001 新たな世界秩序の構築と崩壊
西暦、2030年代、世界は混迷を迎えていた。その発端となったのは、台湾危機とそれに付随して行われた一連の戦闘であった。
本来新たな世界秩序を構築し、世界に平和と安定をもたらすことを目的にした巨大国家の成立は結局のところ世界に大きな混乱をもたらし、今なお深い傷跡を刻む結果をもたらした。
その新国家の名は、アメリカおよび太平洋諸国連邦(FederationofNorthAmerica&PacificOceanCountries通称米連)。メキシコを除くアメリカ合衆国とカナダの北米諸国、台湾、韓国、オセアニア諸国、東南アジア諸国からなる連邦国家である。やはり連邦加盟国の中で群を抜いて高い影響力を誇るのはアメリカ合衆国である。
連邦加盟国の立場は対等とされ、これまで通り国家としての主権を持つことに変わりはない。その上に連邦全体の行政、司法、立法をつかさどる連邦大統領、連邦最高裁判所、連邦議会、実務を担う行政機関を置き連邦全体の運営を担うとしている。しかし、連邦大統領が政務を行う官邸がホワイトハウスであるなどアメリカ合衆国の影響が強いことは明白だった。
確かに21世紀にはいってからはその国力に陰りがさしているものの、経済力、軍事力その他もろもろを総合的に見た国力において依然超大国といえるアメリカ合衆国が連邦内で最も強い影響力を握るのは必然だった。
そもそもこの連邦の設立の仕掛け人も当のアメリカ合衆国である。連邦設立をもくろんだ理由はいくつかあるが、大きな理由は二つはありその内の一つは経済的なものだ。右翼的な大統領と関税撤廃を中心に経済連携協定に反発した国民の手によって、実現まで順調に推移していながら環太平洋経済連携協定からの離脱を決定したことをきっかけに、この広域経済連携協定は見事に瓦解してしまった。
瓦解したとはいえ、この広域経済連携協定は経済的に見て充分魅力のあるものだった。自由貿易や共通の経済ルールを設けることによって従来よりも巨大な一国のみならずならず複数の国を包括した単一の経済至上を生み出すことが可能であり、更にこれから経済が急速に発展していくと予想される途上国の経済成長を取り込むことができる。自由貿易による関税の撤廃は、国内産業に損害を与える可能性もあるが、それに目を瞑ってもあまりある経済的な果実を生み出すことが期待できる。それに自由貿易にせよ現時点では産業で優位に立っているのはアメリカ合衆国であることを忘れてはならない。
アメリカ合衆国が連邦の実現を目指したのは、傲慢にもかつて自らが葬り去った環太平洋経済連携協定をより発展させた形で実現させ、本調子とはいえない経済を回復させるための抗生物質にする狙いがあった。
こうして連邦の実現に向けて動き出したアメリカ合衆国だが、経済的な効果を連邦に期待したのはアメリカ合衆国だけではない。アメリカ合衆国が乗り気であったとしてもそれだけでは、連邦を実現し得ない。
連邦が実現したのは、話を持ちかけられたほかの連邦加盟国も経済的な効果に期待したからに他ならなかった。自国を至上とする考えを持たず、自由貿易を含めても冷静に判断すれば経済的な利益を自国にもたらすものであることは間違いなかった。
これがアメリカ合衆国にとって一方的に有利な条件や内容ならば頓挫していたかもしれないが、連邦の実現をなによりも渇望していたアメリカ合衆国は自国の利害のみに固執する考えは持っていなかったのが幸いした。自由貿易や共通の経済的なルールの構築は事前協議を重ね、互いの利害を調整し、国内産業や国内法を連邦体制に対応できるよう整備できる時間を設けるといっており、EUのように金融政策を一国独自で行えないというデメリットをもつ通貨の共通化は行うつもりはないと明言していた。
連邦の加盟をもちかけられた各国ともに充分納得のいく条件であり、反発するものはいなかった。
もう一つの理由は経済的なものではなく、軍事的な理由である。中華連合(UnionChina通称中華連)とこの当時国号を改めていた中国を抑える包囲網を連邦の発足によって実現しようとしたのだ。
アメリカ合衆国にとって最大の仮想敵国は、ウクライナ情勢などから緊迫した関係になりつつあるロシア連邦共和国と並び、国号を改めても中国であることに変わりはなかった。
中華連合となってからも莫大な軍事予算を従来通り投じ、軍事力の増強に励むのは変わりなかった。いまだに兵器の質について劣った部分もあったが、兵器について量のみで質は悪いという事実はかつてのものとなりつつあり、運用面についても刷新が進められていた。陸海空の統合運用について高度な水準で実現しつつあった。
海軍は、完成度が低いとはいえ国産空母2隻を建造し、また空母はともかくイージス艦を建造するなど強力な水上艦・静粛性に富んだ通常動力型や攻撃型原子力潜水艦等を着々と配備し、外征能力を持つ遠洋海軍に脱皮していた。
空軍は、国産の第五世代戦闘機の実用化を遂げていた。ステルス性の良し悪しについて意見の別れる第五世代機はともかく、優秀な性能を持つ第四世代機を配備し稼働率も高めつつあった。
陸軍については海空の増強を優先したため、日陰者であったものの近年になってからは増強を本格的に着手し始めた。台湾にかつて軍事的な脅しをかけた際に、合衆国海軍の空母によってその意図を頓挫された反省から、ニミッツ級をはじめとした巨大な原子力空母も念頭にした対艦火力も脅威だった。
中華連合は、この増強した軍事力を背景に領土の強引な拡大を図る意図があるのは子供にさえ理解できることだった。そもそも南沙諸島や西沙諸島を中国の領土にすべく行動し始めたのは、1950年代からのことだ。
この行動は、アメリカ合衆国にとって容認できるものではなかった。アメリカ合衆国の覇権を脅かすばかりか、世界のパワーバランスを崩しかねないものだった。
それを防ぐために連邦による中華連合の包囲を目論んだ。連邦に加盟する東南アジア諸国、台湾、韓国、これに同盟国である日本を含め中華連合の海洋進出を防ぎ、万が一太平洋に至るまで進出したらオセアニア諸国と連携し封じことに当たる。それがアメリカ合衆国の戦略だった。
連邦を組まずとも協力関係を構築すればいいと思うかもしれないが、連邦を成立することによって連邦加盟国に対する中華連合の干渉を防ぐという大義名分により、軍事的な介入をしやすくするという狙いがあった。
中華連合の脅威にかねてよりさらされていた東南アジア諸国にとっては渡りに船の話であり、台湾にせよひとつの中国を主張し、未だ台湾の主権を認めず軍事力を強化する中華連合に自力での対応が難しくなりつつある現状、願ってもない話だった。韓国も中華連合と国境線を接するようになっており、オセアニア諸国のうちオーストリアにとっては中華連合により経済的に侵食されつつある現状を変える好機だった。
このような背景を元に連邦はこの世に産声をあげた。それは中華連合の行動を抑止するためのものだった。中華連合を刺激し暴走を招くのではないかという意見もあったが、流石にこの封じ込め網が機能し始めたとしても軍事力の行使は行わないだろうという意見が大勢だった。
だが、いつも最悪の予想は実現する。そう中華連合は、非常に低いと予想されていた武力行使に踏み切ったのだ。
中華連合。かつての中華人民共和国が国号を改めたのは、朝鮮民主主義人民共和国を併合したからではない。朝鮮民主主義人民共和国は、国家経営に行き詰まり破滅を迎えようとしていた。
幸いにも誰もが恐れた軍事行動に出ることはなく、穏当な方法での事態の解決を指導部は模索した。その解決方法が中国との併合であった。
中華人民共和国国としても国家として破滅した国を併合するのは抵抗があっだが、大韓民国に呑み込まれる事態よりはまだ受け入れられた。もし朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国に呑まれることになれば、仮想敵国のアメリカ合衆国の影響を受けた国家と国境線を接することになる。
そのため朝鮮民主主義人民共和国の併合を積極的に呼びかけた。当の指導部にとっても渡りに船だった。
国家を存続させることは不可能との認識は誰もが抱いていたが、同胞とはいえ大韓民国との統合となれば自らの利益を多いに損なうことになりかねない。
中国とは、近年は関係がほころんでいたが、それでも長年の付き合いがあり、指導部の身柄の保証や私有財産の所持を認めると明言しており、中国との併合を後押しするには充分な効果を発揮した。
こうして中国は、朝鮮民主主義人民共和国を併合した。中国にとっても経済的な負債を抱える決断だったが、国境沿いに仮想敵国の影響下にある統一国家を生み出すよりは受け入られる選択だった。それに国境を接するのに変わりはなくとも、大韓民国に圧力をかけられる見返りもあった。
朝鮮民主主義人民共和国を併合したことに伴い、国号を併合したと誤解している人物も存在しているが、国号の変更は併合が理由ではない。
中華連合と名を改めたのは、彼らが大々的に喧伝した革新的な国家体制の刷新にある。
即ち民主主義的な選挙の導入や、地方行政単位の自治権の強化による連邦制へ移行するというものだ。体制の変更を大幅に改めたことが、国号を変更した理由だ。
最も共産党による一党独裁体制が崩れたわけではない。選挙や連邦制も国際的な批判や国民の不満をごまかすための不十分なものに過ぎなかった。
偽りの新体制以降に伴い発足した中華連合だが、発足して数年以内に最大の危機に直面した。アメリカおよび太平洋諸国連邦の成立にほかならない。
この新国家の登場に中華連合の政治家と軍部は、強い危機感を一様に感じていた。この新国家の登場により、中華連合は領土を四方から包囲されていた。また最大の仮想敵国であるアメリカ合衆国が、自らの領土進出に対し一層介入しやすい状況となっていた。
この状況に危機感を感じずにはいられなかった。中でも承服できなかったのが、台湾の加盟である。台湾は、国共内戦に敗れた国民党が建国した国だが、当然ながら中国は独立を認めていない。一つの中国を主張し、台湾は中国の領土であると主張しつづけている。
故にアメリカ及び太平洋諸国連邦の加盟国に台湾が含まれるのは看過し得なかった。連邦という新国家に台湾が飲み込まれるのは無視できず、また連邦に加盟する独立国家と承認されてしまうことはさらに認められなかった。
中華連合は、今の現実を認めるわけにはいかなかった。認められない現実を変更する為に拳をぶつけることを彼らは選択した。即ち軍事力の行使である。
台湾に侵攻し、直接に占拠することで名実共に自らの領土にすることを中華連合は目論んだ。またそれによって、包囲網の一角を崩そうとした。
それを目的に中華連合は戦争への秒読みを密かに刻み始めた。とはいえ、流石に中華連合も世界に君臨する覇王・アメリカ合衆国と全面戦争するつもりはなかった。台湾侵攻を完遂した時点で軍事行動は止め、その後は外交で決着をつけるつもりだった。
アメリカ合衆国は、依然超大国だが国力に陰りがあり、過去の対テロ戦争から国民も新たな戦争に同意するはずがない。侵攻作戦を成功させてしまえば、アメリカ合衆国は台湾の占領を許すというのが中華連合の計算だった。
その計算は、長年に渡って増強してきた軍事力に裏打ちされたものだったが、実際には誤りだった。アメリカ合衆国は、アメリカ及び太平洋諸国連邦の総意として中華連合との開戦を台湾侵攻後、選択した。
双方の誤算が台湾危機とそれに付随する戦闘、その後の世界の混迷をもたらしたのだ。
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