Summon Night
-The Tutelary of Darkness-
第十三話
『一夜明けて』
無色の派閥による虐殺が行われてから数日後、その時の戦いに加わった全ての者たちはサプレスの集落へと集まっていた。
北辰、そして夜天光から邪道栄と名前を変えた二人の事、今まで一部の者たちしか知らせていなかったアキトとサレナの生い立ち
そして北辰たちとの因縁を話すためにサレナが集めたのだ。
「皆、集まりましたね」
周囲を見渡し、全員が集まったことを確認したからサレナは言葉を続ける。
「編み笠の男は北辰、そして大男は邪道栄。どちらも私とマスターと同じ世界から来た存在です」
「同じ世界って……あれ、サレナって機界から召喚で黒百合って名も無き世界から召喚されたんじゃ?」
「そう言えばそういう話でしたね。長い間、話す機会もないせいで忘れていました」
ぽん、と手を叩いて今それを思い出したというサレナ。
実際そんなことを気にする必要もなかったので忘れていて当然なのだ。決して作者がその設定を忘れていたということではない。
「そのことも含めてこれから説明いたしますから」
胡乱な目を向けられて苦笑いを浮かべながらもサレナは自分たちのこと、島の住人たちにも知らせなかったことを話し始めた。
自分が機械兵士でいうところの人工知能にあたる存在であり、肉体を得たのは召喚事故による副産物であったこと。
今でこそ『護人・黒百合』と名乗っているが本当の名前はテンカワ・アキトというコックを夢見ていた平凡な青年だったこと。
その夢を、その全てを奪い去っていったのが北辰という男。そして懐刀の邪道栄も自分と同じ機械であったこと。
北辰、その名前を聞いた時に多くの者が顔を恐怖に歪めた。
無理もないかとサレナは思う。
この島でも最強の実力を誇るアキトをたった一撃で倒し、とるに足らない弱者と嘲ったあの狂笑はそう簡単に忘れられるものではない。
(やはり彼らには無理ですね。いえ、無理でなくとも戦わせるわけにはいきません)
心の中で小さく決心を固めながらもサレナは語り続けた。
「……以上が、マスターと私があの二人にこだわる理由です。理解してもらえましたか?」
愛する人だけでなく、自分からすべてを奪った男とその従者。
それに固執する理由はその経験がない面々にも痛いほどよくわかる。
しかし、本当にそれでいいのかという思いもある。ここまで一緒に戦ってきたのに、どうして誰にも頼らないで戦おうとするのか……
そんな皆の思いを代弁するかのように、カイルが口を開く。
「けどよ、そんな強い奴ならなおさら皆で戦った方がいいんじゃねぇのか?」
カイルの提案にほかの皆も頷く。
当然、そうしたほうが効率はよくなることだろう。が被害は格段に増える。それに仲間を殺されたことで冷静さを失ってしまう者が出るかもしれない。
即座に判断を下したサレナはやんわりとその申し出を断ることにした。
「皆の気持ちは嬉しいですがあの二人との因縁は私とマスターで決着をつけます。それが、私とマスターの二人で出した結論です」
(それに……仲間をみすみす殺しにいかせるようなことはしたくありません)
決して言葉にはしないサレナの心にある思い。
アキトのことを最優先に考える彼女、だけど仲間という大切なものは失いたくない。
かつての世界でいたアキトのことを大切に思う様々な友人たちのことを知っているだけに、その思いはひとしおだった。
そしてこの世界で出来たもう一人の親友の存在も、その思いに拍車をかけている。
同時にアキトの思いも痛いほど感じている。
主と仲間、二つの思いが彼女の中で揺れ動く。
(私は、どうしたら)
「アズリア……よかった」
アルディラから帝国兵たちの治療が終わったと聞き、アティはすぐにリペアセンターへと向かった。
ずっと話したいと思っていた。もう出来ないと思っていた。その覚悟もあった。
だけど出来るなら……その想いが彼女の中にあったことも事実。
その想いが無駄にならなかったことは素直に嬉しく、少し微笑んで彼女はメディカルルームの扉の前に立ち――
「L・O・V・E・クノンたー ん!!」
音も立てずに扉が閉まり、一歩二歩と後ろに下がってレッツ現実逃避。
幻聴、そうあれは幻なんです。あり得ません……あんな異界のような光景がこんなところにあるなんて。
アティは必死に、必死に自分へと言い聞かせる。
ピンク色のハチマキに同じくピンク色の、しかも背中には金色の刺繍で『We Love
クノン(はぁと)』と書かれた
ハッピを着た帝国軍人なんて見ていない。
そんなもんどこから調達したのかも考えてはいけない。
ましてや、そんな理解を超えた集団の真ん中で隊長と書かれた旗を持つヴァルゼルドに
ピンク色のフリルがたっぷりあしらわれた服を着たクノンなんて見ていない。
「アティ……」
「うひゃぁ!? ア、アズリア!?」
メディカルルームの横、アルディラの私室へ続くドアから幽霊のような寂れた声に飛び上がるアティ。
ちなみに胸も揺れる。ぶるん☆ではなく、たゆん☆である。ビバでっかいの。
それはともかく、驚き振り返ったアティの目に憔悴しきったアズリアの姿がそこにあった。
「お前も見たのか」
「え、えっと……あはははは」
「アティ、私はようやく悟ったんだ。変わらない人間なんて誰一人としていないってことをな」
ひどく虚ろな瞳に定まらない視線で薄らと笑い、もうどこからどう見てもアブナイ人になりつつあるアズリアが言う。
かなーり危険な方向へと悟りを開きつつある友人の肩を揺さぶり、元の道へと引き戻そうとアティはがんばる。
「アズリア! 気をしっかり持ってください!!」
「精鋭だと自負していた彼らも私が不甲斐ないばかりに大分減ってしまった。アティ、私はもう疲れた」
アズリアの上でどこかの教会で天使に連れて行かれた犬と少年が手招きしている。
なぜかそんな幻が見えたアティ。本能でそれが危険なものだと悟り、よりいっそう力をこめてアズリアをこっちに戻そうとがんばる。
「駄目ですアズリア! そっちは逝っちゃいけないところですよ!!」
「こんな私でも心配してくれるのか」
「当たり前です! 貴女は私の大切な友達なんですから!!」
「まだ私を友と呼んでくれるか」
感極まった声で、震える手でアティの手をしっかりと握り返す。
何も言わないで、とその手を優しく握り返すアティ。
瞳の橋に涙をためて、袂を別ったはずの友の優しさに抱かれるアズリア。
例えるなら『聖母』と題してもおかしくない幻想的で暖かみのある一枚の絵画、それによく似た光景を今、この二人が作り出していた。
何者にも侵すことの出来ない絶対不可侵の領域が出来上がっていた。
……のはず、なのだが。
「隊長ぉ……ひっく」
「フゥーッハァ! 戦場はほんと地獄 DA☆ZE」
「あ、てめこら! 俺の腋巫女使うんじゃねーよ!」
「まっこまこにしてやんよwwww」
「うほっ、これはいい兄貴w」
「アッー!!」
「アリーゼたん……'`ァ(*´д`*)'`ァ」
「速攻魔法発動! 狂戦士みたいな魂!」
「ひょ?」
「すっぎさりしきおくが〜♪」
「おくこうねん! おくこうねん!」
「げぇ、孔明!?」
「シバーイ」
「うはwwwwこれはいいチートメーンwwww」
「りっくりくされにきますたw」
「釣りっすかorz」
「Nice Boat」
なんかもう、色々なものがぶち壊しだった。
どこから引っ張ってきたのか、PC(きっと高性能)でニコニコしていたり、絵を書いていたりと実にフリーダム。
「帝国兵のみなさーん! クノンで〜す♪」
「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!!!」」」」
トドメとばかりにいつもの看護兵服からどこの歌姫様だお前は(偽物Ver)とつっこみたくなる衣装に着替え
ヴァーチャル映像の大きなヴァルゼルドの手のひらで歌って踊るクノン。
それにしてもこのクノン、ノリノリである。
「「………………」」
もはや言葉もなく、一歩下がって再び扉が閉まっていくのを見ているしかなかった。
それはともかく、兵士たちが無事快復へ向かっているという事実だけを受け入れてアティは素直に喜ぶ。
あれほど虚ろだったアズリアの瞳にも生気が宿る。
そのタイミングを見計らってこの混沌とした空間からアズリアを引っ張りだし、アルディラのお気に入りというリペアセンターの頂上に二人で座った。
頬に風を感じたまま、先にアティが口を開いた。
「こうしてまた二人で話す日が来るなんて思っていませんでした」
「そうだな。私も今を生きていることが不思議なほどさ」
一度ならず何度も敵と味方に別れて戦い続けた島の住人と帝国軍、その集団を纏める立場にあった二人はどちらも
昔のように話すことも出来ずどちらかが死ぬことを半ば覚悟していた。
特にアズリアは最後の決戦に背水の陣を敷いてまで戦った。本当ならどちらかが死んでもおかしくない状況だった。
でも、二人はこうして一緒に座って話し合うことが出来ている。
知らず二人の顔は笑っていた。
「……最後の戦い、もうすぐなのだな」
ひとしきり微笑みあった後、軍人の顔に戻ったアズリアがアティに問う。
「わかりますか?」
「当然だ。空気が違う」
肌をチリチリと焼くような焦燥感とも言うべきか、恐らくアズリアのように最前線で戦い続けた者にしかわからない感覚。
それがこの島を覆い尽くしていると彼女は言うのだ。
無理もないかとアティは思う。
圧倒的なまでの力を見せつけ、揺るぐことのない勝者の地位を誇る無色の派閥とやり合おうというのだ。
これで緊張しない者のほうがいないだろう。
加えてサプレスの集落が漂うアキトの狂気と殺気が、その思いを増幅させている。
それを吹き飛ばすようにアティは努めて明るく、少し大きな声で宣言する。
「次でこの戦いを終わらせて、皆で笑顔のハッピーエンドを迎えます」
「ずいぶんと言うようになったものだ。あの『時』のお前とはまるで別人のようだな……」
「人は成長するものですよ、アズリア。いえ人間だけでなく生きているものなら成長するものです」
間違った方向に成長した帝国兵士はどっかに捨てておく。
「ふん、そういうことにしておくか」
口調こそ皮肉ったものであったが、その表情は柔らかく笑っていた。
「雨降って地固まる、といったところかしら?」
「そうですね」
カオスの権化となったメディカルルームから抜け出し、リペアセンターの屋上の傍にある塔の上から眼下を見下ろすアルディラが言う。
その横には同じく二人の微笑ましいやりとりを見ているサレナが同意する。
二人の視線の先には今も笑いあい、ふざけあう二人の姿があった。
「ほんとにやってのけたわね」
「はい。正直なことを言うと無理だろうと思っていました」
「背水の陣をしき、決死の覚悟で挑んできたのよ、そう思うのが普通よ」
むしろそうなるとさえ思っていた。
しかし結果は『無色の派閥』による乱入さえなければ死者も出ずに終わっていただろう。
「あれがアティの強さ。知らず人を惹きつけ、時にはその言葉を真実に変えてしまう強い心」
「彼女も色々と経験しているみたいだしね。それに諦めないで真っ直ぐ進んできた結果が今の彼女を作った」
「真っ直ぐな心……です、か。私には……」
彼女が知る諦めなかった事柄といえば、火星の後継者たちを潰すアキト、島を守るハイネル、そしてアティ。
それが大切なことだとはわかる。理解も出来る。
しかし、それで大切な人をなくしてしまっては意味がないのではないかとサレナは考える。
もしも『向こう側』でアキトの命令を無視して、無理にでもユリカやルリたちに合わせたら――
今のアティたちを見ていたらそう考えることが多くなった。
だからわからなくなる。何が正しくて何が間違っているのか。
「そんなに難しく考えることなんてないわよ」
小さく微笑んでアルディラは迷いを見せるサレナに言う。
「私もハイネルのことを諦めたわけじゃないの」
「え? でも、ハイネルは――」
「この島を守って死んだ。でもね、私には時々聞こえるのよ、彼の声が」
「だから私は信じている。ハイネルは死んでいないって」
「アルディラ……」
真っ直ぐ、微塵も迷いを見せずアルディラは言い切った。
その姿はずっとサレナの中でくすぶっていた問題に小さな光を見せた。
一つの答えという、小さな答えを。
「恥ずかしいから他の皆には内緒にしてね?」
(ありがとう。貴女のおかげで決心が付きました)
「アルディラ、折り入ってお願いがあります。貴女に――――――を作ってほしい」
「それ、本気!?」
「はい。私も信じてみることにしました、マスターの未来を、この島の未来を」
「ところでアティ。黒百合とかいう男はどこにいるんだ?」
「へ?」
どうしてそこで黒百合――すなわちアキトの名が出てくるのかと小首をかしげるアティに、わざとらしく咳をしてアズリアは矢継ぎ早に言う。
「いや、いつぞや助けてもらった礼をきちんと言ってなかったのでな」
ちなみに頬がちょっとばかし赤い。
詳しい話は第七話をどうぞ。
「アズリア……もしかしなくても惚れましたね?」
どこかでこれはからかうのチャーンスという声が聞こえたが気にしない。
「ば、ばばばば馬鹿なことを言うな! 私はただ礼を言うだけであってだな!?」
「はいはい。そういうことにしておきましょーねー」
「貴様! 今、鼻で笑ったな!?」
「アズリアの気のせいですよー」
吹き抜けの屋上であることも忘れて追いかけっこを始める二人。
その表情は楽しげで子供のように純粋で輝いて見える。
「でも黒百合さん――本当はアキトって言うんですけど、あの人にはライバルが多いですから頑張ってくださいね〜」
サレナとかファリエルとかのことです。
「だから私は!」
「帰りを待ってくれる人が一人でも多くいるほうがいいんですよ。今のアキトさんは――昔の私と同じだから」
家族を失い、兄を失い、ひたすら力だけを求めた昔の自分。
兄を手にかけた相手を探して無理をして、周りの言葉を聞こうともしなかった頃と重なるのだ。
それを止める人がいなければならない。
あの二人ではダメなのだ。知っていても止めようとする、諌めてくれる人でなければ。
復讐を終える=人生を終えることにならないように。
「ふん」
アティの過去を知り、実際に“拳”で無理矢理諌めたアズリアは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。
あとがき〜
いっぺん死んできます(挨拶)
リアルがやばいです。誰かたすけて(色々ピンチ)
筆が進みません。誰かたしけて(かなり切実)
構成? なにそれおいしいの?(撲殺)
キャラの性格違うよねー? ソンナコトアリマセンヨ?(刺殺)
……首つってきますorz(当然)