Fate/stay nitro 第四話
作者 くま
シュッ!
シュッ!
シュッ!
シュッ!
龍洞寺の裏手では拳が空を切る音が響いていた。
今年の四月から教職に復帰した男が、シャドーをしているが為に起こる音だった。
葛木宗一郎。
それが彼の名だった。
冬木の町で行なわれた第5回聖杯戦争に巻き込まれた葛木は、
聖杯戦争半ば頃から行方不明となっていた。
だが三月も半ばを過ぎた頃、葛木は冬木の町に帰ってきた。
キャスターのマスターとして、聖杯戦争に参加することになった葛木だったが、
第4回の聖杯戦争から現存し続けていたアーチャーの前に敗れ去った。
が、キャスター最後にして最大の魔術は、敵サーヴァントでは無く、葛木自身に向けられた。
敗北を悟ったキャスターは、重傷を負った葛木を強制的に空間転移させたのだ。
突然の空間転移に驚く葛木が、見知らぬ土地に降り立った時、
キャスター最後の悲鳴がラインを通じて流れ、沈黙した。
キャスターの消滅を悟った葛木もまた、傷ついたその身の負担から意識を闇に落としたのだった。
結局、葛木は現地住民に助けられ一命を取りとめた。
ただ、葛木の跳ばされた土地が外界と余り交流を持たぬ島であったので、
龍洞寺の知り合いに連絡を取る事すら出来なかった。
怪我の療養や、島の外へ出る便を待つ関係上、
葛木が冬木の町に帰還するのが三月の半ば過ぎとなってしまったのだった。
だが、キャスターを失った葛木の心に、何かのわだかまりが出来ていた。
それが何なのか彼自身にも解らなかったが、それは彼を少し変えてしまった。
その結果が毎朝のトレーニングであり、彼を退魔師という特殊な職に復帰させていた。
「ふう、やはり相手がいるな…」
しばらくシャドーを続けた葛木の呟き。
「よろしければ、私がお相手をいたしましょうか?」
葛木にその接近を悟らせず突然生じた気配から声がかかる。
その存在の方向に頭を向け、自分の視野にその姿を入れる葛木。
そこに立っていたは一人の若い男。
タキシードをスマートに着こなし、白いドレスシャツに黒いのクロスタイを合わせている。
きっちり90度に折り曲げられた腕の先からはドレスシャツのカフスと対照的な黒い革製の手袋。
それなりの長さがあろう髪はエンジの細いヒモで後で1つに纏められ、整えられていた。
きりっと引き締まった感のする顔には自然な笑みを浮かべていた。
「手合わせ願えるか?」
葛木はその若い男の正体を突き止める事よりも男との手合わせを望んだ。
その男の強さを葛木は肌で感じ取っていたのだ。
「では、失礼します」
男はそう断りを入れ、カッターのボタンを1つ外し、リボンタイを少し緩める。
そして軽く顎を引き、両腕を前に構えを取った。
「ボクシングか…」
「はい、その通りです。
―――貴方の構えは、見たことの無い型ですね。
では、行きますよ」
ザッ!
言葉と同時に男はジャリを踏みしめ1歩踏み出す。
それに呼応するように葛木もまた意識を戦闘用のそれへと切り替えて行った。
ガッ、ガッ!
ズムッ!
バキィイ!
突き刺さったボディブローに身体を硬直させた葛木は、
続けて放たれたアッパーをまともに食らってしまった。
脳に響く衝撃に葛木は膝を折りしゃがみ込んでしまう。
「少し本気を出してしまいました。
大丈夫ですか、マスター」
葛木は今だ揺れる視界の中、男の方へと視線を向ける。
男のいうマスターと言う言葉に引っかかりを感じたのだ。
「―――マスターとは?」
少し迷ったが、葛木は目の前の男に訊ねることにした。
「無論、聖杯戦争におけるサーヴァントたる私のマスターが、貴方であると言う意味です」
「――――――」
半ば予想していた答えに葛木は沈黙で返す。
葛木はただ何も言わず男をじっと見つめる。
男もまた葛木を見つめる事で答えていた。
「それで私は何をすれば良い?」
しばらくの沈黙の後、葛木は立ちあがり男に問いかける。
「まずはお名前をお聞かせください」
「葛木宗一郎」
名を訊ねる男と簡潔に答える葛木。
「では、葛木様と。
私はイレギュラークラス『ファイター』のサーヴァント、
ウィンフィールドでございます。
貴方の為にこの拳を捧げましょう」
膝を折り、そう続けるウィンフィールド。
葛木はやはり黙ったままウィンフィールドを見ていた。
「では、私の知る限りですが、今回の聖杯戦争についてお教えしましょう」
立ちあがり、ウィンフィールドから語られる事柄を葛木はじっと聞き入れるのだった。
ガチン
撃鉄の落ちる音だけが室内に響く。
「え?」
死を覚悟し目をぎゅっと閉じていた桜は拍子抜けしたようにな声を上げ、
鉄の感触が引き上げた方を振り返る。
そこにあったのは桜をじっと見つめる冷たい黒い瞳。
その静かな瞳の前に桜は問いかける事すら出来ずに飲まれてしまう。
そして桜の目の前に差し出される手。
「私はアーチャーのサーヴァント。
恐らく貴方がマスターね。
まず名前を教えてくれるかしら?
『マスター』という言葉をアノ人は嫌うから」
桜の目の前の彼女は視線を緩めながら言葉を紡ぐ。
息の詰まる思いをしていた桜はほっと一息吐くと、ベッドから起きあがり彼女の手を取った。
「私は間桐桜。
アーチャー、貴方の名前は?」
アーチャーのサーヴァントと名乗る彼女に答えながら逆に桜はそう訊き返す。
「エレン。
そう呼んでもらえれば良いわ。
それと、まず貴方の知識を分けてくれるかしら?
今回の『聖杯』はちゃんと機能して無いみたいなの」
エレンと名乗る彼女は桜の上にのしかかってくる。
桜は抵抗できずにそのままベッドの上に押し倒されていった。
「急用なんだ」
『本当に?』
「ああ。あと時間があればだけど、遠坂の様子も見ておきたいんだ。
彼女、休むって言ってたから。
それに桜の様子も気になるし…」
『――ふぅしょうが無いな、士郎は。
でも、学校休んでまで、遠坂さんとイケナイ事してたら許さないんだから!』
「な、こ、この馬鹿虎、一体何言ってやがる!」
『冗談よ、冗談。じゃなくて、虎って言うなー!!』
ガチャン!
タイガーこと藤村大河の叫び声が鼓膜を破る前に衛宮士郎は受話器を置いた。
いや、叩きつけた。
制服に着替えを終え、家を出ようとした士郎は遠坂凛の残したメモを見つけたのだ。
そして士郎は学園を休む判断を下していた。
『衛宮君へ。
どうやらまた始まるみたいです。
私は準備の為に一旦家に戻ります。
おそらく桜が急いで戻ったのも、その為でしょう。
ですから、特に殻のついたままの衛宮君は念入りに準備をした方が良いと思います。
それと藤村先生にも兆しがありました。
何故そうなったのか、私も家の書庫を漁って調べますが、衛宮君も調べて欲しいと思います。
PS、準備とか調べもので大変でしょうから、学園は諦めてください。でないと』
百万回ガンドるわよ。
士郎の耳にはメモの続きがそう聞こえたらしい。
凛からの脅しもあり、とにかく士郎は学校を自主休校することにした。
彼が向うつもりなのはいつもの土蔵。
今日1日そこで調べ物をするつもりだ。
また始まる聖杯戦争の為に。
聖杯戦争。
その響で士郎の脳裏に思い浮かぶのは、たった一人の面影。
(また彼女を…)
そう考えかけた士郎だったが、脳裏からその姿を振り払う様に頭を振る。
そして制服から作業着に着替えた士郎は土蔵へと向って行った。
「はぁー、士郎も遠坂さんも休みじゃ、学校なんて面白く無いわよね?」
って私が皆に同意を求めたら、
「「「「先生は真面目に授業をしてください!!!」」」」
って口をそろえて返された。
「まったく困ったものでおじゃる。
三年生の担任になったと言うのに、ちっとも成長しておらぬのう、タイガーは」
皆に続いてそう言って来た後藤君には私を虎と呼ばないように、
きっちりと色々な方法(主に竹刀を使った方法だけれど)で釘をさしたから大丈夫。
「しょーがない、暇だから授業でもするね」
って、後藤君に特別指導を終えた私が呟くと
「「「「暇だからとか言ってないできちんと授業をしてください」」」」
ってまた皆に口をそろえて言われた。
良いよね?
まとまりのあるクラスって。
ギュギイッィイ――ン!!!
とその時、廊下からエレキギターの響く音が聞こえてきた。
そして、ガラガラとの扉が開いて一人の男の人が、
エレキギターをギュイーンとかかき鳴らしつつ教室に入ってきた。
「退屈な人生を送りたく無いというマスターのぼやきは我輩の耳にも届いたのである。
そんなユーの人生をドラマチック、かつ、エキサイティングアーンドデンジャラス、
そう具体的には死ねるほどに我輩がプロデュース!!
するのはいかがなものかと訊ねてみるテスト?」
前頭部から飛び出した一房の髪の毛でクエスチョンマークを作りながら私に訊いてくるのは男の人。
その人は何故か白衣とエレキギターと言う何とも言えない取り合わせの格好をしていた。
「悪いけど、私の人生はラブロマンスに溢れるものと決まってるの。
つまり、ノーサンキューなのよ。
っていうか、あなた誰?
セイバーちゃんの親戚かなにか?」
その人の髪型をみて思い出したのは、一人の女の子。
今年の2月頃、衛宮の家に居候していた子だ。
ろくにお別れも言えないまま国へ帰ってしまったのが少し残念だった。
「チッ、チッ、チッ、チッ。
我輩はセイバーなどと言った力押し一辺倒の筋肉馬鹿ではナッシング!
それよりも人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るのが吉なのである。
と言う解答を大天才たる我輩の頭脳ははじき出しているのである、およそ25年ほど前に」
それもそっかと納得した私は、
「私は藤村大河よ。
このクラスの担任なの。
で、あなたは誰?」
自分の名前を名乗ってその男の人に聞き返した。
「ではユーのことはタイガーと「私を虎と呼ぶな!!」
ズギュル!!
反射的に繰り出した私の竹刀はその男の人の顔面を抉った。
その人は「ぷべらっ」って訳の解らない事を言って倒れてしまった。
で、私は名前ぐらい聞いてからにすれば良かったって少し後悔。
と、そこで開けっぱなしになっていた教室のドアからこっちを覗き見ている娘に気が付いた。
もちろんウチの学園の生徒じゃなかった。
「そこのあなた、こっちいらっしゃい。この人と知り合い?」
一瞬ぽかんとしていたその娘だったけど、恐る恐るといった感じで教室に入ってきた。
そして倒れて男の人はそのままに私の表情を伺う様に答えてきた。
「えっと、エルザと博士は知り合いと言うか、知り合いたくなかったと言うか…。
と、とにかく、博士はエルザの産みの親ロボよ。」
その娘も少しだけ困った様に私に答える。
産みの親って事はこの男の人とこの娘(多分エルザちゃんという名前だと思うけど)ってことで。
うーん、あんまりと言うか全く似て無い。
「それで、エルザちゃんと博士は私にどんな用事なの?」
エルザちゃんに疑問を投げかける私。
この男の人の目的は間違いなく私。
教室に入ってきたときからクラスの皆の方なんて全く見て無かったし間違いないと思う。
「えっと、エルザ達は聖杯戦争の「ストップ!!」
問いかけに答えるエルザちゃんの言葉を途中で止める私。
『戦争』ってことは実家がらみってことで、少なくとも学園でする話じゃないって事で…。
ってことはこの二人ウチの組の客分なのかな?
「えっと、エルザちゃん、その話の続きはウチで話そうね。
悪いけど先にウチの帰って貰えるかな?」
帰ったらおじいちゃんを問い詰めるつもりで提案する私。
組員じゃない客分だからって、学校に人をやるなんてやり過ぎだと思う。
多分どっかと抗争状態に入るって言うんで私にボディガードをって事だと思う。
「でも、エルザはた…藤村の家が解らないロボよ」
首を傾げそう答えるエルザちゃん。
んー可愛いなあ。
じゃなくて、恐らく博士って人のほうが知ってたって事。
博士は私がのしちゃったし…。
「エルザちゃん、藤村組って言えば何処のおまわりさんでも解ると思うから、
とりあえず博士さんと一緒に先に帰ってもらえるかな?」
「解ったロボ。博士も一緒に連れてくロボよ」
エルザちゃんは首を縦に振ってそう言った。
そして博士さんの襟首をガシッと掴まえるとそのまま引きずりながら教室を出て行ってしまった。
結構力持ちなんだ。
って感想を持ちながら私は黒板に大きく字を書き始める。
『自習』と
「先生は急用が出来てしまったので、皆しっかり自習する様に」
私はそう言ってぽかんとしている皆をのこしてクラスを後にした。
そして休暇届けを出す為に職員室へと急いだのだった。
続く
あとがき
と言うわけで、第4話でした。
恐らく予想の範疇ですが、葛木が六人目のマスターに。
大河にもついに謎(笑)のサーヴァントが登場。
それよりも、やはり、サーヴァントの能力表を作った方が良いですかね?
ぼちぼち考えよっかな。
ではまた。