「クノン?」
「!」
無表情だったクノンはアルディラの姿を確認すると一瞬何かを表情に宿しそうになるが、先ほどよりも冷たい表情に変わる。
これは、やはりアルディラに対し何か思う所があるのだろう。
それは自分に対する事かも知れないし、アルディラに言いたい事なのかもしれない。
それを確認する事は出来ないが、やはりこれは感情の表れのようだった。
「……なにか、私に御用でしょうか?」
だが、その拒絶の表情にアルディラは戸惑い、気後れしてしまうようだった。
確かに感情は育っているようだが、それがプラスに現れるとは限らないといういい証拠だな。
これは、かなり難しいことになってしまったようだ。
オモイカネのように、ただ、そう言う部分を制御出きる程度に伐採するというわけにもいかないだろう。
「用があるのは俺なんだが、聞いてもらえるか?」
戸惑うアルディラを横に俺はクノンに声をかけていた……。
Summon Night 3
the Milky Way
第九章 「休日の風景」第四節
アルディラが戸惑い声をかけられないでいる理由はわかる。
今まで恐らく一度もそんな事はなかっただろうからだ。
そして、今こうしている理由は恐らく……。
「クノン、君は昼ごろ確か花を換えに来ていたな」
「はい……」
「花は変え終わったのか?」
「……いいえ、まだ準備の途中です」
「つまり、仕事が手につかないという事じゃないか?」
「仕事が……」
また考え込んでしまうクノン。
つまり、考え込むという事は今までにないと判断しているという事。
オモイカネ等のAIは感情が自然発生していたが、それはルリちゃんとの対話で培われたもの。
ルリちゃんとよく話していた俺に対して嫉妬のような感情を示したこともある。
ならば、彼女も対話の中心は当然アルディラ。
そして、アルディラに対する感情が他に対する感情に波及することは考えられる。
何より、アティを中心として接触する人が爆発的に増えた今では。
「ならば、それもまた感情の表れだろうな」
「感情……、しかし、私は……」
「何か気になる事でもあるのか?」
「……私、私は看護人形です!
生物の傷を癒すことを目的に開発された人形なのですよっ!!
それ以外の役目など、わ、た、しに……っ」
急に激したかと思うと、動きがぎこちなくなり、本当に人形のようにぱたりと倒れるクノン。
俺とアルディラは倒れたクノンへと殺到する。
後ろにいたハサハもおろおろしているが、この場合クノンが優先だろう。
「クノン!?」
「う、ぁ、ぁ……? Aaa!? Uaaアアアァァァッ!?」
「どうしたの、クノン? しっかり、しっかりなさいっ!?」
「AaァAアァァaaAアaァAaaッ!?」
「アルディラ! クノンを運ぶぞ!」
「早く、ベッドに!
処置しないと、回路が焼き切れてしまう!!」
負荷……感情が負荷になるか。
昔、そういう話は聞いたことがあった気はするが……。
クノンは見た限り人とさほど変わらないように見える。
しかし、そういった内部の回路は俺のいた世界ほど安全性の高いものではないのかもしれないな。
「釣りの用具はこれでいいのでしょう?
今日は申し訳ないけど帰ってくださるかしら。
私は今からクノンを調べてみるわ……」
「分かった、明日また来てもいいか?」
「ええ……、お願い……」
その日、ハサハと2人で釣りをしたがクノンの事が気になってあまり釣れなかった事を追記しておく。
そしてアティにしょんぼりされ、カイルやソノラに笑われた。
ハサハは明日こそ沢山取るのだと決意していたが、まあそれは後回しでいいだろう。
翌日俺はまたラトリクスへと向かった。
今回はアティも付いてくることになった、もともとお節介焼きの面々だけにカイルらも来たがったが遠慮願った。
アティだけでもクノンの感情がどう動くのか判らないだけに、あまり不確定要素を連れて行きたくない。
ある程度の予想は立っている、クノンは感情に飲まれたのだ。
感情というのは、自分ではどうすることもできない部分が存在する。
それと上手に折り合いをつけていくのが人間の生き方ではあるが、それとて長い間に培っていくものだ。
幼児に我慢を説いても上手くいかないように、クノンは感情と向き合ったことがない。
つまり、自分の感情を抑える術を知らないのだ。
そして吐き出し方も知らない。
貯まれば当然暴発する。
昨日の症状は正にそれだろう。
ラトリクスについた俺たちは早速クノンのいるメンテナンスルームへと通された。
意思を持ち決定権を持つのはアルディラのみ、現状動けない彼女は案内用のライザーを寄越しただけで自分は動かなかった。
クノンにつきっきりなのだ。
俺達がメンテナンスルームに入ると、憔悴したアルディラが俺を見上げる。
「どうなった?」
「過剰な負荷による熱暴走よ。ただし、原因は判らない」
「そんな……」
アティにとっては完全に未知の状態だろう。
何となく、クノンももっと感情を表に出せばいいと思っていたに違いない。
もちろん負の部分を否定する気はないだろうが……。
「クノンはしきりに胸を抑えて、苦しみを訴えていたわ。
そこには、あの子の中枢制御部がある。
蓄積したデータをもとに、学習判断を行なっている、まさに心臓部分よ。
もし、異変がそこに端を発しているものならば……」
「まさか、クノンはもう……」
「心配しないで、パーツごと新しく取り替えれば、彼女は助けられるわ。
その変わり……、彼女のメモリは全て初期化されることになってしまうわね」
「!?」
「それでも、完全に壊れてしまうよりはずっとマシよ」
「そんな……」
アルディラとアティは動けなくなってしまっている。
表側から見える物に惑わされているというべきだろうか。
俺としては、こう言うしかなかった。
「何か、他に方法はないのか?」
「あるなら、とっくに実行してるわよ!
スキャンだけじゃない、メンテハッチを開けて、目視ですみずみまで検査をしたの!
でも、根本的な部分であの子のボデイに欠陥なんてなかった!
わからないの……どうして、あの子があんな異常を起こしているのか……。
それがわからない限り、私には何もしてあげられない……」
「アルディラ……」
アティはアルディラを心配そうに見ている。
だが、オモイカネを覚えている俺としては、それほど深刻な状況には思えなかった。
なにせあいつは連合宇宙軍を勝手に敵と認識したり、ミサイルを誘導して無茶苦茶やったり。
あれと比べれば可愛いものだ。
だからこそ、ストレス発散しないとな。
俺は2人にある提案を持ちかけた。
「ん……」
「目が覚めたか?」
「アキト……さま……」
「どうやら問題はないようだな」
「ああ……、私は……機能不全をお越してしまったんですね……」
「知恵熱なんて言うのは昔からよくあることだ」
「知恵熱……ですか?」
「お前のオーバーヒートの原因、恐らく知恵熱だろう。
何せ、アルディラの命令が聞こえないほど考えていたんだろう?」
「それは……、はい、そうです」
食いつてきたな、やはり何がしかのストレスがたまっているんだろう。
ならば、しっかり発散しないとな。
ともあれ、話を聞いてからということになるか。
「ずっと、思考のみを繰り返していました。
貴方達に言われた答えを見つけるために……」
「アティの言っていたアルディラの事と自分自身の事か」
「はい」
「答えは出たのか?」
「結局、私はアルディラ様を貴方達のように笑顔にする方法は思いつきませんでした」
「そうか……」
オモイカネとは違い真面目なAIを積んでいる彼女は恐らくずっと同じ思考のループに陥っていたのだろう。
クノンの目は人工物のはずであるのに、絶望が見え隠れしている。
「でも、考えるほどにわからなくなってきてしまったのです。
分類できない思考の断片が、いくつもあふれ出してきて……。
それを解析していくうちに、私は、それが恐ろしいものだと知ったのです」
「負の感情か」
「負の感情……とは何ですか?」
「怒り、妬み、苦しみ、悲しみといった感情だ。
どれも自分がままならないと感じたときに渦巻く」
「渦巻くのですか?」
「そうだ、頭の中でグルグルとな。
もしくは、カーっとなったりもするが。
自分が許せなかったり、相手を殺したいと思ったり、どうしていいのか分からず周りに当り散らしたり。
鬱屈した何かを外に噴出しなければ収まらない。
原因を言ってみろ、楽になるはずだから」
「言えません……。
アルディラさまにも、まして、貴方には絶対に言えない知られてはならないことなのです!」
「俺を殺したい、と思ったか?」
「ッ!?」
「図星か、面白いな。なら俺を殺してみろ」
俺は、無造作にクノンに近づいていく。
クノンは飛びずさるようにしながらベッドから飛び降りる。
そして、俺に向かって腕から飛び出す槍を向ける。
「貴方が悪いのではない事は知っています。
ですが……」
「ああ、鬱憤があるのなら言ってみるといい」
「駄目です。絶対に……だから……、追わないでください!」
窓を突き破り、駆け抜けていくクノン。
目的地は……スクラップ置き場か……。
これが、最良の方法なのです……。
アルディラさま、お許しください。
私は、やはり欠陥品の人形でした。
あなたの笑顔が眩しくて、自分の力でそれを見たいと願ったけれど……。
どうしても、そのための方法を見つける事ができませんでした。
それだけではありません……。
不可能だと分かってしまったその時から……。
私の思考は恐ろしいものに蝕まれていってしまったのです。
必死になって否定しました、でも、どうしてもそれは削除できなくて。
だから、私は……。
「自分を、破棄します。
この胸へと巣食った、真っ黒な痛みを知られたくはないですから……」
スクラップ置き場の上で私は自分に向けて槍を伸ばそうと……。
ですが、最後まで行うよりも前に、テンカワ様は到達なされてしまいました。
「それでお前は満足なのか?」
「満足……するしかないのです」
「どうしてだ?」
「だって……、だってずるい! ずるいです! 私だってアルディラ様を笑顔にしてあげたい!
私が一番欲しいものを、貴方はいつだって手に入れることができる……。
アルディラさまと一緒に”うれしい”と感じる事ができる!
今までやってきたことでは笑顔にしてあげられませんでした、でも新しく何かをする方法がわからない!
なのに、貴方達は簡単にアルディラ様を笑顔にしてしまう……」
「嫉妬したんだな」
「私には、できない……それがうらやましくて悲しくて……。
憎らしい!! 胸がズキズキ傷んでおかしくなってしまいそうなんですっ!!
これ以上近づかないでください! 近づかれると、テンカワさんを傷つけてしまいます!!」
「ふっ、出来るものならやってみるといい」
「なっ……」
テンカワ様は私の気持ちを知った上で、どうでもいいと、もっとやってみろと示しています。
私は近づいて欲しくないと、これ以上傷つけないで欲しいと何かが訴えているのを感じます。
絶対に傷つけてはいけない、人を傷つけない事を優先して作られているはずの私が、しかし何かが切れたように……。
槍をテンカワ様に突き出していたのです。
最大の電流を載せて。
はっと気づいたときには既に、テンカワ様に接触していました……私は……。
「ハァァァァァ!! あぁぁぁぁあぁあぁっ!!!???」
「感情っていうのは、ままならないものだ。
だから、最初は吐き出して一度落ち着いたほうがいい。
怒り、憤り、悲しみ、苦しみ、全て吐き出してみろ! 受け止めてやる」
「貴方達さえいなければ、私は! 私は!!」
もう、何をしているのかわかりませんでした。
本来、人を傷つけてはいけないハズの私は、テンカワ様を傷つけようと必死になり。
テンカワ様はそれを全て受け止め、または避け、私が全てを吐き出してしまうまでそれは続きました。
何十回と攻撃を加えたことでしょう。
流石にテンカワ様も体に擦り傷などを作っていました。
「どう、して……。私を、破壊してはくれないのです、か?
私は、貴方のことを憎んだ、のに……」
「感情は甘くないという事だ、今のお前は正に人間と同じ感情を持っていると証明した」
「あ……感情……、あんな、おそろしいものが……」
「クノン、人が感情に折り合いをつけて生きていけるようになるまで10年以上かかる。
お前は今生まれたばかりのようなものだ」
「……」
「だが、苦しければ苦しい、悲しければ悲しいと口に出して言えばいい。
お前には、受け止めてくれる存在がいるだろ?」
「……」
「アルディラ……さま……」
パシン……。
アルディラ様の手が……私の頬を打ちました……。
アルディラ様の目は涙を貯めていて……驚きで、私は何もできなくなりました……。
「……っ!?」
「二度と、こんなこと許さないから……。
許さない……っ、から……っ!」
「アルディラさま……ごめんなさい……」
今のはアルディラ様の悲しみであったと気が付けるほどには感情というものがわかってきていました。
私は、自分が居なくなった後のアルディラ様の事を考えていなかった。
結局、私は看護人形として失格ですね……。
あとがき
いやー、ほぼ一年がかりになってしまいましたが、9章が終了しました。
7周年記念で発表をすることができてよかったです。
ただ、イベントがクノンのものだけだったのでちょっと内容が地味でしたが(汗
ともあれ、10章ができるかどうかはわかりませんが、感想が来ればまた頑張るつもりです!
応援くださった皆様、ありがとうございますね♪
御陰で作り上げることができました。
今後も頑張ていきますので、出来ればよろしくお願いしますねw
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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