「おにいちゃ……」
ハサハはその言葉とともに地面に崩れ落ちた。
いや、むしろそこまで良く持ったといえるだろう。
気絶したにもかかわらず、その顔は満足そうであった。
牙王アイギスはそれを見て、その場に崩れ落ちる。
【ククク……まさか、まさかな……仙狐がいようとは……我の完敗だ……】
アイギスは声帯を損傷し、体中傷だらけで、既に行動できる力を残していない。
話は直接頭に語りかける形のいわゆるテレパシーのような物だから問題ないが。
それすらも、億劫であるらしかった。
「ははは……勝っちまいやがった、あいつら、あの牙王アイギスに……」
だが、安心できるわけでもない。
メイトルパで最強クラスの巨獣牙王アイギス……
その牙を退けるという事に対しヤッファは少し複雑な気持ちにはなったが、
それでも、二人が助かった事は、素直に嬉しいと思った。
まだ仲間になったと言い切れない存在である彼らだが、生き方は尊敬できる、そう感じているのだ。
ヤッファは、倒れ伏しているアキトとハサハを左右の肩に担ぎ、来た道を引き返すのだった……
Summon Night 3
the Milky Way
第五章 「一歩目の勇気」第十節
帝国軍の陣地から離れ、妖精の森を抜けて、私たちはどうにかユクレス村までやってきました。
アズリアの性格なら今日のような場合、私という不確定要素を計算に入れて深追いはしないはずですが、
あの、ビジュとかいう人はかなり逆上していました。
だから、私たちは休みたいのを押して村まで急いだんです。
結果として、息も絶え絶えになったのは仕方の無い事でしょう。
私は、さっきまで引っ張って走って来たベルフラウちゃんの方に向き直ります。
でも、その時は既にカイルさんがベルフラウちゃんの前に立っていました。
カイルさんの顔は真剣です。
何を言わんとするのか、私にもわかりました。
ベルフラウちゃんは身を硬くしています。
それでも、カイルさんは勢いをつけて怒鳴りつけます。
「バカ野郎ッ!! 自分のした事の重さわかってんのか!?」
「……っ」
ベルフラウちゃんは身を縮めるだけで、それでも頑張っています。
多分自分のしたことの意味を自覚しているのでしょう。
怒られても仕方ない、そう思っているのでしょうね。
でも……
「待って、カイルさん……この子と二人っきりで話をさせてくれませんか?」
私はあえてカイルさんを止めました。
反省を促すのは大事です。
ですが、ベルフラウちゃんと向き合うのは私でないといけない筈です。
ベルフラウちゃんが出て行った原因は私なんですから。
そして、私はベルフラウちゃんを連れてユクレスの巨木の下までやってきます。
丁度今は人がいない用に見えたので……
巨木の下で、私はベルフラウちゃんに目線をあわせ話し始めます。
「でも、驚いちゃったな、あの時、貴女が召喚術を使ったこと」
「……」
「私が思っていたよりも貴女はずっと強くなっていたんだね」
「どうして…どうして私を叱らないんですの!? 貴女にはその権利があるはずじゃな
い!!
だって……貴女は私のせいであんなめに……
全部、私のワガママのせいじゃないのよ!!」
ベルフラウちゃん……
彼女の自虐の裏には私に対する心配と思いが見え隠れしています。
それだけ、信頼されていたという事なんでしょう。
私は少し感動してしまいました。
「怖かった……貴女が、どんどん周りの人たちと親しくなるのが……だってそうで
しょ!?
貴女は私の家庭教師……それ以外、貴女が私を気にかける理由なんて無い!!
それも口約束だけ……お給金だって、ここにいたら払う事もできないもの……
いつ放り出されたっておかしくなんかない!
それが怖くて……心細くて…………
だから、だからわたしっ……うっ、うう……」
「そっか…ずっと、その事を気にしていたのね……」
「う、ううう……」
泣き続けるベルフラウちゃん、考えてみるとこの島は絶海の孤島であり。
彼女の頼るべき人は私しかいないんです。
スバル君もパナシェ君もマルルゥちゃんも、この島で育ったんですからこの周辺の人達はみな家族のようなものです。
だから、別に私を頼らなくても生きていける。
カイルさんたち海賊も当然、私を頼る必要なんてありません。
でも、今のベルフラウちゃんはここに家族もいないですし、頼れるのは付き合いの短い家庭教師である私だけ。
当然不安になるはず。ホームシックにもかかるでしょう。
それを気づいてあげられなかった事、やはり私は未熟なんだなと思います。
だから、私は自分の秘密を話すことにしました。
それでベルフラウちゃんの心がやすまるなら……
「ベルフラウちゃん……私が貴女の家庭教師を引き受けるって決めたのはね……
貴女がどこか昔の私に似ていたからなんだよ?」
「……!?」
「私、ちっちゃな時に事故で両親が死んでね……ひとりぼっちだっていじけてたの……
でもね……そんな私を村の人たちが助けてくれた家族みたいに優しく……そして厳しくしてくれて……
その時にね、決めたんです。
大きくなったら私はこの人たちのようになりたいって。
困ったり、苦しんでいる人達を助けられる人間になりたいって……」
「……」
「ごめんね……不安にさせちゃって。だけど……私は何があろうとあなたの先生だからね?」
「う……うわあぁぁぁん!! 先生! せんせえぇぇぇぇっ!!」
「うん……
さあ、もう泣かないで……一緒にみんなのところにかえりましょう?」
「うん……」
私はベルフラウちゃんを連れて皆の下へと歩き出しました。
見えなかったものを……知らなかった事を…初めて見ようとしました……
それがかなった時、初めて私たちはお互いの居場所を知りました……
先生と生徒……お互いの関係をどう、言ったらいいのかわからないけど……
でも一つだけはっきり言う事ができます。
私たちにとって、これからが始まりなんだってこと……
沈んでゆく夕日の中を二人、ゆっくりと歩いてゆく……
つないだ手の温もりとそこから伝わる健気な力……
今はただ、それだけが素直に嬉しくて……
私は、そっと、微笑みました……
私は、駆け込みました。
そこは、ラクトリスのメディカルセンター。
まさか、とは思っていたけど……
でも不思議には思ってたんです。
アキトさんが来なかったのはあの人の性格からおかしいって。
でもまさか、私たちの為に別の場所で戦っていたなんて。
ハサハちゃんはその事に気付いて……
私は自分の未熟さを恥じいりながら、クノンを探して駆けていきます。
「クノン! クノン! いませんか!?」
「メディカルセンターではお静かに願います。アティ様」
「あっ、すいません。その……アキトさんとハサハちゃんが怪我したって聞いて」
「面会ですか?」
「えっ、あっと。はい」
「わかりました、少々お待ちください」
私はクノンが一度病室に入ってまた出てくるのを根気良く待ちました。
正直時間がたつのが遅くて仕方なかったですが……
暫くして、アキトさんとハサハちゃんの状態を確認してきたクノンが私の所に戻ってきます。
「状態は安定しています。
入室前に、病状を確認しますか?」
「……はい、お願いしますクノン」
「では、お答えします。
先ずハサハ様は目の毛細血管破裂が破裂しています。
ですが、現状はそれ以上の状態になる事はないでしょう。
失明の危険についてはまだ心配するレベルまでは行っていないと予測します。
テンカワ様は擦過傷による全身の擦り傷。
何箇所かへのツメや牙による傷は内臓にダメージを与えている模様です。
そして、手足の筋肉繊維の一部断裂も見られます」
「それって……」
ハサハちゃんの目の事も心配でしたが、アキトさんのそれはつまり殆ど寝たきりの状態であると言う事ではないのでしょうか?
医療技術は少しだけかじっていますが、内臓のダメージは機界の医療技術でもそう簡単に直せるような物ではないはず。
筋肉の断裂はつなぎ直すのに最先端の技術が必要だと聞いたことがあります。
どちらも、深刻な事態だと思います。
「直る見込みは……?」
「ハサハ様は3日以内に完治するものと思われます。
テンカワ様は不確定要素が多いため不明であると言えます」
「不確定要素?」
「テンカワ様の回復力は我々の常識では測れないレベルにあると言う事です」
「じゃあアキトさんは!」
「回復する可能性が高いと思われます。ただし、現状の回復力が続けばの話ですが……」
「そうですか……」
アキトさんの為にも私たちのためにも、アキトさんが早く回復する事を祈ります。
そんな事を考えているうちにも、アキトさんたちの病室までやってきました。
ハサハちゃんもアキトさんもベッドの上で大人しくしているみたいです。
ハサハちゃんは……寝てますね。
アキトさんは目を覚ましているみたいです。
バイザーも流石にはずしています。
最初は部屋の外の景色を眺めていたんですが、最初から気付いていたように。
いえ、気配を読むのが上手い人ですし知っていたんでしょうね。
ゆっくりと体をこちらに向けて、その目が私を捉えました。
「仲直り、出来たか?」
「……もう! 第一声がそれですか!?」
「?」
「私がどれだけ心配したと思っているんです!
アキトさん、Sランクの召喚獣相手に一人で戦っていたそうじゃないですか!
なんで、なんで、私達に一言言ってくれなかったんです!?」
「ああ……それは、仕方ないだろう。
あの時は時間が無かった。
もう、アイギスは迫っていたし。お前達は帝国軍の陣地に突入寸前だった。
作戦変更して二手に分かれるよりも、俺が時間を稼いでいる間に目的を達成する方がベターだと判断しただけだ」
「それは……っ、そうかもしれませんけど!」
「ああ、時間が無かったとはいえ、確かに一人で突っ込んだのは無謀だったと今でも思う。
ハサハが駆けつけてくれなかったら、今頃チリも残さず消されているだろうな」
「……そんな事を平気な顔して言うんですね」
「今の俺は確かに恐怖心が麻痺しているのかもな……」
「それはいい事ではないですよ」
「そういわないでくれ、俺はこうして生きている」
「……でも」
「出来るだけ、これからはお前達に言ってからにするさ」
「うー、分かりました。絶対ですからね!」
「ああ」
この時、私が剣を抜いた事がアキトさんの力を奪う事だったという事について私は知識がありませんでした。
だから抜剣覚醒こそがアキトさんの命に係るのだという事を知るのはもっと先の事だったんです。
このときの私は顔色の良いアキトさんと良く眠っているハサハちゃんを見て、安心していました。
この先もずっとそうなのだと信じて。
俺はラトリクスのメディカルセンターを抜け出し、海辺に出る事にした。
手足の骨も内臓へのダメージももう殆ど残っていない。
メディカルセンターの治療は俺の元いた世界より進んでいると言う訳でも無い筈だが、俺の体はもう回復していた。
その不具合を確かめる為、浜の波打ち際まで適度に走りこんでみたのだ。
結果わかった事は、たった二日ほど寝込んだだけで、殆どのダメージが抜けていると言う事だった。
俺は、気絶していた間にもアイギスと戦っていたらしい。
それは、無意識がどうとか言うレベルではない。
魔法のような戦いだったとハサハから聞いた。
彼女の言っている事が話半分でも、俺が意識を失っているうちもアイギスを留めておけた事だけは確実だ。
それは、俺のこの体が普通の状態にない事を物語っている。
「一体どういうことなんだ……」
以前よりも、むしろスムーズに動いている。
そして、五感は研ぎ澄まされ、気配を読む能力すら上昇しているかも知れない。
不得意な筈の気功系の奥義も連打で打ち出し。
そして、意識の無い間すら戦える。
俺はどうしてしまったんだろう……
「何か、得体の知れないことが俺の中で起こっている……そういう事か」
一体どんな事が起こっているのかは分からない、しかし、俺はそれに生かされている事は間違いないだろう。
つまり、俺の現状はどこまで行っても借り物だと言う事か……
不意に海のほうに気配がした。
歌が聞こえる……
それは、伝承に聞くローレライの歌に似て物悲しく響く……
気になった俺は、歌の聞こえる方へと歩き出した。
少し先に崖状になっている、場所が見える。
声はそこから聞こえていた。
俺は下から見上げ上にいるものを確認しようとした。
崖の上には、ぼんやりと人の姿が映っている。
その姿を見るのは初めてだが、気配は知っていた。
「なるほどな……」
俺は、きびすを返して帰ろうとしたが、それを呼び止める声があった。
「あれ、テンカワさんじゃありませんか?」
「……」
50mは離れている筈だが……
気配が漏れ出していたか、まだ本調子とは行かないな。
彼女は青白いその姿をふわりと揺らし、俺の前にゆったりと降りて来る。
俺の知る姿ではないが、それでも気配は殆ど変わっていない。
見た目は、快活そうでちょっとドジそうなそんな感じの少女だ。
細かく言うと、カールした髪の毛を左上でお団子にしてリボンで纏め、
服はチェニックの上から腰の辺りで切れ目が入って無数の紐になっているおかしな装束を身に着けている。
首元にはリボンが巻かれ、肩には十字の紋章が刺繍されている。
しかし、それらは全て白と薄い青の二色で塗りこめられている。
まあ、見たまま幽霊なのだろう。
「それで、お前はここで何をしているんだ? ファルゼン」
「えっ、あれッ!? あっ、そうですね! 私ファルゼンです」
「……」
「でも、出切ればこの姿の時はファリエルって呼んでくれませんか? 他にはそう呼んでくれる方はもういませんし……」
「つまり……?」
「つまり、ですね今の姿が……私の、本当の姿だったりするんです、はい……」
まぁそうだろうな、幽霊とはいえ、鎧の幽霊などあまりいないだろうから、中身はあるはずだ。
以前も気配は中からしていた。
しかし、鎧の中身にしてはかなり小柄ではあるな。
「あの鎧は魔力の消耗を防ぐ為のもので、昼間に活動するためのよりしろなんです。
でも、良く分かりましたね……これでも、普段は隠してるんですけど……」
「まあ、普通はそうだろうが、鎧自体には威圧感しか感じなかったからな、気配は全く同じだった」
「凄いですねー、気配ってそんな事まで分るんですか」
「まあな、しかし呼ぶ人がいないとは……他の護人にも教えていないのか?」
「はい、他に知っているのはフレイズさんだけです。他の護人たちは、みな私が女である事すらしりません…」
「……わかった。取り合えず黙っていよう」
「ありがとう御座います。でも、理由聞かないんですね……どうしてですか?」
「話したいなら聞くさ、俺は赤の他人だしな。聞いても聞かなくても特に問題は無い」
「……テンカワさん優しいんですね」
「係るのが面倒なだけだ、だがその口調から察するに生きているうちからこの島の住人と知り合いだったのだろう?」
「あっ……はい……」
「なら、その事に責任は取る事だ。何れ時期は来るだろう」
「何だか簡単に見抜かれちゃいますね。テンカワさんには敵いそうにありません。
……確かにその通りです。いつかきっと、本当の事を自分の口から皆に話そうと思っています」
「それがいい」
俺と同じになりたくないならな……
俺の様に復讐の末帰るところが無くなるなどと言う事は笑い話にもならない。
「あっ、でも一つだけ言わせてください」
「何だ?」
「お帰りなさい!」
「?」
「ふふふッ……多分これからも、お世話になります」
ファリエルと名乗った少女は俺に不思議な言葉を継げると、夜空に溶けて消えた。
気配はそのまま西の空へと飛んでいく。
流石は幽霊と言った所か。
ベッドから抜け出した事でクノンに文句を言われそうだなと思いながら、俺はメディカルセンターへと戻っていった。
あとがき
今回は夜会話の部分だけという短い物ですが、
割り合い早く出せたので良かったかもと思っています。
内容はウッスィーけど(爆)
余裕があれば今月もう一本行けそうかもしれませんね〜
短いのばかりかも知れませんが(爆)
テケトーに頑張ります。
WEB拍手ありがとう御座います♪
どうにかこうにか、このWEB拍手も復帰、まだコメント入れてませんが(汗)
自分の分に関しては後短編のみですな……
でも、全員終わるのは何時の事か(汗)
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
<<前話 目次 次話>>
作家さんへの感想は掲示板のほうへ♪