Fate/stay nitro 第壱話
作者 くま
「シロウ―――貴方を愛している」
彼女は俺に微笑を向けてそう言って、
輝く朝日の中に消えた。
俺が彼女の言葉に返す暇も無く。
でも、俺は彼女の言葉を―――
―――その想いを胸に生きて行ける。
―――そう思っていた。
―――そう思い込んでいたんだ。
「んあ」
その日の目覚めは、いつもの土蔵からだった。
またやってしまった。
日課と成っているここでの鍛練。
どうやら昨晩も鍛練後にそのまま寝入ってしまったらしい。
ゴキゴキと身体を鳴らし、大きく伸びをする。
時間は…っと。
古びた掛け時計を確認する。
良し、まだ桜が来るには早い時間だ。
どうやら今朝は台所に立てそうだ。
んっ。
俺はもう一度大きく伸びをすると、土蔵を出て母屋へと歩き出した。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、桜」
俺が朝食の準備をしていると桜が定時にやってきた。
エプロンをつけ、手伝う気満万で俺の隣に立つ。
そうやって無言で立ち何かを頼むのを待っているのは、少しだけプレシャーだったりする。
「えーと、桜、悪いけど、浅葱刻んでくれるか?
みそ汁の仕上げに入れるから」
「はい、先輩」
桜はにこやかにそう返事をすると冷蔵庫の野菜室を覗きに行った。
俺はガスコンロのグリルに入れていた金目鯛の開きを、ひっくり返す行程に入る。
トン、トン、トン、
二匹目の金目鯛をひっくり返し、再びグリルに入れる頃には、桜の包丁のリズムが響いてきた。
その音を聞き、俺は改めて日常に帰ってきたのだと感じた。
あの聖杯戦争の後、しばらく桜は家にこれなかった。
行方不明になっていた桜の兄である慎二が、新都のとある個人経営の病院で見つかったからだ。
今まで昏睡状態にあったらしく、身元不明の患者という取り扱いだったらしい。
普通なら警察に届け出そうなものだがそこの医院長はそうしなかったらしい。
慎二の傷が明らかに普通でなかったからだ。
どうやらそういう筋の病院だったらしい。
そもそもライガの爺さんのつてから、慎二も見つかったんだしな…。
そんな話をしていたらイリアが驚いていた。
「ウソ!?バーサーカーにやられて、まだ生きていたの!?」
その言葉で改めて知ったのだが、
あの晩ライダーを倒された慎二を殺したのはイリアのバーサーカーだった。
まあ結局は死なずに生き残っていたので殺したとは言えないのかもしれないけれど…。
あのバーサーカにやられて生き残るなんて慎二は不死身なのかよ。
そう俺が漏らすと。
「あんたがそれを言うな!!」
って遠坂に、がーと怒られた。
なんでさ。
全くそんなに怒ることじゃないだろう。
ひょっとしてアノ日か?とか思ってたら、
ゆーとーせーの笑みで遠坂さんが話しかけてきました。
光る左腕をヴンヴン唸らせながら。
「衛宮君、覚悟は良いかしら?」
俺が脱兎のごとく逃げ出すと、その俺の後姿を目掛け呪いの弾丸が放たれた。
パキュン!!パキュン!!
音をたてながら放たれる弾丸を必死にかわす俺。
「ちょこまかと避けるな!!」
怒鳴る遠坂。
きっとカルシウムが足りなのだろう。
今度からは煮干入りみそ汁にしよう。
そう思ったところで弾丸の一発が俺を直撃し意識を刈り取ったものだ。
「先輩、お味噌汁吹いちゃいますよ?」
桜の声に現実に引き戻された俺は、慌ててコンロの火を止める。
ついでに金目鯛の方を確認したが、そっちは良い感じに焼き上がっていた。
グリルの火を止めて、ほぼ朝食の完成となった。
あとはご飯を茶碗に盛って、桜が刻んだ浅葱をみそ汁に散らせば本当に完成だ。
桜がみそ汁を、俺がご飯をそれぞれ用意し、居間へ運んで行く。
「士郎ー、おそーい」
「おはよう、衛宮君」
っと、そこにはすでに虎と遠坂がいましたとさ。
まったく、何時の間に生えたのやら…。
「私を虎と呼ぶなー!!」
「衛宮君、不埒な事、考えて無い?」
虎が吠え、あかいあくまが笑顔を向けてくる。
「さ、朝ご飯、朝ご飯」
俺はそう誤魔化しながら4人分の食事をテーブルに並べて行く。
上手い具合に焼くことが出来た金目鯛の開きが食欲をそそったのか、
虎とあかいあくまがそれ以上の追求を止めたことに、俺はホッと胸をなでおろした。
今日、朝食のテーブルに着いているのは、俺と藤ねえと遠坂と桜の四人。
三日前からイリアは里帰りしており、今頃はドイツにいるはずだ。
「シロー、浮気したら許さないんだから」
なんて言っていたのは虎の悪影響だろうか?
ただ、イリア一人が居ないだけでも寂しく感じてしまう俺は、少し欲張りになったのかもしれない。
遠坂風に言うと心の贅肉ってやつだ。
「士郎ー、早く食べようよー」
と少し考えていると虎が修養にもそんなことを言ってくる。
餌を目の前に『待て』をしている虎。
偉いぞ、虎。
まあそれはひとえに、イリアの教育(もしくは調教?)の成果だったりするんだが…。
っていうかどっちが年上なんだか…。
「士郎ー、早く―」
再び吠える虎。
あんまり放置しておくと本当に餓死しかねない勢いだ。
しかたがないので俺はいつもの通り、両手を胸の前であわせた。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
由緒正しき食前の挨拶をした後、箸を持ち、茶碗に手を伸ばそうとしたその瞬間。
俺の左の手の甲に以前にも感じたことがある痛みが走った。
それは始まり継げるもの。
少しだけ懐かしくもあり、また在り得ないはずのものだった。
「だ、騙したのね!!」
アインツベルン一族が管理する城の一室。
イリアスフィール・フォン・アインツベルンことイリアの声が響いていた。
そんな見た目からして少女な彼女に対するは、見た目からして十分年老いた老人だった。
「騙したのではない。
現に例の人形師の人形は手に入れておる。
が、状況が変わったのだ。
六回目の聖杯戦争が開始されんとしている今、
お前をその人形に移すわけには行くまい。」
老人の言葉にイリアの瞳は驚愕の為に見開かれる。
「ウソ!!
冬木の町にそんな気配なんて無かった。
マナの濃度も普通だったし、どう考えても聖杯戦争の時のような感じじゃないのに」
イリアスフィールは老人を睨みつける様にそう返す。
だが老人はその視線にニタリと笑って返す。
「気配などないかもしれぬ。
だが、すでに聖杯は満ちている。
何故か聖杯自身がマナの欠片も逃さぬ様にしていたが為にな。
あとは我等アインツベルンがそれを手にするだけ。
さあ、サーヴァントを呼べ、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。
そして、今度こそ勝ちぬくのだ、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。
無論、残された命は全て使う事になるだろうが、
貴様はその為に生み出されたのだからな。
そうなのだろう、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。」
老人の言葉にイリアは黙って俯き唇を噛んだ。
「どうした、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。
今度こそ、我一族の悲願を果たすのだ。」
「――――――」
老人の言葉に沈黙で返すイリア。
やがて顔を上げて老人を正面から見詰め口を開く。
「お断りよ。あんなものを求めて、また殺し合いをするなんて。貴方達は」
「そうか、やれ。」
イリアの声を遮り、老人が合図をする。
部屋の四方から屈強な男達が現れ、凄まじい速度をもってイリアを取り押さえた。
良く見ると男達は人間ではなく、人を模して作られた精度の悪い人形達だった。
「魔力封じの機能を持たせた人形だ。
仕組まれた子、イリアスフィール・フォン・アインツベルンとて抵抗はできん。
致し方あるまいが、ここは洗脳するしか無いようだ。
やはり外様の魔術師の血を入れたの間違いだったか。
親子共々我等一族を裏切りおる」
老人はイリアに告げながら、ゆっくりとした足取りでイリアに歩み寄る。
その手に集う魔力が自分の洗脳に使われるのだと、イリアも理解していた。
身動きできぬまま、迫る老人の手をじっと睨みつけるイリア。
老人の歩みが止まり、イリアの頭にその手が伸ばされる。
ここに来てイリアは自分の中にある恐怖という感情に気がついた。
イリアは恐れていた。
自分という存在を失うことを、それよりも、あの温かな衛宮の家を失うことを。
だから目を閉じ呪文のように言葉を紡いだ。
「助けて、シロー。助けて、バーサーカー」
ズキリ
その瞬間、イリアは左手の甲に走る痛みを感じた。
ドゴッ!
ズガン!!
続いてイリアの耳に聞こえたのは、
まるで人が大型車に跳ね飛ばされて、壁にブチ当ったかのような音だった。
「OK、マスター。
で、どいつからぶち殺せば良い?
まあ、勢いで一人殺っちまったけど、かまわないよな」
聞こえてきた女の声にイリアは恐る恐る目を開ける。
イリア自身が押さえつけられている為、見上げる角度に限界があったが、
目の前に居る女が、アインツベルンのメイドではないことは理解出来た。
声の主が身につけているのは黒と赤を基調としたもので、白いメイド服ではなかったからだ。
「っと、その前にその無粋なヤツラを片付けるか」
ガガガガン!!
女の言葉に続き、部屋中に鳴り響く銃声。
と同時に、イリアを押さえつけていた人形から力が抜ける。
銃弾を受けた人形は、その女によって機関部を破壊されたからだ、
「よっと」
そんな掛け声とともにイリアが感じたのは浮遊感。
イリアは声の主の女に抱き起こされたのだ。
「じゃあマスター、情報を貰うな。
―――『聖杯』のヤツ、サボっててさ。
あたしには、あんま情報くれなかったんだよな」
声の主はそう言うなりイリアの額と自分の額を合わせた。
イリアは自分の中から目の前の人物に、なにかが流れて行くのを感じていた。
「ん、大体わかった」
やるべきことが終ったのか、イリアを自力で立たせ、一人頷く女。
そして女はきょろきょろと部屋を見渡している。
「ちょっと!!あなた何なの?
それに『聖杯』って……。
―――ひょっとして、あなた私のサーヴァント?」
自分をマスターと呼びながらも、無視するような素振りを見せる女。
そんな女ににイリアは食ってかかったのだ。
「正解だよ、イリアスフィール・フォン・アインツベルン。
あたしは、あんたのサーヴァントとして呼ばれた存在。
クラスはバーサーカー。
名はキャル=ディヴェンス。
まあ、キャルって呼んでくれりゃ良いよ。
しばらくの間、よろしくな。」
女はそう言って屈託の無い笑顔で、右手をイリアに差し出す。
「え、あ、うん。よろしく。私もイリアで良いよ」
イリアも勢いのまま差し出された手をとりつつそう答えた。
こうしてイリアの聖杯戦争は、前回と同じくアインツベルンの城から始まった。
続く
あとがき
というわけで、一話でした。
一組目のマスターとサーヴァントでした。
組み合わせは皆さんの予想を裏切れたでしょうか?
これからも言い意味で期待を裏切るものを書いて行けたらと思います。
よろしければ次話もお読みください。
ではまた。