虎の章/第49’話『仲間の故郷にて〜獅鬼と阿蒙〜』


「すまないな白石、非番の所を呼び出して」

「気にしてねぇよ。冥琳の事だし、別の日に休みを宛がってくれるんだろ?」

「あぁ、その予定だ」

「だから気にしてねぇ。んで?」


休みの日にはちゃんと休ませてくれる冥琳が珍しく呼んだんだ。
何か頼みがあるってことなんだろう。
……そういや、他の皆の姿を見ないな。
まぁ呉の大地を取り戻してまだ日も浅いんだ。
それぞれに仕事があったって別におかしい話じゃない。


「揚州の南西に位置する街に盗賊団が現れるという報告が入ってな」

「それの討伐?」

「あぁ。だが、白石にはかなりの負担をかけることになりそうでな……」

「負担かどうかは俺が判断する。まずは情報くれるか?」

「分かった。賊の規模は大凡200人、軍師は要しておらず、言うところの烏合の衆と判断してもらって構わない」

「一人一人がそれなりに強いとか?」

「強さとしては、少し訓練を受けた兵士程度だろうな。白石からすれば、さほど難なく倒せる相手しかいないはずだ」

「200人程度でその程度の腕前の奴らか。なら、いつもみたいに兵士を貸してもらえればすぐ終わるんじゃねぇの?」

「……そこが問題でな」

「……何かありそうだな」

「この際包み隠さずに言うが、すぐに用意できる兵は100が限界だ。しかも、全員新兵と言うおまけ付きでな」

「……なんだ?俺に対する新手のイジメか?」


ちょっとふざけて返事してみれば、冥琳は苦笑しながら溜息を吐いてる。
……成程、マジでそれだけしか用意できないのか。


「どうだ?よっぽどの負担だろう?」

「まったくだな。んで、俺以外に出られる奴は?」

「武官は全員無理だな。軍師も亞莎しか出せない状況だ」

「亞莎は使っても良いのか?」

「今は穏と一緒に政務処理をさせているが、穏一人に押し付けてしまえばいいだけの話だ」

「……それ聞いたら穏泣くんじゃねぇか?」

「穏も次代を担ってもらう一人。あの程度の雑務くらい一人でこなしてもらわなくては困る」

「ったく……雪蓮も冥琳も、教育に関してはスパルタなんだな」

「すぱるた?なんだそれは?」

「手っ取り早く説明すると、厳しく指導するって意味だよ」

「ほぅ?そんな言葉があったとは……だが、雪蓮はすぱるたというよりは──」

「ま、今はそれはどうでもいい。南西の街って言うと、今から馬で行けば陽が暮れる前には着けるか」

「頼めるか?」

「俺以外に人手が無いんだろ?なら引き受ける」

「助かる。兵の準備と亞莎への通達はこちらで行う。白石は城門で待っていてくれ」

「分かった」


さてさて……
結構な無理難題を突き付けられたな。
どうしたもんか……

取り敢えずは亞莎と相談しないことには始まらねぇな。
それに、こっちは新兵だけの軍。
きっちりと陣形を敷けるかも不安だし、まともな功績も期待できないな。


「……なら、相手の動揺を誘ったり……んー……やっぱ俺、軍略って言うのは苦手だな、いい策が思い付かねぇ」

「あれ?ナオキ、どっか行くの?」

「ん?あぁ、小蓮か」


不意に横の方から声がしたのでそちらを向く。
俺を見つけたからか、小蓮が小走りで寄ってきた。


「得物を腰に携えて、これから訓練とか?」

「いや、盗賊団の討伐を頼まれてな。ちょっと亞莎と一緒に行ってくる」

「討伐?でも、さっき穏から聞いたけど、殆どの兵隊さんって揚州各地に散らばってて、ここには新兵ぐらいしか残ってないんじゃないの?」

「まさにその通りだ。我ながらよくもまぁこんな難題引き受けたと思うよ」

「でもナオキのことだから、大した問題じゃないよね?」

「過大評価すんなって。味方の兵は敵の約半分、しかも戦場慣れしてない奴ら率いて戦うんだぞ?」

「それを何とかしちゃうんでしょ?」

「何とかできればいいけどな」

「出来ると思うよ?だってナオキは“天界の獅鬼”だし♪」

「……あぁ、そういやそんな渾名あったな」

「え〜っ?!折角シャオが考えてあげたのに忘れちゃってたの?!」

「雪蓮とかとの会話で、そんな単語出てこねぇからな。まぁ、今から連れて行く連中はそう呼んでくるけど」

「いい機会だから見せつけてくればいいじゃん♪獅鬼に歯向かうとどうなるかって♪」


ったく、このおてんば娘は本当に……
他人事だと思ってこんなにも気楽に言ってくれやがる。
てか、その二つ名もそんなにまだ浸透してないんじゃねぇのか?
敵が知っててくれたら幾分か楽は出来るだろうけど……


「取り敢えず行ってくる。小蓮も、あんまり勉強サボんなよ?」

「ほらまた!またシャオのことを──」

「俺にちゃんと“シャオ”って呼ばせたいなら、普段から真面目に勉強することだな」

「ぶぅ〜っ!」


頬っぺた膨らませた程度じゃなぁ……
生憎だけど呼んでやろうって気にはならない。
……まぁ、小蓮と少し話せて気は楽になったかな。
これなら落ち着いて戦えるだろう。











城門で亞莎や兵士たちと合流した後はすぐに出発した。
街の被害の事を考えて、まだ不慣れだとは思ったけど行軍は急がせた。
おかげで、街に到着したのはまだ夕方になる手前。
少し兵士たちを休ませるぐらいの余裕はあるな。


「亞莎は大丈夫か?」

「はい、問題ないです」

「じゃあ早速だけど、敵の様子とかは掴めてる?」

「街に在中している兵士から報告を受けています。現在は、街より少し離れた場所に野営して、食事の真っ最中とのことです」

「食事中か……見張りとか伏兵は?」

「見当たらないとのことです。どうします直詭さん?」

「そうだな……」


油断しきってるなら今が攻め時だろう。
ただ、こっちの兵士たちはもうちょっと休憩したほうが良いのも事実。
まぁ、祭とかに言わせれば甘いんだろうけども……
そうなると、俺の考えとしては──


「なら亞莎、奇襲をかけるぞ」

「奇襲ですか?」

「あぁ。まず、俺が一人で暴れて来る。頃合いを見て兵を投入してくれる?」

「一人でですか?!それは危険すぎます!」

「問題ない……なんて、自信過剰なことは言わねぇよ。ただな?戦慣れしてない奴らに、息が上がってる状態で戦えって言うのもどうかと思うしさ」

「で、ですけど!直詭さんに何かあったら、それこそ兵の士気に関わります!直詭さんの武を疑う訳ではありませんけど、兵の準備が整うまで待って──」

「……悪い、待てない」

「え?」


……多分だけど、冥琳か穏ならOKくれたんだろうな。
まぁ、亞莎は軍師として発展途上みたいなことを穏が言ってたし、少し助長してやるか。


「そうだな……じゃあ亞莎。今から俺の問いに答えてくれるか?」

「へ?い、いきなり何ですか?」

「いいから。問いは全部で三つ。軍師なら即答できるような簡単なものだから、答えてもらっていいか?」

「は、はい……」

「じゃあ行くぞ。まず第一問目・奇襲をかける際、動員する兵は多いほうが良いか少ないほうが良いか、どっちだ?」

「それは少ないほうが良いです。奇襲は殲滅を目的としていませんし、相手の動揺が誘えるなら少ない方が好ましいかと」

「俺もそれは同感だ。じゃあ第二問目・臨戦態勢の整った新兵と丸腰状態の熟練兵、これがぶつかった際に勝つのはどっちだ?」

「新兵の方ではないんですか?いくら熟練の兵とは言え、丸腰なら対応が追いつきませんし……」

「その通りだな。じゃあ最後・今の二つの問いの答えと俺たちの置かれている状況を鑑みて、相手に奇襲を行おうと考えた場合、動員するにふさわしい人数とその人間を答えてくれ」

「えっと、それは……──」


自分がどれだけ意地悪な問題を出してるかは分かってる。
その俺の意図を汲み取ったうえで亞莎は答えなきゃならない。
……冥琳にスパルタとか言っておいて、その実俺も同じようなもんだな。


「……でも、やはり直詭さん一人で行かせたくはありません!」

「それだと軍師失格の烙印を押されるぞ?」

「構いません!もしも直詭さんに怪我をさせたとあっては、それこそ軍師の名折れです!」

「……怪我すると思ってる?」

「だって!相手は200人ですよ?!直詭さんの武を拝見したことはありませんけど、それでもやっぱり──」

「はい亞莎。今はこの場に冥琳も穏もいないから俺が代わりに言うけど、軍師失格だよ」

「え……?」


突如として自分に指をさされた上にそんな言葉言われたらさすがに驚くか。
ったく……軍師の方の教鞭なんてまともにとれねぇぞ?
でもどうせ冥琳の事だ、こうなることも予見してたんだろうな。
なら、ちょっとくらいはベクトル違うことも頑張ってみるか。


「なぁ亞莎、軍師に必要なものは何だ?」

「そ、それは、数多くの軍略や兵法をはじめとする知識で……」

「そう、知識だよな?」

「はい、そうだと思いますけど……」

「知識を別の言い方にすれば情報だ。じゃあ、敵と戦うにあたって必要な情報はどう言ったものになる?」

「相手の兵数や将兵の詳細……他にも兵糧や軍略など……」

「その言い方だと、必要な情報は“相手の持ち札”ってことになるな」

「……違うんですか?」

「違うとは言わない。ただ、足りないって言わせてもらう」

「足りない……?何か足りてないんですか?」

「気付けないようなら、本格的に失格の烙印押されるぞ?」

「あぅぅ〜〜〜……」

「……まぁ、今回は助け舟出してやるよ。その“相手”と戦うのは誰だ?」

「それは……“味方”ですよね──あっ!」

「そうだ。軍師として行動するにあたって、“相手の持ち札”と“味方の持ち札”を見比べながら策を講じないといけない。軍師なら当然の事だよな」

「……はい」

「んで、今ある“味方の持ち札”の中で、敵に効果的な奇襲が出来る“札”は限られてる。でも亞莎は、その“札”がどれほどの力を持っているかを知らない」

「……兵法書ばかりに目を向けていてはダメだと、そう言うことですか?」

「さぁな、そこまでは教えられない」

「……………」

「ただな?」

「……………?」

「武将の役目は“持ち札”を使って戦うことだけど、軍師の役目は“持ち札”の選択肢を与えることだと思うんだよ」

「選択肢を、与える……?」

「それが軍略ってやつだと、俺は思うけどな」


……教鞭はここいらが限界だな。
あとは今後の亞莎の努力次第。
今回の戦いをしっかりとその目に焼き付けて、選択肢の数を増やしてもらわないと。


「亞莎、ちゃんと物は見えてるか?」

「……え?あ、はい。最近新しい眼鏡に変えたので、しっかりと見えています」

「なら、俺って言う“札”の程度を今から見せる。新兵って言う“札”をどの頃合いでどういう風に使うかは任せるからな」

「……はい!直詭さん、ありがとうございます!」

「別にお礼言ってほしいわけじゃないけどな。じゃあ、行ってくる」

「はい。でも……本当に気を付けてください」

「あぁ」


次は……新兵の方だな。
えっと、取り敢えず……あいつでいいか。
なんか体力有り余ってそうだし。


「君、いいかな?」

「へ?あ、はい!何ですか獅鬼様?」

「俺の軍旗を持って着いてきてくれる?」

「着いて行くって……どこにですか?」

「これから敵陣に奇襲をかける。ただまぁ、君は俺の旗を持ってきてくれるだけでいい」

「……まさか、獅鬼様お一人で?」

「兵の皆はまだちょっと疲れてるだろ?君はこの中で一番体力ある様に見えたし、取り敢えず敵に旗を見せたいだけだから」

「……ほ、本気ですか?」

「本気だ。それと、適当なところで味方の部隊に戻っていいから」

「……わ、わかりました」


少し声が上ずってるな。
まぁ、今から戦場に行くってなればそうもなるか。
……昔は俺もそうだったし……



旗を持たせた兵士を一人だけ連れて、敵の野営まで徒歩で向かう。
向うが気付くかどうかはこの際どうでもいい。
新兵たちが華々しい初陣を飾れるよう、将としてそれなりにお膳立てしてやらねぇとな。


「……ん?なんだあいつ……?」


敵方の一人がようやく気付いたらしい。
でも、もう俺も目と鼻の先まで来てるんだ。
気付くのが随分と遅すぎるんだよ……


「君はここまででいいよ。俺の旗、倒さないでよ?」

「か、畏まりました獅鬼様!」

「しぃきぃ〜?なんだそりゃ?」


たった二人で近づいてくれば、俺らが敵なのかさえ疑ってくる。
まだ相手は武器すら持とうとしない。
……それでいい……


ドスッ!


「うぐっ?!」

「な、なんだっ?!」

「おいてめぇ、いきなりなにしやがる?!」


……獣が吠える。
高々一匹屠った程度でよく吠えるもんだ……


「……お前ら、目と耳はあるか?」

「あン?何言って──」

「目があるならよく焼き付けろ、耳があるなら聞き漏らすな。我が名は白石直詭……孫呉の小覇王と共に歩む、天界の獅鬼」

「しき?……しき、しき……はっ?!お、おい、こいつまさか──」


ザシュッ!


「うがぁっ?!」

「ひぃっ?!」

「ここここいつ、天の御遣いとかいう奴じゃ……?!」

「それに天界の獅鬼って、最近噂になってるあのめっぽう強い……!?」

また一人屠る。
連中の顔が目に見えて青ざめて行く。
顔に飛んだ返り血を軽く拭って、少し深呼吸する。

……雪蓮と冥琳に感謝だな。
こんな賊にも俺の渾名は行き届いてるのか。
俺に近い奴らがかなり怯えて、それが動揺の波になって相手全体に伝わって行くのが分かる。
前口上を言う時間もありそうだし、敵にも味方にも、俺って言う“札”を見せつけてやらねぇとな。


「俺の使命は……ケダモノの屠殺……」

「ひっ──」

「俺の旗は……血で染め抜いた紅い九曜の旗……」

「に、逃げ──」

「許しを請うな、慈悲を願うな……ただ一心に後悔しろ」



「獅鬼の守る民草に手を出した罪、地獄に叩き落として思い知らせてやる!死にたい覚悟のある奴からかかってこい!!」











「ほい、これでいいな」

「ありがとうございます獅鬼様。態々手当までしてもらって……」

「気にすんなって。初陣お疲れさん」


陽も暮れて、家々に明かりが灯りだす。
兵の皆に手当てを施して、民家からは食事を提供してもらってる。
こっちに死者が出なかったのは何よりだな。


「直詭さん、お疲れ様です」

「ん?あぁ、亞莎か」

「これ、お茶です」

「ありがと」


亞莎からお茶を受け取って一口すする。
疲れた体にじわっと染み渡って行くのを感じる。


「……私、本当に驚かされてばっかりでした」

「急にどうした?」

「明命から一応は聞いていたんです、直詭さんは雪蓮様に匹敵する武を持っているって。でも、この目で実際に見るまで、正直に言えば半分くらいしか信じてなかったんです」

「で、どうだった?この“札”もそれなりに使えるだろ?」

「……私よりもよっぽど直詭さんの方が軍略に明るいですね。少し嫉妬しちゃいます」

「嫉妬も悪いことだけじゃない。それだけ相手に勝ちたいって言う欲が生まれるからな」

「……でも、直詭さんに追いつけるかどうかは……」


少し寂しそうな笑みで誤魔化してくる。
……ったく、これは帰ったら冥琳に報酬を要求しないとな。


「なぁ亞莎」

「……はい、何ですか?」

「俺は奇襲をかける前になんて言った?」

「へ?え、えっと……直詭さんがひと暴れして、頃合いを見て私が兵を投入するって……」

「何であの頃合いで投入した?」

「えっと、遠目からでも敵の半数近くが恐慌状態でしたし、殲滅が可能だと思ったからで……」

「そう。兵を投入する頃合いは亞莎が決めたんだよな?」

「は、はい」

「その結果、こちらの兵に死者は一人も出ていない。これは充分な功績じゃないのか?」

「で、ですけど、それは直詭さんの活躍があってこそで……」

「俺の体も見てみな?傷一つ負ってないだろ?」

「そ、それこそ、直詭さんの実力じゃ……?」

「俺一人で今回の戦を決定付けたなんて思ってねぇよ。亞莎の判断した頃合いが良かったからこそ、味方に死人は出てないし、奇襲をかけた俺も傷を負わなかった」

「直詭さん……」

「帰ったらちゃんと冥琳に報告するからな。亞莎がどれだけ頑張ったかってこと」

「……じゃあ、私も……」

「ん?」

「私も、直詭さんの事を報告します。いいですよね?」

「あぁ、兵の皆の事も報告してやれよ?」

「はい!」


にっこりとした笑顔で返事をくれた亞莎。
周囲にいる兵たちにも笑顔が広がっている。
勿論、街に住まう人々からも……

自分の手を見つめて、改めて実感する。
この手が、これだけの笑顔を守ったんだと。
だから、これからもこの手と向き合っていく。
人の命を奪う術を持つ手と……
人の命を救う術を持つ手と……
これから先も、ずっと……














後書き

蜀の時と違って、直詭の武を後押しする人が多いからかな?
何か書いてて、直詭が自分の武に自信を持ってきているように思えています。
これからも頑張ってもらいたいものです。



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