エオニアの起こした正当トランスバール皇国軍(エオニア軍)は瞬く間にトランスバールの6割ほどを占領していた。
実際問題上から下への命令系統であるトランスバールという国は、上が変わったからといってさほど問題が起こるわけではない。
それぞれの星がコンタクトを取り合うにも時間がかかる以上、税金を納めるという一点を除けば他人事であるといってもいい。
その点はエオニアも心得たもので、税金の引き下げを約束して占領下の各惑星の半分近い支持を取り付けることに成功している。
普通ならこの時点で既に決着はついているといってよかった。
確かに普通の戦争ならそれでよかっただろう。
しかし、エオニア軍には問題点がいくつか残っていた、第一にこの行為が簒奪であるためどうしても支持を得にくいこと。
個人個人の気持ち的には税の安い為政者を求めるが、軍隊や政府はそういう事を気にしていたし、マスコミが騒いでエオニアへのネガティブキャンペーンを張っていた。
第二に、彼らは政権を取るには人員がそろっておらず、きちんとした政府作りができていないこと。
そのため、政府をとりつぶされた星は為政者がおらず、混乱の極みに達していた。
そして何よりも、軍事的、または精神的支柱である白き月がまだ抵抗を続けていること。
エオニア軍は通常より高度な兵器群を持って挑んでいたが、白き月は兵器を受け付けない強固なバリアでエオニア軍を拒む。
白き月を手中に収めれば、ほかはどうにかなるという自負が彼らにはあった。
しかし、白き月を手中に収めるにはどうしても必要なものが存在していた……。
ギャラクシーエンジェル
新緑の若枝
近衛艦隊と別れて、期艦エルシオールのみでの単独航行。
ばたばたしていたため、ロクにエルシオールの内情も調べずに出発した。
目的は近衛艦隊が分散している皇国の艦隊を集めるまでの間、シヴァ王子を保護し続けること。
細かいことはわからないが、シヴァ王子が白き月の防衛機構を無力化できると考えているらしい。
もともと彼は白き月で育ったこともあり、そういうセキュリティキーを持たされている可能性はある。
だから、エオニアはまずシヴァ王子を保護する俺達を狙ってくるだろう、しかし、ルフトもただ素通りさせるほど馬鹿ではない。
派手に暴れながら移動することで、王子がまだ自分たちの艦隊にいるように見せかけてくれている。
ただ、最大戦力とともにこの儀礼艦エルシオールを使うことになったのは、その巨大さもさることながら、足の早さでも高速艦並の速度を出すことができるからだ。
もちろん、巨大な艦だけに制動や旋回に限界はあるが。
エオニアに対する抵抗勢力軍が集まるローム星系までシヴァ王子を守るための艦としては確かにこれ以上ないと思わせるものではあった。
しかし……。
「何っ? 乗員の8割が女性だと……それも軍属ですらないとは……」
「俺も今知ったばかりだが、もともとこのエルシオールって艦はシャトヤーン様のための儀礼艦だからな。
内部構造もそういうものとは縁遠いようだ、森がある公園やら、海に近い形を再現したクジラルームなんてのもあって、
豪華客船というよりは、テーマパークみたいなもんだな」
「……そうなのか」
全長 846m、全幅 274m、全高 392m、通常乗組員 約500名という、かなり大きな規模の艦は、しかし、図面を見る限り居住区画がその半分近くを占めていた。
後はほとんどエンジンと格納庫であり、武装は巡洋艦に毛が生えた程度でしかない。
儀礼艦のスペックなど俺もまともに気にしたことがなかったから知らないが、これを旗艦にして戦闘ができるような作りじゃないことは確かなようだった。
しかも乗組員の内わけは、森林保護員、海面保護委員などにはじまり、クジラ係、エステティシャン、茶道師範だの、エアロビクス講師だの艦内TV要員だのと、
多岐にわたりつつも、直接艦には関係の無い職ばかり。
俺がナデシコに乗った時も驚いたものだが、それでも艦の航行や戦闘に関係のない人員はいなかった。
ならば、人員を改めればいいということになるのだが、既に近衛艦隊と離れてしまったため迂闊に放り出すようなことをすれば情報が漏れてしまう。
ルフトのおっさん……わかっていてやったな……。
「まあいい、そうなると問題になるのは食糧事情や、給料についてだな。これから数か月は流浪することになる」
「それに、クロノストリングエンジン以外は燃料の補給も必要になるな」
「では、補給地の算定から始めないといけないな」
「わかった、ルートはこういう感じでどうだ?」
「まぁ、妥当か。しかし、一応隠れて進むわけだから、こういうルートになるだろうな」
「しかし、それだとぎりぎりだぞ?」
「補給の際色をつけて多めに仕入れよう、クジラルームや銀河展望公園なんかはスペースも残っているはず」
「まあそうだが、王子様がいるんだぞ?」
「我慢してもらうさ。生き残るのが最優先だからな」
「……まあそうだが、お前挨拶くらいはしておけよ?」
「そうだな……」
レスターに言われて気づく、確かに艦長が乗せている皇族に挨拶もないというのも問題だ。
細かいことはレスターに任せ、俺は早速挨拶に行くことにした。
とはいえ、シヴァ王子は皇族用の森林スペースに引きこもっており、お付きの侍女などしか会うことができないらしい。
お付きの侍女の一人に俺は挨拶について言ってみたのだが、お会いになられたくないとの事ですと突っぱねられる始末。
いろいろ考えているうちに昼近くになってしまったため、俺は一度後方にあるパイロットや整備員達のよくいく食堂に顔を出すことにした。
「こんにちは、アキトさん」
「ああ、こんにちはヴァニラ。仕事中か?」
「いえ、先ほど医務室の手伝いが終わったところです。これから食事をしようと思っていたのですが……」
「そうか、じゃあいっしょに行こうか」
「はい」
ヴァニラは無表情にしているが、仕事があれば何でもやろうとする癖がある。
ここには医師が3人、看護資格者が10人いる。500人が過ごすのだし、シヴァ王子には典医がついている。
前回の戦闘で出たけが人の治療だろうが、人数的には問題ない、彼女が手伝う必要はないのだが……。
ヴァニラと合流した俺が食堂につくと、そこからは奇妙な悲鳴がこだましていた。
「おいしぃぃぃぃ!?」
「なんでこんなにおいしいのぉぉぉぉ!?」
俺は、唖然として食堂内を見る。
そこは滂沱の涙を流す不思議な一団が占拠していた。
いや、メンバーはいつもと変わらないのだが……。
結論からいえば単に、ミルフィーの作ったデザートを食べていただけらしい。
しかし、天にも昇るような味であるという。
俺は照れた様子で佇むミルフィーを見る……。
天然少女というイメージそのままだ、どうしてもイメージをユリカと重ねてしまう。
しかし、世の中それほどそっくりな人間に逢うことなどないということか。
どちらにしろ、美味しい料理を作れるというのはいいことだ。
「桜庭少尉の料理はそれだけ凄いということか……」
「あら、テンカワさん。ちょうどいいところに来ましたのね」
「ブラマンシェ少尉?」
「ミントでいいですわ、ミルフィーも言ってたはずでしてよ」
「ああ、そうだったな済まない」
「あらっ、貴方も元料理人ですの?」
「見習いだっただけだがな」
ミントはまた俺の心を読んだようだ、表層にあるものしか読めないという話だがどこまで読めているのか気になりもする。
すると、ミントはその心を読んで、
「今考えてらしたこととかですわ」
「なるほどな」
「不快感を持たれたなら謝りますわ」
「いや、構わんよ。それより、そのデザート……」
「ええ、駄菓子ですの、たまたま手に入った杏あめに林檎あめですわ。
舌の色が変わるくらい強い着色料がついてますのよ♪」
「そうか……」
料理人としては何とも言えないのだが、それがいいのならあえて何も言うまい。
「そう言っていただけると、私も安心ですわ」
「心読むのは便利そうだな……」
「はい♪」
実際問題、いろいろありそうではあるが、正直読まれて困ることもない。
昔の事を読まれるのは流石に困るがな……。
そう言う事を思考の端で少しだけ考えていたら、背後から声をかけられた。
「あっ、あんたもここに来てたのね……ミルフィーの料理はもうないわよ」
「そうか、それは残念だ」
「でも……今作ってるのならすぐにできると思うがね」
「それは、私のでしょ!」
「いいじゃないかい、ちょっとくらい分けてやれば」
「うっ、うー……」
ミントに続いてこちらに気づいたのは、金髪の少女ランファだった。
後ろからフォルテも近づいてくる、元気のいいランファと落ち着いたフォルテは対照的に見えた。
パイロットがここにいることに不思議はないが、たまたまにしてはよく集まったものだと思う。
そんな俺の思いに気付いたのだろう、ミントは少し悪戯っぽくほほ笑んで。
「あの子のデザート目当てにお昼はついつい集まってしまいますの」
「なるほど……」
「わっ、私はあの子がまた悪運に巻き込まれないか心配しただけよ」
「……悪運?」
「運に良し悪しはないというべきなんだろうけどあの子は特別でね」
「シュトーレン中尉」
「相変わらずお固いねぇ、みんなに言われてるんだろ?
私もフォルテでいいよ。というか、むしろ私らのほうが不敬罪かもしれないけどね」
「なるほど、では全員名前で呼ばせてもらうようにしよう」
「そうしといてくれると嬉しいね」
「それより、ミルフィーの悪運というのは?」
「ああ、それね……前にもあったろ?」
「……ああ、あの逆さ釣りの」
「それに合体の事もそうさ、普通じゃ起こりえないような確率の出来事を引き寄せる。それが彼女の運なのさ」
「普通じゃ起こり得ないような確率……」
「言ってる間にもほら」
「?」
見ていると、ミルフィーがお盆に新しいデザートを乗せて近くのテーブルまで歩いてくる。
しかし、先ほどまで存在していなかったように見えたバナナの皮、それを見事に踏み抜きつるんと滑る。
デザートのお菓子は俺へ向けて飛んでくる、このままでは顔面直撃だ。
俺がとっさに回避すると、後ろにいたランファの顔にぶちあたった。
ランファは避けた俺に怒り出すように近づいてきたのだが、落っことしたクリームにすべり俺の前に満開の状態で……。
ごちそうさまでしたと言っておいた。
俺のほほには2発分のもみじが咲いている。
そして、振り返ってみるとどういう理由かわからないが水浸しになって背中を九官鳥につつかれているミルフィーがいた。
「ね?」
「いや、助けなくていいのか?」
「もちろん助けるけどさ、助けどころを誤るとランファみたいになるんでね……」
「あー……」
俺は納得する。
不幸なのかどうかは微妙だが、確かに普通に起こりえないことばかり起こるようだ。
落ち着いたところを見計らってフォルテが助けに入る。
聞くところによると、この確率のおかしくなる瞬間はそれほど長くないらしい。
もしいつも確率がおかしくなっているなら彼女も生きていけないだろう。
ただ、厄介なのは自分でいつそれが起こるのかが読めないことだという。
どっちにしろ俺にはさっぱりだったが。
「それで、司令は何しに来たんだい?」
「いや、ちょっと食事をとろうと思ってな」
「へぇ、高級士官は食事を運ばせることもできたと思うけどねぇ」
「時間と人員の無駄だ、俺は結構忙しい身でな」
「そういう言い方すると司令らしいですけど、
実際はシヴァ王子に面会謝絶くらって何とか会う方策を探してたようですわね」
「ぶっ!? 背後から俺の心を読むのはやめてくれないか……」
「あら、正面からならいいんですの?」
「少なくとも、読まれる事はいいんだが、心の準備というものが」
「私は殿方の秘密を知りたいだけですわ。構えられていては深く知ることはできませんもの。たとえば……貴方の昔のこととかね」
「……どこまで読んだ?」
「あっ……すいません、いつの間にか深くまで……」
「できれば黙っておいてほしい」
「そうしなければ、殺されてしまいますの? 私」
「俺は今そこまでできる人間ではないよ……ただ、俺は……」
「はぁ、いいですわ。秘密にしておきます。ただ、ヴァニラにだけはいずれ話してあげてくださいな」
「……考えておく」
ミントは俺の過去を黙っていてくれると言ってくれた。
フォルテやランファは知りたがっていたが、正直聞いて楽しい話でもない。
というより、ミントは俺の血なまぐさい部分を知ってそれでも信用してくれる、正直ありがたいと同時に不思議でもあった。
「でっ、シヴァ殿下に会いたいのかい?」
「一応一隻しか船がないとはいえ、司令に任命されたからな、挨拶しておかないとダメだろう」
「うーん、でも今の状態じゃ難しいよ。父親は殺されて、シャトヤーン様からも引き離されて、引きこもっちゃったからね……」
「なるほどな……」
「まぁ、今はそんな事を考えるより、ミルフィーの作った料理でも堪能してな。腹が減っては戦は出来ぬ、だろ?」
「こうして、ミルフィーの料理に調教されていくのね……」
「そんなにすごいのか?」
「まあ食べてみればわかりますわよ♪」
「あ、アキトさん! ちょうどよかったこれ食べてみてくれます?」
「ミートパイか……どれ」
ミルフィーがタイミングよく現れ、料理を俺にすすめたので、俺はそれを口に運ぶ。
そして、食べてみて驚く、豊潤な肉汁、パリッとしたパイ生地の食感。
さらには、味付けは非常に薄くしてあるにもかかわらず、見事に肉汁とマッチしており、それぞれがきちんと主張している。
そう、コラボレーションの極地とでも言えばいいのだろうか、とにかく単純にうまい!
「すごいな、よくこれだけの味を引き出せる……どうやって作ったんだ?」
「ふつーに作ってるだけですよ?」
「普通に……半人前の料理人が言うのもなんだが、これは一流シェフ並だぞ?」
「うーん、昔から料理は好きでしたから♪」
「好き……か」
その言葉は俺の心を疼かせる、俺もまた料理が好きでその世界に身を置いた人間。
作る楽しさは知っているつもりだ、それでも今は……。
トラウマを引きずって料理に拒否感を持っている、そんなだめな人間にすぎない。
そんな後ろ暗さに、思わずうつむく。
「あれ、美味しくなかったですか?」
「いや、旨いよ」
「ですか、よかったです♪ でもだったら、どうしてつらそうなんです?」
「ああ、ちょっと昔の事を思い出してね」
「昔のこと?」
「ああ、昔は俺も料理人を目指していたことがあったんだ……」
「そうなんですか? じゃあ、一緒に料理しましょうよ!」
「え?」
「いいじゃないですか、今からだって料理しちゃいけないっていう事はないはずです」
「それは、しかし……」
「大丈夫! 私もお手伝いしますから♪」
そうして、俺はミルフィーとともに料理を作ることとなった。
もっとも、俺は料理の作り方をずいぶん忘れている。
隣で楽しそうに作るミルフィーを見ては、少しうらやましい気になる。
俺は首を振って料理に集中する。
心のどこかで望んでいた、人前で料理をすること。
しかし、今の俺にその資格はあるのか、それはいつも心の中を締め付ける。
「大丈夫ですよ、料理は人の心をつなぐんです。だって美味しい物を食べているときの人の顔ってみんな幸せそうなんですよ」
「ああ、そうだな……俺も少し頑張ってみる」
「そうです。がんばりましょー♪」
そんなこんなで料理を仕上げ、ふと見ると食堂のテーブルの前にヴァニラが座っていた。
ミルフィーは楽しそうに微笑む。
「ヴァニラちゃん、アキトさんの手料理食べますか?」
「(こくり)」
「じゃあ、アキトさん一緒に料理を運びましょう!」
「ああ」
ヴァニラを含め食堂にいる人たちのうち望む人には皆俺の作ったものを渡した。
料理は単純ではあったがチキンライス、本格的な中華鍋がなかったため、チャーハンは作れないしラーメンは仕込みに時間がかかる。
それに、何品も作っていると昼時が終わってしまいそうだったということもある(もともとミルフィーの料理を皆食べていた)
だが、俺の作ったチキンライスはそこそこ好評だった、ミルフィーの料理の後だけにボロクソにけなされても文句は言えないところだったが。
「ね? 料理は楽しいですよね!」
「ああ、そうだな」
こうまで屈託なく言われると俺も毒気を抜かれてしまい、なんというか確かに悪くないなと思えてくる。
罪の意識が薄れるというのは問題だが、だからと言って楽しまないのは損だという彼女の考えを否定することもできない。
俺は、心の中でミルフィーに感謝した。
それと同時に、俺の服の袖をひっぱる感触が伝わる。
「アキトさん、今日の診療を済ませておきたいのですが」
「ああ、そうだったな。頼む」
俺とヴァニラはそういうことで食堂にいる人たちに礼を言い、医務室へと向かう。
医務室には先生がいたが、ベッドを一つかしてもらい診察とナノマシン治療のためにナノナノを俺に接触させる。
ナノナノは普段はフェレットのような姿をしているが、俺の体内にも幾分そのナノマシンを残留させているらしい。
以前からあるナノマシンの正常化と暴走抑止はナノナノが食い止めてくれていると言っていい。
「異常はないようです。ですが、急激な運動や、感情の起伏で活性化する場合もあります。十分気を付けてください」
「ああ、ありがとう」
「いえ、そういえば……あの合体時もナノマシンの活性化がみられました。理由はわかりませんが気を付けてください」
「そうなのか? 心にとめておくよ」
「はい」
ヴァニラは淡々と治療行為を行っていく、俺としては普通の医者ですむのなら彼女の負担を軽くしてあげたいところなのだが、
ナノマシン治療のできる医者は少ない上に、俺の暴走したナノマシンを見ることができる医者はほぼ皆無と言っていいらしかった。
そのため、回数を減らしたり、快調であることを理由に断ったりしたが、それが逆に彼女を心配させたらしい。
ヴァニラの目はいつも真剣で、人を救いたい、いや、人に限らないのかもしれない自らを省みずに自分のまわりを幸せにしたいと考えているようだ。
それは素晴らしいことなのだが、あまりに献身的すぎて、自分の体を壊していることがあった。
結局、俺とは違う理由だろうが自分をあまり大事にしていないという結論に至る。
俺は思わず彼女の頭をなでていた。
ヴァニラははっとした表情になるが、いやな顔はしていない。
微笑ましい風景に俺自身がほほ笑んでいることに気づいたその時。
「あのさー、こんなところでいい雰囲気になられても困るんだけど。次の患者の迷惑だから出て行ってくれない?」
「うお!? ああ、そうだなすまん……」
「ご迷惑をおかけしました……」
廊下に追い出されてふと気づく、そう言えば俺はシヴァ王子に会うために奔走していたのだった。
いつの間にかエンジェル隊に振り回されていた事実に気づく。
俺は苦笑しつつも、どうやってシヴァ王子に会うべきか考え始める。
「どうかしたのですか?」
「いや、殿下にどうやって会うべきかとね、やはり艦隊司令としては今後の方針を話しておかないわけにもいかない。
挨拶程度というつもりだったんだが、本格的に会えないとなるといろいろ困ったことになる」
「そうなんですか、なら、夕食の時に食事を持っていくというのはどうでしょう?」
「食事をね……確かに、そうすれば会わないわけにもいかないか。ありがとうなヴァニラ」
「いいえ……その」
「じゃあ、俺は夕方まで司令部に戻って仕事をしてくる。もし余裕があったら付き合ってくれ」
「はい!」
何かどもっていたヴァニラの言いたいことを何となく察した俺は、その時に一緒に来てもらうことにした。
俺への好意というのは考えすぎだろう、彼女はあまりそういう感情を知っているとは思えない。
だが、家族などへ向ける親愛の情などは持ってくれているとうぬぼれていいだろう。
単純に俺が心配だっただけともいうが。
ともかく夕食時までは事務仕事に戻ることにした。
「とまあ、今日はこんなところか?」
「ルート算定及び、資金運用、資源管理、更には給与査定に、エネルギー配分などなどやる事だけは山ほどあるがな」
「まあ、それでも俺は一応司令だからな……シヴァ王子への謁見今度こそ済ませてくる」
「……まあ頑張ってくれ。俺は数字と格闘していることにする……よ?」
「!?」
「レーダーに艦影、識別、エオニア軍と思われます!」
「なに!? そんなにすぐに見つかったっていうのか!?」
突然警告のアラームがなる、超空間レーダー網に敵軍が引っかかったという事だ。
こちらへ向けてエルシオールが逃げたという事が知られていたらかなりまずいところだ。
「運がないな……規模はどんなものだ?」
「艦隊規模は16隻、巡洋艦と駆逐艦ばかりのようです」
「その規模なら偵察部隊か。できればやり過ごしたいところだが……」
「エルシオールの場合それは難しいかもしれません。生活排熱が普通の艦と比べて非常に高いので、ステルスをしても熱源にかかる可能性があります」
「今のところはまだ見つかっていないんだな?」
「はい、巡洋艦や駆逐艦は早いですが、レーダーは大型艦に劣ります。恐らくもうしばらくは持ちます。しかし、こちらの方へ向っているためいずれは……」
「熱源レーダーはさほど長距離に適しているわけじゃない。太陽の近くに行けばなんとかなるだろう」
「この近くの太陽といえば、アルダシオン・Bか……悪くはないがガス雲だから、雲の内部にある限り艦外温度があがるぞ?
修復が完全に終わったわけじゃない、場合によっては内部に炎が噴きこむことだってある」
「そう言った損傷は後で修復すればいい、ともかく今見つかるわけにはいかない、ここで見つかれば敵軍との連戦を強いられることになる」
「確かにな……アキト、だがお前、そうなれば補給に寄る予定になっているルートを変えることになるかも知れんぞ」
「命あっての物種だろ?」
アンダルシオ星系、アンダルシオン・ベータ。
太陽ではあるのだが、星系自体がガス雲で覆われているため、熱が散ってゆがんで見える。
この星は太陽としては熱が低く大型の赤色太陽なのだが、当然ガス雲はいつも熱されていて爆発することがある。
危険地帯であるため、ガス雲の中には入らないことが船乗りの鉄則なのだが、今回はそうも言っていられないだろう。
ここで見つかれば、本隊がやってきてせっかく引きつけてくれているルフト艦隊の頑張りが無駄になる。
「殿下に連絡がつき次第内部エネルギーをカットして冷却にあてつつ潜行する」
「了解、とりあえずガス雲の近くまで行っておく、レーダー圏ギリギリならそれでごまかせるだろう」
「よろしく頼む!」
俺はブリッジを飛び出しつつ、通信で王子の侍女頭を呼び出す。
走りながらなので、あまり礼儀正しいとはいえない状況だが、時間がないのだ許してもらおう。
「急ぎ殿下に取次ぎ願いたい」
『なんの用ですか? 殿下は心痛のため今はだれともお会いにならないと言ったはずです』
「敵軍が迫っている、この艦はそれをやり過ごすため、太陽近くのガス雲に突っ込む、安全の確保のためにも移動願いたい」
『……そのくらいエンジェル隊がいればなんとかなるでしょう』
「偵察隊を倒せば、エオニア軍がここに王子がいることを悟ってしまう、そうなればここに何千という艦隊が押し掛けてくることになる、それでもいいと?」
『……ですが、殿下は今我々の入室も拒んでいるのです……』
「……わかった、だが許可はもらうぞ、無理でも面会は俺の独断で強行する」
そう言って通信を切り、シヴァ王子の部屋へと急ぐ。
実際、王子の気持ちはわからなくもない。
俺も子供のころに両親を亡くしている、その後の孤独も知っているし、復讐心も持っていた。
おそらく王子のような地位にいたことがない俺には分からないこともあるだろう。
しかし、それでも今は生き残ることが先決、そのために俺は心を鬼にするつもりで廊下を走る。
彼らの部屋は暗殺などを防ぐためそれなりに奥まった場所にあった、しかし、現在は直下に傷を残しているので、そこは安全圏とはいえない。
この後の作戦を思えば避難してもらわねばならないのも事実だ。
「あの……」
俺は焦っていたのだろう、気がつけば目的の部屋の前にはヴァニラが来ていた。
手には食事を持っている、軽くつまめるようにサンドイッチだ、見た目にもこだわりを感じるその仕上げはミルフィーのものだろう。
その時になって初めて約束を思い出す。
俺はそれだけ余裕がなくなっているということのようだ……。
俺は呼吸を落ち着けるように一息ついてから、ヴァニラに声を返す。
「先に来てたのか、夕食の用意ありがとうな」
「いえ、作ったのはほとんどミルフィーユさんです」
「ほとんどということはヴァニラも手伝ったんだろう?」
「はい、少しだけですが……」
「そうか、ありがとうな。だが、要件が急用になってしまったからな。先に要件を片づけることにする」
「要件ですか?」
「ああ、敵の偵察隊が迫っていてね」
「!?」
「通信の届く範囲にいたエンジェル隊の子達は既に紋章機で待機していると思うよ」
「私も行ってきます」
「いや、いい」
「え?」
「今回は戦わないつもりだからね、それよりもシヴァ王子に逢うほうが重要なんだよ」
「そうなんですか……」
困惑した表情のヴァニラを連れて、シヴァ王子の部屋へと続く待機室(SPも兼ねている侍女たちの部屋)へと入室する。
立場上俺はエルシオールでは最高権限を持つ、しかし、王子とそのお付きは別系統になるため命令はできないし、引きこもることも可能だ。
しかし、そんな事を言っている場合ではあない。
俺は侍女達にシヴァ王子の部屋への入室を願い出た。
「殿下への取次ぎを願いたい」
「……駄目です。ここを御通しすることはできません。ここは殿下の許可した人物しか入室を許されませんので」
「先ほども言ったはずだが、強引にでも押し通ると」
「それを我々が許すとお思いですか?」
そう言うと侍女たちは懐から銃を抜き俺に向けてきた。
王子の身辺警護も任されている彼女らとしては当然だろう。
しかし、緊急事態を前によくそこまでお役所仕事なことができるなと思う。
俺は、両手を上げるふりをして、ショックガンを抜き放つ。
俺の早打ちはさほどでもないが、不意を打ったということもあるし、まだ相手にも戸惑いがあったのだろう。
侍女長以外は数秒で昏倒していた。
「迷いなく撃ちますね、皇族の警護を傷つければ反逆罪に問われても文句は言えないのですよ?」
「この際はっきり言おう、この場では俺が最高権力者だ、緊急事態における軍権の行使を妨害すればどうなるか、お前たちにも分っているんじゃないか?」
「……ッ」
侍女長はほぞをかむ、俺は間違ったことを言ったつもりはない、そもそも、軍権は緊急時の機能なのだ、それが王権に対し遠慮をしていては国家が機能しない。
もちろん、昔の中央集権型封建制度ならともかく、これだけ広がった世界を運営するためには王権より国家のほうが優先されなければ成り立たない。
つまり、王権は国家の下にあり、国王は最高権力者ではあっても、国家を覆すことはできない、形式上はそうなっている。
実際の運用はもちろんその国の権力者の腕次第ではあるのだが、今は実質的にこの艦は俺の指揮下にある、その中で言い張っているのは無駄だと感じたのだろう。
侍女長はようやくその事実に折れる姿勢を見せた。
「わかりました、しかし、10分だけです。それ以上は今の殿下には酷ですので……」
「了解した」
侍女長が奥の部屋に向けてノックをする。
しかし、返事はないようだ、予想通り王子は父が死に母親と噂されるシャトヤーンと離れた事を悔い、悲しんでいるのだろう。
だが俺は、そんないたいけな子供にこの部屋を出ろと言いに行かねばならない。
少しだけ心が痛む、しかし、優先するべき事項は心得ているつもりだ。
俺は侍女長に鍵を借りて入室した。
その部屋は暗く、メインライトは付いていないようだった、しかし、すべての光が消えているわけではなく、はかなげな光が部屋全体にいきわたっている。
侍女長は申し訳なさそうにしながらも、王子のベッドのほうに近づいてくる。
「殿下……殿下! 寝ておられるのですか?」
「寝てなど……寝てなどおらぬ! それに、誰も通すなと申したはずだ」
「はい、ですが……」
「勝手に押し通らせてもらった」
「……おまえは誰だ?」
シヴァ王子はベッドから身を起こし俺を睨みつけてくる。
服装は確かに儀礼用の服のままのようだった、寝ま着にしていたのか多少ヨレヨレだが、反応から寝ていないのは事実のようだった。
シヴァ王子は10歳としても華奢な子供だった、黒髪をセミロングのおかっぱ風にして中央部分でわけている。
出した額には王子の象徴だろう、儀礼的な高価そうなティアラをしている。
だが、憔悴しているのも本当のようだった。
王子は父親の死、星に攻め込んできた軍隊との戦いで散った人たち、そして育ててくれた月の聖母シャトヤーンとの別れなどいろいろなストレスで参っているのだろう。
しかし、今は緊急事態だ、ゆっくりと慰めている暇はない、少し強引になるが、強制的に立ち直ってもらおう。
そう思っていつものようにぞんざいな口調で答えを返す。
「ルフト提督の指名で司令の地位についたアキト・マイヤーズという」
「ふん、ふてぶてしい奴め……下がれ! われは機嫌がすぐれぬ!」
「それはできない、今敵軍の偵察隊から逃れるためにガス雲に突っ込むことが決まった。だから、現在損傷のある区画から立ち退きを行ってもらっている」
「まて、そのような作戦聞いてないぞ? そもそもエンジェル隊がいれば偵察隊などどうとでもなろう?」
「偵察部隊が戻ってこなければそこに何かあると疑うのが軍の鉄則だ。そうなれば本隊がこちらに来ることになる。その時は何百、何千という艦隊になるぞ?」
「わからぬ! それらもすべて倒せばいいではないか!!」
「……本気で言っているのか?」
「本気じゃ! 何百が何千になろうと、紋章機は負けぬ!」
パァン!
俺は次の瞬間、シヴァ王子のほほを平手で叩いていた。
王子は目をむいて俺を見る、そして次の瞬間怒りに顔を染めた。
「どういうつもりじゃ! われをぶつなど!!」
「わからないななん度でも」
「何を!!!」
次の瞬間、俺に向かって長刀が振るわれる、侍女長が割り込んできたのだ。
その眼は真剣で、俺を殺すつもりが十分にあることを物語っている。
「いかな理由があろうと、陛下に手を挙げた罪、万死に値します!」
「やってみるといい」
「くっ!」
振り下ろされた長刀に、少しだけ体をねじって長刀をなぐり、軌道をそらす。
そして、軌道がずれたところで、侍女長のほうへ向けてタックルをかました。
とっさに、侍女長が長刀から手を離し、タックルを受け流すように、半歩身を引こうとした。
しかし、振りぬきによる前掲姿勢からいきなり半歩身を引いたので、体制が泳ぎ上半身が残る。
俺は首を捕まえてそのまま引き倒すと、首を締めあげようと両手をそのまま全体重で押しつけるようにする。
「ぐぅぅ!?」
「やっ、やめよ! 侍女長を殺すつもりか!?」
「そうだな……王子様の目を開かせるには殺して見せたほうがいいのかも知れん」
「貴様!! いったい何がやりたいのだ!?」
「わからないのか? 彼女は陛下を守るために死のうとしているんだ」
「……何を言うておる」
「因果な話だろうが、王家というのは皆が命をかけても守るだけの価値を持っていると信じている。
実際今侍女長は命をかけているわけだが……今までもそういう姿を見てきたのだろう?」
「……じゃが……我はそのような……」
「望むと望まざるをに関わらず王家と言うものについて回るものだ」
俺は侍女長から手を放す。
彼女はかろうじて息を戻すが、少しチアノーゼ気味に見える、俺は視線を一緒に来ているヴァニラに向ける。
ヴァニラは何も言わず侍女長の治療を始めた。
俺が首を絞めている時に飛び出してくるのではないかと心配していたが、どうやら俺の意図が読めたようだ。
「ならば、我はどうすればよいというのだ!? エオニアの軍を相手にただ逃げて時間を稼げと!?
負ければまた人は死ぬ! 逃げれば逃げるほどあやつらは周りを巻き込んでいくのじゃ!!
我は……我は……もう、人が死ぬのは嫌じゃ……」
「本音が出たな」
「死ぬのを見たくなくて何が悪い!」
「そうだな、若いうちはそれでいい」
「!?」
俺は表情を改めた、今までの高圧的なものから、軍人らしい礼儀正しさで接する。
シヴァ王子は戸惑いから表情をいろいろ変えていたが、俺はそのまま片膝をつき臣下の礼を取る。
そして、今までの無礼な振る舞いをわびてから、言葉を紡ぐ。
「そのためのエンジェル隊であり、俺達軍人なのだと言う事をご理解ください。
人が死ぬことを出来るだけ回避するために治安維持をしているのが軍隊なら、エンジェル隊は貴方達が死なないためにいるのですから」
「そなた……敬語、話せるのではないか……」
「もう誰かにかしこまるような事をしたく無いと考えていたので、殿下、貴方は俺達が命をかけていいと思わせるような存在になってもらいたい。
貴方のために死んだ人たちに報いるには、貴方がそれだけの価値があったと認めさせ続けるしかないのだから」
「……そうか……そなたの言う事は難しいな、しかし、そうなのかも知れん」
「殿下がもし、学び続け成長していかれるならいずれ分かることですよ」
「わかった、しかし、えーっとお主、名前は?」
「アキト・マイヤーズ、辺境貴族の三男坊ですよ」
「ふん、田舎貴族が無礼なふるまいをしおって、しかし、我のためじゃと申したな?」
「はい」
「ならば、お主の言う我がいるべき場所へとあない致せ」
そういうと、しかし、シヴァ王子の腹からはグゥ〜〜という腹の虫の鳴く音がした。
こほんと言ってほほを染めるシヴァ王子、ここのところ食欲がなくなっていたのだろう確かに少しほほがこけている。
さっきの緊張が抜けたせいで食欲が戻ったのかもしれない。
すると、ヴァニラはすすすっと近づいてきてバスケットを王子に手渡す。
そこには色鮮やかなサンドイッチが盛りつけられていた。
かなりのショック療法だったが、そこそこ上手く行ったようだった。
その後、ガス雲でエオニア軍の偵察部隊をやり過ごし、どうにか戦闘を回避した俺達はルートの再算定を始めることになったのだが……。
「マイヤーズよ、このルートはどうなのだ?」
「そのワープ可能領域の外ですので、自力航行ではもたないかと……」
「では、このルートは?」
「距離は近いのですが、補給地点がないので途中でエネルギー切れになります」
「ではこっちはどうだ?」
「距離も補給地点も問題ないですが、敵軍の占領下の地域を多く通過しますので、途中で敵軍と鉢合わせになる確率が高いかと」
「ううむ、なかなか難しいの……」
「殿下、ルート算定の細かい作業は我々に任せていただいても……」
「そうはいかぬ! 我はお主に教えられたばかりなのじゃ、頼られるに足る存在でなければ王家に意味はないのだと。
ゆえに、まだまだ未熟ではあるが、これからは沢山の知識を吸収して、役に立つ存在になるぞ!」
「はぁ……」
俺は、それほど間違ってはいなかったのだろうが、少し煽りすぎたかもしれないと後悔していた……。
あとがき
4000万HIT記念ということで、久々に新緑シリーズの更新です。
いやー、書いてみるといろいろ今まで設定が間違っていたことがわかりました。
特に、シヴァ王子がシャトヤーンの子供だってことは誰も知らないはずなんですよね……。
前回バリバリその前提でアキトとルフトが話をしていましたorz
その整合性を取るために、うちでは、噂はあることにしておきます。
だからエオニアもシャトヤーンの息子であるシヴァを狙っているというようなw
まあ、多分聖母の資質の事も知っているのでしょうが。
っとまあ、作品の愚痴みたいなことばかりになってしまいました。
兎も角、皆様のおかげで4000万HITという快挙を成し遂げられたことをとてもうれしく思っています♪
今後ともよろしくお願いしますね!
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