IS〜インフィニット・ストラトス〜
自由の戦士と永遠の歌姫
第六十九話
「姉の役目が終わる時」
一夏を賭けた千冬と箒の戦いは激戦となっていた。この誰もが予想していなかった試合展開に、言葉を発せる者は居らず、呆然としている者ばかりだ。
方や世界最強の座に君臨していたブリュンヒルデの千冬、方やISを生み出した大天才の妹でしかない発展途上の箒、試合の結果など火を見るより明らかな筈だったのに、箒は千冬を相手に押されながらも善戦している。
「はぁああああ!!!」
「剣筋が甘い!」
二刀による手数で勝負をする箒に対して、一刀のみの千冬は余裕で捌いているのだが、はたして学生の何人が今の箒みたいに千冬相手に此処まで粘れるだろうか。
機体の性能だけではない。箒は千冬にも負けない気持ちがあるからこそ、此処まで戦えるのだと気付く者は事情を知る者以外だと何人いるのだろうか。
「そろそろ終わりにしてやろうか・・・」
千冬の呟きと共に、暮桜・真打の動きが止まった。それが何を意味するのか理解した箒は同じく動きを止めて、紅椿に呼びかける。
【単一仕様能力:絢爛・零落白夜、発動】
【単一仕様能力:絢爛舞踏、発動】
暮桜・真打と紅椿が黄金の光に包まれ、これまでに消費したシールドエネルギーが全快する。両者とも、単一仕様能力を発動した証だ。
「うぉおおおおお!!!」
気合と共に、千冬が二重瞬時加速に入った。
今の千冬の攻撃は中れば不味い、バリアー無効化攻撃が含まれている今、中れば絢爛舞踏を発動している紅椿でも危険なのだ。
「はぁあああああ!!」
だから、両手の刀を握り締め、瞬時加速(イグニッションブースト)に入る。迫り来る千冬の姿は殆ど見えない、だがこれまでの鍛錬で培った勘が千冬の気配を明確に捉え、持ち前の反射神経を生かしてクロスした雨月と空裂で雪片壱型を受け止めた。
「くっ!」
「グゥッ!」
力押しによる鍔迫り合いになったが、お互いにそんな事を長くしているつもりは一切無い。だから千冬は両手の力を抜いて、箒のバランスを崩し、回し蹴りから斬撃に繋げようとした。
しかし、それよりも早く箒が動いていた。剣筋をずらしながら回し蹴りを入れて、更に千冬の背後から射出していたビット二つで背中を切りつける。
「がぁっ!? くっ・・・やるではないか、小娘」
「いえ、まだまだ行きます!」
「調子に乗るな!!」
ダメージを与えた事でチャンスと見た箒がたたみ掛けようとするが、千冬が撹乱加速を発動して分身した。
勿論、同じ手を何度も受けるほど箒も弱くは無い。両手の二刀と、二つのビットで四人に分身した千冬の攻撃全てを受け止めた・・・筈だった。
「きゃあああああ!?」
だが、五人目の千冬のバリアー無効化攻撃の直撃を受けてしまい、紅椿のシールドエネルギーが残り63まで減らされてしまうのだった。
「ふん、中々粘っていたが、まだまだ貴様は弱い。その程度で一夏の隣で一夏を支え守るなど不可能だ」
今までは千冬が世界最強の肩書きと力でもって一夏を守ってきたのだ。そしてこれからも、どんどん危うくなっていく一夏の立場、存在、その全てを千冬は守る覚悟を持っている。
「貴様に、その覚悟があるのか? 箒」
「・・・あります」
「本当に覚悟があるのか? まだ小娘の貴様に、どれだけ大きな覚悟が必要なのか、理解など出来る筈も無いのに」
「あります! 私は、一夏の為なら世界だって敵に回す覚悟がある! 一夏の為なら姉さんが変えたこの世界ですら壊す覚悟が、私にはあります!!」
姉は己の為に世界を一度壊した。なら、妹の自分は愛しい男の為に世界を壊す覚悟を持とう、それが箒の誓いだ。
「なら、次の一撃にその想いの全てを込めろ・・・でなければ、貴様の想いごと私が紅椿というお前の力を、破壊する」
「っ! 望む所です!」
雪片壱型と、雨月が構えられた。
お互いに一刀の、技も何も無い、ただの一撃になるだろう。その一撃に、千冬も箒も、己が背負う覚悟、想い、誓いの全てを込める。
「「はああああああああああああ!!!!!」」
二人とも同時に瞬時加速に入り、上段から、下段から、己が魂である刀を振る。
二振りの刃は互いに交差して、雨月は暮桜・真打の胴体に入りシールドエネルギーを290まで減らし、雪片壱型は紅椿の胸の装甲を切り裂いてシールドエネルギーを0にした。
【紅椿、シールドエネルギーエンプティー。勝者、織斑千冬】
試合は千冬の勝利だった。だが、千冬の表情は勝者のそれではなく、何処か憑き物が落ちたと言わんばかりの微笑みが浮かんでいる。
「ふん・・・まぁ、良いだろう」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・え?」
今の一撃で体力の殆どを使い果たしてしまった箒が息を荒くする中、小さな声だが聞こえた言葉、その意味を問おうと顔を上げた時には、千冬はピットに向っており、背中しか見えない。
「あの! 千冬さん・・・?」
「・・・・・・及第点だ、これからも精進して、あの馬鹿と二人で支え合える様になれ」
僅かに振り向き、フッと笑いながら残した言葉、それは・・・認めたという事だろう。
千冬はそれ以上、何も語らずピットに戻り、残された箒はフラフラしながら自分が出てきたピットに戻ると、出迎えてくれた一夏に紅椿を消しながら抱きついた。
「一夏! 認められた・・・認めてもらえた!!」
「ああ、見てたぜ・・・やっぱ凄いよな、箒は。俺もお前に吊り合う男になれる様、頑張らないとな」
「・・・大丈夫だ。寧ろ私がお前に吊り合える女にならないと駄目だ」
「そっか・・・なら、二人で頑張ろうぜ」
「ああ」
お互い、これからもっと強くなると誓い合いながら、千冬に認められて初めてのキスを交わす。今日という日は、一夏は箒の為、箒は一夏の為、今まで以上に強くなると、決意した新たな日になるのだった。
ピットに戻ってきた千冬が暮桜・真打を待機状態に戻してシャワー室に向おうとした時、同じくピットで待っていた束が近づいてきたので歩みを止めた。
「お疲れ様、ちーちゃん」
「ああ……。束、お前の妹は強いな」
「ん〜? そりゃ束さんの妹ですから! そんなの当たり前だよ〜」
「そうだったな、箒はお前の妹なのだったな・・・」
箒が放った最後の一撃を思い出す。あの一撃に込められた箒の想いの大きさ、それを感じ取った時、何となくだが悟ってしまった。
今まで守ってきたつもりだった弟と妹分……一夏も箒も、もう千冬や束に守られているだけの子供ではないのだという事を。
「でもでも〜、ちーちゃんってホントに素直じゃないよね〜」
「・・・何が言いたい」
「だって〜、実は最初から箒ちゃんの事を認めていたのに、態々こんな事までしちゃうんだもん。いっくん大好きなお姉さんは大変だよね〜?」
「・・・・・・」
「にゃああああ!? 痛い痛い痛い痛いぃ〜!! 束さんの天才脳が潰れちゃうよぉ! 潰れたトマトみたいに愉快でスプラッタな事に!?!?」
束の頭をアイアンクローで絞めながら、一夏と箒の姿を思い出す。
今までは、二人同時の姿を思い出すと幼い頃の二人の姿しか浮かんでこなかったのに、今では成長した今の姿の二人が浮かんでくるのだ。
恐らく、自分でも気付かない内に弟は姉離れをしていたのだろう。だというのに、肝心の姉である自分は、未だに弟離れが出来ていなかったなんて、随分と滑稽な話だこと。
「きゅぅ〜・・・・・・」
「む? 何だ束、こんな所で寝ては風邪を引くぞ?」
「ちーちゃんの所為だよ〜・・・」
「お前が余計なことを口走るからだ馬鹿者」
束の事は放置して、シャワー室に向った千冬、その足取りは何処か軽く、表情は息子の門出を祝う母親の様なものだったのは、言うまでも無いだろう。
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