トントンと、ノックをする音。
それほど大きな音ではないが、十分に音は届いていた。
「セシリアか、入れ」
「はっ」
執務室には、今も書類に目を通すギレンがいる。
一瞬だけセシリアに目を向けたものの、すぐさま書類に視線を戻す。
彼の仕事量は並の人間なら1日で終わらない様な代物であった。
彼が効率よくこなしていっても6時間ほどはかかる。
更に面会や、視察などの仕事をこなしていれば一日はすぐに過ぎてしまう。
恐らくサイド3において一番忙しい人間だろう。
「ギレン様、海賊部隊が襲撃に失敗しました」
「資料はあるか?」
「はい」
ギレンは失敗に関して特に感想を持つことなく、資料を確認した。
だが、資料を見た結果ピクリと眉が動いた。
相手の降下開始直前にミノフスキー粒子をまきつつ主砲での攻撃。
その後、反撃を受けて一隻が中破するものの足回りに問題が出なかったため、逃走したようだ。
預けてあった船はマゼランを解析するために作ったアドラス級3隻。
砲撃の射程距離は本家よりも長いが、燃費が悪く主砲の連射が出来ない。
とはいえ、見つかってもジオンの船だと分からないという意味ではよい船だ。
その良さを生かさず、ミノフスキー粒子を散布した結果、連邦に情報を与えてしまう事になった。
「下手に裁量権等与えるべきではなかったな……」
「処罰をお与えになりますか?」
「そうだな……アサクラの1階級降格くらいが妥当だろう」
「人事部に伝えておきます」
「そうしてくれ」
了解したという意味を込めてセシリアは一度例をしてから退出した。
その足音が離れていったあと、ギレンはこぼす。
「連邦の目がある場所でミノフスキー粒子の散布だとッ!
せめて、連邦の目が届きにくい場所で襲えばいいものを。
しかも、相手が警戒して早期にシャトルを降下させる等……」
ギレンは戦争の勝利にヒビが入りかねないミスだと感じた。
しかし、それを言う事は出来ない。
その事が軍部や国民に知れれば戦争自体が不可能になる可能性があったからだ。
だからこそ、ギレンは対策を練る必要を感じていた。
機動戦士ガンダム〜転生者のコロニー戦記〜
第八話 ジャブロー
あれから俺は、マスコミたちを乗せた大型シャトルと共にシャトルで降下した。
降下先はオーストラリア、現時点ではまだシドニーも存在しておりほっとする。
基地や宇宙港もあったので、マスコミとは別々に着陸をすることになった。
『こちらシドニー基地管制塔、シャトル1823、応答せよ! シャトル1823、応答せよ!』
シドニー基地のほうから問い合わせが来た。
そりゃ予定にない降下だから当然だろう。
「こちらシャトル1823、未確認船による襲撃に合い降下タイミングがずれた。
緊急で申し訳ないが、着陸誘導をお願いしたい」
『海賊か? 時間がないな、現在空いている滑走路へ誘導する、データを転送する』
「了解。自動運転に変更する」
『とりあえずは問題ないようだな』
因みにこの会話に俺は全く参加していない。
運転をしているパイロットが全てこなしてくれている。
話が進まない場合は参加するつもりだったが、まあ割とある事なんだろう。
降下関係のトラブルは。
このシャトル1823は大型だ、セイバーブースターとボール改を積んでいるため当然だが。
人員のほうは、パイロットとコパイ(副操縦士)、俺と副官、護衛が10人ほどだ。
護衛はバスクの元部下もいるが、ヤシマ系列のPMCからの出向組が多い。
まあうちの兄が総帥なので、その辺の配慮は頑張ってくれている。
そんな事を考えている間に、着陸は順調に進んだ。
バスクらの無事も確認し、大体は順調のようだがサラミスが一隻中破している。
死人も何人か出たそうだ。
ある意味、初の戦死者という事になるのだろうか。
俺は黙祷を行い、帰ったら二階級特進と遺族年金の配布を行う事を決めた。
こういっては何だが死者について後悔している暇はない。
一週間戦争が始まれば世界最大の大虐殺が始まるのだから。
それを止めるためなら、俺は軍人に死んで来いと命じる事を厭うつもりはない。
地獄に落ちても仕方ないかもしれない、ただ、ジオンの奴らと同じ地獄だけはごめんだが。
それから、地球一周以上旅行に行くマスコミを見送る。
これでようやくここでの仕事が終わった、本来なら見送りは降下前だったんだが。
それと、今度はジャブローに向かう便に乗せてもらう必要がある。
セイバーブースターやボールも持ち込む必要があるため、
かなりの大物で運ぶ必要があるので、用意に時間がかかるとのこと。
俺もスケジュールを押して来ているので、かなり辛い状況になってきた。
「積み荷のほうは、後で届けてもらうのはどうでしょうか?」
「しかし……」
「見張りは、我々でやっておきます。これでも元ヤシマですから、整備等も多少はできます。
階級は流石に少尉ですが、少将閣下の紐付きである事はここの人間も理解しているでしょうし」
「分かった頼む。一週間後の予約は入れておく」
「よろしくお願いします」
オーストラリア方面軍の代表と交渉し、一週間後に荷物を届けてもらう事を決めた。
そして、俺自身は要人護送用のジェットに乗せてもらう事になった。
俺と副官、護衛は6人に減ったが、まとめて乗れるサイズなのはありがたい。
こうしてやっとジャブローについたのは、降下開始から3日が経っていた。
スケジュールは余裕をもって組んではいたが、かなり速足で仕事を進めないとサイド1に戻るのが遅くなりそうだ。
ジャブローそれは南米の広大な土地、アマゾン川流域を中心に広域にわたって存在する地下基地である。
複数存在する地下施設は互いに繋がっていたり、繋がっていなかったりする。
繋がっている区域も切り離す事は十分に可能だ、基本通路と地下空洞で出来ており必要な時は繋げられるようにしてある。
正に地下迷宮と言っていいだろう、もしかしてMS仕様なのか、内部にはホワイトベースすら整備されていたのだから。
マゼランやサラミスの打ち上げもここでやるというのだから広さにおいては問題はない。
まあもっとも、俺が来た理由はいろいろあるが、メインはやはりレビル中将に会う事だ。
彼の派閥は、ゴップ閥に次ぐ規模になっている。
ゴップ閥は軍政家の集まりで、イメージはどうしても裏方だ。
予算を決めるのはゴップ閥だが、計画を作るのは提督達の派閥であり、現状はレビル中将がリードしている。
他にもコリニー中将やワイアット中将が追随している格好だ。
つまり、俺にとってはゴップ閥は相応に動かしやすいが、3人の中将の誰かを抱き込む必要がある。
可能ならレビル中将、次いでワイアット中将だろうか、コリニー中将に支援してもらうのは厳しそうだ。
「来たのかね、ノゾム君。派手にやっているようだね」
「お出迎えありがとうございます! ゴップ大将閣下!」
「はは、この場では仕方ないね。少し場所を移そう。いいワインが手に入ってね」
「ありがとうございます!」
当然と言えば当然か。
ゴップ大将にとって、俺の行動は少しやりすぎだったろう。
特にミノフスキー博士を誘拐した件が響いているだろうな。
まあ、資料は一通り持ってきたが。
ゴップ大将に続いてエレカに乗る。
このエレカはゴップ大将の専用車両だ。
エレカといっても見た目からしてリムジンであり大型であり、車内設備も整っている。
防弾や耐久は当然、更に一部の電波以外を通さない仕様になっている。
「さて、聞かせてくれるかね?」
「そうですね……。対ジオンに血眼になる理由からでいいでしょうか?」
「……頼むよ」
大将はリムジンに備え付けられていたワインセラーから引き抜かれたワインをあける。
ラベルは…へ? スクリーミング・イーグルだって……年代にもよるがバカ高いワインの代名詞だ。
特に1992年ものは5300万円の値が付いたこともあるという……。
まあ普通のは10万から50万の間くらいの値だがそれでもロマネコンティと競える値段だ。
大将はグラスを2つ置きワインを注いでいく。
「驚いてくれたかね?」
「ええ、まさか飲めるとは思っていませんでしたよ。
キャリフォルニアのカルトワイン、生産量が少なくて滅多に手に入らない」
「まあ、ちょっとした伝手でね」
これを見せたのは、俺に対して接待をしようという意図ではない。
注意を促しているんだろう、派手にやりすぎるなよという。
カリフォルニアならぬキャリフォルニアにある軍事基地の拡張に伴い農地が無くなり廃業している。
正に幻のワインとなりつつあるこれを見せて、下手な事をするとお前もこうなるぞという忠告をしたのだ。
うん、実にわかりにくい。
「実は、最近監視方法を変えまして」
「ふむ?」
「天体望遠鏡って遠くまでよく見えますよね」
「何が言いたい?」
「電子望遠鏡を作って監視しているんですよ。
各コロニーに複数配置してね」
「なっ……」
案外誰もやらないよなー、まあ実際2020年代くらいまでの感覚では必要ないものだ。
だが、星間国家での監視網としては案外悪くないものだと思う、多少高いものではあるが。
それでも、戦車1台の代金があれば十分作れるからな大型望遠鏡は。
ジオンを監視するだけならそこまでの規模のものは必要ないし、録画をオートでしておけばそれだけで監視になる。
まあ、ガンダム世界の感覚は1979年ごろという事もあるので利用法に関しては遅れているものが多い。
この世界にはネットや光通信なんかはあるなんなら電話ならイヤホンサイズのがある、スマホはないが。
スマホは技術的には十分可能だ、しかし、この世界はソーシャルメディアが発達していない。
アニメなんかは一応あるんだが、サブカルチャーとしては広がっていない。
そんな風に、チグハグな印象のある部分が多い、ジオンを攻めるならそこを突くのが一番だろう。
「写真や動画は一通り持ってきました、ジオンの動きが丸裸とは言いませんが。
かなりの精度で動きがわかるはずです」
「……参考にさせてもらおう」
大将は少し驚いた顔をしたが、俺が使えると思ったのかいつもの微笑みを浮かべる。
流石、頭の回転が速いな。
彼は自分が俗物である事を自覚しているのがいい。
つまり、利益と釣り合う限りにおいては強力してもらう事が可能だ。
「ところで、ジオン共和国から各サイドに協力要請があった事をご存じですか?」
「聞いてはいる。サイド6が中立を表明した以外は皆断ったんだったね」
「ギレンがそれを予想せずに呼びかけを行ったと思いますか?」
「当然知っていたろうね」
俺はゴップ大将がジオン側とのパイプを持っている事を知っている。
当然彼自身が直接ではなく、何人か間にかませてあるだろうが。
だから俺からの情報もジオンに流れるリスクは当然ある。
しかし、彼は俗物である以上地球圏の人口が半減する事を事前に知って許すほど甘くないはずだ。
何故なら、連邦軍の軍政を司る彼にとって、利権が半分になってしまうのと同義であるのだから。
「つまり国内向けのパフォーマンスという事でしょう。
各サイドは旧権力の走狗であったと証明されたと、サイド3では触れ回られる事になる」
「それはつまり、ギレンが過激な手に打って出る前兆であると?」
「そこでこれです。ジンバ・ラルの息子が取ってきてくれた資料です」
俺が次に示したのは核バズーカの設計図。
あえて、ジンバ・ラルの息子と言ったのは、ハンバ・ラルは既に戸籍を作ってあるからだ。
もちろん、大将には裏までわかるだろうが、それだけにその後は続けないだろう。
「……コロニーへの核攻撃……」
「はい、それも見せしめというレベルではありません。
既に三千を超えるMSの標準装備になるようです」
「核ミサイルを標準装備……無茶苦茶だ!」
「たかだか3億人のサイド3が全世界を相手に勝とうとするならそれしかないのでしょう」
「……間違いなく億単位の死者が出るな」
そう、核バズーカ1発でコロニーが落ちるのだ、その意味は誰でもわかる。
ギレンは全世界が敵でも勝利するつもりでいる事を。
更にダメ押しのコロニー落としがあるが、正直そっちはコロニーを奪っていないので証明できない。
「はい、そうなれば連邦の威信はがた落ちどころではありません、政府が降伏する可能性すらあります」
「それは出来れば避けたいね」
「私もそれを回避するために今あがいているつもりです」
とりあえず動機の面は納得してもらえただろうか。
そう思い、大将を見ると、一瞬目つきが変わりまた元に戻る。
訝しむ要素はあっただろうか?
「……なるほど、だが一つ聞きたいと思っていた事があってね」
「……はい」
「君はそこまで積極的な人間だったかね?」
とうとう来たか……未だ家族の誰とも会っていないし、その手の話題を聞いた事はない。
だが大将ならありうる、実際に会ったのは片手に余る程度だが、既に一通り調査済みという事か。
俺が突然変わったのは、前世の記憶を思い出したからだ、それ以前の今生での記憶も残っている。
リターンとリスクを考えれば、軍を辞めて木星へでも行ったほうがマシではあるが。
今の俺には知識の違いというある意味チートがある。
そのせいで、俺が暴走気味と言われても仕方ない状況にあるのは否定できない。
だが、そうしなければガンダム1話のように一週間戦争によって世界の人口が半数まで減る。
「確かに、私はリスクの高い賭けはしない主義です。
ですが、今しなければ間に合わないと思い無茶をしている自覚はあります。
核ハズーカを実装された場合、億単位の死者が出る、
その中に、私や私の家族が入っていない保証はない」
個人的に恐怖を感じているのは本当の事だ。
人類の半分を殺すジオンという存在に対してではあるが。
だからこそ演技の必要性はなかった、俺は生き残りたいと思っている。
人類の死者を減らしたいと思っている。
それが伝わればそれでいい。
「それに彼らの標的がコロニーだけとは思えない」
「……ジオンが世界を滅ぼす気だと?」
「滅ぼす気はないでしょう。だが、彼らに従わない者を皆殺しにする可能性はあります」
「それはまさに、世界の半分以上の人間を殺さないといけない事になるが?」
「ギレンの考えている独立とはそういうものでしょう」
「まさか……」
ガンダムの第一話ではさらっとその事が説明されているが、普通想像できないよな。
人類の半分を殺すなんて。
出来る力を持ったからって出来るものじゃない。
よく、人を駒のように扱うとかいうが、駒にだって愛着は湧く。
何の躊躇もなく実行できる人間はギレンくらいだろう。
だが、それを実際にやったジオン兵らはもっとやばいと思うが。
何せ、彼らはコロニーへの核攻撃に対してコメントを一言も言っていないからだ。
そして、大部分のジオン兵はジオンの正義を信じている。
洗脳でもここまでひどいものはまれだろう。
「何故そうまでギレンを疑う? 恐れか?」
「否定できません。優生人類生存説を見た事は?」
「いや」
「彼のそれはヒトラーのゲルマン民族優生説よりも酷いものです」
「酷い?」
「彼は作中において地球に依存しない宇宙市民の優秀さを説き。
真に生き残るべきは地球に依存しない宇宙市民だけであると言っています」
「地球に依存しないとはどういう事かね?」
大将は聞いてきたが、答えはもう分かっているはずだ。
ギレンは人類の半分を殺した後でデギンにこう言い放っている。
せっかく減った人口です、これ以上増やさずに優良な人種だけを残す、
それ以外に人類の永遠の平和は望めません。
そして、その為にはザビ家独裁による人類のコントロールしかありません。
と。
そんな輩の書いた本がどういったものかは簡単にわかるだろう。
「サイド3は月の裏側という立地上、地球からの資源を受け取りにくい場所にあります。
もちろん、届かないという事はないですが、月経由にしろ、サイド1か2を経由していくにしろ高くなる。
それではやっていけないと、アステロイドベルトに頻繁に資源を取りに行くようになりました。
結果として軍備を独自に増やす事になったとも言えます」
「地球に依存しないのはサイド3だけという事かね」
「ほぼ間違いないでしょう。
彼の本はサイド3以外でも販売してはいますが、ほとんど知られていません。
ジオン・ダイクンのジオニズムは大部分のコロニー下層市民達の支持を得ました。
これは、主体がスペースノイド全体だったからです。
対してギレンはサイド3だけが優秀であると説いている、その差でしょうね」
俺の言いたい事はほぼ理解してもらえたのだろう、大将は俺に視線を向ける。
今回は俺に対して挑むような視線になっていた。
本気になった、つまり通してくれる気にはなったが、後は……。
「その結果が独裁国家ジオン公国か……」
「はい」
「だが、開発にしろ、量産にしろ現行の体制を崩して行う必要がある。
私としても理由もなく持ってはいけないんだが?」
「はい。純利の3%と言ったところでいかがでしょうか?」
「それでは動きにくいね。確か前回マゼランの受注を回した時はいくらだったかな?」
「5%いや7%でいかがでしょう?」
「もう一声、そうすれば私も口利きがしやすいというものだよ」
「……9%では」
「……まあいい、今回は君に折れておくよ」
「ありがとうございます!」
俺の持ってきたものを大将は最初からわかっていたんだろう。
後は俺に10%と言わせればよかったんだろうが、ぎりぎり粘る事ができた。
しかし純利益の9%はでかい。
ブースター計画にしろ、ボール改修計画にしろ大規模量産が前提なのだから。
他の計画はまだ俺の頭の中にしかないから大丈夫だろうが、知られれば一枚かみにくるだろう。
分かりやすい俗物そういう姿勢にブレがないのはありがたいが……。
やっぱり結構厳しい……。
あとがき
とりあえず8話終わりましたが、ジャブロー編の開始と言ったところですね。
そう長くするつもりはないですが、それでもジャブローでは派閥の長達との会話が増える事になります。
また、パイロットの青田刈りもやらねばと息巻いております。
メジャーなのもマイナーなのもいろいろありますが、中でも一番欲しいのは使える士官ですね。
ラルはサイド7に行くので、現状ではバスク一人だけになりますから。
名前と比べると脆かったリーダーの隊は今どこにいるんだろ?
イタリアンな自走砲隊の人はジャブローにいそうな気もするが。
名前だけの人もこの際だしてみたい。
この辺が上手くいけば今後動きやすそう。
何を開発するかも、もう少し練っていきたいところ。
まあそんな感じなので、未定部分も多いですが、頑張っていきます。
それから、WEB拍手のコメントについてのお詫びです。
投稿[13]の人
アビオニクスの強化でも強化可能であることを思いつきました。
いや、アビオニクスを普通の電波でやる必要はないわけで。
赤外線や可視光線で行う事も可能なはずなので、その辺りを使って強化してみたいと思います。
アイディアありがとうございます。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m