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高町家の一日は常に忙しい。
夫婦が経営している喫茶店の翠屋(みどりや)の跡取りであるテンカワ=アキトが、高町夫婦の娘である美由希と共に営業を手伝っているものの、以前とそこまで忙しさが変わるわけでもなく。
夫婦もいい年であるため、負担が多少減ったくらいの実感しか持ち合わせないのが現実だろう。
ただし、厨房に関しては、高町桃子の弟子となってせっせと働くアキトの背姿が定着しており、“普通の人間”である桃子の負担を大いに和らげているのは過言
ではない。
夫婦の息子である高町恭也が郊外の山に館を構える月村忍の元へ婿入りしてからというもの、男手に困っていた店へ新たに投入されたアキトは、かつての魔導師
であった頃に習得した魔法をところどころで行使し、想像以上の働きを見せているのであった。
時には皆の疲れを癒し、時には何人にも分身して混雑する店を一人で切り盛りしたり。店を手伝っている美由希も呆れてしまうほどに魔法を行使しまくってい
た。
「「「「「いらっしゃいませー」」」」」
「あー、今日もアキト君は元気だね。今日は五人か」
「そうね、流石魔法使い。私達も負担が減って楽だわ」
「あはは、いいのかなぁ、これ…」
昼時の厨房には本体のアキトと桃子が。ホールには五人のアキトが、バーテンのような服を着用して歩き回っており、それを見た桃子と士郎の二人は感嘆の吐息
を漏らしていた。美由希は美由希で、この事態に未だ慣れないのか、呆れた笑い声を響かせている。
本体のアキトは白い調理服と帽子に身を包み、何事もないかのように目の前のフライパンに視線を向けている。視線の先のフライパンの上にはオムレツが乗っ
かっており、焼き加減に細心の注意を払っているのがその横顔から読み取ることが出来る。
『しかし、こういう人生もいいかもしれんな…』
アキトが高町家に入居した際にカムイが漏らした言葉には、呆れと共に穏やかな音色が混ざっていた。戦うために作られたデバイスでありながら、戦うためにで
はなく喫茶店を切り盛りするために。
デバイスとしてはあるまじき姿なのかもしれないが、カムイはむしろ魔導師時代以上にやる気を見せて働いているのは、自分自身がそういった働き方に生きがい
を感じているからなのかもしれない。
「「「「「いらっしゃいませー」」」」」
「アキト兄、遊びに来たでー…って、今日も繁盛してるなぁ」
白のタンクトップに短パンという、極めて薄手の服に身を包んだはやてが団扇を扇ぎながら店の扉を開き、続いて白い半袖のTシャツにジーパン姿のシグナムが
汗をダラダラと流しながら足を踏み入れる。
冷えた空気に当てられて、二人の顔が緩くなったものの、傍にやってきたアキトAの言葉に苦い表情を浮かべることとなる。
「いらっしゃい、はやて。今は満席だがどうする?」
見れば、カウンターからテーブル席まで、どこもかしこもサラリーマンや中学生で埋まっているではないか。
確か今の時期は、期末試験が終わって午前授業だけだったような…とはやてが過去の記憶を引っ張り出しつつも、このまま突っ立っていても始まらないだろうと
早々に決断を下すと、隣のシグナムを見上げて一つ頷く。
「なんや、大変そうやな。せや、シグナム。手伝おっか?」
「…わかりました」
こういったことは過去に何度か経験している。シグナムとしては過去に何度も世話になっている翠屋に対して恩を返すことに何ら反対意見は浮かばない。
数ヶ月ぶりに足を運べたとはいえ、手伝いをすることが嫌いというわけでもなく、むしろ騎士である自分達は食事を摂る必要もないので、手伝った方がより、恩
を返すことに繋がるのではないか。
ただ、メイド服を着せたがる主人の意向に沿わなければならないのは非常に複雑な心境である。自分自身も楽しんで着用するため、羞恥心が多少和らいでくれる
のが唯一の幸いか。
「すまない、助かる。ほら、これで拭け。先に店の二階でシャワーを浴びて来てくれ」
「ありがとなー、アキト兄。ほな、行こか?」
「はい」
風邪をひいては拙いと思ったのか、アキトはパンツの後ろのポケットに入っていたハンカチを二人に渡すと、すぐさま別の客に呼ばれて背を翻す。
一枚ずつ白いハンカチを受け取った二人は、額と首筋に溜まった汗を拭ってから店の厨房横に足を踏み入れると、休憩所らしき十畳ほどのフローリングに出る。
休憩所の中央には木製のテーブルが、更に部屋の奥には二階へと続く階段が設置されており、はやてとシグナムの二人はそこを上がり、喫茶店の上に増設された
アキトの家へと足を踏み入れる。
家といっても扉があるわけでもなく、3LDKの物件がそのまま増設されただけなので、玄関の位置が階段になっただけというわかりやすい構造だ。
二人は階段を上り終えて廊下に出ると、一番手前左手に設置されたドアを開けて中に入り込む。
細い道の斜め右に手洗い場、奥の右に洗濯機、左に風呂のドアが、突き当りにはクローゼットが設置されており、二人は洗濯機横の白い籠に着ていた服を投げ入
れ、慣れた手つきで洗濯機を作動させ、クローゼットの中からいつものようにメイド服を取り出す。
そして、メイド服を籠の横の棚に置いてから風呂のドアを開け、中へ足を踏み入れるのであった。
◇
「いやぁ、今日は本当に助かったよ。はやてちゃん、シグナムさん」
「お役に立ったなら良かったですー。私らも昔はしょっちゅうお世話になってましたし、このくらいのことなら大歓迎ですわー」
「あら、嬉しい事言ってくれるのね」
閉店後の店内で、メイド服のはやてとシグナムがカウンター席に腰掛けていると、片づけを終えて奥から姿を現した高町夫妻に労いの言葉を貰うが、はやては別
段気にする風でもなく後頭部を手で掻きながら返す。
太腿の上の方までしか隠さない茶色のプリーツスカートから伸びる生脚は非常に人気が高く、客寄せとして申し分ないものの、履いている本人…シグナムの方は
慣れないのか、疲れた様子で突っ伏していた。
「でも、本当に良かったの? 久々の休日にお手伝いなんて…松っちゃんがいなかったとはいえ、回せないこともなかったのよ?」
「んー、いや、家にいてもやることないし、別にええんですよ。何より売れ残りのケーキが貰えますもん」
「ハハッ、そういうことだね」
「すみません、我が家の主があざとくて…」
「いや、それくらいのお礼は当然だよ。むしろ足りないくらいだ」
「あ、足りないならアキト兄貸してもらえます? ちょっと局の方でパーティがあってなぁ…」
「―――ん? 呼んだか?」
と、アキトの名前が出たところで厨房の奥から本人が姿を現し、二人の正面に移動する。手にはバインダーと数枚の紙が挟まれており、そこには材料の名称が一
面にプリントされていた。
どうやら材料の在庫のチェックを行っていたようで、それを桃子に渡すと、ぱらぱらと捲って最終確認を行う。
「ええ、オーケーよ。発注は掛けた?」
「はい。ちょっと量が多いんで明日の一便と二便で分けておきましたけど、いいですか?」
「そうね…今日は混んでたから仕方ないわ。じゃ、明日もお願いね」
「はい」
「二人も今日はアキト君の家に泊まっていきなさい。歓迎するわよ、彼が」
「高町家に泊めた方が…いえ、なんでもないです、はい」
ボソッと漏れた呟きに返ってきた視線の強さにこれ以上何も言えず、弱腰でただ頷くだけのアキトに士郎と二人は苦笑を浮かべるしかない。
現在の高町家の序列は、桃子>士郎>美由希≧アキトのため、一番下のアキトは肩身の狭い思いをしているのだが…それを理解して婿入りしたとはいえ、時々泣
きたくなるときがあるそうな。
「さて、それじゃ俺達は家に戻ろうか」
「ええ。アキト君、明日も頼むわよ」
「はい」
明日の仕込みも既に終え、後は帰るのみ。何よりも今日は疲労が溜まったため、いい年の夫婦としては早く布団に入りたいのだろう。
先に上がった美由希に続くように二人も翠屋を後にして、残ったはやてとシグナムはアキトに出されたホールのショートケーキを貪り食い始める。言い方は悪い
が、それほどアキトの腕が上達したことを示しているのだ。
松尾さんや桃子を師としている身にしてみれば、もう少し上達の速度が上がってもいいのだろうが…それでも、味見役の反応から着実に上達していることを実感
し、普段から硬い頬が緩んでいた。
「もぐっ、もぐっ…ほへひひへほ…」
「何を喋っている? ちゃんと飲み込んでから話せ」
「ん…んぐ。それにしてもアキト兄?」
「何だ?」
リスのように頬を膨らませたはやてに呆れつつも水を出してやると、勢いよく冷や水で中身を胃に流し込んだはやてが、神妙な表情を浮かべて話を切り出す。
あまり良くない内容かと判断したアキトは、若干構えつつもはやての瞳をじっと見詰め返す。
シグナムは話の内容に興味があるのかないのか、気にせず八等分に切られたケーキの一つを、フォークとナイフで挟んで自分の皿に運んでいた。果たして空気が
読めないのか、鈍感を装っているのか。
「ええ加減同居すればええのに。そんなに納得いかへんの?」
「ん…そうだな。松尾さんと桃子さんに合格点を貰ったらミッドチルダに帰るさ。それまでは修行修行だよ」
「話はわからないこともあらへんけど、ヴィヴィオがさびしがっとるで? パパと会いたい〜って」
現在アキトは管理局を辞めており、ミッドチルダにも住居はない。嫁であるなのはは六課解散後も、相変わらず教導隊の仕事でこちらには帰ってくる暇もないと
いう。
はやてはというと、六課解散後はフリーの特別捜査官として動いているため、仕事量をある程度ならコントロールすることが出来る。今回の休暇も少しリフレッ
シュしたかったからだ。
数ヶ月の時間を経て、自身が六課にいた頃の反省と体を休めることの二つの意味を込めて取った休暇。まだ数日残っているとはいえ、どうにも童心に帰りすぎた
のか。
アキトははやての追及に苦笑を浮かべつつも、シグナムの頬に付いていたクリームを指で掬って口に運ぶ。
「む…」
「もう少し経ったら会いに行く。でも、今は向こうもまだ忙しいだろう? 地上の再建も完全とは言えないし、そんな中で向こうに押しかけても迷惑さ」
「そないなこと気にしてたらいつまで経ってもあえへんで?」
「そうだなぁ。でも、今は店の方が忙しいし…もう少し落ち着いた―――」
と、アキトが肩を竦めながら答えていると、閉店の看板を提げた店のドアが開き、三つの人影が姿を現す。
一人は金髪の成年女性、彼女が肩を貸しているのは栗色の髪を持つ女性。最後に、二人の後ろから申し訳なさそうな表情を浮かべながら店に足を踏み入れる金
髪・オッドアイの少女。
栗色の髪の女性は、俯いたまま口を開くことはなく、様子がおかしいことが一見して判断できた。
ともあれ、三人の姿を視界に入れたアキト達は、唐突に現れた、本来いるはずのない女性達の姿に呆然とする。
「なのはちゃんにフェイトちゃん、ヴィヴィオまで…?!」
「高町、テスタロッサ…?」
「何で、三人が…」
即座にカウンターから立ち上がったはやてとシグナムが近づき、アキトも続いてカウンターを出る。
金髪の成人女性、フェイトは苦笑を浮かべたまま、空いている右手で頬を掻きながら三人に挨拶する。
「こんばんは、はやて、シグナム。アキトさんもお元気そうで何よりです」
「パパ、こんばんは。はやてさん、シグナムさんもこんばんは」
「おお、久しぶりやな〜、ヴィヴィオ。ちょお見ない内にまた大きくなっとる」
「ああ…三人とも、久々だな。―――で、フェイトの肩を借りてるのはうちの奴か」
何があったかはわからないが、ここにやってくるまで大分体力を消耗したのだろう。顔を上気させている制服姿のフェイトから女性…妻であるなのは(こちらも
制服姿)を預かると、その揺れでようやく目を覚ましたのか。
気付いたなのははゆっくりと目を開けると、自分の肩に手を回しているアキトにゆっくりと視線を向けつつ、しゃっくりとげっぷを店内に響かせる。
何杯飲んだのだろうか、直後に皆の鼻腔を貫いた酒の臭いに誰もが顔を歪めたが、本人はそれがどうしたと知らぬ顔で、呆然とアキトを見詰めていた。
「あ…アキトしゃん?」
「ん…お前飲み過ぎだ。一体何杯飲んだんだか」
「一升瓶は空にしてましたね…」
「そんなにか」
「ぅぅ…アキトしゃぁん…」
フェイトの言葉に顔の歪みを深めたアキトは、段々と泣き顔になってゆくなのはに嫌な予感を隠し切れず、早く布団にぶち込むべきだと決断する。判断を誤れば
碌な事に…店内がスターライトブレイカーな状態(意味不明)になりそうだ。
アキトの状況判断は正しく、なのはの目に涙が浮かんだと思ったら盛大な泣き声を店内及び翠屋周囲に響かせる。
「あ、あ、アキトしゃああああん!!!」
「わ、馬鹿、泣くな!」
近所迷惑もいいところだ。即座に防音結界を発動した(色々と使う機会があるので慣れているのだ)アキトは、首筋に抱きついて泣き続けるなのはをあやしなが
ら困惑の視線をフェイトに向ける。
フェイトもアキトの意思を読み取ったのか、なのはを挟んで反対側に立つヴィヴィオにこの場を後にするよう遠まわしに告げる。
「えっと、なのはは私達が何とかするから、ヴィヴィオははやてとシグナムの二人と一緒に先にお風呂入っててくれる?」
「いいの、フェイトママ?」
「うん。…二人とも、お願い」
流石にいきなり現れてアキト一人に放るのは拙いというのははやてとシグナムにも理解できたようだ。
別段気を悪くするのでもなく、ヴィヴィオに手招きして一緒にその場を後にする。
「ええってええって。これを見れば事情はすぐわかるもんな」
「ヴィヴィオ、風呂上りにケーキでも食べるか?」
「いいの、シグナムさん?」
「ああ、丁度御腹一杯になっていたところだ。食べてくれるか?」
「はい、ありがとうございます」
シグナムもあまり口数が多くはないものの、この状況にヴィヴィオを置いておくのは良くないことだと理解しているのだろう。
はやてと共に世話を焼きながらその場を後にして、階段を上がる。そして、アキト達の視界から消える直前に一度だけ後ろを振り向いてから、何事もなかったか
のように階段の上へ消えてゆく。
その横顔が苦笑に染まっていたのは錯覚ではないだろう。こんななのはを見るのはシグナムでも初めてなのだ。
「ふええええん! アキトしゃああああん!!」
「…で、こいつはどうしようか」
「と、とりあえずリビングに運び込みましょう。ケーキは私が片付けておくので…お願いしていいですか?」
「ああ、すまない…」
真っ赤に染まった顔で涙を流すなのはに呆れつつも、フェイトの心遣いに感謝して、なのはをお姫様抱っこしてから先に二階へと上がる。
増設された新たな我が家に戻ると、既にヴィヴィオ達は浴室に姿を消したらしく、それに安堵しながら未だに泣き続けるなのはをあやす。
「うわああああん!!」
「はいはい、なのはちゃんは泣き虫でしゅね〜」
「わらひは赤ん坊らないです〜!」
「赤ん坊は皆そういうんだよ」
「いいましぇん!」
狙っているのか天然なのか、アキトははいはいと右から左に聞き流しつつ二人の寝室へとなのはを運び、ダブルベッドへと寝かせて制服の上を脱がせる。ピンク
色のブラジャーが白いワイシャツから透けて見えるが、初めて見るものでもないので羞恥心は浮かばなかった。
当のなのははアキトの余裕の見える態度が気に入らないのか、ぷくーっと頬を膨らませて不満を顕にして子供のように四肢をばたつかせる。
「あきとしゃんが子供扱いしゅる〜!」
「どんどん退行してるじゃないか。いい加減寝なさい。明日聞いてあげるから」
我を忘れるまで飲むとは、いつものなのはらしくない。尤も、言葉の節々を読み取ると何があったのか想像できなくもないが。
しかし、今日一日で大分疲れてしまったアキトとしては、この状態のなのはの相手をしてやれるほど体力的にも余裕があるわけがない。
まるでお母さんのようになのはをあやしつつ、ベッド脇に用意してあった、水の入った洗面台とタオルを見つけて水に浸す。はやての指示でシグナムあたりが用
意したのだろう。
真っ白なタオルを絞って長方形を作ってからなのはの額に置いてやると、暴れていた四肢がすぐさま収まり、直後に吐き気を伴った吐息が寝室に響き渡る。
「あー、うー…あー…」
「ったく、酒に飲まれるとは“白い悪魔”も形無しだな」
暴れたせいでまた意識が朦朧としてきたのか。なのはの新たな一面を見れたことに喜びつつ、なのはの右で横になり、髪留めを外してから広がった髪を優しく撫
で始める。
「“白い悪魔”じゃらいもん…」
「いつか“悪魔でいいよ”とか言ってたのはどこの誰だったか」
「う〜…」
四肢を力なくベッドに伸ばし、アキトの手を甘んじて受けるが、その目の端には涙が浮かんだままだ。夫の容赦ない言葉に反論することも出来ないらしい。
アキトはそんななのはの態度をいつもよりも可愛く思え、頬を緩ませつつ調理服を脱ぎ去る。
下着の黒いシャツとボクサーパンツとなったアキトは、なのはの頭を抱え、自身の胸の中へ苦しくならないよう気を付けながら招き入れる。
そして、首筋を右手で、左手で後頭部を撫でながら、アキトはようやく本題に切り込んだ。
「どうした、何かあったのか?」
「なんでもないでしゅよ…」
「…寂しかったのか?」
「………」
半目を開けたなのはは、アキトの指摘にダンマリを決め込むものの、いつの間にかアキトの背中に回された両腕を離すまいと、腕に込める力を強めた。
なのはの反応から全てを確信したアキトは、やれやれと鼻息を吐き出して後頭部を抱きかかえる。こういうとき、年上は優しくしてあげなさいと桃子(エリナに
もだが)にアドバイスを受けていたのだ。
「まったく、電話の一つでも寄越せばいいのに…明日はどうするんだ?」
「もう辞めましゅ…」
「いい加減口調を戻しなさい。それと、辞めるっていうのは感心しないな」
二十歳の身に別居は厳しいものか。しかも新婚。
一回りと少し離れているとはいえ、アキトも多少寂しい気持ちがないわけではない。が、その事を悲観するわけでもなく、むしろユリカとの恋人の頃のようにひ
たむきに前に向かって走り続けており、目標が見えている。
だからこそ、なのはに向ける視線が疎かになってしまっていたのかもしれない。電話の一つでもと言うが、それならば向こうの心の動きを敏感に察知してこちら
から行動を起こすというものが年上だろう。
アキトは自身の不注意に自嘲するが、すぐさま意識を切り替えてなのはに謝罪の意を示す。
「ごめんな、気付いてやれなくて。こういうの、年上がフォローするべきだったな」
「…むぅ」
「だから、今日は何でも聞く。どうして欲しい?」
「…なら、ぎゅうってしてください」
辞めると言ったのはなのはなりの我が侭を伝えようとしただけだろう。一旦体を離し、なのはの上に覆い被さる形で見詰め合うアキトは、両手を広げながら懇願
する妻に、彼もまた微笑んで答えるのであった。
なのはの顔が真っ赤で、落ち着きを保てないほどにアキトの心には落ち着きが訪れていた。それは今も昔も変わらず、人生経験と自身の中にある嗜虐性癖故なの
かも知れない。
◇
一方…。
「はぁ…」
ケーキを片付け、ヴィヴィオがはやて達となのはの自室(こちらにもダブルベッド設置済)で寝入ったのはいいのだが、自分の寝る場所がないことに気付いてし
まったフェイト。
彼女は制服の上とタイトスカートをソファーに投げ捨て、ワイシャツのボタンを上から二つほど外してから、手持ち無沙汰の様子でリビングの椅子に腰掛けてい
た。
ソファーで寝るのは構わないが、長時間ソファーに横たわっていると体勢的に筋肉痛になりかねない。今日はもう少し時間をつぶしてから寝た方がいいだろう。
ワイシャツの上と下半身には黒い下着が顕になっているが、別に見られたところで困る相手はいないので問題はない。
「それにしても、お嫁さんか…」
幼馴染の三人の中で恋人を見つけたのはなのはだけだ。しかも年上で昔から頼りがいのあるアキトともなれば、当然好意が向かうものだが…。
アキトと比べると、悲しいことだがユーノはひ弱過ぎるというか、別にユーノが頼りないとかそういうわけではないのだが、どうしても比べてしまう部分が出て
くる。
はやても以前その話をしたら苦笑を持って返され、微妙な空気が流れてしまったのだ。…やはり、初恋を早々に諦める事は無理だろう。
「でも…」
寝室から僅かに漏れてきたなのはの嬌声とアキトの荒い息遣いを耳にしてから、体の芯が火照ってしまっている。フェイトもなのはに釣られて飲みすぎてしまっ
たらしい。
自身の下半身、下着の内側に両手の指が向かうのを自覚しながらも、それを止めようとは思わなかった。
親友と兄のような男性、二人の性行為を耳にしながら、フェイトもまた自身の内側で燃える炎に身を委ねるのであった。
<完>
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