Summon Night
-The Tutelary of Darkness-
第四話
『集落巡りと陸海賊』後編
天まで届くほどに育った大木を中心に纏められた家屋、実り豊かな果実をつけた木々の数々。
「はーい、ここがメイトルパの集落<ユクレス村>です。マルルゥもここに住んでるですよ〜♪
ユクレスというのは、村はずれにあるおっきな木の事で、お願い事を聞いてくれるんだってシマシマさんがいってたですよ」
「へぇ」
そのユクレスを見上げ、心ここにあらずといった調子で答えるアティ。子供達は完全に目がそっちに釘付けだ。
それに鼻腔をくすぐる甘い匂いもあいまって、余計にマルルゥの言葉に耳を傾けることは出来ない。
「先生さんたち、この村を気に入ってくれたですか?」
「ええ、なんだかほっとしちゃいます。素敵な村ですね」
「私も……」
「確かに、いい村よね」
「よかったですよ〜♪ ここ護人さんはシマシマさんです。護人さんに会う必要はありませんですから、村の紹介だけしますですよ」
「よろしくお願いね、マルルゥちゃん」
「よろこんで〜♪」
集落を回ること数十分。見てきたのは村の主な食料をまかなっている果樹園、種を蒔いたばかりの畑といったもの。
故郷が似たようなアティは郷愁にふけ、初めて見る光景に子供達は目を輝かせている。
そして最後に村の象徴とも呼べる、ユクレスの下に来た三人に――とはいってもマルルゥに声がかけられた。
「おーい、マルルゥー!」
「この声は……」
「おっす、マルルゥ。そいつらが、母上たちが言ってたニンゲンか?」
警戒心の欠片も見せず、大胆不敵に言い切ったアリーゼと同じ年頃と思われる少年。
シルターン風の独特な衣装に身を包み、雷のような形をした髪が一房だけ跳ね、実に勝気な印象を与えるつり目。
ここまでなら人間の子かと思えるのだが、彼の耳はとがっていた。それは正しく鬼の血を引く証。
「キミは?」
「おいらはスバル! 鬼神の血をひく一族の末裔だい!」
えっへんと胸をはるスバル。確かに、まだ子供ながら内に秘めた魔力の量はなかなかのもの。
ただし、それはそれ相応の実力者が見てようやくわかるかどうかといった微々たるものなわけで――
「……でも、なんだか弱そう」
「そうね。どっちかっていうと一人で突っ走って皆に迷惑をかけるタイプかしら?」
子供達二人から見れば自分達とそう変わらないようにとられ、こうして毒を吐かれるのは仕方のないことなのだ。
「なんだとぉ!?」
それにすぐさま反応するスバル。そのせいでやっぱり子供じゃないと思われたのはご愛嬌。
「そういうお前だって俺とそう変わんないじゃないか! つーかおいらの方が絶対に強い!」
「弱い犬ほどよく吠えるっていうのは本当のようね」
「むきゃー!!」
それが発端となりぎゃーぎゃー言い合う子供達。とはいってもメインに口喧嘩をしているのはスバルとベルフラウで、事のきっかけを作ったアリーゼは二 人の間に挟まれておろおろとしているだけ。
五分ほど続いたその騒動も、見るに見かねたアティが仲裁に入ることで一応の決着はついた。
ちなみにベルフラウの圧勝だったのは言うまでもなし。
「ところでヤンチャさん。ワンワンさんとは一緒じゃないんですか?」
「あっち」
ベルフラウとの口喧嘩に負けて疲れたのか、やや投げやりに後ろの木を指差すスバル。
「う……」
スバルに指差されて小さい体をさらに縮こませる少年。
人間が着るものと大差ない服、思わず撫でたくなるようなふさふさの毛並み、垂れた耳につぶらな瞳が実に可愛らしい。
おっかなびっくり近づいてきたまではよかったが、その先がなかなか踏み出せず視線が宙をさまよう。
「お名前は?」
後一歩がなかなか踏み出せずにもじもじとしていたパナシェの後押しをするアティ。
「パ……パナシェっていいます」
「パナシェ君は亜人の子なのかな?」
「う、うん……ボク、バウナスです」
「確か犬に近しい種族だったよね」
「はい、だからワンワンさんですよ」
「これからよろしくね?」
「う……うんっ」
「スバル君もね?」
「おう! でもおいらはお前となんか仲良くする気はないからな!」
ガウーとうなるスバルの視線の先にはベルフラウ。さっきの口喧嘩で完全に敵として認識したらしい。
「あら、私だって貴方のような“おこちゃま”と仲良くする気なんて毛頭ございませんわ」
おこちゃまの部分をかなり強調して皮肉たっぷりに言うベルフラウ。
「なにぃ!?」
「図星を指されて怒るようではいけませんわね。カルシウム、足りてないんじゃないの?」
「むきゃー!!」
「ちょ、ちょっと姉さん……」
「スバルもやめようよぉ……」
「「アリーゼ(パナシェ)はだまってなさい(ろ)!!」」
図らずとも息がぴったりあった二人に怒鳴られて、気弱な二人はすぐに引っ込んだ。
引っ込んだ二人を尻目にベルフラウとスバルはまた口喧嘩を始めるやっぱりベルフラウが一方的に責めてスバルがそれに反応するというものだが。
「お姉ちゃんも大変なんだね」
「あ、あはは……そういうパナシェくんだって。私はアリーゼっていうの。よろしく」
「うん!」
こっちはこっちで似たような境遇から友情が生まれたらしく、ほんわかとした空気の中で談笑している。
「……私、完全に蚊帳の外ですね」
「皆さん仲良くなっていいじゃないですかー」
地面にのの字を書いていじけるアティと、相変わらず明るいマルルゥであった。
ちゃんちゃん♪
太陽の光が届かない薄暗い森、月の光を浴びているかのように淡く発光する燐光。
「ここがサプレスのみなさんが暮らしている霊界の集落ですよ、<狭間の領域>って呼ばれる、ちょっと不思議な森なのです。
「ここの護人さんは、くろくろさんですね」
「くろくろさんって、もしかして無愛想で変なゴーグルみたいなのをつけてませんか?」
「あや? 先生さんよく知ってるですねー」
確かめるようにマルルゥに尋ねたアティに、マルルゥは正解ですといった態度で答える。
その言葉に反応したのがアリーゼ。元々彼女はアキトに謝るためにここに来たのだ。
その過程で新しい友達が出来たり、少しだけ積極的になれたりしたのは予想外だったけれど大元の目的を忘れていたわけではない。
「実はですね、くろくろさんはきれーな谷でじいっとしてるです。シマシマさんみたいに、寝ぼすけなのかもしれません」
「ねぼすけ……」
「でも、お団子さんや天使さんにお願いすれば、きっと大丈夫ですよ。さあ、いきましょう」
マルルゥに案内されて集落を歩く三人。
サプレスの住人達は夜に活動するため、まだ明るい昼のうちでは活動することは滅多にない。
そのことに気づいたわけではないが、アリーゼがくいくいとアティのマントを引っ張った。
「? どうしましたアリーゼちゃん」
「ねえ先生。どうしてこの集落の人は昼間はいないの?」
「そんなことないぞー?」
「へ? ええええええ!?」
「キュピピピ!?」
背後からした声の方へと振り向き、鏡に映っていた姿に驚嘆の声を上げるアリーゼとキユピー。
微妙に服や髪の色合いこそ違うものの、鏡に映っていたのはアリーゼそっくりな人。
「な、なんで?」「な、なんで?」
「え? エ? ええ?」「え? エ? ええ?」
しかもアリーゼが何かを言うたびに鏡の中のアリーゼは真似る。横にキユピーがいるのでどっちか本物かはわかるのだが、物真似は完璧だ。
あまりにも突然なことで困惑し、ついに泣き出しそうになるアリーゼ。だが救いの天使たちは舞い降りた。
舞い降りた天使は翼をたたみながらアリーゼ(偽)の頭を小突き、
「フギャ!」
もう一人は泣きそうになっていたアリーゼの頭を優しく撫で、優しい口調で語りかける。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「すいません、彼は他人を真似てからかうのが大好きな幽霊なんです」
「その通り、ワシは、霊界一の物まね名人まねまね師匠じゃ」
「だからといってこんな小さな女の子を泣かせるのはいただけません。後でお仕置きしてもらいましょうか?」
お仕置きの一言でアリーゼ(偽)――もといまねまね師匠の顔が一気に引きつる。
「そ、それだけは勘弁してくれ!」
前も似たようなことをして子供を泣かせてしまったまねまね師匠だったが、このお仕置きによって一週間ほどいたずらをすることはなかった。
それほどまでに彼女の言うお仕置きは怖いのだ。ちなみに常人がされたら間違いなく立ち直れません。
「ならちゃんとこの子に謝りなさい」
「う、その、わ、悪かったの」
まねまね師匠が謝ることでこの場はどうにか納まった。
余談だが、この後まねまね師匠が二日ほど姿を現さなかったらしい。何があったかは推して知るべし。
「あ、あの……貴方達は?」
「あ、自己紹介が遅れました。私はファリエル、霊界の護人『黒百合』さんの補佐役を勤めています。
こっちはフレイズ。私の護衛獣で補佐の補佐といったところでしょうか」
「初めまして、フレイズと申します」
「私は「アティさんにベルフラウちゃん、アリーゼちゃんですよね?」……は、はい」
驚き、目を丸くするアティに反してころころと笑うファリエル。
事情を知っている者からすれば別に驚くようなことではない。単にアキトとサレナから彼女達のことを聞いただけなのだ。
無論それをアティたちが知るわけがなく、どうしてと首をかしげ続けるしかなかった――が、すぐさま種明かしをされたのでそれ程悩まなかった。
ファリエルに先導を任せてアティたちは森の最奥、幻想的な光を放つ水晶が群落する場所にたどり着いた。
「ここが霊界の護人『黒百合』さんの住む『水晶渓谷』です。先程も話したように近づかないでください」
念を押すように言うファリエル。
水晶渓谷は魔力を根こそぎ奪ってしまう領域。そのため護衛獣を連れている子供達を近づかせるわけにはいかなかった。
「ここで待っていてください。すぐに呼んできますから」
人間のファリエルが水晶渓谷へと入って数分が過ぎた頃、アキトを連れて戻ってきた。
「よく来たな。何もないが歓迎ぐらいはしよう」
「いえ、こちらこそ招いてくださって感謝してます」
相変わらず無愛想な挨拶でもアティはめげることなく頭を下げる。
それだけを言ってアキトは水晶にもたれかかる。
戦闘以外は大概のことをファリエルとフレイズに任せているため、今回も話すことは無いと言いたげな態度をとる。
「すいません。黒百合さんはあまり喋ることが得意でなくて」
驚いて黒百合の方に振り返るアティたち。これには理由がある。
ナノマシンに侵されたアキトの体は徐々に機械へと変わっているせいで、声帯もナノマシンと同化しつつあり声を発することが難しくなってきていた。
この事を知っているのはサレナとアルディラとファリエルとフレイズの四人だけで、他の住人達はアキトの体がそうなっているどころか、ナノマシンに侵 されていることすら知らない者もいる。
もっとも、わざと気づかれないように平然と会話をしているアキトを見ては、誰も気づきはしないだろうが。
「そういうわけですので、私とファリエル様が補佐という役割についております。
ですから有事の際には私かファリエル様にお伝えしていただければ黒百合様にも伝わりますので」
「それと精神生命たるサプレスの住人たちは人間とは異質な文化を持っています。
無理にお互いを理解するよりも、自然な流れで交流を進めていく私たちの考えに同意していただけますか?」
「はい。それが一番いい方法でしょうし、私も皆さんとは仲良くなりたいですから」
このまま傍観を決め込んだアキトと何度か話しをしようとアティだが、彼の纏う空気というか威圧感のようなものに阻まれてなかなか出来ない。
アキト自身もアティと話すことはないといった風な態度のため、どうにもぎすぎすとした空気が漂う。
「ん?」
その空気を打ち破るように聞こえた短い声。
声の主は自分に近づいてくる気配を感じて声を上げたのだ。
「あ、あの……」
「君は、確かアリーゼだったか」
バイザーによる補正で聞こえた――というよりも拾った声の主を振り返り、アキトはいつか砂浜で出会った少女の名を口にする。
一体自分に何の用があるのかとアキトは思索する。
砂浜での一件で怒りにきたのだろうか。だがそれならばもっと怒りに満ちた表情や気の乱れがあるはず、それがないことから否定される。
あるいは霊界の召喚獣たちが何かしたか。ファリエルやフレイズからそういった報告もなく、アキト自身もここの召喚獣たちはおとなしいことを知ってい るため、やはりこれも否定される。
ならば一体何なのだろうか? 理由を問おうと口を開きかけたアキトよりも先に、アリーゼが勢いよく頭を下げた。
「この間はごめんなさい!!」
「何故君が謝る」
アリーゼの謝る理由がまったくわからず、出来るだけ優しい声色でアキトは問う。
ややびくつきながらもアリーゼが言うには会った時に叫んでしまい、アティと戦わせてしまったことがずっと悩んでいたらしい。
それでそのことを謝るために、無理を言ってアティと一緒についてきたという。
「――――――ク、そんなことを悩んでいたのか。気にするなと言っただろう」
「で、でも」
「俺が気にするなと言った。それで納得してくれ」
ぽん、と優しくアリーゼの頭を撫でるアキト。その行動、その表情に驚くファリエルとフレイズ。
わらっている。自分を嘲る嗤いではない、清流のように澄み切った明るい笑い。
この島に来てから片手で十分に足りるほどしか見せたことのない笑顔が今、彼の目の前で小さくなっている少女に注がれていた。
「言いたいことはそれだけか?」
「あ、……はい」
頭から離された暖かく大きな手の感触を名残惜しそうに見つめ、アリーゼは小さく頷く。
「さてアティだったな? これからお前達に頼みたいことがある。
一緒に集いの泉まで来てもらえるか。ファリエル、フレイズ、後のことは頼む」
アキトの言葉に従ってアティ達は集いの泉を目指す。
(暖かくて大きかった……なんだかお父さんみたい)
異性というよりも父性の想いを少女は確かに心に刻み込んでいた。
この後、集いの泉を訪れたアティは野盗退治の手伝いを二つ返事で快諾。
押しが弱いだのなんだのとベルフラウに怒られ、もうちょっとしっかりしたほうがいいとアリーゼに責められ、集落の様子はどうだったのかとカイル達に 迫られてくたくたになってしまった。
一夜明けて島の北西の浜辺。砂浜にある大きな岩にもたれかかっている大男が一人。
一睨みするだけで道が出来そうな厳つい顔、男の証であるダンディなもみあげ、しっかりと鍛え上げられた体を包む海賊服、そして戦場で負った傷を隠す 眼帯。
誰がどう見てもその男は立派な海賊。恐らくはどんな困難にも負けることなく、船員達と乗り越えてきた歴戦の勇者であろう。
ただ、
「腹ァ、減ったのぉ?」
「「「「「「へい、船長!」」」」」」
「酒も、飲みたいのう?」
「「「「「「へい、船長!」」」」」」
海賊のプライドなんて吹けばあっさりと紙屑のように吹き飛んでしまう、そんなあまりにも情けない親分の姿でなければの話。
おまけにそのだらけきった態度のせいで貫禄なんて塵同然。下手をしなくとも仕事に疲れたお父さんのようだ。
一方、砂浜から少し離れた位置からその姿を見たもう一つの集団も明らかに疲れていた。
「ああ、やっぱりジャキー二一家だよぉ」
「知り合いか?」
「アタシらと同じ海賊よ。あんま、認めたくは無いけど……」
「なんだか知らんが、俺たち一家の事を目のカタキにしててな……いつも因縁をつけて襲って来るんだよ」
がっくりと肩を落として呆れ果てるカイル一家。
「はあ……でも、そんな人たちがどうしてこの島に?」
「サレナの奴が言ってたんだが、連中どうやら突然の嵐に巻き込まれてここまで漂流してきたんだとよ」
普段から島全体を管理、あるいは外敵を捜索しているサレナが彼らに気づいていないわけもなく、彼らには気づかれないところから密かに監視を行ってい た。
気だるそうにサレナから伝え聞いた話を告げるヤッファと、その言葉を聞いて何とも言えない微妙な表情を作るヤードとスカーレル。
その表情に気づいたキュウマが二人に問うと、彼らは重々しく口を開く。
「ねえ、ヤード?」
「ええ、どうやら私の所為みたいですね……
追っ手との戦いで、私は剣の力を一度だけ使ったんですよ。結局制御しきれずにその時も似たような嵐が起きて……」
「もしかして、それに巻き込まれちゃった……ですか?」 「おそらくは……」
苦虫を噛み潰した顔でヤードは言う。
「この島に流れ着いて早一月……だから……ッ! 陸にあがるのはイヤなんじゃぁぁっ!!」
「まあまああんさん、過ぎた事を言うてもしょうがありまへん。船がワヤになった以上ここでやっていくしかあらへんやろ?」
髭付ドクロの海賊旗が虚しくたなびく壊れた船から現れた男がジャキーニを慰める。
彼と同じ茶色の髪に頑丈そうな体つきは兄弟のようにも思えるが、その柔和な顔つきは明らかに正反対。
加えてコックを務めているのだろうか、袖を捲り上げた服の上には綺麗なエプロンをつけている。
「む、むう……」
「腹が減ってたらロクな考えもでまへん、先ずはそこからや」
「そうだな……では、いつものように食料調達といくか!」
「「「「「「へい、船長!」」」」」」
「また、化け物の村からかっぱらってくるんでっか? 魚をとればそれで済むのに……」
「えーい! 略奪行為は海賊の王道じゃい! それに、ワシはお魚が嫌いなんじゃあ!!」
男として海賊として、それ以上に大人としてかな〜り問題のある発言に頭を抱えるカイルたち。
本当に同業者か? といった疑惑の視線をぶつける護人二人に、彼らは力なく首を縦に振る。
正直なところ、このまま回れ右をして何事もなかったかのように帰りたいと全員が思っているのだが、略奪行為を働きに行くと堂々宣言した輩を放ってお くわけにはいかない。
「ったく、そんな事を自慢してどうすんだよ、ええ! ジャキー二!?」
「うおっ! 貴様はにっくきカイルっ!?」
「なんで、あんさんらがここにおるんや?」
「色々あったのよ……それより、アンタたちコソ泥みたいなマネはおよしなさいな」
「海賊として恥ずかしくないワケ?」
「よ、余計なお世話じゃいっ!」
見事なまでの掛け合い。関西にある一大お笑い工業でも十分に通用するほどの、それはそれは見事なもの。
ちなみにその様子はリアルタイムでリペアセンターのメインモニターに映し出され、遊びに来ていた子供達は爆笑し、アルディラとクノンは声を殺して 笑っていた。
ただ一人、懐かしいような心苦しいような顔で見ている彼女の存在には誰も気づかない。
彼らを見ているとどうしても思い出してしまうのだ。あの戦艦のことを――彼女の主がどの時期よりも充実して一番輝いていた時を過ごした、あの白亜の 戦艦を。
「勝手な言い分はそこまでになさい」
「それじゃ、オレらが困るんだよ」
「読めたぞ。さては貴様らそこの化け物とグルになって……ワシらを酷い目にあわせるつもりなんじゃろう!? そうなんじゃろ!?」
「そうじゃないですよ、私たちは話し合いで解決を……」
勝手に勘違いしていきり立つジャキーニを必死に宥めようとがんばるアティ。
だが変なスイッチの入ったジャキーニはそんなことでは止まらない。彼の後ろですんまへんなぁと頭を下げているオウキーニが、彼の苦労を物語ってい る。
「そういうつもりなら、せんそうじゃあぁっ!! 野郎どもッ! やっちまえいッ!!」
「「「「「「へい、船長!」」」」」」
「あーっ、もぉ! 話をきいてって言ってるのにーっ!!」
と、なし崩しに勢い込んで戦闘を開始したのはよかったのだが……
「く、くそぅ…っなんで、かてんのじゃああああぁぁぁ!?」
ロープで船員共々一緒くたに纏め上げられ、ジャキーニが情けない声を上げる。
「あー何つうか……気ィ落とすなよ?」
「いいのいいの。本当に弱いこいつらが悪いんだから」
大の男が滝のように涙を流すその姿に同情したのか、一応情けをかけてみるヤッファ。それをずばっと切り捨てるソノラ。
簡単にまとめると下っ端六つ子ーズは、ヤードやヤッファ、キュウマの射程外から召還術を食らわされてあっさり撃沈。
オウキーニは元々気が進まなかったこともあってか、ソノラとスカーレルにあっさりと敗北宣言。
一人だけ孤軍奮闘していたジャキーニも、カイルとアティの同時攻撃の前にあっさりと敗退。
「なんでじゃ!? なんでワシの華麗な活躍がちぃっとも載ってないんじゃあああぁぁぁ!!」
「そりゃあお前、あんだけあっさりと負けてたらなぁ」
カイルの言う通りである。
「くうぅぅ……っ。だから……ッ! 陸にあがるのはイヤなんじゃあぁぁっ!!」
「あんさん、気ィ落としたらアカンがな、海の男は不屈やろ?」
「う、うむ……」
一通り叫んですっきりしたのか、オウキーニに慰められて大人しくなるジャキーニ。
「兄弟で漫才するのは勝手だけどさあ、アンタたち、今の状況わかってんの?」
「アタシたちにとっちゃ毎度の事だけど、この人たちの考えはどうかしらねぇ?」
「ひ、ひいぃぃ…っ」
キュウマ、ヤッファの無言の圧力に情けない声を上げるジャキーニ。他の船員たちも揃って顔を青くしている。
もっとも、二人してみればあまりにも情けない姿に呆れ果てているだけなのだが、縛られて身動き出来ない彼らには十分威圧的に感じるらしい。
それに二人が放っている殺気はほんとうに僅かであり、もし本気で彼らが殺気を放てば彼らは泡を吹いてぶっ倒れるているだろう。
「なあ、護人さんよどうするつもりだい?」
「お前たちの好きにしな。面倒くせえしこんな連中を俺らが裁く、ってのもな」
納得、と首を縦に振る一同。
「それに……貴方たちの覚悟は、しかと見届けさせてもらいましたから。よろしいですね? ヤッファ殿」
「けっ、オレはただめんどくせえだけだよ」
「じゃあ……」
嬉しそうな顔のアティから照れた顔を隠すようにそっぽを向くヤッファ。
「ったく、言わなくてもわかるだろうが? 認めてやるってコトよ」
少し投げやり気味だが、間違いなく認めたとヤッファは言った。
その言葉に感激して、笑顔でジャキーニたちを振り返る。もっとも、その笑みはジャキーニたちから見たら魔女のようないじわるっぽい笑みだった彼らは 後に語っている。
「それじゃあ……こんなのはどうでしょう?」
アティの考えた懲罰に、全員が笑った。
アティたちが野盗退治――というよりもはぐれ海賊退治――を終えてから少し時間が過ぎた。
日は完全に昇って今日も平和な一日になる、そう思いたくなるような陽気でうららかな時間。
そんな中、ユクレス村で農作物を育てる畑の一角、見るからに屈強な肉体の者達がクワやスキを持って一生懸命に畑を耕している。
普段からこの仕事しているわけでない彼らはすぐに根を上げ、近くに設けられた休憩所に腰を下ろす。
だが彼らに休養を許された時間は限りなく少ない。そのため少しでも長く休憩しようとすると……
「ほらほら、さぼってねえでとっとと働けー!」
「はいはいおヒゲさん、さぼってばかりじゃダメですよーっ!」
「そうそう、ほら、キリキリ働きなさいよ」
小さな鬼監督たち――テンガロンハットをかぶった金髪の少女、一房が雷のように立った少年、花の妖精――からすぐに作業再会の声がかかる。
彼らはすぐにでも手に持った農具を放り投げて脱走したいのだが、鬼監督たちの後ろで自分の刀の手入れをしている鬼忍や、爪を磨いでにやりと笑う獣人 の姿があるためそんなことは出来ずにまた作業に戻っていく。
「な、なんでワシが畑仕事をせにゃあならんのじゃあぁぁ!」
もはやお馴染みとなったセリフが青空に木霊する。
「働かざる者食うべからずってね。食べちゃった野菜はちゃんと作りなおして返せっていうコト」
「この程度ですんだんだ、あの先生の人の良さに感謝しとくこったな」
「ホンマでっせ? あんさん」
額に浮かんだ汗を拭って兄を慰めるコック。いつまでも泣き言を言い続ける兄と違って、どこか畑仕事を楽しんでいるようにも見える。
「くうぅぅ……っ。だから……ッ! 陸にあがるのはイヤなんじゃあぁぁっ!!」
その声は島中に響いたという。
その夜……
月明かりがほのかに砂浜を照らし、そこを歩く男の姿を映し出す。
男は自らの肉体を知られぬように全身を漆黒の鎧に染め上げ、弱い心が作り上げる表情を悟られないように顔半分はバイザーで隠している。
その男が僅かに晒している皮膚には無数の幾何学模様が浮かび、月明かりとはまた違った輝きをそれ自らが放ち、どこか幻想的な姿を見せていた。
「いつまでそこに隠れている」
唐突に足を止め、何を思ったのか彼は自分の後ろへと声をかける。
「あはは……やっぱりばれてました?」
「当然だ。俺に気配を悟らせたくなかったら機界の者になるんだな」
暗に機界のものでなければ悟ることは出来ると言っている。
「それで、どうしてお前はここにいる」
「アティです」
彼は怪訝な――とはいっても顔には出ないが――顔でアティと名乗った女性を見る。
言葉遣いが悪かったのか? それなら前会ったときに言うはずだろう。
何か怒らせるようなことでもしたのか? だがアティの顔を見るに怒っているような様子はまったくない。
ならば一体何が気に入らなかったのか? 延々と頭をひねって悩む彼を見かねて、アティが少しだけ怒ったような口調で言う。
「名前。私はお前なんて名前じゃありませんよ」
その言葉でようやく彼の疑問が氷解する。
「アティ、これでいいか」
「はい!」
よほど名前を呼ばれて嬉しかったのかアティは朗らかに笑い、それにつられるように彼も慣れたものしかわからない程度に口の端をつり上げる。
「なら改めて聞くが、どうしてここにいる」
「お散歩ですよ。なんだか今日は嬉しい事が多くて」
「嬉しいこと……ああ、島の者がお前たち――いや、アティたちを受け入れてくれたことか」
つい癖でまたお前たちと言いそうになり、アティにむぅと睨まれて彼は苦笑しながら改めた。
彼は事の起こりから終焉に至るまで、詳細は全てサレナから伝え聞いている。
勿論、ヤッファやキュウマが自らの証明をもってアティたちを受け入れたことも。
「それに子供たちもちょっとずつですけど、心を開いてくれるようになってくれて言うことなしですよ」
「――その割には落ち着いていないようだな。気の流れが乱れている、何かを心の奥深くに押し込んで自分を偽っている、といったところか」
一瞬、本当に一瞬だけアティの顔に影がよぎったのを彼は見過ごさなかった。
それと同時にどうしてこんなことを言ったのか悩む。彼の性格は何事にも干渉はせず、常に第三者の立場となって全体を見渡すもの。
今のように一個人の感情を読み取り、あまつさえそれを口にするようなことは絶対にしない。
そうやって逡巡するのも一瞬。
「――あ、あはは! そんなことありませんよ!」
彼の言葉を否定するように無理やり笑う。その笑顔もどこかぎこちない。
「そうか、ならいい」
「そ、それより!! 黒百合さんの体って綺麗ですね! 何というか……見ていると惹きつけられるような……そんな感じです」
「綺麗……か。三度目だ」
「三度目……ですか?」
言葉の意味がわからずアティは首をかしげる。
「ああ。はっきり言って俺はこの体が嫌いだ、いや憎んですらいる。
この体は俺が人間でなくなった証。俺がいままで積み上げてきた罪の象徴。感情が昂ぶれば否が応でもこいつらは反応する」
黒百合は淡々と語る。自分の体は望まなかったもの、自分の意思とは関係のない副産物であることを。
「だがこの体を気に入ってくれた奴もいる。アティ、君は三人目だ。
普段は見せたり話したりしないんだけどな、このことは」
最後にだけ、ほんの少しだけ黒百合の言葉遣いが変わったことにアティは気づかない。
「さて、もう夜も遅い。早く帰るんだ」
言いたいことを言い終えたのか、黒百合は踵を返して森の中へと入っていく。
その背中に、
「あの、黒百合さん!」
声がかけられて彼はゆっくり振り返る。ナノマシンの軌跡が淡い残光を残し、一本の光線を描いた。
「また……こうやってお話してもいいですか?」
「それで君の気が済むならな」
それだけを言い、黒百合は今度こそ森の中へと消えていった。
その後姿をアティはいつまでも追っていたのだった。
あとがき〜
ようやくおヒゲの人が出ました。ついでにフラグが立ってしまった。
でもあの人、なんで眼帯してんだろ? どなたか知りませんかね?
まあそれは置いといて、今回はほんのりコメディっぽくなった気がします。
自分の性質はあんまし合わないんですけど、今回は筆がよく進むこと。まさに親分様様です。
にしてもだんだんとオリジナルな話が少なくなってきている気がする。むぅ、まずい。