Summon Night
-The Tutelary of Darkness-
第四話
『集落巡りと陸海賊』前編
太陽、天高くに昇り今日も島は五月晴れ。木々の間から漏れる光がとても心地よい。
「〜♪ 〜〜♪」
そんな木漏れ日の中、上機嫌に鼻歌を歌っているのはマルルゥである。普段から陽気で明るい彼女がさらに輪をかけて明るいのには理由がある。
「ご機嫌ですね、マルルゥ」
「しっぽさんの肌ってとてもすべすべしてるからマルルゥ大好きです♪ だからしっぽさんの肩に乗っていると気持ち良いのですよー」
そう、マルルゥはしっぽさんことサレナの肩に乗っているからなのだ。
マルルゥが言うようにサレナの肌は絹のようにきめ細かく赤ちゃんのようにみずみずしい。島に住む女性達にとって彼女は目指すべき目標であるのだ。
ちなみにマルルゥが彼女のことをしっぽさんと呼ぶのは、テールバインダーの名残である一房の纏められた髪が子馬の尻尾によく似ているからという実に マルルゥらしい理由。
そもそも、ポニーテールは子馬の尻尾という意味なのでマルルゥの言ってることはあながち間違いではない。
「それにしても皆ひどいです。せっかく先生さんに会いに行こうってマルルゥが誘ったのに、しっぽさん以外だーれも来てくれなかったです」
「それは仕方ないことですマルルゥ。マスターでさえ今よりもずっと前から島にいても皆さんが認めてくれるまで長い時間がかかりました。
いくら人間に対する警戒心が多少は薄れたとはいえ、警戒心そのものがなくなったわけではありません。
加えて今回は出会いからまだ一日弱の時間しか過ぎていないのですよ? 寧ろマルルゥのように積極的になるほうが珍しいのかも」
「でもでも、マルルゥは皆さんと早く仲良くなりたいです」
サレナの肩から飛び上がって彼女の顔の前で笑顔を作るマルルゥ。そんな彼女につられてサレナは笑顔を浮かべる。
マルルゥを太陽とするならばサレナは月。光り輝くマルルゥとは対照的な静かなもの。
種族が違っても二人仲良く笑いあうその姿はまるで本物の姉妹。
事実、島に住む者たちなら二人の仲の良さは誰もが知っている。それにサレナはマルルゥ以外にも島の子供達とはとても仲が良い。
ちなみにアキトは主に護身術とかを教えることがちょくちょくあるため、大人も含めて師匠や先生と呼ばれることが多い。
アキトという昔の名で呼んだり、黒百合という護人の名で呼ぶ者はこの島では極々少数でしかないのだ。
「あれですね。アティさん達が寝泊りしているという船は」
遠くに見える大きな船、その船の傷ついたマストの先端部分に掲げられたボロ布のような海賊旗は間違いなくカイル一家のもの。
致命的な損傷自体はないが、海に出て航海をするのは不可能な傷が所々に見てとれる。
「あそこに先生さんがいるですねー? マルルゥ、先に行って呼んでくるです」
「あ、ちょっとマルルゥ……行ってしまいましたね。いきなりおしかけて警戒されないといいのですが……まあマルルゥの容姿ならそういったこともない でしょう。
それにしてもまだ試さなくてはならないというのは……何と悲しいことでしょうか」
彼女がここに来たのはただの親睦というわけではない。確かにそういった面もあるだろうが、本当の目的はまったく別の所にある。
それは、アティ達が来るより前から出没する盗人のこと。今までは大した被害が出ておらず、放置していても問題ない段階にいた。
だがここ最近になってそれが悪化、ユクレス村と風雷の郷の食料事情に深刻な打撃を与えるほどになっている。
本来なら護人達が直接出向き、その場で制裁をくわえれば事足りること。事実アティ達が来なければそうする予定だった。
だがアティ達を一時は認めたとはいえ、まだ完全に信用されていないのが現状。そのため、彼女達の最終審査にこの事件を利用することが決まった。
『私やアキトは彼女のことを認めているわ。もちろんキュウマやヤッファ、ファリエルもね。
でも他の住人達は違う。彼女が無害な存在であることを広める、という意味も兼ねて盗人退治をお願いするわ。その前に彼女達を島に案内してほしい の……お願いね、サレナ』
あの時のアルディラの顔は本当にすまなそうな顔をしていた。
「いつかこの外堀が埋まって外の人間を快く迎えられる日が来ることが、ハイネルさんの思い描いた世界だというのに……」
まだ彼の思い描いた理想の世界にはほど遠い、そう実感せざるをえない。
だからサレナは願う。彼女達がその切欠となる人物であることを、純粋な彼女の心が島の住人達の凍てついた心を溶かしてくれることを。
そして――主が封じ込めた感情や心を解きほぐす鍵となることを。
「考え事はここまでにしまして、私も「ふええぇぇぇん!!」今の悲鳴はマルルゥ!?」
即座にブースターを具現化してサレナは駆ける。
もしかしたら襲われたのかもしれない、小さな彼女ではすぐに――そんな考えがサレナの頭によぎる。
完全に自分の失策と思い込む。マルルゥの幼く、妖精の姿ならと安易な考えを持った自分の失策だと――!
「マルルゥ!!」
森から飛び出しハンド・カノンを構えたサレナの視線の先には、
「えぐ、えぐ」
「ビビ、ビービビ」
確かにマルルゥはいた。それも大粒の涙を流しながら。ただ、その横で彼女を慰めているのがオニビというのはこれいかに。
何というか、屋台の居酒屋で酔っ払って泣き崩れながら上司の愚痴を聞いている部下? 例えるのならそんな状況だろうか。
「……………………………………ほへ?」
その状況がうまく把握できず、どこぞの天然艦長のように素っ頓狂な声を上げるサレナだった。
カイル達の船が停泊している海岸で暢気に遊んでいる二匹の護衛獣。その二匹が森の方から近付いてくる楽しげな人間の声を聞いて何事かと話し(?)合 う。
(ここからは翻訳が入ります。なお、護衛獣達の喋り方は適当なので本気にしないでください)
「キュピ?(あれ?)」
「ビビビ?(どうしたキュピー?)」
「キュキュ、キュッピ〜(人間の声、聞こえない?)」
「ビ〜ビビ(確かに)」
「キュピキュピ?(アリーゼ達に伝えようか?)」
「ビ!(だな!)」
「キュッピ〜!(私が行ってくる!)」
「ビビ〜(頼んだぞー)」
文字通り急いでアリーゼの元へ飛んでいくキユピー。その後ろ姿に手を振ってる(つもり)のオニビ。
ちみっこい二匹は二匹なりにちゃんと考えているようである。もしかしたら一番しっかりしてるのかもしれない。
キユピーが船の中に入ったことを見届けて、オニビは森の方をじっと凝視して自分達の方に向かってくるものをしっかりと見据える。
「ひあ〜これが先生さんのいるお船ですかー。大きいですねー」
目の前にそびえ、初めて見る海賊船の大きさに感嘆するマルルゥ。
まだ幼いマルルゥにとっては初めて見るそれは、新しいおもちゃに目を輝かせる子供と同じ心境。
もっと触れてみたい、もっと見てみたい、そんな想いでふらふら〜と飛びながら
「ビ!」
「うきゃあ!?」
オニビに声をかけられてちょこっとだけ落ちかけてしまったが、どうにか体勢を立て直して声をかけてきた方を振り返る。
「はじめまして、マルルゥはマルルゥって言うです。先生さん、どこにいるですか?」
「ビビ?(先生さん?)」
はてな? と、どこに首があるのかわからないので体全体で知りませんとジェスチャーをするオニビ。
それの効果があったのか定かではないが、少なくともマルルゥには伝わったらしく、先生さんがどんな人物かを拙いながらも伝えようと頑張る。
「えーとですね、先生さんというのは……あや? あやや? よく考えたらマルルゥ、先生さんのこと知らないですよ!?」
あっちでわたわたこっちでわたわた、右に左にデタラメに飛び回るマルルゥ。
新しく友達になれるかもしれないという理由でここまで来たはいいが、その友達となれるであろう相手の特徴を聞くのをすっかり忘れていたらしい。
「あう〜どうしたらいいです〜?」
がっくりと肩を落とすマルルゥ。その肩をぽんぽんと叩くオニビ。
オニビの優しさが身に染みたのか、涙目になってすすり泣きに始まり、
「ふ、ふえええぇぇぇぇん」
ついには泣き出してしまう。その頭を子供をあやすように撫でるオニビ。
どうでもいいがちみっこいの同士が互いに慰めあうというのは、どうにもシュールに見えてしまう。
「マルルゥ!!」
ここで話は冒頭に戻るわけだが……サレナのこめかみには青い筋がしっかりと見て取れる。
誰がどう見ても怒り心頭の彼女の前には、とっても小さくなって謝るマルルゥの姿。
「いいですかマルルゥ。確かに早とちりした私にも負はあります、しかしこれから会いに行く方の大まかな特徴も聞いてないとはどういうことですか?
今回はこの子……オニビでしたっけ?」
サレナに呼ばれて嬉しそうな声を上げるオニビ。どういうわけかマルルゥとは話が通じるらしく、サレナにはまったくわからない意思の疎通で
「この子がいなかったらどうするつもりだったんですか? 幸い、大事にはならなかったようですけど……」
「ご、ごめんなさい」
完全にしょげ返るマルルゥの姿に、サレナももう十分かと思い彼女の頭を軽く撫でる。
「……ふう、もう顔を上げていいのですよマルルゥ。いつまでも貴女を責めるのは筋違い、これからはきちんとしてくださいね?」
「もちろんです!! マルルゥは同じ失敗はしないのですよ!!」
「それは頼もしいことで」
顔を上げて堂々と宣言するマルルゥの姿を微笑ましく思うサレナ。
やはりマルルゥは落ち込んでいるよりも、こうやって周りに元気を振りまいてくれる存在であってほしいと彼女は思う。
「それでオニビ? アティさんのところまで案内してくれる?」
「ビビィ!!」
すっかり友達になったオニビが嬉しそうに声を上げる。彼――なのかはともかく――の後についてカイル達の船に向かおうと一歩踏み出したその時だっ た。
「ちょっとキユピー! そんなに髪を引っ張らないでよ!」
「そうよ! いきなり帰ってきたかと思ったらアリーゼを引っ張って……何がしたいの!?」
まだまだ声に幼さの残る二人の女の子の声が、サレナ達の方に近づいてくる。
そう、アリーゼとベルフラウである。その後ろにはアティもいた。
「どうやらこちらから出向く手間が省けましたね」
「あや? あのヤンチャさん達と同じぐらいの人たちが先生さんですか?」
「ビ〜、ビ〜」
マルルゥの的外れな言葉に体を横に振るオニビ。
微妙に漫才みたいなことをしている三人に気づきようやく足――というか飛ぶことを止めたキユピーに怒り心頭のアリーゼは彼女達に気づいていないが、 ベルフラウとアティは気づいた。
「どうやら向こうも私達に気づいたみたいですね。行きましょうか?」
「はいです! マルルゥ、絶対にお友達になるですよ!」
「あまり意気込んではよくないですよ。何事も自然体、マルルゥはいつも通りにしている方がいいんです」
「ビビ」
変に気張るマルルゥをたしなめてサレナは自らアティたちの元へと歩み寄る。
明らかに警戒されているがそれは仕方ないこと。前回の接触の際は自分達の方から彼女達を拒絶したのだ。
その自分達が唐突に訪れに来ては警戒しない方がおかしい……はずなのに
「あ、確かサレナさん……でしたよね? 何か御用ですか?」
警戒心のかけらも見せない人が一人いた。
そんな彼女の存在もあってか、生徒達の表情は若干固いものの思い切り警戒をしているという風には見えない。
太陽にように明るい笑顔のマルルゥと、彼女と仲良くしているオニビとキユピーの存在も影響しているだろう。
「覚えていてくれたんですね、嬉しいですよアティさん。実は此度、貴方達を集落の方に案内しようということが決まりまして」
「集落に、ですか?」
「はいです。先生さんたちに来てもらおうって護人さん達に頼まれて、マルルゥとしっぽさんで迎えに来たですよ」
「そうなんですか」
マルルゥの言葉に心の底から嬉しそうにするのはアティ。
彼女は護人達が心を開いてくれたとことを純粋に喜んでいるが、生徒達の表情は固く、まだ猜疑心に悩まされているようにも見える。
「他の方にもご説明を行いたいのですが……迷惑でなければ船の方に案内してくれませんか?」
「もちろんです!」
「先生!?」
「ちょっと貴方!! いいの!? そんな安請け合いをして!!」
サレナの提案を快諾したアティに、驚愕の目を向ける生徒二人。
あの船の持ち主はカイルであり、アティ達はただの居候でしかないのにそんなことを決めていいのかと二人は言いたいらしいが、アティは大丈夫ですよと 手を振るだけ。
短い付き合いながらもアティの考え方がわかってきた二人は、何を言っても無駄かと諦めのため息を吐くのだった。
その後、アティの案内でカイル達の船を訪れたサレナは事の顛末を彼らに話した。もちろん裏の事情は避けてるが。
「迎えに、ねぇ……」
踏み出したいけど踏み出せない、彼らの心境は正にそれ。
せっかくの機会を無下にするわけにもいかないが、かといってはいそうですか言えるほど人間が出来ていない。むしろ拒絶されたばかりで受け入れるア ティの方が稀有だろう。
その表情、考えを読み取ったサレナはすぐさまちょっとした助け舟を出す。
「今回はあくまでこちらからの要望ですから無理強いはいたしません」
「先生さんたちのこと、みなさんもすごく気になってるです。だから遊びに来てくれれば、きっとなかよしになれるですよ」
「いいですね、それ。
私もみんなとなかよしになりたいし……連れてってくれますかサレナさん、マルルゥちゃん?」
「わかりました」
「よろこんでー♪」
重苦しい空気を振り払うように響くマルルゥの声。それに触発されたのか、か細く小さな声だが意志のこもった力強い声がサレナの耳に届いた。
「……あ、あの……私も行っていいですか?」
少女の言葉に誰もが驚く。彼女が自分から意見を言うことは非常に珍しいどころかまずありえない。
「アリーゼちゃん……」
「私、あの真っ黒の人にまだ謝ってないから……だから、その……」
アリーゼの言いたいこと、それはこの島に初めて訪れた砂浜で出会ったアキトにまだ謝っていないという、実に彼女らしい理由。
だがその言葉を言うだけでもどれほど勇気を振り絞ったことか、それは彼女を知る者ならば容易に理解出来ることだろう。
一番勇気が必要な子が一番最初に勇気を振り絞ったことが契機となり、他の者達も一歩、また一歩と踏み出していく。
「……それなら私も行きますわよ。謝ってないのは私だって同じなんだから」
「ベル姉さん……」
「こんな子供達が行くってのに俺らが行かない、なんてわけにはいかねえよ」
「そうそう。私だって行ってみたいんだから」
「カイルさん……ソノラ……」
感無量といった響きのアティ。
「私も行きたいのは山々ですが、まだ調べものが少々残っているので今回は遠慮させてもらいます」
「私も行きたいんだけどねーもうちょっと船の修理があるからパス」
結果、集落に行くのはアティ、アリーゼ、ベルフラウ、カイル、ソノラに決まった。
「それじゃ、ちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
「お土産楽しみにしてるわよー」
なお、この後すぐに脱水症状の酔いどれ店主が降ってきたのでカイルとソノラが抜けてしまい、結局はアティとアリーゼとベルフラウの三人で行くことに なった。
まだ機械というものがなかった時代の日本を思わせる家屋、心を落ち着かせる水車の音と農作物の匂い。
「ここがシルターンのみなさんが暮らしている鬼妖界の集落なのです。『風雷の郷』って名前の村なのですよ」
「綺麗なところ……」
「こういう雰囲気も悪くないわね」
「学生時代に、一度シルターン自治区には遊びに行ったけど雰囲気が違いますね…ずっと落ち着いていて素朴な感じ」
三人ともこの場所がなかなか気に入ったらしく、口を開けば誉めの言葉しか出てこない。
ちなみにサレナは『所用が出来ましので案内はマルルゥに任せます』と言ってここにはいない。
ついでにさっきからオニビがやたらと喜んで、ベルフラウの周りをうろちょろしている。恐らくは自分の生まれた世界の者達がいるからだろう。
「この集落にはお姫さまさん、ってエライ人がいまして。その人を中心にして、みなさん仲良く暮らしてるです。
畑でお野菜を育てたり、森で狩りをしたり」
狩り、という言葉に反応するベルフラウ。弓を扱う彼女にはなかなか興味深いことらしい。
「そうですね、あそこに見えるのは水田かしら?」
「おコメのゴハンとってもおいしいです。たまに、マルルゥもごちそうになるですよ」
「へぇ…」
「ここの護人さんはニンニンさんですね、ニンニンさんは集いの泉でまってるですから、お姫さまさんにあって行きますか?」
頷く三人はマルルゥに連れられて郷の中を散策しつつ、中心にそびえ立つ屋敷へと向かう。
どことなく感じる視線にアティとは気づいたようだが、子供達はよほど珍しいのかしきりに周囲を見ながらなので気づいていない。
そうこうしている内に屋敷――というか城にたどり着いた。
「……大きい」
「……それに広い」
外から見上げれば大きく、中に通されれば一室一室がとてつもなく広い。
「よく来てくれたな、客人たちよ」
「鬼姫……じゃなくって! えっと、ミスミさま?」
「あはは、そうかしこまるな。改めて挨拶しよう、ミスミじゃ」
「アティです」
「アリーゼです」
「ベルフラウよ」
「ビビ!」
「ほう、鬼妖界の護衛獣を連れておるのか。どうじゃ? 後で時間が良ければわらわが鬼妖界の召喚獣について教えてやろうか?
それにお主――ベルフラウといったか? お主は弓を使うのであろう? これでも武芸百般に通じておる故、そっちも教えてやろうと思うが、どう じゃ?」
突然の提案に驚く三人。
郷の頂点に立つ者から唐突にそんな提案を受ければ誰でも驚く。だが、ミスミの目は真剣そのもの。決して冗談ではないことが伺える。
「――そうですわね、今回の用事を済ましたらまた伺いますわ。その時に、是非とも」
足手まといにはなりたくない、子供ながらも一生懸命に頑張ろうとするその姿勢は実に立派なもの。
何よりアティは霊界の適正が高く、鬼妖界のとはそれほど高くはない。ならばより専門の方に聞くのは道理だろう。
「ああ、すまなんだ、ついこちらの子と話し込んでしもうたか。本来ならばキュウマが行わねばならない筈であった……」
「そうなんですか?」
「うむ、護人とは、兵の統率役の事ではなく、その集落の頭領の事ゆえの……」
「あの、それって……」
「あの者は、元々わらわの国の者じゃった、この世界に呼ばれるまではの……それゆえ、キュウマはわらわの上には決して立とうとせぬ。今でも忠義を貫 いておるというわけじゃ」
「え……それって……」
「さて……その辺りはまた次の機会と言う事にしておこうかの。次に来た時は茶でも飲みながらゆるりと話そうぞ」
笑顔で見送られて三人は次の集落、機界を目指す。
「なるほど、確かに黒百合の言うようにあ奴によく似ておるわ」
その言葉が彼女達の耳に届いたのか、それは定かではない。
理路整然とされた道路、途切れることなく響く機械の駆動音。
「ここがロレイラルのみなさんが暮らしている、機界の集落なのです。<ラトリクス>って名前なのですよ」
「すごいですねえ、私が暮らしてた帝都ウルゴーラにもこんな大きな建物は無かったですよ」
「ねえマルルゥ、あそこの機械は一体何をやっているのかしら」
ベルフラウが指差した先、そこには彼女達の世界ではあまり普及していないガソリンや軽油を補給するロボット達。
見慣れない黒色の液体が彼女の目を引いたのだろうか、アティとアリーゼも気になっているようだ。
「ああ、あれはですねー「あれは彼らの食事です」
ふわ、と音もなく空から降りてきた女の子にびっくり仰天なアティ達。マルルゥでも驚いて目をぱちくりしている。
女の子はメイド服を着て、頭にナースキャップをしているという何とも風変わりなもの。
「はじめましてアティさま、アリーゼさま、ベルフラウさま。私は従軍看護用機械人形(フラーゼン)形式番号AMN−7Hクノンと申します。クノン、 とお呼び下さい」
そんな四人を無視してぺこっと礼儀正しく挨拶するクノン。
ちなみに、どうして彼女が上から降ってきたかというと、サレナが偵察用召喚獣からアティ達が来たことを知り、クノンの提案で驚かせようと彼女達の真 上からサレナに降ろしてもらっただけなのだ。
「あ、これはどうもご丁寧に……」
そんなクノンの真面目な態度につられてアティが頭を下げる。
「ここからは私が案内いたします。マルルゥはどういたしますか?」
「ん〜マルルゥはプライズゲッターで遊んできます。ですから案内は看護士さんに任せるのです」
ちなみに、プライズゲッターとはサモナイト石をコイン代わりにして遊ぶスロットマシーンのようなもの。
子供達がどうしても遊びたいというので、無償でお菓子やおもちゃが出てくるものをアルディラが作ったのだ。今回マルルゥが言ったのはそっちの方。
「わかりました。では皆さま、ご案内いたしますのでついてきてください」
クノンの後にしたがってラトリクスの中心にある高層ビルを目指して歩く三人。
「夢が明日を呼んでいる〜♪」
その道中、某機動戦艦のパイロットが大好きなアニメのOPを歌うクノン。顔もしっかりと笑顔だ。
感情の乏しかった彼女だったが、それでは可哀相だというサレナに薦められるままそれを見続けた結果、しっかりとした感情表現が出来るようになった。
ただ、ちょっとオタクっぽくなってしまったのは彼女の予想外のことだったが、それでも感情表現が乏しいよりはいいとはアルディラの弁。
クノンと一緒になって歌う護衛獣二匹に辟易しながら、高層ビルのエレベーターに乗り込んで目的の階についた。
「アルディラさま。アティさまとアリーゼさま、ベルフラウさまをお連れいたしました」
「ご苦労様クノン。さ、何もないけど座ってちょうだい」
床からせりだした椅子に座り、アティ達は一礼する。
「そう固くならなくてもいいわよ。私は貴方達を毛嫌いしてるってわけでもないしね。
さて、何から話すべきかしら……そうね、基本的な知識として知っておいて欲しいのだけれど……
ご覧の通り、ここの住人の大半は機械たちばかりよ。貴方たちとまともに会話できる機能があるのは、融機人の私とクノンぐらいね」
紅茶を運んできたクノンが一礼。ここにはいないけど融機人のサレナもそうよ、と付け加えてアルディラはクノンが運んできた紅茶を口の中へと運ぶ。
その仕草の一つ一つが実に洗練されていて、尊敬の眼差しを向ける子供が一人。
言うまでもなくベルフラウ。立派な淑女を目指す彼女にはとって、アルディラは正に手本そのものなのだ。
「積極的ではないけれど、交流そのものを拒むつもりは無いわ。出来る範囲でなら協力してあげる」
「ありがとう、アルディラさん」
「あ、あの……」
「あら? 確か貴女、ベルフラウ――だったわよね?」
「は、はい! 実は折り入ってお願いがあります!」
狩りの場であってもこれほど緊張はしない姉が、がちがちになっている姿に珍しいものを見たなぁと思うアリーゼ。
けれどそこは妹、これから姉が言うであろう言葉は手に取るようにわかる。
「お姉様と……お呼びしてもよろしいですか?」
目が点になるアルディラ、やっぱりと思うアリーゼ、真っ赤になって俯くベルフラウ、首をかしげるアティ、よくわかっていないクノン。
何とも言えない沈黙が……痛い。
その空気を無理矢理取り払うようにベルフラウが、半ば泣きながら頭を下げる。
「め、迷惑ですわよね!? ごめんなさい、変なことを言ってしまって」
「一つ、聞いていいかしら?」
無言でベルフラウは頷く。
「どうして私なのかしら? 貴女には立派な先生がいるみたいだけど」
「この人は教師であり使用人ですわ。おね……アルディラさんは私が目指す一つの理想像であり、尊敬すべき方。だから」
なるほど……とアルディラが呟く。
よく子供にありがちな一種の夢、それに近いものだろうと思う。
夢――子供だからこそ描いていける美しいもの。融機人である彼女は見ることのない、穢れなく純粋なものだと知っている。
正直なところ、アルディラは自身のことをベルフラウが思っているような立派なものだとは思っていない。
サレナにはああ言ったものの、心のどこかではまだハイネルが帰ってくるのではないかと信じている。
いつものように屈託のない笑みを浮かべ、暢気に『ただいま』なんて帰ってくる日が来ると。
「いいわよ。ただ、貴女が思っているほど私は立派な女じゃないから、そのことだけは覚えていてね」
けれど、目の前の少女はまだそれを知らない。だからこそ夢を信じさせてあげたい。
沈んだ顔から一転して笑顔を浮かべるベルフラウの顔を見て、アルディラはそう思うのだった。
「それじゃ、集いの泉でね」
「はい」
「失礼しました」
「今度は私も紅茶をいただきに参りますわ。お姉様」
集落の入り口まで見送りに行ったアルディラに、別れの挨拶を告げて三人は次の集落へと向かった。
「……お姉様、か」
何の気なしに呟いた言葉に、背中がくすぐったくなるような感覚を覚えるアルディラ。
あの時はラトリクスの護人『アルディラ』の顔であたっていたから顔には出なかったが、こうして一人の女性『アルディラ』としている時に言うとかなり 恥ずかしいものがあった。
「嬉しそうですね、アルディラ」
「あら? 盗み聞きなんて趣味が悪いわよ」
アティ達の時と同じように空から音もなく現れるサレナ。
だがそこは慣れているアルディラ、決して取り乱すことなく逆に辛辣な言葉を浴びせる。
「盗み聞きとは人聞きの悪い。偶々、貴女達の会話が耳に入っただけです」
「それはごめんなさい。あまりにもタイミングが良かったもので、つい本当のことを言ってしまって」
「言いますね」
「真実でしょ?」
互いに毒吐き、見えない火花が二人の間を飛び交う。
端から見れば仲が悪いようにも見えるが、それは二人とってはただのコミュニケーション。その証拠に二人はどちらからというわけでもなく、一緒に声を 上げて笑いだした。
「まさかアルディラのことをあんな風に呼ぶなんて……」
「私も意外だったわ。なんたっていきなりだったしね、あれで驚くなというほうが無理ってものよ」
「でもよかったじゃないですか。あんな小さな子が立派なレディーとして貴女を目指してる、何て女冥利に尽きるというものでしょうし」
「それもそうね」
女同士の会話はそこで打ち切られ、護人と監査者の会話となる。
「で、どうでした彼女は」
「よく似ているわ。あの瞳の輝き、真っ白で他には染まらない心、どれをとってもハイネルそのままで……あの人の生き写しを見ているみたいだった」
「でしょう。だかこそ、彼女は守らなければなりません」
「わかってるわ。あんなにいい子、こんなところで死なせちゃ……ハイネルに会わせる顔がないもの」
「そのために私とマスターがいます。私達の目の前でこれ以上、誰かを死なせるなんてことはしません。
いえ、させるわけにはいきません」
はっきりと断言するサレナの瞳に映る覚悟と悲壮。
あの日、ハイネルがいなくなった時に二人で誓った覚悟。島に住む者は何があろうとも護り抜くと。
例え命が尽きようとも、それが自分達が喚ばれた意味だと信じて。
「……と、話が長くなりましたね。それじゃあ私はマルルゥの元に戻ります」
「気を付けてね……って貴女にこんなことを言うのも変ね」
「あはは」
軽く笑ってサレナはマルルゥ達の後を追って行った。
その後ろを姿を見ながら呟いたアルディラの言葉は、奇しくも機械達が聞こえなくするように一際大きな音を立てた工事の音によってサレナの耳に届くこ とはなかった。
あとがき〜
………………あれ? いつの間にかベルフラウがメインになってら。
まあ鬼妖界の護衛獣連れてるし、ゲームでもアルディラのことお姉様と呼んでるし、まいっか。
今回は初の前後編。おひげな方は後半ということで。