第二十三章【救出とマインクラフト~1~】
「さあ吐くのじゃ! 皇甫嵩とは何を話していたッ!」
「だから……ボクには何の事か分からないって……言ってるでしょ……!!」
瞬間、賈駆の身体に鞭が叩き付けられ、彼女の服と皮膚を破いた。そこから流れた血が鞭と床を赤く染める。
屈強な男でも悲鳴を挙げる鞭打ちである。しかし目の前の眼鏡を掛けた軍師は悲鳴どころか、睨むのを止めなかった。
その事に対して更に逆上した何進は我武者羅に賈駆へ鞭を振るった。鋭い音が室内に響き、呻き声が時折挙がった。
「はあ……もう止めましょう姉様。見てるこちらが痛くなっちゃう」
「ぐっ、だがお主が言ってきたんじゃろ。こやつが皇甫嵩と何やら怪しげな会話をしていたと」
何進がこのような行動に出たのは、妹である何太后からの密告が始まりだった。
彼女曰く「賈駆と皇甫嵩が部屋で密談をしていた」との事で、何進はすぐさま危機感を覚えた。
二人をここに留めているのは董卓と蘆植という人質の存在――それを開放する打ち合わせをしていたのだとしたら非常に不味い。
董卓が開放されれば皇帝の替え玉がいなくなり、蘆植の開放は皇甫嵩という将を留める事が出来なくなる。
どちらにしてもこちらの軍が大打撃を被り、場合によっては崩壊する。それだけは阻止しなければならないのだ。
「あら、私そんな大袈裟に言いました? 二人が部屋で話してたって言っただけだと思いますけど」
「……ッ! こんな時にふざけてる場合か! ここに敵が迫れば、妾達に後が無いのだぞ!」
「もしそうなったら……その時は連合軍に姉様達を渡しましょうか」
うふふ、と笑みを浮かべる何太后に対し、何進は背中に寒気を感じた。この妹ならやりかねない、と。
実際彼女は目的の為に手段を選ばない。欲しい物は必ず手に入れるし、自分の身体も平気で差し出す。
己が身の安全が確保されるなら、躊躇わずに自分と言えど敵に売り渡すだろう。冗談ではない。
「一応確認しておくが、妹よ……それは下らぬ冗談であろうな?」
「冗談でなかったらどうしますか? 私をこの場で殺しますか?」
「そうじゃな。下賤の者に触れられるぐらいならお前を殺して妾も死ぬとしよう」
何太后の姉を見つめる目が一瞬冷たい物に変わり、すぐにそれは元に戻った。
「うふふ、冗談ですよ姉様。私達の勝利を常に願っております。ここの生活が無くなるのは嫌ですから」
「…………そうか。ではこの場はそう言う事にしておこうか」
「はい。そうしておいて下さい」
そう笑顔で告げると何太后は何進に背を向け、ゆっくりとその場を後にした。
我が妹ながら恐ろしい――何進は冷や汗をかきながら、そう思わずにはいられなかった。
形だけだったとは言え、夫婦だった劉宏がいなくなっても普段通りだったのだから。
「下らない、話は……終わった……?」
「おう、忘れておった。てっきり気絶してるとばかり思っておったが、呆れた精神力じゃ」
ボロボロで倒れ伏す賈駆を見下ろし、何進は呆れたように溜め息を吐いた。
「我が妹に振り回されて下らぬ時間を過ごした。だがまあ少しばかり気は晴れたわ」
「反吐が出るわね……!」
「減らず口を。もう少し痛め付けても良いが、これ以上田舎者と関わる気にはなれんわ」
「それはボクの台詞よ……!」
「ふん。言っておくが、皇甫嵩と何を相談しても無駄じゃ。董卓は我等が手の内にある。それを忘れるな」
その言葉と同時に賈駆の腹部を蹴り付け、何進はその場を立ち去った。
人の気配が消えたのを確認し、賈駆はゆっくりと身体を起こした。ヒリヒリと身体が痛み、服もボロボロだ。
「見られていたなんて不運だったわ……」
いきなり部屋に乗り込まれ、尋問が始まった時にはもう駄目だと賈駆は思った。
だがこうして自分は生きているし、計画もバレていない。まだ運は尽きていないと感じた。
(月が今置かれている状況に比べたら……このぐらい……!)
脳裏に幼馴染の笑顔が浮かんだ。またあの笑顔が見られるならどんな痛みも耐えられる。
賈駆は皇甫嵩に渡した自分の書状が皇帝の友人“ハク”に渡っている事を願った。
◆
「むう、何やら広い坑道に出たな。地下にこんな物があったとは……」
(あっ、ここって前に空丹達を街に連れて行った時のだ)
ひたすら地下を進んでいた一刀と華雄は、洛陽の街まで辿り着いていた。
そしてそこで以前一刀が掘った地下道に偶然出ていた。松明も健在で昼のように明るかった。
「やけに明るいな。松明の火が消えていないという事は、つい先程まで使われていたようだが」
(入り口と出口を塞いだだけだったからなぁ。流石に中まで埋めるのは面倒だったし、そのままにしてたんだった)
「ん……? 壁の松明に何やら見覚えが…………まさかお前」
(あ、気付きました? ここまでに松明使ってましたもんね)
「はあ、もう驚かん。お前の力はどうやら私の理解の範疇を超えているようだ」
(俺は普通にやってるだけなんだけどなぁ……)
ここを作った一刀は何処に通じているかを知っている。先頭を歩き、一刀は華雄を案内した。
少し歩くと行き止まり、見上げれば上に続く穴があった。言うまでもなく梯子が掛けられている。
「梯子付きとはな。用意が良い事だ」
(どう致しまして)
「一体何処に出るんだ? 敵の真っ只中など冗談では済まされんぞ?」
(主が居ないし、後宮に兵は割かないんじゃないかな?)
梯子を上り、ツルハシで地上への穴を開けた一刀はゆっくりと頭を出した。
懐かしき後宮である。だが劉宏と劉協を探し回ったのか、酷く荒らされていた。薄暗さもそれに拍車を掛ける。
(無茶苦茶するなぁ……)
まるで思い出の場所をクリーパーに爆破されたような不快な気分になり、一刀は思わず顔をしかめた。表情は勿論変わらないが。
「おい。大丈夫なのか?」
(あっ、忘れてた。大丈夫ですよ)
穴から出ると、一刀の後に華雄も続いた。
「ここは何処だ? 酷く荒らされているようだが……」
(後宮ですよー)
「まあ丁度良い。兵の姿も無いし、先ずは詠を探さなくてはな」
(賈駆さん大丈夫かな……)
周囲を警戒しつつ、二人は後宮の入り口まで進んだ。やはり誰も使っていないからか、見張りの兵は居ない。
途中、入り口を見て華雄がようやく自分が出た場所が後宮だった事に気付いて驚いたが、一刀は気にしない。
「し、しかし無用心な事だな。陛下が居ないからと言って見張りの兵すら置かないとは呆れたものだ」
(もう自分達の事で手一杯って感じだもんなぁ)
「おい、私の傍から離れるなよ。ここに関しては私の方が詳しいから先導する」
(りょーかいですッ!)
華雄の案内の元、楽に進めるかと思えば――そう簡単にはいかなかった。
見張りの兵は居なかったが、巡回の兵は居たため、隠れながらの賈駆捜索は困難だった。
「すまん……こんな筈ではなかった」
落ち込む華雄をソッと慰め、一刀はツルハシを手にした。
巡回が怖いなら、壁を壊して道無き道を進めば良い――マイクラ流ショートカットだ。
兵に見つからず探索が出来て尚且つ壊した壁の素材もゲット。完璧な作戦である。
「物音を殆ど立てずに壁を壊せるのは便利だな」
(俺って潜入の仕事も向いてるかもしれないですね)
そうして賈駆を捜索していると、巡回の兵が話し込んでいるらしく、声が聞こえてきた。
耳を澄ますと、内容は地下牢に閉じ込めている反逆者についての事だった。
どうやら趙忠、蘆植の二人はまだ辛うじて生きているらしい。その地下牢も今居る場所から近いようだ
「思わぬ情報が得られたな」
(どうしましょうか。賈駆さんも心配ですけど……)
「お前の考えてる事は大体想像がつくが……ここは地下牢に向かおう。董卓様ももしかしたらそこに居るかもしれない」
(人数多いと潜入は不利だけど……でも場内を知り尽くしてるなら大丈夫か。そもそも壁壊して進んでるから関係ない)
趙忠、蘆植救出のため二人は巡回の兵をかわし、地下牢へと忍び込んだ。
当然ここには見張りの兵が数人居たが、華雄が音も無く全て倒した為に騒がれずに済んだ。
一つ一つ牢の中を見ていくと、その中に項垂れた様子の眼鏡の女性が力無く座り込んでいた。
「おい貴様、無事か? 名は何と言うのだ!」
「えっ……貴女は……」
「私は華雄。ここに捕まっている趙忠と蘆植という者達を助けに来たのだ」
「あっ……蘆植は私ですけど……」
「そうか! すぐに出してやるからな」
華雄が見張りから奪い取った鍵を取り出そうとしている間に、一刀がツルハシで鉄格子を壊していた。
呆然とする蘆植と、もうこれいらないじゃないか、と取り出した鍵を思い切り投げ捨てる華雄。
そんな二人の事は露知らず、インベントリ内に入った鉄格子を何に使おうかと考える一刀であった。
「あの、助けてくれて? ありがとうございます」
「私に言うな。牢を壊したのはコイツなんだ」
「えっと、この子は一体……」
「説明を求められたところで私にもコイツが何なのか分からん。コイツはこういうものなんだ」
「は、はあ……」
「ちなみに名前はカクだ」
「そ、そうですか。ありがとうカクちゃん」
(どう致しましてー)
先程まで捕まっていたというのに、目の前の“カク”という生き物に若干の癒しを覚える蘆植だった。
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