とある酒場にて、レンはバーボンの入ったグラスを片手にカウンター席に座っていた。
「戦争か……平和ってのは続かないものですね〜」
バーテンダーは、備え付けのテレビでやってるニュースを見ながら呟いた。ニュースでは専ら戦争の事ばかりである。レンは、クイッと酒を煽ると、フッと笑
みを浮かべる。
「この国も同盟を締結したら、こういう美味い酒が明日には飲めなくなるかもしれないね」
「嬉しいこと言ってくれますね」
壮年のバーテンダーは笑顔を浮かべ、レンにサービスと言ってブラッディ・マリーと呼ばれるカクテルを作って差し出した。レンは笑顔で礼を言い、クイッと
煽る。
その時、彼の隣にある女性が座った。黒い女性用スーツを着用し、サングラスをした黒髪の女性だった。
「彼と同じものを頂けますか?」
「畏まりました」
凛とした声で頼み、バーテンダーはシェイクする。そして、差し出された真っ赤なカクテルを一口飲むと、レンが話し掛けて来た。
「会長は元気?」
「はい」
「そう。それは良かった……東アジアの動きは?」
「貴方の言う通り、会長がロゴスの存在を政府に極秘裏に発表しました。先の戦闘で地球軍が大敗したのが決め手ですね」
「それを狙ってたからね〜……と、いう事は今、東アジアは……」
「はい。表向きは大西洋連邦寄りですが、裏では見限る準備は出来ています」
「上出来だ」
そう言うと、レンは笑みを浮かべて席を立ち、お金をカウンターに置いた。
「彼女の分もね。美味しかったよ……また来ますね」
「はい。ありがとうございます」
バーテンダーは穏やかに微笑んで頭を下げる。
「フブキ様」
「んあ?」
出て行こうとすると、女性に呼ばれて振り返る。
「会長が……遠慮せずもっと頼ってくれ、とおっしゃっていました」
「………近い内に、世界中から指名手配されるようになるだろうから、その時に会いに行くからまだくたばるなって伝えといて」
そう言って手を振り出て行くレンの背中を、女性は見送り、深く頭を下げた。
機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜
PHASE−09 孤軍
「ダメだ、ダメだ、ダメだ! 冗談ではない! なんと言われようが今こんな同盟を締結することなど出来るか!!」
居並ぶ閣僚に対し、カガリは孤軍奮闘を続けていた。必死に戦争を回避しようと努力し続けていたカガリだったが、結局、戦争は始まってしまい、そんな時に
閣僚達が大西洋連邦との同盟締結を切り出して来た。
「しかし代表……」
「大西洋連邦が何をしたかお前達だってその目で見ただろ!? 一方的な宣戦布告、そして核攻撃だぞ! カガリ
そんな国との安全保障など……そもそも今、世界の安全を脅かしているのは当の大西洋連邦ではないか! なのに何故それと手を取りあわねばならない!?」
閣僚達がカガリの怒鳴り声に渋い声をしながらも、ユウナがスッと立ち上がった。
「そのような子供じみた主張はお止め頂きたい」
聞き分けの無い子供を宥める様なユウナの口調に、カガリは彼を睨み付ける。
「何故、と言われるのならお答えしましょう……そんな国だからですよ、代表」
眉を顰めるカガリに、ユウナは小馬鹿にした口調で続ける。
「大西洋連邦のやり方は確かに強引でしょう。そのようなことは、失礼ながら今更代表に仰っていただかなくとも我等も充分承知しております。しかし? だか
ら? ではオーブは今後はどうしていくと代表は仰るのですか?」
黙っているカガリに、ユウナはここぞとばかりに食い込んで来る。
「この同盟を跳ね除け、地球の国々とは手を取りあわず、宇宙(そら)に遠く離れたプラントを友と呼び、この星の上でまた一国孤立しようとでも言うのです
か?」
「違う!」
「自国さえ平和で安全ながらそれで良いと? 被災して苦しむ他の国々に、手すら差し伸べないと仰るのですか?」
カガリは唇を噛み締め、ギュッと悔しそうに拳を握った。そして、目を閉じると、今は自分が一人だという事を実感する。アスランはいない。だが、彼はプラ
ントに発つ前に言葉を残してくれた。
自分はオーブの獅子の娘、カガリ・ユラ・アスハだと。滅ぼし合う道を望まず、ただ皆が平和に暮らせる世界を望んでいたウズミ・ナラ・アスハの娘だという
事を。
「被災した人々は同盟を結ばなくても助けれる」
「では、どうすると仰るのです?」
多少、苛立ちを含めた様子でユウナが言う。
「オーブはずっとそうであったように中立独自の道を……」
「そしてまた国を焼くですか? ウズミ様のように」
そう言ったのはタツキ・マシマだった。それに続けてウナトも言って来た。
「下手をすればこの状況、再びそんなことにもなりかねませんぞ。代表、平和と国の安全を望む気持ちは我等とて皆同じです。だからこそこの同盟の締結をと申
し上げている」
「…………」
「大西洋連邦は何も今オーブをどうこうしようとは言ってはおりません。しかしこのまま進めばどうなります。同盟で済めばまだその方が良いと、何故お考えに
なれませぬ? 意地を張り、無闇と敵を作り、あの大国を敵に回す方がどれだけ危険か、お分かりにならぬはずはないでしょう」
確かに大西洋連邦の軍事力は脅威だ。技術的に勝っていても、あの物量で攻められたらオーブは一溜まりも無いだろう。
「我々が二度としてはならぬ事、それはこの国を再び焼く事です。伝統や正義、正論よりもどうか今の国と国民の安全の事をお考え下さい、代表」
「では……オーブが他の国を焼いても良いと言うのか?」
そうカガリが言うと、閣僚達の表情が強張る。意外な彼女の反論に、ユウナやウナトも目を見開いた。
「オーブが他の国を焼いて、その国が攻めて来て……オーブそのものを失っても良いとお前達は言うのか?」
「では代表は国民を見捨てろと?」
「そうは言っていない。同盟以外にも道は無いか探す努力はしたのか、と聞いているんだ」
強い意思を込めたカガリの言葉に、閣僚達は黙りこくるのだった。
「此処か……」
レンは独自に調べたラクスが今、住んでいるという家へとやって来た。海が良く見える岬に建てられた綺麗な邸宅だった。
「喜んでくれるかな……このプレゼント?」
呟き、彼は微妙に渋い顔をしたウサギのヌイグルミを掲げる。街の裏路地を抜けた先にあった小さな店に置いてあった“少し人間不信気味なウサギ”という何
ともマニア心を揺さぶる一品だった。
眉を寄せて渋面を浮かべているそのウサギの表情は、見ているだけで蹴り飛ばしたくなるものだ。ぶっちゃけ、こんなの貰って喜ぶ女はいない。レンは大きく
深呼吸して呼び鈴を鳴らす。
しばらくして扉がゆっくりと開かれると、レンは一気に飛び付いた。
「生まれる前から愛してました〜!!!」
ギュッと抱き付く。甘くて優しい香りが彼を包み込む……筈だった。
「ん?」
しかし彼は柔らかいマシュマロみたいな感触ではなく、ゴツゴツとした非常に逞しい感触に恐る恐る顔を上げると、そこには左目に大きな傷を負った背の高い
黄色いシャツを着た男性が呆然と立ち尽くしていた。
「いや……いきなり、そんな熱情的な告白をされても困るのだが……」
レンも呆然となり、男性を見上げる。互いに見詰め合う事、十数秒……。
「いやああああああああ!! 変なオッサンに穢されたあああああぁぁぁぁ!!!!」
「待てぃ!」
勝手な事をほざいて泣き叫ぶレンに、男性が怒鳴る。
「あらあら、どうしました?」
「お客さんですか?」
すると、奥から茶髪の少年と、ピンクの髪の少女がやって来た。
「あ、貴方は……」
この前のウクレレの人、と少年が言う前にレンはラクスを見て、キラーンと目を光らせた。
「私と一緒の墓に入ってください。あ、これはお近付きのプレゼントです」
「まぁ」
いきなり、とんでもない告白ととんでもないプレゼントをされて少女――ラクスは頬に手を当てて驚く。その横で少年は唖然となっていた。
「折角ですが、わたくし……お慕いしてる人がいるので……」
「何と!? くそ……何て事だ! この事実を名誉会長殿に報告しなくては!」
「あらあら。申し訳ありませんがスキャンダルは勘弁くださいな」
「はい」
「「(早っ!)」」
アッサリと頷くレンに、少年――キラと男性は心の中でツッコミを入れる。
「あ、私はこの度、ラクス様のストーカーをする事になりましたレン・フブキと申します。ラクス様ファンクラブbVです」
「まぁまぁご丁寧に。大変でしょうが頑張って下さい」
「その言葉と笑顔でご飯三杯はいけます」
何だか2人の形成する不思議なオーラにキラと男性はしばらく思考停止に陥っていた。そもそもレンはストーカーの意味を間違えているし、ラクスもラクスで
応援するなよ、とツッコみたかったが無理だった。
「あ〜……そろそろ俺に気付いてくれるかな、レン」
「ん?」
ようやく思考を再開した男性が言うと、レンは不思議そうに振り返った。そして目を細めてジ〜っと男性を見る。
「知り合いですか、バルドフェルドさん?」
「ああ。3年ほど前にな……久し振りだな、レン・フブキ隊長」
「…………はて? 私にはコーヒー中毒の知り合いはいませんけど?」
「何で俺がコーヒー好きだと知ってるのかな?」
「……………」
「……………」
「「はっはっはっは!」」
しばらく見つめ合い、突然、笑い出す2人。
「じゃ、そういう事で」
「まぁ待ちたまえ」
そそくさと去ろうとしたレンだったが、男性に襟首を掴まれて引き止められる。
「折角、来たんだ。コーヒーでも御馳走しようじゃないか」
「やだよ、貴方のコーヒー当たりハズレが極端過ぎるし」
「ちゃんと進歩してるから大丈夫だって♪」
ハッハッハと男性――アンドリュー・バルドフェルドはレンを引き摺りながらリビングに向かう。キラは、まるで嵐が過ぎ去った後のように――正確には嵐が
飛び込んで来たのだが――呆然となってラクスに話し掛けた。
「何なんだろう……あの人?」
「さぁ? でも愉快な方で嫌いではありませんわ♪」
仮にもストーカーに来ましたとかいう人物を嫌いではないと言うラクスに、キラはフゥと嘆息した。何でかヤキモチや嫉妬とか浮かばなかったのだった。
アスランは、ホテルの部屋で休んでいると、ふと部屋のインターフォンが鳴った。誰かと思い、ドアを開けると、そこには見慣れたというか、見慣れ過ぎた人
物が立っていた。
「イザーク!?」
そこにはイザークと、苦笑いを浮かべているディアッカがいた。イザークは大声を張り上げてアスランに詰め寄り、襟を掴む。
「貴様ぁ! 一体これはどういう事だ!?」
「ちょっ、ちょっと待て!」
それは、こっちの台詞だった。アスランもいきなりイザークが現れて訳が分からなかった。アスランとイザークを見て、ディアッカが呆れたように肩を竦め
た。
二年振りに顔を合わせても、全く変わっていない2人の遣り取りは、ある意味、嬉しいものでもあるが……。
「何だって言うんだ!? いきなり!」
バッとイザークの手を跳ね除け、問い返すアスラン。イザークは舌打ちして怒鳴り返した。
「それは。こっちのセリフだアスラン! 俺達は今ムチャクチャ忙しいってのに、評議会に呼び出されて何かと思って来てみれば貴様の護衛監視だとぉ!?」
「え?」
「何でこの俺がそんな仕事の為に、前線から呼び戻されなきゃならん!」
「護衛……監視?」
呆然となるアスランだったが、ディアッカが未だに釈然としないイザークの後ろから言って来た。
「外出を希望してんだろ、お前?」
「ディアッカ……」
ディアッカは笑みを浮かべて片手を挙げる。
「おひさし。けどまあ、こんな時期だから? いっくら友好国の人間でも勝手にプラント内をウロウロは出来ないんだろ?」
「あ、ああ……それは聞いている。誰か同行者が付くとは。でもそれが、お前?」
「そうだ!」
フンとそっぽを向くイザークに、アスランは自然と笑いが込み上げて来た。
「ま、事情を知ってる誰かが仕組んだってことだよな」
それを聞いてアスランは、自然とデュランダルの顔を思い浮かべる。
「それで? 何処行きたいんだよ?」
「これで買い物とか言ったら俺は許さんからな!」
「買い物だ」
「何だとぉ!?」
サラッと答えるアスランに、イザークがブチ切れて再び掴みかかって来る。すると、アスランはプッと笑った。
「冗談だ」
「はぁ?」
「お前、冗談言うような奴だったか?」
「ああ……先輩の影響かな」
フフッと笑って答えるアスランに、イザークとディアッカは顔を見合わせるとサァーッと顔を真っ青にした。アスランが先輩と呼ぶ人物など、彼らは二人しか
知らない。
一人はエリシエル・フォールディア。女性ながらに強く、聡明で、自分達も良くしてくれたのを覚えている。そしてもう一人は……。
「お、おいアスラン……もしかしてフブキ先輩か?」
「ああ。この前、会った……そういえば別れる前に“イザー君とディーすけにヨロシク”って……お前ら、どうした?」
いつの間にか部屋の隅でガタガタと震えるイザークとディアッカにアスランは眉を顰める。
「おいイザーク……そういえばアスランだけは先輩に懐いてたんだよな?」
「ああ……あの人の恐ろしさを知らないまま……」
「恐ろしさ? おいおい、フブキ先輩は多少、変わってるけどそんな人じゃ……」
「お前、寝てる間に鼻に牛乳流し込まれた事あるか!?」
目に薄っすらと涙を浮かべて叫ぶイザーク。
「あの変態最低鬼畜外道の所為で、どれだけ酷い目に遭った事か……」
良くもまぁ、そこまで人を蔑ろにする言葉が出てくるものだと感心するアスラン。
「靴に画鋲は当たり前、人の名義でアダルトグッズを購入して母上にどれだけ叱られたか……!」
「俺だって大切にしてたエロ本を没収って奪って行きやがったんだぞ!!」
「「いや、そりゃそうだろう」」
涙を流して拳を握り締めるディアッカにアスランとイザークは同時に言う。
「お前ら先輩に嫌がらせされるような事でもしたんじゃないのか?」
「するか!! 少なくとも俺は目上の者への礼儀は弁えている!」
「あ……」
その時、ディアッカが声を上げるとアスランとイザークが振り向く。彼は気まずそうな顔で言った。
「確か俺、あの人と飯食ってる時に、いらないと思ってたエビフライを食べたような……」
ピシッとアスランとイザークは真っ白になって硬直する。
「ば、馬鹿か貴様!! あの人は、好きなものは後に残すタイプの人だろうが!!」
「先輩は食べ物に関しては五月蝿かったからな〜」
「っていうか、それならディアッカはともかく何で俺も理不尽な仕打ちを受けねばならんのだ!?」
「…………お前ら仲良いから連帯責任じゃないのか?」
「理不尽過ぎる……」
もはや怒る気力も無くし、ガクゥッとイザークは肩を落とす。
「おい、お前ら……落ち込むのは勝手だが、俺も早く行きたいんだがな」
「買い物など付き合えるか!」
「冗談だって言っただろう……ニコル達の墓参りだよ」
「「!?」」
その言葉にイザークとディアッカは眉を顰めた。
「妹さんのその後はどうです?」
「ええ、お陰様で元気にやっていますよ」
「それは良かった」
盲目の導師マルキオは、レンの言葉に微笑んで頷く。レンは、バルドフェルドに淹れて貰ったコーヒーを飲みながら、チラッとテーブルを囲んでいる面子を見
る。
ラクス、バルドフェルド、マルキオ以外に、慰霊碑であった少年と二十代半ばぐらいの女性がいる。不思議そうにレンを見ている彼らに微笑んで挨拶する。
「そういえば自己紹介してなかったね。私は、レン・フブキ……元ザフトの科学者兼軍人だ」
「あ、キ、キラ・ヤマトです」
「マリュー・ラミアスよ」
「え?」
その名前を聞いて、レンは不思議そうに目を一瞬だけ見開き、キラと目が合った。不思議そうに目をパチクリさせるキラに彼はフッと笑う。
「キラ君……だっけ?」
「あ、はい」
「コーディネイターは出生率が低下してるからラクス様とヤっても子供が生まれる可能性は低いよ」
ずしゃあああああああ!!!!!!!!
真剣な顔で余りにも突拍子の無い事を言うレンに、マルキオ以外の面子が椅子からズッコけた。無論、ラクスまでも。キラはテーブルに掴まって起き上がると
顔を真っ赤にして叫んだ。
「な、何言ってるんですか!?」
「おや? 随分と無気力な顔してると思ったら、大きな声も出せるんじゃないか」
「え?」
そう言ってレンは、キラの額に人差し指を当てる。
「何か辛い事があって迷っている目だな。何をしたら良いのか分からない、何をしようにもする事が見つからない……そうかな?」
その問いかけにキラは目を見開き、ラクス、マリュー、バルドフェルドも驚いている。マルキオは、その閉じた瞳で、レンとキラの方を向いている。キラは、
ボーっとレンのまるで心の中まで見透かされそうな青い瞳に見入ってしまっていた。
レンはニコッと笑い、キラの額から指を離す。
「君がどんな辛い目に遭ったのか私は知らない。けど、いつまでもそんな態度じゃ、周りにも辛い目を遭わせるだけだよ?」
そう言い驚いてるキラの頭をクシャッと撫でてやると、ふとレンはリビングのドアからソ〜ッと顔を覗かせている子供達に気付く。どうやら先程の騒動が気に
なって降りて来たらしい。
「ふむ……そこの君達、どうだい? 私と一緒に遊ばない?」
「「「「本当!?」」」」
すると子供達は雪崩れ込む様にして入って来るとレンに群がった。
「ねぇねぇトランプしよ〜!」
「違う! サッカーするのー!」
「海で砂のお城作るの!」
「う〜む……じゃあトランプしながらサッカーして、隙を見て砂のお城を作ろうじゃないか!」
ハッハッハと高笑いして子供達の手を引き、レンは外に出て行った。
「何ていうか……凄い子ね」
ポツリと女性――マリュー・ラミアスが呟いた。彼女は、かつて地球連合に所属していた軍人で、アークエンジェルと呼ばれる戦艦の艦長を務めていたが、戦
後はオーブに亡命し、マリア・ベルネスという名でモルゲンレーテに勤めていた。
「ああ……しかし、アイツ……本当にラクスに会う為だけに来たのかね」
そう言ってバルドフェルドはチラッとラクスを見る。彼もかつてザフトに所属し“砂漠の虎”とまで呼ばれた男だ。キラと戦い、生き延びた彼は、クライン派
に属し、戦艦エターナルの艦長を務めた。
「キラ……彼には気を付けろよ」
「え?」
「あの男は僅か10歳で博士号を取得したコーディネイターでも異質の存在だ。さっき言ってただろう? 科学者兼軍人だと。俺が砂漠の虎と呼ばれるように
なったスエズ攻防戦……その時、実践投入されたバクゥを設計したのはアイツだ」
それを聞いてキラ、ラクス、マリューは目を見開いて驚く。どう見てもキラより少し年上ぐらいの人物なのに、そんな凄いようには思えなかった。少し警戒し
ていたバルドフェルドだったが、キラはレンの瞳に、不思議な温かさを感じたのだった。
「積極的自衛権の行使……やはりザフトも動くのか」
かつての友、ニコル・アマルフィと刻まれた墓標を悲しそうな瞳で見つめながらアスランが呟いた。草原に並ぶ多くの墓標。アスラン、イザーク、ディアッカ
は、かつての仲間であったラスティ・マッケンジー、ミゲル・アイマン、そしてニコル・アマルフィの墓標に花を添えた。
皆、十代という余りにも短過ぎる一生だった。そして、何よりミゲル、ニコルを殺したのはキラだった。アスランは、その時、キラに激しい憎しみを覚えもし
た。たとえ、キラを憎み、殺した所でニコル達は戻って来ない。それなのに、親友をも殺そうとした。そんな愚か事が再び繰り返されようとしていた。
「仕方なかろう。核まで撃たれてそれで何もしないというわけにはいかん」
積極的自衛権の行使……自衛などといえば聞こえは良いが、結局は戦闘を開始するという事だった。イザークも苦々しげに返すと、ディアッカが神妙な顔で
言った。
「第一派攻撃の時も迎撃に出たけどな、俺達は。奴等間違いなくあれでプラントを壊滅させる気だったと思うぜ」
「で、貴様は?」
「え?」
唐突にイザークが尋ねて来たので、アスランは目をパチクリさせる。
「何をやっているんだ、こんな所で?」
そうやらイザークは、アスランが今まで無為に過ごして来た事にかなり腹を立てているようだ。
「オーブは、どう動く!?」
「……まだ分からない」
「くっ……戻ってこい、アスラン!」
その言葉にアスランはチラッとイザークを横目で見る。
「事情は色々あるだろうが俺が何とかしてやる。だからプラントへ戻って来い。お前は」
「イザーク……」
「俺だって、こいつだって、本当ならとっくに死んだはずの身だ」
アスランやディアッカは脱走兵、イザークは民間人の乗ったシャトルを撃墜した。本来ならイザークは、ともかくディアッカは確実に銃殺刑ものだった。だ
が、彼らはこうしてザフトにいる。
ディアッカは降格処分だが、イザークは隊長と出世までしている。彼らが軍事法廷にかけられた時、弁護したのは他ならぬデュランダルだった。
『大人達の都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って今また彼等を処分してしまったら、一体誰がプラントの明日を担うと言うので
す? 辛い経験をした彼等達にこそ私は平和な未来を築いて貰いたい』
「だから俺は今も軍服を着ている。それしか出来る事がないが、それでも何か出来るだろう。プラントや死んでいった仲間達の為に」
デュランダルの恩義に報いる為、何より彼の言葉通りプラントの明日の為、イザークは力を込めて言った。
「………イザーク、ディアッカ」
「ん?」
ふとアスランが、神妙な顔をしてイザークとディアッカの方に向き直る。
「………大事な話がある」
「最早待ったなしですねぇ」
ソファに腰掛け、報告書を見ていたユウナはそう言ってデスクのウナトを見る。
「大丈夫か?」
何に対しての大丈夫かなのはユウナには分かり、笑みを浮かべる。
「意外と反論されて参ったけど、所詮は18歳の子供だよ。もう、この流れを変える術はありませんよ」
そう。カガリの事である。てっきり押し切れるかと思ったが、意外な反論をされたが、既にザフトの地球降下作戦は開始されている。ユウナも、同盟を締結し
て早々とカガリをモノにしたかった。
確かに男勝りで色気の欠片も無いが、素材としては一級品だ。何より英雄としての名声と、オーブ代表首長と地位は、ユウナにとって何よりも得がたいもの
だ。
「大丈夫です。私がちゃんと説得しますよ。結婚のこともあるしね。いい加減、今の自分の立場ってものを自覚してもらわないと」
ウナトも、その事に関しては文句言わない。と、いうよりユウナがカガリと結婚すれば、夫である彼が代表首長となり、父である自分がそれを補佐する。そう
すれば、オーブはセイラン家が動かす事になる。
しかし、ユウナには一つだけ気に食わない事があった。それは、彼女の左手の薬指に光る指輪だった。
「艦長」
ミネルバのブリッジでは、ふとバートが通信機に向かって神妙な顔をしていたので、タリアを呼んだ。
「どうしたの?」
「これを……」
彼の所へ歩み寄ると、スピーカーを指した。するとノイズに混じって誰かの声が聞こえて来た。
<……ミネルバ聞こえるか? もう猶予はない。ザフトは間もなくジブラルタルとカーペンタリアへの降下揚陸作戦を開始するだろう>
「秘匿回線なんですがさっきからずっと……」
困惑するバート。
<そうなればもうオーブもこのままではいまい。黒に挟まれた駒はひっくり返って黒になる。脱出しろ。そうなる前に……>
正体不明からの通信だが、自分達に助言する声に眉を顰める。そもそも自分達すら知らないザフトの内部状況を知っているから、余計に怪しい。タリアは、ス
イッチを切り替え、応答する。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ。貴方は? どういう事なのこの通信は?」
「おーこれはこれは。声が聞けて嬉しいねぇ、初めまして」
ようやく会話できて通信機片手、コーヒー片手にバルドフェルドが嬉しそうな声を上げる。その後ろではマリューが少し呆れた様子で会話を聞いている。
「どうもこうも言った通りだ。のんびりしてると面倒な事になるぞ」
<匿名の情報など正規軍が信じるはずないでしょ? 貴方誰? その目的は?>
割とクールなタリアの態度に、バルドフェルドは肩を竦め、おちゃらけた返答をする。
「う〜ん……アンドリュー・バルトフェルドって奴を知ってるか? これはそいつからの伝言だ」
その言葉に後ろでマリューがプッと噴き出し、コーヒーを飲んでいたレンもゴホゴホと咳込んだ。ミネルバの方も、それを聞いて驚いているのか、沈黙してい
る。
「ともかく警告はした。降下作戦が始まれば大西洋連邦との同盟の締結は押し切られるだろう。アスハ代表も頑張ってはいるがな。留まる事を選ぶならそれも良
い。後は君の判断だ、艦長。幸運を祈る」
「そん……な……」
カガリは書類を読んで凍り付いた。その内容はプラントの積極的自衛権の行使という、売られた喧嘩は買うようなものだった。予想していた最悪の事態に陥
り、彼女は唇を噛み締める。
「積極的自衛権の行使、などとは言ってはいますが、戦争は生き物です。放たれた火が何処まで広がってしまうかなど誰にも分かりません。我等は大西洋連邦と
の同盟条約を締結します」
ユウナのその言葉にカガリは驚愕し、顔を上げると閣僚達の鋭い有無を言わせぬ視線が突き刺さった。
「再び国を焼くという悲劇を繰り返さぬ為にもね」
もはや流れは止めようの無い事態に陥っている。カガリはギュッと目を閉じて、書類を握り締めると、スッと目を開いて閣僚達に言った。
「本当に、これで国が焼かれなければ良いがな……」
「けど、ザフトの降下作戦ていつ?」
ミネルバの廊下をシン、ルナマリア、レイ、エリシエルが歩いてザフトの積極的自衛権やオーブの事について話していた。つい先程、明日、オーブを出立する
という放送があり、船内は慌しい。
そんな中、パイロット組やエリシエルは、する事が無かった。
「知らないわよ私も。しっかしこれでオーブも敵側とはね。結構、好きだったのになこの国……あ、ごめん。シンには辛いね」
「別に……」
シンの事情を知るルナマリアは、彼が渋い顔をしたので謝ったが、本人は特に気にしてない素振りを見せる。エリシエルは、シンを無言で見つめていると、前
方からカガリがやって来るのが見えた。
それを見て、シンがギリッと怒りの表情を露にし、怒鳴った。
「何しに来た!?」
目の前で止まるカガリを射抜くように睨み付け、シンは叫ぶ。
「あの時、オーブを攻めた地球軍と今度は同盟か! 何処までいい加減で身勝手なんだ! あんた達は!?」
答える事が出来ずにカガリは俯くと、シンは憤慨して彼女の肩にぶつかり歩き出す。
「敵に回るって言うんなら今度は俺が滅ぼしてやる! こんな国!」
その言葉にカガリはピクッと肩を震わし、小さい声で呟いた。
「何だと……?」
振り返り、カガリを睨み付けるシン。するとカガリは、シンの下へ向かって駆け出し、思いっ切り頬を殴った。
ルナマリアとエリシエルは目を見開き、レイは眉を寄せる。シンも何があったのか理解できなかった。コーディネイターで軍人の彼なら、カガリのパンチぐら
い簡単に避けれただろう。だが、余りにも突然の事で出来なかった。
シンは尻餅を突いて、呆然とカガリを見上げる。カガリは、目に薄っすらと涙を浮かべながら、握った拳を震わせてシンに言った。
「この同盟……私の力が足りなかったからと言えば、お前には言い訳にしか聞こえない。だから、どれだけ罵られようが構わなかった……だけど、お前、今自分
で何を言ったのか分かってるのか!? オーブの戦いで家族を失ったお前がオーブを滅ぼして……お前がお前みたいな人間を作るのか!?」
「!?」
シンは、その言葉で、2年前、オーブの戦いに巻き込まれた家族の光景が脳裏に蘇る。
「もし、お前がオーブを滅ぼしに来るのなら……その時は私が戦ってやる! 民は絶対にお前なんかにやらせはしない!」
そう言って立ち去って行くカガリ。シンは、呆然と床に座り込んで彼女の背中を見詰める。やがて、シンの心に言いようの無い怒りが込み上げ、ドンと床に拳
を叩き付けた。
「シン……」
「今は放っておいてあげなさい、ルナマリア」
何か声をかけようとしたルナマリアだったが、ポンとエリシエルに肩を叩かれて、何も言わなかった。
「仕方ないよカガリ。政治は理想じゃない……現実だ。君は良く頑張った」
部屋でカガリは反省していた。シンの言葉にカッとなり、つい手が出てしまった。国家元首のするような行動ではないと恥じていると、突然、ユウナがやって
来て、慰めるように言ってきた。追い詰めた張本人でありながら……。
「突然、代表にと請われて国民も皆君のことが大好きだ……」
「…………」
「だからもう楽におなり。僕がいるよ。君を支える。夫として」
「…………は?」
いきなり“夫”などと言われカガリは思考が停止したが、その意味に気付くとユウナは大きく手を広げた。
「結婚式を急ごう! 君の為にも、国民の為にも……それが一番良い!」
「お、おい、ユウナそれは……」
「新しく生まれ変わるんだよ……君も、オーブもね」
その言葉にカガリは項垂れ、額に手を当てた。
「(これが狙いか……!)」
オーブ国家元首の地位を得て、邪魔者である自分を完全に黙らせる。それがユウナ……セイラン家の狙いだった。カガリは、悔しそうに唇を噛み締めた。
「何? 地球軍がオーブに集まってる?」
ドラゴネスのブリッジでは、キャナルがいきなり地球軍の艦隊がオーブに集まりつつあると言うので、シュティルが聞き返し、彼女の下へ歩み寄る。確かに
レーダーにはオーブの領海に向かって、艦隊が終結しつつあった。
「どういう事だ? まだ正式な締結はしてねぇだろ?」
ラディックが不思議そうに問い返すと、リサとシュティルはハッとなった。
「「ミネルバ!」」
「あぁん?」
「オーブの奴ら、ミネルバを地球軍の手土産にするつもりだ!」
シュティルがそう言うと、ラディック達は驚愕する。
「カガリさんがこの指示を?」
あの情に厚い彼女が、地球を守り、自分をオーブへ送り届けてくれたミネルバを売るような真似する筈ないとリサが言うと、シュティルはブリッジから出て行
く。
「お、おい、シュティル!?」
「何処かの良からぬ狸の仕業に決まっている! 俺も出る!」
「おい! 戦闘に介入する気か!?」
「レンのシナリオじゃ、いずれは地球にもプラントにも喧嘩売る気だろう?」
「そりゃそうだが……」
「第一、俺達は海賊だ。今更、世界中から指名手配されようが知った事じゃないだろう」
それにミネルバには死なせたくない者のいる、と心の中で付け加える。
「う〜む……オメーら、どうよ?」
ラディックは、クルーに意見を求めると皆、笑みを浮かべて言った。
「賞金首か。悪くねぇな」
「俺っちはレンを信じるッス!」
「やっちゃえやっちゃえ〜」
「私は兄さんに付いて行くしかありませんから」
皆、賛成という事でラディックは、頭を押さえて考えると意を決したようにシュティルに言った。
「シュティル! 存分に暴れて来やがれ!」
「了解した」
感想
ぬぬ、前回より更に凄い事に…
完全にレン君がキーマンとして世界の根っこについたみたいですね。
この物語は、SEEDを根幹におきながらも、レン君とキース君の戦いと言う事になってきそうです。
物語の再構築の仕方も、それなりに強引な部分もありますが、
レン君を主眼とした場合色々深く作られていっている様子。
後は、この伏線の刈り取り方次第ではかなりのレベルが期待できそうですね♪
世界観として現在は全体に柔らかくなっていますが、この先シビアにしていければ更に良いかと。
次回もまた頑張ってください♪
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