「閣下! 閣下!! ドズル・ザビ中将閣下!!」
「うっ……」
「閣下!」
ぼんやりと目を開いた巨漢の男、ドズル・ザビは周囲を見回す。
どうやらここは個室の様だった。
先ほどまではブリッジで指揮を執っていたはず。
そう考えたドズルは痛みと共に思い出す。
隕石による攻撃、巨大な隕石による質量攻撃だ。
まさか、火星と土星の間からああも多数の隕石を加速させてきていたとは。
「戦況はどうなっている!?」
「はっ! 現状コンスコン少将が指揮を引き継いでおられます!
艦隊戦においては勝利は難しいため、敵艦載機を囮に引き付けた後、隕石の残骸を隠れ蓑に奇襲を行いました!」
コンスコン少将の用兵の巧みさは流石としか言いようがないとドズルは考える。
この混乱した状況で艦隊をまとめなおし、相手の作ったフィールドを盾に逆に奇襲を仕掛ける等早々出来ないだろう。
正直ドズルなら兵をまとめ上げるのに手一杯になってしまっただろう。
「……結果は?」
「300発の核バズーカは威力を発揮し、敵艦隊に打撃をあたえたものの戦闘継続は可能だろうとの事」
「おおよそでいい、何割減らした?」
「3割といったところではないかと」
かなりの戦果だ、だが核バズーカ300発というのは不味い事も事実。
本来コロニーに使う予定で多めに持ってきたとはいえ半分近くを使ってしまった事になる。
はっきり言って既にコロニー壊滅作戦に支障が出るレベルまできている。
水爆弾頭はこちらの切り札なのだ、それを切ってしまった以上次は簡単に食らってはくれまい。
ドズルは頭の中で試算した、この状況下で勝利を得るにはどうすればいいかと。
艦隊指揮はこのままコンスコンに任せておくほうがいいと判断する。
「隕石や要塞の破片に核パルスエンジンを取り付ける事は可能か?」
「はっ……予備のエンジンはドロスにいくつかあったはずですが」
「それでいい、大き目の破片と要塞を盾代わりに艦隊を前進させる。
MS部隊の攻撃範囲まで近づき一気に殲滅するのだ」
「はっ!」
ジオン軍が前進するにはこれしかない、そしてMSを十全に使えなければ戦局をひっくり返すのは難しい。
戦争そのものを諦めない限り核ミサイルの次弾等は無いのだから、他に手はないだろう。
もっとも、コンスコンは相手が核を警戒する事まで計算して行ったのだろうが。
ただ、ドズルの心のどこかで更なる警鐘が鳴っているのを感じていた。
しかし、他に手が無い以上やるしかないだろう。
言いようのない不安がドズルという男にのしかかる。
心の底ではやはりあるのだ、同胞であるはずのコロニーを核で沈める事に対する迷いが。
ギレンやキシリアと違い彼はそれだけの死を対価に得るべきものが欠けている。
軍の総司令は出世としては十分以上だからだ。
だが、彼には自分の軍に対する責任がある、実質的な作戦総指揮という立場もある。
それ故心に蓋をした。
正しいかどうかなど結果が示してくれる。
ギレンがこれまで采配を誤った事等一度もなかった。
ならばやるしかないだろう、ジオンのために。
彼の目にはもう迷いはなかった。
しかしそれは結局、考えるのをやめただけでしかない。
機動戦士ガンダム〜転生者のコロニー戦記〜
第二十二話 接触者
サイド1 1バンチ コロニーシャングリラ
現在セイラ・マスとブレックス・フォーラーは大型の指揮車両に乗り込み政庁に向かっている。
大規模な陸戦隊を護衛につけてもらったおかげで、今の所ゲリラや暴動による被害は出ていない。
だが、政庁に向かうためにはいくつかのバリケードを突破しなければならず現状では衝突は避けられないと思われた。
そんな時、指揮車両に通信が入る。
『お待たせしました』
「ラルさんご苦労様です。問題はありましたか?」
『あのザクはコロニーに隠して持ち込むために部品を小型化していました。
それに、ガソリン駆動だったようで本来の性能の半分も出せていたかはわかりません。
また部品の組み立てに隙間が多く、倒す事自体は難しくありませんでした』
「それは何よりです」
ラルの帰還は喜ばしい事であった、護衛もそうだが彼はサイド3の内情にも詳しい。
ギレン・ザビの策謀は正直言って彼女の手に余った、だからラルの事を頼りにしているのが現状だ。
この先、住民の協力も得なければ突入と同時に血の雨が降る事になる。
そうなればギレンの思惑通りになってしまうだろう事は誰でも予想出来る事ではある。
セイラは兎も角、現状確認から行う事にした。
「ラルさん、シャングリラにジオンの工作員はどれくらい入っていると思いますか?」
『はっきりとした事は分かりませんが、宇宙港で奇襲を仕掛けられるという事は港周辺の防衛兵力は壊滅したと思われます。
当然港からまだそう離れていない今、襲撃を受ける可能性はあります』
「つまり、こちらより優位であると考えた方がいいと?」
『そうですなあ……数の上では恐らくそれほどは入っていないでしょう』
そう言って、警戒心を促したラルは突然素の口調で話し始める。
セイラの考えが暗い方向に行くのを警戒したというのもあるが、あまり堅苦しいのは苦手でもあったのだ。
幸い、小型MSあるいはパワードスーツとすべきか、ATの方は予定通りの力を発揮した。
ローラーダッシュは上手く使えばかなり相手の裏をかけるだろう。
しかし、使いこなすにはまだ時間がかかるのも感じていた。
『彼ら工作員はその代わり金を持たされているはずです』
「お金ですか?」
『どんな工作を行うにもお金がなければいけません。
政治家を篭絡するにも、住民に主張を信じ込ませるにも、兵隊を作るにしても必須でしょうね』
「シャングリラ内に傭兵している人がいるのですか?」
『いいえ、今まさにこの状況を作り出している暴動を起こしたり破壊活動や火事場泥棒をしている者たちですね』
「暴動を起こしたり破壊活動や火事場泥棒をしている者? 現地住民ですよね?」
『マフィア等の非合法組織はどこにでもあるものです。それに信者を作っておけば進んでやってくれるでしょう』
「そんな……」
暴動を仕事でしている人間達がいるとは思ってもみなかったセイラは茫然とする。
主義主張が行き過ぎ本末転倒な行動をする者や、秘密を簡単に漏らす者。
金のためなら自分の住んでいる場所に不利益をもたらす事を厭わない者。
それらが起こす混乱で儲ける者。
世の中には自分のために世界を悪い方向に向かわせる者が一定数いる。
それは、多数派である世の中を維持する方向で生計を立てている者にとっては恐ろしい存在だ。
何故なら彼らが利益を得る時、利益を得たものの数倍から数十倍の人間が破滅するからだ。
更に不味い事に非合法である彼らは日常的に危険があるため自分達を守る術に長けており、簡単には減らない。
一般の人間は泣き寝入りするしかないのが現状であった。
「そんな事……許される事ではありません!」
「いずれは社会かが駆逐しなくてはならないでしょう。しかし今は目的を見失ってはなりません」
「……その通りですね」
セイラは反社会的勢力に対する怒りを持ったものの、今はそれと対している時間がない事は理解していた。
しかし、反社会的勢力は一般人との区別がつけづらく、下手に接触すれば悪者にされてしまう。
そんな勢力がバリケードを張っている政庁に入らねばならないと言う点は頭の痛い問題だった。
『何とか迂回できるルートを探すしかありませんな』
ラルが通信を通して言う。
それは、誰もが思う事ではあった、しかし、現実問題四方全て固めており、隙間があっても人がいる可能性は高い。
戦力的には十分制圧前進が可能だが、力づくで突破したのでは住民が話を聞いてくれなくなる可能性があった。
そんな時、指揮車両に新たな通信が入った。
「どうかしたのか?」
『はっ、民間人が接触を希望しています。暴動に参加している者たちとは違う勢力の者だと言っていますがいかがしますか?』
「私が行こう、セイラ君は中にいてくれ。君が傷でもつけば政庁に行った後に困るだろうからね」
「ブレックス議員……いいのですか?」
「ああ、私もここらでいい所を見せないとね。私の印象が癒着議員とかになってしまいそうで怖いよ」
「いえ、そう思っている訳では無いですけど」
セイラはブレックスと出会った場所が場所だけに完全に否定も出来なかった。
実際、ブレックス・フォーラはアナハイムの資金と集票能力を使って議員になっている所があったのは事実だから。
癒着議員というのもあながち間違いではないのだ。
そんなセイラの視線を避ける様にブレックスは指揮車両から出ていく。
「何故政治には金がかかるのでしょう?」
『興味がありますかな?』
「いえ……ですが、矛盾しているような気がして」
議員は会議を行い法を作り、その法を基に役所の人間が行政を行い、司法の人間が善悪を裁く。
本来は議員の仕事とはそういうものであり、金を集めなければならない理由はない。
だが、現実には政治献金を受け、その要望に沿って法を作ったり改定したりする。
これでは金回りのいい大手企業が政治に顔が利く様になるのは当然だ。
だが、ブレックスはこの事に疑問を持っている様子ではかった。
それがどういう意味なのか、セイラは気にかかったものの、現状ではどうしようもないので待つしかない。
ここに来てから自分で動けない事に彼女はストレスを感じつつあった。
『過去に政治献金を悪としていた時代もありました』
「えっ?」
『政治に金を持ち込むのはやはり格好のいいものではないですからな。
しかし、その時の政治はそれはそれで酷いものだったと聞いています』
「どういう事ですか?」
いつものように、何も言わないのかと思っていたら急に語りだしたラルに応じるセイラ。
彼女にとって政治というものはまだよくわからないものだ、父の理想論が現実との乖離が大きかった事くらいしかわからない。
それを知ってかラルはかなり遠回りな語りを始めた。
『政治を行う者というのは基本、生活に余裕がある、言ってみれば上流階級の人間がなるものです。
元は王族、貴族等が中心でしたし、だんだんと貴族が一般に埋もれて行っても金持ちがやる事には違いなく。
生活が厳しいものに選挙活動やそのためのコネづくりをしている暇はないですからな』
「それは、確かに」
『そうすると、政治家が政治を行う理由が問題になります』
「理由?」
『上流階級として生活してきた人間に一般人の感覚はわからない。
なんとすれば、商売等する理由もわからない。
だから、自分達の理想の政治をしようとして世間から乖離していく』
「そんな事が……」
事実として、昔から共和制の民主主義において国民全員の声を聴けたことはない。
それどころか、裕福な階層だけが投票できる半民主主義の様は時代がかなり続いたのだ。
有名な所ではローマの民主制はローマ人とそれ以外と奴隷という3つの階級のある民主制だった。
フランスが勝ち取った民主制は立ち上げた時金が無かった事から農民を締め上げて自滅した。
つまり貴族やインテリだけで作られる政治というものは民衆を一纏めの何かとしか見ていない事が多いという事だ。
『政治献金はそういった人達に企業という庶民の感覚を教えるためにあるのです。
企業が金を出す以上パワーバランスは企業に傾きますからね。
またこれにより、一般人でも政治に参加する事が可能になります。
献金で枠を設けてもらったり、企業として政治に口出ししたりと』
「なるほど、ですがやはり偏りが出るのでは? 本当に必要としている人の声までは入ってこないでしょうし」
『その通り、結局中途半端に金儲けの手段を教えてしまい、腐敗の温床になっているのが現状ですな』
「なんというか、泥縄ですね」
『政治というものは、人間の欲望の坩堝ですから。その中を泳いで行ける感覚が無ければ続きません。
政治の世界は人と人との折衝を繰り返し、自分の望む方向に世界を誘導していく仕事です。
法や金はその為の手段であると割り切らねば続けてはいけないでしょうな』
「そんなものですか……」
どこまでも先の見えない話だった。
わずか16歳でしかない彼女にとっては理解しきれていると言えるものではない。
ただ彼女は思った。
父が理想論に走ってたのも、こういう軋轢の中の政治というものに疲れたからなのかもしれないと。
ブレックス・フォーラーは面会に来たという男に会いに行きがてらセイラという少女を思う。
彼女は間違いなくジオン・ダイクンの娘だろう。
あの年齢にして理想の体現者足らんとしているかのような振る舞い。
そして、全てを見通すような鋭さが見え隠れする瞳。
彼の求める政治家として彼女は理想に近い存在であった。
だが、彼の理想と同じ方向を向いているのかは分からない。
彼の理想、それは政治中枢を宇宙に上げて宇宙市民にも投票権を与える事である。
地上の汚染は宇宙に人を送った結果回復の兆しが見えてきたものの、また人が増えつつある。
このままでは、いずれ第二回棄民が実行されるだろう。
それまでに、彼ら自身が宇宙に上がり宇宙で生活するという事がどういう事なのかを理解しなければならない。
政治家が卓上の資料のみで分かった気になって行う政治ほど空しいものはないのだから。
それを行うためなら多少ダーディな方向にシフトしてもいいとすら彼は思っていた。
「だが、今は不味い」
ジオン・ダイクンが声を上げた事をきっかけとして色々な方向に波及している宇宙市民の動き。
それらは良い方向に向かおうとするものもあるが、悪い方向に向かおうとするものもある。
中でもザビ家の行動は最悪だ、現在宇宙市民に参政権を与えようという政治家達の動きを悉くダメにした。
同情票等もあるが兎も角、市民の平等という観点からの動きはそこそこ進んでいたのだ。
その証拠がリベラル派の連邦議員の派閥化。
それなりの規模になりつつあったが、今回の件で縮小する事になるはずだった。
セイラ嬢のおかげで持ちこたえられる可能性が出てきたのは喜ばしい事ではある。
ただ、彼女におんぶ抱っこになってしまう訳にもいかない。
何より、政治的方向性がまだ定まっていない彼女をどの様にすべきかという問題もある。
プロパガンダの看板役だけとなるか、彼女をリーダーに据えるか、あるいは派閥の中の一議員で落ち着けるか。
ある程度国民の信頼を得られれば彼女は連邦大統領にすら手が届くだろう。
そのくらいの期待がジオン・ダイクンにはかかっていたのだ。
「今考えても仕方ないか」
考えが深みにはまりそうになったので首を振って一度思考をリセットする。
今向かっているのは、陸戦部隊で囲った外円辺り。
暴動関係の人間が特攻してくる可能性も否定できない危険地帯だ。
思考の海に沈んでいる暇はない。
「ここか?」
「ハっ、一応テント内で待たせています」
「案内してくれ」
「ははっ!」
案内されたのはテントといっても上だけ日差し除けがしてあり、机と椅子が置かれている場所だ。
宿泊目的でもないのだから当然ではあるが、現状車両によって囲ってあるが襲撃を警戒しての事だろう。
陸戦部隊はこうやって少しづつ安全を確保しながら進軍していた。
暴動に対する対処は基本的によけるだが、面倒な相手は動きを止めたり、中には警棒で殴って止める事もある。
最悪ゴムスタン弾やフラッシュグレネード等も用意しているが、今の所出番はない。
単にまだ政庁まで距離があるせいという事もあるだろうが。
そして、テントの椅子に座って背広を着た男が出された茶を飲んでいた。
それを見て、ブレックスは思う。なんとも印象に残る男だなと。
顔付きはワイルド系の二枚目と言っていいだろう年齢は三十台だろうか。
少し癖っ毛ではあるものの、アジア系の顔つきにしては堀が深い。
体つきは軍人でも通る様なごつい男である。
「お待たせした。私はブレックス・フォーラ」
「もしかして連邦議員の!」
「ああ、その通りだ」
「それはそれは、お会い頂きありがとうございます」
少し調子外れな傾向にあるものも、悪気がある様には見えない。
何より、笑顔を作るのがうまい、ブレックスは得な男だなと思った。
「私貿易商をしておりますジャック・アーシタと申します」
「よろしく。それで早速だが君の目的を聞かせてもらっていいか?
こちらは見ての通り周辺調査をしながら政庁に向かっている最中でね、あまり余裕はない」
「ありがとうございます」
ジャック・アーシタと名乗った男は笑みを浮かべながら、眼を鋭くする。
一瞬だったが、ブレックスも政治の世界にいる者だそういった機微はある程度わかる。
「簡単に言うとですね、お願いがありまして。
もちろん、そちらの行動を遅延させることになりますからその分のメリットも提示しますよ?」
「ほう」
ブレックスは面倒な交渉になりそうだと緊張を新たにした。
あとがき
いやー、まさかシャングリラ内部の話で1話まるまる使って終わらないとは。
心理描写やりすぎかなー(汗)
とはいえ、艦隊戦と同時進行なんでやらないわけにもいかず。
もう少しだけ続くんじゃよ...ort
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