視点:三人称


『軍師室』ルルーシュ、風、稟、の三人が仕事をしている部屋は周りからそう呼ばれている。
元々ルルーシュは自分の部屋で仕事をしていたのだが、元の世界とこの世界とでは多くの違いがある為、書物を読んだりして、多少知識を得たとはいえ一人で仕事をするには不十分。
そのため相談役として、文官が一人付けられていた。
始めこそ、眉目秀麗な天の御遣いと御近づきになれるとあって、立候補する者は多かったが、ほとんどの者は自分から、相談役を降りることとなる。
元の世界で皇帝にまでなったルルーシュの相談役は、並に文官では荷が重すぎたのだ。
そこで白羽の矢がったのが客将の風と稟、二人なら十分ルルーシュの相談役をこなせた。
ただ、ルルーシュの部屋では三人で仕事するには手狭なので、新しく用意されたのが現在の軍師室である。
ルルーシュが一人で十分仕事をこなせるようになった後も、このままの方が仕事が捗るからと、この部屋で三人は仕事をしていた。
だが、軍師室は五日前から四人での仕事場になっていた。
その増えた一人は

「ルルーシュ様、昨日頼まれていた書類の整理終わりました」
「ありがとう、桂花」

試験の象棋でルルーシュに負けた桂花である。
試験に落ちた桂花は降格となり、ここ二ヶ月、城の雑用仕事をしていた。
そして現在は、ルルーシュ達の仕事が忙しくなり手が足りなくなってきたこともあって、軍師の雑用、軍師見習いのような形で仕事をすることと成ったのである。

「桂花、次はこちらをお願いできますか」
「ええ、わかったわ」
「どれぐらいかかりそうですか?」
「……これぐらいなら、今日中にできるわ」

稟の問に余裕の笑みで答える桂花。

「さすがですね、ではお願いします」

雑用とはいえ、桂花の仕事の出来は質、速さ共に他の三人に劣るものではなかった。

「桂花ちゃ〜ん」
「何?、風」
「喉がかわいたのですよ〜」
「くっ……わかったわよ、何か飲むもの持ってくるわ」

それでも雑用は雑用なのだが。




「まったく、風は。給仕なんて他に言えばいいのに」

桂花は部屋を出て、食堂へとむかう。

「……まぁでも、五日前までと比べれば、天国のようの思えるわね」

城の雑用仕事は桂花にとって、まさに地獄だった。
食料の買出しや皿洗いはまだ良いかった、問題は掃除、便所掃除である。
男嫌いの桂花にとって、男の使用した便所など近づきたくも無い。だが雑用の仕事である以上、その中に入り、あまつさえ掃除しなくてはいけないのだ。
桂花は掃除に最中何度も何度も、胃の中の物をもどすこととなった。
だが桂花はその地獄を耐えきった。
血反吐を吐き、心身共に疲れ果てても、曹操様の期待に応える、ただそれだけを一心に考えて。

「ルルーシュ様は男だけど……あの方は別だしね」

桂花は白湯を用意しながら、同じ部屋で仕事をしているルルーシュの事を考える。
元々桂花が、男を嫌っていたのは、「男は皆、下品で臭くて低能で、女をヤルことしか頭にない」という考えからだ。
しかしこれはルルーシュには、当てはまらなかった。

ブリタニアの王子としてして生まれたルルーシュは、幼いころから礼儀作法をしっかり教育されている、むしろ下品とは真逆と言える人物である。

体臭に関しては、ルルーシュ自身普段から気を使っていた。
基本綺麗好きというのもあるが、原因は妹、ナナリーの存在にあった。
ナナリーは長い間目が見えなかったため、他の感覚が鋭い、それは嗅覚も例外ではない。
だからもし大好きなナナリーに

「お兄様、臭いです、近寄らないでください」

などと言われた日には、ルルーシュはその場でゼロの仮面を捨てかねないほどの凄まじいショックを受けたであろう。
それを危惧したルルーシュは体をいつも清潔に保ち、体臭に気を使っていた。
その習慣は今でも残っており、ここでは毎日風呂に入ることは出来ないが、鍛錬後や寝る前などは丁寧に体を拭き、清潔にしている。
そのため桂花が気になるほどの臭いはしなかったのである。

低能に関しては言うまでもない。ルルーシュが低能であるなら、それに象棋で負けた桂花は猿並ということになってしまう。

女性関係に関しては、ルルーシュが部屋に誰かを連れ込んだとう話は全く聞かない、仲の良い星や風、稟の誰かと恋仲ということでもないとのこと。
そのため、城内では大きくわけて四つの推測がなされていた。

一つ目、『仕事人間で、今は女の相手をしている暇が無い』

「これは違うわね」

一緒に仕事をしてみて、桂花はこれは違うと断言できた。
ルルーシュは確かに多くの仕事をこなしているが、象棋を楽しんだり、酒を飲みに行ったりと、暇が無いわけではない。

二つ目、『男か好き』

「意味が解らないわ」

桂花にはその素養がなかったため知らないが、女性の文官、武官の間では、最近よく話をしている刃との仲が怪しいという噂が流れていた。
だが、女同様、男を部屋に連れ込んだという話もないので、本気でそう思っている者はあまりいない

三つ目、『天の国に恋人がおり、一途である』

「私としては、これが当たりだと思うのだけどね」

ルルーシュはたまに遠くを見て、物思いに耽っているときがある。
それが恋人の事を思っているのだろうというのが噂の元であり、もっとも有力だとされている。

四つ目、『不能』

「……笑えないわね」

なんにしろ、ルルーシュは他の男とは違って、近くにいても桂花が不快になることはなかった。
だから、便所掃除から開放され、見習いとはいえ、軍師として働ける今は桂花にとって天国と言えるのである。






「ちょっと華琳のところに報告書を渡しにいてくる」

桂花が白湯を入れて戻ってしばらくしてから、ルルーシュがそう言って立ち上がった。

「ルルーシュ様、私が持って行きましょうか?」
「いや、華琳に相談したいこともあるのでな、自分で持って行くよ」
「そうですか…」
「ああ、あと警備隊のほうにも顔を出してくるから、何かあったら連絡を寄こしてくれ」
「「「わかりました(〜)」」」

三人の声を背にルルーシュは部屋を出る。

「……」
「桂花ちゃんは華琳様以外では、お兄さんにだけは従順ですよね〜」
「ルルーシュ殿は中性的な顔をしてますが、男ですよ」
「わかってるわよ、そんなこと。……今だけよ」
「今だけ?」
「そう。いずれ軍師としても象棋の腕前でも、ルルーシュ様より上になって「桂花様には敵いません。どうか俺を雑用としてお使いください」って言わせてやるんだから!」
「それはまた、実現不可能そうな野望ですね〜」
「もはや、妄想の域です」
「ふん、言ってなさい」

桂花はそのまま自分の席には戻らず、ルルーシュに席に座る。

「何をしているのですか?」
「んん、ルルーシュ様って、常時の仕事と平行に幾つも案を考えているのよね」

そう言って桂花は机をごそごそ漁る。

「あ、これね」
「盗み見なんていけませんよ」
「いいのよ、私は見習いなんだから。よく言うでしょ、仕事は習う物のでなく盗む物だって」
「それは職人さんの話ですよ〜」
「本当に案を盗んでどうするんですかっ!」
「あくまで、参考にするだけよ」

そう言って桂花は、ルルーシュが書き貯めていた、草案を読む。

「ふむふむ……う〜ん悔しいけど、よく出来てるわね」
「どれどれ〜」

いつの間にか風も一緒に草案を見ていた。

「ちょっと! 風まで」
「まぁ、お兄さんはしばらく帰ってきませんし、少しぐらい良いのではないですか〜」
「ですが…」
「出来上がればきっと、風達にも意見を聞いてくるでしょうし、ちゃんと直しておけば、問題ないですよ」
「……」

稟は無言で立ち上がり、ルルーシュに机へとむかう。

「あら、盗み見はいけないんじゃなかったの」
「貴方達が変なことしないか、見張らないといけませんから」
「ふふ、よく言うは、稟もルルーシュ様の草案が気になって仕方が無いだけのくせに」
「気になるのは否定しませんがね」
「では三人で、討論会といきましょ〜」




「これは警備体勢の改正案ですね〜」
「今のままだとルルーシュ殿と星に頼っているところが多いですから、それを二人がいなくても問題ないように改善しているようです」
「……重要よね、この先もっと忙しくなって二人とも警備隊にまで手が回らなくなるでしょうから」



「こっちは屯田制についてですね」
「今は盗賊討伐で忙しいから無理だけど、この先必ず必要になるわね」
「それにはもっと人が必要ですから、どうやって集めるかが問題ですね〜」



「これは蒸気機関とか書いてあるわ」
「これすごいですよね、完成すればきっと世界が変わりますよ」
「でも実用は10年やそこらでは無理みたいですね〜」
「私達が生きてる間に出来るかどうかすら微妙ね」



こんな調子で、ルルーシュの机から次々と出てくる案に三人で意見を出し合っていった。

「……こんなに、……いつ考えているのかしら」
「お兄さんは頭の回転が速いだけでないく、同時に複数の思考が出来るのだと、風は思うのですよ〜」
「……ありえますね。仕事に合間にではなく、仕事をしながら、案を考えているとすれば、この数にも納得できます」
「でも、そんなやり方をすれば、仕事が遅くなったり、大きな過誤があったりするはずよ」

桂花達も複数思考が出来ないわけではない、だが桂花達使っても、複数思考は利点よりも欠点のほうが大きく、むしろ効率が悪くなるのだ。
しかし、ルルーシュの仕事は速く、大きな過誤はない。

「……才能、というだけではないでしょうね」

才能とはあったとしても、鍛えないことには使えないし、使わなければ衰える。
才能だけで、複数思考が完璧に使えるとは三人は考えない。

「……天の国で常に、同時に複数の思考をしなければいけないような状況にでもあったのですかね〜」
「どんな状況よそれ?」
「う〜ん、一人で二役するとかでしょうかね」
「なにそれ、……だいたいルルーシュ様って、天の国で何してたの?」

いつの間にか討論会はルルーシュの案についてではなく、ルルーシュについてになっていた。

「学生、学問などを教わる教育機関に通っていた者をそう呼ぶらしいのですが、家が金持ちなだけのただの学生だったらしいですよ」
「はっ、それは嘘ね」

桂花は一蹴する。

「ルルーシュ様の持つあの雰囲気は、明らかに実戦を経験した者だけが持てるもの。学んでどうこう出来るものではないわ」
「その意見には賛成ですが、本人がそう言ってますから」
「もう一つ、こうも言ってましたけどね〜」
「なに?」
「お兄さんは世界を征服した悪逆皇帝だったそうですよ」
「悪逆皇帝って、そんな………いや、でも」

今度は一蹴することは出来なかった。
あれほどの才、それにこの世界に現れたときに着ていたという豪華な服、上品な立ち振る舞い。

(もしルルーシュ様が王族とかだったなら……)

桂花はそう考えたが

「冗談だと言ってましたけどね〜」
「冗談?……」
「悪逆皇帝というのは冗談で、本当はただの学生、初めて会った時そう言っていたのです」
「……華琳様は知っているの?」
「ええ、その場にいましたから」
「桂花ちゃんは、お兄さんが華琳様を裏切るかもしれない、とか考えているのですか〜?」
「有り得ないとは言えないでしょ」
「ルルーシュ殿には、長い間わからないように監視がついてましたけどね…今はもういないそうですが」
「風は有り得ないと思いますよ」
「根拠は?」
「……勘ですかね〜」
「勘って、夏候惇でもあるまいし」

桂花は呆れたように言う。

「疑って人をみたら、誰が相手でもきりが無いですよ。それに華琳様なら「裏切られるのなら、それは私の器がその程度だったということ」と言うでしょう」
「………確かにそうね。今は曹操様の下に優秀な天の御遣いがいるということを喜ぶべきかしら」
「まぁ、ルルーシュ殿が優秀でなかったら、桂花が雑用になることはなかったのですけどね」
「う、うるさいわね、すぐ正式な軍師になってやるわよ!」
「桂花ちゃん」
「なによ」
「討論会でいっぱい喋っので、またのどが渇いたのですよ〜」
「くっ……わかったわよ、もってくるわよ! 覚えてなさい!貴方達もいつかあごで使ってやるんだからっ!」

桂花はそう言って、飲み物を取りに部屋を出て行った。

「……では、私達も仕事のもどりましょうか」
「うかうかしていると、本当に桂花ちゃんにあごで使われることになっちゃいますからね〜」
「ふふ、そうですね」

二人とも、桂花の才は認めているため、自分達ももっと精進しなければ、あごで使われるというのも、有り得ない話では無いと思うであった。




しかし、桂花が曹操軍の筆頭軍師になった後でも、二人をあごで使うことは出来ないのだが、それはまた先の話。



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