無限航路−InfiniteSpace−
星海の飛蹟
作者:出之
第十話
心は(何処に)在るのかと問えばそれは哲学だが、人間という有機機械が脳という器官の機能により行動していることは自明だろう。
であるのだが、この脳の構造は未だ不明な点が多い。
構造が不明であるので、その機能する処の出力情報、判断、などというものも不明瞭であったりする。
例外を別として、しかしその判断を人は正しくあろうと望む。損得や、美学や。嗜好にも左右されるが。
ましてそれが作戦行動に臨んでの指揮官の判断であるとすれば。
その根拠を逐一軍議に図り指揮下戦力との意志統一が必要では何も出来ない。故に平時に於いて指揮官は事前に此を佳く周知せしめねばならない。その目的とし主に用いられるのは訓練の場だ。そして効率向上の為に発達したのが指揮統制という概念であり、道具としての軍事学、兵理兵則、ドクトリン等の共通言語であるといえる。
こうして帳簿上でのただの員数は、指揮官の意志と一体化することで初めて戦力として編成される。
の、だが。
一人の人間でしかない指揮官は、それでも、場合により自身の判断を言語化出来ないときがある。最悪、それは自身に対しても起こりえる。
勘、などと呼んでみたりもする。匂うんだよ、なんてね。
幾多の戦場に身を置き、多くの勝利と幾つか不可避の敗北を味わい、今なお兵の先頭に立つもの。風に戦機を聞き、雲に勝機を読み、敢然と決断し、発令する。
だったらかっこいいのにね。
まだそうした背景には縁遠かったのでユーリは、訓練の仕上げにかこつけて戦隊を動かしてみた。
こちらは主星を背負い気配を消して(質量、電磁、赤外の強力なダミーを背負うことになる)、星系外から侵入してくる敵艦を迎撃する。
伏撃である。
そうした状況が多発する、とは言えない。寧ろ今まで通り、航進中に彼我を探知しそのまま交戦に達する遭遇運動戦が今後とも頻発するだろう。
しかるにこれは、どちらかと云えば軍が立案する防衛作戦に近い。
が、誰からも異論は出ない。
何を以てムダとするかの評価は難しい。人生にも似て、総ての経験は生かし得るし、実戦で可能な行動とは即ち、指揮官と部隊が共に学び検証し共有された、その裏付けに依り導かれるから、に外ならない。戦術環境に放り込まれてみると実際、その局面に於いて真に何が要求されるのかその事態に直面するまで判らない、という、そうした不確定要素を、実戦という環境は常に孕んでいる。備えよ常にの精神である。(積極的に戦場をデザインする努力、イニシアティブの掌握が必要である事は当然とする。)
航宙チャートを参照すると、約30分後くらいに大手運送の無人定期便が出現するらしいので、これを標的に見立て襲撃行動を取ることに。
古の昔の海洋艦船の話になるが。
海上でその探知識別は当然、光学と電子を併用した手段に依ったが、使用出来ない海中ではこれを音、により行っていた。
各艦船が推進に用いるスクリューが個別に発する“雑音”「キャビテーション・ノイズ」そして機関が発する音。
現在の航宙艦船も実は良く似た探知識別がされている。
探知は既出の通りその航跡から。
そして識別もまたこの航跡からなされている。
航路計画上に存在しまた、通例、識別信号の発信により自ら所在を証しながら航進する民航船はともかく、各艦の主機は特徴的なインフラトン反応を示す。
そして同型艦であってもその各々は微細な差違を顕す。微細である程にそれは個別識別の特徴として観測される。
つまり、一度遭遇した目標であれば、次はそれを同定可能となる。
そう、何となく、ね。
「アンノン、探知。距離250000、方位0−1−0」
CICに響く若やいだ声はティータが発したものだった。
実は彼女もトーロの同期で、ブリッジクルーとしての基礎課程を履修しており、その後就業を視野に独習も積んだということで。演習中はトスカも「スジがいい」と評価していたのだが。
実戦は当然ながらこれが初になる。
オペレータはアナウンサーではない。指揮官の目線に立った、対峙する戦術空間を把握した上で必要とされる要素をピックアップする、ともすれば各選管事項に没入仕勝ちな各員に向け時に状況全般への再認喚起を促す、無自覚かつ高度なセンスが要求される要職であり、でありながらなおかつ前面に出ない、あくまで裏方に徹する謙虚さも必要とされる。
「同定、オル・ドーネ級……オスカー?」
CICの空気が動いた。
彼女は一瞬、すがる様な視線をユーリに向けて来た。
替えている猶予はない。
「それでいい。続けて」
「相対速度+18000、−15%」
「マーベリック1番2番、咄嗟射撃!」
対艦ミサイルを発射準備出来次第順次撃てと発令している。
「マーベリック咄嗟射撃、アイ」
艦の前方20kmに発射軌条がポップアップ。
展開された重力傾斜を2発の弾体が滑り落ちる。
重力制御で加速された弾体は準光速、12%の初速を与えられ飛翔する。自身は熱も光も発する事無く。
「着弾基点に斉発全力」
「射撃準備、アイ」
目標を危害圏内に捕捉したミサイルは自爆。
「起爆確認」
メーカスペック平均1億5000、総計3億に達する爆散破片を敵軌道前方に投射。
「着弾確認」
「全砲射撃開始」
「オスカー、IF反応増大」
護衛艦の豆鉄砲では連続射撃は通常1秒、砲身溶解限度まで粘っても2秒の照射が限度だ。
敵は全く交戦の意志を示さなかった。素直に全力で直交加速、強引に軌道をねじ曲げながら避退していく。
前回と攻守交代した完璧な奇襲。だったが
叩ききれなかったか。ユーリは内心舌打ち。
まあ現有戦力では巡航艦相手に火力不足は否めない。
善戦敢闘というところか。クルーの信頼回復も大きい。
「各員の奮励に感謝する。ティータ、有り難う」
「び、びびったー。流石にムチャ振りですよ艦長!」
CICにどっと笑いが弾ける。
「いや、初陣にしちゃ大した冷静沈着だったよ」
トスカ姉さんの一言講評。
「お、オペレータでも食っていけるかな」
「十分じゅうぶん」
根拠レスにトーロ。
上首尾に演習を締めくくった戦隊は帰港。
そこにはオムスからの指令が着信していた。
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