スカンジナビア王国の海中に隠れているアークエンジェルとドラゴネス。此処は今でこそ大西洋連邦と同盟を組んではいるが、元は中立でオーブと親密な関係
にある国だった。前代表、ウズミ・ナラ・アスハと国王が私的に交友関係があり、匿って貰えたのだ。
ドラゴネスの医務室の前で、アークエンジェルのクルーも集まり神妙な顔になっている。中では、とある重傷人の手術が行われていた。患者の名前はザフト軍
特務隊所属のハイネ・ヴェステンフルス。
キースのクライストの攻撃を受ける直前に、レンがハイネの機体を上にズラし、コックピットではなく腹部を突き刺した為、一命を取り留めたのだ。が、重傷
である事に変わりはないので、こうして手術を受けている。
やがて医務室の扉が開き、手術服を着たレンとドクター・ロンが出て来た。
「兄さん……どうでしたか?」
「うん……危うく心臓を摘出する所だった」
「どうやったら、そんな間違いするんだよ!?」
真剣な顔で恐ろしい事を言い放つレンに、アルフレッドがツッコミを入れる。
「はっはっは。冗談冗談。内臓は運良く損傷してなかったから、傷の縫合で済んだよ。まぁ、所々、骨にヒビが入ってたけど……じゃ、ドクター。後はよろしく
ね」
「うむ」
ドクター・ロンに後の事を任せ、何処かへ行くレン。
「兄さん、何処へ行くんですか?」
「ん? ちょっと、しばらくの間出掛けて来るね。何かあったら連絡してね」
そう言ってメモ用紙を渡し、ソソクサと立ち去るレンを見ながら、ドクター.ロンが言った。
「さっきは、アホな冗談を言いおったが、ワシのする事など手術用具を渡すぐらいじゃったぞ。全部、あ奴一人で治療しおったわ」
「レン君は、医療技術を修めているんですか?」
マリューが皆を代表して尋ねると、ドクター・ロンは皺の多い眉間に更に皺を寄せて言った。
「あ奴にとって、医療技術を学ぶ事など、子供が字を覚える事と同じようなもんじゃ」
そうドクター・ロンが呟くと、ふとレンから預かったメモを見て表情を顰めた。
「む……体内に爆弾を埋め込んだので要注意?」
「「「「「「「「ええええええええええええ!?」」」」」」」
「嘘ぴょん♪」
「「「「「「「「…………」」」」」」」
レンなら本気でやり兼ねないので、皆は驚いたが、驚き損だったのは異様な怒りが込み上げて来た。
その時、医務室のベッドの上で横になっていたハイネの指がピクッと動いた。
機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜
PHASE−18 ロドニアの研究所
「では、ハイネ・ヴェステンフルスの遺品、お預かりいたします」
マルマラ海沿岸にあるポートタルキウス港。そこへミネルバは補給と整備に訪れていた。そして、ワゴン車が箱に詰められたハイネの遺品――家族の写真や、
服、本など――を載せて走り去る。アスラン達は沈痛な面持ちで、それを見送った。
その頃、ドラゴネスの医務室では……。
「(な、何か俺の大切なもの――秘蔵の本含む――が処分されているような気が……)」
「む? 一瞬、心拍数が上がったような気がしたのじゃが……」
混濁する意識の中、ハイネは大切なものを失う事を感じていたりした。
「アイツらの所為だ……」
ミネルバに戻ろうとした途端、シンが拳を震わせながら呟いた。それを聞いてアスラン達が振り返る。
「あいつらが変な乱入して来なきゃハイネだって……」
アイツらと聞いて、アスランとエリシエルは、それぞれ馴染みの深い人物を思い出す。キラとレン。親友と元上司。それぞれが戦場に乱入し、オーブ軍は撤退
したが、それでも払った代償は大きかった。
「大体何だよアイツら! 戦闘をやめろとか……海賊が戦闘にでしゃばって……!」
怒りから憎しみへと変わった燃えるような赤い瞳がアスランとエリシエルに向けられる。アスランは何も言い返せず黙りこくり、エリシエルは静かに目を閉じ
た。
「え? あの艦の行方を?」
突然、やって来てアークエンジェルの探索に出たいというアスランにタリアは驚きの声を上げた。
「はい。艦長もご存じのことと思いますが、私は先の大戦時ヤキン・ドゥーエではあのアークエンジェルと共に、ザフトと戦いました。恐らくはあのMS、フ
リーダムのパイロットも、あのアークエンジェルのクルーも、そしてあそこで名乗りを上げたオーブの代表も私にとっては皆よく知る人間です。そして、彼らと
一緒にいた海賊ワイヴァーン。グラディス艦長もお会いしたでしょう?」
そう言われ、タリアは宇宙で出会った兄妹を思い出す。兄のレンは、掴み所が無いというか、何を考えているのか分からない人物ではあるが、まるで年配者の
ようで逆らう事が出来なかった。
対する妹のリサは、パッと見は引いてしまう容姿だが、誠実で礼儀を弁えた好感を持てる人物だった。とても海賊には思えなかった。
「だからこそ尚更この事態が理解できません。というか納得できません」
「それは確かに私もそうは思うけど……貴方も気付いてるんじゃないの? あのアスハ代表を人質にしたのは芝居だって事に?」
「………はい。ですが、彼らが戦場に現れて混乱し、ハイネが命を落としたのも確かです。
何を考えて、あんな事をやったのか………無論、司令部や本国も動くでしょうが、そうであるなら彼等と話し解決の道を探すのは私の仕事です」
「それは、ザフトのフェイスとしての判断ということかしら?」
「はい」
頷くアスラン。タリアは、アスランには何の裏もなく、ただ本心からそう言っているのだと分かった。
「なら私に止める権限はないわね。確かに無駄な戦い、無駄な犠牲だったと思うもの。私も。あのまま地球軍と戦っていたらどうなっていたかは分からないけ
ど……良いわ、分かりました。貴方の離艦、了承します。でも、一人でいいの?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
敬礼し、部屋から出て行くアスラン。タリアは、アスランがスパイであると疑った事は無い。が、アスランが会おうとする連中は信じていない。タリアは、あ
る事を考えていると、不意に部屋のインターフォンが鳴った。
「はい」
<レイ・ザ・バレルです。よろしいでしょうか?>
アークエンジェルとドラゴネスのような目立つ艦が人目につかずに隠れれるわけ無い。目撃情報を求め、アスランは港町へやって来た。セイバーを人目につか
ない所に隠し、そこで借りた車を走らせている、真正面から見覚えのある少女がすれ違い、咄嗟に車を停めた。
「ミリアリア!」
「?」
振り返った少女は、白いジャケットにカメラを提げ、後ろの髪が両側にピョンと跳ねている。
「ミリアリア・ハウ?」
「…………アスラン・ザラ?」
少女の名前はミリアリア・ハウ。かつてアークエンジェルに乗船していた仲間だった。キラとは、彼がアークエンジェルに乗る前からの友人でもあり、また彼
女の恋人を殺したのがアスランだという、ちょっとした因縁を持った相手でもある。
2年前は、流されるまま地球軍に入って戦う事になったキラの為、地球軍に入ったが、現在は、オーブに戻り、戦場ジャーナリストとして各地の戦場を回って
いる。
2人は適当なオープンカフェに行き、アスランは事の顛末を彼女に説明した。するとミリアリアが呆れたように言った。
「そう。それで開戦からこっち、オーブには戻らずザフトに戻っちゃったって訳?」
「ああ、簡単に言うとそういうことだ」
頷いてコーヒーを啜るアスラン。すると、ふと思い出したように言った。
「あ……向こうではディアッカにも会ったが」
「えぇ?」
その言葉にミリアリアは眉間に皺を寄せる。どうも気を回して言ったつもりが逆効果だったようだ。何かあったのだろうか? 2年前は、割といい雰囲気っぽ
かったが、プラントでもディアッカは彼女の事について触れなかった。
どうも自分を含めて、恋愛ごとに疎過ぎるアスラン。冷や汗を垂らし、彼女から視線を逸らして話題を変えた。
「そ、それは、ともかくアークエンジェルとドラゴネスだ。あの艦がオーブを出た事は知っていたが一体何でまたこんな所で……あの介入のおかげで……そ
の……」
「混乱した?」
「え?」
冷静なミリアリアの言葉にアスランはキョトンとなる。すると彼女は、カバンから数枚の写真を取り出した。
「知ってるわよ。全部見てたもの、私も」
その写真には、先日のダーダネルスでの戦闘が細かに写されており、その中には爆発するオレンジの機体もあり、アスランは表情を歪める。
「でもアークエンジェルを探してどうするつもり?」
「……話したいんだ。会って話したい。キラともカガリとも」
「今はまたザフトの貴方が?」
その言葉にアスランはハッと、自分の今の立場を思い出す。ミリアリアの言葉は、彼がスパイではないかと疑いの意味が込められていた。
「それは……!」
思わず大声を上げかけるアスラン。もっともミリアリアとしても彼がスパイに向いてるような性格じゃない事ぐらい知っているが、今の態度では本当に話がし
たいだけのようだった。
「いいわ。手がない訳じゃない。貴方個人になら繋いであげる。私もだいぶ長いことオーブには戻ってないから詳しいことは分からないけど。誰だってこんな
事、ほんとは嫌なはずだものね。きっとキラだって」
どうやら信じて貰えた様でアスランは、ホッと安堵するのだった。
「でも、どうしたら良いのかしらね」
「ん?」
食堂でキツネうどんを食べているバルドフェルドにマリューが話しかける。
「これから」
とりあえず前の戦闘でオーブ軍を撤退させるのには成功したが、次の戦いでまた出て来るだろう。その時、再びカガリ人質作戦をして効果があるかどう
か……。
レン曰く地球軍には、『未来の見える死神がいる』そうなのである。マリューも元は地球軍の仕官だったから聞いた事ぐらいはあった。
主に兵器開発をしている技術者だが、戦略の組み立て、戦闘能力などが全てズバ抜けている人物で、若くして中将という地位にいる人物である。2年前のヤキ
ン・ドゥーエ攻防戦では、宇宙には上がらず地球の研究所にいた為、参加しなかった。もし彼がいたら、無事に停戦していたかどうか分からなかった。
オーブを下がらせたのは恐らく彼の指示だとレンは言った。理由は恐らく彼にとって“面白い”からだそうだ。オーブを下がらせ、役立たずである事を披露す
る事で次の戦闘では死に物狂いとなってくれるだろう、という考えだった。
それを聞いて不思議に思ったマリューは、何でそこまで分かるのかと尋ねた。返って来た答えは、自分でも同じ事をするから、だそうだ。
「ま、先日の戦闘ではこちらの意志は示せたというところかな。恐らく何人かは、芝居だって事にも気付いてるだろうしな」
それで、自分達が脅されてワイヴァーンと協力しているのが嘘とバレる可能性もある。
「だが、これでまたザフトの目もこちらに向く事になるだろうし……厳しいな。色々と」
「……そうよね」
ザフト――と、いうよりデュランダル――の狙いであるラクスの存在が、こうして明るみに出た事で発覚する。彼らの願いは、オーブだけではなく二分化する
世界の争いを止める事だ。が、今の世界情勢からして、それはかなり難しかった。
「ふぅ……」
オーブで改修されたアークエンジェルの最大の目玉である温泉。天使湯と暖簾のかかったそこは、岩風呂が設置され、本物の温泉を使用していた。しかも、レ
ンの計らいで、火山大国と呼ばれ、世界の火山の十分の一が集まっている日本の名湯――確か草津の湯だったか――を使用していた。
キラは頭にタオルを載せ、小さく息を吐く。その表情は、何とも複雑だった。
「心配か?」
と、そこへお盆に徳利を載せて湯に浮かべ、お猪口を片手にしたシュティルが話し掛けて来た。
「え?」
「アスラン……だったか?」
「…………はい」
ディオキアから帰って来たレンから聞いたアスランのザフトへの復隊。彼もデュランダルを疑っている為、内側から探る事を決意したのだろう。そして、ラク
スが暗殺されかけたのをレンから聞いた。益々、彼の危険は増えるような気がした。
親友である彼の身を案ずるキラとしては表情が暗くなるのも当たり前だ。シュティルは、フッと笑ってお猪口を差し出す。
「飲むか?」
「あ、い、いや、僕は、お酒は……」
「そうか……酒を飲むと嫌な事も忘れられるものだが………忘れられないな」
クイッとシュティルはお猪口を煽る。
「何かあったんですか?」
「ふ……昔、家族同然だった奴とちょっとな……」
「??」
自嘲的な笑みを浮かべて言うシュティルに、キラは首を傾げる。すると壁を隔てた女湯から声がした。
「ちょ、ちょっとラクスさん! 私、お風呂は……」
「まぁまぁ。よろしいじゃありませんか」
「兄にベッタリしてないで、たまには女同士で付き合え」
どうやら向こうには、リサとラクスとカガリがいるようだ。
「あ……お前、その火傷……」
リサの体にある火傷の痕を見て、カガリが呆然と呟く。
「…………前の戦争の傷痕です。見てて気持ち良いものじゃないでしょう」
「消さないのか?」
「消したら……何だか二度と過去を思い出せないような気がして」
別に記憶を思い出せない事について深く悩んではいないが、決して思い出したくない、という訳でも無い。やはり、自分が何者で何処で生まれて、本当の名前
が何なのか……それは知りたかった。
「リサ…………」
「リサさん、平和になったら一緒にお買い物に行きましょう」
「えぇ!?」
唐突なラクスの提案に、リサは驚きの声を上げる。
「リサさんも女の子ですから、お洒落とかに興味があるでしょう」
「そ、それはありますけど……その……お店に入ると店の人の視線が……」
「そんなの気にしてはいけませんわ。貴女は貴女じゃないですか」
「はぁ……」
「周りを気にして何もしないより、自分で悩んで、考えて、最後に決めて行動する。そっちの方が、ずっと宜しいんじゃないですか?」
「そうそう! お前、元は可愛いんだから、自信持て! な?」
「あぅ!」
バシャと水の跳ねる音がした。どうやらカガリがリサに絡んだようだ。
「カ、カガリさんこそ、そんな調子で良いんですか?」
「ん?」
「ア、 アスランさんは心配じゃないんですか?」
「ああ、まぁな」
アッサリと応えるカガリ。
「私は自分よりもアイツを信じてる。アイツなら、きっと大丈夫だってな……あ、でも今は私は自分も信じてるぞ。キラやラクスや皆がいるから……な」
「…………だとさ」
カガリの言葉を聞いてフッと笑うシュティルに、キラは苦笑して頬を掻く。
「カガリの方が大人かもしれませんね」
「リサもアレで少しは兄離れするといいがな……」
そう言いシュティルは酒を煽るのだった。
「探索任務ぅ!? ………でありますか?」
ミネルバのブリーフィングルームに呼び出されたシン、レイ、エリシエル。そこでアーサーから突然の任務を聞いて、シンが声を上げた。
「そうだ。これも司令部からの正式な命令なんだぞ。地域住民からの情報なんだが、この奥地に連合の息の掛かった何やら不明な研究施設のようなものがあるそ
うだ。今は静かだそうだが、以前は車両や航空機、MSなども出入りしていたかなりの規模の施設ということだ。君達には明朝そこの調査に行ってもらいたい」
モニターに映った地図を指し、説明するアーサー。するとシンが不満げな声を上げた。
「そんな仕事に俺達を!? ………でありますか?」
エースパイロットである自分達に、たかが偵察任務をやらせるなんてシンは、つい本音が出てしまう。するとエリシエルが彼をなだめた。
「シン、いい加減にしなさい。もし、武装勢力とかが立て篭もってたらどうするの?」
「あ……」
そう言われ、シンは納得したような声を上げる。彼女の言葉にアーサーも頷いた。
「そういう任務なんだ。しっかりと頼むぞ……リーダーは、MSの操縦・白兵戦能力と共に高いエリシエルに任せる」
「了解しました」
「はっ!」
すぐさま立ち上がり敬礼するレイとエリシエル。シンも慌てて立ち上がって敬礼した。が、リーダーに任命されたエリシエルをチラッと睨むのだった。
<ダーダネルスで天使を見ました。また会いたい。赤のナイトも姫を探しています。どうか連絡を。ミリアリア>
アークエンジェルのブリッジでは、突然、送られて来た通信について皆が集まっていた。モニターには、ラディックの姿もある。
「ミリアリアさん?」
懐かしい名前にマリューが思わず声を上げた。
<ミリアリアってのは何者だい?>
「2年前、アークエンジェルで管制担当をしてくれてた女の子です」
ミリアリアの事を尋ねてくるラディックに、マリューが簡潔に説明する。ラクスとカガリも、眉を顰めていた。
「赤のナイト?」
「あ……アスラン?」
カガリは、ふとその名称で思いつく人物の名前を挙げる。つい先程までお風呂で話題になっていた人物だ。
「ターミナルから回されてきたものなんでしょ?」
「はい」
マリューの質問にチャンドラが頷く。
ターミナル………現在の情勢に疑念を抱く者達によって作られた地下組織で、様々な組織に食い込み、情報のパイプを持っている。またクライン派を支援し、
アークエンジェルも彼らの情報網は非常に重宝していた。今回、ミリアリアの通信文も、そのターミナルを経て送られてきたものだった。
「ダーダネルスで天使を見たって……じゃあミリアリアさんもあそこに?」
マリューが少し驚いた様子で言うと、ノイマンが答えた。
「彼女、今はフリーの報道カメラマンですからね。来ていたとしても不思議はありませんが……」
果たして、本当にミリアリアのものか疑うノイマン。すると、モニターの向こうでキャナルが唐突に言って来た。
<今、レンと連絡が取れたぞ〜>
「兄さんと?」
<うむ。何か、調べ物をしておるそうだの〜。とりあえず、そっちに繋ぐな>
すると別のモニターにレンの顔が映る。
「兄さん。今、何をしているんです?」
<ん……ちょっくら調べ物。それよりキャナルから、聞いたけどアスランが会いたがってるって?>
「ええ。ただ、今、彼はザフトだし……デュランダル議長を探るとは言っても……」
<う〜ん……アスランと、そのミリアリアって子は偶然、出会って、アスランが探してるって話を聞いて、送って来たんじゃない?>
「でも何の理由で……」
<そりゃ〜、先日の戦闘、及びハイネの件でしょう>
<お、俺か………>
その時、ドラゴネスのブリッジに、ロビンに支えられ体中に包帯を巻いたハイネがやって来て、皆が驚く。咄嗟にアルフレッドが彼に拳銃を向けるが、レンを
制した。
<アルフレッド、銃を下ろして>
<レン……>
<や、ハイネ。私を庇うなんて……ちょっと驚いたゾ>
ニコッと笑いかけるレンに、ハイネは苦笑いを浮かべる。アルフレッドは戸惑いながらもラディックに頷かれ、銃を下ろした。
<これでアラスカの借りは無しにしてくれよ……>
<ま、庇われなくても、アレぐらいの攻撃、簡単に避けれたけど………別に構わんよ。多分、ミネルバじゃ君は死亡扱いだろうね〜>
<マジかよ……>
<その事でアスランも怒ってるんじゃない?>
そう言われ、キラ達も納得がいった。先日の戦闘で、ハイネが死んだと思い、どうして、戦場に乱入するようなマネをしに来たのかを問いただす為だろう。
<ま、罠だとしても会いに行けば良いんじゃない? シュティル、君もこっそり付いて行ってさ>
「何故?」
<もし、アスランは話し合いたいだけだとしても、あのグラディス艦長だったら彼に秘密で尾行を付けかねない>
「つまり、こっちも尾行する訳か」
<そういう事>
レンの説明を聞いて、キラは、シュティルもコッソリと付いて来てくれるという安心感からか、皆に言った。
「分かりました。行きます。でもアークエンジェルとドラゴネスは動かないでください。僕が一人で行きます」
「え?」
ラクスが、思わず声を上げると、キラは彼女に微笑みかける。
「大丈夫、心配しないで」
「ああ。俺もいるしな」
フッとシュティルが笑い、ラクスもコクッと頷く。するとカガリが言って来た。
「私は一緒に行くぞ!」
「え?」
彼女の言葉に一瞬、驚くキラ。が、その決意の固い瞳は、初めて出会った頃を思い出す。もうカガリを止めることは出来ないと、キラは笑って頷いた。
「いいよ。じゃあ僕とカガリで」
カガリはホッと安堵する。すると、レンが今度は、ハイネに言ってきた。
<ハイネ、君はどうする? ザフトに戻る?>
その質問に、緊張感が走る。彼はザフトのフェイスだ。もし、ザフトに戻るのであれば、自分達の情報が漏れるので、独房で監禁する必要があった。が、ハイ
ネはチラッとラクスを見る。
<あのラクス・クラインそっくりな女性は?>
<本物のラクス・クライン>
<本物?>
<そ。今、プラントで騒がれてるラクス・クラインは偽者さ。何なら、声紋でも調べてみる?>
人それぞれ指紋が違うように、声の指紋である声紋も違う。如何に、ソックリな声と言っても絶対に違いがあった。レンは、2年前のラクスの演説と今の偽ラ
クスの声紋を調べるか、あるいはアークエンジェルにいる本物のラクスと調べてみるか、とハイネに問う。
ハイネも驚きを隠せない様子だった。レンが、あそこまで自信タップリに言うのだから、あのラクスは本物なのだろう。何より、モニター越しでも、ついこの
前まで接していたラクス・クラインとは違う、凛とした雰囲気があった。
<議長は……>
<勿論、知ってる。だからラクスちゃんを暗殺しようとしたのさ>
<暗殺!?>
<ちゃ〜んと暗殺者を自白させて議長の指示だって分かったから>
<だから、ザフトにも味方しなかったのか……>
ハイネは納得がいった様子で口許に指を当てる。
<…………レン、お前の事だからデュランダル議長が何を考えてるか分かるんじゃないのか?>
その言葉に皆が驚いてレンを見る。モニターのレンは渋面を浮かべ、曖昧に答えた。
<あ〜、うん………でも、まだ確信が持てないから何とも言いがたいんだよね〜>
「確信……ですか? 兄さん、一体、何を掴んでいるんです?」
<いや、何か若い頃にデュランダル議長から聞いたような気が…………けど、余りにもアホらしい事なんで記憶の片隅にやっちゃったのよね。まさか今でもやろ
うとしてるとは思えんし……>
「一体、何を聞かされたんですの?」
そうラクスが尋ねると、レンは頬を掻きながら呟いた。
<世界は箱庭……って感じかな>
意味の分からない言葉に首を傾げる一同。するとハイネがフッと笑みを浮かべて言ってきた。
<どっちにしろロクでもない事なのか?>
<まぁ私からしてみれば>
<…………分かったよ。俺も協力するよ>
<なぬ?>
「どういうつもり? ザフトを抜けるって言うの?」
マリューが眉間に皺を寄せて聞いてくると、ハイネは笑みを浮かべて頷いた。
<ええ。レンと一緒の方が何かと面白いですし>
<今度は、ツンデレについて朝まで語り合うか?>
「するかっ!!!」
思わずマリューがツッコミの声を上げる。
<いや、それもしたいが俺としてはロリ姐さんってのも捨てがたい……>
「するんかいっ!!!」
<ほほぅ。流石はハイネ。進化してるな>
<ふっふっふ>
<はっはっは>
<<ふはははははははは!!!!!!!!!>>
揃って高笑いするレンとハイネにマリューは頭を押さえた。後ろではリサが壁に額を押さえて震えていた。きっとレンみたいな人間が、もう一人増えてしまっ
た事で胃が痛いのだろう。何かもう、軍を抜ける事に対して、重要とは思っていないようだ。
<それに……俺はプラントやザフトよりもレンを信じてますからね>
<うぅ……嬉しいこと言ってくれるね>
どうして、いらん事ばっかりするのに人望だけはあるのか不思議でならない一同。
<じゃ、キラ君、後は頑張ってね〜>
ヒラヒラと手を振り、レンとの通信は切れた。
「やれやれ……」
あるコンピューターの前に座っていたレンは、大きく背筋を伸ばす。とある調べ物をしていたら、突然、キャナルから連絡が入ったので、中断し、回線を繋い
だが、ハイネが味方してくれるのは予想外だった。
まぁ彼の協力は出来れば欲しいと思っていた。最悪の場合、過去の弱みを盾にして脅そうとか外道な事を考えていたが、意外とスムーズにいって良かったと安
堵する。そして、レンは再び調べ物の続きをする。
「にしてもキースの奴……厄介なもん作っちゃってまぁ……」
彼の周囲にはガラスケースに入れられた人間の脳が大量に飾られていた。
西に夕陽が沈む海岸で、フリーダムを人目につかないよう隠し、カガリを連れて降りるキラ。すると懐かしい声が飛んで来た。
「キラ!」
「ミリアリア!」
懐かしい顔にキラも声を上げる。ミリアリアはキラの手を握り興奮気味に言って来た。
「あー、もうほんとに信じられなかったわよ! フリーダムを見た時は! 花嫁をさらってオーブを飛び出したっていうのは聞いてたけど……」
チラッとカガリを見ると、彼女は顔を赤くして慌てふためいた。
「いやあ、その話は……あ、あの……それよりアスランは?」
てっきり一緒だと思っていたが、彼女の車にはアスランの姿は無い。するとミリアリアはバツが悪そうに答えた。
「あ……ゴメン。用心して通信には書けなかったんだけど、彼ザフトに戻ってるわよ?」
「あ、うん。それは知ってるよ」
「え? そうなの?」
驚くと思っていたが、アスランがザフトに戻っている事を知ってる2人に逆に驚くミリアリア。その時、夕空に機械音が響き、赤い戦闘機がやって来た。する
と、空中でMSに変形し、着地した。
「あの機体……」
キラは、その機体を見て、先日の戦闘にいたのを思い出す。ハッチが開き、コックピットからラダーから降りて来たのはアスランだった。
「キラ……カガリ……」
「アスラン……」
複雑な表情で見詰め合うキラとアスラン。すると、アスランが唐突に叫んだ。
「キラ、カガリ、どういうつもりだ!? この前の戦闘……勝手に乱入して来て戦場を混乱させて!」
「お、落ち着いてアスラン……」
「落ち着いてられるか! お前達が乱入してきた所為でハイネが……」
「そ、そのハイネさんだったら生きてるから!」
「…………何?」
詰め寄って来るアスランに表情を引き攣らせながらもキラがそう言うと、ピタッと止まる。
「咄嗟にフブキさんが、コックピットの位置をズラして救助したんだよ。今はドラゴネスで安静にしてるよ……そのハイネさん」
「そう……なのか?」
呆然となるアスランにキラとカガリは頷く。と、なるとミネルバに大した被害は無かった事になる。
「オーブも撤退したし、一応、あの場は全部レンのシナリオ通りになったようで……」
「フブキ先輩の……そうなのか」
「レンって誰?」
聞き慣れない名前が出て来たのでミリアリアが不思議そうに尋ねて来る。
「俺にとって尊敬に値する先輩だ」
「えっと……僕達を助けてくれた人でイイ人だとは思うんだけど……」
「基本的に変人だ。風呂を覗くというお約束までする奴だからな」
「……………」
「な、何で三人とも俺を憐れんだ目で見るんだ!?」
可哀想な子供を見るような3人に、思わずアスランがたじろぐ。
「フ、フブキ先輩は多少、おかしな言動をするが俺に射撃を教えてくれたり、MSの操縦のコツを教えてくれたいい人なんだぞ!」
「ああ、分かった分かった。それで、アスラン? デュランダル議長、何か怪しい動きでも掴めたのか?」
その質問に、アスランは表情を険しくし、首を横に振った。
「いや。今の所、議長の地球への態度は紳士的だ。怪しい所は感じられない。俺も、ラクスを暗殺されそうになった事を知らなければ、どうなっていたか分から
ない……あのラクスだって政治の一環と言われたら納得してただろうしな」
「!? ラクス様を暗殺……!?」
アスラン達から離れた場所で会話を聞いている人物がいた。ルナマリアだ。タリアから、アスランの尾行を命令された彼女は、不思議に思いながらアスランを
尾行していると、伝説とまで言われているフリーダムのパイロットと思しき青年と、カガリが出て来て驚いた。
そして、アスランがデュランダルを探っている事と、ハイネが生きている事、そしてラクスが偽者で、本物が暗殺されかけたという事には、驚きを通り越して
混乱した。
<…………ゴメン、アスラン。僕達も最初はフブキさんに戦場を混乱させるって言われたんだ。でも、このままじゃオーブは崩壊するし、地球軍に勝たせてもダ
メなんだ。かと言って、デュランダル議長がラクスを狙ったのならプラントにも協力できない>
<………ああ。そうだな>
「(アスラン……)」
呆然と彼らの会話に聞き入るルナマリア。その時、彼女の後頭部にカチャっという音と冷たい鉄の感触がした。
「!?」
咄嗟に振り返るルナマリアだったが、口を塞がれて銃を突きつけられた。
「!」
「友人同士の会話を盗み聞きとは……野暮が過ぎるのではないか?」
彼女の目の前には、ワイヴァーンの副長、シュティルが笑みを浮かべて立っていた。シュティルは、彼らの会話を盗聴していたディスクを取り出すと、踏み潰
し、映像記録も始末した。
「さて……女にこんな事をするのは嫌なんだがな」
言ってシュティルは手錠を取り出すと、ルナマリアの両腕を後ろにして拘束する。
「…………私をどうするつもり?」
挑戦的な態度で言ってくるルナマリアに、シュティルはフッと笑みを浮かべて言った。
「しばらく大人しくしてろ。殺しはしないからな……今の会話を忘れろと言っても聞いてくれんだろう?」
「……………」
挑戦的な視線を送ってくるルナマリアに、シュティルは何処かの誰かに似ているので苦笑して彼女の隣に座り込んだ。
<じゃ、行くわよ>
回線からのエリシエルの言葉にレイは「はい」と答え、シンも「りょ〜かい」と答える。
シンのインパルスと、エリシエルのバビは飛行可能だが、レイのザクファントムはグゥルという飛行支援メカに乗って飛ぶ。空中戦が出来るものだが、機動力
に欠ける為、普段は余り使わない。
やがて三機はマルマラ海を越え、エーゲ海に出ると、海岸を進み人の住みそうに無い森へと到達する。そこに、大きな施設が見えた。
<アレね……二人とも、降りるわよ>
<了解>
「………はい」
施設の前に着陸すると、エリシエルを先頭に銃を持って警戒しながら歩く。
「人の気配は……無いわね」
三人は施設内へと入って行くと、エリシエルとレイが階段を降りる。暗がりで良く分からないが、大きなガラスのようなものが置いてあるようでエリシエルは
眉を顰めた。すると後ろで息を呑む声がしたので振り返ると、後から入って来たシンが手探りで電灯のスイッチを押した。
パッと部屋全体が明るくなる。
「何だ、此処は?」
計測器や手術台などが目に留まり、部屋には沢山の円形状のカプセルが設置されていた。中は液体で満たされ、何かが浮かんでいるのでエリシエルは目を凝ら
して見ると、大きく目を見開き、口を押さえた。
「レイ!!」
その時、シンが大声を上げ、エリシエルはハッと彼の方を見る。すると、普段、冷静でシンとルナマリアのまとめ役であるレイが、激しく息を切らし、蹲って
いた。
「ど、どうしたの!?」
「わ、分かりません! 急にレイの様子がおかしく……」
「シン! 口を押さえて! 有毒ガスか何かかもしれないわ!」
バッと自分とレイの口を押さえるエリシエルに言われ、シンも慌てて自分の口を押さえる。エリシエルは、レイの顔を覗き込むと、その表情は酷く怯えている
ようで、肌の色も悪かった。
このままでは調査もクソも無いので、エリシエルは目線でシンに外に出るよう促す。頷いて、シンはレイを立たせると、三人は急ぎ施設内から出て行った。
外に出ると、シンはインパルスに乗り込んで、ミネルバと連絡を取った。エリシエルは、レイを宥めている内に、これは有毒ガスによるものではないと何とな
く感じていた。
「いやほんと俺は別に何ともないですから」
ミネルバの医務室で検査を受けたシン。彼は服を着て、軍医に言うと彼は困った様子で返した。
「そうは言ってもね、念の為だ。現段階では建物や周辺からガスやウィルスの類は検知されていないが、何があるか分からんだろ。まぁ、エリシエルの判断で、
すぐ外に出たのは良かった………だが艦長も迂闊だよ。そんな場所へ君達だけで行かせるなんて」
感心しないといった様子の軍医に、シンが大声で言い返した。
「ちゃんとチェックはしながら入りましたよ!」
するとその時、シンが座っている真向かいのベッドのカーテンが開き、レイが出て来た。
「レイ!」
「すみませんでした。もう大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか? まだ休んでいても良いんだぞ?」
軍医が気遣いの言葉をかけるが、レイは服を着て首を横に振った。
「いえ、ほんとうにもう大丈夫です」
そう言ったレイだったが、あの苦しみ方は尋常ではなかった。つい、心配な表情で彼を見るのだった。
<内部のチェック完了しました。自爆装置は全て撤去。生物学的異常は認められません>
「そう、ありがとう」
先に調査に出たオペレーターの報告を聞き、タリアは眉を顰めた。シンから、突然、レイが苦しみ出したと聞き、艦ごとこちらへやって来たが、生物的に害を
もたらすガスやウイルスは出て来なかった。
「ということは……どういうことでしょうかねぇ? そのレイの異常は……」
アーサーも不思議そうに首を傾げる。その時、ミネルバのバートから通信が入って来た。
<艦長、セイバーです>
すると夜空に赤く光る戦闘機がやって来て、MS形態になると着陸した。コックピットから出て来るアスランをタリア達が迎える。アスランは不思議そうに尋
ねて来た。
「港へ戻ったら発進したと聞いて……どうしたんです? 何かあったんですか?」
それにアーサーが表情を顰め、タリアもどう答えようか困っていた。
「まさか、こちらも三機が三機ともやられるとは思ってなかったからなぁ〜」
格納庫に佇むカオス、ガイア、アビス、バースト、そして、クライストともう一機……キースの開発した新型機を見つめる。この前の戦闘で、自分が指揮する
三機がやられたので、ネオは苦笑いを浮かべた。
「ええ。でもそれをスエズにも戻らずにここでというのは、正直キツいですよ」
「分かっちゃいるがね……だがしょうがない。完膚無きまでにやられてたっていうんなら戻ってもまだ言い訳が立つが……ステラ達はまだ元気だもんなぁ」
そう言って、自分の腕に掴んでいるステラに微笑みかけるネオ。ステラは、パァッと表情を明るくし、頷いた。
「うん!」
「ロアノーク大佐!」
と、そこへ兵士が小走りでやって来て、動揺しながら報告して来た。
「どうした?」
「ロドニアの研究所(ラボ)の事なんですが……」
それを聞いて、ネオはステラを離し、兵士の所へ行った。
「アクシデントで処分に失敗したようで。更に悪いことにザフトが……」
「! おいおい……」
それには普段から飄々としているネオも驚きを隠せず、動揺した。
「報告を受けてスエズも慌てているようですが……とりあえずお耳に」
「閣下は知っているのか?」
「ええ……ですが、閣下は放っておけと」
「何?」
そのロドニアの研究所を創設し、所長であった人物が放っておけと言うなど、明らかにおかしい。ネオは不審に思いながら、ステラはその様子をジッと見つめ
ていた。
「パパ……」
「ん?」
キースは私室で本を読んでいると、ふとコンピューターを弄っていたルシーアが話しかけて来た。
「ロドニアの研究所……放っておいて良いの?」
「ああ、構わんよ。ザフトが、あそこを見つけた所で何も出来んし、仮に出来たとしても、どうでも良い」
フッと笑って、傍に置いてある紅茶を飲む。ちなみに彼が読んでいる本は『初心者でも出来る美味しいお菓子の作り方』という題名であり、後でルシーアに
作ってやろうと考えていた。
「う……あぁ……」
懐中電灯で辺りを照らし、アーサーは呻き声を上げた。タリアもハンカチで口を押さえている。シン、アスラン、エリシエルも絶句して目の前の光景を見つめ
た。
廊下に満ちている血と肉の腐った臭い。研究員と思われる人物達と、まだ年端もいかない子供達……それらの死体が、あちこちに転がっていた。死体が、まだ
腐り始めからして、死後、そんなに経っていないものと思われる。
その時、アーサーがカツンと薬ビンを蹴って、転がる音がした。
「ひぃ!?」
思わず悲鳴を上げるアーサーだったが、薬ビンと分かってホッとすると、ふと目の前のガラスに懐中電灯を当てる。
「う、うわああああああ!」
その中には、薄っすらと目を開き、体中にコードをつけて絶命した男の子の死体があった。
「これは……一体……何なんですかぁ! 此処はぁ!」
思わずアーサーが叫んだ。タリアが、口を押さえながら答える。
「内乱……という事でしょうね……自爆しようとして……」
奥のセキュリティシステムに手をかけようとした所で絶命している研究員を見て言う。
「でも……何でこんな子供が!?」
ふとアスランは、グッタリと座り込んでいる女の子の遺体を見て、思わず胃の中のものが込み上げて来そうな衝動に駆られた。シンも、この余りにも残酷な光
景に怒りで打ち震えている。エリシエルは、入り口の所にあったカプセルにも、同じように人間が入っていたので、この施設が何の為の施設なのか、薄々、感づ
いていた。
やがて五人は、セキュリティールームの扉を開け、中に入る。その部屋もまた、吐き気がした。ガラスケースの中には脳が液体の中に浮かべられており、気持
ちが悪いだけでは済まなかった。
「おや? 騒がしいと思ったら君らだったか」
「「「「「!?」」」」」
思わず五人は身構えた。部屋には、コンピュータに向かい合って座る青年がいた。
「レン!?」
思わずエリシエルが声を上げる。そこにいたのは間違いなく、あの海賊ワイヴァーンに所属するレンであった。レンは、ニコッと笑うと傍に置いてあるコー
ヒーメーカーを指す。
「飲む?」
流石に、こんな状況で胃に何かを入れれるほど彼らの神経は図太くなかった。苦笑し、コンピュータに向き合うレンにシンが怒鳴った。
「アンタ、こんな所で何やってんだよ!? アンタが此処をこんな風にしたのか!?」
「違うよ。私が来た時には、もう、あちこちに死体が転がってたよ」
「一体、此処で何をしていたのかしら?」
厳しい目でタリアが尋ねてくると、レンはキーを叩く手を止めると、一枚のディスクを取り出した。
「この研究所を作った奴とは、ちょっとした知り合いでしてね。このディスクを先日、受け取ったんですが、此処でしかインストールできないようになってるん
です」
簡潔に説明し、コーヒーを啜ると、レンはこの研究所の説明をした。
「此処は、連合のエクステンデット……遺伝子操作を忌み嫌う連合……と、いうよりブルーコスモスが、薬とかで強化した人間を作り出す製造施設さ。コーディ
ネイターに対抗する為にね。不適応だったり、付いて行けなければ淘汰されていく……此処は、そういう場所なのだよ」
アッサリと説明するレンに、シンは怒りでギリッと唇を噛み締める。が、そんな彼の反応を見て、レンはニヤッと笑みを浮かべた。
「表向きはね」
「え?」
「此処は、その創設者だけしか知らない裏の目的があって作られたのさ。コーディネイターに対抗する為の人間を作り出すってのを隠れ蓑にしてね。本来の目的
は、もっと陰険でやな事なのさ」
「何で、貴方がそんな事を知ってるの? そして本来の目的って何?」
「ん? 私が、アイツの立場だったらそうするからね。もう一つの質問に関してはプライベートな事なので黙秘します」
シレっと答えるレンは、コンピュータの電源を切ると席を立つ。
「で、私がやってたのは、そのエクステンデットの研究さ。もう終わったから、これは用済み」
ニコッと笑い、ディスクを踏み潰すレン。アーサーが「あ〜!」と勿体なさそうな声を上げるが、レンはシンを見る。
「随分と挑戦的な目だね、シン君。私に何か恨みでも?」
「あるに決まってるだろ!!」
「はて? 何か恨まれるようなことしたっけ?」
「この前の戦闘で乱入して来ただろ!」
「あ〜……いや、歳の所為か、物覚えが悪くて」
ついさっきまでエクステンデットの研究をしてたくせに、抜け抜けと言うレンに、タリア達は表情を引き攣らせる。
「でも、あの戦闘で君らに大きな被害は無かったと思うけど……」
「ハイネが―――」
「ハイネなら生きてるし」
「死ん……だ………え?」
「「「え?」」」
シンの台詞を遮って言ったレンの言葉に、シン、タリア、アーサー、エリシエルがキョトンとなり、アスランはフゥと息を吐く。
「生きて……る?」
「うむ。私のナイスな機転により、ハイネはドラゴネスで救助して、ちゃんと治療してやったのだ。今は、意識を取り戻してるぞ」
ガチャリ。
自慢げに言うレンだったが、突然、タリアが手錠をかけて来た。
「おや?」
「とりあえず拘束させて貰うわ。ハイネが生きてるなら、貴方と人質交換も出来るしね」
「う〜む……流石はグラディス艦長。ナイスな判断だね」
割とピンチだというのに、平然としているレン。どうも、彼の掌っぽいような気がするエリシエルとアスランだった。
「ロドニアの研究所……」
廊下を歩いていると、ふとステラが呟き、スティングとアウルが振り返った。
「ん?」
「あん?」
「……って何?」
ステラの質問に、スティングとアウルは眉を顰めて顔を見合わせる。
「ロドニアの研究所ってそりゃお前……」
「俺達が前いたとこじゃんか」
「何だいきなり?」
2人は笑い合いながら待機室に入って行く。ステラは、二人を追いかけながら、先程のネオと兵士の会話を呟く。
「悪いことにザフトがって……ネオが」
「「え!?」」
二人は途端に血相を変えて振り返ると、アウルがステラに詰め寄った。
「ど、どういう事だよ!? ザフトがロドニアにって……ネオが!」
「お、おい! 落ち着け、アウル!」
言葉にならないぐらい興奮しているアウルを後ろからスティングが押さえると、彼はその制止を振り切った。
「何でだよ! 何で落ち着いてられるんだよ!? ラボには母さんが!」
その瞬間、アウルはビクッと体を硬直させた。
母さん……アウルの頭の中に、ロドニアの研究所で優しくしてくれた金髪の女性の姿を思い浮かべる。すると目に涙を浮かべ、顔を押さえた。
「か……あ……さんが……いる……っだぞ……」
「おい! 馬鹿! アウル!」
スティングが焦った様子でアウルの両肩を掴んで揺すった。
「あ、ああ……母さんが……母さんが……死んじゃうじゃないか!!」
ビクンと、ステラの肩が震えた。
「母さんが……母さんが……やだよ……そんなの……僕は……」
「……死んじゃう?」
「おいこらしっかりしろ! 馬鹿!」
アウルを宥めるのに必死になり、スティングにステラの変化に気付く余裕は無い。ステラは、二人を他所に、ノロノロと歩き出す。
「あ! ステラ! 見て見て! ルーシーの新しいMSなんだけど……」
その時、ルシーアが廊下の向かいからやって来てステラに飛びつくが、彼女の様子がおかしいので眉を顰めた。
「ステラ?」
「死んじゃう……死んじゃうは駄目……怖い……」
「! ステラ!?」
彼女のブロックワードである“死”。それを呟き続けているので、何かスイッチが入ってしまったのかとルシーアは目を見開く。早くメンテナンスルームに行
かせないと、と思い近くの通信機を取るが、次のステラの言葉に、その行動を止めた。
「まもる……守る」
「え?」
「守る……死なない……」
「ステラ……貴女……」
すると、突然、ステラが走り出した。ルシーアも慌てて彼女を追いかける。
格納庫へ着くと、キャットウォークを駆け抜け、ステラとそれに続いてルシーアがガイアのコックピットに乗り込んだ。
「お、おい!?」
思わず整備班が声を上げるが、ステラが外部スピーカーで怒鳴って来た。
<ハッチ開けて! 開けないと吹き飛ばす!>
しかし、ハッチが開く気配が無いので、ステラはビームでハッチを破壊すると、港に飛び出した。そしてMA形態になり、ガイアを走らせる。
コックピットでは、まっすぐにしか目線を合わせていないステラをルシーアはジッと見つめていた。
「ロドニア……ラボ……母さん……守る!」
「(この子……)」
ブロックワードである“死”のタガが外れかけていた。
恐らく薄っすらとシンの事を思い出しつつあるのだろう。この後、彼女がどんな目に遭うのかルシーアは予想がついた。
が、大切なものを見つけ、思い出しつつある彼女は死なせたくなかった。ルシーアは、優しくステラに微笑んだ。
「(この子は……死なせない)」
「ええ。とにかく今、取れるだけのデータは取って。後から専門のチームも来るでしょうけど。これだけの施設、連合がこのまま放置しておくとは考えにくい
わ。バート、周辺警戒も厳に」
<はい>
テントに戻ってミネルバに指示を出すタリア。その途中で、中から遺体が運び出され、アーサーが草むらに入って胃の中のものを吐き出していた。シン達も今
回は、彼を情けないとは思えない。
手錠を嵌められたまま、シン達と一緒にテントのパイプ椅子に座っているレンが、唐突に呟いた。
「今、ステーキ食べろって嫌がらせは却下かなぶっ!!」
不謹慎過ぎる発言をかますレンの顔面に、裏拳が炸裂する。
「どうして、貴方はそう平気なんですか?」
「ん? そりゃ〜私なんかアレより小さい子の死体とか、沢山、見て来たしね。ちょっとやそっとじゃ揺らがんよ」
鼻にティッシュを詰めながらコーヒーを啜るレン。すると、シンが怒り任せに怒鳴った。
「ほんとにもう信じられませんよ! コーディネイターは自然に逆らった間違った存在とか言っておきながら、自分たちはこれですか!? 遺伝子弄んのは間
違っててこれはありなんですか!? いいんですか!? 一体何なんです!? ブルーコスモスってのは!」
「確かにそうね……」
コーディネイターは確かにナチュラルよりも高い能力を得られる遺伝的な特徴を持っている。ブルーコスモスにとって、それは人間ではなく“バケモノ”と呼
ぶべき存在だった。しかし、この研究施設で行われている事を見ると、連中の方が明らかに“バケモノ”だった。
「果たして、そう言い切れるかね〜?」
ズズッとコーヒーを啜るレンの言葉を聞いて、シンが睨み付けて来る。
「最初にMSを造ったのはザフト……コーディネイターでしょ? まぁ、MSの基礎理論を考えたのは私だから強く言えんけど……ジェネシスとか、人を殺す兵
器を作るのにかけちゃ、コーディネイターの方が上でしょ」
現にNジャマーを落とした、エイプリル・フール・クライシスで、地球が未曾有のエネルギー不足に陥り、反コーディネイター感情を高くしたのも事実であ
る。
っていうか、シン達はMSの基礎理論を考えたのがレンだという事に呆然となっている。
「どっちも人の命を奪うっていう時点で、一緒だと思うけどな〜、私は」
「それは……」
シンは言い返そうとしたが、確かにこの研究施設もMSやジェネシスといった兵器が人の命を奪う事に変わりは無かった。ふと、シンは以前、インド洋で無抵
抗の地球軍の兵士を殺した時、エリシエルに言われた事を思い出した。
“貴方は人を守る力を得た。でも、その力で新しい憎しみを作り出す事を忘れては、貴方は、ただの殺戮者よ”
自分達は戦争をしている。だから、敵を殺しても罪にはならない。だけど、それでも命を奪っている事には変わりは無かった。シンは、今になって、それが本
当に仕方ない、という言葉で済まして良いのか分からなくなった。
「時にエリィ」
「何です? くだらない事だったらぶっ飛ばしますよ?」
「いやいや。ひょっとしてレイ君、此処に来て何か様子おかしくなかった?」
「「!?」」
その質問に、シンとエリシエルは驚いて目を見開く。
「な、何でアンタが、そんな事知ってんだよ!?」
「あ〜……やっぱりね。うんうん、私の考えは間違いじゃなかった」
「おい! 何でレイがあんなになったのか……」
<艦長! MS1接近中! ガイアです!>
その時、通信機からバートの声が響き、皆がそっちに注目する。
「1機? 後続は?」
<現時点ではありません>
「どういうつもり?」
考え込む間に、シンとアスラン、エリシエルがそれぞれの機体に乗り込んで行った。それぞれMSを起動させると、タリアが回線を開く。
<とにかく、施設を守るのよ! いいわねアスラン、シン、エリシエル!>
「「「はい!」」」
三人が揃って頷いた。
「この感じ……キース? いや、違う……ルシーア……か? 何で此処に……」
「このぉぉ!!」
本当に一機だけで来たガイアに向かって、突っ込んで行くシン。が、アスランの声がコックピットに響いた。
<気をつけろシン! 施設の破壊が目的なら何か特殊な装備を持っているかもしれない! 爆散させずに倒すんだ!>
「えぇ!?」
アスランに言われ、シンは冷静になる。確かに施設の破壊が目的なら、爆弾などと言った強力な兵器を積んでいるかもしれない。それが誘爆したら、どんな被
害が及ぶか分からなかった。
が、その隙にガイアが迫って来ており、背中のビーム砲を放った。咄嗟にシールドで防ぎ、地面に激突する寸前にブースターで持ち直す。着地するガイアを
狙って、セイバーがビーム砲を放つ。ガイアは、避けずにセイバーに突っ込み、跳び上がってビームウイングで切り裂こうとするが、逆に盾でビームライフルを
叩き落した。
「チィ! 爆散させるなったって!」
<シン!!>
「!」
その時、エリシエルのバビがビームウイップでガイアの腕に巻きついて動きを止めた。
<今よ!>
その隙にインパルスはビームサーベルを抜いて、ガイアのコックピットを狙う。
「っ!」
その時、シンの頭の中に先程のレンの言葉が響いた。そして、唇を噛み締め、ビームサーベルを振り下ろす。
「(浅い!)」
一瞬の躊躇が生まれ、確実に狙えずシンは目を細める。が、ガイアはそのまま勢い良く地面に叩き付けられた。シンは、モニターに映るガイアのコックピット
部分を見つめると、モゾモゾと何かが動いていた。
<……女?>
<あの子達……まさか?>
シンは、拡大して見ると、小さい女の子が、傷ついた金髪の少女を背負ってコックピットから出ていた。シンは、大きく目を見開く。その少女達には見覚えが
あった。
「あの子達……ルシーアに……ステラ!?」
コックピットから出ると、そのままルシーアはステラを背負ったまま倒れ伏した。
〜後書き談話室〜
リサ「兄さんとハイネさん、本当に気が合うんですね」
ラクス「本人達の話ですと杯を交し合った仲とか……」
リサ「何だか本当っぽくて怖いです……」
ラクス「今回はレン様が凄い事が分かりましたわね」
リサ「医学に生物学……それに機械工学と確かに……」
ラクス「遺伝子工学も知ってるみたいですし」
リサ「MSの腕は一流で、頭の回り方は半端じゃない……どうして、こんな人が駄目人間なんだか」
ラクス「しかもロドニアの研究所では、普通にコーヒー飲んでいらしてましたわね……あの惨劇を見ながら」
リサ「エクステンデットの研究、という事はもしかしてステラさんは……」
ラクス「それは、この先のお楽しみですわ」
リサ「とりあえず次回は兄さんvsシンさんですね」
ラクス「意外と今まで無かった遣り取りですわね」
リサ「兄さん! 頑張ってください!!」
ラクス「気合入ってるんですのね」
感想
なかなか、旨くかわしている感じですが、少し目立ってきた部分見合ったり。
主人公キャラに欠点が無いと言うのは、実は物語上は大きな欠点だったりします。
理由はアンタダレって事ですが。
その辺りはレンというキャラクターは上手い事やってそれを感じさせない話作りをやってきました。
強さをおどけや、オタクっぷりでカバーする事によって面白い奴という評価を得られていた訳です。
この先、裏の部分が露出するに当たり、強さがUPしたり完璧度が上がるとちょっと苦しいかな〜とは考えますが…
どうなるんでしょ?
マイナス要素なり、深い過去を使ってカバーしていただけるものと期待しております♪
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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