視点:桂花
私達は盗賊の討伐を終え、今は曹操様の城へ帰還している途中。
討伐は大成功だった、迅速且つ最小限の被害、まさに私の予想通りだ。
ただ、予想外なのは味方の方。
『ギュルルルゥ〜』
「兄ちゃん、お腹空いたよ〜」
「…そうだな」
予想外の二人がそんなこと言っている。
「確かにお腹空きましたね〜」
「うむ、麺麻が恋しいな」
この四人だけでなく、全員が同じように思っているだろう、昨日から何も食べていないのだから。
城は目の前だから、行き倒れる心配はないのだけど。
「誰のせいだと思っているのよ」
私は嫌味をたっぷり込めてに言うが
「それは、荀ケのせいだろう」
「荀ケちゃんのせいですね〜」
「荀ケ殿のせいだな」
「間違いなく桂花せいね」
三人の言葉に、いつのまにか近づいたてきていた曹操さまも続く。
「約束、覚えているいるわよね」
「ぐっ、…ですが曹操様、許緒はともかく、捕虜の徐晃たちが」
「おいおい、人のせいにするなよ。俺達は元々持ってた食料を食ってんだぜ」
「あんたが仲間を迎えに行ってたから、予定より帰還が遅くになったんでしょうが!」
予想外だったのは、季衣が人の十倍食べることと、天の御遣いの策で捕まえた徐晃が仲間を迎えに行って帰還が遅れたことだ。
「不可抗力や予測できない事態が起こるのが、戦場の常よ。それを言い訳にするのは、適切な予測が出来ない、無能者することだと思うのだけれど?」
「そ、それはそうですが……」
曹操様の言う通り、空から槍が降ってきたというならともかく、予想より糧食が減りが少し早い、行軍が少し遅れた、そんなことは言い訳になどならない。
「とは言え、今回の遠征の功績を無視できないのもまた事実。……だからもう一つ試験を行うわ」
「試験…」
「ええ、どうする?」
「も、もちろんやります!」
「では試験の内容は城に戻ってから言うわ」
どんな試験であっても絶対合格してみせるわ。
『ギュルルルゥ〜』
また許緒の壮大な腹の音が聞こえた。
人が気合をいてるときに、気の抜けるような音を出さないでよね。
「許緒、これでもかじってろ」
徐晃が何か袋を許緒に渡す。
「あ、乾物だ! いいの、ありがとう」
許緒はもらった乾物を嬉しそうにかじる。
「ふふ、刃はやさしいな」
からかうようにそう言ったのは趙雲。
趙雲は徐晃と真名を交換していた。
一戦しただけで、男と真名を交換するなんて武人の考えはほんとわからないわ。
「勘違いすんな、城までこんな腹の音を鳴らされたら、うるさくてたまんねぇからだよ」
徐晃の仲間は皆、若い者ばかりだった。
家族も同然という言葉通り、徐晃は仲間から兄のように慕われている。
官軍に焼かれた街の生き残り……今まで盗賊なんて、どいつも屑ばかりだと思っていたけど、あんなのもいるのね。
まぁそれでも所詮男だけど。
「ところで刃、傷は痛くないのか?」
「痛ぇにきまってんだろうが、やせ我慢してんだよ。てめぇが付けた傷だろ」
「私が付けた傷だから言っているのだよ。…(やせ我慢で馬に乗れるような浅い傷では無いはずなのだがな)」
城に戻った後、軽く食事をとり、私はある一室に案内された。
その部屋の真ん中に置いてあったのは、
「象棋盤…」
「ええ、桂花は象棋はうてるわよね」
「はい。むしろ、今まで誰にも負けたことなどありません」
軍師にとって象棋は言わば、武人の組み手と同じ、もちろん象棋が強い者が必ずしも優秀な軍師とは言えない、だが優秀な軍師は象棋が強い。
……ここまで来れば試験の内容はわかる、これなら私が試験の落ちることなど無い。
「郭嘉と程c。この二人のどちらかと象棋をうち、勝てば合格よ」
「いきなり呼ばれたので何事かと思ったのですが。象棋で試験ですか」
「風達が負けたら、代わりに降格ですか〜」
「貴方達の実力はわかっているから、そんなことはしないわ。でも負けたらおしおきね、ふふ」
曹操様が怪しく微笑む。
「そ、曹操さまの、お、おしおき……ぷはっ!」
「ぐぅ〜」
それを聞いて、郭嘉は鼻血をだし、程cは寝た。
「……いいなぁ」
「……むぅ」
「稟はあの調子で、おしおきなどされたら死ぬのではないか」
「風はあまり乗り気ではないようだな」
私達のほかに部屋に居るのは、夏候惇 夏候淵 趙雲 天の御遣い。
試験を見学に来ている、暇人ね。
……でもちょうどいいわね。
「では桂花、どちらとうつ」
全員の視線が私に集まる。
「曹操さま、一つ宜しいでしょうか?」
「なにかしら」
「象棋の相手、御遣い殿ではいけないのですか?」
「ルルーシュと?」
「はい、御遣い殿も言えば軍師とあまり変わりません。ならば試験の相手が御遣い殿でも良いと思いますが」
今の時点では、この男は私よりも曹操様に信頼されている。
それは仕方ない、私は雇われてから日が浅いのだから。
だがこの場で理解してもらう。
私がこんな男なんかより、優秀だということを。
「………」
「俺は構わないぞ」
曹操様は何か考えているようだったが、ルルーシュが先に答える。
「いいでしょう。 ルルーシュ、負けたらおしおきだからね」
「そんなものは、俺の予想にはないさ」
予想?……まぁいいわ。
私は象棋盤の前に座る。
「多少頭が回るようだけど、所詮は男。格の違いというものを見せてあげるわ」
「それは楽しみだ」
象棋盤を挟んで向かいに天の御遣いが座る。
「あ〜あ、やっちゃいましたね〜」
「ですね」
程c達がそんなことを言う。
「お前は命を賭けて試験に臨んでいる。 ならば俺もそれに応えよう」
「っ!」
……天の御遣いの雰囲気が一変する。
「殺っていいのは殺たれる覚悟のある奴だけだ」
『パチンッ』
「チェックメイトだ」
「そん、な!……」
……私が象棋で負けるなんて。
「ん、…ルルーシュが勝ったのか?」
「ああ、そうだ姉者」
「なんだ、今まで負けたことないとか言って、たいしたことないではないか」
「それは違いますよ、春蘭」
「何がだ?稟」
「荀ケ殿は十分強いですよ、私か風が相手なら、勝っていたかもしれません。…ただ」
「お兄さんが強すぎるだけですよ〜」
「話には聞いていたがこれほどとはな」
私は本気でうった。
こんな大事な勝負で油断などしない、実際象棋で私のうち方に悪手とよべるよう一手はない。
私の悪手は……この男を対戦相手に選んだこと。
……これが天の御遣い、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの実力。
「完敗ね、桂花。これはあくまで象棋だけど、自分の力を過信し、実力の解らぬ相手に無闇に戦いを挑めば、本当の戦であっても、敗北は必至」
曹操様の何の感情も篭らない声。
「何か言い分はあるかしら」
「…何も、ござい、ま、せん」
私は曹操様の方に体を向け、床に手を着き、頭を下げる。
…目から涙が零れ、…声も上手く出せない。
「……そう」
『カチャッ』
曹操様は大鎌を取り出す。
『ポタッ ポタッ』
溢れる涙が止まらない。
……悔しい。
自分の愚かさが、
男に負けたことが、
なにより、天下を取る器であるこの方のために、何も出来ないことが悔しい。
でも、どれだけ後悔しようと、もう私は…
「顔を上げなさい!」
曹操様の声に反射的に顔を上げる。
「貴方の私に仕えたいという気持ちはその程度なのかしら?」
……曹操…様。
「一度敗北しただけで心が折れてしまうような、脆弱な軍師はいらないわ! 答えなさい桂花っ! あなたはどうしたい!」
曹操様は大鎌を突きつけ問うてくる。
……わ、私は…
「も、もう、一度、どうかもう一度機会を!!」
涙で汚れた顔も気にせず私は叫ぶように言う。
諦めてはいけない、どんなにかっこ悪くても、どんなに無様でも、この方に軍師に成ることを。
「いいでしょう。 荀文若を現役職から降格、城の雑用を言渡す!」
宣言するように言い放つ曹操様。
「どん底から這い上がってきなさい。 期待しているわよ桂花」
「必ずや、曹操様の期待に応えてみせます!!」
這い上がってみせる、必ず、この方の軍師に成るために。
視点:ルルーシュ
「見事ねルルーシュ。まさか、ここまであなたの予想通りにことが運ぶなんてね」
「そうかい」
荀ケが用意した糧食、本当なら足りていたのだ。
足りなかったのは、俺と華琳でそう仕組んだから。
でもなかったら、糧食が少ないのに、仲間を向かえに行った徐晃達を待ったり、季衣に多く食べさせたりなどしない。
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「桂花にもう一つ試験をさせたい?」
「ああ」
徐晃との一件の後、俺は華琳の天幕を訪れた。
「桂花は十分優秀だと思うけど?」
「確かに優秀だ、とても。でもだからこそ」
「人を見下す。とくに男を」
生まれながらにして、才を有する者には良くあることだ。荀ケは男嫌いも相俟って特に酷いように思える。
「華琳もそう思っていたなら話は早い。もう一回試験をさせるのはそう難しくは無いだろう、糧食を少し足らなくすればいい」
「……で、試験の内容は?」
「象棋でいいだろう。この国で軍師を目指す者なら、誰でもうてるのだろう」
「ええ。……それであなたと勝負させればいいのね」
「いや、試験の相手は郭嘉か程cのどちらかを選ばせる。それで荀ケが勝ったならそのまま軍師にしてやれば良い」
「…」
俺の言葉に怪訝な顔をする華琳。
「だが、あいつは俺と勝負するだろうがな」
今回の件で目の敵にされているからな。
「……いいわ、貴方の提案に乗りましょ。でも勝てるの? きっとあの子、そうとう象棋強いわよ」
「俺が負けた時は、荀ケの代わりに俺に首を刎ねればいいさ」
「…そういう冗談は好かないわね」
「俺もだよ」
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「「殺っていいのは殺たれる覚悟のある奴だけだ」……あのときに言葉本気だったのね」
「覚悟だけわな……しかし城の雑用か」
「ふふ、優しいでしょ」
「……どうだろうな。……では俺は仕事に戻るとするよ」
「あら、今回の件での褒美をあげようかと思ったのだけど」
そう言って華琳は寝具に座る。
「遠慮しておこう。たたっ斬られてはかなわないからな」
俺は部屋の扉を開ける。
「うおぉっ!」
倒れるように部屋に入ってくる春蘭。
こいつは剣士としては超一流だが、隠密行動はできないな。
「いいや私は扉に耳をつけて、な中のようすをうかがていたなんてこと、ししてないぞ!」
「はぁ、まったくこの子は」
華琳がため息をつく。
「俺の褒美の代わりに、春蘭におしおきでもしてやれ」
「それもいいわね」
「華琳さまぁ!」
春蘭の嬉しそうな声を背に俺は部屋を出る。
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