「「………」」
2人は喋らない。否、それは正確な答えではない。
アキトは喋らない。フェイトは喋れない。
アキトの無言は、喋るなと言われているようで。
フェイトは横に並んで歩くアキトの横顔を見やるが、アキトは無視して歩を進めている。
一体どこに向かっているというのか。散歩にしては行き先がはっきりした足取りだ。
こうして、ペンションを出てから歩き続けて10分ほど。
波打ち際を歩く2人は、夏の暑さを身に受けながら砂の上を進み続ける。
そして、その先で2人が辿り着いたのは。
「……これは」
「………」
とある小高い丘。
眼前の海を見渡せるその場所に、小さな墓標が存在した。
アキトは目の前の墓を、瞳を僅かに細めたままじっと見つめるのみで、何も答えない。
英語で書かれているため、フェイトにもその名を読み取る事ができた。
ラピス=ラズリと。
瑠璃の英名が、そこに刻まれていた。
カップリング記念SS第3弾「過去と絶望」
「…この人は…?」
「……俺の、昔の道具だ。元々欠陥があった体だった。
そして、俺の戦いが一区切りついたところで息を引き取った」
「道具…」
無表情のまま、アキトは淡々と告げる。
だが、フェイトにはそれが、その言葉に隠された想いに気づく事が出来た。
アキトは元々嘘が下手だ。
無表情と無愛想が同居しているが、それは本心を隠すための仮面だと、フェイトは気付き始めていた。
それに、そもそも道具と切り捨てるのならこんな場所に墓を作ったりはしないだろう。
「この子は、コピーだった。…クローンだった」
「クローン?」
「そうだ。ある企業がある特異な力を持った人間を超える為に作った。
…そう、たったそれだけのために」
「………」
クローン。それは、フェイトにも当てはまる言葉。
フェイトはアリシア=テスタロッサの遺伝子を使用して作り出された人造生命体。
それ故に、目の前のラピスという人物に親近感を抱いた。
まだ、アキトが何も話してくれていないというのに。
「ホシノ=ルリ。俺の義理の娘は、IFS強化体質者と呼ばれる存在だ。
その子は類稀な電子操作技術を持っていて、今でも一部では危険視されている。
彼女がやる気になれば、世界経済を破綻させることすら不可能ではない」
「……そんなに」
「それ以上に戦艦のオペレーターとしての技術に優れていた彼女は、有効な戦術兵器としても認知されていた。
だからこそだろう。彼女に対抗する存在を作り出そうと考えたのは」
十字架を見つめたまま、アキトはどこか別の場所を見ている。
今はもう届かない過去か、それともまた別の何かか。
「ラピスは、あの少女は、そんな企業の欲望の果てに生み出された。
そして、更に別の組織に誘拐され、人体実験を受けた結果、人としての感情も喪った」
「……っ」
感情を無くした。
それは、かつてフェイトがプレシアに見捨てられたときのようにか。
目の前が真っ暗になって、絶望しかなかったあの世界に、あの世界の住民になってしまったというのか。
無表情で、言葉に生気すら感じさせないアキトは、きっと自分の感情を殺す事で出来うる限りの客観的な事実をフェイトに伝えようとしている。
「最終的に俺たちネルガルのシークレットサービスが救出し、俺のパートナーとして利用した。
そして、ある組織を潰してから1年後に死んだ…」
「……」
「元々、ラピスと俺の協力関係はその組織を潰すまでの話だった。そして、その関係が終わっただけ。それだけの事だ」
「…アキトさん」
違う。違うと言ってやりたい。
そんな哀しそうな、怒りを秘めた瞳で言われても信じられるわけがない。
握り締められた拳が、掌の肉を引きちぎろうとするまでに力が込められているではないか。
だけど、フェイトはアキトの過去を殆ど知らない。
否、全てを知らないに等しいものなのだ。
「俺も、あいつらと同じだ。自分の利益のために、あの子を利用した」
「…私と、同じですね。その、ラピスさんは」
「………?」
だから。
この人には、教えておこう。
その立場であった者が、どういう想いで過ごしていたのか。
「私もクローンです。性格には人造生命体という奴ですが」
「君も…?」
「はい」
ハッとなり見つめてくるアキトに、フェイトは寂しげな笑いを浮かべて自身の過去を話す。
プレシアが望んだアリシア。だが、生まれてきたのはアリシアと同じ姿形を持っただけの偽者であったこと。
プレシアは偽者であったフェイトを憎み、捨て駒として使い捨てたこと。
「だけど、私は幸せでした。母さんが私を認めてくれなかったとしても、あの
時間は嘘
じゃなかったから」
「それは君の境遇だからだ。あの子はきっと、こんな生き方を望んではいな
かった」
「望んでいないのはアキトさん、貴方の方ですよ。その子はアキトさんと一緒
に居て幸
せだったと思いますよ。
…貴方が罰を望んでいるだけです」
「違う!――あの子にはそういう感情すら欠如していたんだ!
…それすらも、拒否する事すらあの子は知らなかった!あの子は、流される
ままの人
生だったんだ!」
「……それでも、私にはわかります。それに、こんないい場所に眠らせても
らって、嬉
しいはずがないじゃないですか」
「………お前に、何がわかる!」
その、全てを理解しているかのようなフェイトの言葉が気に入らなかったのか。
アキトは「君」ではなく、初対面のときのように「お前」と呼び、フェイトの胸倉を掴む。
顔は怒りとやりきれない哀しみに染まっており、呼吸は僅かに上がっていた。
「あの子は外の世界も知らなかった!
容器の中で生まれて実験体として生かされ、普通に生きる事すら1日もなく、挙句の果てに俺みたいな人間とのリンクだ!
――そのせいであの子の精神は完全にオーバーロードした!
――戻れるかもしれなかったのに、なのに、俺があの子の心を奪った
んだ、殺したんだよ…!」
「殺した…?」
「そうだ!俺みたいな欠陥品の補助をするためになあ、あの子は俺と神経接続
したんだ
よ!
その副作用としてあの子は俺と精神が混ざり、心が壊れて完全な人形になっ
てしまっ
たんだ!」
「……それでも」
アキトは涙を流してはいない。
だが、フェイトにはアキトが泣いているように見えた。
自身の行ってしまった事の重大さに、泣いて謝罪しているかのように見えてならなかった。
だからこそ、酷く心が落ち着いており、アキトの言葉が冷静に受け止められた。
「――やっぱり、幸せだと思いますよ。そうやって思いやってくれる人の傍で
死ねるの
は」
襟首をつかまれたまま、怒りに震えるアキトに微笑み、その背中に手を回して撫でる。
落ち着かせるように、安心させるように。
その子はきっと、幸せの中で死んだのだと。
「…そんなこと、わかるわけがない…!」
「そうですね、わかるのはその子だけでしょうから。
でも、自分を責める事で何かが変わるわけでもないでしょう?
こう言うのは哀しいですけど、その子はもう帰ってこないんですから、答え
なんてわ
かるわけがないんです」
「ッ……」
「私から言わせて貰えば、こんなに想って貰ってるのに怒ってるわけないです
よ。きっ
とそうです」
そうだ。
この人は不器用なだけなのだ。
仮面を被り、嘘の自分を他人に見せることで自分自身すら偽ろうとする。
だが、その根幹にある優しさや温かさには、絶対に揺るぎがない。
それは、かつて自分を救ってくれたなのはや、消えていった騎士のために涙したはやてなどと酷く似ている。
「…だから、今はそれでいじゃないですか」
「………」
それ以上、アキトは何も答えなかった。
肩越しには、未だ自身への怒りに震える横顔が伺えるが、先ほどまでよりかは落ち着きが見えた。
自分の言葉が届いたおかげなのならば、嬉しい限りである。
この人の哀しい顔はあまり見たくない。強引な意見ではあったが、聞いてくれたようで本当によかった。
そうしてしばらくの間アキトを抱きしめていると、アキトは自分からフェイトの腕を取って自身から外す。
そして、フェイトに背を向けると、一言だけ告げて元来た道を歩き出す。
「………ありがとう」
「――いいえ、お役に立てたなら何よりです」
アキトの顔は見えない。きっといつもの無表情なのだろう。
だが、その言葉には紛れもなく感謝の念が込められており、フェイトはそれに満足げな笑みを浮かべて隣に並ぶ。
顔は見たら怒られそうだから、前だけを見ていよう。
気が付けば、フェイトの心はどこか弾んでいるのであった。
それはきっと、アキトが見せなかった感情を知れたことの嬉しさがあったのかもしれない。
「なるほどね。――ま、帰る場所がないなら好きにしてもいいよ。
僕としては中々有意義な話だったし、もしかしたら新しいシェアが得られるかもしれないからね」
「はぁ…」
ペンションに戻ったフェイトたちを待っていたのは極楽トンボ。
リビングにて早速フェイトから事情を聞くと、秘書に淹れてもらったコーヒーを一啜りする。
ちなみに秘書とはエリナのことではない。彼女は月にいるからだ。
「管理局とかいう存在は気に食わないけど、ネルガルの利益になるなら目を瞑ろう。
――で、テンカワ君とはよろしくやってるのかい?」
「………は?」
にやりと。
まるで、玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべたアカツキは、平然と眼前のフェイトに問う。
それに、フェイトは顔が引きつって呆然となるが、その数秒後に言葉の意味を理解して顔を真っ赤に染め上げる。
ちなみに現在アキトはアカツキのお願いで席を外してもらっており、自室で銃の整備中だ。
「そ、そんなんじゃありません!」
「あれ、違うの?…ふむ、君の話を聞いていると、君が彼に惚れているみたいな印象を受けるんだけど」
「違います!」
必死になって否定するフェイトが面白いのか、アカツキはクククッ…と笑い声を上げるが、すぐに真剣な表情に戻って話を続ける。
「いや、テンカワ君がね、知り合ってからこんなに短い時間で他人に心を開くなんて考えられなかったんだよ、ここ数年は」
「アキトさんが…」
「まぁ、今もそこまでは変わってないようだけど、確実な変化が見えるのは彼を知る人間として嬉しいところだよ」
そこまで告げて、アカツキは再度コーヒーに口付ける。
それが妙に様になっていることから、それなりの生まれである事、そして今さっき話してもらったネルガルという企業の会長であるというのも信憑性を
帯びる。
そういう地位の人間は総じて上品なものだからだ。品格のなさすぎる人間には人はついてこない。
だが、今のフェイトにはそれよりも気になることがあった。
「あの…」
「うん?」
「アキトさんは、自分を元テロリストだって言ってました。それは事実なんですか?」
「…事実だとして、君が魔法の力とやらを取り戻したら、管理局員として彼を捕まえるつもりかい?
管理局本局所属執務官、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン…だったっけ?」
「事情が事情であるならば。あらゆる危険から世界を守るのが管理局ですから…」
「……傲慢だね。だとしたら僕は君達…管理局に敵対せざるを得ない。
そんな考えじゃ、人を屈服させる事はできても手を取り合うことなんて到底無理だからね」
「傲慢だというのはわかっています。ですが、万が一の犠牲を減らすためには…」
「………ふぅ」
フェイトのそんな考えに、アカツキはカップをテーブルに置いて肩を竦める。
その仕草がまるで馬鹿にされているようで、フェイトは僅かな苛立ちを覚える。
「犠牲、ね…では訊こうか。犠牲とは、何かな?」
「それは………」
「関係していない一般人?当事者?それとも別の第三者?」
「……」
「当事者がいくら死のうが、それは犠牲といえるのかな?自分たちの意志で戦っているんだよ?
そして、関係のない一般人が巻き込まれない戦いなら、それはそれで構わないんじゃないのかい?」
「ですが、どんな形であれ人が死ぬのは…」
「……君のその考えはね、甘いんだよ。
やりたければやりたいだけやらせておけばいい。
一般人を守りたいのなら好きにすればいいけど、当事者同士の争いに介入するのは止めておきたまえ。
管理局のような考えでいくと、君たちの介入の定義は僕たちの世界でいう侵略なんだから」
「侵略…私達はそういうことをしたいわけじゃ」
「いいや、違わないね。人はね、生まれたときから必ずシステムに組み込まれる。
そのシステムの中で生きる人にとってはそれこそが世界なのさ。
そして、介入しようとする君たちは、世界というシステムを破壊するウイルスに他ならない」
「………」
「ウイルスになりたくなかったら、その世界が生まれた瞬間から支配する事だよ。
そうすればシステムという存在に組み込まれ、世界に混乱を齎さない。
もしくは、もっと穏便な方法を探したまえ。君たちのやり方は反感を買うだけだ」
と、そこでアカツキはもう一度肩を竦め、若干くらい表情になっているフェイトを励ますかのように声量を上げて話題を戻す。
「っと、テンカワ君の事だったね。ついつい熱くなったしまったよ。
…彼はテロリストだよ。名前が表に出ているわけじゃないけどね。
彼がマシル=ランで通っているのは、彼の存在そのものが死人になっているからさ」
「………死人?」
「そうさ…彼は、数年前に起きたシャトルの爆発事故で死んだことになっている。
尤も、精神的な意味でテンカワ=アキトはあの時に死んだけどねえ」
「………?」
僅かに瞳の中に闇を秘めながら、アカツキは秘書にコーヒーのお代わりを頼む。
秘書も同様に顔色を悪くしつつも、カップにコーヒーを注ぐ。
この秘書をまだ傍においているのは、エリナの後輩でアカツキもよく知る人物だからだ。
気兼ねする必要はないということだろう。
「会長、私は外したほうが…」
「ん〜、そうだね。君も知ってるとはいえ、あまり気分のいいものじゃないだろう」
「はい、それでは」
2人に一礼し、秘書はその場を後にする。
フェイトはその後姿をじっと見つめていたが、アカツキが話を再開した事で視線が戻る。
「さて…どこから話したものか」
苦笑を浮かべたアカツキは、どこか寂しそうな口調で話し始める。
今はもう戻らない、かつてのナデシコを思ってか。
<続>
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