目を開けていられないほどの光と共に、凄まじい音と地鳴りが襲い掛かってきた。
ナデシコの面々も一瞬躊躇するものの、直ぐに事態を察する…
「メグちゃん、エステバリス隊緊急回収お願いします!」
「はい、エステバリス隊の皆さん! 急いでナデシコに戻ってきてください! リョーコさん! ヒカルさん! イズミさん!」
『うっせえな! 分かってるよ! けど、この爆風の中でそう早く動けないっての!』
『わたしもうへろへろ〜』
『後家さんが 喉をつまらせ いなくなる
う! ごけないから 後はよろしく ……いまいち』
「ミナトさん、全速離脱です!」
「はいは〜い♪ でも、今回結構きついかも(汗)」
「データは組んでおいたよ」
「ラピちゃん、ありがと♪」
「ラピちゃん?」
「ルリルリと同じに二回言うのも芸がないじゃない? だからラピちゃん」
「…まぁいいけど」
ラピスは突然名づけられたあだ名に少し戸惑うが、まんざらでもないらしい…
ミナトはそんなラピスに微笑んでから、暴風の中でナデシコを操る。
全く予想しなかった出来事に、直上にいた筈の赤茶色のロボットも耐えられなかったらしく、落下していく姿がブリッジのウィンドウに映った。
ナデシコはこの隙に戦闘空域を脱出、エスカロニアとの合流ポイントへと急ぐのだった…
機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜
第十一話「さらりと出来る『運命の選択』」その11
ルーミィは、迷っていた…
エスカロニアのハッキング能力で現状を制圧する事は不可能ではない。
しかし…現在の状況でそれをやれば、かなり不味い事になるのは間違いなかった。
シチリアの時とは事情が違う…
あの時は、ハッカーとしての能力があれば事足りた。
しかし今回、新型にしている筈のプロテクトをすぐさま破って見せれば、確実に木連にその事を知られてしまうだろう。
“無人機はマシンチャイルドのハッキング能力の前では役に立たない”という事を…
そうなれば、当然<レベル1>とやらが木連で量産される事になる。
目も当てられないようなハッキング合戦になる事は目に見えていた…
敵であるロストナンバーの少女が操る12m級の小型ジン、その周りを飛び回る4体のバッタ、背後に控えるヤンマタイプの巡洋艦、
他にも敵勢力はいるものの、そちらは距離があるため、少なくとも現時点で脅威とはいえない。
だから彼我の戦力差は大きな物ではないが、疲弊したエスカロニアには十分な脅威といえた。
現在のエスカロニアの戦力は、オーバーヒート気味の相転移エンジンを
騙し騙し使いながら充填したグラビティブラスト一発分のエネルギーと、生き残っている1機のガンポッド…
そして小破して航行不能になった為、エスカロニアに戻して砲台として使っているガンポッドのみ。
「流石に現状でハッキングによる無効化をやれば、木連に察知されますし、その時間もありません。
…ヤガネ、今回はかなり痛いかもしれませんが許してくださいね」
『いえ、ルリが無事でいられるならそれでいいです』
「ありがとうヤガネ、後で修理手伝いますよ」
『……
…
それは結構です。修理はやはり、ウリバタケ氏に任せておくべきかと』
「最近言う様になりましたね…」
『ルリ直伝です』
「…」
自分で教育したAIに言い負かされる自身を疑問に思いながらも、ルーミィは作戦を練り始める…
その間にも、正面に展開している小型ジンとバッタが牽制 攻撃をかけてくる。
背後にいるヤンマがグラビティブラストを充填する時間を稼いでいるのだろう…
エスカロニアとしては、何としてもグラビティブラストを食らうわけには行かない。
エネルギーが低下しているエスカロニアが撃てるグラビティブラストは一発…
牽制の機銃程度ならさほどエネルギーを消費もせず、或いはフィールドを張らずに装甲で受ける事も出来るが、
敵のグラビティブラストを食らえば、ディストーションフィールドに大きくエネルギーを食われてしまう。
そうなればグラビティブラストは、敵のディストーションフィールドを打ち破る事ができなくなる。
しかも、こちらの意図を察しているのか、自軍のグラビティブラストを食らわない為か…
小型ジンはグラビティブラストの射程範囲を計算したように間合いを取っている。
これでは小型ジンとヤンマを同時に射程内に捕らえる事はできない…
その上、現状グラビティブラスト以外は決め手にできない。敵のディストーションフィールドを貫けないのでは意味が無いのだ。
「ですが…正面突破ばかりが戦いではありません。ヤガネ、お願いします」
『OKルリ』
ルーミィの言葉にヤゴコロオモイカネが返事をした途端、エスカロニアが逆噴射を開始した。
大抵の動きは重力制御で何とかなるとはいえ、殆どの航空・航宙艦は推進剤も積んでいる。
何故なら、初速は何Gで加速しようと大した速度は出ないからだ。
その為急発進・急加速は、未だにロケットエンジンがそれなりに活躍しているのだ。
改良は加えられているものの、基本は同じ…エスカロニアは凄まじい爆音とともに逆進を始める。
しかし、エスカロニアの引きにあわせるように、小型ジンが加速する…
加速性能は明らかに向こうが上。エスカロニアが追いつかれるのは時間の問題と思えた…
「ガンポッドをパージしてください!」
『ガンポッド強制排除』
ヤゴコロオモイカネのウィンドウ表示と共に、エスカロニアに残っていた、推進力のないガンポッドが強制的に排除される。
ガンポッドは放物線を描くように落下を開始するが、エスカロニアへ高速で迫っていた小型ジンには、それを回避する術はない…
小型ジンは回避を諦め、ライフルを連射してガンポッドを砕こうとする…が、
実際には間に合わず、ガンポッドが接触、ディストーションフィールドでその体当たりを防ぐ事になる。
しかし、流石にガンポッドの質量を受け切る事は出来ず、小型ジンは大きくよろめく…
「今です!」
ルリの言葉が言い終わる前に、唯一通常稼動するガンポッドが小型ジンに迫る。
ディストーションアタックをかけたのだ…
小型ジンは内蔵する相転移エンジンのお陰でディストーションフィールドが強い。
しかし、先ほどの勢いを完全に殺しきれてない所にもう一発喰らったので、かなり押し込まれていた。
「グラビティブラスト発射です」
『了解、グラビティブラスト発射』
ズゴゴゴゴゴ ゴ!!
そこに、エスカロニアのグラビティブラストが叩き込まれる。
…そう、ガンポッドの連続突撃は、攻撃を目的としたものではない。
ヤンマ級を狙うグラビティブラストの射程範囲に小型ジンを収める為の戦術だったのだ。
誘導された小型ジンは、ディストーションフィールドを貫かれて吹き飛ぶ…周辺にいたバッタ等は影も形もない…
そして小型ジンを吹き飛ばした勢いのまま、グラビティブラストはヤンマへと向かう。
ヤンマをグラビティブラストが貫いた、その時…!
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ!!!!!
凄まじい閃光で目が眩んだ所に、凄まじい音と爆風が相次いでやって来る…
あまりに強力な閃光にルーミィが目を閉じていると、五秒ほどで元の状態に復帰したようだ。
「ふう、凄まじかったですね…何事でしょうか?」
『フクベ提督より伝文、”囮にはなったかな?”だそうです』
「なるほど。それで、これはどういった爆発の衝撃ですか?」
『反物質による対消滅現象と、そのエネルギー転化による爆発と思われます…
爆発半径は約10km、地殻変動を引き起こしかねないレベルの爆発だったようです。
爆心地はアルカディアコロニー跡地、地下1km地点』
「それは…よく無事ですんだ物です。
ここからかなり遠いとは言え、火星の生態系に致命的な一撃――と いう事にならなければ良いんですが…」
爆発の影響か、エスカロニアのレーダーは現在ホワイトアウトしており、
更に周辺は土埃や砂塵などが巻き上げられて、目視も利かない状態になっている。
しかしあの瞬間、ヤンマを倒した事は確認していたので、ルーミィは相転移エンジンの出力を落とし、少し体を休める事にした…
俺はかなりガタの来たエグザを上昇させ、オメガの機体に正対する。
今までの戦いで周囲の無人兵器はほぼ沈黙している。
周辺は砂塵が舞っているものの、何も無い空間と化していた…
人質がいるだろう輸送船もかなり離れた位置にあり、今はオメガの機体だけが射程内にある。
緊張が高まる中…オメガは、何を思ったか俺に話しかけてきた。
時間稼ぎ…援軍が来るのを待つつもりか?
だが、今はそれでも時間が欲しい……俺は通信をONにした。
『流石、と言うべきか。貴様の悪運は尋常じゃないな…よくもまあ、これだけ不条理がおこる物だ。
今の爆発の探査のために上空の艦隊は火星の反対側に向かった…1時間程度は帰ってこないだろうな…』
「ふん、運がよければこんな所にいないさ」
『だから悪運というのだ。他の奴らは死に絶えても、貴様だけは生き残る…見苦しいな』
「そう…かもな。だが例えそうだろうと、俺には俺の目的がある。貴様にやられてやるわけには行かない」
『そう言うだろうな…だが、結局貴様は戦争の種を蒔いただけに過ぎん。
最早俺が死んだところで、戦争が激化するのは避けられないさ』
「…!!?」
『お前が起こした行動が、いかに無駄であったか…いや、害悪で あったか教えてやろう。
まずは貴様が救おうとする者達…火星の人間が生きていれば、木連との和平を許すと思うか?』
「!!」
『それに、貴様がやった<兵器開発の促進>は、他勢力に影響が無いと思うか?』
「それは…」
『そして何より…電撃作戦的に木連と和平をするには、戦力を削りすぎだ。
向こう側も、お前達を見てタダで済ますような事はしないだろうな』
「クッ!」
そうか、オメガは――
俺の行動を利用して戦局を操っていたと言うのか…
つまり、俺の動きも結果も、全て奴の予想通り…
今までやってきたのは、奴の手のひらの上と、そういう事か…
『そういうことだ。いかに無駄な事をしたのか分かっただろう…
大人しく朽ち果てていれば、それほど違った未来にならずに済んだものを…
未練がましく生き続けようとするからそうなる』
「俺が逆行者だと気付いたのはいつだ?」
『ハロン島の一件だ。明日香インダストリーが生き残ったと聞いてな…どうせならと、お前を利用させてもらったわけだ』
「何故戦争を激化させようとする!」
『舞台さ、舞い踊る為の』
「舞台?」
『生き残れたら分かるだろう…しかし、貴様はここで死ぬ!』
オメガの機体から殺気があふれているのが分かる…
結局俺に分かるのは、この男を残しておいては歴史は泥沼の戦争に沈んでいく、という事だけだ。
俺は、それまで考えていたような甘い考えを捨てた。
――殺らなければ殺られる――
今は、それだけで良い…
「…」
『そうか…やっと本気になるか、それでこそ<Prince Of Darkness>だ』
オメガは小型ジンの背部から何かを引きおろし、両腕に装着する。
それは、砲身…俺が最もよく見知った…
『ククク、このフウジンはエネルギーをカノン砲で打ち出せるように改造してある。
貴様が使っていたカノン砲の威力、その身で思い知るがいい!』
オメガは俺に向けてカノン砲を連射しながら迫る――
俺は奴の攻撃をエグザを回転させながら右へと回避するが、完全とは行かず、ヘッドカメラに損傷を負った。
とはいえ、ヘッドカメラだけがエグザの目と言う訳ではないし、フォローの効くように幾つものカメラが設置されてはいる。
俺は即座に体勢を整えてオメガに向き直り、矢を番えずに弓を引いてグラビティブラストを充填する。
オメガは砲身をまたこちらに向けカノン砲を放つが、俺もじっとしていた訳じゃない。
重力制御を切って自由落下を開始した俺はカノン砲の雨の下を抜け、砲身が下を向く前に矢を放った。
十に分裂した重力の矢がオメガの駆るフウジンへと突き進み、オメガはそれらにカノン砲を撃ちつつ回避にかかる…
半数をカノン砲で迎撃し、重力制御で横にスライドしていく…その事が、フウジンの出力が並でない事をうかがわせる。
「チィ…流石に今までの無人機とは違うか…!」
『それだけだと思うな!』
俺のエグザとオメガのフウジンは、砲撃の終わった瞬間互いに向けて突撃していた…
ガシィィィーン
互いの勢いとディストーションフィールドの強度の所為で、ぶつかった衝撃のまま離れていく…
しかし元々大きさも、ディストーションフィールドの強度も負けているエグザはより大きく弾かれる。
しかも片足が使えない所為で、バランスを著しく崩していた…
『止めだ<Prince Of Darkness>!』
オメガはフウジンの体勢をいち早く立て直し、エグザに向かってカノン砲を連射してきた。
俺はエグザを、バランスを崩した状態のままで加速させる…
カノン砲の洗礼をかなり喰らったが、どうにか体勢を立て直す事ができた。
「クッ!」
『しぶといな…』
オメガがカノン砲のエネルギーを際充填している内に、俺は再度突撃をかける…
加速はそれほど変わらないがバランスが悪く、ふらふらしている。
オメガは、何を考えているのかといった表情で俺を見る。
『貴様、どういうつもりだ?』
「さてな…」
俺は加速しながら、両足のパーツをパージした。
元々フレーム換装が出来るタイプのこの機体は、エステと同じくパーツごとの強制排除が可能だ。
パーツを分離した反作用で少しだけ加速する…
両足をパージした事でバランスが取れ、更に軽くなった機体は機動性と加速性能が上がっている。
『な!? チ、貴様ァ!』
「行けエェェッッ!!」
ゴォォォォン!!
俺は現状の機体にできる最大加速でフウジンに体当たりを掛ける――
無論、弓も捨てている…この攻撃が効かなかったらもう後がない。
俺はイメージフィードバックに最大加速を続けるように、常にイメージを送りながらディストーションアタックをかけたのだ!
俺の執念が乗り移ったかの様に加速を続けるエグザだったが、とうとう限界が来たのか、右腕がもげて吹き飛んでいく…
しかし、フウジンのディストーションフィールドを突き破り、フィールド内へと突入した。
『そんな状態で!!』
「堕ちろー!!」
フウジンはカノン砲を捨てて、エグザを掴み取ろうとするが、俺はエグザの左腕をそのボディに叩き込んだ。
衝撃で左腕までも落ちていくが、勢いを殺さず頭も叩き込む。
『グボォ!?』
ずっと繋がっているオメガとの通信は、奴が血を吹き倒れ伏した姿を映し出す…
コックピット直撃と言う訳では無いが、それでもこの一撃はフウジンに致命的な衝撃をあたえる事ができた。
フウジンは重力制御を失い落下し始めるが…無茶をし過ぎたのか、エグザも同様だ。
結局一緒に落下していくしかなかった…
「終わった…のか?」
俺は呆然としつつも状況を確認する…
すると、グラビティウェーブが直接届いている事に気付く。
…まさか?
『アキトー!! アキト! アキト!!』
突然目の前にコミュニケのウィンドウが開く。
そして、連鎖するように幾つものコミュニケウィンドウが展開された。
『また、一人だけで何もかもしようとしていたんですね、アキトさん』
『テメー!! 一人だけで突撃してんじゃねえぞ!』
『一人だけかっこつけちゃってぇ、君は正義のヒーローにでもなりたいの?』
『信号の青の次、そりゃ黄色。きいろー、ヒーロー…ククク』
『無茶ばかりしないで下さい! 私だって心配したんですから…』
『アキト、私にくらいは言って欲しかった。助けが欲しいって』
『ははは、参りました…結局引き返す事になるとは…損失はかなりの物になりそうですな…』
「ああ、みんなすまない…」
ナデシコが視界の隅に映る…
エスカロニアもドッキングしているようだ。
敵は爆発の偵察にかなりの戦力を割いているようなので、周辺に敵の影は殆ど無い。
引き返してくるまで、早ければ一時間程度…調査次第では一日は使うだろう。
兎に角、時間は稼げた訳だ。
…けど、誰もガイの事を気遣ってやれないのな(汗)
視界の隅で、『ヤマダさんお手柄です』と言っているルリちゃんに『俺はダイゴウジ・ガイ〜(泣)』と涙ながらに返しているガイの姿があるのを見て ほっとした。
しかし、俺は煩いくらいのコミュニケウィンドウからの声に対し適当に相槌を打ちつつ、何か引っかかるものを感じていた。
奴は死んだのか?
『ククク…や…やはり…駄目か。俺では貴様の…悪運に勝てないと言うのか…』
「オメガ!」
俺は他のウィンドウを手で視界の隅に押しやり、オメガのウィンドウに目を向けた…
奴の顔は蒼白を通り越して、死者の紫が顔に表れていた。
ナノマシンの光を見てスタンピードも起っている事が見て取れる。
だと言うのに…奴の目は、まだ死んでいなかった…
『これ…が…何か分る…か?』
そう言って、ウィンドウの前に持ち上げられたオメガの腕には、グリップにスイッチが取り付けられたものが握られていた。
まさか…
『これ…は…人質…の乗って…い…る輸送船の…自爆…スイッチだ…』
「!!?」
オメガ…貴様と言う奴は…最後の最後まで…
『この…スイッチ…を…押され…たく…なかった…ら、ナデシコを近…寄らせ…るな…』
「何!?」
『相…転移…エンジン…を暴走させた…あと…三分で周囲全てを…相転移させる…』
「…」
『貴様も…道連れだ! テンカワ・アキトォ!!』
動かないと思っていたフウジンの腕が動き、エグザを横から掴む。
俺を巻き込んで自爆するつもりか!
だが、このままでは近づいてきたナデシコのみんなを巻き込んでしまう…
(ラピス! ラピス!)
(アキト! 今行く! 自爆装置の制御を乗っ取るから!)
(いや、それより先に輸送船の爆破コードの送信をブロックしてくれ!)
(でも、そんな事してたらジンタイプの暴走を止めてる時間が無いよ!)
(大丈夫、方法はある! オメガは自分の脱出法を持っている筈だ!)
(でも!)
(時間が無い! 頼む!)
(わかった…必ず戻ってきてね…)
(ああ、最後まで諦めないさ)
(うん)
俺はラピスとリンクで話した後、コックピットのハッチを空けた…
コミュニケを突然切断された事にナデシコメンバーも慌てた様だが。
俺はそれを無視して、ハッチからフウジンへと綱渡り的に飛び移った…
正直、纏を使わなければ落下中に外で動くなど自殺行為だ、しかし、それを言っていられる余裕は無い。
『逃げる気か!!』
オメガが外部スピーカーを使って怒鳴る…
今更何を言う、俺お前に付き合う義理は無い…しかし、このままでは近付いてくるナデシコごと相転移されてしまう。
だが、これだけ不安定な場所で連牙掌を叩き込んでもあまり効果が無い事は分っていたので、手段を変える事にした。
俺はフウジンに張り付いたまま、呼吸法を使って気を練り始める…
時間は少し戻り、撤退ルート上――ナデシコとエスカ ロニアの合流地点。
合流した2隻は現在、急ピッチでドッキング作業が進められていた…
エスカロニア艦長ルリ・ミルヒシュトラーセは、ナデシコの医務室に運び込まれて睡眠をとっている。
彼女は長時間の戦闘行動により、精神的に限界に来ていたようだ…
ナデシコブリッジでは今後の対策が話し合われていたが、戦力は回復したとも言いがたい。
なにしろエスカロニアを診た整備班員が、ナデシコと合わせて当分は突貫作業を覚悟し、
「二十四時間闘えますか」
と、涙を流すほどなのだ…
ともあれ、現状では修理が最優先であった。
『った〜く、ぼろぼろにしやがって…ドッキングすりゃエネルギーは共有になるが、両方満身創痍じゃたいした事できねーぞ!』
「構いません。今は兎に角、一隻分のエネルギーが保たれていれば何とかなります」
『しかし艦長、見直したぜ! この状況でパイロットを救いにいくなんざ、普通はできねえよ』
「困りますなあ、現状でも脱出できるかはギリギリなんですよ…この上更にナデシコを敵主力に向けるなどと…」
「主力じゃ、ありません」
唐突に、微笑みながら言葉を返してきたユリカに、何事かと不思議そうにプロスは聞き返す。
「はい? 一体どういうことですかな?」
「主力じゃありません、提督達のお陰で主力はアルカディアコロニーに向かいました。
今残っているのは恐らく、オメガとその一党のみです」
「しかし、ですな…」
『コラ! てめえ! 今助けに行かねぇでいつ行くつもりだ!』
『出て行ったら私たちも見捨てられちゃうとか?』
『魔法の銀、そりゃミスリル、ククク』
「いや、そういう事ではなくてですね…
私達も共倒れになる公算が高いという事でして。経済的に見ても賛同しかねると言いますか…」
「大丈夫です。まだエグザバイトとのグラビティウェーブによるチャンネルは繋がってます! アキトは無事なんです!」
「それは、そうかも知れませんが…」
「じゃあ、OKって言う事で良いですね! ナデシコ! アキトの居る所に向けて発進です!」
「アイアイ♪ じゃ、ナデシコ発進しま〜す♪」
「ああ! ちょっと待ってください! 艦長!」
「バカバッカ」
堂々巡りなプロスの話と、バカとしか思えない周りの行動に、ルリは呆れて呟いていた。
そんな明るい雰囲気のもと、アキトのいるオメガの布陣の中心へとナデシコは動き出した…
そして暫く後…空気の圧搾音と共に、ルーミィがブリッジ内へと入ってきた。
しかし、ブリッジ内にたちこめる雰囲気を見て不思議そうにしている。
「あっ、ルーミィちゃん大丈夫?」
「はい、ただの過労ですから。流石に長時間戦闘をするのは神経に堪えたみたいです」
「そうなんだ…でも、過労ならまだ医務室にいた方がいいんじゃない?」
「いえ、軽度の物ですから、ブリッジに居るだけなら問題ありません。それより、どうしたんですか皆さん?」
「ふふふ、アキトを助けに行く事にしちゃった♪」
「え? …でも良いんですか? 戦況はまだ楽観できる状態じゃないですよ?」
「うん、だからできるだけ早く助けるつもりだよ?」
「あ…ははは(汗)」
「さっきから、この調子なんです。ハイ(汗)」
「うむ。ミスター…戦況は問題だが、既に状況は動いている様だ。周囲の敵戦艦が殆ど居なくなっている」
「なるほど…そのようですね。さすがは提督、ですかな…」
「提督の輸送船は既に向かっているようです」
「はあ、仕方ありませんな…」
「プロスさんありがとうございます♪」
ユリカが嬉しそうにプロスに礼を言う。
しかし、これだけ明け透けな人間が“一流の戦術眼”を持っているというのは不思議な事だ、とプロスは思った。
ルーミィもああは言ったものの、実の所アキトの所に直ぐにでも向かいたいという思いは同じなので、内心賛同していた。
そして、暫くしてエグザバイトが本来のグラビティウェーブ圏に差し掛かる頃、メグミが通信範囲に入ったことを告げる。
「通信環境回復です!」
「繋いでください!」
「はい、チャンネルオープンします」
「アキトー!! アキト! アキト!!」
ユリカは、通信回線が開くと同時に話しかける。
アキトの顔はブリッジに大きくウィンドウ展開され、ブリッジクルーは一斉に話しかける。
「また、一人だけで何もかもしようとしていたんですね、アキトさん」
『テメー!! 一人だけで突撃してんじゃねえぞ!』
『一人だけかっこつけちゃってぇ、君は正義のヒーローにでもなりたいの?』
『信号の青の次、そりゃ黄色。きいろー、ヒーロー…ククク』
「無茶ばかりしないで下さい! 私だって心配したんですから…」
「アキト、私にくらいは言って欲しかった。助けが欲しいって」
「ははは、参りました…結局引き返すことになるとは…損失はかなりの物になりそうですな…」
『ああ、みんなすまない…』
そう言って少し表情を緩めたアキトだったが…
直ぐに表情を引き締めなおしたと思うと、一気にコミュニケウィンドウの外に出た。
「アキト! 一体どうしたの!? エステバリス隊、発進お願いします! 急いでアキトを回収してください!」
『よっしゃあ!』
『人使い荒いよぉ、もう限界(汗)』
『…待って』
『へ?』
イズミがいきなりシリアスモードに変わった。
周囲は驚くが、彼女は何事も無かったように話を続ける。
『コミュニケ…まだ何か話を拾ってるわ』
「はい?」
その言葉で、ブリッジクルーの目が正面の大型ウィンドウに向く。
「メグちゃん、通信のレベル調整できる?」
「はい、やってみます」
ユリカに促され、回線のボリューム調整とゴミ取りを行うメグミ。
調整されたコミュニケはアキトとオメガの会話を拾っていき…
そして、その内容にブリッジクルーは凍りつく。
アキトの命と、1000人の避難民の命…その二つの危機が同時に迫っているのだ。
そんな中――リトリアが居なくなっていた事に気付い
た者は、いなかった…