「ふわ〜……」
エリシエルは欠伸をしながらダイニングに来て食事を取ろうとした。
「よっ。美女の欠伸姿を見れるなんて早起きはするもんだね〜」
その時、ポンと肩を叩かれてからかう声がすると彼女はジト目になって振り返った。底には、オレンジの髪をした赤服のザフト兵が笑顔で立っている。
「おはよう、副隊長殿?」
「ええ、おはようございます。ヴェステンフルス殿」
敬礼して嫌そうな顔をするエリシエルに、青年――ハイネ・ヴェステンフルスは苦笑する。
「何々? 久し振りに会った同僚に随分、冷たいんじゃない?」
「別に〜。いつの間にやらフェイスになって新型機のパイロットだなんて……随分と出世しましたね〜」
「おいおい。俺だって別に出世したくてした訳じゃないぜ? 本来なら、俺じゃなくてレンがなるべきだろ?」
そう言って自分の胸にあるフェイスの徽章に触れるハイネ。エリシエルも、ブスッとした態度を改め、フゥと息を吐いた。
「どうだ? 一緒に食事でも?」
「……分かりました」
ヤレヤレと肩を竦め、了承すると2人は適当な席に向かい合って座る。ハイネはクロワッサンとコーヒー、エリシエルはトーストとココアを頼んだ。
「レンに会ったって?」
唐突にハイネが質問してくると、彼女は特に驚かず、してくると思っていたように自然に答えた。
「ええ」
「元気してたか?」
「勿論。良く出来た可愛い妹さんと仲良く海賊やってるわ」
「妹!?」
思わず声を張り上げるハイネに、エリシエルはそんなに驚く事かと思う。が、何故か彼は悔しそうに拳を握り締めた。
「くっ……! アイツ、昔は姉派の筆頭として、俺が率いる妹派と争っていたのに……いつの間に妹属性に……!」
「変わりませんね、あなた達……」
呆れた口調で言うと、運ばれて来たココアを飲むエリシエル。そういえば昔、戦場でレンとハイネが“お姉さんと妹について”熱く語り合っていたのを思い出
し、表情を顰める。
「ま、元気そうなら別に良いさ」
「あら? 軍人らしからぬ発言。向こうは一応、海賊ですよ?」
「どっかの誰かさんの口癖さ。ザフトやプラントよりもレンを信じる。アラスカで死んだ仲間達も一緒だよ」
そう言ってコーヒーを口に含むハイネ。エリシエルもフッと笑って言った。
「私達、軍人失格ですね」
「確かに………でもまぁ、それだけ人を惹き付ける何かを持ってたな………アイツは」
顔の前で手を組んで、窓の外を見つめるハイネの言葉にエリシエルも頷いた。かつて共に戦い、アラスカで生き残ったのは彼ら3人だけ。今は別の隊、別の道
を歩んでいるが、その時が彼らが一番、楽しかったと思える日々だった。
機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜
PHASE−16 再会―――出逢い
「え? 議長、もう発たれたの?」
「ん?」
エリシエルとハイネは他愛ない世間話をしていると、ふと階段から降りて来るシンとルナマリアに気付いた。
「ええ。お忙しい方だもの。昨日、ああしてお話できたのが不思議なくらいでしょ、ホント」
「まぁ……な」
何故か不機嫌そうなルナマリアに困惑しているシン。エリシエルも昨日、こんな豪華なホテルに泊まれる事を大喜びしていたルナマリアが、何であんなに不機
嫌なのか不思議そうになる。
「シンは良いわよね〜。昨日は、あ〜んなお褒めの言葉まで頂いて今日はオフだし。ルンルンだわよね〜」
「どうしたの?」
「別に〜」
何故か自分まで嫌味を言われて尋ねるシンに、ルナマリアはソッポを向いた。
「お前達」
と、そこへハイネが口をナプキンで拭いて2人に声をかける。2人は急に話しかけられ、キョトンとハイネと何故か仲の良さそうなエリシエルを見る。
「昨日のミネルバのヒヨッコだろ?」
「失礼しました! おはようございます!」
背筋を正して敬礼するルナマリアに習い、シンも敬礼する。ハイネは笑みを浮かべながら尋ねた。
「もう一人のフェイスの奴はどうした?」
「隊長はまだお部屋だと……」
「でね、そしたらその兵隊さん、顔、真っ赤にしてね〜。ありがとうございますって……」
その時、階段から甲高い声がしたので見ると、アスランとミーアが降りて来た。途端のムッとなるルナマリアにエリシエルは気付いて苦笑する。
「なるほどね、分かった。サンキュ」
そう言ってハイネは立ち上がると、アスラン達に歩み寄る。
「おはようございます、ラクス様」
アスランもハイネに気付くと、ミーアの腕を振り解き、敬礼する。ミーアは、ハイネにニコッと笑いかけた。
「あら、おはようございます」
「昨日はお疲れ様でした。基地の兵士達も、大層喜んでおりましたね。これでまた士気も上がる事でしょう」
「ハイネさんもお楽しみ頂けましたか?」
「はい、それはもう」
そう返事をすると、ハイネはアスランの方を向く。
「昨日はゴタゴタしてて、まともに挨拶できなかったな。特務隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしくな、アスラン」
「こちらこそ、アスラン・ザラです」
自己紹介し、2人は互いに握手する。
「知ってるよ、有名人」
その言葉に僅かだがアスランの表情が変わる。戦犯であるパトリック・ザラの息子として有名なのか、あるいはザフトの伝説のエースとして有名なのか、アス
ランにとっては、どっちとも良い思いのしない事だ。
しかし、ハイネは屈託の無い笑みを浮かべる。
「復隊したって聞いたのは、つい最近でな。前はクルーゼ隊にいたんだろう?」
「あ、はい」
「俺は大戦の時はホーキンス隊でね。ヤキン・ドゥーエではすれ違ったかな?」
笑みを浮かべながら言うハイネの言葉に、アスランは表情を顰めると退屈そうにしていたミーアのマネージャーが声をかけてきた。
「ラクス様、今日の打ち合わせがございますので、申し訳ありませんが、あちらへ……」
「え〜?」
「お願いします」
不満そうなミーアだったが、引かないマネージャーに渋々ながら納得する。
「はぁい。仕方ありませんわね………では、アスラン。また後ほど」
そう言いアスランに微笑みかけると、ミーアは服を翻して去って行った。
「そういえばエリィ先輩、どうして此処に?」
「俺が食事に誘ったんだ。エリシエルとは元同僚でね」
「え?」
「俺ら元々はフブキ隊だったんだ」
「フブキ先輩の!?」
それを聞いてアスランが珍しく声を張り上げた。ルナマリアも驚き、シンは彼の名前が出て不機嫌そうな顔になる。まぁ彼の場合、兄よりもクソ生意気で口や
かましい妹の方を思い出したのだろうが。
「当時はレンが隊長で、エリシエルが副隊長。俺は、当時まだペーペーだったんだけどな」
「良く言います。配属された時は、たまたまMAを一機撃墜したからって調子に乗って、敵の本陣に突っ込んで……私とレンで助けに行かなかったら、死んでま
したね」
「おいおい、エリシエル。んな恥ずかしい過去を暴露すんなよ……あの時は俺もまだまだガキだったって事さ」
「年下のレンに後から諭されてましたね」
「ふふ、まぁな」
苦笑し、ハイネは席に座ると指を立てて呟く。
「まぁ、ともかく、だ。この四人と、昨日の金髪の、全部で四人か……ミネルバのパイロットは」
そう言ってハイネはシン達を見回して指折りで数える。
「インパルス、ザクウォーリア、セイバー、バビ……そして、アイツがブレイズザクファントムか?」
「はい?」
わざわざ数を確認し、搭乗機体の名前を挙げられて不思議そうに首を傾げるシン達。そしてハイネはアスランを指差して確認する。
「で、お前フェイスだろ? 艦長も」
「はぁ……」
「人数は少ないが、戦力としては充分だよな〜? …………なのに、何で俺に、そんな艦に行けと言うかね、議長は?」
その言葉にシン達は驚愕する。
ブーッ!!
そしてエリシエルは思いっ切りココアを噴き出してハイネの顔にぶっかける。
「…………何すんの?」
「どうして私が貴方の面倒を見なくちゃいけないんですか!?」
「え!? 俺、もう迷惑かける事決定!?」
「ひょっとして議長……だから私をミネルバに乗せたのかしら………私は問題児の保護者じゃないってのに……」
ブツブツと深く考え込むエリシエルに表情を引き攣らせながらアスランがハイネに尋ねた。
「ミネルバに乗られるんですか?」
「ま、そういうわけだ。休暇明けから配属さ。艦の方には後で挨拶に行くが……何か面倒くさそうだよな、フェイスが三人ってのは」
独自の権限を持つフェイスが同じ艦に三人もいるなど前代未聞である。アスランも、それには言葉を濁した。
「ま、良いさ。現場の人間はとにかく走るだけさ。立場の違う人間には見えてるものも違う、ってね」
そう言い笑いかけるハイネ。中々、達観した言葉だったが、エリシエルが顔を俯かせながら呟いた。
「全部、レンの受け売りじゃないですか……」
「う……」
「そもそも昔からお馬鹿な上司とアホな部下の所為で真ん中は苦労するんですよね………」
「ま、まぁ議長期待のミネルバだ。なんとか応えてみせようぜ」
「は、はい、宜しくお願いします」
笑顔を引き攣らせながら言うハイネにアスランも似たような顔で頷いた。
「ではアスラン」
「はい、どうぞお気をつけて」
ジェットヘリに乗って発つミーアを見送るアスラン。ホテルの入り口では、シンとルナマリア、エリシエルが控えている。
アスランは、やっと茶番から解放されると言った心境だった。すると、ミーアが寄って来て、背中に手を回してきた。
「キスくらいはするでしょ、普通?」
「しません。早く行かないと次のコンサートに間に合いませんよ」
そう言ってミーアの肩に手を置いて、ヘリへと押し込むアスラン。ミーアは不機嫌そうな声を上げながらも、飛び立って行った。
「さ、どうしよっかなぁ今日はこれから〜」
ホテルに入ると、ルナマリアがウ〜ンと背筋を伸ばしながら呟く。
「ん? どうって?」
「街に出たい気もするけど一人じゃ詰まんないしねー。レイにも悪いから艦に戻ろっかなー」
「シンや先輩と行けばいいじゃないか」
その時、アスランが会話に入って来るとルナマリアはムッとなる。そのまま三人はエレベーターに乗った。
「折角の休暇だ。のんびりしてくればいい。艦には俺が戻るから気にしなくて良いぞ」
「え? あ、でも……」
戸惑うシンに対し、ルナマリアは剥れながら言った。
「そっか。隊長はもういいですもんねぇ。ラクス様と“充分”ゆっくりされて!」
「え!?」
その言葉にアスランはギクッとなる。シンとエリシエルは不思議そうに彼を見る。
「そうですよ、どうせならラクス様の護衛に就いて差し上げれば良かったのに」
「ルナマリア……」
「隊長はフェイスですもん。そうされたって問題はないでしょ?」
吐き捨ててエレベーターから出て行くルナマリアをアスランは引き止める。
「ちょっと待て! ルナマリア!」
ムスッとした表情で振り返るルナマリアにアスランは溜息を吐いた。
「はぁ……今朝の事は、俺にも落ち度があることだから言い訳はしたくないが。君は誤解しているし、それによってそういう態度を取られるのは困る」
「誤解……? 誤解も何もないと思いますけど。分かりました。以後気をつけます。ラクス様がいらしている時は」
皮肉満々な笑みを浮かべて言うルナマリアに、アスランは更に困惑した。
「いやだから……」
「大丈夫です。お二人の事は私だってちゃんと理解してるつもりですから」
そう言って立ち去るルナマリアに、アスランは顔を押さえて肩を落とした。すると、エリシエルが小声で尋ねて来た。
「何があったの?」
「いえ……朝、ミーアが俺のベッドに潜り込んでた所へ、ルナマリアが部屋にやって来て誤解を……」
「偽者とはいえ大変ねぇ、アスラン」
「隊長、どうしたんです?」
「何でもないわ。アスラン、随分と疲れてるようだし、私達も退散しましょ」
「え? あ……」
ひょっこりと覗き込んできたシンの背中を押して立ち去るエリシエル。アスランは一人、苦労の溜息を吐くのだった。
シンは、海沿いの道をバイクで駆けていた。風を切る感触を味わいながらも彼は、昨日のデュランダルとの会談を思い出していた。
世界を裏で操り、利益の為だけに戦争を起こす存在、ロゴス。そんな連中に操られ、戦う事が酷く腹立たしかった。自分が力を欲しいと願ったのも、ロゴスを
増長させる一因になっていると思うと居た堪れなかった。
やがて彼は、崖にまでやって来ると、バイクから降りてヘルメットを取る。目を閉じて、潮風を感じていると、それに乗って歌声が聞こえた。横の崖を見る
と、金髪の少女が白と藍色のドレスを着て、軽やかな足取りで踊っていた。
つい先程までのギスギスした感情が和らぐのを感じた。ああして楽しそうに踊っている少女を見たお陰か、シンはフッと笑みを浮かべる。
「あっ……」
が、次の瞬間、小さな叫び声が聞こえて振り向くと、そこに少女の姿はなかった。そして程無くして大きな水音が聞こえた。
「おい……まさか!?」
急ぎ、隣の崖へと移って下の海を見ると、波の合間に金髪が見えた。
「えぇ! 嘘だろ!? 落ちたぁ!?」
必死にもがく少女だったが、やがて浮かんで来なくなってシンは目を見開く。
「って、泳げないのかよ! ええい!」
シンは上着と靴を脱ぐと、一気に海へと飛び込む。そして少女の所まで泳ぎ、抱きかかえる。しかし、少女はパニックになっており、シンの腕の中で暴れ回っ
た。
「くそっ! 落ち着け!」
爪が頬を引っかいて血が出ているが気にする暇もない。シンは暴れる少女を押さえつけても無駄だと悟り、海に潜って背中から抱きしめた。そして少女の体を
上に向けると、ようやく大人しくなった。
シンは、少女を連れて浅瀬に辿り着いた。ケホケホと咳込む少女にシンが怒鳴った。
「ってく……死ぬ気か、この馬鹿!」
ビクッと少女の体が震えた。
「泳げもしないのに……あんなとこ! 何ボーッとして……?」
怒鳴りながらも少女の様子がおかしい事にシンは気付いた。少女はガクガクと怯えるようにシンから後ずさる。
「あ……ああ……いや……死ぬの……イヤ……」
「え?」
シンが怪訝そうに少女を見ると、彼女は弾かれた様に立ち上がって走り出した。
「イヤぁぁ!!」
「え? お、おいちょっと待て! 一体何!?」
少女は水に足を取られ、よろめきながらも走る。
「イヤ! 死ぬのイヤ! 怖い!」
「いや、だから待てって! だったら行くなって!」
彼女の行く先は先程と同じ沖。また溺れるのがオチだった。シンは再び少女を掴むと、暴れた。
「死ぬの! 撃たれたら死ぬのぉ!」
「(この子……!)」
シンがハッとなると、少女の肘が彼の頬に当たった。シンは、少女を見て、両親と妹の死を思い出す。
「駄目よ……それは駄目……怖い……死ぬの怖い!」
足を取られ、倒れる少女。シンは少女を抱き締めて叫んだ。
「ああ、分かった! 大丈夫だ! 君は死なない!」
ビクッと少女の肩が震えた。シンは更に強く抱き締めて言う。
「大丈夫だ! 俺がちゃんと……俺がちゃんと守るから!」
すると、少女の体から力が抜け、強張っていた表情が穏やかになる。すると、今度は子供みたいにシンの胸で嗚咽を上げた。
「ごめんな、俺が悪かった。ほんとごめん………もう大丈夫だから、ね?」
シンは、この子も自分と同じ戦争で大切なものを失った子だと思った。だから、あんなに死ぬ事に敏感になっているのだと考える。そんな子に、キツい言葉を
投げかけ、シンは胸が痛んだ。
「大丈夫。もう大丈夫だから。君のことはちゃんと、俺がちゃんと守るから」
少女は目に涙を浮かべながらもたどたどしく呟く。
「まも……る?」
「うん。だからもう大丈夫だから……君は死なないよ、絶対に」
この時、シンは妙な使命感に駆られた。守れなかった家族と彼女を重ねているのか、彼女は絶対に守らなきゃいけないように思えた。
すると少女はシンの手を取り、ソッと自分の頬に当てた。
「守る……?」
少女の肌の温かさを感じながらも、シンは微笑んで頷いた。
「うん、守る」
二人は岩場へ上がると、シンは濡れたハンカチを絞って少女の髪を拭いてやる。
「大丈夫? 寒くない?」
その際、シンは少女の足首から血が出ているのに気付いた。
「あ、岩で切っちゃったのかな? 痛い?」
シンの問いかけに少女は答えず、まるで全て彼に任せているといった様子だった。シンは、守らなくてはいけないという保護欲に駆り立てられる。
彼はハンカチを絞ると、傷口を押さえて縛る。そうして応急処置をすると、断崖絶壁の辺りを見渡した。
「でもどうすりゃいいんだ? この子泳げないし……」
昇っていくのも、海を泳いで行くのも無理。シンは、胸にペンダントとして付けている小型用の発信機を手に取る。本来は、戦闘で行方不明になった時に使用
するものだが、この場合は仕方がなかった。
「後で何言われるか分かんないけど、ま、良いか」
そう言ってシンは発信機を二つに折った。
シンは流木を拾い集め、発信機の電気を使って焚き火を作った。二人は上半身裸になり、服を乾かしながらもシンは少女の方を見ずに質問した。
「君は、この街の子? 名前は? 分かる?」
「名前……ステラ。街……知らない」
ステラと名乗る少女が答えると、シンは困った様子で尋ねた。
「じゃあいつもは誰と一緒にいるの? お父さん? お母さん?」
「一緒は……ネオ、スティング、アウル……お父さん、お母さん……知らない」
「そっか。きっと君も怖い目に遭ったんだね」
「怖い?」
ステラは一瞬、ビクッと震えた。しかし、シンはすぐに振り向いて微笑んで言った。
「ああ、ごめん! 今は大丈夫だよ。僕が……うーんと俺がちゃんと此処にいて守るから」
その言葉にステラは胸が温かくなるのを感じた。
「ステラを守る……死なない?」
「うん、大丈夫。死なないよ」
守る……死なない、ステラはネオといる時、以上に心が安らぐのを感じた。シンの言葉は、安心する。自分は死なない。ステラは胸がドキドキした。
「ああ、俺シン。シン・アスカって言うの。分かる?」
「シン?」
シンが名乗ると、ステラは首を傾げる。シンは微笑んで頷いた。
「そう、シン。覚えられる?」
「シン……」
パァッと表情を綻ばせるとステラは唐突に立ち上がった。そして、ドレスのポケットから砂浜で見つけたピンク色の貝殻を取り出し、シンの方を向いた。ステ
ラの方を向いていたシンは、慌てて顔を真っ赤にし、背中を向ける。
ステラはシンに歩み寄ると、「はい」と手を差し出す。シンは振り返ると、再び顔を赤くして彼女の手に視線をやる。
「え? 俺に? くれるの?」
コクッと頷くステラ。シンは貝殻を受け取ると微笑んで礼を言った。
「ありがとう」
すると、ステラも嬉しくなったのかシンに寄り添った。シンは、恥ずかしくて背中を向けるとステラは何故か不思議そうにしていた。
しばらくして服を着ると、波の音に混じってエンジン音がした。シンは穴から出ると、ボートとそれに乗ったエリシエルがやって来た。
「休暇中にエマージェンシーとはね……本当、予想外の子ね、貴方は」
「エリシエルさん!」
「一体、どうしたの? こんな所で遭難するなんて……」
「別に遭難したわけじゃないですよ。ただちょっと……」
するとシンの背中からステラが警戒するように現れたので、エリシエルは眉を顰めた。
やがてボートからゴムボートが出ると、毛布をステラの体にかけ、そのままボートへ運ばれる。ステラは知らない人が一杯だからか、シンから離れようとしな
い。
「この子が崖から海に落ちちゃって、助けて此処に上がったは良いけど動けなくなっちゃって……」
「ディオキアの街の子?」
「いいえ、それがちょっとはっきりしなくて」
「え?」
「多分戦争で親とか亡くして……大分、怖い目に遭ったんじゃないかと」
シンの言葉にエリシエルは目を細めると、ジッとステラを見つめる。ビクッとシンの腕をギュッと握るステラに彼女は苦笑した。
「その子の名前は?」
「ステラです」
「家は?」
「いえ、それが……」
「名前しか分からないとなると、基地に連れて行ってそこで身元を調べてもらうしかないわねぇ……それともいっそ貴方が引き取る?」
その言葉にシンは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちょ……! エリシエルさん!」
「冗談よ」
クスクスと笑うエリシエル。その時、エンジン音に混じってステラは聞き覚えのある声が耳に届いた。
「ステラー!」
「おーい! ステラー! 何処だー! この馬鹿ー!」
振り返るとステラは崖の上に仲間のスティングとアウルの姿を見つけ、表情を輝かせた。
丘に上がると、エリシエルはシンとステラをジープに乗せて海沿いの道を走る。すると反対車線から一台の車が走っているのが見えたので、シンが声を上げ
る。
「あれだ!」
「止めて」
エリシエルが運転手に言うと、ジープは停止しクラクションを鳴らす。
「スティーング!」
そして自分を呼ぶ名前がしたので車を運転していたスティングは慌てて急ブレーキを踏んだ。
「あ?」
「ステラ?」
「ってあれザフトのジープじゃんか」
アウルは、ステラの乗るジープを見て驚きの声を上げる。何で彼女が敵の車に乗っているのか分からず、混乱しているとステラが飛び降りた。
「スティング!」
「おいおい、赤服だぜ」
「し!」
エリシエルを見て呟くアウルを視線で黙らせると、駆け寄ってきたステラを抱き止める。
「どうしたんだお前、一体?」
「海に落ちたんです。俺ちょうど傍にいて。でも良かった。この人のこと色々と分かんなくって、どうしようかと思ってたんです」
ステラに代わり、説明してくるシン。どうやら彼らは自分達の正体を知らない様子で、それはエリシエルも同じようだった。スティングは、警戒されないよう
穏やかな対応をする。
「そうですか。それはすみませんでした。ありがとうございます」
「あ〜! シンだ〜!」
「え?」
その時、彼らの車の後部座席からピョンと一人の少女が飛び出る。その子を見て、シンは目を見開いた。
「ルシーア!?」
「よっ」
それはカーペンタリアでクマのヌイグルミを拾ってあげた少女――ルシーアだった。
「知り合いか、ルシーア?」
「うん」
「ルシーア、どうして君が此処に?」
「パパが来たから!」
エヘヘ、と笑うルシーアは、チラッとエリシエルの方を見る。その時、彼女はゾクゥッと身を竦ませた。何故か10歳ぐらいで、まだあどけない笑顔を浮かべ
るルシーアから異様な“何か”を感じたのだ。
「ステラを連れて来て下さり、ありがとうございます。ザフトの方々には本当にいろいろとお世話になって……」
その言葉に込められた皮肉を知らず、シンは素直に頷いた。するとステラが不安げに聞いてくる。
「シン……行っちゃうの?」
「え? あー……ゴメンね。でもほら、お兄さん達来たろ? だからもう大丈夫だろ?」
「……うん……」
それでもションボリするステラに、シンは慌ててフォローする。
「あ、えっと……ほら! また会えるからきっと! ね?」
「え?」
シンとステラの遣り取りを見て、スティングとアウルは内心でイライラする。彼らにとってコーディネイターは地球にユニウスセブンを落とそうとした倒すべ
き敵なのだ。そんなのと仲良くするなんて許せなかった。
「シン、そろそろ行くわよ」
ジープに乗り込んだエリシエルが言うと、シンは「あ、はい」と頷いてジープに乗った。そして走り出すジープをステラは、少しだけ追いかける。
「ごめんね、ステラ! でもきっと、ほんと、また会えるから! ってか会いに行く!」
そう言って去って行くシンをステラは、置いて行かれる仔犬のような目で見つめた。
ステラ達が見えなくなるとシンはフゥと息を吐いて席に座る。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
「!? エリシエルさん!?」
その時、前の席に座るエリシエルが急に胸を押さえ、上半身を前に倒して息を荒くしたのでシンは身を乗り出した。運転手もどうしたのか驚いている。
「ど、どうしたんです!?」
「な、何でも無いわ……」
「何でも無いって……凄い汗じゃないですか!?」
「だ、大丈夫……本当、何でも無いから」
そう言って微笑みかけるエリシエル。シンは眉を顰めながらも下がると、彼女はチラッと振り返った。
「(私が、あの子に気圧されたって言うの? 民間人の女の子に……あの時みたいに……)」
かつて一度だけ似たような経験をした事があった。ザフトに入隊し、レンの部隊の副隊長に任命された時だった。初めて会ったのは、まだ年端もいかない少年
のレンだった。その時、彼女はレンを真正面に見据えただけで、不可思議なプレッシャーを感じた。
その時の感覚に似ていた。もっとも、レンの場合は身を凍えさせる氷のようなものだったが、ルシーアの場合は体に絡みつくドロドロとしたようで熱い炎のよ
うなものだった。
「(あの子……一体)」
「シン……」
名残惜しそうにシンの乗ったジープが去った跡を見つめるステラ。アウルは車に乗りながらボヤいた。
「いや〜、参った参った。マージ驚いたぜもう」
「ほんと……ステラ! おい行くぞ!」
「シン……ステラ……守るって……」
「ステラ!」
スティングに強く言われ、ステラは諦めたように車に乗り込んだ。やがて車が発進すると、ステラの隣に座るルシーアが言った。
「駄目だよ、スティング……そんなに強く言っちゃ……」
「あぁん?」
「ステラは大切な人を見つけたんだ。それがコーディネイターだろうとザフトだろうと関係ない……大切な人は……絶対に忘れないんだから」
そう言って睨まれるとスティングとアウルはビクッと身を強張らせた。その目はドス黒く、狂気が宿っている。ルシーアはニヤッと笑みを浮かべ、ククと笑い
出した。
「(あのお姉ちゃん……私の中の狂気を感じた………それと……嫌なニオイがする……パパの敵……レン……頭の中……アイツで一杯だ……クク……)」
〜後書き談話室〜
リサ「本編基準ですが、割とオリジナル展開でもありました」
キラ「ハイネさんが元フブキ隊だったり、迎えに来たのがアスランじゃなくてエリシエルさんで、ルシーアちゃんから異様な雰囲気を感じたって事だね」
リサ「エリィさんの場合、後でステラさんを返したりする時、シンさんを甚振れるからだそうです」
キラ「作者ってシンのこと嫌いなの?」
リサ「いいえ。種デスの主人公の中では一番、好きだそうです」
キラ「好きなキャラほど苛めたいってやつ?」
リサ「はい。より落とすと、成長する時に格好いいからそうです。この小説のテーマの一つはシンさんの成長も含まれてますから。私としては、シンさんは短絡
的なヴァカな方が良いんですがね」
キラ「リサちゃん、よっぽど嫌いなんだね……」
リサ「女の子の顔を殴るような男をどう好きになれと?」
キラ「……前作でカガリを叩いた僕からは何とも……」
リサ「あの場合は理由がありますが、怒り任せで言い返せなくて殴るのは最低なんです」
キラ「あはは……」
感想
今回はレンが出てこなかった為かインターバルっぽく続いていますね〜
でも、話を組んでいく上では必要な事ですし、頑張って欲しい物です。
それとハイネが出てきましたね〜
原作ではガンダムの時に出てきたグフの乗り手、ランバ・ラルの名台詞「ザクとは違うのだよザクとは」
を言う為だけに出されたキャラと言う感じでしたが、さて、彼の運命やいかに?
後はやはりルーシアがどれだけ濃いキャラになれるかですね〜
背景こそがその濃さを支えるものですから、いかに背景を浮き立たせるかも期待です♪
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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