「間もなくオーブ領海を抜けます」
オーブを出港したミネルバ。操舵士のマリクがそう告げると、アーサーの表情が少しだけ綻んだ。まぁ長い間、異国の地にいたのだから無理も無い。
「降下作戦はどうなってるのかしらね? カーペンタリアとの連絡は、まだ取れない?」
タリアがそう尋ねると、メイリンは静かに首を横に振った。
「はい、呼び出しはずっと続けているんですが……」
その時、レーダーを見ていたバートが驚いた様子で言って来た。
「本艦前方20に多数の熱紋反応! これは……地球軍艦隊です。スペングラー級4、ダニロフ級8……他にも10隻ほどの中小艦艇を確認! 本艦前方左右に
展開しています!」
「えぇ!?」
アーサーが驚きの声を上げ、タリアも愕然となっている。オーブの領海の外で地球軍艦隊が20隻以上、陣形を張っている。舵を取りながらマリクが叫んだ。
「どういうことですか!? オーブの領海を出た途端に……こんな……」
火器制御のチェン・ジェン・イーも信じられない様子で呟いた。
「本艦を待ち受けていたという事か? 地球軍は皆カーペンタリアじゃなかったのかよ!?」
そして続いて来るバートの報告に更なる驚愕が走る。
「後方オーブ領海線にオーブ艦隊! 展開中です! 砲塔旋回! 本艦に向けられています!」
「そんな!? 何故!?」
アーサーには理解出来なかったが、タリアは全て悟った。
「領海内に戻ることは許さないと。つまりはそういう事よ」
敵艦であるミネルバを差し出す事で大西洋連邦への誠意を見せる。タリアは、この時、つい先程、カガリが尋ねて来たのを思い出した。
彼女は、自分の力不足で大西洋連邦と同盟を締結した事を深く詫び、頭を下げた。一国の代表が一艦長にである。
それは本当に申し訳なさそうで、彼女の肩は震えていた。タリアは、この事が決してカガリの命令ではないと信じたかった。そうなると考えられるのは、あの
狸爺か、とタリアは、オーブに入った時に出会った人物を思い出す。
「どうやら土産か何かにされたようね。正式な条約締結はまだでしょうに。やってくれるわね、オーブも」
「艦長……」
不安げにタリアを見つめるアーサー。タリアは、舌打ちすると考えるのを止めて現状打破へと思考を変えた。
「あー、もう! ああだこうだ言ってもしょうがない! コンディションレッド発令! ブリッジ遮蔽。対艦、対モビルスーツ戦闘用意。大気圏内戦闘よアー
サー。分かってるわね?」
「は、はい!」
彼女の指示で途端にブリッジが慌しくなった。
機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜
PHASE−10 血に染まる海
「シン・アスカ! コアスプレンダー、行きます!」
シンは発進しながらも怒りが沸々と煮えたぎっていた。突然のコンディションレッドの発令で戸惑っている内に、後方がオーブ艦隊が砲口を向けていると聞い
た時、愕然となりながらも言いようの無い怒りが湧いて来た。
かつては理念を曲げず地球軍に屈しなかったオーブが、今度は地球軍に尻尾を振るようなマネをしている。
―――何て身勝手な国だ!
それじゃあ、オーブの理念を守る為に犠牲になった自分の家族が浮かばれない、とシンは、艦隊を1隻で相手をする事で諦めかけているクルー達の中で、唯
一、恐怖を感じていなかった。彼の心を支配しているのは、恐怖ではなくオーブへの怒りであった。
コアスプレンダーは発進するとフォースインパルスになり、地球軍の主力MSであるウィンダムへと突っ込んで行く。
「いけええええぇぇぇ!!」
ルナマリアのガナーザクウォーリア、レイのブレイズザクファントムは大気圏内での飛行は不可能なので、甲板から迎撃するしか無かった。
シンは、まずビームライフルで数機のウィンダムを撃ち落とすと、隊列が乱れる。そこへ、ビームサーベルで切り込んで行った。しかし、一機では防ぎ切れ
ず、ミネルバに向かったウィンダムは、ルナマリアとレイのザクが迎撃している。
だが、その中で一機だけミネルバとザクの迎撃を抜けてブリッジ直前まで達したウィンダムがいた。
「しま……やめろおおおおおお!!!!!!!」
ブリッジに向けてビームライフルを向けるウィンダム。しかし、その時、上空からビームが飛んで来て腕を貫いた。
「え?」
そして次の瞬間、猛スピードでダークレッドの機体が飛んで来てウィンダムを破壊していった。
「(ジャスティス!? …………シュティルか!)」
それがジャスティスで、それに乗っているのがシュティルだとシンは判断すると、ギリッと唇を噛み締めた。その間にもジャスティスは次々とウィンダムを撃
退していく。
<どうした、シン? ボーっとしていてはミネルバを落とされるぞ?>
その時、回線を通じて入って来た声に、シンは大きく目を見開いた。
「か、艦長……」
もう駄目だと思い、一瞬、死を覚悟したミネルバのブリッジクルー。しかし、突如、現れたMSに皆が呆然となった。アーサーは、恐る恐るモニターに映る
MSを指差した。
「アレ……ジャスティスですよね?」
前の大戦で最強と謳われたフリーダムと並び称されるMS。そのパイロットは、ついこの前までミネルバに乗船していたアスランだ。しかし、タリアは、ウィ
ンダムを撃墜するジャスティスを睨む。
彼女らも、アレのパイロットが海賊のシュティルであるという事は知っている。どうして助けてくれたのは理解できないが……。
「アンノウン接近! これは……」
混乱するブリッジにバートの報告が飛ぶ。
「光学映像、出ます!」
メイリンがモニターを切り替えると、艦隊の間から見た事の無い機体が現れる。それは、四つの足を持つカニのような形をしており、MSより二回り以上もあ
るような巨体だった。
「何だアレは!?」
「MA!」
「あんなにデカい……!?」
タリアは、この絶望的状況であんな化け物に出て来られ、舌打ちするとアーサーに指示を飛ばす。
「あんなのに取り付かれたら終わりだわ……アーサー、タンホイザー起動! アレと共に左前方の艦隊を薙ぎ払う!」
「ええ!?」
「沈みたいの!?」
「あ、はい! い、いいえッ! タンホイザー起動! 射線軸コントロール移行! 照準、敵MA!」
大気圏内での陽電子砲の使用は、γ線が生じて放射能汚染の恐れがあったが、タリアの怒声にビクつきアーサーは即座に陽電子砲を起動する。
艦首から砲身が飛び出し、敵MAをロックオンする。そして放たれた閃光は、水面を掠め、水蒸気爆発を起こしながらMAに向かう。すると、MAは前傾姿勢
をとると、閃光を拡散させた。
MA――YMAF−X6BDザムザザーは、その深緑のボディに一つの傷も受けていなかった。
「いやぁ……でも凄いですねあの兵器」
「陽電子砲を跳ね返しちゃうとはなぁ」
オーブ軍国防本部では、地球軍艦隊とミネルバの戦いを見ていた。そこにはユウナの姿もあり、まるでスポーツ観戦のような感覚で楽しんでいる。
「何をしている?」
その時、入り口が開いて低いながらも凛とした声が響く。それにはユウナも少し驚いた素振りを見せた。
「カガリ!?」
入って来たカガリは、モニターを見て眉を顰める。オーブの領海の外で戦闘が行われていると聞き、嫌な予感がして来てみれば案の定だ。全てユウナの差し金
だと悟った。
「ユウナ……これはどういう事だ? ミネルバが、戦っているのか? 地球軍と?」
その問いにユウナはさも当然のように返す。
「そうだよ。オーブの領海の外でね」
「あんな大軍を相手に……」
「心配いらないよ、カガリ。既に領海線に護衛艦は出してある。領海の外と言ってもだいぶ近いからねえ。困ったもんだよ」
それを聞いてカガリは目を見開くと、ユウナに声を荒げて問いただした。
「領海に入れさせない気か、ミネルバを!? あれでは逃げ場も何も……」
「だが、それがオーブのルールだろ?」
「く……!」
「それに、正式に調印はまだとは言え、我々は既に大西洋連邦との同盟条約締結を決めたんだ。なら、今ここで我々がどんな姿勢を取るべきか、そのくらいの事
は君にだって分かるだろ?」
「しかしあの艦は!」
地球を救ってくれた艦だと言おうとするとユウナは遮った。
「あれはザフトの艦だ。間もなく盟友となる大西洋連邦が敵対している、ね」
「ミネルバ、領海線へ更に接近。このままいけば数分で侵犯します」
その時、オペレーターの報告が来るとユウナは即座に指示を飛ばす。
「警告後威嚇射撃。領海に入れてはならん。それでも止まらないようなら攻撃も許可する」
「ユウナ!」
慌ててその命令を撤回しようとするカガリだったが、ユウナは人が変わったように怒鳴った。
「国は貴方の玩具ではない! いい加減、感傷でものを言うのはやめなさい!」
その言葉にカガリは唇を噛み締め、拳を震わせる。今の自分には何も出来ないという現実が余りにも辛かった。
「以前国を焼いた軍に味方し、懸命に地球を救おうとしてくれた艦を討て、か……こういうのを恩知らずって言うんじゃないかと思うんだがね、俺は。政治の世
界にはない言葉かもしれんが……」
オーブ軍の艦隊指揮を執っているトダカは、双眼鏡で戦闘の様子を見ながら、そうボヤいた。他の軍人も彼と同じ意見なのか、ミネルバに同情の視線を向けて
いる。
トダカは、目を細めインパルスを見つめる。シュティルから聞いた。あのMSに、かつて助けた少年が乗っているという事を。命を助けた彼に向かって、砲撃
する……トダカは、酷く胸が痛んだ。それでも彼は、軍人として指示を飛ばした。
「警告開始。砲はミネルバの艦首前方に向けろ。絶対に当てるなよ!」
「は? は、はい……」
トダカの指示に、副官が慌てて声を上げる。
「司令! それでは命令に……」
「知るか。俺は政治家じゃないんだ」
そうトダカが言うと、副官はフゥと肩を竦めた。
「陽電子砲が効かないMAか……厄介だな」
シュティルは、ミネルバ最大の兵器も効いていないザムザザーを見て呟く。ミネルバも、もはや打つ手なしといった様子で他の攻撃で牽制するしかない。
「(このままではミネルバも領海に入る……)」
<くそぉ!>
シュティルが戦場全体を見ていると、シンが声を上げてザムザザーに斬りかかっていった。しかし、ザムザザーは、その巨体からは想像できない動きの速さで
避けると、ビームを放ってインパルスの背中に当たる。
<くっ!>
即座にインパルスはビームライフルを撃ってお返しするが、先程、陽電子砲を弾き返したリフレクターで防御し、両足のビーム砲でインパルスを襲う。
が、インパルスの前にジャスティスが入り込み、シールドでビームを防いだ。
「くっ! とんでもない火力とパワーだな……」
<邪魔するな、シュティル! 消えろ!>
「やれやれ……随分と嫌われてるようだな」
<当たり前だ!>
「(絶対に俺はお前を認めない!)」
ギリッとシンは唇を噛み締め、操縦桿を握り締めると突如、エネルギー残量が残り僅かだという事を示すアラートが鳴った。
「(な……!? こんな時に!)」
<ザフト軍艦ミネルバに告ぐ。貴艦はオーブ連合首長国の領域に接近中である。我が国は貴艦の領域への侵入を認めない。速やかに転進されたし……>
「何!?」
突如、オーブ艦隊からの退去勧告が通信に入って来た。自分達の国で修理しておきながら砲撃する余りの身勝手さにシンは憤りを感じた。だが、今、引き返せ
ばミネルバは蜂の巣にされてしまう。
ルナマリアとレイも頑張ってはいるが、限界に近い筈だ。シンは、ミネルバに向かおうとしたが、ザムザザーの相手で手一杯だった。するとミネルバに向かっ
てオーブ艦隊が威嚇射撃を放って来た。
「オーブが……本気で……」
そう呟いた時、シンはハッとなった。その呟きは、自分が心の何処かでオーブを、カガリを信じていたという証拠だった。しかし、裏切られた。シンは、自分
の甘さを実感した。
そして、失意に駆られていると、突如、ザムザザーがインパルスの足を掴んだ。
「し、しまった!」
それと同時にエネルギーがゼロになり、装甲の色が灰色へと変化する。
<シン!>
即座にジャスティスが救助しに行こうとするが、ウィンダム部隊に阻まれる。
<ちぃ!>
シンは、体にかかる強烈なGに視界が真っ黒になっていくのを感じた。そして、“死”という文字が頭の中に浮かんだ。
「(此処で……死ぬ?)」
ふと妹のマユの笑顔が思い浮かぶ。まだ平和で、仲良く遊んでいた頃の妹の笑顔が……。
家族を失い、祖国に裏切られ、ミネルバも守れず死んでいく……シンはギュッと操縦桿を握り締めた。
「こんな事で……こんな事で俺は!!」
その時、彼の中で何かが弾けた。
「!?」
マルキオ邸で子供達と遊んでいたレンは、頭に電流のようなものが走り、ハッとなる。すっかり子供達に懐かれ、居着いているレンは、ジッと窓の外を見つめ
る。
「(何だ……この感覚……キース? いや、彼にしては随分、気分の悪い力だ……これは……怒り……憎しみ……シン君?)」
「レン兄ぃ〜、どうしたの? レン兄ぃの番だよ」
トランプを持ってる子供の一人が言うとレンはハッとなった。
「ああ、ゴメンゴメン。じゃ、10のトリプル」
「はい、Kのトリプル」
「げ!?」
「わ〜い! 勝った勝った〜! またレン兄ぃが大貧民だ〜!」
諸手を挙げて喜ぶ子供達に微笑み、レンはトランプをシャッフルする。そして、チラッと窓の外を見て、目を細めた。
「(シン君、その力は確かに強い……でも、それは壊すだけで何も生み出さないよ)」
シュティルは驚愕していた。目の前に広がるのは、撤退していく地球軍艦隊とザムザザー、そして幾つかの軍艦の残骸だった。そして、軍艦の残骸に乗っかっ
ているのはソードインパルスガンダム。
あの後、インパルスは足を引き千切ってまでザムザザーから離れ、デュートリオンビームでエネルギー回復を行うと、即座にザムザザーに飛び掛って、ビーム
サーベルを突き刺した。
その後、すぐにソードインパルスに換装し、艦隊を切り刻んで行った。突然、動きが見違えたシンに、シュティルは冷や汗を垂らす。
<インパルス! シン! 帰還してくだ……>
<まだだ>
メイリンの言葉を遮ると、インパルスはジャスティスの方を向いた。
<お前も此処で……!!>
そして、エクスカリバーを振り上げて、飛び掛って来た。
「ちっ!」
シュティルは咄嗟にシールドで防ぐが、ググッと力で押されると、エクスカリバーは盾ごとジャスティスの片腕を切り裂いた。
「何!?」
<うおおおおおおおおお!!!!!!!>
「くっ!」
咆哮と共に斬りかかって来るシン。シュティルはビームサーベルを抜くと、インパルスの肩に突き刺した。
<!?>
「はぁ!!」
そのまま一気に振り上げ、肩ごと抉り取る。エクスカリバーはそのまま海に落ちて行った。
<こんのおおおおおおお!!!!>
しかし、シンはビームブーメランを投げて来て、ジャスティスの片足を切り飛ばした。
「シン……一体……!?」
シンの変わりように驚愕しながらも、シュティルはファトゥム00を切り離し、その上に載ると、インパルスに向かって一斉射撃を放つ。全砲門より放たれた
ビームは、インパルスの残った腕と両脚を破壊した。
<うあああああああああ!!!!>
ダルマ状態のインパルスは、そのまま海へと落下していった。シュティルは、落ちて行ったインパルスの安否を気にしていたが、突如、ミネルバがビームを
撃って来た。ミネルバのビームは頭部に当たり、コックピットに衝撃を与える。
「ぐうぅ!!」
<ジャスティス。貴方は本艦に所属するインパルスに対し攻撃を仕掛けました。よって敵と判断し、殲滅します>
「(良い判断だ……)」
シュティルは頭から血を流しながらもタリアの判断に笑みを浮かべる。そして、ジャスティスは反転すると、そのまま飛び去って行った。
感想
むむ、シン君はシュティル氏でしたっけ…彼に負けましたね。
まあ、シン君は元々悲しいキャラですので、仕方ないかも知れませんが…
何せ、シン君がキラに勝っても、キラが迷っていたからと言われてそれまでですからね(汗)
その後は一度も勝ててないばかりか、最終話では相手にすらされませんでしたし。
つうか、最後の戦いを盛り上げもせず、戦闘に一話使い切りもしなかった(汗)
最後の戦い、アレ一話で三つの戦いをして終わらせてるもんだから、シンはオマケに(滝汗)
本当に悲しいキャラです。
つうか、最終話盛り上がらんかった(汗)
後、レン君…なにやらニュータイプしてますね〜
二人の繋がりだけを感じ取る、ムウラ式ニュータイプとは違うのでしょうか?
ちっと気になるところですね。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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