「大尉、やるのですか?」

「……任務は任務だ、本国に帰れなくなるぞ」

「分かっているつもりですが……」

「アンディ……」


口元に白い髭を生やした年配の男がアンディと呼ばれた男に言い淀む。

今回の任務はいわゆるテロである事は解っていた。

罪のない止までは言わないが、関係のない一般人を数千、下手をすれば数万は巻き込むだろう。


「アンディ、貴様はビル街の警戒に当たれ。お前には任せられん」

「それは……いえ、はい了解しました!」


アンディと呼ばれた男は一瞬任務の配置転換について反論しようとするが、

目の前の男が不器用なりに気を使ったのだと理解しているので反論を辞めた、引き金を引く役割を変わってくれたのだ。

彼らのリーダーであるハーディ・シュタイナーと言うのはそういう男であると理解している。


「……ふぅ」


アンディがビル街を監視できる場所へと移動したのを確認してハーディ・シュタイナーはため息をつく。

この戦争がジオン公国独立のためのものであると理解してはいる。

大規模な殺戮を伴うのは国力差を覆すためである事もだ。


それを承知で志願したのかと言われればそれは違う、彼らにはそれしかなかったのだ。

軍は最初からジオン軍であった訳ではない、サイド3防衛隊や工作部隊、情報部等いろいろな部隊は全て再編された。

ザビ家による支配において一本化した方が管理がしやすいからだろう。

だが、この再編の際に軍を足抜けする事は出来なかった。

何故なら、スパイの可能性を疑われるからだ、ザビ家の者たちは用心深い。

彼らの目に留まったら彼らの役に立つ事を証明するか排除されるかしかない。


そして、工作部隊に属していたサイクロプス隊はMS等の新しい技術に関する訓練を受け各コロニーに何度も派遣されている。


形としては一応キシリアの系統に属してはいるが、実際の所派閥入りしているわけではない。

だがそういう事にしておかねば粛清の対象になりうる可能性すらあった。

実際、ラル隊の様に各地の不穏分子を処分するために派遣され戦果を着々と稼いでいるにも拘らず左官にすらなれない者もいた。

青い巨星と言えばジオンでも知らぬ者はいない程であるにも関わらずだ。


派閥の外苑当たりに位置するのが彼らの生存戦略であったが、それは逆に権力から遠いという事でもある。

結果派閥の依頼を断る事が出来ない状態になっているのが彼らの弱みだ。


「しかし、サイド1政庁をやってくる連邦軍ごと吹き飛ばす事になるとは……」


ハーディはジオンが後々まで残虐性を語られる事になるのは疑いが無いと思った。

借りにも自分の所属する組織は正義であってほしいのが人情だが、世界の敵となっているのではないかという不安がある。

コロニーに核攻撃をしようなどと考える悪魔の所業、コロニーを弾頭として地球落とすのはもう邪神か何かだろうか。

ここまでやって、もし負けたならジオン国民が皆殺しにされても文句は言えないだろう。

その片棒を担ぐ羽目になった事は彼にとってもストレスだったが、任務は任務、果たさねば味方に殺されるだけだ。

行くも地獄戻るも地獄である以上、進んでいくしかないのである。


「どうします? MSは組み立て終わりましたが」

「入室前にノックしろと言ったぞミーシャ」

「申し訳ありません、隊長殿!」

「……もういい、酒は抜いておけよ。もう2時間程度で作戦開始だ」

「了解しました!」


税関をすり抜けるための組み立て式MSは4機運び込んでいる。

急増なので通常のザクと比べて性能が落ちるのが難点だが、どこにでも運び込めるのは助かる。

何せ、脱出の時はコロニーに穴が開いている可能性が高い。

下手に外に出ると空気を失って死ぬ事になる。

MSで脱出するしかないのだ。


「ガルシア、ホアン設置は問題無いか?」


ミーシャが出ていくのを見守り、ハーディは通信で両名に呼びかける。

現状、サイド1政庁は既にシンパによって大部分が占拠されている状態にある。

ギレン総帥の考えた洗脳システムは秀逸で、実際傍目から見ている限り悪質な詐欺行為でしかないが本人らは正義に燃えている。

正義の名のもとになら何をしても許されると思っている、いや正にジオン軍の状況もまた同じなのだが。


そんな彼らが政庁に突入したわけだが、流石に警備や警察等の組織も彼らを殺す選択は取れない。

皆普段は普通の一市民でしかないのだから、彼らが守るべき人たちだ。

だからこそ、攻撃の手は緩くなる、せいぜい盾で防ぎ警棒で叩いたり、催涙弾やフラッシュボムの様な非殺傷の武器を使うくらい。

それは確かに有用だが人数が万に届くともなれば対処しきれるものではない。


その結果として、現在は政庁の重要部分を除く一般フロアはシンパが占拠状態になっている。

重要区画を落とせていないのは隔壁等で隔離されているからだが、別段こちらの目的ではないのでどうでもいい。

重要なのは、彼らが政庁を占拠状態にありそれを取り戻すために連邦軍が来ているという点だ。

この状況で、政庁の床から宇宙への穴が開けばどうなるか。

ハーディは考えたくもなかった。



機動戦士ガンダム〜転生者のコロニー戦記〜





第二十四話 ジャック・アーシタ



車両の中で待っていたセイラは、突然のまぶしさに無線らしきものが点滅して音を立てているのを知った。

思わず無線を取ると、ブレックス議員がスクリーンに映し出される。



『セイラ君いいだろうか?』

「どの様な御用でしょうか?」

『我々に頼みがあるという人が来ているんだが、会ってみるかね?』

「頼み……ですか?」

『正確には軍にではあるが、我らの目的は君を政庁に送り届け、メッセージを発信してもらう事だからね。

 君の意見を取り入れるのは当然だろう?』

「そうでしょうか?」


セイラは自分はお飾りとして連れてこられたと思っていた。

無論、ジオン軍を止めたいと思っているのは本当だ。

そのために、ダイクンの血筋である自分が必要なのもわかっている。

しかしそれ以外の面においては、基本的に何もできない小娘でしかない。

その自分に対し意見を求めてきたという事の意味を考える。

そして、彼女は一つの結論を出した。


「会わせてください」

『わかった、では来てもらう事にしよう』

「お願いします」


画面上で会話する可能性もあったが、どやらこちらに呼ぶようだった。

画面に少し映ったその男は確かに一般人の様ではあったが、何か普通とは違う雰囲気をまとっているようにも見えた。

セイラは緊張を覚えたが、首を振り落ち着きを取り戻す。


「どういう意図で来たのか、それが問題ね」


ほんの数分で車両まで来たと警備の兵が伝えてきたためセイラは扉を開ける。

入ってきたのはブレックスと不思議な雰囲気を持つ男だった。

姿形は普通の背広を着てその上からコートを羽織っており、特別何か変わった感じはしない。

だが、不思議と人目を惹く雰囲気を持っていた。


「突然お邪魔して申し訳ありません。

 私は小型船によるコロニー間の貿易を行っているジャック・アーシタと言う者です」

「どうも、私はセイラ・マスと言います」

「セイラ・マスさん、マス家と言えば確か10年ほど前にあった亡命騒ぎの時に聞いた名の一つでは」

「よくご存じですね」

「こういう商売ですから情報は命綱でしてね。取引先以外でも、印象に残った出来事や珍しい名前は記憶しています。

 マス家はそのどちらもに当てはまったのでよく覚えていたというだけの事ですよ」


そうやって頭をかきながら笑うジャック・アーシタと言う男は特に裏表を感じない。

ただ、コロニー間貿易に手を出している以上は彼もまたやり手なのであろう。

セイラーは微笑み返すが心の中では緊張していた。


「私は今の所はただのお客さんでしかないですが、

 ブレックスさんが連れてきたという事は私も聞いておくべき何かがあるという事ですね?」


ブレックス・フォーラーに対しセイラは少し詰問区長で問う。

正直なんなのかさっぱりなのだから当然と言えばその通りだろう。

だが、返すブレックスの言はシンプルなものだった。


「彼のいう事を聞けば時間がかかる。そうすると政庁へ向かうのが遅れる。

 君はどちらを優先したいのか聞きたいと思ってね」

「それは…」

「君の事を知っていた彼も、軍の司令官もここにはいない。

 そしてこの場で一番権力を持つのは君だよセイラ君」

「どういう意味ですか?」


ブレックスの返しの言葉に戸惑いを隠せないセイラ。

セイラにはその覚悟はない、権力には責任が付きまとう。

それがどういう方向であれ果たされているからこそ連邦は続いているのだろう。


彼女の父であるジオン・ダイクンは夢を見せた地上の人間達と同等以上の存在になれるという。

しかし、それを彼は投げっぱなしにしたせいで夢を妄信する者と必死で否定する者がぶつかる羽目になった。

つまり、ジオン・ダイクンは権力を正しく使う事が出来なかったのだ。


そして、膨れ上がる暴走を沈めて見せたのがザビ家となるわけだ。

もちろん、それを戦争への原動力としたザビ家は決して許していい存在ではない。

だが同時にセイラを含むダイクンの血筋はザビ家に責任を押し付けたという結論にもなるのだ。

そんな彼女がそれでもこの場に来たのは、売り言葉に買い言葉と言う面もあるだろう。

だが同時に、この戦争を引き起こした責任の一端が彼女自身にもあると考えているからに他ならない。


「君は知らねばならない。皆が何を考えているのかを」

「皆が、ですか?」

「ああ、この場合の皆とは軍であり、暴徒であり、市民達だな」


セイラはブレックスの言う事を一部理解し、しかし難解である事もよくわかった。

今回彼女が訴える主張は世界へ向けてのものである、が同時に誰に伝えるべきものであるのかと言う事だ。

軍、暴徒、市民。

それぞれに立場が違うし、考えの根底にあるものも違う。

大別してすらそうなのだ、個々人まで遡れば千差万別だろう。

そこに己の主張を届かせるには、伝える言葉を選ぶ必要がある。


「会わせてください。それが戦争を止める事につながるなら」

「そこまでは保証できんがね。さて入ってきてくれ」

「はい」


入ってきたのはコートの下に背広を着た癖っ毛ではあるものの、あまり特徴を感じない男だった。

しかし、その割には空気というか雰囲気をまとっていた。

警戒心をあまり抱かせないとでもいうべきか。


「初めましてお嬢さん。私はジャック・アーシタ。

 貿易会社に勤めている貿易商だ」

「初めまして、私はセイラ・マスよ。元身内の不始末をどうにかしたいと思っているわ」

「身内の不始末か。確かに大変そうだね」

「ええ……」


元身内と言ったのを身内で返されたセイラは少し戸惑った。

わざとにしては自然ではあるが、意図的に無視されたのかと思考が偏る。

その瞬間に、ニコリと害のない笑みを返し、そして一言。


「すまないね。何か複雑な事情なんだろう。今は聞かないよ」

「ありがとう」


今は聞かないという事の意味をセイラはとらえ切れていない。

そのうち分かる事だと流されたのだと理解していたらここまで落ち着いていないだろう。

それこそが彼の本題であった。


「今現在、政庁はデモというか実質的にはテロリストに扇動された暴徒が占拠している状態にある」

「そう聞いています」

「君たちがどういう理由で来たのかは知らないが、

 軍を進め暴徒を鎮圧しテロリストを排除して政庁を取り戻す事は変わらないと思う」

「そうなるでしょう」

「だがそれをされた場合、恐らくだがコロニーに穴が開く可能性がある」

「!?」


セイラは驚きの表情になるが、ジャックは表情も変えず話し続ける。

さらなる驚愕の事実を。


「実は、7日前私が貿易港で取引をしていた時に、貿易商を名乗る男が荷物を引き取っているのを見ている。

 私はこれでもシャングリラでは頻繁に港にいっているからね。

 港の3番ゲート付近を出入りする業者とはだいたい知り合いなんだが、見たことも無いマークの業者だった。

 そして、その荷物の一部に特殊なマークが付けられているのを確認している」

「特殊なマーク?」

「黄色に赤の扇風機の様なマークさ」

「黄色に赤の扇風機……放射性物質の」

「なんでも大学で使うとか言ってたと思うが。その大学は工学系ではないからね。

 確定とまではいわないが、かなり疑わしい話だと思うよ?」

「……」


彼はシャングリラ政庁に核爆弾が設置されている可能性がある事を示唆しているのだとセイラは理解した。

核爆弾なら、コロニーに穴が開くだけで済むはずもない、空気が漏れる穴をふさげないレベルになるだろう。

下手をすればコロニーがへし折れる可能性すらあった。


「ブレックスさん私たちが遭遇した現地組み立て式のザクの件と繋がっていると思いますか?」

「かなりの確率でつながっているだろうね、このまま我々が現地に踏み込んだ瞬間爆発する可能性が高い」

「……」


セイラは呆然となった、ここまでするものかと。

しかし、この場にノゾムがいれば恐らく納得していただろう。

核バズーカを使ってコロニーを破壊するのを厭わないのだから、保険も掛けるのは当然だ。

意識誘導があったとしても従うと宣言した相手が裏切る可能性は考えているだろう。

そして、セイラ達こそがその原因になりかねないと理解しているなら嫌がらせの一つも仕掛けて当然であると。


セイラはノゾムと違い原作知識等無いし、ジオンがどのくらい悪辣な手に出ていたかも知らない。

なので、今までは心のどこかで理解できると思っていた所もあった。

しかし、ここまでやる相手に話が通じるのかを考えて思わず首を振った。

優先順位が違うのだと、今現在はこのコロニーに被害を出さない事が第一だろう。

セイラがいくら正しい事を言おうと聞き手が聞く耳を持っていなければそれまでである。

だとしても、核を使われるわけにはいかない。


「ジャックさんは何か方法があるの?」

「はい、港区の代表に会ってほしいのです。

 彼と我らが共闘できればきっと色々な面で支援が可能であることは保証しますよ」

「なるほど、ブレックスさんはどうですか?」

「聞くまでもないね、検証するにしても安全な場所に越したことはない。

 出来れば引き受けてほしいよ」

「……わかりました。行きましょう」


セイラはまだ頭の中を整理しきった訳ではない。

しかし、このまま何もわからず動く事は出来ないのは事実だった。

出来ればランバ・ラルにも相談したい所ではあったが、今聞くのはそれはそれでまずい。

連邦軍中佐ではあるものの、過去の事を知っていれば嘘は簡単にばれるだろう。

せめて、ジオンがというよりザビ家がそんな事をする様な人間なのかだけでも知りたかった。


「私は号令をかけて来るとしよう。ジャック君も来てくれるかね?」

「喜んで案内させてもらいます」


そう言って2人は出ていく。

ふとセイラは気づく、自分の立ち位置はどこだろう?と。

ジオン・ダイクンの娘、連邦の医者の卵、スペースノイド初の議員候補、ジオン公国の落伍者、16の小娘。

それらはあくまで状況が生み出した立場に過ぎない、その中のどれを選ぶのかそれとも使い分けるのか。

16歳の彼女には重すぎる話であった。


「そうか、彼はそういう事」


同時に閃いたこれは直観と言えばいいだろうか、恐らくヤシマ・ノゾムも同様に立場に振り回され四苦八苦している人間。

だからこそ、彼女にとって苛立たしく、しかし、どこかで共感もしているのだろう。


「思ったより小物なのかもしれない」


そう思考を動かしふっと微笑む。

今まで彼が異様な存在に映っていたのは間違いない、確かに言ってる事は正しいが、その正しさが苛立たしい。

こういうものを何と呼ぶのか、セイラはきがついた。


「同族嫌悪と言うやつなのかしらね」


それを知った事で、彼女はヤシマが何を考えているのか少しだけわかった。

彼はきっと、責任からさっさと開放されたいのだ。

だが、それでは世界がどうしようもない方向に進むのが目に見えている。


「ふふっ」


そうしてようやく彼女は心の余裕を取り戻す。

流されていたのが何故なのかわかった、選択肢がある様で無かったのだ。

だが、それはヤシマ・ノゾムが良かれと思って敷いたレールで、それを外れる事は死の危険を伴う。

それでも彼女は……。


「自分の事は自分で選択しないと」









あとがき


今回は難産でした、スランプ気味とでもいいますか。

セイラの感情表現や言葉遣いは上手く行ってない感じがします。

ただ都合後1回はシャングリラ編もやらないといけないんですよね。


正直、私の考えているギレン・ザビはかなり周到なタイプとして書いています。

だから、事前のコロニーへの色々な仕込みが大量にある感じですね。

艦隊戦とかはそこそこできますが、仕掛けを用意してハメるのが基本戦術ではないかと。

一週間戦争の経緯やコロニーレーザー、戦後なんでか人気になるジオン等を考えるとそうなる気がします。


ファンの人たちはよくザビ家が死んだから償いは完了しているとか、

人が増える速度が異常だから死者が沢山出ても仕方ないとか言います。

でも、それってジオン内部ではそうってだけの話で、連邦から見ればそれでいい訳がないんですよね。


連邦が圧制を強いていたとしてサイド3の人間が戦前に何人死んだんでしょう?

例え今の設定での全人口1億5000万の半分が殺されていても7500万ですよね。

対して連邦は50億の死者が出たんですから、ジオンだけが恨みで行動してる意味不明な状況が気になって仕方がないんですよ。


その裏を考えると、親ジオン派ばかりをわざと残した可能性を考えます。

ギレンは戦争を通じて敵対する可能性のある人間と味方になりうる人間を分けて殺したという事です。

もちろんあり得ないですよ現実に考えると、でもそうとでも考えないとその後の世界観の説明がつかない。

だから、一般人を扇動し洗脳しジオンのシンパに仕立て上げた所が残っているという風に考えました。


なので、現状が余計に複雑化してるわけですがね(汗

それでも、なんとかこの戦いの終わりは見えてきましたので頑張ります。



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