「えっと……此処か」

 プラントの首都アプリリウス市にある一軒家……オーブで家族を失い、プラントへとやって来たシンは、メモを見てそこが紹介された家だと確認する。そし て、呼び鈴を鳴らすと、一人の青年が出て来た。

「あ……」

 その射抜かれるようなシンと同じ赤い瞳に綺麗な青い髪をした青年。シンは、恐る恐る挨拶する。

「えっと……俺……僕、シン・アスカって言って……」

「ああ……トダカ二佐から話は聞いてる。入れ」

「は、はい」

 促され、シンは彼に続いて家の中に入る。

「お、お邪魔します……」

「…………練習しておけ」

「え?」

 急に言われてシンは首を傾げると、青年は背中を向けたまま言った。

「これからは此処はお前の家だ。“ただいま”と自然に言えるように練習しておけ」

「あ……」

 家族を失い、家すら失ったシンに、その言葉は彼の心に深く突き刺さった。青年は振り返ってフッと笑みを浮かべる。シンの脳裏に、かつて平和な国で過ごし た家族との生活の思い出が蘇る。父、母、妹の笑顔と青年の微笑が重なる。

 シンは荷物を投げ捨てると、目に涙を浮かべて青年に飛びついた。

「う、うああぁぁ……!」

 そして嗚咽を上げる。青年は、突然、泣きついて来るシンに驚きながらも、トダカから聞いた事情を思い返し、目を細めた。その日、シンと青年――シュティ ルは家族になった。



「う……」

「シン!」

 目を覚ますと、ヴィーノの顔が飛び込んで来た。

「ヴィーノ……」

 シンは今、自分がいるのがインパルスのコックピットだという事を理解する。そして、ジャスティスによって撃墜された記憶が蘇る。シンは、未だに混濁して いる頭を振り、ヴィーノの肩を借りてインパルスから降りる。

 すると、整備班が一斉に歓声を上げた。

「な、何だ?」

「皆、お前の活躍振りに感動してるんだよ!」

 困惑するシンに、ヴィーノがそう言うと彼の顔が曇る。確かに自分は地球軍の艦隊を追い払った。しかし、と振り返ってボディ以外を破壊されたインパルスを 見上げる。

 少なくともジャスティスには――シュティルには負けた。家族だと思っていた……誰よりも慕っていた人物に完膚無きにまで。シンは、ヴィーノから肩を離 し、心配させないよう苦笑いを浮かべると、パイロットロッカーに向かう。その後にルナマリアとレイがやって来た。

「けどほんとどうしちゃったわけ? 何か急にスーパーエース級じゃない……火事場の馬鹿力ってやつ?」

 突然、跳ね上がったシンの戦闘力にルナマリアが尋ねて来ると彼は曖昧に返した。

「さぁ……良く分からないよ、自分でも。オーブ艦が発砲したのを見て頭来て、こんなんでやられてたまるかって思ったら、急に頭の中クリアになって……」

「ブチ切れてったこと?」

「いや、そういう事じゃあ……ないと思うけど」
 
「何にせよ……」

 その時、レイがポンと肩に手を置いて来て、滅多に見せない笑みを浮かべて言った。

「お前が艦を守った。生きているという事はそれだけで価値がある。明日があるという事だからだ」

 珍しく自分の意見を言うレイ。そう言い、先を歩く彼の背中を見て、シンとルナマリアは顔を見せ合い、笑った。しかし、その笑顔もすぐに曇り、シンは“勝 ちはしたけど負けた”……その事で心が一杯になった。




機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−11  戦いの覚悟



 
 海の良く見える高台に作られた慰霊碑。その慰霊碑の前にカガリはいた。街の街頭ニュースでは、オーブは来週にも世界安全保障条約機構に加盟するというも のが流れている。

 この慰霊碑は戦争に犠牲になった人々のものではなく、“平和を愛し、最後までオーブの理念を貫きし先人達の魂、我等、永遠に忘れじ”と刻まれている。こ れは、父――ウズミ・ナラ・アスハを初め、大西洋連邦に屈しず、オーブと共に命を散らした前首長達のものである。

 カガリは今、自分を恥じていた。この前に来る資格なんて無い。何故なら彼女はオーブの理念を貫き通せなかったからだ。他の閣僚達の“正論”に何も言え ず、ただ流されるまま同盟を締結した。もし、父が生きていたら何と言うだろうか、彼女の表情が歪む。

「相変わらずだねぇ、此処は」

 その時、背後から軽薄な声がして振り返ると、ユウナがやって来た。この場には相応しくない彼の態度に、カガリは眉を顰める。
 
「まったく昔のままだ。おじ様達の墓も、もういい加減、ちゃんとしないといけないなあ」

「ユウナ……」

 不快そうに見るカガリに対し、ユウナは笑みを浮かべて言う。
 
「此処だと思った。でも駄目じゃないか。護衛の一人も連れずに歩き回っちゃあ。オーブ国内は安全とはいえ、今は情勢が情勢なんだよ?」

 そう言い、ユウナは慰霊碑の前に立つと、芝居がかったように深く頭を下げる。出来れば立ち去りたかったカガリだが、そうもいかず彼の乗って来たリムジン の後部座席に乗った。

 窓縁に肘を立て、ユウナから視線を逸らしながら彼女は尋ねた。


「で、何の用だ? 用があるから来たんだろ、わざわざ。だったら早く言えよ」

 するとユウナは呆れたように溜息を零す。

「やれやれ。君はまずその言葉遣いをなんとかしなとねぇ。国の母たらん立場のはずの君がいつまでもそんなんじゃやがて皆呆れるよ? 今は良くてもね」

「外見ばかり気にして、中身が駄目な人間を私は良く知ってるがな」

 そう皮肉を言うが、ユウナは理解せずに言った。
 
「僕はさっき、おじ様の碑に御報告と誓いを申し上げてきた」

「ん?」

「オーブもカガリも、僕が命に代えても守りますってね」

「(アホくさ)」

 カガリは、ジト目になって溜息を零す。もし、命の危険に晒された時、ユウナが守ってくれるなど毛頭思っていない。親に甘やかされ、実際の戦場がどんなも のかもしれない男が言っても説得力が無かった。
 
 しかし、ユウナはそんな事に気付かず話を続ける。

「だいぶ慌ただしくはあるが、式は同盟条約締結と時を同じくして、ということになった」
 
「は?」

 流石に式と聞いてはカガリも無視できず、ユウナの方を見る。
 
「最近の情勢には、国民も皆動揺してるからねえ。我々首長たちは皆想いを同じくし、一丸となって国を守ると、その意志を示す意味もあるし」

「そんな……ちょっと待て、ユウナ! 私はまだ……」

 そう言うカガリの左手の薬指に光る指輪をユウナは不快そうに見て、その腕を掴んだ。
 
「!?」

「子供の時間は終わりだよぉカガリ。ちょっと早くて可哀相な気もするが……君も僕もナチュラルなんだ。そしてオーブは大西洋連邦と同盟を結ぶ」

「く……」
 
「どのみち無理な話なんだよ。コーディネーターの彼とは所詮生きる世界が違う」

「ユウナ!」

 その言葉にカガリは流石に怒りを露にして怒鳴るが、ユウナは更にズカズカと言う。

「僕を怒鳴ってもしょうがないだろ? それとも僕と結婚せず彼を選ぶと国民に言う? だからまたプラントに付きたい、大西洋連邦は敵になる、と?」
 
「そんな事……」
 
「じゃあ、国も責任も全て放りだして出て行くのかい? アスハの名を持ちながら」

 そう言われてはカガリは反論できない。大西洋連邦との同盟。そんな状況アスランと共にいられる筈が無い。自分よりも国民の事を考えるのが代表首長だ。カ ガリは唇を噛み締めた。

「勘違いするなよ。僕は別にコーディネーターが嫌いなわけじゃない。だが彼にしろ、あの弟とかにしろ、君の傍には置けないと言っているんだ。カガリ・ユ ラ・アスハ。オーブ連合首長国代表首長たる今の君の立場の傍にはね」



 レンはテラスから海を見つめていると、ふと砂浜を歩くキラに目をやった。

「(キラ……ヤマトか。彼が……)」



 まだ少年である16歳のレンは、その年齢に不釣合いの白衣を身に纏い、コンピューターと向き合っていた。ふと部屋の扉が開かれ、金髪にザフトのエリート である赤服を着た男性が入って来た。

 レンは、振り返ると白衣を脱いだ。白衣の下は、隊長色の白い軍服を着ている。

「クルーゼか……どうした? 薬が切れたのか? それなら博士から……」

「ネビュラ勲章の授与を断ったそうだな?」

 入って来たのはラウ・ル・クルーゼと呼ばれる軍人であった。彼の言葉にレンは虚を突かれたような顔になると、フッと笑った。

「興味ないのでな」

「大罪人という意識があるからか?」

「…………」

「5年前……若干12歳であった君が、MSの基礎理論を作り出した。そして今も尚、多くの兵器をその手で造っている……そう、人を殺めるな」

 レン・フブキ……10歳で大学を卒業した超天才児。ザフトが軍になる前の政治結社、“自由条約黄道同盟:ザフト”に誘われる。そして、MSの基礎理論を 開発し、その2年後、MS第一号が開発された。

 そして、C.E.68、ザフトが軍事組織に変わると、彼の要望で一部隊の隊長でありながら科学者というポジションに就いた。

「多くの命を奪う兵器を造っているから勲章は受け取れないのかね?」

「別に、そんなつもりはない。私は兵器を開発したが、その力をどう使うかは人の勝手だ。かつて人類が最初に火を知った時、それは闇を照らす明かりで、生活 を守るものだった。決して人を殺めるものではなかった。兵器とて同じ事だ。守る力か殺める力か……力を使うものによって定義など変わる」

「詭弁だな。君とて、その兵器を使って人を殺めているではないか?」

「…………」

 ジッとクルーゼを見据えるレン。クルーゼは笑みを浮かべて言った。

「実に不思議な目だな、君は。まるで世界を憎んでいるが、愛してさえもいる……光と闇の入り混じった目だ」

「貴方こそ……ただ憎むだけの黒く純粋な心……世界がそんなにも憎いか?」

「ああ。憎いさ……世界も、人も、私自身さえもな」

 だから、滅ぼす。目の前で広げた掌を握るクルーゼに、レンは冷ややかな視線を送る。

「君にも話しただろう? キラ・ヤマトという最高のコーディネイターを作り出す資金の為に私のようなものが造られた。数多の犠牲と私のような存在の為に、 たった一つの命を造る世界……そして、彼の存在を知れば全ての人が思う。“彼のようになりたい”と」

 その言葉にレンは眉を顰めるが、クルーゼは更に続ける。

「だが、そのキラ・ヤマトもブルーコスモスの手によって殺された。多くの命によって生み出された命が敢え無く散った……そんな理不尽な人の住む世界など、 滅びた方が良いではないか。いや、私が滅ぼさずとも、人は自らそうする。それが人の夢、人の望み、人の業だ」

 狂気に彩られるクルーゼの瞳。レンは溜息を吐くと、椅子に座り、MSの設計図が映っているコンピューターの画面を見つめる。

「愚かだな」

「そう思うなら止めるかね? 私を……」

「私が止めずとも貴方の狂気は止められる。生命は貴方が思っているほど弱くない」

「では見ていたまえ。終焉の日が来る事を……ふふふ……くくく……はーはははははは!!!!」

 大きく笑い、クルーゼは部屋から出て行った。レンは、ジッとモニターを見据え、電源を切ると部屋が真っ暗になる。レンは、暗闇の中、ポツリと呟いた。

「強過ぎる力を与えれば人は力に恐怖し、剣を捨てる……そう思っていたがな……今の人類は、それすら忘れ、力を欲し、酔いしれる……母さんの望んでいた世 界は、来ないかもしれないな……」



「(まさか生きて会うとはね〜)」

 フッと笑みを浮かべ、無気力なキラを見る。バルドフェルドやマリューも、軍人ではなく此処で平凡な生活を送っている。しかし、キラだけはそれに馴染んで いない。まるで世捨て人のように、今の生活を無気力に送っていた。

 レンは目を細めて、キラに冷たい視線を送る。

「(結局、彼は戦う覚悟が足りなかった……のかな)」

 戦いに赴く際、様々な覚悟をしなければならない。死ぬ覚悟だけじゃない。相手の命を奪う覚悟。その命を背負って生きる覚悟。そして大切なものを守る覚悟 と失う覚悟だ。

 何もかも守りたいなど不可能だ。人間は神ではない。だからこそ、大切なものを失った時、それすらも背負い、前に進もうという人間にしか未来は見えない。

 それら全ての覚悟が出来て初めて戦うのだ。“絶対に守る”と意気込んで戦えば、それを失った時、人は歩く事を止めてしまう。“守るものを失う覚悟を以っ て戦う”……少なくとも、レンはそうして来た。

「(ま、若いから、それを知れっていう方が無理か……)」

 苦笑していると、ふと横の方からバルドフェルドの声が届いた。

「まぁオーブの決定はな、残念だが仕方のないことだろうとも思うよ……」

 見ると、バルドフェルドとマリューがコーヒーカップを持って話していた。
 
「ええ……カガリさんも頑張ったんだろうとは思いますけど……」

「代表といってもまだ18の女の子にこの情勢の中での政治は難しすぎる。彼女を責める気はないがね……問題はこっちだ」
 
「ええ……」

 マリューは頷いてカップの中のコーヒーに目を落とす。

「君等はともかく、俺やキラやラクスは引っ越しの準備をしたほうが良いがもしれんな」

 オーブが同盟条約を結べば、コーディネイターの彼らには住みにくくなってしまうだろう。マリューは、彼の方を向いた。

「プラントへ?」

「そこしかなくなっちまいそうだね。このままだと。俺達コーディネーターの住める場所は……」

 そう言い、残される事になるであろうマリューは表情を顰めて俯いた。するとバルドフェルドは口調をどもらせながら言って来た。

「あ、いや……あ〜……良ければ君も一緒に」
 
「え?」

「まぁ、あんな宣戦布告を受けた後だ。今はまだプラントの市民感情も荒れているだろうが、デュランダル議長ってのは割りとしっかりしたまともな人間らしい からな。馬鹿みたいなナチュラル排斥なんて事はしないだろう」

 その言葉にマリューは苦笑し、目の前に広がる海原を見つめる。
 
「何処かでただ平和に暮らせて、死んでいければ一番幸せなのにね。まだ何が欲しいって言うのかしら。私達は………」

「安心してください、マリューさん!」

「きゃぁ!?」

 その時、ニュッとマリューの股の下からレンが顔を出して来て彼女は飛び退く。その際、持っていたカップが彼の顔面に落ちる。

「熱〜!!!!!」

「あ、貴方、何処から出て来てるのよ!?」

 余りに突拍子な行動にマリューは叫ぶように尋ね、バルドフェルドも呆然としている。レンは、顔を拭きながらグッと親指を立てる。

「いっその事、私とノンビリ暮らしましょう! 子供は娘2人に息子1人で!」

「貴方、ラクスさんのファンじゃないの!?」

「私の守備範囲は10〜40の女性です! 場合によっては10以下でも……」

「人として最低だな、おい」

 かなり危険な発言をするレンに、バルドフェルドが冷ややかにツッコミを入れる。マリューはハァと溜息を吐いてガクッと肩を落とした。

「気持ちは嬉しいけど、貴方と一緒だと疲れそうだからお断りさせて貰うわ」

「そんな……折角、恥ずかしいのを我慢して告白したのに」

「今の告白の何処に恥じらいがあったんだ?」

「実はトイレ我慢しながら言ったんですよ」

 ピンと人差し指を立てて答えると、レンは股間を押さえて家の中へと突っ走って行った。マリューは、トイレ我慢されながら告白された事に、呆然となって立 ち尽くしてしまうのだった。




 その夜、レンはリビングのソファーで横になっていると、ピクッと反応して飛び起きる。キョロキョロと首を左右に振ると、袖口から二丁の拳銃を手にする。

「ザンネン! ザンネン! アカンデェー!」

 すると、階段の上から電子的な声がしたので、廊下に出るとバルドフェルドとマリューが銃を持って出ていた。

「レン!」

「ど〜やらお客さんみたいですね」

「こんな真夜中に……」

「何処の連中かな……君は彼女と子供達を頼む。シェルターへ。俺とレンは迎え撃つ」
 
「ええ」

 バルドフェルドの指示にマリューは頷くと、ラクス達の部屋へ向かった。

「え〜、私お客さんなのに〜?」

「じゃあ、その両手の銃は何だ?」

「趣味です」

「…………最初からこうなると知ってたな?」

 ジロッと睨んで来るバルドフェルドに、レンは今までのお調子者の笑顔から一変し、冷たい表情になり笑みを浮かべる。

「まぁ色々ありまして……いずれ来るとは思ってましたよ」
 
「後で事情を説明して貰うぞ」

 すると、キラもTシャツで部屋から出て来て、2人の銃を見て驚いた。

「どうしたんですか!?」
 
「早く服を着ろ。嫌なお客さんだぞ。ラミアス艦長と共にラクス達を」

「あ、はい!」

 そしてキラは慌てて部屋に戻った。レンとバルドフェルドは頷き合うと、階段を降り、リビングの窓から様子を窺う。すると、黒い影が幾つか見えたので、2 人は一斉に発砲した。向こうも、銃声に気付き、マシンガンで応戦してくる。2人は、窓際から離れ、テーブルやソファを盾にして応戦する。

「くそ! 何処の部隊だ、こいつら!?」

「強盗だったら楽だったんですけどね〜」

 明らかに統率され、訓練された特殊部隊だった。これでは、裏にも何人か回っているだろう。

「此処は私が! バルドフェルドさんはマリューさん達の方へ!」

「すまん!!」

 バルドフェルドが飛び出し、レンが援護する。無事、階段を駆け上がって行ったバルドフェルドを確認すると、レンはスッと目を細める。

「さて……やるか」

 まずレンはソファの影から飛び出した。当然、相手は撃ってくるが、レンは横に移動して銃弾を避けると、ダンと跳び上がって相手の後ろに移動する。そし て、首筋に銃口を突きつけ、一人を始末する。そして、もう一人には肩を撃ち抜いた。

「ぐぁ!」

 肩を押さえて倒れる男。レンは、フッと笑みを浮かべ男の暗視スコープを外し、首を掴んで持ち上げる。

「少し眠ってろ」

 そう言って、男の腹を殴ると呻き声を上げて気絶した。レンは、男を担ぐとバルドフェルドの後を追う。



 バルドフェルドはマリュー達と合流しようと階段を上がり、扉を開けると、物陰に隠れていた襲撃者がナイフを突き出して来た。

「!?」

 咄嗟に左腕で庇うバルドフェルド。その腕にはナイフが深々と刺さっていた。その際、銃は手から落として床を転がる。襲撃者は左手を繰り出して来たが、バ ルドフェルドは右手で受け止めると鳩尾に蹴りを喰らわせる。

 そして、よろめいた相手に向かって左手を突き出す。すると銃声が響き、襲撃者は床に崩れ落ちた。バルドフェルドの左腕は、肘から下がショットガンになっ ていた。

 先の大戦で彼は片腕と片足を失った。今では義手義足で普段と変わらない生活を送っているが、腕には、もしもの時の為にショットガンを仕込んでいる。正に “奥の手”だった。

 ナイフの刺さっている左腕を拾い、くっ付けると、ノイズ混じりの声が聞こえた。

<目標は子供と共にエリアEへ移動>

「ん?」

 見ると襲撃者の耳からイヤホンが外れていた。

<武器は持っていない。護衛は女一人だ。早く仕留めろ>

 目標、と聞いてバルドフェルドは眉を顰めると、急ぎマリュー達の下へと向かった。



「窓から離れて! シェルターへ急いで!」

 拳銃を構えながらマリューが子供達を急がせる。キラは、最後尾を歩きながら辺りを警戒する。コーディネイターだが、戦闘訓練を受けていない彼に白兵戦は 無理だった。

 先頭にはマルキオと目の見えない彼を支えるキラの母、カリダ・ヤマトがいる。彼女は戦後、キラと共に暮らしていた。訳が分からず怖い怖いと言う子供達を ラクスと一緒に宥めていた。

 シェルターに向かって走り、廊下の角を曲がる。

「マリューさん! 後ろ!」

 そうキラが叫ぶと襲撃者達がマリューに向かってマシンガンを撃った。マリューは前に跳んで銃弾を避けると、角を曲がって相手を撃退する。
 
 廊下の突き当りではマルキオがシェルターの扉を開ける作業を行っている。その時、向かいの扉が開き、キラ達は身を竦ませるが、出て来たのはバルドフェル ドだった。

「バルトフェルドさん!」

 やがてシェルターの扉が開き、ラクスが子供達を促す。

「さぁ早く!」

「急げ! かなりの数だ!」

 キラをシェルターの方に押しやると、バルドフェルドはマリューを加勢する。キラは、シェルターの前の入り口で立っているラクスの元へ駆け寄ると、突如、 ハロが叫んだ。

「ミトメタクナイ! ミトメタクナーイ!」

 それにハッとなると、キラは換気口から銃口を向けている襲撃者に気がついた。

「ラクス!!」

 パァン!

 咄嗟にラクスを抱えるキラ。同時に銃声が鳴り、襲撃者が倒れた。

「無事かい?」

「え?」

 すると、肩に下着姿で両腕を拘束し、猿轡をしている襲撃者を担いでいるレンが、換気口に銃を向けていた。

「フブキさん!?」

「バルドフェルドさん! マリューさん! 急いで!」

 レンに言われ、バルドフェルドとマリューもシェルターに駆け込む。そしてレンが最後に駆け込むと、扉が閉まりロックがかかる。それを確認してマリューは ドサッと膝を落とし、息をついた。

「はぁ……」
 
「大丈夫か?」

 バルドフェルドが室内を見回して尋ねると、キラが頷く。そして、レンが捕まえた襲撃者に目をやる。どうやら、かなり痛めつけられたようで、顔や体にあち こち痣が出来て、気絶している。
 
「バルドフェルドさん、この人達は……」

「コーディネーターだわ」

 状況を未だに把握できないキラが尋ねると、マリューがポツリと呟いた。
 
「ああ。それも素人じゃない、ちゃんと戦闘訓練を受けてる連中だ」

 それを聞いて、キラが恐る恐る尋ねる。

「ザフト軍……ってことですか?」

「コーディネーターの特殊部隊なんて……最低……」

 マリューが、ウンザリした口調で吐き捨てる。

「案外、早く動いて来たな。もうちょい、かかると思ってたのに」

 ふとレンがそう呟くと、キラとマリューが目を見開く。そしてマリューは立ち上がると、レンに銃を向けた。その行為に、ラクスや子供達も驚いた。

「貴方……この部隊のこと、何か知ってるの?」

「部隊そのものについては知りませんが、目的は知ってますし、理由の検討もついてますね」

「わたくし……ですか」

 すると、ラクスが会話に入って来て、凛とした表情でレンを見つめる。レンは、静かに頷いた。キラ達は理解できなかった。救国の歌姫と言われ、未だにプラ ントでも高い人気を誇っているラクスが、コーディネイターに狙われるなど考えられない。

「レン様、どうか事情をお話ください。何故、わたくしの命が狙われ、貴方が此処に来たのか……」

「それは……」

 ドォン!!

 話そうとした途端、シェルターに凄まじい衝撃が走った。

「これは……MSの襲撃だな。ヤバいな〜……MSの攻撃は計算外だな」

「MS!? そんなものまで……」

「何が何機いるか分からないけど、火力のありったけで狙われたら此処も長くは保たないだろうね」

 レンがほぼ絶望的な言葉を吐くと、バルドフェルドは神妙な顔でラクスに言った。

「ラクス、鍵は持っているな?」

 その問いにラクスは目を見開いて動揺した。そして、彼女のお気に入りのピンクのハロを抱きしめ、顔を俯かせる。

「扉を開ける……仕方なかろう。それとも今、此処で皆、大人しく死んでやったほうが良いと思うか?」

 滅多に見せない鋭いバルドフェルドの視線にラクスは身を震わせる。
 
「いえ、それは……」

「ラクス?」

 会話の意味が分からず首を傾げるキラをラクスは瞳を潤ませて見上げる。

「キラ……」

 そんな彼女とバルドフェルドとマリューの態度を見て、キラはハッとなる。そして背後を見ると、そこには巨大な扉があった。キラは、その扉の中に何がある のか理解した。

 それと同時に皆に感謝した。この扉の中にあるものを手にすれば、きっと皆を救えるだろう。だが、それは彼にとって辛い事だった。だから皆、黙っていたの だ。

 カリダの方を見ると、彼女も複雑な表情でギュッと拳を握っていた。キラは、フッと笑うとラクスに言った。

「貸して」
 
「え?」

「なら僕が……開けるから」

 微笑かけるキラに、ラクスは目を見開いて戸惑いの声を上げる。
 
「いえ……でもこれは……」
 
「大丈夫。僕は大丈夫だから……ラクス」
 
「キラ……」

 優しく微笑みかけ、キラは彼女の体を抱きしめる。
 
「このまま、君達のことすら守れず、そんな事になる方がずっと辛い。だから……鍵を貸して」

 その言葉にラクスは、ハロを差し出す。するとハロの体が二つに割れ、中から金と銀の鍵が出て来る。バルドフェルドが銀の鍵を、キラが金の鍵を取り、扉の 左右にあるボックスに鍵を差し込む。

「3,2,1……!」

 バルドフェルドの合図で同時に鍵を回す。巨大な扉が重い音を立てて開いて行く。その中にはキラにとって懐かしい、ZGMF−X10A、フリーダムが静か に佇んでいた。

 二度と使うまいとしていた力。キラは、決意し、ゆっくりと機体へ向かう。

「待った」

「?」

 その時、レンがキラの肩を掴んで引き止める。不思議そうに振り返るキラ。レンは、彼らしからぬ真剣な表情でキラを見据えた。

「覚悟はあるんだね?」

「え?」

「守るのも構わない。でも、守るものを失う覚悟だって、ちゃんとあるんだね?」

「!?」

 その言葉にキラは目を見開くが、レンは更に続ける。

「じゃなきゃ……戦う辛さには堪えられない」

 キラの脳裏に、かつて守ろうとしながらも死なせてしまった少女を思い出す。それは、バルドフェルドやマリューだって同じだ。大切なものを失っている。

「君はまだ若い。堪えられないなら私が出る」

 そう問われ、キラはラクスや母、子供達を見るとレンの瞳を見据え、コクッと頷いた。レンは、フッと笑うとキラから手を離した。そして、キラは、フリーダ ムに向かい、扉は閉められた。



「シェルターの一点を集中して狙え。壁面を突破できればそれで終わる!」

 彼――ヨップ・フォン・アラファンスは、ザフトの最新鋭水中用MSアッシュを用いて、部下に指示を飛ばす。既に屋敷は完全に破壊し、後はシェルターだけ だった。

 突如、受けたラクス・クラインの暗殺。彼らには、それを疑問に思うような感情など無い。いや、持ってはならない。下された任務を機械のようにこなす事が 彼らの全てだった。

「よーし行くぞ! 目標を探せ! オルアンとクラムニクは……」

 その時、山の斜面から一条の光が空に向かって放たれ、爆発した。ヨップは驚いてモニターを切り替えると、爆煙の中から一機のMSが飛び出した。

「な、なんだ!? あれは!?」

 いきなりMSが現れ、驚愕するヨップ。

<あれはまさか……フリーダム!?>
 
「ええぇぇ!」

 隊員の一人が口にしたその名前にヨップは驚愕する。フリーダムの名は彼も知っている。第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で最強を誇ったMS。パイロットは知 られず、伝説と化しているMSだ。

 フリーダムはヨップ達が驚愕している間にビームサーベルを抜いてアッシュの手足を切り裂いた。そしてビームを全て神業的な操縦で避けながら、五つの砲門 全てを開き、ビームを放つ。

 それらは全てコックピットを狙わずアッシュの手足を破壊していった。

「そんな馬鹿な! くッ!」

 残る一機になってしまったヨップのアッシュはビームを放とうと腕を上げるが、その砲口にビームライフルからビームを放ち、腕を破壊する。そして、残る 腕、背中のミサイルポッド、両足を破壊した。

「く、くそおおおおおおおおお!」

 ヨップは叫んで手元のレバーを引いた。



「!?」

 次々と爆発するアッシュ。圧倒的な力を持ち、常にコックピットを狙わない戦い方をしていたキラだったが、これには驚いた。折角、助かった命を自らの手で 絶っていった。

 だが、瞬時に彼らが特殊な訓練を受けた部隊である事を理解し、素性を明かさぬ為に自爆したのだと悟る。キラは苦い表情で、炎上する機体を見つめた。



「キラ……」

 シェルターから出て丘の上から、ラクスが呟く。バルドフェルドやマリュー達も複雑な表情で見ている。

「さて……と」

 その時、レンが声を上げた。

「バルドフェルドさん」

「ん?」

「付いて来てくれませんか?」

 そう言いレンは、気絶している襲撃者を担ぐと、バルドフェルドは彼が何をしようとするのか理解し、付いて行った。

「あ、待って……」

「こっから先は女子供は遠慮してくださいね〜」

 付いて行こうとしたマリューだったが、レンがニコッと笑って止め、バルドフェルドも視線で付いて来るなと言った。マリューは、呆然と2人の背中を見詰め た。



 バシャ!!

「うぐ!?」

 屋敷の外れにある森の中、その襲撃者は水をかけられ目を覚ます。そして自分の今の姿に驚嘆した。両手は縛られ、猿轡をされている。そして下着姿だった。

 目線を上げるとレンとバルドフェルドが彼を見下ろしていた。レンは、膝を突いて猿轡を外す。

「さて、幾つか訊きたい事があるんだが……」

「っ!」

 すると襲撃者は舌を噛もうと大きく口を開く。

 ドゴ!!

「!!?」

 しかし、その口にレンが蹴りを入れ、閉じられなくなった。声の出ない襲撃者にレンは冷ややかな視線を送る。

「素性を喋る前に死のうとするのは兵士としては優秀だが、私の前で口を割らないのは愚考としか言いようが無いよ」

 そう言い、口から足を離すとレンは襲撃者の腕を取った。

「誰の命令でラクス・クラインの命を狙った?」

「し、知らん……」

 ゲホゲホと咳き込み、レンを睨みながら言う襲撃者。そして次の瞬間、グリュッと言う鈍い音が響いた。

「ぎ、ぎゃあああああああああああああ!!!!!!!!!」

 思わず悲鳴を上げる襲撃者。レンは、ペンチを手にし、彼の指を一本、捻じ曲げた。指が異様な形になり、バルドフェルドは表情を顰める。

「誰に命令された?」

「い、言ってたまる……ぎゃあああああああああ!!!!!!!」

 もう一本、捻じ曲げるレン。とても笑顔を絶やさなかった彼とは思えぬ表情で、次の指にペンチをかける。

「後、8本……いや、足もやれば18本か。後、何本で吐くかな?」

「こ、殺せ……」

「…………こりゃ死ぬまで口を割らないね。しょうがない……」

 レンは溜息を吐いて、彼から手を離すとニヤッと笑みを浮かべた。

「デュランダル議長か? 理由は本物がいるとマズいから……」

「!?」

 襲撃者の目が見開かれる。その反応でレンは確信し、彼に向かって銃口を向ける。

「やっぱりね……ありがとう。お陰で確信が持てたよ」

「お、おい待てレン! 白状したならもう……」

 慌ててレンを止めようとバルドフェルドが肩を掴んで来る。しかし、レンは冷たい表情のまま言った。

「こいつ等は、未来ある幼い子供達の命も奪おうとしたんです。私はね、任務達成の為とはいえ、子供まで殺す奴は許せない人間なんですよ。そもそも、他人の 家で土足で上がり込んで破壊するような奴らに人権はありませんよ」

 そう言い、襲撃者の髪の毛を引っ掴んで、口に銃口を突っ込んだ。

「お前みたいな奴には、この世に言い残す言葉すら不要だ」

 そして、レンはトリガーを引いた。
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