「ステラ! ルシーア!」

 インパルスから駆け下り、倒れている二人の下へ駆け寄るシン。しゃがむと、突然、ルシーアがガシッと掴んで来た。

「ステラを……お願い……守って……!」

「ルシーア?」

「私は……良いから……! 早く!」

 そう言ったルシーアは、シンの見た無邪気な子供ではなかった。まるで妹を心配する姉のようで、とても以前、会った彼女とは思えなかった。シンは、ルシー アより重傷なステラを見て、彼女を抱きかかえるとインパルスに乗り込んでいった。

「おい、シン!?」

 セイバーから降りて来たアスランが、インパルスに敵の兵士を乗せるシンを見て声を上げる。そして飛び立つインパルス。

「アスラン、貴方は艦長に報告して。私は、あの子を……」

 ガイアにもたれて座り込み、息を切らしている少女を見てエリシエルが言うと、アスランは頷いてセイバーに戻った。

<どうしたの、アスラン? シンは?>

「分かりません。ですが、負傷したと思われる敵のパイロットを連れて、ミネルバへ……」

<何ですって!?>

<そんな! 何を勝手に!>

 タリアとアーサーが驚きの声を上げる。

「後、もう一人、ガイアに乗っていましたが、そちらはフォールディア先輩にお任せして俺もそちらへ戻ります」

<分かったわ。レイにガイアを回収させて頂戴!>

 回線の向こうが慌しくなる。アスランは、チラッとエリシエルとルシーアを見ると、セイバーを飛び立たせた。

 ルシーアは、チラッと自分に銃を向けるエリシエルを見上げると、フフッと自嘲的な笑みを浮かべた。

「貴女が……ガイアのパイロット?」

「違うよ……ガイアはステラ……さっきシンが連れてった子のだよ。ルーシーは、たまたま、あの子に付いて来ただけ……」

 そう言うと、ルシーアは銃口に目線をやる。すると、静かに目を閉じて言った。

「殺すなら殺して……今なら、ようやく死ねるから……」

 エリシエルは大きく目を見開いた。ルシーアは、強がりやハッタリで言っているのではない。多くの戦場を駆け抜けて来たが、皆、死を覚悟しているが、それ でも必死に生き残ろうと、死にたくないから戦っていた。

 が、目の前の年端もいかない少女は、本当に死を望んでいた。まるで自分の人生は此処まで、であるかのように。こんな子供、見た事が無かった。エリシエル は、思わず声を上げる。

「あ、貴女、何を考えてるの!? おかしいわよ! 貴女、まだ幼いのに死にたがるなんて………」

「…………幼い……か。じゃあ、もっと小さい頃から“お前は生まれて来ちゃいけなかった”、“生きていてはいけない”って言われ続けたらどうする?」

「え?」

「生まれた時から、生きる事を許されない……そう言われ続けて来たんだ。そんなんで、まともな人間が育つわけないでしょ……私は、パパやレン程、強くな い……生きる事が怖い……」

「レン……?」

「レン・フブキ……レンもパパも私と同じ、生きる事を許されない人間……私と違って、ノヴァ計画の犠牲者だよ」

 そう言って皮肉めいて笑うルシーアに、エリシエルは何も言えず、ただ銃を落ろした。

 


機動戦士ガンダムSEED Destiny〜Anothe Story〜

PHASE−19 怒りのレン





「お、おい、どうしたんだよ、シン?」

 突然のインパルスの帰艦に驚きながらも、ヴィーノが機体から降りてくるシンに問い詰めると、彼は尋常でない様子で彼を突き飛ばした。

「うるさい! どけ!」

 ステラを抱え、エレベーターに乗り込む。

「死ぬの……ダメ……」

 エレベーターが開くと、兵士の間を飛び出して走り抜ける。ステラの弱々しい声が、更に彼を焦らせた。

「まも……る……」

「大丈夫っ……もう大丈夫だから! 君の事はちゃんと……俺が守るから!」

 ギュッと彼女を抱く手に力を込めて叫ぶシン。彼女を守ると約束した。なのに、傷付けた事に苛立った。やがて彼は医務室へと飛び込む。

「先生! この子を……早くっ!」

 突然、駆け込んだシンに軍医と看護師は驚いた顔になる。

「一体、何だね?」

「その軍服……連合の兵士じゃないの!?」

 ステラを見た看護師が声を上げるが、シンは怒鳴り声を上げてステラをベッドに寝かせた。

「でもっ……怪我してるんですよ!」

「だが、敵兵の治療など、艦長の許可なしで出来るか! 私は、何の受けていないぞ!」

「そんなもんは、後で取る!」

 目の前に重傷患者がいると言うのに、ちっとも診ようとしない彼らにシンは思わずカチンとなって言い返した。

「だから早く! 死んじゃったらどうするんだよ!?」

 その時、ベッドで横になっていたステラがビクンと震えた。そして凄まじい勢いでシンに飛び掛り、床に押し倒した。余りに突然の事で受け身も取れず、床に 倒れるシン。するとステラは、器具の入った容器を倒し、看護師の喉に掴みかかって持ち上げた。

 頭を振り、シンはタリアと銃を持った保安兵が入って来たのを見て、慌ててステラを取り押さえた。

「やめろ、ステラ!」

 このままじゃ撃たれると察し、シンはステラを取り押さえる。それを見て、タリアが「待って」と言って銃を下ろさせる。後から入って来たアスランも、呆然 となって立ち尽くす。

 シンは、ステラを必死に抱き締めて叫んだ。

「ごめんっ! ステラ! 悪かった!」

 以前のように“死”で怯える彼女を見て、ついその言葉を言ってしまった自分の所為だ。シンは、必死に彼女を宥めた。ステラは真の腕の中で必死にもがき続 けるが、やがてプツンと糸が切れたように大人しくなった。どうやら、かなり興奮して気を失ったようだ。

 ステラが大人しくなり、ホッと安堵するシン。その時、廊下からうろたえたアーサーの声が聞こえた。

「か、艦長!!」

「? どうしたの、アー……ルナマリア!?」

 廊下に出てタリアは驚愕の声を上げる。シンとアスランも何事かと思って廊下を出て驚愕する。私服のルナマリアが、銃を突きつけられていたのだ。そして、 銃を突きつけているのはシュティルだった。

 彼らの後ろでは、メイリンを初め、ミネルバのクルーが不安そうに様子を見つめている。その間から拘束されたレンが出て来た。

「あれ? シュティル? どうして此処に?」

「お前の言う通り回し者がいたんだ」

「ほ〜」

 そう言ってレンとシュティルはタリアを見る。彼女は、バツが悪そうに唇を噛み締めた。途端、保安兵がシュティルに向けて銃を向けると、同時に数発の銃声 が鳴った。

「やめておけ」

 煙の出た銃口を向け、シュティルが言う。保安兵の銃を狙って、手から弾き飛ばした。ギロッと睨まれ、タリアは手を出さないよう言った。

「シュティル……」

 憎悪のこもった目でシュティルを睨むシン。が、シュティルはチラッと彼を見るだけで、すぐにレンの方を向いた。

「それよりお前、何で捕まってるんだ?」

「緊縛プレイです」

 ポッと頬を染めて答えるレンに、シュティルはハァと溜息を吐く。生憎と彼にツッコミのスキルは無い。

「シュティル! ルナを離せ!!」

 すると、いきなりシンがシュティルに向かって突っ込んで来た。

「シン! 待ちなさ……!」

 タリアの制止も聞かず、シンは、シュティルに向かって拳を繰り出す。シュティルは避けようとせず、顔面を殴られた。何の抵抗もせず、殴られるシュティル に驚きながらも、シンはルナマリアの腕を引っ張って、自分の方に引き寄せて取り返した。

 が、その視線はシュティルに釘付けになっている。

「…………まぁ、お前の性格からして、今ので気が晴れたとは思わんがな」

 フッと笑うシュティルに、シンは今のがわざと殴られたのだと気付いて大きく目を見開く。そして、ギリッと唇を噛み締めた。

「何処まで……アンタは、何処まで俺を……!」

「シン、やめろ!!」

「シン!」

 再びシュティルに襲い掛かろうとするシンを、アスランが羽交い絞めにし、ルナマリアが腰に手を回して押さえ込んだ。

「さて、色々と話があるんだがな……グラディス艦長? いや、出歯亀艦長、か?」

 かなり皮肉のこもった言葉に、タリアは目を細めてシュティルを睨み付けた。

 


 艦長室で、シュティル、シン、アスラン、エリシエルがタリアと対談していた。レンとルシーアは拘束され、別の部屋に入れられている。シュティルは、タリ アを真正面から見据え、アスランとエリシエルは、シュティルをジッと睨んでいるシンのストッパー役だった。

「まったく……どうして、こう問題が山積みになるのかしらね」

「貴女が下らない指示を出さなければ、少なくとも一つは無かったと思うが?」

 ニヤッと笑みを浮かべて言うシュティルに、タリアは唇をヒクつかせるが、まずはシンに向かって言った。

「まず、シン……一体、どういうつもり? 敵兵の艦内への搬送など、誰が許可しました? 貴方のやった事は、軍法四条二項に違反。十一条六項に抵触……つ まり、とてつもなく馬鹿げた、重大な軍機違反なのよ。これで艦内に甚大な被害が出ていたらどうするの?」

「…………申し訳ありません」

 ブスッとした態度で謝るシン。とりあえず彼女を治療する事が出来たのだから、どんな処罰を受ける事になっても構わなかった。

「知っている子だというけど……ステラ? 一体、いつ、何処で?」

「ディオキアの海で……溺れそうになったのを、助けて……何か、良く分かんない子で………俺、いえ自分は、その時は、彼女も戦争の被害に遭った子だ と……」

 その時の事を思い出しているのか渋面を浮かべるシンにタリアが、事実を口にした。

「でも、アレはガイアのパイロットだわ。ソレに乗っていたのだから……分かるでしょう?」

 今まで命の遣り取りをし、戦って来た敵だという事だ。シンにとって守るべき、大切な存在だというのに、未だに納得出来なかった。

「どうでも良いが、レンを返してくれないか?」

 すると今まで黙っていたシュティルが、口を挟んで来た。ギロッとシンが睨んで来るが、彼は苦笑いを浮かべるだけだった。

「返して欲しかったら、ハイネを返しなさい」

「別に返しても良いが…………本人はザフトに戻るつもりは無いぞ」

「え!?」

「脱走罪になろうとも、レンと一緒に戦う方が良いんだと」

 両肩を竦めて言うシュティルに、アスランとエリシエルは何となくハイネの気持ちが分かった。

「ふ、ふざけんなよ! アンタ達、ハイネに何を吹き込んだんだ!?」

「別に何も吹き込んでない。ただレンが治療して、自分達が動いてる理由を話したら、本人が一緒に戦いたいと言っただけだ」

 そう言われ、アスランとエリシエルは、確かにレンは決して強制せず、あらゆる可能性を考慮しながらも、最後には本人に選択させる人物である事を思い出 す。

「レンは帰りたがってるが、ハイネは帰りたがらない。取引など成立しないと思うがな?」

「………………」

「それに、前回の戦闘で俺達は、ザフトにプラスになる行動をしたとしてもマイナスになる行動はしていないと思うぞ?」

 そう言われてはタリアは言い返せない。確かに前回の戦闘で、ハイネが生きていたとしたら、被害は無かったと言える。ハイネが帰らないというのはマイナス かもしれないが……それでもオーブ軍を撤退させ、地球軍を追いやったのは、ミネルバにとってプラスだった。

 そこで彼らを敵と判断するのは無理だった。海賊ゆえに、即始末する事も考えたが、そうなった時、彼らの報復が怖かった。何しろ伝説のフリーダムとアーク エンジェル、ジャスティス、そして、SSキャノンという陽電子砲以上の威力を持ったMSを所持しているのだ。

 彼らとガチンコ勝負をした時、ハッキリ勝てるとは思えなかった。と、いうよりも、あのレンをすんなりと始末できるとも思えない。

「あなた方の取る道は、少ないと思うがな……」

 敵――とは言いにくいが――の本陣で、此処まで不敵にしてくるシュティルに、タリアは相手が自分よりも何枚も役者が上だという事を思い知った。取る道が 少ない以前に、無いといっても過言ではない。

 そりゃ命を捨てる覚悟はあるが、敵と判断しにくい彼らを相手に命を投げ出すのは、一艦長としての正しい判断とは思えない。そうなると、もはやレンを解放 するしかなかった。此処でシュティルを捕らえる手もあるが、先程の銃技を見る限り、相当、白兵戦慣れしているようだった。

「…………分かったわ。彼を解放します」

「艦長!」

 シンが抗議の声を上げるが、タリアも仕方が無いといった顔で首を横に振った。その時、デスクの上のインターフォンが鳴った。

「何?」

<艦長、ちょっとお出で頂けませんか?>

 回線の向こうから軍医の重い声がした。シンは、ステラの身に何かあったのかと思い、顔を青ざめさせる。

「分かったわ」

 タリアは頷いて通信を切ると、立ち上がる。

「彼の拘束を解くよう連絡するから、とっとと艦から出て行って頂戴」

「感謝します、グラディス艦長」

 疫病神を見るようなタリアの視線に、シュティルはフッと笑みを浮かべて返した。シンは、彼を睨みながらも、今はステラの方が気になるので、タリアに付い て出て行った。

 シュティルが部屋から出ると、制服に着替えたルナマリアがいて、「あ……」と視線が合った。ルナマリアは、チラッと彼の後ろにいるアスランに目を向け る。アスランは、どうしたのかと思い、眉を顰めた。

 シュティルは、彼女とすれ違い様に呟いた。

「艦長に話したければ好きにしろ」

 その言葉にハッとルナマリアは目を見開くと、ギュッと拳を握り締めた。

 


 医務室に入ったシンとタリアが見たのは、拘束具でガチガチに体を締められベッドに寝かされたステラだった。それを見て、シンは驚愕し、軍医に怒鳴った。

「何でこんな事! 怪我人なんですよ、彼女は! そりゃ、さっきは興奮して……」

「そう言う問題じゃない。どうやら、この子は連合のエクステンデットのようなんでね」

「え!?」

 硬い表情で軍医が言うと、シンは唖然となる。タリアは、予想していたのか「やっぱり」と呟いた。

 シンは、彼女がつい先程まで自分達がいた研究所で死んでいた子供達と同じ所にいたのかと思い、愕然となる。軍医はタリアにチェックボードを渡して説明し た。

「今は薬で眠らせてありますが、それも何処まで効くか正直、分かりません。治療前に簡単な検査をしただけでも、実に驚くような結果ばかり出ましてね……ま ず、様々な体内物質の数値がとにかく異常です。また、本来なら、ヒトが体内に持たないような物質も多数、検出されています」

「人為的に……という事ね。薬物投与?」

「恐らくは」

 チェックボードを見ながら尋ねるタリアに軍医は頷く。シンは、肩を震わせながらステラを見つめる。

「ん〜……流石はキース。見事なエクステンデットだね〜」

 その時、ヒョイッとタリアからチェックボードを取り上げ、声を上げた。皆、驚いて、そちらを見ると、拘束具を外したレンが笑みを浮かべて、チェックボー ドを見ていた。

「あ、貴方、何やってるの!?」

 てっきり、もう帰ったのかと思ったタリアだったが、レンはニヤッと笑みを浮かべる。その後ろでは、アスランとエリシエルが気まずそうな顔で立っていた。

「う〜む……γ‐グリフェプタンとは少し違うな。あれ程、酷いもんじゃないけど……いや、やっぱりこの場合、精神操作……一種の暗示か?」

 ブツブツと何かを呟いて、チラッとステラを見る。そしてチェックボードをタリアに返すと、クルッと踵を返した。

「じゃ、お世話になりました。私は帰りますね…………一つ忠告しますけど、その子、このまま放置してると、一週間、持ちませんよ」

「!?」

 その言葉にシンは大きく目を見開いて驚愕する。一週間、持たない。つまり、死ぬという事だ。嫌だ。守ると約束したのに、死なせるなんて絶対に嫌だった。 シンは、ギュッと拳を握り締めると、レンを呼び止めた。

「待ってくれ!」

「ん?」

「頼む! ステラを……助けてやってくれ!」

「シン!」

 タリアが声を上げるが、シンの耳には届かない。シンは、レンの服を掴んで引き留めた。

「アンタなら出来るんだろ!? ステラを元に戻す事を……」

「完全に元に戻すとなると数ヶ月以上はかかるね〜。体内の薬物の除去だけじゃ、元には戻らんからね〜。とても一週間じゃ元には戻せんよ」

「そんな……」

「でも、命を引き延ばして、その間に治療するんだったら話は別だけど」

「そ、それじゃあ……!」

 目を輝かせるシンだったが、レンは髪の毛を掻き毟る。

「でも……助けてどうするんだい?」

「え?」

「もし、彼女を生き延びさせたらザフトは、いい研究材料……生きたエクステンデットをプラントに引き渡すだろうね」

 そう言ってタリアと軍医を見ると、図星であるかのように視線を逸らす。確かに連合の特殊な措置を施された兵士の生きたサンプルは、軍の研究機関には喉か ら手が出るほど欲しい代物だろう。

「連合に返しても、彼女は戦う事しか出来ない。なら、彼女はまた多くの罪も無い人を殺すかもしれない。ブルーコスモス……いや、ロゴスってのは、そういう 連中だよ」

「レン、ロゴスを知ってるのですか?」

「勿論」

 少し驚いた様子で尋ねて来るエリシエルに向かって、レンは笑顔で頷いた。

「つまり彼女を生き延びさせるのは、彼女自身にも、また多くの人間を不幸にするって事だよ」

「そんな……そんな訳あるか!! ステラは、戦いなんて望んでいない……普通の女の子なんだ!!」

 少なくとも、岬で踊っていた時の彼女は、ごく普通の、とても戦士とは思えない少女だった。レンは、ハァと溜息を零すと、呆れた様子で言った。

「この子を助けたら、軍の研究機関送り。そうまでして、私はこの子を不幸にさせたくないんだけどね〜」

「良いから、治せっつってんだ!! そんなもん、後で俺がどうにかしてやる!!」

「………………へぇ」

 ピクッとレンの肩が揺れ、声が少し低くなった。ソレを見て、エリシエルがビクッと体を震えさせた。

「どうにかするって……どうするんだい?」

「俺が守る! 連合からも、ザフトからも……ステラを守ってやる!!」

「………………守る……ねぇ。そう何度も簡単に口に出して良い言葉じゃないけどね。守る事は簡単なようで、ずっと難しい事なんだよ?」

「部下を死なせたアンタに言われたくない!」

「シン!」

 その言葉は余りにも無礼過ぎ、アスランが声を上げると、突然、レンがシンの髪の毛を掴んだ。

「な……!?」

「いい加減にしろよ、クソガキ」

 ゴッ!!

「か……!」

 レンの放った拳が、シンの鳩尾に決まり、彼は体を“くの字”に曲げるとガクッと両膝を突いた。

「ちょ……な、何を!」

「艦長! 待ってください! 今、レンに手を出してはいけません!」

 慌ててレンを止めようとしたタリアを、エリシエルが止めた。タリアは、ハッとなってレンの目を見ると、思わず退いてしまった。咳込んでいるシンを見下ろ す彼の瞳は、余りに冷たく、そして、ドス黒かった。

 レンは、シンの顔面を蹴り飛ばし、倒れた彼を踏みつけた。

「目先の事ばかりに捉われて視界を曇らせて…………そんなんだから、ギルバートのいい手駒になるんだよ」

「あぐ……!」

 ギリッと頬を踏みにじられ、呻き声を上げる。

「フォ、フォールディア先輩……フ、フブキ先輩が……」

 アスランが、怯みながらエリシエルに話しかける。あんなレン、見たことが無い。エリシエルも冷や汗を垂らしながら答えた。

「レンを怒らせたわね…………」

 大人しい奴がキレると怖い、とかそんなレベルじゃない。性格が豹変したレンは、絶えずシンを踏みつける。

「私は、君みたいに真っ直ぐで元気な人間は嫌いじゃない。だけど、自分の間違い、過ちを認められない人間は嫌いだ」

 そう言うと、シンの髪の毛を引っ掴んで血で滲んでいる彼の顔を寄せる。

「ああ、私は確かにアラスカで部下を救えなかったさ。それは認める。私のミスだ……けどな、いつまでも家族の死に引っ張られてる君とは違うんだよ」

 その言葉に、シンはカッと目を見開き、レンに掴みかかろうとするが彼の裏拳が決まり、吹っ飛ばされて壁に激突する。

「シ、シン!」

 気を失ったシンに慌ててアスランとタリアが駆け寄る。タリアは、キッとレンを睨み付ける。が、レンは目を細め、シンを見て呟いた。

「自分だけが不幸な人間だと思うな………エリィだって君と同じ思いをしたんだ……それに……戦争で大切な人を失う人間は多いけど、大切な人を殺さなきゃい けない人間だっているんだ」

 そう呟くレンに、エリシエルとアスランは目を見開いて驚愕する。タリアに一礼し、出て行くレン。その後をエリシエルが追いかけた。

「レン!」

「…………参ったな〜。あんな若い子に本気で怒るなんて私らしくないや」

 振り返ったレンは苦笑いを浮かべ、いつもの軽い口調だった。

「っていうか、さっきタリアさんに見つめられた時、つい彼女のブルマ姿を想像した私は病気かな?」

 いつもの鋭いツッコミが来ると思ったレンは、何にも無いので不思議そうにエリシエルの方を見る。彼女は、複雑な表情でレンを見ていた。

「どったの、エリィ? あ、ひょっとして、さっきの言葉、気にしてるの?」

「それは……」

 確かに大切な人を殺さなきゃいけないって聞かされては、気にならない筈も無いだろう。すると、彼女は思い切って聞いた。

「あの……あのルシーアという子供から聞きました。あの子も、あの子の父親も、貴方も……生きる事を許されない人間って……一体、どういう事ですか?」

「…………聞いたままの意味だけど?」

「それって……」

「ふふ……心配してくれてるんだ、ありがとう。でも他言しないでね。色々と面倒だから」

 そう言って微笑むレンが歩き出すと、ギュッとエリシエルが服を掴んで引き止めた。不思議そうに振り返るレン。

「エリィ?」

「今……離したら……後悔します……」

 顔を俯かせて言うエリシエルに、レンは困ったように頬を掻く。すると、いきなりエリシエルを抱き寄せた。

「レ、レン!?」

 いきなりの事に頬を赤くして慌てるエリシエルに、レンは小声で話す。

「エリィ、もし、ギルバートがロゴスの存在を世界に発表したら、機を見てアスランと軍から逃げろ」

「え……?」

「その後で、ギルバートは私が止めてやる。問題は更にその後……世界は、ある男によって揺るがされる筈だ。その時、私は死ぬかもしれない。いや……ルシー アの言葉を借りれば、死ななくちゃいけない……かな」

「!」

「それが揺れる世界を戻すたった一つの方法なんだ。そうしないと沢山の人が、再び不幸になる……だから、ね?」

 そう言って、ゆっくりと体を離すレン。そして、不安げに自分を見つめるエリシエルの頭を撫でると、踵を返して歩き出した。

 格納庫に行く途中、レイが前から歩いて来た。レイも自分に気づくが、2人は、そのまますれ違う。が、レンがその際に、ポツリと呟いた。

「世界を滅ぼすと言ってたけど、まだ自分の意志で動いたラウの方がマシだったな」

 その言葉にレイは大きく目を見開いて振り返るが、レンは黙って去って行った。

 


 格納庫では、余りにも見慣れない機体で、整備班がザワついていた。突如、あの海賊ワイヴァーンのジャスティスがやって来て、ルナマリアがいると言って来 たのだ。そして、副長のシュティルが、ルナマリアと一緒に降りて、そのまま艦内に入って行った。

 今は、機体の前でシュティルが腕を組んで佇んでいた。それを遠目で見ながら、ヴィーノがヨウランに小声で話しかけた。

「あの人、海賊の副長なんだよな?」

「ああ。ジャスティスのパイロットって事は……オーブの沖で助けてくれたのも、あの人だよな」

 が、この前は到底、味方とは言えない戦場への乱入。彼らの心境は複雑だった。艦長命令で、彼らには手を出さないよう言われていた。

「あ、ルナ?」

「あ、あいつ、何やってんだ?」

 すると、何故かシュティルに向かって歩み寄って行くルナマリアを見て、ヨウラン達は驚く。

 シュティルもルナマリアに気付き、チラッと視線を向ける。自然と背の低いルナマリアは、彼を見上げる形になる。

「何か?」

「…………何で私を殺さなかったんですか?」

「?」

「私が、アスランのしていた事を話せば、アスランは裏切り者として、そして貴方達は完全にプラントの敵として扱われるんですよ? 貴方達が守ろうとしてい るアークエンジェルも……」

 その言葉に、シュティルはフッと笑みを浮かべて答えた。

「お前がデュランダル議長を信じて、その意志に命を懸けるなら話せば良い。そうなったら、そうなったで方法はある」

 自分達にとって、都合の悪い情報を掴んでいるというのに、一向にそんな様子を見せなかった。すると、シュティルはククッと急に笑い出し、ルナマリアは眉 を顰める。

「それに、シンが守ろうとしている仲間を殺すのは忍びないんでな」

「…………シンは、貴方を酷く憎んでいるようでした。何故ですか?」

 その質問に、シュティルは真顔になると天井を見上げた。

「…………オーブで家族を失って、単身でプラントへ移住したアイツを俺が引き取った。短い間だったが……家族だったな」

「家族……?」

 それこそシンが欲しくてやまなかったものだ。そんな彼を何で憎むのか、ルナマリアには理解できなかった。疑問を顔に出しているルナマリアを見て、シュ ティルはフッと笑みを浮かべて言った。

「………………」

 彼が自分を憎む理由を全て……。

 


「うわ、シュティル!? いつの間に、そんな若い子と!?」

 しばらくするとレンがやって来て、ルナマリアと対談しているシュティルを見て、驚きの声を上げた。

「バカが。俺は、こんな小娘に興味は無い」

「こむ……!?」

 一応、ザフトのエリートなのに小娘と言われ、心外なルナマリア。睨んで来るルナマリアに、フッと笑いかけ、クシャっと頭を撫でた。

「んな……!?」

 急に頭を撫でられ、驚くルナマリア。

「シンも、こうやると照れてたな……」

「そりゃ年頃だしね〜」

「そうだな……悪い。迷惑でなければ、シンを気にかけてやってくれ。どうも、アイツは守るより、守られる側の人間のような気がしてならなくてな」

 そう言い、先程までの何処か冷めた印象を受ける笑みと違い、本当に温かい微笑を浮かべて言うシュティルに、ルナマリアは何も言わず黙っていた。

 レンとシュティルはそうしてジャスティスに乗り込む。

「あ、そういえば、さっきシン君を半殺しにしたっけ」

「何やってんだ、お前……?」

 そんな会話をしながらジャスティスのコックピットのハッチを閉じると、ミネルバから去って行った。飛び去って行くジャスティスを見ながら、ルナマリアは ポフッと頭に手を置き、呆然としていたが、やがてシンが半殺しにされたというレンの言葉を思い出し、ハッとなって医務室へと直行した。

 


「…………ステラ……」

 軟禁されているルシーアは、ベッドに腰掛けながらステラの名前を呟いた。

 彼女を此処に連れて来たのは間違いだったのか? いや、違う、と何度も自分に言い聞かせている。

 死ぬ事を何よりも恐れていた彼女が初めて、死以外で感情らしきものを見せた。それが、シンであるなら、彼に託す事を考え、敢えて彼女の行動を止めず、付 いて来た。シンに、ステラを救えるかを見届ける為に。

 その時、部屋の扉が開いた。入って来たのは、さっきまで思っていた人物――シンだ。何故か、彼の顔は血が滲んでおり、絆創膏だらけだった。

「あれ? どったの、シン? 誰かに苛められたの?」

「……………」

「う〜、黙ってちゃルーシー分かんないよ〜」

 先程までとは打って変わり、10歳の少女の口調なるシーア。シンは、黙りこくっていたが、やがて口を開いた。

「ステラ……どうやったら助けれる?」

「ほへ?」

「レンって野郎が言ってた。このまま放っておけば、ステラは死ぬって。どうやったら、彼女を助けれるんだ?」

 まるで藁にも縋るようなシンの目を見て、ルシーアは目を細める。

「…………そのレンって人なら、助けられたかもしれないね。あの人は、ステラ達を作った人と同じくらい頭が良いから。そのレンが助けなかったって事 は………シンも分かってるんでしょ?」

 そう言われて、シンはビクッと肩を震わせる。先程、レンに言われたばかりだ。助けたら軍の研究機関に送られ、連合に返せば、また兵士として戦わされる。 彼女にとっての安息の場所は、彼女が最も恐れる死以外に無いのだ。

 何も出来ず、悔しがるシンを見て、ルシーアがポツリと呟いた。

「レンは、死以外にステラの道は無い……そう、ハッキリ言ったの?」

「え?」

「シン……貴方は、まだ若いんだから、無理かもしれないけど…………誰かに答えを求めて、依存するような生き方だけはしないで。人間は、自分で考え、決 め、歩く事が出来る生き物だから……」

「若いって……お前、まだガキじゃんか?」

 自分より六つも年下のルシーアに言われ、呆然としながらシンが言うと彼女は苦笑いを浮かべた。

「そうだね……ゴメン。でもね……ちゃんと自分で考えて決めてね」

 そう言われ、いまいちピンと来ないシンだったが、此処に入って来た時よりも幾分かマシな顔になって部屋から出て行った。再び暗くなった部屋で、ルシーア は、膝を立てて顔を埋めた。

「誰かに依存するような生き方……か。私も……パパに依存してるのかな……? はは……分かんないや……でも……シンにもステラにも……私みたいになって 欲しくないから」

 


「ロドニアの研究所の件は、ともかくとしましても、ステラ・ルーシェに関しましては最早、損失と認定するようにとの事です」

 司令部よりやって来た将校が、メンテナンスルームで眠っているスティングとアウルを見ながらそう言って来た。ネオは、自責の念に捕らわれた口ぶりで返 す。

「迂闊だったよ、俺が」

 まず彼がいたブリッジに飛び込んで来た報告は、アウルがパニックに陥るといったものだった。そして、アウルの下へ行こうとしたら、今度は格納庫でステラ とルシーアがガイアに乗り、ロドニアの研究所に向かったとの事だった。

 まさか、彼女の前でロドニアの研究所の話をしたのが、こんな事態を招くとは、予想だにしなかった。将校は、顔を俯かせるネオにフォローを入れる。

「いえ……大佐は、実に良く彼等を使いこなし、その功績はジブリール氏も……」
 
「ああ、もう良い。そんな話は」

 自分達の直属の上司の名前を出され、ネオは更に気を悪くして言うと、地球軍の将校も黙り込んだ。

「そうか……損失か」

「閣下……」

 と、そこへキースが入って来たので、ネオや研究員達が敬礼しようとすると、手で制した。

「ああ、構わんよ。作業を続けたまえ」

 言って、息を吐くキース。彼も、ルシーアを失い気が滅入っているのだろうと、ネオ達は思った。未来の見える死神と呼ばれていても、やはり父親なのだろ う、と。特にルシーアの場合は、“損失”扱いではない。

「いや、参ったよ…………最近、お菓子作りにハマッてるのだが、これが中々、分量が細かくて難しいものだ」

「は? あ、あの閣下……ルシーアの事で悩んでおられるのでは?」

「ルシーアなら、一人でも大丈夫だ。必ず帰って来るよ……」

 フッと笑って言うキースは、チラッとスティングとアウルの方を見る。

「どれ、変わりたまえ。どうやら2人からは、ステラ・ルーシェの記憶を消した方が良いようだな」

「え!? そ、そんな閣下……!」

 幼い頃から一緒に育って来たステラの記憶を消す。それは、相当な大仕事だった。だが、キースは、だからこそ今後の戦闘の為に、そうすべきだと主張した。

「で、ですが、閣下にこのような事を……」

「君達も、日頃から彼らのメンテナンスで頑張ってくれているからな。たまには私が重労働するのも良いと思うのだがね?」

「は、はぁ……」

「諸君は休憩してくれていたまえ」

 そう言われ、ネオ達は揃って部屋から出て行く。それを見送り、キースは早速、作業を始める。

「…………ルシーアがステラを……か。それが、お前の考えた道なら、頑張りなさい」

 此処にはいないルシーアに対し、キースはそう呟いて作業を続けた。

 

 シンが医務室に入ると、看護師の女性が気を利かせてくれたのか何も言わずに退出してくれた。シンは、ステラから貰った貝殻の入ったビンを握り締め、顔色 を悪くしている彼女の下へと歩み寄る。

「……ネオ……」

「まさか……君がガイアに乗ってたなんて……あんな所に……いた子だなんて……」

 昨日のロドニアの研究所での出来事。もし、ステラがあそこに残っていたら、彼女があそこの子供達と同じ事になっていたのかもしれない。そう思うと、シン の中に再び言いようの無い怒りが込み上げて来た。
 
「……シン……?」

 その時、か細い声で名前を呼ばれ、ハッと目を見開いた。ステラを見ると、彼女は目覚めており、小さく微笑んでいる。
 
「シン……会いに来た……シン」

 自分の名前を呼ばれ、シンは嬉しそうに表情を綻ばせて頷いた。

「ああ……うん、うん、ステラ……俺、分かる?」

「うん……シン」

 必ず会いに行く……あの時、言った約束をステラは覚えていた。そして微笑んでくれる。シンは、今にも泣きそうなぐらい嬉しかった。

 


「いや、だから、考えてみろよ? そりゃラミアス艦長も色っぽいっちゃ色っぽいけど、いざ、ブルマを着せるのは如何なものかと」

「やっぱダメか〜。じゃあ、グラディス艦長にスク水は?」

「学生のオプションを付けても良いのは、精々22までだな。それ以上は犯罪だ」

 ドラゴネスの医務室では、レンとハイネがアホな会話を繰り広げていた。ハイネの体も順調に回復しており、動けるぐらいなら出来た。最も激しい運動は無理 なので、今もベッドの上だが……。

「兄さん!!」

 と、そこへリサが血相を変えて医務室へと入って来た。

「どうしたんだ、リサ? 折角、今からハイネと腐女子サービスしようとしてた所なのに」

「え!?」

「…………」

「ハイネさん、頬を染めて恥ずかしそうに脱がないで下さい!」

「まだ怪我が治ってないのから……優しくシテね」

「え? 私が攻めるの? ……しょうがない奴だな」

「…………お2人ともいい加減にしないと、体裏返しますよ?」

 ギロッと目を怪しく光らせるリサに、レンとハイネは悪ノリし過ぎたと苦笑し、腐女子サービスをやめた。

「で? どうしたのさ?」

「あ、そうでした……大変です、兄さん! ラクスさんがプラントへ行くって……」

「「!?」」

 その言葉に、レンとハイネの表情が一瞬、真剣なものになった。

 


 ドラゴネスのブリッジへ行くと、モニターにはラクスの姿が映っている。レンは、ニコォッと笑顔を浮かべ、ラクスに尋ねた。

「ラクスちゃん、プラントへ行くって本当〜?」

<はい。今、プラントがどのような様子なのか……見に行くべきだと思うのです>

「でも、議長が放っておかないぞ〜?」

<それでも行かねばならないのです……>

 決意の固そうなラクスの目を見て、レンは溜息を零す。

「ラクスちゃん、君がそこまで行きたいのなら無理に引き止めはしないけど……忘れないでよ? 君は、ブルーコスモスと変わらない人間だって事を」

 その言葉にドラゴネスのブリッジ要員と、ラクスが驚いた顔になり、キラが口を挟んで来た。

<フブキさん! どういう事ですか!?>

 流石にラクスを、そんな風に言われてはキラも黙っていられないのだろう。が、レンは悪びれもなく言い返した。

「主義主張で動くラクスちゃんや、彼女を中心に動いている君達とブルーコスモスは同質だよ。主張する事が違うだけで、ね。君達は、軍人でも何でも無い…… 民間人って事だよ」

 そう言われ、キラも押し黙る。密かに彼も心の中で感じていた。世界が再び戦争の渦中へと進む中、無為に過ごしていた。そして今、こうしてアークエンジェ ルと共に行動している。

 が、ワイヴァーンの助力があったとは言え、彼らは軍人でも何でも無い。あくまでも“民間人”であり、本来ならこのような事態に首を突っ込むべきではない のだ。それは、薄々、分かっていた事だが、いざ、現在、世界中で大量虐殺を行っているブルーコスモスと同じと言われると辛いものがあった。

「青き清浄なる世界、戦争の無い世界…………世界、世界って言うけど、私達が世界を創るんじゃない。私達は、世界の上に生かされてる事を忘れるな……人間 が、世界そのものを変えるなんてのは傲慢でしか無い。どうしても、変えたけりゃ最後まで責任を持つ事だね」

 二年前、戦争を停止せよと参戦したクライン一派。が、その後はナリを潜めたが、それは見方を変えれば責任放棄とも取れる。一度、戦争停止を呼びかけたな ら、その後も責任を持って、世界を導かねばならなかった。

 少なくとも、そうしようとしたのはカガリただ一人。停戦を訴えるだけで、その後、何もしようとしなかった。レンにとって、それは許せなかったが、今回、 ラクスが単身、プラントへ向かうと聞いて、言ってしまったのだ。

<じゃあ、お前さんはどうなんだ?>

「ん?」

 すると今度はバルドフェルドが、口を挟んで来た。

<お前さんが、今、やってる事だって世界をどうこうしようとしてる事じゃないか?>

「はっはっは。私の場合は、自分が楽しく面白おかしく暮らせる世界に、デュランダル議長やブルーコスモスの連中が邪魔なだけだよ。そういう意味じゃ、私も 連中と変わらないな〜」

 あくまでキラやラクスと行動を共にしているのは、プラントや地球軍の味方をしないという利害が一致しているだけ。モニターの向こうでは、マリューやバル ドフェルドの呆れた顔が映っている。

「もし君達が、再び表舞台に立ち、戦争停止を訴えたなら、その先の責任も、ちゃんと取れるのかい? まだ若い君達が」

 レンのその言葉に、キラ達はラクスに注目する。ラクスは、最初、口を噤んでいたが、やがて意を決してレンを見返した。

<はい。今度は、どんな結果になろうとも逃げません……絶対に>

「ふ〜む……そこでマジで返されるとどうしようか困るな〜」

<は?>

「いや、ラクスちゃんがそうしたいのなら私に止める権利は無いし……ちょ〜っと意地悪で聞いてみたんだけど、何か皆がマジになってたんで後戻り出来なかっ たというか……てへ♪」

「二十歳にもなって、舌出して笑わないで下さい!!」

 シリアスな雰囲気を思いっ切りぶち壊したレンの背中に肘鉄を喰らわせるリサ。ゴキッという鈍い音がし、レンはドサッと床に倒れ伏した。

「ラ、ラクスちゃん……気を付けてね」

 グッと親指を立てて、気を失うレン。モニターの向こうでは、あのラクスが呆れた顔を浮かべていたりしていた。

 


<先月より行われていた各地ザフト軍基地へのラクス・クラインの慰問ツアーも、いよいよ明日その幕を閉じる事になります>

 ディオキアの基地のロビーに設置されたモニターに、ピンクのザクの手の上で踊るラクス・クラインの姿が放映されている。

<先の大戦でも父、シーゲール・クラインと共に終始戦闘の停止を呼びかけ、またこの新たなる戦いにも心を痛めて、早期の終結を願うデュランダル議長と行動 を共にするこのザフトのカリスマ的歌姫の歌声は、長く本国を離れ厳しい状況下で過ごす兵士達にとって、正にこの上ない心のオアシスとなりました>

 すると基地の前に黒塗りのリムジンが停止し、兵士達は何だと思い注目する。そして、最初に出て来たのはサングラスをかけた変な言葉遣いをする男性だっ た。

「はいはいはいはい、どもどもども! あんじょう頼むでぇ〜」

 怪しい訛り混じりの言葉の男性に続いて出て来たのは、ピンクの長い髪を揺らし、たった今、モニターに映っていたプラントの国民的アイドル、ラクス・クラ インだった。
 
「皆さ〜ん、こんにちは〜! お疲れ様で〜す!」
 
 明るい笑顔を浮かべて手を振る彼女に、兵士達が歓声を上げて一斉に詰め掛ける。その人ごみを抜け、係員が飛び出して来る。

「ラクス様! 本当に御苦労様でした!」

「いえいえ〜」

「早速で悪いんやけどなぁ、時間がないんや。ケツかっちんやさかいシャトルの準備はよしてんか」

 サングラスと縮れた髪型で、如何にも怪しいを体全体で表している付き人に係員は戸惑いながらも答える。

「あ、はい……しかし定刻より少々早い御到着なので、その……」
 
「急いでるからはよ来たんや! せやからそっちも急いでーな!」

「は、はい! ただちに!」

 思いっ切り怒鳴られ、係員はビクついて急ぎ、シャトルの発信準備をするよう基地に駆け込んで行った。

<ラクス様搭乗のシャトルは予定を早め、準備でき次第の発進となった。各館員は優先でこれをサポートせよ。繰り返す……>

 シャトルの発進準備を進めてる間、ラクスの前には色紙を持った兵士達の行列が出来ていた。ラクスは、慣れた手付きで次々とサインしていく。それを感心す るように2人の付き人が見ていた。

「何で俺まで……一応、怪我人なんですけどね……」

「そう言うな……宇宙(そら)へ上がるなら、最近までザフトにいたお前さんがいる方が頼もしい。レンにも言われただろ」

 ラクスの付き人に変装しているバルドフェルドとハイネが小声で会話する。ラクスが宇宙へ上がる際、護衛役として二人が付いて来たのだ。

「うぅ……まだ傷が」

「我慢しろ。俺なんて、片手片足片目を失って生還した男だぞ?」

 何を自慢げに言ってるのか、ハイネはハァと嘆息した。やがて、兵士がシャトルの発進準備を終えたとの知らせを持って、やって来た。

 


「何や、誰も出迎えに来てへんのかいな」

 その頃、ピンクのリムジンで遅ればせながらやって来たミーア。アイドルのラクス・クラインがやって来たというのに、ちっとも出迎えが無いのでミーアは頬 を膨らませる。

「っんもう! アタシが来たっていうのにぃ!」

 どうやら、いつの間にかチヤホヤされるのが当たり前になっている様で、ご立腹のまま、基地内へと入る。

 が、基地に入っても出迎える気配は無く、更には目もくれない始末だった。

「なになにぃ〜! もう! どうして誰も……」

 と、そこでようやく彼女に目を留める者が現れ、意外そうな表情を浮かべた。
 
「え? ラ、ラクス様!?」

「どうしてこちらに?」

「え?」

 戸惑う兵士達に眉を寄せるミーアとマネージャー。そして、彼らの手にある、サイン色紙を見て、驚いてしまうのだった。

 

「ふむ……偽者の本物が来たようだね」

 レンは、基地のフェンスの上に座り、双眼鏡で管制室の様子を見ていた。服はザフトの軍服を着ており、その手にはスイッチらしき者があり、口笛を吹いて、 楽しそうな笑みを浮かべた。

「何もMSで出なくても、こういう工作をすればイチコロなのよね〜♪」

 

 管制室に入ると、マネージャーの男が叫んだ。

「あかんで! アレほんまもんや!」

「あぁん?」

 するとミーアが少し声を低くして呟くと、マネージャーはハッとなって慌てて言い換えた。
 
「あ……ちゃうちゃう! パチもんや! 名を騙る偽者やがな!」

 管制室にいた士官は、突然、ラクスそっくりな少女が現れ、驚いたが、滑走路を走るシャトルを見て、ハッとなり事情を察した。彼は急いで指示を飛ばす。

「シャトルを止めろ! 発進停止!」

 

<シャトルを止めろ! 発進停止!>

「すまんなぁ。ちょっと遅かったぁ」

 シャトルの操縦桿を握るバルドフェルドは、どうやら相手側に偽者――本物だけど――だと言うのがバレた事を察したが、笑みを浮かべる。コックピットに は、本来のザフト兵がロープでグルグル巻きにされ、口にガムテープを貼られている。

 ハイネは、パンパンと手を叩いて汚れを払うと、空いてる席に座る。

「悪いな。元同僚としては心苦しいんだけど」

 簀巻きにされてる兵士達にウインクして、ハイネはシートベルトを締める。

「さ〜て、では本当に行きますよ?」

「はい」

 さっきまで現在のラクス・クラインのイメージ通り、明るく振舞っていたが、今は本来通り、落ち着いた物腰で頷く。

 シャトルは滑走路を飛び立ち、空高く舞い上がる。それと同時に、基地にあるMSが一斉に爆発した。

「ほ〜。派手にやるな〜」

「昔っから、こういう妨害工作とか大好きだったからな……」

 天使のような笑顔で悪魔みたいな所業をするレンの高笑い聞こえるようで、ハイネとバルドフェルドは表情を引き攣らせる。

<ラクス!>

「? フリーダム?」

 その時、フリーダムが現れ、キラから通信が入る。フリーダムは飛び立つシャトルの横に並ぶようにして飛行する。

「キラ!」

「見送りご苦労さん。大胆な歌姫の発想には毎度驚かされるがなぁ。だがこれでOKかな?」

 笑ってキラに言うバルドフェルド。ハイネも、フッと笑みを浮かべる。が、モニターに映るキラの表情は、彼らとは対照的に不安顔だった。

<やっぱり心配だ、ラクス。僕も一緒に……>
 
「いえ、それはいけません、キラ。貴方はアークエンジェルにいてくださなければ……マリューさんやカガリさんはどうなります?」

<でも……>

 確かにバルドフェルドもキラもいなくなればアークエンジェルには、パイロットがいなくなってしまう。ワイヴァーンの人達もいるが、やはり自分達の艦は、 自分達で守らなければならない。

 しかし、大切な人を、自分の目が行き届かない場所へと送り出す事は、キラにとって、とてつもない不安だった。

「わたくしなら大丈夫ですわ。必ず帰ってきます。貴方の元へ。だから……」

 そんなキラの心情を察するラクスは、微笑んでそう言うと、バルドフェルドとハイネが冗談めかして割って入る。
 
「此処まで来て我が侭言うな。俺達がちゃんと守る。お前の代わりに命懸けでな」

「そういう事だ。お前は、まず地球でお前がやらなきゃいけない事をやれ」

<バルトフェルドさん、ハイネさん……>
 
「信じて任せろ」

「だから、そっちも頑張れ」

 真剣な2人の表情を見て、キラは決意したのかコクッと頷いた。
 
<分かりました。お願いします>

 するとフリーダムは減速し、シャトルとの距離が開き始める。
 
<ほんとに……を付け……ラクス……絶対……>

 画像が乱れ、ノイズ混じりの回線から届くキラの言葉に、ラクスは少し切なげな声を上げた。
 
「キラ……」

 船外カメラに映し出され、次第に小さくなっていくフリーダムをラクスは完全に見えなくなるまで見つめるのであった。




「ええい! みすみすシャトルを逃がすとは! すぐに本国へ連絡しろ!」

 MSの爆破工作にシャトルを偽者のラクスが強奪して逃げた事で管制室は大慌てだった。

 ミーアは、ジッと飛び立つシャトルを窓から見上げている。

<お〜かめかめかめかめ!!>

 その時、思いっ切り腰が砕けてしまいそうな笑い声が管制室に響き渡った。

「な、何だ!?」

「な、何者かが回線に入り込んで……映像出ます!」

「「「「「「「「ぶっ!!」」」」」」」

 映像が出た途端、そこにいた人間が全員、思わず噴き出した。垂れた目、真っ白い顔、ふっくらとした頬。日本原産のおかめのお面を被っているザフトの軍服 を着た人物が映った。

<私の名は、おかめ仮面! 先日、オーブの代表首長を攫ったひょっとこ仮面の親戚だ! ひょ〜っとことこ………間違えた。お〜かめかめかめかめ!!>

「な、何者だ、貴様!? 我が軍の兵士じゃないな!」

 っていうか、こんな奴が勇敢なザフトの兵士であって欲しくない。士官は、切にそう願うのであった。

<お〜かめかめかめかめ!! 良いでしょう。お教えしましょう>

 そう言うと、おかめの仮面を被った軍人は、面を取る。その下からは、とても今までの奇天烈な行動からは想像できない美男子が現れた。

<私の名はレン・フブキ。海賊、ワイヴァーンのお笑い担当兼パイロットだ!!>

「「「「「「(お笑い担当?)」」」」」」

 パイロットが兼用で、そっちがメインなのかと思わず疑ってしまうザフト兵士達。

<あ〜、お会い出来て光栄です。ラクス、様>

 すると、レンは何故かニヤリと笑い、様を強調してミーアに挨拶する。ミーアは、キッと目を鋭くし、毅然とした態度でレンに向かって言った。

「貴方ですか? MSを爆破したのは?」

<イエス。私の手にかかれば、これぐらいの工作は朝飯前ですよ。ラクス、様>

「どういうつもりで、この様な事をなさっているのです?」

<その言葉、そっくりそのままお返ししましょう>

「??」

<私が貴女の正体に気付いていないとでも?>

 そうレンが言うと、ミーアは大きく目を見開き口を押さえた。彼女は、レンが自分がラクスの偽者である事を知っているのだ。それもその筈だ。海賊ワイ ヴァーンはアークエンジェルと行動を共にしている。

 そして、本物のラクスはアークエンジェルにいた筈だ。なら、今、世間で大々的に扱われているラクスが偽者だと知っていても不思議ではない。

<まぁ、私は貴女には興味がない。胸は大きいから好きだけど…………ラクス、様。是非ともデュランダル議長にお伝え下さい>

 ニヤニヤと不敵な笑みで言うレンの言葉にザフトの兵士達は驚愕する。

<“私を敵に回した時点でD計画は崩壊する”、とね。よろしくぅ〜♪>

 バイバイ、と手を振って映像は切れた。ミーアは、ギリッと唇を噛み締め、真っ暗なモニターを睨み付けるのだった。






 〜後書き談話室〜

リサ「……………」

ルナマリア「どうしたの? 今年最初の投稿なのに不機嫌ね?」

リサ「別に……何でもありません」

ルナマリア「はは〜ん……お兄さんとエリィ先輩がラブラブだったんで機嫌悪いのね」

リサ「違いますっ」

ルナマリア「けど、あの人って怒らせると恐いのね……シンがボコボコにされたんだもの」

リサ「穏やかな兄さんを怒らせるシンさんがバカなんです。第一、シンさんがステラさんを返さなかったら、デストロイの被害は無かったかもしれないんです よ……まぁ、別のエクステンデットの方がパイロットになってたかもしれませんが」

ルナマリア「シンは、自分の間違いを認められないからね〜」

リサ「別に全て間違ってるとも思えませんが……」

ルナマリア「にしても、おかめ仮面って……」

リサ「他にもエビス仮面とか、般若仮面とかあるそうですよ?」

ルナマリア「あの人、シリアスになるにつれて暴走してない?」

リサ「否定できない事実が情けないです……」
感想

前回も言ったかも知れ無い所ですが、レン君が目立ち始めていますね。

オリキャラであるレン君はどうしても、誰なのか常に示していなければならないという欠点を抱えています。

感情移入する為に必要な事ですね。

ライトノベルの場合、説明は文中でかなりの部分を割いて行われます。

主人公は特に心理描写と過去描写で行われていきますからね。

オリキャラ主人公にはどうしてもライトノベル的なきっちりとした紹介と設定が必要になるということです。

この先を作っていくにあたり、徐々に明かされていく事とは思いますが、出来れば完璧でない事を祈っています。

感情移入は失敗や笑いといった人間性で補完される部分が多いので、強いキャラには人間性がつきにくいですから。

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>


眼堕さんへの感想は掲示板の方へ♪



戻 る

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.