無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之



第八話


「……何だってんだよいったい」
 トーロならずともぼやきの一つも垂れようというもの。
 エルメッツ中央軍・第4方面軍第122艦隊司令部付、オムス・ウェル中佐。
 直属上官のモルポタ・ヌーン大佐。
 基地司令のテラー・ムンス中佐。
 で、5分ほどお話して、ちゃんちゃん。
 これからも政府と軍の為に尽力してくれ給へはっはっはー、みたいな。
 よければ軍に来ないかね。君の様な有望な若い力はいつでも欲している、とかなんとか。
 まるで徴募係の口説き文句みたいな無意味な会話がだらりとされて。
 お、もうこんな時間か、それではと。
 情報提供も提携も具体的な事項は全くなんにもナッシング。
 もちろんティータの兄の話などはカケラも出て来ず、必死に堪えていた彼女が痛々しかった。
 我がモノ顔でゲートの前に構えた、軍人、基地御用達らしい酒場は随分と大きい。夜勤明けシフトの客も流れて来ているのだろう。昼間からそれなりの入りだ。
 盛大に肩すかしを食い店の奥で一行がへたりこんでいた処。
 となり、空いてますか。
 返事を待たず男が一人、するりと席に着く。
 ついにティータが決壊してしまい、トーロがおろおろしている。
 中佐もあれで、立場がありまして。こうした遣り口ですがご容赦を。
 直ぐ近くで、美少女が泣き喚いているのを意に介さず。
 軍属とも基地出入りの業者とも、ラフな装いの男は独り言のように。
 これでけっこう、込み入った話なのかい。
 吐息を漏らすように、トスカも眼を合わせず応える。
 ユーリはそれを、全身を耳にして聞き入る。
「いえそれほど。要約すれば二つです」
「カネの流れと、策源、と」
 男は小さく口笛。
「それとまあ、少しばかり」
 お家の事情はいいよ。
 トスカが低い声を出す。
 あたしらに何をさせるつもりなんだい。
「……アグリノス中尉は現在、潜入捜査の任に就いています」
 表情を改め、男は囁いた。
「面が割れてないあたしらに、接触してこい、と」
 トスカは男に顔を近づける。
 ……そんなにヤバいのかい。
 どうにも。鏡の魔境でして。
 男は肩をすくめてみせる。
 つまり。スカーバレルの勢力が、戦域軍の内部まで浸透している、ということか。
 イスモゼーラ社乗っ取りの、海賊らしからぬスマートな手並みを思いユーリはぞくりとする。
 中央から乗り込んで来た中佐も、敵も味方も判らず孤立しているのが現状なのか。
 こんな、文字通りひよっこの、素性も知れぬバード一人手駒に欲しいほど……。
 いや素性はたっぷり洗い晒しただろうが。
 無色透明なのを確証した上でこうして手を伸ばして来たのだろう。
「判りました。引き受けましょう」
「助かります」
 男は手を差し出した。
「トトロス・ベーレです。宜しく願います」
「ユリウス・クーラッドです」
 それと。
 トトロスはデジット・ペーパを取り出した。
「預かりもんです。アリアストアかテフィアンか、どちらか一つ、ランセンスを」
 ユーリは迷わずアリアストア級を取った。
 トトロスは残りをその場で破棄する。
 あと一つ。
 トトロスが指を立てて云う。
 自分を、クルーに加えて欲しいんですが。
 ふっ、トスカが唇を歪め。
「軍監か。どーします、キャプテン」
 しらけた顔のトスカに。
「いや、一蓮托生っすよ、姐さん」
「いいですよ。べつにやましくないし」
 あっさりと、ユーリ。
「信頼関係はこれから構築ということで」
 トトロスは刹那、真顔を浮かべる。
 ガキかと思ったら。この女の仕込みか。
 いっぱしの口を叩くじゃねえか。
 情報通りなら実年齢はあまり違わないみたいだが。こっちは踏んでる場数が違う、はずだ。
 ま、ここは一つご用心、だなこりゃ。
 行こう、トーロ。
 相棒に声を掛け、立ち上がる。



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