時間を逆行したと思ったら、

次は精神の逆行…

アイちゃんも過去に跳ばなかったし、

火星の住民も結構助かっちゃうし…

こんなんでこの先やって行けるの?

このSS…





機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜




第四話 「メイドさんはいかが?」(前編)



ふう、まさかな…

俺の精神が融合した物だとは…

でも確かに、どちらの記憶もある。


未来で、ユリカと結婚した記憶も…

復讐を誓った記憶も…

感覚が失われた記憶も…


そして、今


ラピスを公園で見つけた記憶も、

アイちゃんにペンダントを貸した記憶も、

カグヤちゃんと再会した記憶も…


その両方が俺の中にある…

どちらも今の俺にとっては同じ<重み>を持つ記憶…

だが、未来から引き継いだ焦燥は強い…

そう、皆を助け悲劇を止める。

そして、ユリカとルリちゃんを見つける。

それが、今の俺の行動原理だ。

ただ、あの時は暴走に近いジャンプだったから、イネスさんもこちらに来ている可能性がある…

そして、あの男! ユリカを撃ったあの男もだ、多分あのオメガとかいう奴…声が同じだった!


「くそ!」


一人で考え事をしていると気が滅入る。

病院で絶対安静の状態なのだから仕方ないが…

3ヶ月も昏睡状態にあったため、俺の筋力は歩くのもつらい位まで落ち込んでいる。

流石にまだ動く気にはれなかったが、今までの事を振り返り、思う…


もっと火星住民を助ける手段は無かったのか、と…


今にして思えば、まだ盆の数を増やす事も出来たのではないか、

いや…俺さえもっとしっかりしていれば、あの後直にネルガル本社に踏み込んでCCを押収し

もう何往復か出来たのでは無いか…と、



ラピスとアメジストに会い気絶してから数分後に目覚めたのだが、二人はもう居なかった。

おそらく、誰かを呼びに行ったのだろう…

考え事の続きを始めようとしていると、ドアがノックされる音が響いた。


  コンコン      ガチャ


「入りますよー」

「もう入っているじゃないか」


紅玉が病室に入って来た…ここが病院のためか、紅玉は普通のナース服を着ている。

少しピンク掛かった、白のナース服だ。

紅玉はエメラルド色をした瞳を細めながら俺の前までやって来る。

髪は伸ばしたのか、肩の中ほどまが真紅に彩られている。

耳元の毛だけ三つ編みになっているが付け毛だろうか?

…何というか、全体の印象がかなり変わっていた。

俺がじっと見ているのを不振に思ったのか、紅玉はぐぐっと顔を近づけ


「何をじろじろ見てるんです?」

「いや、何でもない…」

「ふふ〜…私のイメージが変わったんで驚いてるんでしょう?」

「…まあな」


……ん?

何故紅玉は<俺に>そんな事を言うんだ? ジョーなら兎も角、面識等殆ど無いアキトに…

…まさか!


「その通り〜!

 アメルちゃんに教えてもらいましたー!」

「って、何で考えている事が分かる!」

「それだけ顔に出ていればバレバレですって!」


な!?

そうか、俺はアキトなんだから前ほど無表情では居られないのか!

これは、これからの事を考えると頭が痛い…

落ち込んでいる俺を見て紅玉は笑いをかみ殺している。

勝ち誇ったような紅玉の後ろからひょっこりと、薄紫のポニーテールが顔を出した。

アメジストはいつものゴシックロリータの服装だ。青いロングドレスにフリルと黒いリボンが無数についている。

じっとしていれば、フランス人形のようだ…


「ごめん、アキト…

 あの後紅玉があんまり落ち込んでたから…」

「わ〜わぁー! 駄目ですよアメルちゃん! それは内緒にしてって言ったじゃないで すか!」

「ぷっ…」


吹き出した俺を見て、アメジストに抗議していた紅玉が俺に向き直る。

そして表情を真剣にして、俺を怒鳴りつけた。


「当たり前じゃないですか! あの時ジョーさんが死ぬって分かってたんですよ!

 アメルちゃんが融合させてくれなきゃジョーさんは死んでいたし、

 今のアキトさんだって植物状態から回復してたかどうか!」



紅玉の表情は真剣だし、アメジストの表情もさえない。それだけ心配してくれていたという事か…


「…すまない」

「でも<融合した>って言ったからどんなに変わるんだろうって思ったんですけど、殆ど変わりませんね?」

「ん…ああ、元々同じ人間だからな。記憶が融合すれば殆ど俺がベースになる」

「ふ〜ん…そんなもんですか」

「そんなもんだ」


俺が考えている事を察してか紅玉達も表情をゆるめた。

その時を見計らっていたように、薄桃色の髪の少女が扉を開く。

すーっとラピスが入って来た…何処かで着替えてきたらしい。

ラピスは和服を着ている…七五三のような着こなしだ。

赤と青の生地に梅の花をあしらっている…

金色の瞳と相まって不思議な印象だ。


「話はオワッタ?」

「ん…ああ」


ラピスが一人で和服を着られたとは思えない…

サチコお嬢さんが来ているな…

そう思っていると、ラピスに続いてサチコお嬢さんが入ってきた。

サチコお嬢さんは黒髪を首元でまとめ、一本にして腰まで垂らしている。

服は白系統のブラウスと黒いパンツという格好だ。彼女は女性としては背が高いので、そういった服装も良く映える。


「アキトちゃん意識を取り戻したんだって?

 記念にラピスちゃんの和服姿を拝ませてあげようと思ったんだけど、

 ど〜ぉ?」


その言葉を待っていたわけでも無いだろうが、紅玉が下がりラピスが近づいてくる。

そして、俺の言葉を待つようにかしこまっている…

俺は少し苦笑したが、ラピスに向き直りその頭に手を置く。そして…


「可愛いぞ、ラピス」


そう言いつつ、ラピスの頭を撫でてやった。

ラピスは嬉しそうに目を細め、されるがままになっている。


「コホン! ラピスちゃんは可愛いけど、手を出したら犯罪よ〜」

「ばっ…出すわけ無いじゃないですか!」


そうだ……今の俺はどちらでもあるが、

それをあまり多くの人に知られたくない…

サチコお嬢さんにからかわれるのも仕方ないな…

話を聞いていると…アメジストは紅玉と一緒に、ラピスは師匠やサチコお嬢さんとそれぞれ一緒にくらしている様だ。

何でも<明日香インダストリー>の手配らしい。恐らくカグヤちゃんが手を回してくれたんだろう…

明日香インダストリーは、輸送船ハスによる火星からの脱出者達の何割かの生活を保障しているらしい…

しかし、確か明日香インダストリーはナデシコ出航よりも前に倒産…

いや…複数の会社に分散し、大半はクリムゾンやネルガルに吸収された筈。

カグヤちゃんは今、危うい立場にいるんじゃ無いだろうか…

そうこうしている内にその日の面会時間は終わった様だ。

皆名残惜しそうに去っていく…










―― 翌日 ――

朝から元気の良い紅玉によって朝食が運ばれてきた。

何と言うか、本当に俺の担当に収まっているらしい…


「おはよーございます、ジョーさ…あっ、アキトさん」

「別にどっちでもいい」

「いけませんよ〜、せっかく本名で呼んでも良くなったんですから、けじめはきちっとしないと」


本当にけじめなのか、単に本名で呼びたいだけなのかは分からないが、紅玉は口を尖らせて反論してきた。

俺にとっては本当にどうでも良い事なので無視を決め込み、病室据付のモニターを開く。

チャンネルをニュースに合わせた時、フクベがモニターに出てきた…


『次のニュースです。

 第一次火星会戦の<英雄>フクベ・ジン少将が辞任を表明しました。

 現在月で攻防を繰広げている木星トカゲと最初にわずか300隻の艦隊で戦い

 チューリップを撃破、さらに40万を超える火星の住民を脱出させた英雄として

 中将に推挙する声も上がっていた矢先の事だけに、不審に思う声も上がっているとの事です。

 これに対し、元艦隊の参謀であるムネタケ・サダアキ大佐は…』


木連が月まで来ているという事は、火星の制圧はもう終わったと見て間違いない…

今から火星へ向かうよりは、準備を整えておくべきか…

とにかく、和平を行うにしても相手と五分に渡り合える様になってからでなければ話にならない。

先ずは、ナデシコやエステバリスをどうにかしなければ…


「そういえば、あの後俺はどうなったんだ?」

「どっちのアキトさんですか?」

「両方だ」


俺はそ言って紅玉を促し、食事に手を付ける。

『まだ硬い物は胃が受け付けないから』と、紅玉が持ってきたものはオートミールだった。

だが、味が分かるというのはとても良い事だ。

俺は一口一口、味わうようにそれを食べ始めた…


「う〜ん、そうですねー…何から話すのがいいでしょうか?

 佐世保の宇宙軍基地に着いたあたりが良いかな〜…

 先ずですねー、周囲がピカーッと光ったと思ったら〜…」


それから二時間ほどかけて、とっくりと聞かせてもらった。

話の内容を要約するとこうだ…



あの後…連合宇宙軍は突然現れた輸送船ハスに驚き、攻撃を加えようとしたらしい。

しかし<劉・鵬徳>が通信を行い、どうにか宇宙軍基地に収容されたようだ。


その後一ヶ月近い拘束を受けたらしいが、ネルガルと明日香インダストリーが手を回してどうにか釈放となったようだ。

その時俺の遺体は、ネルガルが『自分の会社のSSだから』と言って引き取ったらしいが…

おそらく狙いは、俺の遺体から<生体ボソンジャンプの方法>を探ろうという事だろう。


火星の住民は半数以上が地球の血縁を頼って帰っていったが、

身寄りの無い者はネルガルと明日香インダストリーが身元を引き受ける形になった様だ。

その中に俺達がいたという事だ…


紅玉は父親と一緒にネルガルには行かず、明日香インダストリー系列のナガサキホスピタルに勤める事に決めたらしい。

医師免許をトップクラスの実力で手に入れた紅玉を、ナガサキホスピタルは二つ返事で受け入れたそうだ…

ちなみに師匠は自分の金を地球の銀行にかなり残していたらしく、自力で店を開いたらしい。



「分かりましたか〜?」

「…ああ」


俺の目が少し虚ろだった事を見咎めて、もう一回説明しようとする紅玉を止める。

紅玉はイネスさんほど説明能力が無い為、脱線すると本当に関係ない方向に行ってしまう…

さらにイネスさんと違って話を戻すつもりが無いので、こちらで戻してやらねばならない。

ある意味、かなり疲れる…


「それで、死んだ俺の所持品はネルガルに回収されたのか?」

「いいえ…<形見分け>とかいって、バイザーはラピスちゃん、記録ディスクはアメルちゃん、そしてスーツは私が頂きました」

「スーツ? あんな物どうして…?」

「いや、もう他に何も残ってませんでしたから…それに、庭のビニールシートの変わりに使えるんですよ」


紅玉は本当に嬉しそうにそう言う。まあ、今更必要ない物だが…


「はあ…もう好きに使ってくれ…」

「はい!」


かなりの時間が経過したので、紅玉は次の仕事に行く事になった様だ。

俺は、すっかり冷えてしまったオートミールを最後まで口に運んだ…





朝食の後、体の動きを確認する。

朝食を取れる程には体力が回復していた為、呼吸を乱さない様にすればある程度の動きは支障無い様だ。

ベッドから降り、木蓮式柔の型を取る。そしてゆっくりと体に気を伝わらせていく…

…思ってたより悪くない。体はかなり衰弱しているものの、特に目立ったダメージも無い…

一度は植物状態までいったのだから、半身不随位は覚悟していたが…そういった問題は無い様だ。

もう少し体の調子を確かめたかったが、近付いてくる気が有る事が感じられたのでベッドに戻る。

これは…


「おにーちゃーん!」


アイちゃんは扉を開け突進してきた…

アイちゃんはツインテールに纏めた金髪を揺らし、走りこんでくる。

そして俺のベッドに向けてダイブする…

俺は少し気を高めてアイちゃんを受け止め、

抱き上げつつベッドの横に降ろす。


「お兄ちゃん! 元気になったんだね!」

「ああ。アイちゃんも元気そうで何よりだ」


俺はアイちゃんに微笑みながら答える。

遅れて入って来たアイちゃんのお母さんも嬉しそうにしている。


「そう言えば、まだ名前も名乗っていなかったね」

「ううん、もう知ってるよ…お兄ちゃんはアキトっていうんだよね」


まあ、周りが言っていれば憶えるか…


「私達も名乗っていませんでしたね」

「え…あっ、はい」


完全にアイちゃんのお母さんで覚えてしまっていた。

少し申し訳ない…


「この子の名前はシノダ・アイ、そして私はシノダ・ツバキと言います」


ツバキ…アイちゃんのお母さんだけに花の名前という訳か…

いや、そんな事ではなくて…


「…?

 失礼ですが…」

「…この子は私の子よ。

 私のお腹から生まれた訳ではないけど…」

「すみません」

「いいのよ、誰でも思う事だもの…」


そう言いつつも、ツバキさんは表情を曇らせている。

やはり…

明らかに純粋な白人であるアイちゃんを

ツバキさんが生むなら白人の夫が必要になる…

無論例外はあるにしろ、苗字がシノダというのは少しおかしい。

しかし、こんな事を聞くために不快な思いをさせてしまったのは申し訳ない…


そうこうしながら、アイちゃん達と話していると、新たな来客があった。

シゲルは元気一杯に俺の病室に入り込んでくる…


「ようアキト! 目が覚めたそうじゃないか」

「ああ。シゲルも元気そうだな」


シゲルは短く刈り込んだ茶髪をオールバックにしている。だが短いので髪が寝ていない…

シゲルの茶髪は天然で、別に染めているわけじゃない…むしろ、こいつはそういうことが嫌いだ。

考古学が好きなのも含め、シゲルの考え方は結構古い…

だが妹がいるからか、年上好きという業を背負っているのだ。

サチコお嬢さんにちょっかいをかけていたのも、その辺に起因する所だろう。

まあ、あの後腹の傷が開いたとか言っていたが…

シゲルの格好は何処か、見覚えがある様な感じだ。

黄色い服とエプロンの組み合わせ…

これは、師匠のと同じ…


「あ〜、それ! おじちゃんとおんなじ格好だぁ〜!」

「おっ、分かるかい?

 レストランこうずき地球支店、ナガサキシティに開店中だ。

 良かったら来てくれよな!」

「お前、もしかして…」

「ああ、ほら…チューリップが落ちてきた時、俺怪我しちゃってさ…

 その時サチコさん達に助けてもらったんだよ。それが縁でな…

 今はこうずきの手伝いをさせてもらってる。

 …勘違いするなよ、住み込みって訳じゃ無い。家族もいるしな(///)」


ははーん、こいつ本気でサチコお嬢さんに惚れてるな…

一目ぼれって奴か、これは面白い事に…

いや、祝福してやらねば。

サチコお嬢さんにはからかわれっぱなしだったからな…

いずれ何か仕掛けるとしよう。

しかし、今回は聞きたい事も有る…からかうのはまた次の機会にとって置くとしよう。


「家族か…そういやお前妹さんがいたな。元気か?」

「ああ。元気も元気、ほんとにあいつは困っちまうぐらい元気だぜ…

 なんせこの前も、木星トカゲどもが月まで来て連合宇宙軍と戦ってる…って聞いたら

 「私も軍に入って戦う!」とかって言い出すんだぜ?

 あいつを止めるのに父さんや母さんが半日がかりでようやく説得したんだからな…

 もうちょっと大人しくしていられないもんかね?」


シゲルは照れ隠しのためか、嫌に饒舌に家庭事情を話す。

横で置いてかれたアイちゃんがすねているがお構い無しだ…

俺は目線でアイちゃんとツバキさんに謝った。

その視線に気づいたツバキさんは一度頭を下げ、アイちゃんを伴い退出した…

その後もシゲルは一時間近く近況を話していたが、大半は火星脱出の時の話で目新しい物は無い…


「そうか…お前も大変だったんだな」

「ああ。でも、お前も何か大変なんじゃないか?」

「何が大変なんだ?」

「何か、ちっちゃい子達にモテモテらしいじゃないか。

 アイちゃんに、ラピスちゃん、アメジストちゃん…

 何か看護婦とも親しい感じだし、明日香インダストリーのご令嬢も何回か見舞いに来たらしいぜ〜!」


シゲルはしてやったりという表情をしながら、俺に近付いてくる。

しかし、何かおかしい…


「何でお前がアメジストの事を知ってるんだ?」

「何言ってんだ?

 …って、そういやお前が知るわけ無いわな。

 いや、あの子時々こうずきの手伝いに来てくれるんだけど、物凄い人気でな…

 ラピスちゃんと同じで、ファンクラブも有るらしいぜ」


ラピスとアメジストにファンクラブ…?

いや、ルリちゃんの事を考えれば不思議じゃ無いが…


「まあ兎に角、泣かすなよ〜? 特にラピスちゃんはサチコさんのお気に入りだからな。

 泣かすと後が怖いぜー」

「…うう」


前途の不安に頭を抱えている俺に背を向けてシゲルは出て行こうとする。

しかし、ふと気づいたように足を止めると…


「アキト……お前、何か変わったな。

 いや、本質的に同じなんだが…

 落ち着いたって言うか、あんまり物怖じしなくなった」

「まあな。俺もあの後色々有ったからな…」

「何言ってんだ、殆ど寝てたくせに」

「言われてみればそうだな」


一瞬二人で無言となる。

ふと、こいつも数ヶ月のうちに色々経験したんだなと思う…

そして、お互い目を合わせどちらからとも無く…

プッ…クックック

「ハッハッハッハ!」

「「ワーハッハッハ!」」


馬鹿笑いとなって病室に響き渡る…

その後、駆けつけてきた紅玉に二人揃って怒られたのは言うまでも無い…







意識回復から三日目 ――

いつもの様に朝食をとり、木蓮式柔の型をこなしている時…

また見舞い客と思しき気配を捉えたのだが、俺は近付いてくる気配に眉をひそめた。

…ひどく弱々しい…二人の内一人はかなり衰弱している筈だ。

もう一人もかなり消耗しているのが分かる。これは何事だ?

暫くしてベッドに戻った時、ノックの音がした…


「どうぞ」


      ガチャ


「失礼します」

「失礼致します」


カグヤちゃんと長身の女性が入って来た。

カグヤちゃんは眉の前で前髪を切りそろえ、髪をストレートにおろしている…

服装はブルーをベースにした女性用スーツで、首には白いスカーフを巻いている。

しかし服装がいくらきちんとしていても、疲労の色は隠せない。

もう何日も寝ていないように見える…


「アキトさん…意識が回復して、本当に良かった……」


そう言い、カグヤちゃんは俺の胸で涙を流し始めた。

後ろに控えていた女性も何処か感極まった感じだ…


「カグヤちゃん、ごめん…心配させたね」

「いいえ、私がもっとしっかりしていればこんな事態にはならなかったはずです」

「そんな事無いさ。これは俺がやった事の結果、カグヤちゃんに責任はない…」


……そうだ。俺は歴史を変えた…

死ぬはずだった人を救った事によって、いらぬ争いが 起こる可能性もある。


(もし在るとするなら、俺は確実に地獄行きだな…)


そう考えていると…

俺の表情が曇ったのが分かったのか、カグヤちゃんが心配そうに覗き込む…


「大丈夫ですか? 何か体に問題が?」

「いや、ただ考え事をしていただけさ」

「ならば良いのですが…」


カグヤちゃんは心配そうな表情を崩さない…

仕方ないので、別の話題を振る事にした。


「ところで、その後ろの人は?」

「ああ、そう言えば紹介がまだでしたわね…彼女はホウショウ。

 士官学校の同期だったんですけど、今は私の秘書を勤めてくれていますわ」

「ホウショウです。宜しく御願い致します」


ホウショウと名乗った少女は、オールバックにした髪を肩の辺りでセミロングに切りそろえている。

スーツもパリッと着こなし、どこかエリナを髣髴とさせる…

しかし、エリナと比べて格段に無表情で慇懃…なのだが、

<野心>のようなものは感じられない。それだけカグヤに心酔しているという事だろう……


まとめて言えば、カグヤの<親友兼側近>という所か…



「俺はテンカワ・アキト。ホウショウちゃんよろしく」

「えっ…あ、はあ…その、よろしく御願いします」


何故か不思議なほどうろたえている…

俺が首を傾げると、


「この子は、ちゃん付けで呼ばれた事なんて無いですから…」

「ああ、ごめん迷惑だったかな?」

「いえ、その…そんな事はありませんが…」


ホウショウちゃんは今度は頬を赤らめている…


  このパターンは…不味い…


何とか話題を変えなくては…

そう思いカグヤちゃんに向き直るが、もう遅かった様だ。


「アキトさん…ホウショウに手を出す気ですか?」


カグヤちゃんは笑顔だ。

とても良い笑顔だ。

ただ……

視線だけがとんでもなく冷たい…


「いや、そんなことないって!」

「なら何でホウショウが頬を赤らめているのでしょう?」

「それは…」

「それは?」


この調子で半時間ほどいびられた…

カグヤちゃんって…


その後も暫く、とりとめも無い話をしていたが…

カグヤちゃんが落ち着いてきた頃を見計らって、俺は懸念事項を聞いてみる事にした。


「カグヤちゃん、心配事が有るんだったら相談してくれないか?」

「…!

 …何でしょう。特にありませんわよ? ……」


カグヤちゃんは一瞬表情を変え、

しかし心配させまいとしてか無理に笑顔を作って誤魔化そうとする。

しかし、笑顔が引きつっているのでバレバレだ…


「相談しにくい事だとは思う。恐らく経営の事だろうし…

 でも、相談すれば心がいくらかは軽くなるはず」


カグヤちゃんは俺が悩みを言い当てた事に驚いていたが、

直ぐに表情を引き締めると口を引き結んだ…


「答えられないのならそれでも良い。でも、恐らく問題は<株式>の事じゃないか?」

「なっ…そこまで……」


今度はホウショウちゃんが絶句した、


「そこまで知られているのでしたら仕方有りませんわね…」

「カグヤ様!」

「いいのです。それにいずれ、アキトさんにも分かる事ですし」


ホウショウちゃんがカグヤちゃんを諌めようと近付くが、カグヤちゃんはそれを手で制する。

そして、二人はお互いの意思を確認するように目を交わした…

しばらく二人は見つめ合っていたが、ホウショウちゃんが仕方ないという風に肩をすくめる。

それに安心したようにカグヤちゃんがこちらに向き直った…


「これから話す事は明日香インダストリーの<機密>に属する事ですので、くれぐれも他言無用に願います」

「…ああ」

「実は、父が行方不明になったのです…」

「なっ…」


カグヤちゃんの父親なら、自分のシャトルを持っていた筈…

考えてみれば、カグヤちゃんも何故シェルターに避難していたのか分からない。

カグヤちゃんは避難してきたという感じじゃなかったし、<何かを探していた>と考える方が自然だ。


「その事は仕方ありません…」


仕方ないと言ってはいるが、声は震えている…

納得していない事は明白だ。


「しかし、父の所有していた株式がいつの間にか 売られてしまっていたのです…

 明日香インダストリーの株式は父が20%、私が10%、重役達を合わせて20%で

 如何にか父主導の形を取っていたのですが…今その20%が買占められているんです。

 重役連中はすでに納得している様ですし、

 火星では火星支社が実際には営業しておらず、その資金が何処に流れ込んでいたのかも不明です。

 重役連中は知らぬ存ぜぬで通していますが、関与は明らか…

 まるで、沈没する船から逃げ出すネズミの様ですわ。

 これらのことを考えると、現在明日香インダストリーは乗っ取りをか けられているのでは? と、そう思うのです」


苦悩の表情になったカグヤちゃんは言い切って、ふ…と息をつく。

思ったとおり、明日香インダストリーの倒産には他社が係わっていた様だ。

おそらくは、クリムゾンかネルガルだろう…

そうは思ったが、一応聞いておく事にした。


「乗っ取りをかけているのが何者かは分かるか?」

「はい、ネルガルが27%クリムゾンが21%個人名などで偽装していますが間違いないですわ。

 でも……もう一つ20%の株を保持している人が居るんです…」


カグヤちゃんも悔しいのだろう、手が震えている…

俺はカグヤちゃんの震える手をそっと握り、その株主の事を聞いてみる。


「人? …会社ではなくて?」

「ええ。個人でこんなに大量の株式を保有しているのは、私の父だけだったんですけど…

 父の株式の半数はこの人に流れています」


幾分落ち着きを取り戻したカグヤちゃんは、俺に目で礼を言う…

そんなカグヤちゃんに微笑みを返して、話を進める。


「その人のところに交渉に行ってみたのかい?」

「それが、交渉に行った人が帰ってこないんです…」

「はい。五回交渉の人材を派遣しているのですが…

 誰一人として会社に戻っていないのです」


カグヤちゃんが言った事をホウショウちゃんが引き継ぐ…

だが、その話には引っ掛かりがあった。


「会社には?」

「そうです。全員ではありませんが、生きている所を目撃されてはいるのです」


…どちらにしろ、このままでは明日香インダストリーは倒産してしまう。

俺が今出来るのは…


「その交渉役、俺にさせてくれないか?」

「え、でも…」


カグヤちゃんは黙り込む。

おそらく、火星でのあの時…俺が目の前で撃たれ、

階段を落ちていった時の事を思い出しているのだろう。

だから、俺は立ち上がって自然な動作でホウショウちゃんに近付く…


そしてホウショウちゃんの足元を見るフリをしつつ

ホウショウちゃんのスカートに隠れた銃を引き抜いて安全装置(セーフティ)を 弾き、

撃鉄(ハンマー)を起しながら、慌てて俺を止めようとするホウショウ ちゃんに突き付けた。


「大丈夫。俺意外と強いから」

「……(冷汗)」

「す、すごい」


ホウショウちゃんは動く事も出来ず冷や汗を流している。

カグヤちゃんは…

目をキラキラさせて俺を見ている…

…ちょっとやりすぎたかな?


「ホウショウは私の護衛も兼ねている、

 士官学校有数の格闘戦と銃撃戦のエキスパートですのに…」

「ホウショウちゃんごめん、驚かせたよね?」


俺は謝りながら銃を下ろし、ハンマーとセーフティを戻してホウショウちゃんに返す。

ホウショウちゃんはまだボーゼンと俺を見ていたが、気を取り戻し俺を睨む。


「アキト様がお強いことは分かりました。

 しかし、何もこの様な事を為さらずとも…」

「いや、口で言っても分かってくれなかっただろうしね…

 それと、俺を呼ぶときに様はいらないよ」

「駄目です。

 カグヤ様の恋人ですから私にとってはやはりアキト様です。」

「無駄ですわ。ホウショウの頑固さは筋金入りですから…三年一緒に居て、まだ私も様付けが取れないんですの」


カグヤは顔の前を手で仰ぎながらうなだれている。

ホウショウちゃんが頑固なのはいいのだが…

いつの間にか俺がカグヤちゃんの恋人になっているのはどうだろう?

いずれ誤解を解かなくては…

最も、言うだけ無駄な気もするが。

そんな事を考えていると、

カグヤちゃんは俺に向き直り、表情を引き締めた…


「分かりました。明日香インダストリーの命運、アキトさんに託します…

 ただし、一週間…

 一週間の間は体力の回復に努めてください」

「しかし…」

「大丈夫ですわ。直ぐにどうこうなるほど、明日香インダストリーは小さな会社じゃありません」


そう言ってカグヤちゃんは胸を張る。流石はユリカのライバル、そういう所は良く似ている…

俺は目を細めてカグヤちゃんを見た。

ユリカの面影を追う様に…


「いやですわ、そんなに見つめないで下さい…」


俺がその言葉にはっと気づくと、

いつの間にかカグヤちゃんが頬を赤くしていた…


「あ、ごめん」

「別に構いませんわ、でも交渉に向かう前に…」

「前に?」

「約束通り、デートして下さいね」

「あっ…」


……俺は完全に忘れていた。




この後、カグヤちゃんにこってりと絞られる事になるのだが…

それはまた別の話…


「忘れてましたのねー!!」


に出来なかった…








なかがき

前回からの状況説明だけで埋まってしまい、

肝心のメイド登場までいけませんでした…

明日香インダストリーの設定はかなり漫画版と違った物となりましたが、

TV上無いものを有る様にするため無茶をした結果ですのでお許しを。

後、今回も前中後編になりそうです。

まあ長い目で見てやってください…

それと、今回は読者の方よりの感想が増え、踊り狂っておりました。

本当に感謝しております。

では、これにて失礼させて頂きます。


押していただけると嬉しいです♪

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