第4話
かけがえないということは、かえがきかないということで。
前、未来を見ることがすべてではない。過去も大事である。
もし、千雨のことを気にしないで、他の女性がいるからと切り替え、異形の力を、好き勝手に使うモノは、人ではない。怪人である。
それならば、小夜子も自殺をやめなかった。
苦悩して考えて、人を思うから辛いのだ。
正しいことは辛いから人は目を背け、楽の方に進む。
間違っているのは楽だから。
過去を見るな。未来を見ろよと声を高らかに押しつける。
それが大多数の思考で普通だから。
では、少数派は?
人のカテゴリーからはずれて、拒絶されたモノに気にするな……前を、未来を見ろと?
どうやって? そういうことを言う輩は、勝者で苦悩も何も知らないのだ。
ゆえに拒絶される苦しみや苦悩などが分からないし、分かろうともしない。
自分の考えがすべてで、正論だと思っているから。
言葉は残酷で魔物だ。何気ない一言が、放った対象に楔となって重くのしかかる。
この経験がなく、認識しない者こそが人ではない。
心を知らず、分かったふりの人間擬き。
人の心は、摩訶不思議なモノで、すべてを学問で分析できないのである。
千差万別で、それぞれの価値観、思いがあるのだから。
ソレを無視して、自分の考えが普通だから……正義だからと、押しつけるモノこそが、怪人よりおぞましいナニカである。
正義だ、普通だと人は言うが、ソレは誰のモノか?
人は……心は、簡単ではないし、完全に正解の答えもない。
だから、人は誰かの為に頑張り、考え、思考して前に進むのだ。
その人を思って、考えて、衝突して……進めるのだ。
加えて言う。ソレをしないモノは、人間にあらず。
正論と暴論などは、紙一重で人によってさまざまに変化するモノだ。
ましてや、精神関係などは、数値で表せないし、おこなっていいものではない。
押しつけは人の心に、深い傷をつける。
心の傷は、外の傷より治りが遅いし、治らない可能性もある。
光の状態はそのようなモノで……。
千雨は、光にとって、それほど大切で大事で……愛しているとか、肉体関係を持ちたいとか……そういうことではない。
光の、かけがえのないもので、かえがきかないものなのだ。
ゆえに悩むことは、必然で、涙を流すことも、当然なのだ。
光に前を……未来を見ろという人がいるかもしれない。
しかし、今しばらく持って欲しい。
過去を思って悩むこと。
誰かを思って苦しむこと。
それは悪いことではないのだから。
光は、異形の力を持っているが、心は超人ではないのである。
そして仮面ライダーたちほど強くないのだ。
だがソレが、悪いことだと思わない。
異形と人間のふたつの気持ちを分かるからこそ、できることもある。
光には、それができる、心があるのだ。
もし、コレすらも、鼻につくと言うならば、その人は、本当の意味で、精神の化け物で怪人だ。
ある日のこと。
エヴァンジェリンは、昔からの相棒、チャチャゼロと、ダーナから奪ったと思い込んでいる、タペストリーを眺めていた。
さまざま異形の頂点にいてまるで月のように、しかし明確な存在感で描かれている、異形。
エヴァンジェリンは思い出す。
光には嘘をついていた。
実は、エヴァンジェリンは、この異形にあったことがあるのだ。
それは、まだ、エヴァンジェリンが、ダーナ・アナンガ・ジャガンナーダに修行をつけられていた頃の話。
エヴァンジェリンががむしゃらで必死だった頃。
その異形は現れた。
ダーナ、曰く、未来人。
狭間の魔女と呼ばれた、ダーナだからできる芸当である。
ダーナは、これはふたりに必要だと言って、一緒に生活させた。
銀色の異形は、必要以上に喋らなかったが、エヴァンジェリンはコノ異形のことが気に入っていた。
まず、異形は、なにげに、料理が得意だった。
当時、エヴァンジェリンは、カレーなど知らなかったが、この異形の作る甘口のカレーが美味しくてたまらなかったし、食後に飲むコーヒーも格別だった。
苦いモノは苦手だというのに、異形のコーヒーは不思議と苦にならなかった。
次に、自分の相方、チャチャゼロとの関係。
異形は、チャチャゼロを人形とは見なかった。小さな子供に接するように優しく扱う。 チャチャゼロが壊れないよう、丁寧で大事のモノを扱うように……
当然、チャチャゼロは激怒した。
「オレは、ガキほど、モロくねー! ナメンナ!」
しかし、異形はやめなかった。
優しいというのか……甘いのだ。
そんな異形は、エヴァンジェリンにも優しかった。
知り合いのように……大切な人のように扱う。
「エヴァンジェリン」
そう呼ばれるだけで、胸がギリギリと軋むようであった。
月日が流れ、異形と共に加速度的に強くなった。
そして訪れる、別れの日。
ダーナは、異形に告げる。
「あんたはもう狭間に入れない。流石は特異点……あっちのキティによろしく。それと私も恐らく狭間に入れなくなる。その時はよろしくね」
「お世話になりました」
エヴァンジェリンは、訳が分からない。
「まて! 一緒にいてくれ! もっと……もっと一緒がいい! 行くな!」
「すまない。恐らく、何百年か先、月野光と言う少年が現れる。彼にはおまえが必要だ。その時、支えてやって欲しい。オレは……おまえが――」
「なんだ? 大きな声で言ってくれ! 聞こえない」
「では……またな」
そう言って異形は消えた。
エヴァンジェリンは、ダーナを問いただすも、ダーナはなにも答えなかった。
怒ったエヴァンジェリンは、ダーナのタペストリーを盗んで、狭間から抜け出したのだ。
ダーナは……
「やれやれ。これで記憶が薄れても、光のことを忘れないだろう。さて、私も……仕事だ」
ダーナの狭間に無数の異形が現れる。
ダーナはその異形たちに向かい、優雅に歩いて行ったのだ。
時間は戻り、魔法級の中。
エヴァンジェリンは、魔法で作った氷の刃を数にして3000ほど光に連続で射出する。
光は、ソレを空手の回し受けですべてを捌いた。
エヴァンジェリンはご機嫌だ。
最近薄れた記憶が戻ってきていたのだ。
あの時の銀色の異形が光だと確信する。
変身をしないでも、光の戦闘技術は、出会った頃とは比べものにならない。
少なからず近くで応援している、小夜子のおかげだと言うのが癪に障っていたが……
エヴァンジェリンは、酷く後悔していたことがある。
千雨と光の関係を引き裂いたことに……
光の覚醒は、エヴァンジェリンと直接関係はなかったが、千雨にショックな場面を見せる原因を作ったのは、エヴァンジェリンだった。
そのことを、光に謝ったことがあったが、光は簡単に許したばかりか、エヴァンジェリンを抱きしめていた。
エヴァンジェリンが泣きそうだったからだ。
その優しさが、たまらなく、欲しかったモノで……
化け物の自分には、持てないと思っていたモノで……
嬉しさと、悲しさと、ナニカが混じり合って、瞳から止めどなく溢れていた。
光は、小夜子を助けたことと、エヴァンジェリンを抱きしめたことによって、強さが跳ね上がっていた。
ナニカが光の身体と石を深く結びつけていたのだ。
それは、心や感情と呼ばれるモノ。
光は、幼稚園のボランティアも始めていた。
きっかけは、些細なこと。
園児のひとりが、ボールを取りに道路に飛び出した。
車は、携帯電話で通話中。
運転手の判断が遅れる。
刹那――
光は、車を片手で受け止めていた。
子供を助けるためとはいえ、こんな化け物みたいな力を見せれば、怖がられるのは当然だった。
現に運転手は、光を怪物を見るように見て、震えていた。
しかし……
「兄ちゃん――」
やめろ……聞きたくない!
「すっげー! ライダーだ! ありがとう!」
「……え?」
「兄ちゃん、正義のヒーローじゃん。なんで笑わないの? オレを助けてくれたんだよ? いいことをしたんだよ? だから、笑顔でいてくれよ」
ずっと辛かった。
悲しかった。
だって、千雨は……大切で大事な人だったから……
仲直りして……前のように……
子供は純粋だ。
だから、光の力を恐れないし怖がらない。
光が力を悪用して、怪人のようになれば別だろうが……
この場においては……光は――
「兄ちゃん、こんどうちの幼稚園にきてよ。みんなに自慢するんだ! オレのライダー……ヒーローだって!」
こうして光は、幼稚園のボランティアをすることになる。
同じボランティアの、ある女の子が、光に対してモヤモヤした気持ちになっていたりということがあったりもしたが、それは別の話で。
更には、麻帆良学園都市付近にある都市伝説が生まれていた。
ホッパーを名乗る、全身スーツを着た人物が、ケンカの仲裁や、不良に絡まれている生徒を救ってくれるという噂。
中には、化け物から、助けられたという声もある。
もちろん正体は光だ。
力があるのに、見捨てることは出来なかった。
しかし、正体も知られたくない。
光は、超と葉加瀬と共同開発していた、スーツを身にまとっていた。
映画『仮面ライダーTHE FIRST』の1号のスーツである。
能力は特になし、タダのプロテクターだ。
だが、人間形態の光の身体のポテンシャルをフルに使える特注品である。
光の前に、小夜子を襲った生物は現れなかったが、妖怪、魔法使いたちとの戦闘は増えていった。
光は、人間は絶対に殺さなかった。
妖怪にも、まずは言葉を尽くすことをやめなかった。
それでずいぶんと、大きな傷を負う日もあったが、光はやめなかった。
もし、力に溺れてしまえば、子供たちに……皆に……千雨の前に完全に立てなくなる。
だから、今日も光は、夜の麻帆良学園都市で敵を説得している。
「この学園に侵攻するのはやめてください。ここには、子供も沢山いるんです」
「うるさい! あの日、オレの親父とお袋は魔法世界の戦争に駆り出された! そして帰ってこなかった! それなのに……今の長は、許せと……メガロと融和をといいやがる! 許せるかよ! 今度は……おまえらが我慢しろ! 奪われろ! 苦しめ!」
光は、仮面の中で目を細め……何が正しいかを考える。
はっきり言って、そんなモノはない。
人によって答えは変わる。
が……
「近衛木乃香を誘拐して、関西を乗っ取る! そしてメガロを皆殺しにしてやる!
瞬間――
光は飛び出す。
なぜなら……
「木乃香には、手をださせない」
近衛木乃香はもう、光の友達だったのだ。
あの日、図書館島で彼女たちに出会ってから時間が経った。
その間、図書館探検部の面々とは、もう他人ではなく……
光は超速で、膝を復讐者に叩きつけ、そのまま柔道の背負い投げを放つ。
その攻撃は、並の魔法使いなら即座に気絶するモノだったのだが……
「この……ていど! 親父やお袋を失った悲しみに比べれば!」
復讐者は、ボロボロの身体を無理やり、術で立たせて召喚術を使用する。
その召喚符は、禍々しく不気味でそれでいて……
「あなたは……死ぬつもりですか?」
「そうだよ! オレは、おまえには勝てない。けど、誰かが……誰かがここで声を上げないと……オレ達は前に進めないんだよ!」
極大の負のエネルギーが召喚符に集まる。
術者の命と怨念を喰らい、巨大な蜘蛛が現れた。
「なれば……」
光は、即座に、身体のスイッチを入れる。
全身の細胞を作り替えるがごとく。
「変身」
光の姿が、銀色の異形に変わる。
背中には、仮面ライダー響鬼のマークがついている。
光は、そのまま蜘蛛に飛び乗ると、音撃を繰り出す。
太鼓を叩くがごとく……
――せめて怨念よ、これで少しだけ――
「はぁ!」
清める、沈める。
太鼓の音は、10分ほど続き、蜘蛛は消滅する。
そして……
光の変身が解け、正体が顕わにある。
プロテクターも消滅していた。
「あ……すまない。君のような子供に八つ当たりをしてしまった。本当は、分かっていた。復讐なんて親父もお袋も望んじゃいないって……ごほォ!」
「もういいんですよ。自分を許してあげてください」
「ああ、世界は案外捨てたものじゃないらしい、ありがとう……」
そして……
「光、魔法使いが近づいている。帰るぞ」
「エヴァンジェリン。なんで、世界は……」
「ソレを決めるのはおまえだ。おまえが選んで決めるんだよ」
「ああ。行こう」
こうして日々は過ぎていく。
だが、着実に歯車は回り始めていた。
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