宇宙の海、そういう言い方をしたのはどれくらい昔の話だろうか。
意味のないことではあるが、答えの出ない問いというものは心に残る事もある。
イゼルローン要塞から2万の艦隊が発艦して一週間ほど。
耐圧ガラスの内側で宇宙を眺める金髪の貴公子全とした、まだ少年のあどけなさの残る青年はくるりと振り返る。
「いかがなされましたか、ラインハルト様」
傍らに控えていたのっぽで赤毛の士官を前にふと穏やかな顔を見せる金髪の貴公子。
齢18にして帝国軍上級大将にまで上り詰めた彼は名をラインハルト・ミューゼルと言った。
「いや、なに。この美しい宇宙をこれから戦火に染めに行く訳だ、少しは感慨もある。
むしろ、キルヒアイス。お前のほうがその思いは強いんじゃないか?」
「思ってもいない事をおっしゃられないでください。からかわれるのは好きではありません」
「ふふふ……はははっ! その通りだキルヒアイス。今日は記念すべき日になるぞ」
それまでの貴公子全とした表情を崩し、いかにも悪ガキのような表情になって言う。
ラインハルトはもう少しで皇帝の喉元に手が届く事を実感していた、次は元帥。
元帥になれば元帥府を開く事が出来る。
子飼いの兵が出来るのだ、今までは出兵のたびに兵を借りていたが元帥府は自分の部下を集め上からの任務を配分する事になる。
つまり、その兵はほぼ私兵と言っていいものとなるのだ。
「ようやく、ようやく奴の喉元に剣を突き立ててやる事が出来るっ!」
「落ち着いてください。ラインハルト様。その事はまだ」
「ああ、済まない。少し浮き立ってしまってな」
「いえ、ですが今は目の前の敵に集中すべきかと」
「そうだな……」
赤毛ののっぽ、キルヒアイスの声に冷静さを取り戻すラインハルト。
ラインハルトは確かに皇帝を殺し、帝国を終わらせる事を目的にしているが、そのためには軍が、力が必要だ。
ラインハルトが軍学校に入ったのはそのためであるし、今現在もそのために動いている。
姉を取り戻し、全てを奪った皇帝を殺す、そしてその土壌たる帝国も破壊してはじめて彼の復讐は達成される。
そのためにもまずは私兵を手に入れなければならない。
今回の戦いは彼にとって大事な一戦だった。
「今日の相手の中では、ジュージ・ナカムラという中将が要注意だな」
「ヤン・ウェンリーではなく?」
「いや、ヤンは確かに要注意だが。艦隊司令ではないだろ?
どうせ出てくるとして小艦隊による奇襲がせいぜい。
全体指揮を執る事があるとすれば旗艦が落ちた後だろう、つまり大勢が決した後の事だ。
逆転される事はそうないだろう」
「確かに」
原作においてもラインハルトはそう信じ、そしてヤンの奇策に引き分けという形で撤退させられた。
だが、現在まだ彼はヤンのその神算鬼謀を知らない。
そのため多少過小評価になるのは仕方なかった。
「しかし、このナカムラという提督は奇策を使う。
一般的な艦隊の編成といったものを参考にすると余計な傷をもらう事になりかねん」
「一般的ですか?」
「ああ、奴に関して調べさせた所。艦隊戦においては必ず自分で武器を用意する。
曰く電波妨害兵器、曰く浮遊砲台、曰くゼッフェル粒子を詰めこんだミサイル。
下手に突撃をかければこちらに甚大な被害を出してもおかしくはないだろうな」
「それは……」
キルヒアイスはラインハルトの言う奇策というよりびっくり兵器とでもいうものを自作するというのが理解できなかった。
どう考えても、そんなものを一定数程度作っても艦隊戦に影響が出るとは思えない。
しかし、大量展開するとなれば個人で用意できるレベルをはるかに超えて高額だ。
「しかし、ラインハルト様。どう考えても個人で用意できるような代物ではないと思うのですが」
「そうだな、普通ならそうだ」
「普通なら?」
「奴は漫画王とか呼ばれている存在だ」
「漫画王、そういえば少し前にそういったものが軍学校内で流通していたことがありますね」
「その通り、奴はかなり古い文献に残っている漫画を復活させて、普及させたのだ。
ほかにも多数の事業を展開し、個人資産はうちの門閥どもとそう変わらないレベルにあるらしい」
「それは……凄まじいですね」
「ああ。奴だけは油断するなよ?」
「はい」
ラインハルトは事前情報を得ていたが、実際フェザーン経由で漫画やアニメは帝国に輸入されていた。
それらの大本がジュージ・ナカムラである以上、下手をすれば個人で艦隊を持てる可能性すらあると疑っていたのだ。
実際の所は個人で艦隊等は夢のまた夢であるが、ともかく大金持ちであることは理解していた。
「なるほど、では数もあまり信用してはいけないと?」
「俺は奴の艦の数が千や二千増えていても驚かん。だが奇策を使われるのは面白くないな」
「……ラインハルト様のお好きにされるのがよろしいかと」
キルヒアイスは言われて少し警戒したが、ラインハルトがいたずら小僧のように茶目っ気のある笑いをしていることに気が付く。
恐らく勝利するための方策は既にあるのだと理解した。
ラインハルト様がこう決めたなら、問題等あるはずはないとキルヒアイスもまた信じている。
特異な戦術を使ってきたとしても、艦隊が分断されない限り大きな被害は出ないだろう事も理解していた。
だから、微笑みとともにラインハルトを全肯定する事にした。
「ああ、キルヒアイス。俺についてこい」
「はい、ラインハルトさま」
ラインハルトらにとってこの程度は日常風景のようなもの。
帝国の常識を覆してきたからこそ、今まで生き残っているし上級大将にもなった。
ただ、大将以上の階級が一戦の功績程度で上に行けるというのは軍としておかしい事には彼は気付いていなかった。
銀河英雄伝説 十字の紋章
第二十四話 十字、金色の獅子と出会う。
宇宙暦796年/帝国暦487年2月となった。
俺の企業も安定しながら成長している、おかげでかなり無茶な事も可能になっている。
漫画やアニメは円熟期に入って互いに出版社やアニメ会社等を作り切磋琢磨している。
うちは本家本元的な所もあって大御所扱いだ。
コンビニチェーンのほうも同盟内のほとんどの惑星やステーション等に配置された。
資金もだが情報も集めやすくて助かる。
最近ではフェザーン支店どころか帝国の一部惑星にすら店舗が出来ている。
十字教や回帰教も成長こそしていないが、安定しており地球教が根を張る事を阻害している。
トリューニヒトは既に最高評議会議長まであと一歩に迫っておりリスキーな事をせずとも席は転がり込んでくるだろう。
そして、最近手を組んでいる軍産複合体は俺に対して色々な試供品を提供してきたり、安値で渡して来たりしている。
俺が大株主であることもあるが、俺が作った兵器群は実際に戦果を挙げているため、宣伝効果を見込んでいるのだ。
原作の開始そのものを回避する計画のほうはもう無理だが、可能な限りの備えは出来た。
最悪、同盟が帝国に敗れたとしても、外宇宙へ逃げ出すための船も出来ていた。
自己の防衛策も色々準備はしているが、後はラインハルトがどのくらい化け物なのかによるだろう。
俺とラップが頭をひねった罠を全てかいくぐって突破するならそいつはもう神がかっている。
外宇宙脱出計画を前倒しするしかないだろう。
だが、どれか一つでもかかってくれるならまだ人類の範疇だ、対処のしようがある。
ラップを連れてブリッジへと向かう道すがら話をする。
といっても、今までさんざん話し合って、それらの物資も用意した。
ありていに言えば、確認作業でしかないが。
「さて細工は流々、後は仕上げを御覧じろか」
「小管も微力ながら最善を尽くしました。これを全てかいくぐる相手だとは思いたくありませんが」
「今後も最大の敵となるだろう、なめてかかれば酷い目にあうぞ」
「そうですね。過小評価は私の仕事ではありませんでした」
「そうだ」
そうして、ブリッジに降り立つ。
さて、俺達の嫌がらせの数々、ラインハルトがどう捌くのか、楽しみにしている。
だが願わくば、倒されてくれれば最高なんだが。
「迎撃艦隊第四、第六、第二配置につきました!」
「艦隊行動開始だ。
艦隊を2つに分けるぞ、私は五千の艦隊を率いて先行する。
残り八千はエマーソン小将に任せる。
いけるか?」
『はっ! 艦隊をお任せくださりありがとうございます。
必ず成し遂げてみせましょう!』
「頼んだ!」
そう、俺は自分の艦隊を2つに分けた。
とはいえ、まだ残りの2艦隊からそれほど離れていないから目立たないようにあまり離れはしないが。
正直俺が率いる五千はリスクが高い。
見つかれば全滅は免れないだろう、だが、相手とてレーダー圏内にいない敵の判別は通信や事前情報に頼るしかないのだ。
見つかる可能性は低いと見ている。
合流さえすれば十分な戦力になるので、恐らく問題ないしな。
「だがまずは新兵器のお目見えといこう。
高速輸送艦隊と超大型砲艦隊、先行せよ!」
といっても、実際の所ただ先行させるだけだが。
第二艦隊のレーダー圏外辺りに潜ませる計画だ。
高速輸送艦隊と超大型砲艦隊それぞれ200隻。
高速輸送艦というのは巡洋艦から砲門やスパルタニアンのハンガーデッキ等を取り払いコンテナを詰めるようにしたもの。
当然持ち運べる量は輸送艦の半分以下だが、その名の通り高速だ。
コンテナをパージすれば巡洋艦よりも武装がない分早い。
色々な兵器を運んでもらっている便利な艦隊だな。
超大型砲艦はタイタニアに出てきたワイゲルト砲に近い艦だ。
ただし、実際の所はまるで違う。
高速輸送艦に使われている巡洋艦を流用しており、コンテナの代わりに戦艦の10倍以上の巨大な砲門を一つだけ載せている。
コンテナと同じでパージして逃げる事が可能な点が優秀だ。
「最初の布石を彼らがどうするのか、見せてもらうとしよう」
「はい、ですが。失敗する前提にしておいたほうがいいでしょう」
「だな。頼む」
「はっ!」
ラップの言う通り、ラインハルトがこれくらいでやられてくれるはずがない。
だが、第二艦隊への支援にはなるはずだ。
上手くすれば俺達が合流するまで生き残れるかもしれない。
可能性はそれほど高くないかもしれないが。
とはいえ、離散する艦隊を取り込む事は出来るかもしれない。
ただでやられると思うなよ、促成栽培の英雄めっ!
だがラインハルトの元帥昇進は俺には防ぐ事が出来ないだろう……。
考えてみると恐ろしい話なんだが、原作においてラインハルトは艦隊戦に勝利したが最終的に引き上げた。
これは、実は敗北である。
大抵の銀河英雄伝説ファンもラインハルトの勝利を疑っていないのも理解できる。
艦隊戦では確かに勝利しているのだから当然だ。
しかし、彼らの艦隊はべつになんとなく出てきたわけじゃない。
本来は同盟の領土を占領するのが侵攻作戦なのだから、艦隊戦の勝敗なんぞというものは目的ではないのだ。
この時代では侵攻作戦の概念が変わったとかいう事でもあれば別だが、そこまで行くともう価値観が別のものに成ってしまう。
それに、その後のイゼルローン攻略戦やアスターテ会戦等では同盟が帝国領を占領している。
だから、逆に同盟が勝利を喧伝するのは間違っていない、たとえ艦隊戦が大敗北だろうと領土を守れたのだから勝利である。
その理屈とまるで関係なくラインハルトは上級大将から元帥になった。
そもそもそれ以前の階級の上がり方からしておかしいが、侵攻作戦の失敗を艦隊戦の勝利で補って元帥になるとかもう異次元である。
つまり、彼が生きて帰る限り恐らく元帥になるものと思われる。
皇帝陛下はラインハルトに早く復讐してほしくてたまらないのだろう……。
頭の痛い話である……。
ラインハルトがあの有名な「吾々が敵より圧倒的に有利な態勢にあるからだ」を言い放った後。
帝国艦隊2万は同盟軍第四艦隊1万2千へ向け急襲をしかけるため、高速で近づいていた。
真正面というよりは少し下方から接近する帝国艦隊を同盟軍第四艦隊はまだレーダーに捉えていない。
第四艦隊のほうは相手艦隊が移動する事等まるで考えておらず警戒もしていなかった。
しかし、このままでは急襲を受け壊滅的打撃をもらうという距離まで来た時。
「敵、反乱軍艦隊を発見! しかし、我が艦隊の前方には機雷群が存在しています!」
「ほう、読んできたか」
ラインハルトは通信士の言葉を聞き理解する。
機雷の量自体は大したことはない、しかし、このタイミングでここに配置されたのはかなり面倒である。
何故なら、機雷を処理したり迂回すれば奇襲の機を逃す。
処理している間に前に進む反乱軍艦隊に再度奇襲をしようとすれば後ろからになり反転加速が必要になる。
迂回しても同じで、遠回りになるため発見されるリスクと助けを呼ばれるリスクが高まる。
砲撃で爆破処理するのも手だが、それをすると反乱軍艦隊に気付かれるだろう。
奇襲の旨味がなくなってしまうし、助けを呼ばれたら敵艦隊を無力化しないうちに逃げねばならなくなる。
「なかなかうまい手だな。しかし、こちらも予測済みだ。キルヒアイス」
「はっ! 処理班展開せよ!」
機雷なら処理すればいい。
だが爆破処理は敵艦隊に見つかるから出来ない、ならば凍結処理をすればいいのだ。
もちろん、それなりに時間はかかるが、解除しているよりはずっと早く対処できる。
何より、爆発を止めるのに爆弾部を気にする必要はない。
バーニアさえ封じれば艦隊に寄ってこれなくなるため、被害はほとんど出なくなる。
宇宙という広い範囲で機雷が有効なのは、敵艦隊に特攻をかけてくるその性質故だ。
「機雷群の凍結ほぼ終了しました!」
「よし、艦隊前……ッ、待て!」
前進を命令しようとしたラインハルトは急に嫌な予感に襲われる。
敵がこちらを察知していたなら機雷群の仕掛けをするだけだろうか? と。
次の瞬間には、戦艦の主砲を越える太いレーザー光が艦隊前方を貫いていた。
「なっ!?」
「レーダー圏外から恐らくは戦艦の主砲による砲撃!
しかし、こんな巨大な主砲……同盟には存在しません!」
「ちぃ! ジュージ・ナカムラか!」
艦隊の被害は小さなものだった、しかし機雷が誘爆し派手な閃光を発する。
何が狙いなのか明白であった、まだ察知していない第四艦隊に向けた警告であろう。
これにより、ラインハルトの考えた奇襲によって被害を最小限にするという策は瓦解した。
「くっ、そう上手くはやらせてくれないか。
ならば紡錘陣形で突撃し敵艦隊中枢を叩いて一撃離脱をかける!」
「ラインハルト様……」
策を邪魔され、不機嫌になっているラインハルトを見てキルヒアイスはなにか言おうとする。
しかし、シュターデン提督から通信を受ける。
『今砲撃してきた艦隊はどうするのですか?』
「既に離脱している!
砲艦の足は遅い、近づかれない様に罠もしかけてあるはずだ。
まさか突っ込むなどというなよ?」
『……っ! はっ了解しました』
ここへ来てラインハルトは完勝を捨て、戦果を出す事を優先する事に決めた。
本来、艦隊行動をとれない程度までは叩いておくつもりだったが、それもままならないと理解したからだ。
そうなれば、いかに高速で動けるかが勝負を分ける。
一分一秒も惜しい、それが今のラインハルトの心境であった。
放った高速輸送艦隊と超大型砲艦隊を送り出した後、それほど経たずに艦隊は第四艦隊の宙域にやってくる。
本来なら俺たちはここにはいないはずだが、接近するようにしていたのだ。
ラインハルトが原作通りの戦いをするなら間に合うくらいの速度で。
「第四艦隊レーダー圏に捉えます」
「……」
予想はしていたが、既に負けていたようだ。
恐らく紡錘陣形を組んで中央突破し通り抜けざま旗艦を撃破していったのだろう。
艦隊そのものは8割近く残っているが、指揮系統が混乱しているようだ。
「第四艦隊と通信できるか?」
「可能ではありますが、旗艦がいないとなると……」
「分艦隊司令に問い合わせろ。恐らくあそこの戦艦だ」
「わかりました!」
分艦隊司令部は戦艦に置かれる事が多い、そして他の艦種の中に混ざっているから目立つ。
まあ俺自身が分艦隊司令をやっていたからわかるんだが。
その後、通信を受けた分艦隊司令に一時的に艦隊を編入する旨を申告し、受け入れられる。
まあ、階級的に受け入れないと命令違反になるから当然なのだが。
ともあれ、艦隊を再編している時間もないので、艦隊作戦コードを使って無理やり再編しながら第二艦隊へ向けて急ぐ事にした。
「高速輸送艦隊に突っ込んでくるかは五分五分だったが、俺を警戒したということか?」
「恐らく、機雷や砲艦の存在から予想されているかと」
「なるほど、確かにな」
確かに罠を疑うだろう、実際罠は張っていたわけだしな。
途中に放置してある超大型砲艦の砲は爆雷としても機能する。
ゼッッフェル粒子ミサイルも可能な限り配置しているし、チャフも展開可能だった。
だから高速輸送艦と超大型砲艦は逃げ出せるようにはなっていた。
逃げる場合は直接同盟側に逃げる予定であったし、こちらが察知された可能性は低い。
「だがそれはつまり、俺の存在を察知して先に第二艦隊を叩こうとしているという事だな」
「はい。一応対策は取っていますが。勝てるかは微妙な所です。我々も可能な限り急ぎましょう」
「そうだな」
しかし、まだ攻撃をかけるということはこちらがまだ連携出来ていないという事を知っている。
ラインハルトの感なのか、それとも情報が漏れているのか。
どちらであっても驚きはしないが……。
「高速の艦だけ付いてこい! 残りは多少遅れても良い。間に合わなければ被害が大きくなるかもしれん」
「了解しました!」
ラインハルトの艦隊も別に高速戦艦だけとか言うわけでもないはずなんだが。
艦隊機動で随分違うとかありそうだしな……この世界……。
ラインハルトは考える、確かに砲艦による襲撃そのものは面倒なものだった。
ただ、被害はほとんど出ていない、数が少なすぎたから当然だろう。
あれは100門か200門程度の数の砲撃だ、戦艦を越える巨砲である事から数が用意できるとは思えないが。
つまり、第六艦隊の本隊があそこにいなかったという事になる。
先行させて潜ませたと見るべきだが、本隊がいればラインハルトが第四艦隊へ向かった時に背後から急襲していただろう。
そのリスクを冒しても突撃させたのは相手の数を減らすためだが、もう一つ理由がある。
突撃して第四艦隊と混じってしまったほうが襲撃しにくいという点だ。
だが、第六艦隊は出てこなかった。
つまり第六艦隊は第二艦隊のほうへ向かったと見るべきだろう。
「不味いな……」
「ラインハルト様……」
「キルヒアイス、相手の考えは読めるか?」
「いえ……事前の情報通り分かれたのはこちらの目を欺くためであったのではないかと疑っていますが」
「その通りだキルヒアイス」
「は?」
ラインハルトは自説を述べ始める。
つまり、罠の可能性についてだ。
「ジュージ・ナカムラ。奴は自分の作戦を隠蔽するために味方艦隊へも何も通達していないのだろう。
だから帝国へも情報が洩れてきていない、その点だけから見ても奴は切れ者だ」
「はい」
「だが、奴が最高指揮官だったなら4万の艦隊を分けなかっただろう。
それだけで俺達には勝ち目が薄くなるからだ」
「……確かに」
「そんな奴が手を打ってきたんだ、当然第二艦隊にも何か仕込んでいるはず。
恐らく、奴の本隊は第二艦隊の近くに来ている事だろう」
「それは……事前のレーダーでは元の位置にいたかと思いますが」
「それこそ、計ってからどれくらいたったと思っている?
このまま突っ込めば罠にはまるだろう」
ラインハルトは第二艦隊と第六艦隊がどう動くのか考え始める。
事前情報が違っているのだ、普通なら撤退を視野に入れるべきだが彼の中ではそれはない。
ここで撤退でもしようものなら、元帥への階段を踏み外し、数年は出遅れる事になるだろうからだ。
「恐らく、第二艦隊はまだ何も知らされていないだろう。
手柄を独り占めするためか、それとも連携できないほど馬鹿なのかはわからないが」
「パエッタ中将、どちらかと言えば艦隊指揮よりも政治家向きな性格だと聞いています」
「なら後者だろうな、現実を知るまでは一人で手柄を上げようとする。
つまり、事前に合流して我々を待つというわけにはいくまい。
できれば第六艦隊の現在位置を知りたいが」
知る事は難しい話ではない、ただアクティブのレーダーを放てばこちらの位置も知らせる事になる。
当然、ジュージ・ナカムラに先回りされる可能性が高い。
予測されているのと確定されるのではやはり違う、何よりこちらのほうが少数なのだ。
油断をするなどという事はあってはならない。
「少し大回りになるが、第二艦隊を迂回する。
そして、第二艦隊周辺に第六艦隊の影がないかを探る事にする。
第六艦隊が見つかれば直ちに襲撃、一撃離脱をかける。
そのまま第二艦隊にもだ、一通り打撃を与えたら撤退……これくらいが落としどころか」
「倍する敵に対して十分な勝利と言えると思われます」
「全く……裏をかかれたものだ。
第二艦隊周辺に第六艦隊が見当たらない場合は第二艦隊への一撃離脱をかけそのまま撤退とする」
「了解しました!」
合流されれば勝ち目が薄いのだから、勝勢のうちに一撃離脱による局地的勝利を持って勝利とするしかない。
元帥になるには弱すぎる功績かもしれないが、これ以上を望めば敗北しかねない。
ラインハルトはジュウジ・ナカムラをそう見た。
実際はラップの功績が大きいのだが、そんな事まで知る事は流石に無理であった。
あとがき
前回大見得切って終わらせられませんでした!
申し訳ないです……。
まあ、次回に持ち越し分は決着だけなのでそれほどはかからないと思いますが。
何にしても、かなり違う結果になると思われます。
ただ、ラインハルトに読み勝ちする力がラップにあるのかは微妙というか、今回はある意味奇襲に成功したという所ですね。
次回からは警戒されるでしょうし、こうもハマってくれるとは思えません。
まあ、そもそもこの作品、ラインハルトに正面から勝利しようなんて思ってませんが(汗
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