フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。
彼女はアリシア=テスタロッサの模造品にして、アリシア=テスタロッサになりきれなかった失敗作である。
彼女はフェイトとしての心を持ち、プレシアは彼女にアリシアを望んだ。
だが、互いの心が繋がる事は終ぞ訪れなかった。
それは、哀しい必然。
カップリング記念SS〜「彼と彼女の出会い」〜
「ぅ…」
フェイトが目を覚ましたのは一体それから何時間後の事か。
うっすらと開いた瞳には、水平線の向こうに消えていこうとする夕日が見えた。
夕日の下には自分の方へ行ったり来たりする水が見え、ここが海である事を示していた。
次にフェイトが感じたのは、自身の口の中に入った砂と右腕の左足の痛み。
「―――」
そこでフェイトはようやく沈んでいた意識を取り戻し、ハッとなってうつ伏せに倒れていた体を起こす。
砂を吐き出し、消えない口の中の不快感に顔を顰めながらも立ち上がり、周囲に視線を向ける。
(ここは…)
自分は先ほどまで戦闘機人の違法プラントにいたはずだ。
なのにどうしてこんなところにいるのだろうか。
思い出してみる。
―――そうだ。被疑者が何かの装置を作動させて自分をどこかに飛ばしたのだ。
それはきっと自身の脱出用のために用意していたものなのだろう。
だが、それを先に押さえ込んだフェイトを逆にどこかに飛ばした。
直前に制御装置の大半を破壊していたため、結果としてわけのわからない場所に飛ばされてしまったのか。
(……バルディッシュも無い)
BJは纏ったままだが、相棒がいないということは自分だけがここに飛ばされたということなのか。
そういえば飛ばされる直前、体に走った電流のせいで手放してしまったような覚えがある。
…となると、簡単な魔法しか使えない。
一応、右腕と左足に簡単な治癒を施しつつ改めて周囲を見やる。
一体ここはどこなのか?
周囲を見ても家一軒見当たらない。
防波堤もない。無人世界か、はたまた整備されていないのか。
どちらにしても捜索班が自分を見つけてくれるのを待つしかない。
転送魔法も使えない現状では、とりあえず雨風を凌ぐ場所が必要だろう。
人の気配もない、動物の気配もない。
水色の綺麗な海の中には魚が見えるが、それはまぁ、別としよう。
フェイトは波打ち際から離れ、右腕と左足を庇いながら、陸の方へとゆっくりと歩を進める。
患部の痛みは引いたが、それでも腕は折れたままだ。あくまで麻酔程度にしかなっていない。
恐らく、この世界に落下して来た際に折ったのだろうが、よくもその衝撃で起きなかったものだ。
ああ、なのはやヴィヴィオが心配するだろうなぁ。アルフも…帰ったら怒られそう。
ざっざ、と足音を立てて歩みつつ、僅かに微笑を見せる。
任務も失敗、現在の居場所もわからない。
こうなればもう、開き直るしかなかった。
そして、波打ち際から100メートルほど陸地に進んだところで、彼女は溜息を吐いた。
眼前には鬱蒼と生い茂る…わけではないが、林が存在する。
そして、林の向こう…現在地から20メートルほど先に、1軒のペンションが建っていた。
茶色の屋根に白い壁の二階建てのそれは、人一人が住むには大きすぎるサイズであった。
恐らくは数人人が住んでいるのだろうが、今のフェイトにはそれを確かめる術がない。
(……行ってみよう)
先ほど捕縛しようとした研究者のセンスとは明らかに違う。
ならば、やはりここは全く関係のばい場所だろう。
となると、申し訳ないが今日はここに泊めてもらうよう頼み込むしかない。
図々しいとは思うが、他には建物がない状況ではどうしようもない。
魔力も底を尽きつつある現状では飛んでいく事すら厳しい。
おまけに暑い。夏のせいなのか南国なのか知らないが、汗がだらだらと流れてくる。
そう判断し、フェイトがその建物に向けて足を踏み出そうとした瞬間。
―――その後頭部に、ゴリッとした音を立てて、何かが押し付けられた。
「―――!」
全く気が付かなかった。
近づかれた事に。
音もなく、気配すら感じさせず。
咄嗟に振り向こうとしたが、フェイトの体は生存本能が働き、体を右横に飛び出させた。
直後、その場に腹に響くような重い音が響き、砂の中に一発の銃弾を埋め込む。
「クッ…!」
「……?」
だが、無理に横っ飛びしたことで折っていた腕と足に痛みが戻り、悶絶してしまう。
それに向こうも気が付き、訝しがる空気がフェイトにも伝わってきた。
フェイトはそこでようやく自身を撃とうとした相手の顔を見やる。
「―――」
「何だ、お前は…?」
訝しがる彼の声が聞こえているのかいないのか。
恐らくは聞こえていないのだろう。
全身を黒く染め上げるスーツに、黒い手袋。黒い銃。彼が銃を向けている事など、まるで気にならなかった。
フェイトの瞳には、眼前の男性の深く、暗く、そして呑み込まれそうな闇を見てしまったから。
まるで、全てを見透かされそうなほどに深く、同時に若くしてこんな瞳は出来ない事を実感する。
偶にこのような人物は見たことがあるが、眼前の彼は格が違う。
全てに絶望し、諦観した瞳。
「……答えろ、お前はどこの所属だ?
ネルガルか?クリムゾンか?アスカか?」
「え……」
「統合軍か?火星の後継者か?…まさかとは思うが、連合軍か?」
そこで我に返るが、彼の言っていることが理解できない。
まるで聞いた事のない組織ばかりで、ここが自分の知っている世界とは全くの別物だと解釈させられる。
だが、ここで答えねば向こうに誤解されたままになってしまう。
「私は、時空管理局本局所属執務官、フェイト=テスタロッサ=ハラオウンです」
「時空、管理局…何だそれは?」
「……やはり…」
どうやらここは管理局の力の及んでいない世界なのだろう。
何ということか、そんなところに自分は飛ばされてしまったのか。
「妄言は止めておけ、ここでお前を殺す事になる」
「妄言なんかじゃありません…」
確かに全く聞いた事のない組織名を挙げられて信用しろというほうが無理だ。
仕方なく近くの木の枝に向けて手を掲げ、魔力弾を放つ。
魔力弾は木の枝を折り、そのまま空中で霧散していく。
「…暗器か?」
「魔法です…信じてもらえないでしょうが」
「……」
眼前の彼はその光景に僅かに眉を上げるが、あくまでもこちらへの警戒は崩さない。
下手な行動を取れば確実にこの場で殺される。
まさか、魔法を理解していない人間相手に怪我を負っているとはいえ圧倒されるとは。
「……これを」
「…アメリカ人?」
更には懐から管理局の身分証を出して彼に手渡す。
彼はゆっくりとそれを手に取り、銃を向けたままそれに目を通すが、読めないのだろう。
「…私は地球人です」
「…なるほど。なら教えておくが、ここは地球だ。
だが、君の言っている時空管理局などどこにも存在しないし、ましてや連合軍を知らない人間などいやしない。
例えば、文明の閉じた南アフリカの少数民族で無い限りな…」
「………」
地球。その名称は非常に嬉しい。
自分の知っている星であり、同時に人がいるということだから。
だが、ここは違う地球という事か。
ならば信用を得ることが非常に難しくなってくる。
似て非なる世界です、などと説明して信じる事など誰が出来ようか。
「……とはいえ、軍の特殊部隊やSSにしてはあまりに落ち度がある。
服装、気配、武装、あまつさえ一人でここに踏み込むという愚行。
何より負傷している状態でこの場にやってくる理由がわからない。
海からやってきたかと思えば潜水道具の痕跡もない、濡れてもいない、船もない。
空からにしても同様だ。まさか地中を掘ってきたなんてオチはないだろう」
「…」
「信用する気はない。だが、あまりにもお前…君の現状はおかしい。
それに先ほど見せた…魔法か。あれもどうやらレーザー兵器とは別物のようだしな」
そこで彼はようやく銃を腰のホルスターに戻し、淡々と自身の考えを述べる。
銃を収めてくれたことに感謝して、安堵の溜息を吐くが、彼の表情は全く変わらない。
「返り討ちにすることは簡単だが、ここで見殺しにするのははばかられる。
何よりアカツキが文句を言ってきそうだからな…」
「アカツキ…?」
「……」
気になった単語に思わず問い返すが、彼は何も答えない。
答えぬまま、こちらの体に手を伸ばし、脇と膝の後ろに手を回し、お姫様抱っこされてしまう。
「え、え…?」
「……君が何者かは後で聞こう。
だが、非常時の治療用ナノマシンすら持っていない事実が君の言う事の信憑性に逆に拍車をかけている。
俺を信用させて暗殺することを目的にしてもあまりに未熟すぎる」
鳶色の瞳と表情は相変わらず淡々としている。
それは彼にとっては事実の確認にしか過ぎず、こちらの存在も道端に落っこちている石ころのようなものでしかないのだという事を表していた。
寂しい瞳。
多分、彼は独りなのだ。
何故か、そう確信できる何かを実感していた。
温かい腕は、こちらの痛みを酷くしないよう、優しく。
歩く事による衝撃を強くしないよう、ゆっくり、極力上下させずに。
その気遣いに、感謝しつつ、急激に襲ってきた眠気に意識を落としてしまう。
それはきっと、彼の温かさに安心してしまったせいなのだろう。
次にフェイトが目を覚ましたのは、ペンションの2階部分。
客間なのかどうかは知らないが、ベッドのすぐ横から臨む夜空は星に溢れていて、負傷した腕と足を固定されながらも幻想的な気分にさせられる。
部屋の中はベッド、ベッドの傍のミニデスク、ベッドの対角線側の壁には通常サイズのデスクが。クーラーも一応取り付けられている。
それだけの簡素な部屋で、生活力はまるで感じられなかった。
それから5分後、ぼうっとしていたフェイトの部屋に現れたのは白衣の女性。名をイネス=フレサンジュという。
フェイトは治療に1週間ほど掛かる事、そして幾つかの質問を行い、フェイトもそれに正直に答えた。
彼女は何故か、義母であるリンディ=ハラオウンと同じ空気を感じたからだ。
ともあれ、フェイトは時空管理局、魔法、自分が任務の途中に飛ばされてきたことを説明すると、イネスという女性はしばし考え込みつつ持っていたカ
ルテに色
々と記入していく。
そして、フェイトの言う事が嘘でないということを理解し、この世界の事を説明すると、フェイトはうなだれるしかなかった。
2200年代の地球。フェイトたちが住んでいた世界とはあまりにかけ離れている事実。
連合軍、統合軍、まるで知らない組織。
だが、捜索班が発見してくれる事を信じて、ここは待つしかない。
イネスはそんなフェイトに微笑みつつ、その場を立ち去る。
回復するまでの世話はアキトに看てもらえと言い残して。
「どうやら終わったようだな」
「………あ」
イネスが出て行った後、次に入ってきたのは先ほど自分を助けてくれた青年。
服装はスーツから黒い長袖のシャツに、黒いパンツと、先ほどと変わらぬ黒さだが、中身は歴然の差だ。
彼はこちらの傍までやってくると、ベッドの傍の椅子に腰掛けてこちらをじっと見つめてくる。
「ドクターが認めたというのならば信じるしかない。世話をするというのは何だが、帰り方もわからない現状では大人しくしていたほうがいいな」
「はい…すみません、お手間をかけて。……アキトさん、ですよね?」
「ん?……ああ、名乗っていなかったか。テンカワ=アキト。表ではマシル=ランで通っている。どちらでも好きに呼べ」
「はあ…それじゃあ、アキトさん。これからしばらくご厄介になります」
「全くだ」
アキトはこちらの言葉を額縁どおりに受け取ったのか嫌味なのか、眉1つ動かさず答える。
それに気まずくなるが、直後にアキトが椅子から立ったことで空気が変わる。
「今日はもう寝ろ、夜も遅い。俺ももう寝る」
「あ、はい…お休みなさい」
「………」
こちらの言葉に何も答えず、アキトは足音を立てることなく部屋の電気を消して出て行ってしまう。
どうやらまだ警戒されているようだが、それも仕方のないことか。
あの様子ではどう見ても恥ずかしがっているようではない。
「……ふぅ」
暗くなった部屋の中、閉じた窓の向こうを見やる。
なのはたちを心配させてしまっていることには申し訳が立たないが、しばらくは体を休めることしかできない。
こちらの現在位置を教える事すらできない現状では、そうすることが最善なのだから。
とはいえ、今日は疲れた。ゆっくり休もう。
再度襲ってきた眠気に、眠ってばっかりだと太っちゃうかな…と馬鹿なことを思いつつ、意識を落とす。
そして、完全な眠りに就く直前、浮かんできたのは助けてくれた彼の顔であった。
<完>
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