「そうか……逃したか……」
『もっ、申し訳ありません!』
スクリーンに大写しになっている、金髪メガネの女性。
トランスバール貴族であり、今やエオニア軍において将軍の地位をつかむはずだった。
実際敵艦隊に対しては有効な打撃を与え続けている。
しかし、エオニアにとってはもう視界に入れるほどのものにも思えなかった。
「シェリー」
エオニアは無造作に少し下の位置で立っているシェリーに向かって一言だけ。
シェリー・ブリストル将軍はそれだけでエオニアの考えを理解した。
「はっ、ルル・ガーデン提督。
現有兵力を持って掃討戦に移れ」
『ちょ、お待ちください! わたくしも!』
画面前から消えたエオニアにルル・ガーデンは呼びかける。
しかし、彼の姿はもう画面内にはなく、ただシェリー・ブリストルだけが映っている。
「復唱はどうした?」
『シェリィィィ!!』
ルル・ガーデンはエオニアとの会話を邪魔された事に怒りを感じ爆発するように叫ぶ。
しかし、シェリー・ブリストルは無表情に受け流すだけ。
そして口に出した言葉もまた同じだった。
「復唱はどうした?」
『くっ、ルルガーデン提督、これより掃討戦に移ります』
ルル・ガーデンは射殺すような目をシェリーに向けるものの、彼女は眉一つ動かさなかった。
シェリー・ブリストル将軍はルル・ガーデンが何を考えているのか手に取る様に分る。
軍籍で地位を上げ、エオニアに見初められたいという事なのだろう。
シェリー本人は意識してないが、彼女は薄紫のロングヘアと透き通るような肌を持つ怜悧な美人だ。
だが、そういう意識がなくともルルガーデンがエオニアに取り入るためにシェリーが邪魔だと考えている事くらいわかる。
エオニアがそれをわかってシェリーに応対させているのも事実だった。
ただ、シェリーは例えルルがシェリーと地位を入れ替えても無駄であることを知っている。
貴族ゆえ、皇族との婚姻も不可能ではないゆえの思い込みもあるだろうが、エオニアに見初められるのは不可能だ。
「お兄さま、あいつらが白き月に入り込んだみたい」
「ふふふっ、ついに、ついにか……。動かねばならんな」
「張り切ってるわね、お兄さま。なら私もついていっていい?」
エオニアと同じ褐色がかった肌、金色の髪を持つその少女はどこか遊びに行くかのように言う。
エオニアはその少女を半ば意識せず。しかしひとつ頷く事で許可を出した。
シェリーは少し眉を潜める。
少女の名はノア、エオニアの妹のふりをしているが血縁等全くない、それどころか人かどうかも怪しい。
はっきり言えば、エオニアの持つ艦隊はすべて彼女の創りだしたものだ。
シェリーやエオニアなども指揮権を持ってはいるが、彼女がその気になればそれらはいつ剥奪されてもおかしくない。
その危険性はシェリーも、エオニアも十分にわかっている。
だからこそ、白き月の攻略を急がねばならない。
最も、エオニアの目的は別にある可能性が高かった。
「シャトヤーンよ……もうすぐ会いに行く」
なぜなら、エオニアの心の中は一人の女性で占められているのだから……。
ギャラクシーエンジェル
新緑から常緑へ(後編)その1
幸いにして、追撃も待ちぶせも殆ど無く、うまく白き月まで来ることが出来た俺たちは、
シヴァ皇子が行った儀式が功を奏したのか、エルシオールは白き月に入る事が出来た。
実のところ何がきっかけになったのかはわからない、しかし、遺伝子パターン以外の何かで判別された可能性は高そうだ。
ただ、先ほど言われた通り、月の見える場所(クジラルーム)での禊その他がきっかけなのは間違いないのだろう。
しかし……。
「シヴァ皇子が女性だったとは……」
「黙っていてすまぬ……、しかし、最後の皇族故な……継承権が必要であったのだ」
「……なるほど」
「アキトよ。そちも口外するなよ? 今はまだ誰にもいうわけには行かぬのじゃ……」
「しかし……」
「皇位継承の段になれば口外しても構わぬ。しかし今はな……」
「分かりました」
些細なことというにはすこしばかりあれだが、考えてみれば今までも少しおかしな点はあった。
気が付かなかった俺のほうが問題なのかもしれない。
気にしてなかったという点もあるにはあるが。
ともあれ、エルシオールは白き月へと降り立つ事となった。
俺と、レスターが護衛を兼ねて両脇を固め、シヴァ皇子と侍女数人が中央に立つ。
ここに降り立った以上、謁見をしないわけにも行かないから当然だろう。
しかし、俺もこの世界に来てもう5年になろうとしているが、この星の内部は今まで見たものと根本的に違っていた。
技術レベルが明らかに違う、真っ白な大理石とでも言えるその床、全てが動く歩道のように光が浮き上がり俺たちを運ぶ。
エルシオールも半ば自動でドックに収容されていく。
俺たちの出番はあまりなく、エルシオールから出てからはただ立っているだけで目的地へと移動していった。
「流石というべきなんだろな、白き月というだけのことはある」
「ああ……そうだな……」
レスターも驚きを隠せないようだった、白き月は人工物だという話を聞いたことはあったが、凄まじい広さの空間を移動していると気づいた。
床の移動速度も比較するものがないのでわかりにくいが、マッハを超えていても不思議じゃない。
そんな広大な白い空間を横切り、移動床はひとつの部屋の前で止まった。
といっても、扉すら十メートル以上の大きさを誇っている、エステでもらくらく通れるレベルだ。
それもまた、自動的に開き中へと運び込まれる。
そこは、ちょっとした体育館レベルの広さを持つ空間、赤い絨毯と段差のある場所であり、
部屋の端には巫女の衣装を着た人たちがざっと左右合わせ30人近く並んでいる。
そして、その奥、一段高い場所で立ち、俺たちに視線を向けている女性……。
「なっ!?」
いや、俺は今までも立体テレビなどでこの姿を見たことがあるはず。
そう、蒼みがかった流れるような銀髪、病的にぎりぎり届くか届かないかというほど透き通った白い肌。
折れそうなまでに細い体躯もそれを後押ししている。
だが、視線を合わせた瞬間、俺の中にあったある種の思いは霧散した、瞳の色、それは透き通るようなエメラルドブルー。
俺が重ねたあの子は金色だった、それによく見ればあの子と違いその辺にもボリュームがある。
だがまずい、礼を行う前に呆けてしまった。
俺は、すぐさま表情を整えると、軍の略式礼をとる。
聖女シャトヤーンは、トランスバールにおいては皇族と同じ地位となっている。
本来なら片膝をついて、臣下の礼でもとるべきなのかもしれないが、俺は別に白き月の軍というわけではないしな。
「アキト・マイヤーズ提督、よくぞシヴァ皇子を送り届けてくださいました。感謝します」
「いえ……当然の事をしたまでです」
俺は略式礼のまま答える、もっともシャトヤーンが俺達に目を向けていたのはそれまでで直ぐ様、俺の横に目を移す。
俺の隣では既に感極まったシヴァ皇子が涙をこらえていた。
そして、シャトヤーンはシヴァ皇子を招く。
「いらっしゃい……」
「はい……グスッ」
「辛かったわね……ごめんなさい……」
「いえっ……そのような事は……」
「もう、泣いてもいいのよ」
「うっ……うっ……母上!!」
飛び込んできたシヴァ皇子を優しく抱きとめシャトヤーンは微笑む。
まさに慈母とでもいうのが正しいかのような構図だった。
しかし、俺は同時にその姿を見て、ある種の違和感を感じた。
それは別に、シャトヤーンがシヴァ皇子を心配していなかったとかそういう考えが浮かんだわけじゃない。
だが、何かシャトヤーンの行動がちぐはぐな印象が浮上したのだ……。
「申し訳ありません、私達はこの場を辞させて頂きます。
アキト・マイヤーズ提督は後ほど私室の方にお越しください。
先導の巫女をつけますので、皆様一度部屋の方でおくつろぎくださいね」
シャトヤーンが謁見の間を辞した後、俺達も別の部屋に通された。
俺は、先ほどの違和感を頭のなかで反芻していた。
通された部屋はかなり広めの客間で、侍女が何人か俺たちの世話をしてくれていたが、適当に応対していた。
シャトヤーンの行動、矛盾が多い。
ここに使われているものだけでも白き月には一般とは比べ物にならない技術があるのがわかる。
それに、紋章機のような特化でなくとも、艦隊、それもトランスバール皇国軍よりも強力な艦隊を作り出せる技術力がある。
だが、エオニアの反乱時は直接攻撃や防衛などせず門戸を閉ざしただけ。
シヴァ皇子は確かにトランスバール皇国軍の旗頭ではあるが、もともと白き月で育てていたのだから白き月で囲ってもいいはず。
だが、トランスバール本星が壊滅した時は動かず、今になって受け入れる。
エンジェル隊のことをそれだけ信頼していたとも取れるが、どうにも腑に落ちない。
彼女なら、少なくともシヴァ皇子を白き月に匿う事は難しくないのではなかろうか?
それにそうすれば、白き月の結界を突破する手段はなくなる。
これだけの空間があるのだ、トランスバールを焼け出された全員を受け入れることも可能だったはず。
そこまで考え、そしてふと思った。
「まさか……」
ありえる、確かに彼らはオーバーテクノロジーの持ち主だ、そういう考えがあってもおかしくない。
ならば、俺達は……、いや、流石に現時点で決めつけるには早計か。
せっかく話す機会をくれた訳でもあるしな。
「アキト・マイヤーズ提督。シャトヤーン様がお呼びです」
「ああ、案内を頼む」
「はっ」
巫女の地位はよくわからなかったので、俺は適当に返事をした。
もっとも、権力構造が異なる以上、こちらがかしこまる理由はないのではあるが。
今は、向こうがどの程度本気なのかを確認しなければならない。
少し考え事をしていたせいか、移動床は目的地についたらしく、停止した。
「お入りください」
「感謝する」
そこは大理石の白さと、植物の緑、花々の多彩さと宇宙の闇が同居する幻想的な部屋だった。
そして、その中に溶け込みながら、同時に全ての色が彼女を引き立てていると感じるほど存在感を持っている。
シャトヤーン、彼女のその存在感はしかし、静かで主張の強くないなんといっていいのか包容力のようなものを感じさせた。
「先ずは、白き月までのシヴァ皇子の護衛お疲れ様です。どうぞ、お座りくださいな」
「……遠慮なく座らせてもらおう」
シャトヤーンは、ポットを自ら用意し、紅茶を注いで俺の前に置く。
自分も座ってカップから一口飲み、にこりと微笑んでみせる。
それは、普通なら主義主張等捨ててでも手に入れたいと思わせるに十分な何かを持っていた。
「流石、白き月の聖母といったところか」
「何のことでしょう?」
「さて……な。所で要件を伺ってもよろしいか?」
「ふふふ、慣れない敬語は必要ありませんわ」
「ならば、聞こう。なぜ俺を呼んだ?」
「……そうですね、一言でいい表すのは難しいかもしれません」
「何?」
「過去と今、貴方には伝えたいことがたくさんありますもの」
「過去……まさか……」
「ええ、貴方が何者であるのか、私にはわかっています。
23世紀最大のテロリスト、テンカワ・アキトさま」
「!」
まるで天使のような微笑みで、しかし、その言葉は冷水を浴びせかけたに等しかった。
そう、つまりは彼女は俺のいた時代の事を知っていると言う事なのだから。
表情にこそ出さずにすんだが、息を呑む気配までは止め用がなかった。
「驚かせてしまいましたか? ですが、全てを知っている訳ではありません。
私は月の聖母などと呼ばれてはいますが、もう数えるのも馬鹿らしいほどの代を重ねています。
その際、かなりの情報が散逸し、表層的なものしか残っておりませんので」
「……つまり、俺の知る地球と関わりのある何者かが白き月を創りだしたというのか?」
「はい」
そういうと、シャトヤーンは紅茶を口に含む、俺も焦りを抑えるために口に含んだ。
この紅茶は……、ウバ……甘い刺激的な香りと、カップの縁にできるゴールデンリングが特徴的だ。
ゴールデンリングというのは、紅茶としては透明度が高いために、縁の部分が赤ではなく金色に見えるというものだ。
俺は思わずほうと一息つく。
「ウバティーか、今も楽しめるとは思わなかった」
「いいえ、それは違います。
元はそうだったのかもしれませんが。宇宙ウバティーといいます」
「はあ……」
なんでも宇宙がつけばいいってもんじゃないだろうに。
この世界の人間のセンスはわからん。
とはいえ、世界三大紅茶とされるウバティーが残っていたというのは行幸だ。
まあ、日系である俺なんかはあんまり飲んだことはないんだが。
売りだされる規模はダージリンが最大だったから、紅茶=ダージリンというイメージがある。
今でも普通に売ってるしな。
「それで、テロリストの俺に何を伝えたいんだ?」
「はい、先ずは事の起こりでしょうか。
エデン文明はエデン、つまり地球より広まった文明でした」
「なるほど」
薄々は感づいていた、俺のいた時代からの変化がむしろ小さすぎるのがおかしいと思ってはいたが。
白き月からもたらされたものが、俺達の時代からそう遠くない時代のものである可能性は確かにある。
あの時代、俺達は先史文明と思われる遺跡、そう星間文明だろう古代火星文明の究明を進めていた。
もしも、研究が進みボソンジャンプより使い勝手のいい移動法等がみつかればどうだろう?
そうすれば、俺の知る時代からそれほどの時間を必要とせずこの時代の文明レベルには到達するだろう。
そして、そもそもエデンとはキリスト教における楽園の意味。
ありていに、地球産の文明でなければそんな表記にならないだろう。
総合してみれば十分に有り得る話だった。
「エデン文明はこの白き月を兵器として作り出しました、人の力を最大限に引き出せる兵器の製造、それこそが白き月の建造目的とされています」
「白き月の代表とは思えないほど自身のない発言だな」
「もう、何十代と代を重ね、既に管理者も巫女達も白き月に対する知識を散逸させています。
もともと口伝のみでしか伝えられてこなかった事もあり、当初からの知識はかなり薄らいでいるといっていいでしょう」
「残していなかったのか? 書物やコンピューターに記録させる方法もあったろうに」
「白き月は人間の多様性を重んじます、それ故あえてそれらは重要視されなかったという点もあります。
そして、クロノクエイクの影響によって一度白き月のデータは破損しています。
復元できたデータだけでは全てを理解することはできませんでした」
「となると」
「私達もまた、白き月の全容を知っているとはいえないのが現状です。
だからこそ、一度はジェラールの軍勢が白き月を制圧する事を許しています」
「なるほどな」
詳しくは知らないが、十数年前に皇王ジェラールは白き月を制圧している。
とはいっても、それ以後は白き月に干渉しておらず軍勢も引き上げている。
そして、今度のエオニア軍侵攻においては結界を張りその進軍を防いでいた。
それはつまり、その間に結界が使えるようになったと言う事でもある。
紋章機等の特殊兵器もまた、過去に活躍した話は聞かない。
「では、今まで全力を出さなかった訳ではないということか?」
「はい、私達は今も全力で開発を進めています。いえ、サルベージしていると言ったほうが正しいかもしれませんが」
「そうか……」
「そして、おそらく貴方が聞きたかったこと、シヴァ皇子についてですが。
彼女は私とジェラールの……娘です」
「それは……」
ジェラールが白き月を制圧していたのならありえない話じゃない。
時期的にも有り得る話ではあった。
しかし、だとするとジェラールが白き月に攻め込んだ理由は……。
エオニアにもそういう節がある、目の前のシャトヤーンという存在、見た目に儚く、まるで女神かなにかのような現実感のなさがある。
傾国の美女、そう呼ぶにふさわしい色気もあった。
それでいて、妖婦というよりは清楚さや神聖さをまとっているのだから始末におえない。
「つまり、ジェラールもエオニアもほしいのは聖母様だったというわけか」
「……そんな理由であってほしくはありませんが」
「まあいい。前置きはもういい、呼び出した理由は教えてくれるのだろう?」
「2つあります。1つ目は軍事的な事。エオニア軍に対向するため、現在急ピッチでエルシオールの改装を行っています。
元々、あの艦は我々が創りだしたものですから、儀礼艦に見せかけては居ますが、改装次第で応用は聞きます。
それと、改装してお返ししたエステバリスも再調整を進めています」
「そういえば、あの合体機構はなんなんだ?」
「それも含めて、少し見てもらいたいものがあります」
「……」
俺の沈黙を了承ととったのか、シャトヤーンは立ち上がり、俺の右手のほうにある壁に触れる、すると壁は透明化しその奥にあるものを映し出す。
奥にあったのはバリアか何かの光、そしてその光につつまれた見覚えのある少女の姿だった。
俺は、その姿を見て絶句した……、なぜ彼女が……ルリちゃんが……。
両目を閉じ、膝を折って体育座りのまま寝ているかのように瞳を閉じている。
バリアの中に見えるだけなのだから、ほんとうにいるとは限らない、だが……。
「申し訳ありませんが、あれは本物ではありません」
「っ!?」
「あそこにあるものは、この白き月の中枢コンピューター、オモイカネ百二式。
そして、あの少女は演算を処理するAIであり、ある少女の思考パターンを写しこんだものだと言われています。
そう、ホシノ・ルリという少女の」
「まさか……」
だが、確かにルリちゃんに似てはいるものの、人ではありえないのも間違いない。
ある種のホログラムだろう、ただ、この白き月全てを管理しているのだとすればそれは膨大なデータだ。
思考パターンが人に近いものだとしても不思議はない。
「貴方を呼んだ理由の2つめは、彼女のことです」
「AI……なのだろう?」
「はい、それに今は9割以上のシステムが休眠状態にあります」
「支援は期待するなということか?」
「そうです。私達では白き月の力を1割も使えていないということです」
「……そういうことか」
「ですので、直接的な支援は期待しないでください」
「了解した」
白き月の戦力を出してもらう事を念頭に入れていた俺には辛い現実だ。
もっとも、彼女の言ったことは全て正しいというわけでもないだろう、幾つか供出させられる戦力はあるはず。
というより、エオニアと正面からぶつかるなどということは考えたくない。
いくら、合体で強化したエステと紋章機達でも何千もの艦隊を相手にできるはずもない。
短期間でどの程度の戦力を用意できるかが、勝敗の分かれ目になるだろう。
今、エルシオールの強化や、紋章機とエステの整備を行っている。
問題は、エオニア軍もおそらく感づいているだろうということ、というより白き月に侵入するための方法を知るために泳がされていた部分もある。
解析されていないと言い切れる状況ではないだろう。
白き月の状況は、俺にとっては、いやトランスバール皇国にとってはマイナス要因でしかない。
……それにしても、CGといっていたが、ルリちゃんの似姿はまるで眠っているかのようだ……。
「ごめんな……ルリちゃん……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何も……っん?」
一瞬ぴくりとバリアの中に浮かんでいる映像のルリちゃんが揺らめいたようにみえた。
いや、だとしてもおかしくはないか。CGだからな……。
どうにも俺は、過剰反応しすぎのようだ。
「それでは、私はこれで……っ!?」
ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!
「クロノアウト反応! 艦艇約……ごっ、5000ッ!!
白き月天底方向より3度、距離4.63光秒の地点です!!」
「来たようだな……」
「はい、白き月で生産された艦は駆逐艦が150隻、巡洋艦クラスが各20程度しかありません。
直衛としても心もとない程度ですが……新造戦艦ルクシオールはまだ艤装も施されていません、現状では手一杯です」
「白き月そのものが使える武装は?」
「あるにはありますが、結界を開けねばならず、火力もエルシオールに今取り付けているクロノブレイクキャノンとは比べ物になりません」
「クロノブレイクキャノン?」
「クロノ・ストリング・シリンダーを砲弾代わりに発射する兵器です」
「まさか……」
クロノ・ストリング・シリンダーとは、紋章機に使われているクロノ・ストリング・エンジンのコア部分。
人間の精神状態によって抽出出力が変動するこの奇妙なエネルギーは、しかし、最大開放するのは割りと容易いらしい。
もっとも、紋章機といえども最大開放をすれば機体が損傷するうえ、調整もできないためまともに航行もできなくなるらしい。
そんな代物だけに、確かに爆弾代わりにするには向いている。
同等のエネルギーの砲弾となれば、艦隊相手でも十分通用するだろう。
「私に出来ることはこの程度でしかありません、あなた方に全てを託したく思います」
「……わかった」
このままでは、先ず勝ち目がないだろうことはわかる。
やるとすれば一点突破。
エオニアを倒せば、エオニア軍は瓦解する。
俺は急ぎレスターに連絡を入れ、エルシオールの抜錨(ばつりょう)準備を急がせる。
そして俺自身がエルシオールに急ごうとしていた時、シヴァ皇子が入室してきた。
「アキト! エオニア軍がやってきたようだな! 余も出るぞ!」
「シヴァ……」
「シャトヤーンさま……。余は決めたのです!」
数秒ほど、シヴァ皇子とシャトヤーンは見つめ合っていた。
やがて、シャトヤーンが折れたようだ。
「分かりました、アキト殿よろしくお願いします」
俺はどうすべきか迷っていた、死亡率は明らかにエルシオールのほうが高い。
やめておくべきだ。
だが、シヴァ皇子をこうしてしまったのは俺だ。
今更無責任に放り出す事もできない。
俺は口を開こうとしたが、その時。
『白き月の諸君、そしてシャトヤーンよ』
「……エオニア」
シャトヤーンに向けてエオニアが睦言のような声をかける。
シャトヤーンは複雑な表情で応じた。
やはり、この戦争、多少なりとも色恋沙汰が関わっているのか、正直こんなことに命をかけた軍人達が哀れだ。
いや、俺もそうだな……。
『もうすぐ君に会いに行くよ。君のお気に入りのお陰で結界の解除方法も知れたからね』
「……」
俺達が白き月に入るのを見逃したのはそういうことか。
そうなると、ここも安全とはいえないな。
防衛機構がどの程度動いているのかはわからないが。
「殿下、時間が惜しい。申し訳ないが交渉はシャトヤーン様に任せ我らは」
「……うむ、わかった」
エオニアとシャトヤーンがいろいろ話しているようではあるが、正直興味が無い。
エオニアは愛でもささやいているか、ここの未来を語っているのだろう。
シャトヤーンは後ろ暗い事でもあるのかたまに反論する程度。
だが、できれば時間を稼いでほしいものだ。
せめて、艦隊が出撃し終わる程度までの時間は。
「来たか! 既に出港準備は8割終わっている。だがまだクロノブレイクキャノンの調整が終わっていない」
ブリッジに飛び込んだ俺とシヴァ皇子を迎えたのは、緊張をはらんだレスターの声だった。
確かに、現状どうやら周辺に作業をしている人員がそのまま居残っている。
だが、エルシオールを遊ばせておく時間はない。
なら……。
「一度人員をエルシオール内に収容、そしてクロノブレイクキャノンに被害が出ないように出港する。
作業は出港後そのまま継続するようにしろ!」
「無茶言うな……、だが時間がないのも事実か。ココできるか?」
「はい、なんとかやってみます!」
情報担当士官であるココ、普段はレーダーを担当しているが、アルモのように通信士官ではないため、専門は情報整理だ。
操艦は艦長の仕事ではあるが、この場合は艦内の状況と砲塔とのバランスを調べる必要がある。
異常や傾き等を調べ報告、あるいは命令をあてるのが今の彼女の仕事だ。
多少出港までに手間取ったものの、特に破損もなく白き月の防衛線まで上がることができた。
取り付けはまだ終わっていないが、エオニア軍が来るまでにはなんとかなるだろう。
別方向からの攻撃の可能性は否定できず残るが5000という数を出してきた所から、おそらく正面決戦を狙っているだろうと予測する。
しかし、これでエオニア軍の無人艦隊は全部で1万近い数となる。
正直、いやはっきり言って、トランスバールの全部の工場をフル回転させても無理だろう。
以前考えた、木星圏にあった都市型遺跡と同じタイプのものを手に入れた可能性は高い。
しかも、都市型遺跡と比べ物にならない生産性を誇っている。
木連とて100年の月日で建造した艦艇はおおよそ3万と言われている、対してエオニアは数年でサイズや運動能力が上回る艦船を3分の1とはいえ作り出している。
ざっと10倍以上の速度なのは間違いない。
つまり、それができるレベルの遺跡に類する何かがあるはずだ。
それを押さえない限り、ここを突破できても完全勝利とはいかないだろう。
「各艦艇は、エルシオールを中心に紡錘陣形をとれ」
「おいおい、まさか突撃する気じゃないだろうな?」
「その通りだ」
「なっ!?」
レスターは何を言っているのか分からないという表情をし、しかし考えこむ。
俺が無駄に命令を下したとは思えないのだろう、実際無意味というわけではない。
とはいえ、確かに成功率がさほど高いとはいえないのも事実だが。
「まさかお前、エルシオールを囮にする気か!?」
「そういう側面もあるな」
「アキト! お前!!」
「だがそれだけじゃない」
そう言われてレスターはピタリと黙る。
俺が何を言うのか聞き逃すまいという感じだ。
俺はもとより軍略家というわけでもない、だからその作戦もまた穴だらけだろう。
そういう意味でレスターに聞かせる必要はあった。
俺は、その作戦をレスターに話はじめるが、聞いているうちに青くなっていくのがわかる。
背後で聞いていたシヴァ皇子に至っては。
「そ、それで大丈夫なのか?」
「単純な手ほどよく効くものです」
「だが、一度使った手をまた使うというのはの……それに、白き月が……」
「他の手では砲撃チャンスはそうそう巡ってこないでしょう」
「しかし……」
「では、シヴァ皇子には代案がございますか?」
「それは……うむ、仕方ないの……」
「では、艦隊全機は白き月直衛に残し、エルシオールは相対距離1光秒まで離れる!」
正直言えば一か八かの賭け、だが5000隻の艦隊を相手に勝つ方法は他に思いつかなかった。
普通に考えれば正気の沙汰じゃない、だが、それが一番いい方法だと俺は考えたし、シヴァ皇子の賛同もとりつけた。
正直、休むまもなく駆り出されるエンジェル隊のみんなには申し訳ない気持ちだ。
しかし、今は……。
「エンジェル隊、準備はいいか?」
『一度も会いに来てくれないから心配しましたわ』
『ほんとだよー、せっかくりんごのタルト美味しく仕上がってたのに。アキトさんもっと余裕をもたないと』
『まっ、そういいなさんな。最後の決戦の前じゃないか。燃える展開だと思うけどねー』
『いい加減あんなのの相手なんて疲れるんだから。きっちりかっちり、勝ちに行くわよ!』
『頑張りましょう……』
「エンジェル隊、発進!」
『『『『『了解!』』』』』
命運をかけた決戦が今始まった……。
なかがき
ごめんなさいorz
9周年の記念作品としては中途半端になってしまいました。
記念連載完結まで持っていくつもりだったのですが、やはり一話にまとめきれませんでした。
決戦回は次回に持ち越しということでご容赦ください。
今回萌えっぽい話もほとんどなく、非常に申し訳ない限りです。
12月中には完結させるつもりですので、ご容赦ください。
押していただけると嬉しいです♪
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