Summon Night
-The Tutelary of Darkness-
第二話
『もう一つの異邦人達』
あれから十年以上の年月が流れた島の一角、機界ラトリクスの者達がいつまでも活動を続ける場所。その中心にそびえ立つリペアセンターの屋上にサレナ はいた。
自らを亡霊と呼ぶアキトは最も静かで落ち着く霊界サプレスを選び、融機人のサレナはアルディラの強い勧めで機界ロレイラルに入った。
見渡す限り機械がしかない寂れた場所の中、ここは彼女にとって一番気に入ってる場所なのだ。
彼女が見上げる青い空の先には、かつては主のために飛んだ黒い空。自分の心をすり減らした戦い続けた主と共に駆けた空、色んな想いが入り混じったあ の漆黒の空にここが一番近いから、それが大きな理由だった。
「またここにいたのね」
「ここが一番あの空に近いですから」
真っ青の空のその先を見据えてサレナは手を伸ばす。
思い出すのは桃色の髪の少女。自分という存在を作ってくれたもう一人の主であり、同じ者を必要としたある種の恋敵。
恋敵、そんな単語が自分の頭の中に浮かんで思わず笑ってしまう。
「何? 何か嬉しいことでもあったの?」
「いえ、改めて自分の心に気付かされたといいますか、こんなことを思うようになったんだなって」
「それはそれは。それで、その愛する人は今日も鍛錬に?」
愛する、とはいっても一方通行ですけどねと付け加えてサレナは頷く。
アキトの心の中にいるのはいつも一人の女性ということを、そしてアキトにとって彼女だけが生涯の伴侶であり、異世界にいてもいつまでも彼女のことだ けを想い続けていることもわかっていた。
だから彼女は自分の想いを打ち明けず、アキトにも悟られないように心の奥深くに隠しているのだ。
「――報われないわね。お互いに」
「ええ。でも私はそれでもまったく構いませんし、アルディラもそうでしょう?」
「その通り。大事な人を待つのも女の仕事よ」
アルディラの言葉に二人は声を上げて笑った。
ただ、待っている相手がいたり想いを遂げることの出来ない相手がいるだけで、結局のところ二人は似た者同士なのだ。
ズガァン!!
ひとしきり笑い終え、いざリペアセンターの中に入ろうとしてきた時に聞こえた銃声。
この島で銃を扱う者、それもあんな島全体に銃声が響き渡るような物騒な銃を持つ者はたった一人しかいない。
「はあ、また誰か悪戯でもしようと近づいたのかしら」
呆れたように呟くアルディラとは対照的に、サレナの顔には驚愕が張り付いていた。
「そんな――まさか」
「? どうしたのサレナ」
「アルディラ。どうやら……島の外から来た人間のようです。それも、一人じゃなくたくさんの人間達が」
サレナの言葉にアルディラも驚愕する。この島は彼女が愛する人が作った結界が張り巡らされ、島の外からは誰も入れず、またこの島を確認することも出 来ないはずなのだ。
その島にたくさんの人間が来た。それは島を護る結界が無くなったことにつながり、彼女の愛する人が本当に消えてしまったのか、あるいは――
「大丈夫ですよアルディラ。今、島全体を確認してみましたが結界は間違いなくあります」
島の至るところに張り巡らした、偵察用の小型召喚獣からの映像を確認したサレナが言う。
もっとも偵察用といっても、子供達が海で溺れたりしないかを監視するためのものだが。
「これはあくまで仮定ですけど、彼らの仲間の誰かがハイネルさんの砕かれた心の切れ端を持ち、その力でこの島に引き寄せられたのかもしれません」
「まさか!? 島に来たのは無色の派閥だとでもいうの!!」
「いえ、それも違います。仮にそうだとしたらマスターから真っ先に報告がありますが、それがありません。
島に来たのは全く別の人間、それも無色とは何ら関係のない人間でしょう。別の場所からも反応がありましたのでファリエルに動いてもらっています」
サレナの言葉にアルディラはほっとした。
彼女が愛する人の妹、今は彼女の義妹のファリエルはアキトが直接指導していることもあり、剣術のみならキュウマであっても勝つことがなかなか難しい ほどの達人である。
その彼女が直接動いているのであれば何ら心配はいらない。となれば当面の問題はもう一つ。
「誰がハイネルの心の切れ端を持っているか」
「そうです。でも、選ばれたからといって“核識”と成りえるわけではありません」
「そうよね……仮になれたとしても誰かを犠牲にするようなことはハイネルが認めるわけないわ」
「お優しい方でしたからね。マスターと同じで自分よりも他人を優先する」
「それでいて人の好意には人一倍鈍感、と」
見た目なんかはまったく似ていない、けれど心の在り方というのが二人は非常によく似ていた。
自らが傷つくことには何ら躊躇はしないくせに、自分と少しで関わりを持った者が傷つけられることには憤慨するところが特に。
「とにかく、今はマスターとファリエルの報告を待ちましょう」
「そうね」
二人はまだ知らない。この日から、はぐれ者達の住む島の運命は激変していくことを。
さて、時は少々巻き戻してここは砂浜。ここはアキトが自らの鍛錬に使用する場所である。
アキトの目の前には直径一メートル、高さ三メートルはあろうかという巨大な丸太。つい先程鍛練用にとアキトが自分の手で切り倒してきた代物である。
丸太から少々距離を取ると軽く息を調え、半身となって両足を大きく開いて左手はアルヴァを収める鞘を水平に構えるための支えとし、右手で目標とアル ヴァの位置関係がずれないように柄をしっかりと握りしめる。
ヒュッと一瞬の息吹を合図として左足を一気に蹴り抜き間合いを詰め、丸太のすぐ右横を右足できつく踏み込み逆手に構えたアルヴァで中心を刹那の如き 速さで振り抜く。
そして抜刀の勢いをそのままに一気に離脱する。
傍目から見ていればアキトが一瞬で丸太の横に現れたかと思ったら丸太が真っ二つになり、鈍い音を立てて砂浜に転がったように思えただろう。
「木連式抜刀術、瞬脚――」
この瞬脚、本当ならば地面スレスレの低い位置を走り相手の足を切り取って絶対に動けなくするか、あるいは一撃で相手の胴体を真っ二つにしてトドメを 刺すか、の二択しかない実にえげつない技なのだ。
それに瞬脚は北辰がもっとも得意とした技であり、アキトが自分の敵を知るために真っ先に月臣から教わり、初めて人を殺したのもこの技という、色々と いわく付きの技である。
アキトの鍛練はまずこの技から始まり、ついで拳を中心として仮想の敵と戦うシャドー。そのまま足のみでステップや回避した後の体捌きの確認を行い、 木連式柔術の型を基本から全てやり通す。
これらが全て終わった後は、最後の締めとして座禅を組んで精神統一と活性化したナノマシンの沈静を行う。
禅を組んでいる間、アキトは己の全神経を周囲へと張り巡らして感覚でしかわからないような草花の呼吸、木々の成長する鼓動まで感じ取ることが出来 る。
そのため誰かが近付いてきても気配でわかり、間合いに少しでも入ってこようものならまったく容赦しない。
前に悪戯をしようと近付いてきた島の子供達にカシアムを躊躇せずに撃ったこともある。勿論、かすり傷にもならないようにしているが、それでもその時 に刻まれた恐怖は未だに彼らのトラウマとなっている。
それ以来、鍛練中のアキトには決して近付かないようにと、子供達を含めた島の住人達の間では暗黙のルールが出来たのである。
だが、小さな天使っぽいような丸っこい不可解な生き物を連れる少女が、そんなことをこの島の住人でもない彼女が知るはずもない少女が、ようやく会え た人らしき影に安心して近付こうと一歩踏み出したその瞬間、
ズガァン!!
「キャアッ!」
「キュピピ!?」
何が起きたのか理解する間もなく、自分の足元を撃ち抜かれたという恐怖で彼女は思い切り腰を抜かしてしまった。
「人が鍛練をしている時に近付くなとあれほど言ってあるだろ」
カシアムを手でもてあそびながらアキトはうんざりとした風に言うが、件の少女は腰を抜かした上にアキトの異様な姿に完璧に萎縮してしまっている。
アキトの姿は島の住人にしてみれば慣れたものだが、少女にしてみればあからさまに怪しい姿の男が銃を持って近付いてくるように見える。おまけに突然 撃ったのだから敵であることは明白と思ってしまっても仕方ないことだろう。
「ん? 見ない顔だな。最近になって“門”が開いたという報告はないが……君「イ、イヤあぁぁ!!」来 た」
アキトの言葉は少女の悲鳴に遮られた。
見知らぬ地で遭遇した恐ろしい悪魔(少女視点)に近づかれたことによる恐怖、それに加えて生来の臆病さがついに爆発したのだった。
これにはさすがのアキトも困り果てた。
ただ、どうやってこの島に来たのかを聞こうとしただけで泣かれてしまったのだ。おまけに泣き崩れた少女を護るように立ちはだかる(浮いている?)サ プレスの天使は、動けない少女の代わりに戦う気満々。
この程度の非力な召喚獣なら瞬殺することも容易いが、そんなことをしても何もならない。むしろ状況をますます悪化させるだけ。
どうしたものかと悩んでいると、
「アリーゼちゃん!!」
「アリーゼ!!」
少女――アリーゼの悲鳴を聞きつけた一人の女性と一人の少女が草むらから飛び出してきた。
ちなみに二人から見た現状の説明。
泣いているアリーゼ、それに襲い掛かる真っ黒悪魔――悪魔の好物は人間の魂。結論、アリーゼ喰われそう。
「アリーゼちゃんから離れなさい!!」
燃えるような紅い髪の女性が何もない空中に手を掲げ、空間を切り裂いて現れた一本の剣がその手に握られている。
幻想的に淡く発光する碧の刀身、持ち主と一体となるかのように絡みつく柄、紅い髪は深雪のような白さを持ち、剣はおろか身体全体から湧き上がる魔力 はアキトが知る誰よりも多いかもしれない。
「な――」
僅かな驚愕も束の間、逆手に構えていたアルヴァの峰で碧の剣を真正面から受け止める。金属と金属では決して出来ない、言葉では表現出来ない不思議な 音が砂浜に木霊する。
慣れない環境のせいか、それとも使い慣れていないのか、どうにも女性の動きは鈍い。
アキトもその事に気付きこのまま押し切って一旦この勘違い女性に事を説明しようと距離を取ろうと力を込めるが、見た目の細さからは想像も出来ない力 強さに驚いてしまいその一瞬を逃してしまう。
「ハアアァァァァ!!」
決して自分から反撃しようとはせず、アキトは黙って女性の剣を受け続けながらもゆっくりと後退していく。女性の方は早くも慣れきたらしく、動きから ぎこちなさが完全に消えている。
彼女の適応能力の高さに感心しつつ、なかなか鋭い太刀筋に最近になって芽生えた師としての血が少しだけ騒ぎ出す。
(悪くない太刀筋だな。しかし性格なのかそれしか習っていないのかはわからないが、あまりに真っ直ぐすぎる)
アキトが本気でやればこの程度のレベルが一瞬で終わってしまう。そのためアキトは常に後の先を取るような形で剣を受け続ける。
だがいくら手加減をしているとはいえ、アキトと剣術で互角に渡り合う彼女の腕前はなかなかのものだろう。
尤も、それはあくまで正統かつ真っ当な戦いしか行わない軍隊剣術にアキトが合わしているからにしか過ぎず、木連式抜刀術を使い、相手を仕留めるため にありとあらゆるものを使うアキトにとってみればこんなものは児戯と同じ。
どれだけ研磨しようとも正の道を進む限りアキトに通じるものではなく、完全に目が慣れたアキトに鼻先一寸以下の単位で見切られてしまうようになって いた。
(何故だ。何故だハイネル。何故今になってお前は帰ってきた)
唐竹に振り下ろされる碧の剣を躱し、改めて彼女の手に握られている剣を観察していたアキトが心の中で嘆いた。
アキトはその剣を知っていた。いや知らないはずがなかった。
彼は二本の剣が生まれたその瞬間に立ち会っているのだ。限界を超えてしまったナノマシンが暴走し、苦しんでいたその隙に作られた剣が出来るまでの工 程全てを。
そのことを知っているのはアキト、サレナ、アルディラ、ファリエルの四人だけで、他の護人や召喚された者には一切伝えていない。
「いつまで剣を振るうつもりだ。お前程の実力がならこれ以上やっても無駄だとわかっているだろう」
左に薙ぎ払われる剣を躱して、大きく距離を取ったアキトはアルヴァを鞘に収めて問う。
「……はぁ……はぁ……それでも私はこの子達の先生なんです。生徒を守らない教師なんて……いませんよ」
「「先生ぇ……」」
魔力の消耗が激しいために肩で大きく息をしている女性が笑う。
やはり似ているとアキトは思う。どこまでも真っ直ぐで自分の意志を貫くその瞳が、死の直後に言葉を交わした大切な人に、一週間程の付き合いの中で 知った心優しき青年に。
「――良い瞳だ。穢れを知らず、そして強い意志の力で力強く輝く。なるほど、それでお前が選ばれたんだな」
「選ばれ――た?」
「こちらの話だ。それと勘違いをしているようだから言っておくが、その子が鍛錬をしている俺の間合いに入ってきたことを警告しただけだ。
お前達が何を考えて戦いを挑んできたかは知らんが、特に怪我はしていないだろう」
「そうなの!?」
「ご、ごめんなさいベル姉さん。あの……怖くて」
「キュピー……」
「ビー……」
アキトの言葉にベル――ベルフラウがアリーゼに問いただす。
目尻に涙を浮かべてどうにか答えたアリーゼの答えに、ベルフラウは自分の妹の臆病さにやれやれと首を振る。
うう…と俯くアリーゼを励ますように、彼女の周囲をぐるぐる回る二匹の召喚獣が妙に可愛い。
しかし、彼女はアティと対峙する姿勢を解いたアキトを見る。上から下まで真っ黒、顔は半分以上が変な眼鏡かマスクで隠れ、おまけに腰には一振りの 刀。
アリーゼでなくても出会い頭であれば恐怖することはおろか、夜道で歩いていたら間違いなく職務質問を受けるのは間違いない、ベルフラウはそう確信す る。
「そ、そうなんですか!? あの、す、すみませんでした!!」
抜剣状態を解放した女性がひたすらに頭を下げる。勘違いした原因がアキトの服装にあるのだが、彼女は自分から襲い掛かったという一念のみで謝ってい る。
「気にすることはない。それよりもだ、どうやってこの島に来た」
「それは「嵐に巻き込まれたのよ。それも突然のね」ベ、ベルフラウちゃん…」
女性の言葉を遮って迷惑千万といった口調で言うベルフラウ。まだ少し腰砕けだが、アキトの服装にも多少は免疫力がついたらしい。アリーゼは彼女の後 ろに隠れたまま。
「キュピーピッピピ♪」
「ビビ〜ビッビビ♪」
そんな二人とは対照的なのが二匹の召喚獣。
嬉しそうにアキトの周りをくるくると回っている。アキトも特に害はないと判断して、好きなようにさせている。
それにアキトは霊界に住む者。確固とした意志を持っても言葉の通じない異形のものと接している機会が多く、敵意やその他のことを感じ取れることで敵 かどうかを判断しているのだ。
『マスター、聞こえていますか』
(サレナか。どうした)
アルディラがいつの間にかバイザーを弄り、特殊な周波を通じて声が届くように細工が施されたそれから通じるサレナの声に、アキトは口の中だけで答え る。
加えて外にいる者には決して聞こえないので、秘匿に近いものでも気兼ねなく言うことが出来る。
『ファリエルが報告したいことがあるそうです。すぐに集いの泉へ』
(わかった。俺も他の連中に言っておくことがある。そう伝えておけ)
『承知しました』
薄っすらと余程慣れ親しんだ者しかわからない微妙な笑みを浮かべ、アキトは愛用の漆黒のマントを翻して三人に背を向ける。
ハイネルの心を持つ異邦人に興味はあるが、今のアキトはそのことに時間を割けるような立場ではない。
「お前達、悪いことは言わない。早急にこの島から去れ」
三人に視線を向けることなくアキトは淡々と言い放つ。
「あの〜私達帰ろうにもそういった手段がないのですが」
「――」
申し訳なさそうに言う女性にアキトは何も答えない。
本当ならば島から出て行けるように手を貸してやりたいが、島に住む者において絶対の掟『人間に対する不干渉』を破るわけにはいかない。
異世界からの来訪者でありながら“護人”として霊界サプレスを治める立場である以上、その不文律を守らなければならないのは尚の事。
そして、ハイネルの心に選ばれた者がいると知れば――誰かが“核識”にしようと考えるかもしれないのだから。
「もう一度だけ言う。この島から去れ、そして森には近づくな」
これが今出来る最大の譲歩。
彼女の存在を、ハイネルに選ばれた彼女の存在を他の者達に知らせないために。
「あ、あの!! 私はアティって言います。この子達はアリーゼとベルフラウ!! 貴方のお名前は!!」
「――名前などとうの昔に忘れた。俺は生と死の狭間を漂うただの亡霊だ」
遠くから聞こえる声にアキトは僅かに振り向き、自嘲気味にそう答えた。
島の中心にあり、森の中心にあり、四界の中心にあるのがこの集いの泉。
それぞれの集落から直通の道が繋がり、何か重大な事が起こる度に集落を守る者達はここに集まるのだ。
そのため、普段からこの地に訪れる者は四人の守護者以外はおらず、また彼ら以外の者が訪れることも滅多にない。
例外なのがファリエルとサレナ。二人は護人ではないが立場としては殆どそれに近いため、集いの泉へと来ることがある。
「…ったく、信じられねェな」
ファリエルの報告を聞いた彼らの重い沈黙を破る、普段からは考えられないようなヤッファの真面目な声にこの場所に集まった他の者達が頷く。
ファリエルの報告はこうだ。カイル一家と呼ばれる海賊達が嵐に飲み込まれ、気がつけば半壊した船と共にこの島にいたということ。
この島は潮流の関係上、遭難しただけじゃ来ることはないのだ。加えて島を守るようにある特殊な防護幕で島には入れないようになっているはずなのだ。
「この島に人が訪れなくなって早十年以上。それが今となって何故」
「それはわからないわ。ただ、何かが起ころうとしているのは確かってこと」
「それが善なのか、それとも悪なのか。現状ではわかりませんけど」
「どっちにしろ厄介だってことに変わりはねぇさ」
キュウマ、アルディラ、ファリエル、ヤッファがそれぞれの意見を述べる。
事情を知っているアルディラやファリエルはともかく、それを知らない他の二人は明らかに警戒の色を示している。
「だがあまり歓迎すべき事ではない。俺達のような者ならともかく、完全に外の人間となれば余計にだ」
アキトやサレナの存在もあり、多少は人間に対しての考え方が柔らかくなっているとはいえ、まだ島の中には人間に対する不信感は根強く残っている。
アキトが狭間の領域を選んだのは、そういった事情を考慮した部分もあった。
「ですが来てしまったものは仕方ありません。今の問題は彼らが修理用の材料を探しに島を散策するかもしれない、という事態の方が深刻です」
いい具合で纏めたサレナの言葉に、全員が頷く。
この島の不文律がある以上、余計な手出しは出来ない。かといってそのまま放置するのは危険かもしれないという板挟み状態なのが現状。
「んでよ、どうすんだ?」
「一番良い手立ては放置なんだけどね……」
そうもいかないわよ、とアルディラは溜息をつく。考えることが主だった仕事の彼女の脳内では、何度もシミュレーションを行ったのだがどれも結果は最 悪。
仮に何らかの手心を加えても結果は同様。にっちもさっちも行かないとは正にこのことだろう。
「集落の者に手を出す可能性も捨て切れません」
「一ヶ月ぐらい前から畑を荒らす他の人間のこともありますし……」
「問題山積み、ですね」
考えれば考えるほど泥沼へはまっていく四人。アキトもヤッファも考えることはあまりしないため、あまり口出しはしないので四人がどれだけ悩もうとも 興味はない。
あーでもないこーでもないと議論を重ねた結果、基本的に集落の境界に踏み込まない限り手を出さないということに落ち着いた。
「今回はこれぐらいね。後は各自の判断に任せるわ」
アルディラの言葉で護人はそれぞれの集落へ戻っていく。
アキト、サレナ、アルディラ、ファリエルの四人だけは折り返して再び集いの泉へと現れた。彼らが戻ってきた理由はただ一つ。
「その話、本当なんですか!?」
「事実だファリエル。あの碧色の剣は間違いなくハイネルの心、あの時二つに分かれたハイネルの心が具象化したものだった」
そう、アキトが海岸で出会ったアティ達のことである。
ファリエルが出会った海賊達とは何ら接点を持っていなかったため、アキトは彼女達のことをもう一組の遭難者としてさほど詳しく話さなかった。
「やはり私の予想は間違っていなかったんですね」
「でもどうして今頃になって兄さんが?」
「それは俺にもわからん。あの剣からは何らかの意思のようなものは感じたが、あまりに小さすぎる。
本当にハイネルかどうかも正直に言えば確証はない。そして、どの心があの剣に宿っているのかもな」
そう言うアキトだが実際はどの心なのか検討はついている。
アティといったあの女性の真っ直ぐな瞳、邪な心が剣に宿っているのなら決して出来はしない。
間違いなくあの碧の剣には皆が慕い愛した、優しきハイネルの心が宿っていると。
「いつかは来るかもしれなかった時が、ついにやって来たのよね……」
「今は待ちに徹するべきだな。一本が現れたということはもう一本もこの島に来る可能性もある」
「二本で一対の兄さんの心。もう一本の持ち主を見極めるためですね」
「それではそろそろ互いの集落へと戻りましょう。あまり遅くなってはいけませんから」
サレナの言葉を最後にアキト、ファリエルはサプレスの方へ。サレナ、アルディラは機界へと続く道を歩いていく。
それを見つめていた一つの視線に気付いていながらも、アキトは決してそれを咎めようとはしない。
視線の主が何をしようとアキトは一切興味がない。ただ、それの目的を知るためには泳がしておく必要もあるからだった。
だが後にアキトは自分のその判断が過ちだったことを悔いるたのは、まだまだ先の話。
いくら力を得ようと彼とて人の子、決して万能ではないのだ。
あとがき〜
ファリエルの口調が難しい!!(爆)
海賊一家は名前だけという扱いですんません。おまけにアティ先生達もちょびっとだけで本当にすんません。メインキャラがアキトやサレナにアルディラ とファリエルになりつつあるのでどうしても(汗)
それとweb拍手の方で言われてたことなんですが、私はこの名前で作品を投稿したのはここ以外には一作だけです。EVAとナデシコのクロスはやった ことありませんので、あしからず。
焔って名前、たくさんいますから勘違いしてもしかたないことでしょうし。
あ、あとよく聞かれる(のか?)んですが、アキトを誰とひっつけるかということですけど……いやまったく考えてないんですよねw
私の性質上、そういった話がなかなか書けなくて(爆) そういったことを期待している方がいましたら、web拍手か感想掲示板の方に一報ください。
短編で書いてみる、努力はしみますので。
以上、焔でした。