無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之



第九話


 惑星「ルード」
 指定されたバーは人気薄なのか、閑散としている。
 カウンターに座っているのは、その男ただ一人だった。
 兄です。間違いありません。
 一目見た少女は断言する。
「兄さん……!」
 押し殺したティータの声が漏れる。
 ユーリは男に向けさり気なく歩み寄り、隣の席に着いた。
 傍らのユーリに向け、男は何の反応も示さない。
 正面を向いたまま、時折、機械的に紫煙を吐き出している。
 ボトル二本、奢りましょうか。
 ユーリの問い掛けに、やはり何の関心も向けて来ない。
「じゃあ、三本」
 素早く言い添える。
 ひくり、と男の目元が動いた。
 右手が、す、とユーリの肩に伸び、軽く叩く。
「貰おうか」
 それだけだった。
 マスター、これね。
 ユーリはマネーカードをカウンターに置き、席を離れた。
 店を出て、通りを少し歩く。
“どう?”
 喉だけを動かし、尋ねる。
“尾行とかはなさそうすね”
 トトロスの声が耳に響く。
“大丈夫だと思いますが、一度パーチで合流しましょう”
 その足でパーチまで行き、入り口付近で待つ。
 5分ほどでトトロスが現れた。
「艦長には付いてません。自分も大丈夫だと思います」
 素早く言葉を交わす。
「行こうか」
 ま、場合によってはバレバレだけどな。トトロスは胸内で舌を出す。
 命があれば大丈夫でしょ、今のトコは。
 艦に戻ると、トトロスは何かセンサを持ち出しユーリの体を入念に探る。
「多分、左肩」
「ああ、そうすね」
 トトロスは慎重な手つきでそれ、爪の先程のメモリ・チップを摘み取った。
 センサをしまうと、自分の作業端末にメモリを読み込ませる。
 作業、デコードし、何度か頷き、作業、再びエンコードし、更にデジペで出力する。
「艦長、一件通信をお願いしたいんすけど」
 通信?。
「何処、へ?」
「中央軍。中佐の原隊宛っす」
 ああ、なるほど。
 今回の件、まさか既に中央軍が“汚染”されているということはあるまい。
 迂遠だが、中央を経由することで秘匿強度は担保される。
「判った。これをデータ送信すればいいんだね」
 ブリッジを呼び出し、受け取ったデジペを転送し、送信を依頼。
「さて、と。後は別命アルマデ待機、すね」
 軍隊でいう“急いで待て”ってやつ、ね。
 それじゃあ。
「戦力整備に充当しようか」

護衛艦アリアストア級「スズツキ」
 全長340m 乗組員300名
 搭載兵装:12cm対艦レーザ・単装1基 対艦ミサイル2基

「凄いですよこのフネも。艦首損壊で大破したのにバックで生還したそうですから!ぜったいご利益ありますよ。多分」
「……もしかして菊水特攻生還組から順番にネーミングしてる?」
「?キクスイトッコウって何です。トスカさん」
「いやいい、忘れて」
 護衛艦二隻の、ささやかな戦隊が編成された。
 慣熟、練兵を兼ね航宙しつつ向かう先は。
 惑星「ラッツィオ」、「ギルド」
 リベンジである。
「命を預けることになる訳ですから。慎重になるのもご理解願いたいものです」
 言い置きながら、男はユーリの現在事項証明、「フェノメナ・ログ」を一瞥した。
「ほう……」
 その口から嘆声が漏れる。
「そのお年にして、失礼ながら、これは大したものだ」
 ユーリに投げ掛ける視線が、柔らかみを帯びたものに変わった。
「いいでしょう。これから貴方が私の指揮官だ。アレクサンドル・ププロネンです、コマンダー、何なりと御命令を」
 差し出された大きな掌が、力強く握りしめて来た。
 あん、坊や、何の用だい。ああ、スカウトだあ。
 均整の取れた、美しい肉体美を持つ大柄な女性が上からユーリを睨め付けて来る。
 やはり、前回けんもほろろに追い出したことは覚えていないようだ。
 だがそんな彼女も、少年のログを目にすると態度を一変させた。
「あらまあ、へええあんたがねえ。こりゃ大したもんだ」
 笑み崩れ、意想外に魅力的な表情を見せる。
 ぐりぐりとユーリの頭を撫で下ろしながら。
「よーしよしお姉さんに任せときな!タニア・ガザンだ。宜しく頼むよ少年!」
 何かすっかり気に入られたみたい。
「あら、隊長」
「おや、君もか」
 ガザンがニッと笑い掛ける。
「あたしら、“チーム・トランプ”てね、ちったあ名の売れたマークのツートップなんだぜ!」
「いい買い物です。保証しますよ、コマンダー」
 新たに、ププロネンにはセンシング管制、ガザンには火器統制統括のシフトに就いて貰う。
 抜錨、「ラッツィオ」から離れようとしたとき。

 それは再び現れた。



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