバカだよ」
まぁ、普通に考えて俺は地面に立ってると思うよな。
その思考の外側で待ち構えてたわけだから、明命も今こんなに慌ててるわけだし。
いやはや、遊びのつもりだったけど、こうも上手くいくとはな。
「取り敢えず明命、このままだと危ないから降りようか。まさか、今更逃げたりしねぇだろ?」
「はい……うぅぅ〜……」
しょんぼりした顔で明命がまず木から降りる。
その後に続いて、俺も降りる。
降りてから明命が随分と大人しかったし、悪いとは思ったけど片方の腕をつかませてもらった。
「思春!明命を捕まえたから出てきてくれるか!」
俺がそう叫んですぐに、別の場所から思春が姿を現した。
その顔はやや呆れてると言った様子。
多分、さっきまでの明命との会話は聞かれてたんだろうな。
「……悪いな思春、訓練をめちゃくちゃにして」
「構わん。手段はどうあれ、工作員を捕まえた白石の勝ちだ」
「でも……俺のしたことって、所謂ズルじゃねぇか?」
「敵をあぶりだすために敢えて身を隠すというのは、実際にも用いられる兵法の一つだ。それに、今回は我らが虚を突かれたというだけの話。白石に恥じる点は無い」
「それに、直詭さんは私たちの行動をちゃんと読んでいましたし、私たちも相手が木に登るなんて考えもしませんでした。だから、今回は私たちが完全に裏をかかれたってことでいいんです」
「それでいいのか?」
「はい。あ、逃げるつもりはないので手は離してもらっても大丈夫ですよ?」
「ん?あぁ、忘れてた」
明命の腕から手を離す。
それを見て思春が森の外へと足を向けた。
「他の皆は?」
「すぐに目を覚ますだろう。そうすれば、自力で森の外に出てくる」
「分かった。じゃあ、俺も外に出るか」
●
「チェッ……今回も負けかよ……」
「そう不貞腐れるな。直詭が勝ったんじゃから、それで良いではないか」
「けど、この落書きは残ったままっすよ?!」
しばらくして、皆が森の外に出てきた。
まぁ予想してた通りと言うかなんというか……
さっきからずっと李緒が不満ばっかり言ってる。
てか李緒、アレはお前が突っ走るから悪いんだって……
「では今回の訓練、工作員側の負け……厳密には、白石の勝利と言うことで」
「うむ」
「あんな勝ち方でも皆納得してくれんの?」
「勝ちは勝ちだ。直詭、もっと誇っていいぞ?」
「んー……」
「では、これにて訓練は終了──」
「あ、ちょっと待て」
玲梨が終了宣言しようとした時だった。
不意に祭が口を挟んだ。
「ん?祭、どうかしたか?」
「いや何、直詭には何か褒章をやらんといかんじゃろ?この訓練の唯一の勝者じゃし」
「別に要らねぇけど?半ば遊びで勝ったようなもんだし……」
「いや、祭の言う通り。思春たちに勝ったというだけでは、やられた自分たちも収まりがつかない。思春たちから何か貰ったほうが良い」
「何かって言ってもなぁ……」
そんなすぐには思い付かねぇし……
「なら、勝者の権限で、思春ちゃんたちにイタズラするって言うのはどうです?」
「なっ?!」
「ふぇっ?!」
「おい穏……」
「私たちだって、こんな落書きされちゃってますもん。それでいいですよね皆さん?」
「儂はそれで構わんぞ」
「自分も」
「……癪だけど、勝ったのはアニキだし、オレもそれで納得する」
「はい〜、満場一致ですね〜」
「イタズラって……」
「そんなに難しく考えなくていいんですよ。明命ちゃんみたいに、二人の顔に落書きするとか、その程度でいいんですよ」
「あ、それでいいのか。なら……明命?」
「は、はい?」
「ちょっと墨と筆貸して?」
「あ、はい」
明命から墨と筆を受け取る。
……さてさて、どんな落書きをすべきか……?
「あーでも、俺が捕まえたのは明命の方だし、明命だけでいいか?」
「……私に情けをかけるつもりか?」
「そうじゃねぇよ。単に、二人分の落書きするのが面倒なだけ。もしも思春を捕まえてたら、思春だけにするってことにしただろうし」
「そうか……分かった」
「じゃあ明命、目は閉じてじっとしててな」
「はい……!」
そんな縮こまらなくても良いって……
んー……何を書こうかな……?
確か明命は穏とかに胸の事書いてたよな……
……でも、俺がそれを書くとセクハラになるな……やめとこ……
「じゃあ……コレをこうして……あと、コレを……」
「……ぷっ!ハハハ!直詭、何じゃそれは!?」
「あはははは!随分と可愛くしたものだな!」
「あらら〜♪明命ちゃんが更に可愛くなっちゃいましたね〜♪」
「あ、アニキ、それは反則だって……!ククク……!」
「え?え?え?皆さん、一体何を笑って……?」
「よし。こんなもんだろ」
……人の顔に落書きするのがこんなに楽しいとは思ってなかった。
次回もまた参加させてもらえるなら、是非とも勝って、今度は思春にしてやりたいな。
「お、おい白石……ククッ……明命を犬にしてどうする……?」
「い、犬?」
まぁ、ちゃんと犬と見てもらえてよかった。
犬っぽいヒゲとか鼻とか、そんなに絵心は無いけど、ちゃんと犬に見えるらしいな。
ならそれでOKだ。
「さて、子犬明命の完成だ」
俺のトドメの台詞で皆爆笑だ。
当の明命は、一気に恥ずかしくなったらしい。
耳まで真っ赤にして、その場に蹲ってしまった。
「さて、と。明命、生憎とこれで終わりじゃないんだよ」
「ええっ?!まだ何かあるんですか?!」
「あぁ。この顔のまんま、俺に抱っこされて城まで帰ろうか」
「ええええええええっ!!??」
で、城までの道中……
街の人々からの温かい視線と笑い声に包まれながら、真っ赤な顔の子犬を抱っこするという面白い結果となった。
……うん、正直かなり楽しかった。
またこういう事しても良いな。
「うぅぅぅ〜〜〜……!今度は直詭さんを真っ先に捕まえますからね?!」
「あぁ、楽しみにしてる」
後書き
ちょっと明命いじり過ぎたかな?
まぁ可愛いからいいか(オイ
次は思春の顔に落書き……できるのかなぁ?
出来たとして何書かせよう?
……誰かいい案ください(オイ
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