忘れられた向日葵・中篇-1
紫が姿を消してから、大凡一時間ほど……
花畑の入り口に、3人の少女が立っていた。
「遅かったわね」
3人に、幽香はぶっきら棒に告げる。
「あんたが呼んだんでしょうが」
3人の中の黒髪の少女─博麗霊夢が、不満げに返答する。
その様子を見て、金髪の少女─霧雨魔理沙と銀髪の少女─魂魄妖夢も、どことなく不機嫌そうな表情を浮かべた。
「──で?件の子って、そっちの?」
「そうよ」
「は、初めまして……」
オドオドとした様子で、幽輝は3人に挨拶する。
「そんなに警戒しなくていいぜ?」
「で、でも……」
「……霊夢、もう少し愛想のいい表情したらどう?」
「幽香にそんなこと言われる日が来るなんてね」
「……取り敢えず、自己紹介でもしたほうがいいですか?」
「そうしましょう。私は博麗霊夢、博麗神社の巫女よ」
「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」
「私は魂魄妖夢と言います。白玉楼の庭師をしています」
「か、風見幽輝です」
「へぇ〜?幽香とそっくりな名前なんだな」
魔理沙は興味津々に、幽輝を見ていた。
「で?お前はどんな妖怪なんだ?」
「あ、えっと、その……」
「魔理沙、幽輝は妖怪の類じゃないわよ」
「そうなのか?」
「まぁ、“人外”というカテゴリではあるけれどもね」
「確かに、そんな“目”をしている人間は見かけたことが無いですね」
妖夢の感想に、幽輝は少し肩を落とす。
それを見て幽香は小さく溜息を吐き、霊夢へと視線を移す。
「で、霊夢。“見て”くれるかしら?」
「ま、呼ばれた以上は仕事するわよ。幽輝、だっけ?ちょっとこっち向いてくれる?」
「あ、はい」
霊夢と真正面から向かい合い、幽輝は少し緊張した。
そんなことはお構いなしにと、霊夢はまっすぐ幽輝を見つめる。
心の奥底まで見透かされるような目に、幽輝は今にも後退りそうになった。
「でもよぉ幽香?コイツを神社に連れて行ったほうが早かったんじゃないのか?」
「出来るものならそうしてたわよ」
「……と言うことは、それができなかったと言うことですか?」
「えぇ」
「何でだ?」
「……後で見れば分かるでしょう」
それ以上の問いかけには答える気はない。
幽香の表情はそう言っていた。
止む無く魔理沙と妖夢は、霊夢の“仕事”が終わるのを待つことにした。
「……ふぅ」
ただ、予想に反して終わるのは早かった。
幽輝も終わったことを感じたらしく、緊張が自然と解けていた。
「……で、あの……今オレは何をされたんですか?」
「どんな能力を持っているかを見ただけよ。私はそう言うことが一応は出来るから」
「で、どうだったの?」
「……端的に言えば、“能力持ち”には違いないわ。ただ、“人間”でも“妖怪”でも“亡霊”でもない、ただの“人外”と言うことくらいしかわからなかったわ」
「それってどういう事だ?」
「言い方を変えると、“人間の姿をしている人間じゃないモノ”ってとこかしら」
「でも、妖怪の類ではない?」
「正解よ妖夢」
「まぁそれは良いわ。で、幽輝の能力ってどんなものなの?」
「そうねぇ……一言で言うとすると──」
そこで霊夢は間を置いた。
周りの4人は、その続きがとても気になる様子。
一言も発さず、息をするのも忘れたかのように、静かに霊夢の言葉を待った。
「“ありとあらゆるものを拒絶する程度の能力”……かしら?」
「拒絶?」
「それが、その……オレの能力ってことですか?」
「大体そんな感じね。ある2つだけを除いて、あなたに干渉する全てを拒絶する。それがあなたの能力」
「成程ね?それで私や紫の能力が通じなかったわけ……」
「……なぁ霊夢?その能力って危険なのか?」
「確かにある種の危険は孕んでいるけど、自分でどうこう出来るモノじゃないわ。彼の意思とは無関係に、常時拒絶し続ける。ただそれだけよ」
「……じゃあ、さっき霊夢が言ってた、“ある2つを除いて”って言うのは?」
「1つは生命。生きることまで拒絶するわけにはいかないんでしょうね。で、もう一つは……後ろの“それ”」
そう言いながら、霊夢は幽輝の後ろを指さす。
そこに見えるのは、一面に広がる向日葵畑だけ。
「向日葵から放出されている妖力は拒絶されないみたいね。多分、私たち人間で言うところの“空気”の役割を担っているんでしょう。それを体内に取り入れることで生命を維持しているようなものね」
「向日葵から妖力なんて出てるのか?」
「“幽香が育てた向日葵”に限定されるけれどもね」
「……それ以外に能力は?」
「無いわ」
「じゃあ、1つ気になることがあるわね」
「何?」
「幽輝の周りの向日葵が元気になった原因……見えなかったの?」
「それは分からないけれど……まぁ、仮説を立てるなら、私たちが息を吸って吐くように、彼も妖力を取り入れて何かしらを出してるんでしょう。その何かが向日葵にいい影響を及ぼしてるんじゃないの?」
「益虫みたいね、幽輝」
「……虫って……」
兎にも角にも、自分の現状が分かって幽輝は少し安心したらしい。
先程よりも表情は穏やかになっていた。
「それで幽香。こいつを神社に連れてこれなかった理由って?」
「霊夢の見立て通りなら、向日葵の妖力が届かない場所での生存が不可能なんでしょうね。少しここから離れようと下だけで顔面蒼白になって、息も絶え絶えになったわ」
「……すいません」
「気にしなくていいわ」
「それで幽輝?これからどうするの?」
「どうする……って?」
「外の世界の住人なら、私か紫を頼って元の世界に帰るのが普通。でも、向日葵畑から出ることも、紫の能力を頼ることも出来ない。つまりは、幻想郷から出ることが出来ないってことになってるのは理解してる?」
「それは、その……一応、理解はしています」
「幽香は?」
「何が?」
「彼をここに置いておくことに問題とかあるの?」
「無いわ。向日葵たちにいい影響も与えてくれるみたいだし、世話を手伝ってくれるなら屋根くらい提供してあげるつもりよ」
「案外寛大ですね」
「あら。そっちの半霊の子は私をどんな風に見ていたのかしら?」
妖夢に向けて幽香ははにかむ。
その笑みを向けられて、妖夢は背中に携えている刀に手をかける。
幽輝の頬に冷や汗が走った。
「はいはい、その辺にしておきなさい。で、いつまで置いておくの?」
「紫が調べてくれるって言ってたから、それまでかしら」
「調べるって何をだ?」
「幽輝がここに来た理由とか、元いた世界で何が起こったか、とかよ。それで、あなたたち3人に依頼があるのだけれど」
「依頼、ですか?」
「報酬は高くつくぜ?」
「言ってくれる?」
「極力、他の人妖がこの畑に来ないようにしてほしいの。興味本位で幽輝を見に来たり力を試そうとする輩は多そうだし」
「……つまりは、彼を守るって言う意味合いでいいの?」
「そう捉えてくれて構わないわ。頼めるかしら?」
「「「……………」」」
「あ、あの……迷惑なら、オレは別に……」
「ま、いいわ。幽香からの珍しい依頼だし」
「私も良いぜ。偶にパトロールしておけばいいんだな?」
「私もお手伝いします。幽々子様からもそのように言われていますので」
3人ともすんなりと承諾したので、逆に幽輝の方が戸惑っていた。
3人の言葉を聞いて、幽香も一息つけたらしい。
背を向け、畑の中心に向かって歩きはじめる。
「用件は以上?」
「えぇ。よろしくお願いするわ。幽輝、教えることがあるから着いてらっしゃい」
「あ、はい」
幽香たちがその場を去ると、3人もそれぞれ別の方へと飛び立った。
ただ、何か気になったらしく、霊夢はすぐに止まって腕を組む。
しばらく考え事をした後、小さく溜息を吐いた。
「……紫、いるなら出てきて」
小さくそう呟いたかと思うと、霊夢の隣に線が走り開いた。
中から紫がのっそりと姿を現し、口元に扇子を当てていた。
「いつから気づいていまして?」
「太陽の畑に着く直前から」
「あらあら。やっぱり博麗の巫女は伊達じゃないわね」
「前置きとかいいの。本題に入っていいわよね?」
「幽輝クンの事、でしょう?」
「えぇ。現時点でどの程度分かっているの?」
「まだ殆ど分かっていませんわ。分かっていることと言えば、たった3つだけ」
「聞かせてもらってもいい?」
「普通なら幽香が先に聞くべきだと思いますわよ?」
「いいから」
クスリとはにかみ、紫は手に持っていた扇子をしまう。
「1つは彼が外の世界の住人であり人間であると言うこと。2つ目は私の能力に頼らずに幻想郷に来たと言うこと」
「幽香と別れてすぐに調べたんじゃないの?何も分かってないのと同じじゃない」
「1時間と経っていないのに、全部を知れと言うのはいくら私でも不可能ですわ」
「……で、3つ目は?」
「それも大したことじゃないのよ。私としては、どうして幻想郷に来られたかが気になるの」
「アンタの気持ちは今はいい。分かってること教えて」
「……あんまり生き急がないほうがいいわよ霊夢?」
「そんなにすぐに性格なんて変わんないわよ」
「あら、そう」と、紫は溢す。
そんな紫に、霊夢は目で早く話せと訴える。
やがて観念したのか、紫は小さく口を開いた。
「まぁ、霊夢も気づいていたかもしれないけれど──」
「──幽輝クンは、すでに生命活動を終えている人間よ」
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