第二章【袁家の地下でマインクラフト】


さて、どうしたものか――チラリと一刀は横を見る。
馬小屋である。城から少し離れた場所であり、袁家の大事な軍馬が育てられている。
客将待遇として自分は迎えられた筈なのだが、この件には原因がある。

『人間じゃないのなら、コレは外で十分ですわ!』

どうも城の壁をやたらめったら掘りまくり、穴だらけにしたことが気に障ったらしい。
咎めないと言ったのに、ショックだったんだなぁと一刀は思った。涙目なのが少し可愛かった。
すぐ隣に馬小屋があることを除けば、始まりの時と何ら状況は変わらないように思える。

しかし今の一刀には道具が揃っている。最初から建築に加え、クラフトも思いのままだ。

(また家を建てるのも良いけど、地下室を作ってみたいな。地下なら騒がれないだろうし、色々と拡大出来る)

それに表に建てると飼育係の人に迷惑掛けるだろうしなぁ――再びチラリと一刀は馬小屋を見る。
是非とも材料が揃った暁には懐かせ、乗ってみたいものである。馬があれば探索の幅がもっと広がるに違いない。

(まあそれは先の楽しみに取っておいて……地下を掘るぞー!)

作業台、かまどは設置完了。インベントリから簡易インベントリへはツルハシとシャベルと松明数本を移しておく。
足りなくなったら木材は周辺の木を拝借、丸石は地下を掘っていけば大丈夫だろう。
それにそろそろ手持ちの木の道具を、ストックの心許ない石の道具へアップグレードをしておきたいところだ。

(大きさはどれぐらいにしよう。それと地下に自分の部屋も作ってみるか? いや、天然の土があるんだから植物も育ててみるか)

アイディアはいくらでも浮かんでくる。マインクラフター特有の症状である。
心躍らせながら一刀は木のシャベルを持ち、それを地面に向けて動かした。

――そしてそんな作業に没頭していて、気が付けば夜である。地下から顔を出すと辺りは暗く、月だけが上空で光っていた。
しかし一度地下に潜ってしまえば、そこは昼間と何ら変わりなく明るかった。木の棒と石炭で量産した松明の効果である。
作業がし易いよう既に地下には地上から作業台とかまどを移動させて設置。チェストもインベントリから出して置いていた。

掘りに掘りまくって、既に宛がわれた土地以上の広さが地下に広がっていた。
夢中になるとこれぐらいすぐ掘れるよなぁと、かまどで焼いた兎肉を食べる。ジューシーでとても美味い。
味覚はどうやらそのままらしく、一刀の料理へのやる気を起こさせた。と言っても焼き肉以外はケーキや果物類だが。

(そして何よりの収穫が……)

兎肉を食べつつ、一刀は徐にチェストを開いた。そこには掌サイズにまで縮んだブロックがあった。
そしてそのブロックの所々には茶色の模様が付いていた。そう、鉄鉱石だ。
これを石炭を取っていた際に見つけた時には思わず(袁家万歳!)と一刀は叫んだほどである。

(鉄は良い物だ。石より硬く、色々な道具が作れる。ハサミ、バケツ、防具……)

見つけた数は全部で二十個。かまどで精錬すれば同じ数の鉄インゴットが作れる。
それを使ってツルハシ等を作るのも良いが、石はふんだんにあるので暫くは石の道具で良いだろう。
それよりも限られた鉄のインゴットで、それでしか作れない物を作るのが良いかもしれない。

(食べ終わったらかまどに入れて早速精錬しよう。ベッドはまだ作れないし……徹夜で良いか)

生前はあんなに眠気を感じていたのに違和感スゲェと一刀は思いつつ、残った兎肉を食べた。
作業はまだまだこれからである。







「あれ? 斗詩に真直、こんな朝早くから何処に行くんだ?」

「おはよう文ちゃん。あの子の様子を見に行こうかと思って」

「麗羽様の指示とは言え、馬小屋の隣だからね。客将待遇として迎えると言った手前、罪悪感は感じるわよ」

顔良と田豊はそう言うが、対する文醜はそれ程心配はしていなかった。
何せあの体格かつ小さな道具で城の壁を軽々と削るのだ。妖術込みとは言え、何処に閉じ込められても這い出そうな気がした。

「う〜ん。あのチンチクリンなら逞しく生きてるんじゃないか? そんな心配することないだろ」

「そう言う訳にはいかないよ文ちゃん」

「それよりもいい加減名前を付けてあげたら? 何時までもアレとかコレとかあの子じゃ不便でしょ」

言われてみれば名前を全く知らなかった。まあ喋れないだけで北郷一刀という立派な名前があるのだが、彼女達が知る由もない。
顔良は考える――なるべく可愛い名前を付けてあげようと思った。

「え〜、別にチンチクリンで良いんじゃないか?」

「貴方ねえ……客将に対して名前すらその扱いは袁家の品格が問われるでしょう」

「そう言う真直はどんな名前を付けるんだよぉ」

「え゛っ……!」

振られると思っていなかった真直は、焦りながらも何とか名前を捻り出そうとする。
文醜に言った手前、変な名前は付けたくはないが――

「…………カク、とか?」

「何だよそれ。あたいのチンチクリンの方がまだマシじゃないかよぉ」

「うるさいわね! 急に私に名前を付けろとか言うから悪いんでしょ!」

「理不尽ッ!?」

「ま、まあまあ。真直ちゃん、その名前の由来は?」

「えっ……いや、あの、全身角ばってるから」

そう聞いた顔良は小声で「カク……カクくん……カクちゃん」と呟いている。
正直田豊としてはそう何度も呟かないで欲しかった。
聞く度に自分の思い付きの悪さを思い知らされているようでとても恥ずかしい。

「……うん、私は良いと思うな。カクちゃんかぁ……可愛い感じがする」

よりにもよって顔良に気に入られてしまった。数少ない袁家の良心が、である。
反対してほしいが、文醜に期待しても無駄だろう。どうせ彼女の答えは決まっている。

「ふ〜ん。まあ斗詩が気に入ったらそれで良いんじゃね?」

穴があったら入りたい――まだ目的も達成していないのに田豊は自室へ戻りたい気分になった。

「名前が決まったところで、早くカクちゃんのところに行こッ!」

「斗詩達が行くんならあたいも付いていこうっと」







現場に着いた三人だったが、肝心のカクこと一刀の姿が見当たらない。
木に登ったりしているのだろうか――文醜が適当な木に登って確認したが、姿は見えなかった。
まさか馬小屋で過ごしているのだろうか――こちらにも居ない。田豊と顔良はちょっとだけホッとした。

「まさか拗ねて出て行っちまったか?」

「そんなッ!?」

「落ち着きなさい斗詩。妖術を使えるのだからそれで姿を隠しているってことも……」

あるでしょ、と田豊が言おうとした時、一刀が地下からピョコっと頭を出した。
どうやら一刀サイズの入り口だったため、三人は気付けなかったようである。
視線に気付き、ようやく一刀の姿を発見した顔良は安堵の溜め息を吐いた。

「良かったぁ。居なくなっちゃったかと思ったよぉ……」

「地面に居たのかよ。こりゃ気づけない訳だ」

「まあともかく良かったわ。貴方も元気そうねカク」

カク? それって俺のこと? 一刀は思わず首を捻った。

「ああ、戸惑ってるのね。貴方の名前よ。私達の言葉は分かっているのよね?」

(分かってますよー。でも惜しいな。後一文字変更でカズ、二文字追加と変更でカズトなのに)

「ちなみに命名は真直な? 斗詩も良い名前って言ってたんだから文句言うなよカク」

(寧ろ名前付けてくれて感謝してます!)

シュピッと一刀が四角い腕を上げると、その意を汲んでくれたのか、文醜がハイタッチのように手を合わせてくれた。
それから話題は一刀が徹夜で建設していた地下へと移り、その出来を三人に披露することとなった。
まあ最初は一刀一人用の入り口を田豊、顔良、文醜の三人が通れるように拡張作業を行った訳だが。

(ようこそ! 俺の地下室へ)

一刀が設置した石の階段を下りていった三人は、目の前に広がる光景に開いた口が塞がらなかった。
広い。とてつもなく広い。天井も身を屈める必要すらない程に余裕がある。
そして地下だというのに地上と何ら変わりなく明るい。松明が大量にあるせいだが、息苦しさは感じない。
更に所々が石の壁で覆われ、とある一角は扉まで設置してあった。一刀曰く(俺の部屋)である。

それに加え、田豊を驚愕させたのがかまどである。
かまどには炎が灯っているが、全く熱さを感じない。それは壁に掛けられている松明も同様である。
その傍にはかまどを使って精錬させたのであろう綺麗な鉄が固まって置かれていた。

田豊は軍師という立場上、あらゆる情報を日夜収集している。それは袁紹軍の兵士達が使う武器についてもだ。
一度職人に武器を作成する過程を見せてもらったことがある。そこで見た物とは比べ物にならない程、目の前の鉄は美しかった。

「か、カク……貴方、これ程の量の鉄を一日で……?」

(あっ、そろそろ残りの鉄の精錬が終わる頃だ)

田豊の言葉に気付かず、一刀はかまどから精錬が終わった鉄のインゴットを数十個取り出す。
それ等を無造作に置いた後、これからの建設のために先日手に入れた閃緑岩をかまどに入れた。
磨かれた物に変化すれば、今の地下室も更に豪華になることだろう。

「また鉄が増えた……。す、凄い……凄いわカク! 貴方は凄い!」

(わ、わわっ! 急に抱き上げないで田豊さん!)

「なあ斗詩……あたい等って夢を見てるのかな?」

「夢じゃないよ文ちゃん。頬でも抓ろうか?」

「お願いしたいとこだけど、いいや。真直から逃げてるカクが嫌でも思い知らせてくれるし」

待って、もっと見せて! と興奮した様子で一刀を追い掛け回す田豊。普段冷静な彼女らしからぬ姿だった。

「カクちゃんってやっぱ凄い子だったんだね。ここ、麗羽様のお城の大きさと同じぐらいの広さじゃない?」

「姫が聞いたら羨ましがるだろうなぁ」

「羨ましがるねえ」

その後、三人は袁紹に一刀の待遇改善を提案したのは言うまでもない。



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