Fate/BattleRoyal
9部分:第五幕
今回、かなり・・改竄しております。特に・・雁夜さん・・・
第五幕
「フン・・・返せじゃと?どう言う了見を持ってじゃ。遠坂の娘は次代の間桐の為に遠坂家から正式に引き取った養子じゃぞ?間桐の継承を拒んだ貴様がどうこう言える立場だと思っておるのか」
雁夜の要求を臓硯は無論、一蹴に附した。
「それにしても雁夜よ。よもや、貴様のような落伍者が独自に魔術の修練を積み、挙句に令呪を宿し、こうしてサーヴァントを従えて来るとはのう・・呵呵呵呵呵ッ!鶴野の子にはとうとう魔術回路が宿らなんだ事で間桐純血の魔術師は途絶えたと嘆いておったが、なかなかどうして、捨てた物でもなかったか」
臓硯は愉快そうに笑うが、雁夜は勿論、それに付き合う気は毛頭なかった。
「寝言は寝てから言えよ、吸血鬼。お前が今更、間桐一族の存続に拘っているとでも?要はあんたの腐った肉体を維持する為の贄が欲しいだけだろうが」
雁夜が侮蔑を込めて言うと臓硯は然りと頷く。
「儂が聖杯を手にし完全なる不老不死を手にするまでの繋ぎが必要不可欠だからのう」
「やはり・・・とどのつまりはそれが魂胆か・・・!」
雁夜は冷めた眼で妄執を抱える蟲の塊を見る。
間桐臓硯もかつては間桐家の始祖として高潔な理想を胸に抱いた人物であったと言うが、雁夜から見たコレは最早、生に浅ましく執着する餓鬼・・・否、かつてのマキリ・ゾォルケンと言う肖像画の成れの果ての残骸にしか見えなかった。そして、間桐一族はそんな残骸の私物としてその血肉を良いように吸い取られて来た・・
だが、それも今日で・・・終わる!
「だが、生憎とそれも今日で終わる。いや、間桐もあんたの妄執もこの俺が終わらせてやる。そして、桜ちゃんは葵さんの下へ返す」
キッパリと断言する雁夜に臓硯は含み笑いを浮かべて言った。
「ほう・・雁夜よ。暫く見ぬ内に大口を叩くようになったな・・・魔術を独学で身に付けサーヴァントを召喚した事で居丈高になっておるのか?」
「舐めるなよ爺ィ・・・修練は元より経験だって積んだ。何より、いくらあんたでも英霊に敵うと思うほど自惚れちゃいないだろう」
雁夜は不敵な笑みを浮かべて見せる。そして、バーサーカーも主の言葉で臨戦態勢をすぐさま取る。
「ほう・・・見た所、バーサーカーのクラスを呼び寄せたみたいじゃが、しっかりと手懐けとるみたいじゃな・・成程。修練と経験を積んだと言うのも強ちハッタリでもなさそうじゃ。しかし、雁夜よ。お主、遠坂の娘を救う事が目的なら些か、遅過ぎたようじゃのう・・・呵呵呵呵呵呵呵呵呵ッ!遠坂の娘が当家に来て何日目になるか、お主、知っておるのか?」
その言葉に雁夜は戦慄する。
「まさか―――爺ィッ!」
「初めの三日はそりゃあもう、散々な泣き喚きようだったが、四日目からは声も出さなくなったわ。今日などは明け方から虫蔵に放り込んで、どれだけ保つか試しておるのだが・・・呵呵呵、半日も虫どもに嬲られ続けてまだ、息がある。この分なら遠坂の娘の胎盤からはさぞ、優秀な魔術の因子が得られようて・・」
雁夜は憎しみすら通り越した殺意に肩を震わせる。これと同じような場面を雁夜は悪夢で見た事があった。その時の雁夜は何の力もなく、この外道の言うままにならざるを得なかったが、今は―――もう、違う!雁夜は瞬時に自らの魔術礼装である飛針を出す。そして、眼の前にのうのうと居座る妖怪爺に凄まじい殺気を向ける。
殺す・・・このバケモノ・・否!このクソ外道を一片残らず!
一方、彼の従者も怒りに声を半ば荒げる。
「外道が・・・ッ!」
「な・・なんとッ!?」
臓硯はバーサーカーが言語を話した事に度肝を抜くが、バーサーカーはそれも構わず続ける。
「大義の為でもなく理想の為ですらなく・・・唯・・己が命を醜く繋ぎ止めたいが為に無垢な少女を贄とするかッ!老害・・貴様はその果てに何を手にするつもりか?」
バーサーカーの怒気を込めた声にも流石に臓硯は何ら臆する事無く言った。
「フン・・サーヴァント風情に答える義務などないが、良かろう、答えてやる。儂の悲願は始めから唯一つ『不老不死の法』を手にする。この一点のみじゃ。呵呵呵呵呵呵呵呵ッ!」
その答えに二人は完全にぶち切れると同時に静かに悟った。この醜悪な蟲の塊を断じて生かしておく事はできないと!
「臓硯・・・確かに俺は遅すぎた・・・もっと早く・・・せめて、一年前までに貴様を葬っておくべきだったッ!」
雁夜は魔術回路を起動させ魔力を礼装の飛針に流し込む。
「外道・・貴様の言い分はよく分かった・・・・・貴様はここで朽ちろッ!」
バーサーカーも黒光りする大剣を・・・己の真の宝具『無毀なる湖光』を開帳し臓硯に向ける。
だが、老獪な怪物はこの劣勢にも拘らず、悠然とした態度を崩さなかった。そして、自分に襲いかからんとする雁夜とバーサーカーに言う。
「呵呵呵呵呵ッ!・・・お主ら一つ失念してはおらぬか?遠坂の娘には儂の刻印虫が植え付けられておるのだぞ」
その言葉に雁夜とバーサーカーは動きを止める。
「つまり、遠坂の娘を生かすも殺すも儂次第と言うわけじゃ。お主らがもし、儂に対し攻撃を加えた場合は・・・言うまでもなかろうな」
「爺ィ・・この期に及んで強がりは止せよ。それじゃあ折角、手に入れた『魔術師の胎盤』と言うあんたの目論見も水泡に帰すぞ」
雁夜は懸命に言葉と正論で臓硯を牽制するも臓硯は意にも介さない。
「ふむ・・確かに遠坂の娘の素養は稀な物・・・簡単に代用が利くわけではない・・・が、かと言って儂の命と引き換えにできる程の物でもないでなあ。呵呵呵呵!」
「ぐっ・・!」
雁夜は歯噛みする。
そうだった・・・この妖怪爺が自分以外の者になど関心を持つわけがないじゃないか!桜ちゃんを欲する理由だって突き詰めれば自分の腐った願望を成就させる為の繋ぎ・・・道具でしかない・・・ならば、自分の命が脅かされれば当然、それと引き換えに道具を破棄する事くらい、この爺ィは平然とやってのける・・・何故、俺はそんな簡単な事に考えが及ばなかったんだッ!!
雁夜は己の迂闊さを呪いながら、棒立ちするしかない。バーサーカーも同時に武器を下す。臓硯はその様子を満足げに眺めて口を開く。
「さて、雁夜よ。お主の研鑽の程はこの爺も感服したわ。バーサーカーをここまで従えるのみならず、よもや、理性を残したまま召喚するとは・・・そこで物は相談じゃが、お主、此度の聖杯戦争で間桐の魔術師として参加せぬか?今のお主の技量ならば聖杯を勝ち取る事も夢ではなかろう・・・それによってお主が聖杯を獲れたなら遠坂の娘を解放する事も吝かではないがのう・・呵呵呵呵呵呵呵呵呵ッ!」
その厭らしい笑い声に雁夜は全身が総毛立つ程の殺意を改めて、このバケモノに抱くが、手も足も出す事ができない。そんな中、バーサーカーが念話で雁夜に語り掛ける。
(我が王・・・・雁夜殿、耳を貸してはなりません。この老害は貴殿を骨の髄まで利用した挙句に葬るつもりです!)
サーヴァントにそう諭され雁夜も念話で頷く。
(ああ、分かっている。今は・・・今はチャンスを見つけるしかないッ!)
しかし、そうは言ってもどうすればいいのか雁夜には全く分からなかった。このまま桜を人質に取られ続ければ雁夜は結局、あの悪夢の通りに、この蟲の塊の言うままになるしかない!
焦る雁夜に対し臓硯は急かすように言葉を続ける。
「どうした?黙っておらんで何か言え。答えは是か否か・・・儂は気が短いでな、このまま沈黙を続けるようならば遠坂の娘は―――」
「答える必要などないよ間桐雁夜」
突如、第三者の声が介入し、その場の三人は一斉にその声のする方へ向くとそこには黒のロープを羽織った銀髪の少年―キャスターが佇んでいた。そして、彼の腕には―――
「桜ちゃんッ!!」
雁夜はキャスターの腕に抱えられ毛布に包まれた桜の姿を確認し大声を出す。一方、臓硯は何故、キャスターが此処にいるのかよりも何故、今の今まで気付かなかったのかと驚嘆していた。
「き・・貴様、どうやって此処へ?それ以前に何故、この儂が今の今まで・・・ッ?」
臓硯が何時になく戸惑った声を上げるとキャスターは何でもないと言わんばかりに言った。
「何、大した事ではないさ。私は君などは足元にも及び付かない魔術師であると言うだけの事さ」
確かに、それはそうであろう。キャスターとは英霊に昇華された高名な魔術師だ。当然、現代の魔術師風情が敵う道理などない。
一方、雁夜はキャスターの腕に抱かれた桜に眼が行ってキャスターに喰ってかかる。
「貴様、桜ちゃんに何をしたっ!」
それに対しキャスターは朗らかに答える。
「そう息巻くな。若き魔術師よ。この子はもう大丈夫だ。体内に巣くっていた蟲どもは既に除去したよ」
その返答に全員が絶句する。特に臓硯は自身が丹精を込めて作った刻印虫がいとも簡単に除去された事に信じられないと言うように眼を剥いた。試しに桜の体内に巣くっているはずの刻印虫にリンクを繋げるが、反応がない。どうやらキャスターが言った事は本当だったらしい。呆然としている臓硯に彼はケロっと言った。
「少々、癖の悪い蟲だったが、子供騙しな業だったよ」
その言葉は臓硯にとっては屈辱以外の何物でもなかったに違いない。自身が生涯を賭けて必死で編み出した業をこのサーヴァントは『子供騙し』と評したのだ。
その時、居間のドアが破壊された。そこには勝利すべき黄金の剣を手にした奏がいた。その姿を見た雁夜は眼を見開く。
「か・・奏?どうして、ここに?」
「雁夜さん、お久しぶりです」
奏がそう平然と挨拶するのを雁夜は呆然と見る。
「我が王、お知り合いですか?」
バーサーカーに問われ雁夜は徐に答える。
「あ・・ああ、昔からの友人で弟分だ。けど、奏・・お前がいるって事はこのキャスターはお前の・・」
「はい、俺のサーヴァントです。でも、雁夜さんまで参戦していたとは思いませんでしたよ」
奏も少し、驚いたように雁夜の隣に控えるサーヴァント・バーサーカーを見る。だが、バーサーカーは奏よりも奏の手に握られた宝具に眼が行っていた。何故なら、それは自身がかつて、唯一無二、仕えた主君が持つべき剣であるからだ。
「キャスターのマスター、何故に貴公がその剣を持っている?それは―――」
バーサーカーが思わず問うとキャスターの声がそこに割り込んだ。
「何故と問うなら私が逆に君に問いたいね」
バーサーカーはキャスターの方を見る。すると、澄んだ碧眼がバーサーカーを見つめる。バーサーカー・・いや、ランスロットはそれを何処かで見たような瞳だと思った。そう・・これは―――と、考えかけて頭を振る。
何を馬鹿な・・・第一、この者とあの方とでは歳が・・・
その考えの途中でキャスターはバーサーカーに問うた。
「ランスロット、君とも在ろう者が何故にバーサーカーのクラスで現界している?と言うよりそれで何故、理性を残しているのだね?」
その言葉にバーサーカーは今度こそ悟ったように眼を見開いた。だが、それと同時に暫く余りの事に呆けていた臓硯が我に返り今度こそ余裕を失くしたように怒鳴る。
「貴様らッ!儂を無視して話を進めるなッ!!」
その声にキャスターは振り返って言った。
「おや?まだ、居たのかね?てっきり、とっくに逃げた物とばかり思っていたが」
その白々しい物言いに臓硯はますます苛立つ。
若造がッ!・・白々しい事を・・そのような隙を見逃すお前達ではなかろうがッ!まあ、それも普通の魔術師ならばの話じゃがな・・・呵呵呵呵呵呵呵ッ!
と、臓硯は再び悠然とした笑みを取り戻す。自分の身体を構成しているのは無数の蟲達。そして、自らの肉体はその中でも極小の蟲だ。加えて万が一に備え屋敷中に自分の新たな肉体を構成する蟲達が蠢いている。この肉体を一度、バラ撒き、それに紛れれば・・・
だが、そんな臓硯の浅はかな考えを見透かしたようにキャスターは言った。
「ああ、一つ言っておくが、屋敷に無数に蠢いていた蟲は一匹残らず、私のマスターが駆除したよ。勿論、虫蔵にいた蟲も含めてね」
「なッ!?」
臓硯は本当に今度こそ余裕を失くしたように呻き声を上げる。
「これで詰みと言う奴だ。とは言え、君には聞きたい事がある」
キャスターの問いに臓硯は訝しむ。
「聞きたい事・・・じゃと?」
「そうだ・・・冬木の聖杯戦争を考案した一人であり令呪のシステムを確立させた君ならば気付いているのではないか?この戦争がとっくに狂い始めていると言う事にだ」
その言葉に臓硯はキャスターの言わんとしている事を悟った。
「ほう・・・サーヴァント風情が嗅ぎつけるとはのう・・・そうよ、六十年前の第三次に置いて、アインツベルンのサーヴァントの不発召喚によって何かがおかしくなった。故に此度は参戦を見送ったのよ・・・しかし、お主、よくそれに・・・」
「元より百騎ものサーヴァントの現界などと言う異常事態が発生しているのだ。おかしいと思わない方がどうかしている」
「然りよ。儂に言わせれば遠坂の小僧もアインツベルンも馬鹿の集まりよ・・・前回の戦争による不発召喚で聖杯に何らかの異常が起こっている事は明々白日であろうに・・・」
キャスターはその言葉を聞くと暫し黙考した後に口を開いた。
「成程・・・知りたい事は分かった。貴重な情報提供を感謝する。では君には・・・そろそろ安らかに退場していただこうか」
キャスターが明らかな殺気を放って言うと臓硯は嘲笑う。
「フンッ!甘いわ!屋敷の蟲どもを殺したくらいで退路を断ったつもりか?笑止よ、この身体を無数の蟲にバラけさせ逃げ遂せてくぅ・・・ぬぁッ!?」
臓硯は自らの身体を構成している蟲に命令を伝達しようとしたが、蟲達が・・即ち、自身の身体のコントロールが利かない事に初めて気づく。
そんな臓硯にキャスターは言った。
「残念だが、逃がしはしないよ。私がと言うより・・・彼がね」
その言葉で初めて臓硯は雁夜の礼装である無数の飛針が自身の身体を構成する一つ一つの蟲に突き刺さっている事に気づく。さらに忌々しい事にその無数の飛針は自身の本体にまで届いている。
「かッ・・雁夜ァァッ!きぃ・・貴様ァァッ!!」
呻く臓硯に雁夜は冷徹に事実を言った。
「その飛針は俺の魔力を通す事で対象の感覚を麻痺し動きを止め、時には死に至らしめる物だ。そして、もう一つ効果がある。あんたが一番良く知っている効果がな・・・」
その言葉だけで臓硯は雁夜が言わんとする事に気づく。
間桐の魔術属性は『水』そして、その特性は・・・『吸収』ッ!
すると、臓硯の身体を形作る蟲の一匹一匹から魔力がズイズイと飛針に吸収されて行く。それは即ち、臓硯にとっては正しく『死』を意味するッ!
間桐から出奔した雁夜が十一年間をかけて血の滲むような研鑽を積み、ついに編み出した独自の魔術であった。
馬鹿なッ!この儂がこのような所で・・!それも・・それも・・ッ!こ・・こんな落伍者などにィッ!?
い・・嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!!儂は・・こぉ・・こんな所で・・・死にたく・・・なぁ―――
それが間桐臓硯・・・いや、間桐の始祖、マキリ・ゾォルケンの最後の意識だった。雁夜は全てが終わったと言う実感を持てず放心していたが、すぐにハッとなってマーリンに抱き抱えられている桜の下へ駆け、その姿を認めると瞬く間に息を呑んだ。無理もない。髪と瞳の色がすっかり変色し、表情も虚ろで明るかった面影は微塵も残されてはいなかったのだから・・・雁夜は震える手を彼女に伸ばそうとすると、それより先の桜が虚ろな声で口を開いた。
「雁・・夜・・・おじさん・・・?」
その声に雁夜はまたも息を呑みながらもどうにか淡い笑みを浮かべ力ない声で応えた。
「ああ・・・おじさんだよ。桜ちゃん・・・もう・・・もう、大丈夫だ・・・。遅くなって・・・・ごめん・・・ッ!」
その後に雁夜はとうとう嗚咽を漏らし自身を責めた。
俺は十一年間、何をやっていたんだ!?一度は背を向けた魔導に身を浸したのは一体、何の為なんだよ!大切な物を・・・大切な人達を守る為じゃなかったのかよ!!だが、現実にはどうだ!?無責任に家を出た後始末を先送りにした結果、何の関係もないこの子をこんな目に合わせて―――!!
更にそれを棚に上げて、時臣の野郎に責任転嫁して、挙句にそれを良い事に手前勝手な夢を見ようとして―――!自分に反吐が出る!!この・・・・大馬鹿野郎―――――ッ!!!
「ごめん・・・ごめん・・・ごめん・・・・ッ!」
雁夜はそれから何度も嗚咽混じりにそう言う事しか出来ず、膝をついて桜に謝っていた。その様子を他の三人はジッと見守っていた・・・・
それから暫く落ち着いた後に四人は話し合いの席についた。
「初めに礼を言わせてもらうよ。君らがいなきゃ桜ちゃんを救う事はできなかったかも知れない」
まず、雁夜が奏とキャスターに頭を下げて礼を言う。
「なに・・礼を言われる程の事はしていない。それよりも私達は君達に二三聞きたい事や頼みたい事がある」
キャスターがそう問うと雁夜が徐に口を開き聞き返す。
「何だ?」
「まずはそうだな、君達の聖杯にかける願いを聞かせてはくれないか?」
そう問われ雁夜とバーサーカーはそれぞれ答えた。
「俺の目的は桜ちゃんを臓硯から救い出し、どうしても一発はぶん殴ってやらなきゃいけない奴がいる・・・そいつも聖杯戦争の参加者だ。だからこそ俺はこの戦いに身を投じたんだ。別に聖杯その物が目的ってわけじゃない」
「私はこの戦争において召喚されるであろうかつての主君の願いを阻む為に現界した。我が王と同じく聖杯その物に用があるわけではない」
雁夜とバーサーカーの順で答えるとキャスターはフムと頷き言った。
「では頼みの方だが、この間桐邸にある聖杯戦争の記録書を見せてはくれないか?」
「あ・・ああ、別に構わないが」
雁夜はにべもなく了承する。
「感謝する」
キャスターが礼を言うと突如、バーサーカーがキャスターに声をかけた。
「お久しぶりです・・・」
その言葉に雁夜や奏は驚いたように眼を丸くする。唯一人、キャスターだけが溜息をついて諦めたような顔になる。
「バーサーカー、このキャスターをお前は知っているのか?」
雁夜が驚いたような声で問うとバーサーカーは頷く。
「ハッ、奏殿が使っていた宝具『勝利すべき黄金の剣』・・あの剣を宝具として持ち得るのは私のかつての主君とこの方だけです。ただ、私が知っている生前のお姿とは見違えるようでしたので半信半疑ではありましたが、こうして直接、話して確信が持てました」
その言葉に眼を丸くしていた奏も漸く悟った。己のサーヴァントの真名を・・・いや、本当はキャスターの過去夢を見て、宝具としてかつて、かのアーサー王が抜いた選定の剣を開帳した時から薄々、分かっていた。バーサーカー・・いや、アーサー王に仕えた円卓の長、サー・ランスロットが言うようにこの剣をアーサー王以外で宝具として持ち且つ魔術師のクラスと来れば該当する英霊なんて・・たった一人しかいないじゃないか。
唯・・・こんな少年の姿で召喚される物だから、すっかり先入観を持ってしまった。だが、今ならば分かる。このキャスターの真名は・・・
奏は呟くようにその名を口にする。
「ブリテンの史上最強の魔術師・・・マーリン・アンブロジウス・・・キャスター、それがお前の真名か?」
すると、キャスター・・・いや、マーリン・アンブロジウスは今までにない程、不敵な笑みを浮かべて言った。
「左様・・・この身は正しく最強の魔術師・・マーリン・アンブロジウスである」
とうとう自らの真名を明かしたキャスターにバーサーカーは跪いて謝罪を口にする。
「マーリン殿・・申し訳もございませんッ!この身は・・この身はッ!」
嗚咽を漏らすバーサーカーにキャスターは言った。
「ランスロット・・・詫びる事など何もない。私には勿論、アルトリアにも・・・いや、誰にだってないよランスロット」
その声はとても穏やかで少年の声とは思えないほど大人びていた。まあ、それも当然だ。このサーヴァントは自分達よりもかなり目上なのだから・・・
バーサーカーは相も変わらず嗚咽を続けている。キャスターはそれを何とか宥めている。奏と雁夜は暫く、自分達のサーヴァントのそんな様子を見守っていた。
そして、翌朝の事・・・間桐にあった聖杯戦争の記録を一通り読み終えたキャスターは一同と話し合いに移った。
「さて、時間もないので要点だけを言おう・・・この地に眠る聖杯・・・かなり不味いかも知れない」
キャスターの言葉に三人の間に緊張が走る。
「不味いって・・・具体的に何がだ?」
奏が開口一番に問うとキャスターは何時にない程、深刻な面持ちで報告を続ける。
「まず、その前に説明しておきたい事がある・・この聖杯をかけた戦いだが・・・現時点において、その優勝カップである『聖杯』は・・・存在しない」
その言葉に一同は今度こそ絶句する。
「ま・・待ってくれ!聖杯戦争って言うのは聖杯を手に入れる為の闘争だろ?なのに肝心の聖杯がないってどう言う事なんだ!?」
雁夜が思わず素っ頓狂な声で問うとキャスターは言葉をこう繋げる。
「聖杯を賭けて戦う・・・それは正確な表現ではないね。いや、と言うより・・・『戦う』必要すらないんだ。本来ならばね」
「「「なぁッ!?」」」
三人はさらに驚愕に眼を剥く。
「戦う必要がないって・・・・じゃあ世間一般には何で魔術師の生存戦なんて事になっているんだ?」
奏の疑問も尤もだ。戦う必要がないと言うなら何故、態々こんな殺し合いを?
その疑問にキャスターはこう答えた。
「それは単なる方便だよ・・・実際は本当に英霊同士を戦わせる必要なんてないんだ。唯・・適量の『七騎の英霊』を召喚すればたった、それだけで良いんだ」
「たった・・・それだけって・・・?」
雁夜も余りの事に二の口が告げないでいるが、本題はここからだった。
「そう・・たった、それだけ・・・召喚し自害させて初めて『聖杯』が出来上がる」
今度こそ三人の顔は凍りついた。
「マーリン殿・・・自害とは・・一体?」
バーサーカーが徐に問う。それに対しキャスターは静かに説明を続ける。
「要約すれば『聖杯戦争』と言う物のは『根源に至る』為の魔術礼装を作り上げる儀式であると言う事だ。聖杯と言う願望機は奇跡の業なんかじゃない。ちゃんとした方程式と等価交換を経て為す魔術儀式なのだ。
まず、冬木の地脈からマナを汲み上げサーヴァントを召喚できる程の魔力を六十年かけて蓄える魔法陣を描く。これを『大聖杯』と呼び、脱落したサーヴァントの魂を固定する機能を持った器を『小聖杯』と呼ぶ。
そして、英霊の座に帰ってゆこうとする七騎のサーヴァントを一気に解放する事で極大の孔を開け、その孔を小聖杯が暫し固定する事によって根源に至る。これが『聖杯戦争』の真の用途なのだそうだ。また、『万能の願望機』としての機能はその固定したサーヴァントの魂その物。つまり、七騎の英霊を召喚する真の意図は聖杯の中身を用意する事だったわけだ」
その事実に一同は皆一様に驚き戸惑い悟った。英霊を呼ぶ。その真の意味する所を・・・
「つまり・・・最後には自分のサーヴァントも殺す必要があるって事か?令呪はその為の・・・」
奏が簡潔に答えを口にすると雁夜は侮蔑も露わに吐き捨てた。
「よく・・考えた物だな・・・あのクソ爺ィ・・ッ!」
元々、一般人的な感性を持つ彼だ。如何に英霊と言う人外が相手でもその他者を利用するだけ利用して最後には殺すと言う如何にも彼が知る『魔術師と言う外道』その物な考え方に怒りを抑え切れないのだろう。
そんな中、キャスターは静かな声で皆に語りかけた。
「唯・・・皆、これは背景的な話だ。本当に深刻な問題は別にあると言っていい」
その言葉に皆は一様にキャスターの顔を見る。
「マーリン殿・・・深刻な問題とは如何なるものなのです?」
バーサーカーは凛とした声で問い、奏と雁夜も真剣な面持ちでキャスターを見つめる。キャスターは息を整えて本題を口にした。
「話は前回の第三次聖杯戦争にまで遡る。そう・・間桐臓硯も言っていた。アインツベルンによるサーヴァントの不発召喚にまでな・・・」
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