銀河英雄伝説 十字の紋章
第二十二話 十字、埋伏す。
宇宙暦792年、エルファシル奪還戦から2年の年月がたった。
その間、俺は少将に出世し、エマーソン艦長は大佐、ヤンも中佐になっていた。
ヤンは俺が中佐に推薦した後、更にシトレのほうからも推薦があり、トントン拍子で出世した。
その上、参謀本部に栄転になってしまった。
実にもったいない事をしたと思うが、まあ仕方ない。
ともあれ、原作開始であるアスターテ会戦まで後4年。
ラインハルトが少尉任官したのは去年だが5月には少佐になり艦長として第五次イゼルローン攻防戦に参加し、年末ごろには中佐になる。
任官して1年で中佐とか一人で帝国を救うくらいの大偉業でもやっていないと難しいと思うんだが……まあ考えたら負けだ。
どうせ後4年で上級大将どころか元帥になるんだから……(白目)
それと、惑星エコニアの騒乱なのだがヤンがいなかったこともあってそのままになっていた。
下心もあったので俺は急いで手を回した。
ケーフェンヒラーを急いで救急病棟に放り込み、パトリチェフは一応俺が助けた。
まあ、流石に俺一人でやったわけじゃないので、ヤンほど一気に距離は詰められなかったが。
ともあれ、何かあれば呼んでほしいと言われるくらいには仲良くなれたと思う。
後、早めにラインハルトを処理できればと思い、アルトミュール恒星系の情報を集めていたが情報が来たのは事後だった。
結果的に逃げられラインハルトは出世している。
出世して少将になったのはいいが、艦隊を移動になってしまったのが痛い。
第八艦隊はシトレが校長から復帰した際大将として着任した。
憤懣やるかたないという考えであったが、ドーソン中将も仕方なく引き継いでいる。
当然第八艦隊はシトレ閥で固められ、俺の居場所はなかった。
結果として、今現在の俺は4000の艦隊を率いる事となり、エルファシル駐留軍の最高司令官となった。
以前はこんな規模の艦隊を置いてはいなかったが、エルファシル占領に始まる一連の出来事からある程度の防衛力は必要と判断されたようだ。
そこそこの戦力の長になれたのはいいが、一個艦隊に満たない上に、作戦に参加できるわけでもない。
事実上閑職に近い立場と言える。
とはいえ、最近力を増してきたトリューニヒトが2年以内に俺を中将に出世させて艦隊司令の座をよこすと言っている。
信頼は出来ないが、俺の支援はまだ必要だろう、嘘は言わない。
なにせ今回の件でトリューニヒトもまた、フェザーンとは敵対状態になったからだ。
エルファシル奪還戦において、俺が戦争に私財を使うことを予期していたフェザーンは俺の会社の株を買い漁った。
だが、売る際に50%以上を確保しておく俺のやり方のせいで思うように会社の主導権が奪えなかったのだ。
だが俺は戦争に参加しているため接触も出来ない、なのでエミーリアや他に株主のいる会社等で株主への脅し等を始めた。
しかし、エミーリアだけではなく大株主にはほぼ護衛をつけている。
結果として成果は上げられず、このままでは不味いと考えたのかトリューニヒトにも接触したらしい。
言ったことは支援をするから株主への保護法を改正しろというもの。
こちらも複数の情報ルートから確認しているからほぼ間違いないだろう。
それをトリューニヒトは買収は犯罪だとかまともなことを言って追い払ったようだ。
実のところ、支援は欲しかっただろう。
しかし、現時点でのフェザーンがどの程度自分に支援を出来るのか疑問だったというところか。
そもそも俺の支援を受けながらフェザーンのもというようなことが出来るほど甘くない事くらいはわかっているだろう。
だが、監視を緩めるつもりもない、信用等出来ないからな。
ともあれ、そういった事情もあり、俺はエルファシルに赴任したが、今回付いてきたのはトラバース法で引き取ったゴクウ・プティフィス一人だ。
エミーリアは子供たちの世話が忙しく、長女のりーリアは学校がある。
長男のトウヤはまだ家だがメイド達やエミーリアが色々教えているらしい、次女のミアはようやくつかまり立ちが出来る用になった所だ。
ありていに言って、家族は俺どころじゃなかった。
このあたり、父親の悲哀だなー。
だんだんと扱いが雑になる(汗)
「エルファシルに赴任されている間の家事や細事はお任せ下さい!
奥様からもジュージ提督がお好きな食べ物の作り方等教わっております!」
「ありがとな」
髪型が少し某原作に似てきた感じのするゴクウの頭をなでながら言う。
まだこの子も14歳でしかない。
前世で14歳だった頃の俺はゲーム三昧で中学の成績が悪化して父母に怒られていた記憶しかない。
この歳で真面目にならざるを得ないというのは不幸な事だろう。
この子が20歳になる頃、事が成っていれば同盟は少なくとも積極的に戦争せずとも良い立場になっているはずだ。
失敗は出来ない、なら俺はここで燻っているわけにもいかないな。
とはいえ、軍は任務がなければ動けない、そちらは今すぐどうこうしても仕方ないだろう。
その分は個人としての行動に費やすのが吉だな。
幸いというか、向こうもミスを犯した様子だから。
とはいえ、とりあえずは情報収集からか。
お互いの情報を五分に持っていかなければスタートラインにも立てない。
「あの閣下、どうされたのです?」
「ああ。流石にここじゃ手柄も上げられないしな、少しばかり豪遊をしようかと。
ゴクウ、君も付いてきなさい」
「え?」
「いいからいいから!」
どこぞのプロレスラーコントのごとく胡散臭い笑みを浮かべながら俺はゴクウを連れて外に出た。
エルファシルは人口300万人の惑星都市であった。
国家と呼べるほど人口がなかったという点もあるが、場所が場所だけに帝国の影に怯える生活をしていたのだ。
当然、軍がここを取り戻したと言っても300万人全員が戻ってくる訳もなく、人口は100万人前後まで落ち込んでいる。
代わりに軍が大規模な基地を作って駐留したため、それ目当ての商人含め50万人ほど増える事となり官民合わせて150万人ほどが住んでいる。
幸いと言うべきか、帝国によって多少なりと破壊されていた部分の復興を急ぐ必要がないのが現状だ。
大規模な農園や商店、工場等の持ち主が逃げ出した事もあり、一時は権利関係がズタズタになりかけたりもした。
俺はそれを底値で買取り望めば戻った人に販売ないし雇用を行った。
当然本来の価格よりかなり安めで売っている、給与は普通に渡しているしな。
実のところここでの儲けをさほど期待したわけじゃなく、戻ってきた住民に恩を売っておく事にしたのだ。
「凄いですね。この街はほとんどジュージ提督がもってらしゃるんですよね?」
「あー。まあな」
困ったことに、あまり売れないのだ。
安値でもやはりこの地に根を下ろす事そのものが怖いのかもしれない。
俺に雇ってほしいと言ってきたり、土地を借りたいと言ってきた人間は多いが、買った人間はかなり少数派だった。
「いらっしゃいませ! あっ提督じゃないですか」
「すまんな。ちょっと部屋を借りるぞ」
「はい! もちろんです! 飲み物は後でお持ちしますね」
「頼む」
ここはエルファシルでも多分一番の高級店になるだろう。
別惑星から直輸入なんて無茶をした食べ物なんかも置いている、以前は最高評議会の議員なんかも来ていたらしい。
そこで部屋を借りるというのは密談等を行う前提であることが多く、店主は顧客の事情に口出ししないというルールがある。
だが、そこには先客がいた。
「聖者様ようこそお越しくださいました」
「その呼び方はやめてくれ。子供の前だ」
「あら、申し訳ありません」
ころころと笑うのは十字教の教祖であるリディアーヌ・クレマンソー。
もう40に手が届く年齢のはずだが、見た目は20代中盤くらいで止まっている様だ。
俺に聖者なんて呼び方をする割には人外じみている。
もう精神的には年上とかそんな領域の外にいるなこいつは。
「あの、この方は……」
「十字教の教祖様だよ」
「まぁ、そんな畏まった言い方しなくても。私と聖者様の仲じゃないですか♪」
「さすがジュージ提督です! 十字教といえば同盟でも指折りの大宗教じゃないですか!」
「あら。ちょっと調子崩れますね」
「あんまり誂(からか)うんじゃない」
どうも彼女は俺の前だと素というか、童女のように接してくる事がある。
既婚者と理解はしているんだろうがな……。
ともあれ、今回の用事はそんなことじゃない。
「学校の方はどうにかなりそうか?」
「はい。出資者も多く集まっていますし、何より英雄ジュージ・ナカムラが筆頭ですから。
皆安心していると思いますよ」
「それは何より。じゃあ今日は連れてきているんだな?」
「はい、トラバース法にあぶれた子供たちはこちらで引き取っている事も多いですので」
「なるほど」
俺は少しばかり悪巧みをしようとしている。
同盟内でフェザーンの影響力が低下している今だからこそやれる事だ。
すなわち教育である、下手な教育を施すわけに行かないが、今までのなぁなぁな運営方針では同盟がまずいことは明らかだ。
ならば、このエルファシルを一つモデルケースにと思って幾つかの団体に声をかけている。
すなわち、行き過ぎたアーレ・ハイネセン偏重主義やフェザーンや地球教、その他の組織に対する脅威度の判定等等。
それが出来る人間が増えれば、この先多少はマシになるだろう。
「さあ、入ってきて下さい」
そう言われて入ってきたのは様々な特徴の子供たち、年齢も様々で小学生になったばかりの子から高校を卒業していそうなのまで。
人種も態度もまちまちで、まるで統一性のないメンバーだった。
彼らは一足先に教育が施されている、すなわちアーレ・ハイネセンが英雄であったとしても現在の政治には関係ない事。
フェザーンや地球教徒等は他国の勢力であるため、経済的に歓迎するにしても影響力が中央に及ぶのは避けなければならない等。
そういうことを元から意識していた人間を選び教育を施している。
そして、これから作る学校で彼らの行動を見ながら教育方針の指針としていくという形を取るつもりだ。
「ゴクウ彼らと少し遊んできなさい」
「えっ、はい!」
実は彼らは女性比率が高い、10人中7人が女の子でそれも美少女ばかりだ。
少年は美少年だ、なにせそのあたり教祖殿が選りすぐっているらしいので、ひと目でわかった。
俺はくだんの教祖殿を横目で見る。
「影響力を考えるとああいうのがいいのではないかと」
「否定はしないがね……」
彼らは発信者になるわけだから、注目されないことには始まらないということななんだろう。
否定はできないが、こうもあからさまだと逆に警戒を呼びはしないか心配になってもいた。
だが、ゴクウが直に仲良くなったのを見ると、問題はないのかもしれないと思う。
「あいつも、一度そのあたり知っておいてほしいと思っているからな。新設の学校の件頼んだ」
「はい。軍へも一定の人員を送り込むということでいいんですね?」
「ああ」
百五十万人のうち、二十万人は子供だ。
ここで、思想を広めれば以後色々と融通が効くだろう。
とはいえ原作開始時点では、送り込める規模も小さいだろうが。
だが、もともとの銀英伝の世界のように民主主義の末期を見たいはずもない。
末期にならないためには、トリューニヒトを乗りこなし、その上で政治に他国の思想を入れない精度が必要だ。
他国を見習うのはいい、貿易をするのもいい、だが政治だけは独立性を守らなければ国が傾く。
日本でも同じような事案が幾つかあったのを覚えている。
野党第一党だった政党が政権をとった時、日本は日本人のものじゃないとか言い出す総理を生み出してしまった事に後悔しかなかったし、
マスコミが他国のプロパガンダを流すおかしな状況には反吐が出そうだった。
そう、経済の交流がすすみ混血も進んでいけば、政治にも顔を出してくるのは普通の事なのだが、それを認めるとどうなるか。
それが同盟社会を見るとよくわかった。
日本のように経済で上回っていてすら面倒な事になるのだ、経済を抑えられれば当然のように政治を操られる事となる。
だがフェザーンというか地球教の考えは同盟と帝国の共倒れ。
最終的に支配するために、力を削いでいるという事らしいが、遠大すぎる計画だ。
裏から表に出るには艦隊を組織できるくらいに強大化しなければならないが、その前に気づかれてしまう。
地球教が軍を持つ事が出来ないなら、軍を地球教徒にするしかない。
結果として地道に教化しつつ両国の地盤を揺るがし、取って代われる規模になるのを待っているのだ。
つまり、こうして攻防を繰り返して削っている限り奴らの野望が叶う事はない。
だが、イニシアチブを取り返すのには相応の規模が必要になるわけだ。
制度を変えるというのはどちらがわにも厳しいものだ。
この少年少女達はそのために教育を始めた人たち。
もちろん、そのための学園を作った。
だが、一般化しなくては意味がない、彼らは新しく作られる学園に移ってくる予定だ。
ゴクウも通う事になる、1万人規模の超大型学校に。
「エルファシル職能実験校ですか。教育にまで手を伸ばすとは」
「既にあっちもやってることだからな。オレ個人でやれる範囲はまだまだ小さいが。
それでも、これに続き5つの星系で実施しようと思っている」
「実に楽しそうですね♪」
まあ、上手くいくと言い切れない所ではある。
教育は難しいからなー、一応蓄積は自前で無理であるから、そういう関係者を集めて会議をしているが……。
ともあれどっかの国の事を思い出して、教育に関われないのは不味いと思い直したのだ。
「ああ、とりあえずはな」
「ただ、聖者様の計画、問題は軍となる可能性がありますよ?」
「……わかっている」
軍もポストが必要な以上、俺の計画をそのまま受け入れるのは難しいだろう。
政治家も今まで煽ってきた関係上、反対に回りかねない。
だからこそ、この学校に意味が出てくる。
ただ、原作開始まであと4年、たった4年でどこまで出来るか。
それはまだ未知数としか言えない。
「何にせよ実際の運用は任せる。
だが張り付いているわけにもいかないだろう? 代理はきちんと決めておいてくれよ?」
「はい聖者様、ちょうどそういう事に向いている人材がいまして」
「ほほー。どんな人?」
「グレアム・エバート・ノエルバーカーさん」
「……おい、それって」
「ええ、最高評議会で仕事をしていた事もある人です」
グレアム・エバート・ノエルバーカー……確か、ラインハルトがハイネセンに来た時、気に入った3人の一人。
最高評議会書記局二等書記官でラインハルトに対し資格がないのに見学の申請するとしるし、獄中の人となる。
そして、その行為に日を感じたラインハルトにより釈放される。
そんな人物がどうして?
疑問に思っていた事が顔に出たのだろう、リディアーヌが答える。
「彼は同盟に誇りを持って仕えていると言っていましたが、危機感ももっていました。
フェザーンの事を以前から苦々しく思っていたそうで、丁度いいと思いまして」
「つてがある事に驚きだよ」
「そうでもないですよ。今や私も帝国で言う貴族くらいの権威は持っていますし」
「……なるほど」
彼女の言葉は一億人の言葉、そのままではないにしても、そういう風に思われても不思議ではない。
なにせ今の十字教は一億人に迫る信徒を抱えているのだから。
十字教は半ばヲタクの寄り合い世帯と化しており、元からの神を信奉する一派と聖者というか俺の広めた漫画を信奉する一派に分かれているらしい。
リディアーヌがどちらも正しいのだとまとめているので成り立っていると言っていい。
そもそも、十字教を立ち上げたのも彼女なら俺を聖者として奉り、信徒をヲタク化させたのも彼女だ。
ある意味当然といえるかもしれない、というか深く考えたらドツボに嵌りそうだ……。
「ともあれ一つ頼む」
「はい、この一手が平和へと近づく事を信じております」
「ああ、きっと平和にしてみせる」
同盟が勝利してとは無粋なのでつけない。
だが、俺は帝国に勝利させるつもりはない。
後4年、可能な限りの準備を整え、先ずは一つラインハルトに打撃を与えたいものだ。
無理かもしれないが、それでもやるだけはやっておく。
同盟が勝つそのために。
エルファシルにいる間はそれしか出来ないのだから。
あとがき
ようやくだいたいの仕込みは終了しました。
次回から原作開始と行きたいと思います。
アスターテ会戦……どういうアプローチにしようか頭を悩ませています(汗)
正直、勝利すれば当然艦隊保全的な意味で優位に立ちますが、必須というわけでもないです。
ですが、原作のような大敗は避けたいところですね。
参加させるかどうかも実のところまだ未定だったりして、うーんうーんとうなりながら書いております。
おかげで、今回はかなり短かったのですがご容赦下さいねorz
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