第7話
その場所は学園長室。
重い空気が漂っている。
会議があるのだ。
進行役の近衛近右衛門が口をゆっくりと開く。
「では、未確認生命体をどのようにするか、話そうかのう……刀子くん。資料を皆に」
「はっ」
近右衛門の命令で葛葉刀子は、その場にいるメンバーに未確認生命体の資料をくばる。
銀色の異形……彼らには化け物にしか見えなかった。
しかし、ひとりの男が声を上げる。
「学園長。この異形は、本当に我々の敵なのでしょうか? この資料を見た限りは、害悪の存在だとは思えません。それに個人的にも思いたくない」
「なぜそう思うのかのう? ガンドルフィーニくん」
「妻と娘が助けてもらったそうなんです。敵は関西の刺客でした。私の人質にするつもりだったらしいのですが……この異形は、妻と娘を助けたようでして。娘はずっと、自慢するんです。私は、自分で見たモノでしか判断できない融通の利かない人間です……が! 娘の目がくもっているとは思いません! だから、今回の未確認生命体の捕獲はやめてもらいたい!」
それにくいつく正義の魔法使いを目指す教員達。
「しかしだね。現にコレは異形だ。人間じゃない。もし、英雄の息子のネギくんにナニカあれば、本国になんと説明するきだね?」
「そうやって……貴方たちは闇の福音にも差別をしていただろう! 彼……月野光くんが側にいるようになってからの彼女はもう悪ではなくなった! 優しさを知って、笑って泣いて……それを過剰に叩いているのは誰だ!? 私達の偏見だろうが! 私達はナンのために魔法使いになったのか今一度思い出せ! 名誉や地位のためか? ……違う! 守るためだ!」
ガンドルフィーニの熱は上がり、室内の温度を確実に上げていた。
今の言葉で、思考する者もいたが……当然、人間は不明瞭なモノを恐れる。
そして、心が汚いモノも少なからずいる。
光の正体が分かれば……光が異形と人間の狭間で戦っていることにたいして鼻につくと言う人物もいるかもしれない。
――おまえは異形の癖に何を悩んでいる? 人間のようにショックを受けたふりをするなよ。鼻につく――
と……
だが、ガンドルフィーニは違う。
彼は、真に世界が見えている。
ガンドルフィーニは、妻と娘の話を聞いて変わった……いや、戻ったのだ。
子供の頃の夢……誰かを守れる正義の味方。
それを目指したきっかけを……
ガンドルフィーニの父は魔法使いを取り締まる、表の職業で言う警察のような部署にいた。
ガンドルフィーニの父は、お世辞にも優秀な魔法使いではなかったが、それを努力で補った人格者である。
悪を許さず、友と家族を愛する、素晴らしい人物だった。
しかし、悲劇は起きる。
違法魔法薬の捜査中に、犯人のひとりが子供を人質に取った。
ガンドルフィーニの父は、当然、魔法を発動できない。
結果……殉職をする。
犯行グループは捕まりはしたが、ガンドルフィーニの心には怒りや憎しみが育っていた。
だが、それを取り除いた人物がいた。
人質にされた女の子の言葉……
ガンドルフィーニの父の言葉だ。
「大丈夫。必ず助ける。だっておじさんはヒーローだからね」
そう言ってガンドルフィーニの父は命をかけて女の子を助けていた。
ガンドルフィーニは父に恥じないように、がむしゃらに鍛錬をした。
そして……魔法使いになっていたのだ。
助け出された女の子は、今もガンドルフィーニの妻として彼を支えている。
仕事の中で、人間や人外達の醜いモノを沢山見たガンドルフィーニは、心に大きなダメージを負っていたのだ。
それを取り除いたのが……妻と娘……そして銀色の異形だ。
ガンドルフィーニの今の強さは、タカミチ・T・高畑にも通用するだろう。
精神の力を侮ってはいけない。
メンタルとフィジカル……ふたつがベストマッチをすれば、普段より何倍も強くなれるのだ。
そんなガンドルフィーニは譲らないし揺るがない。
それが自分の正義に反すると分かっているからだ。
結果……この場では結論がでず、会議はまたの機会になった。
だが、そこで強攻策に出るメンバーが10人ほど現れた。
ナギ教と呼ばれる宗教団体だ。
英雄ナギこそが人類を支配すべきだと考えている危険の宗教団体。
ナギなき今、次はネギを神輿に世界の意思統一を企んでいる。
それを邪魔する可能性のある銀色の異形と闇の福音……エヴァンジェリンの排除に向かう。
銀色の異形の居場所は不明だった為、彼らは、エヴァンジェリンの家を襲撃する。
エヴァンジェリンがいかに強くても、封印がされており、なおかつ今夜は満月ではない。
エヴァンジェリンの家の近くまで、ナギ教のメンバーは接近に成功する。
その時――
「鈴音の情報どおりだな……ここから先は通行止めだ」
「ホッパー? なぜ……おまえは正義の味方だろ?」
「そうだ! なぜ闇の福音の家を守る!?」
すると、ホッパーは至極当然のように答える。
「彼女が人間だからだ」
「はぁ? なにを……ふははははは! あいつは化け物で怪物だ! 汚らわしい吸血鬼なんだよ!」
「そうだ! 世界にいていい存在じゃない! 消えるべき癌細胞だ!」
刹那――
襲撃犯のひとりからドゴンと鈍い音が鳴り響く。
ホッパーの拳が襲撃犯を打ち抜いていた。
「ホッパー! 貴様も悪か!?」
「悪とは……正義とはなんだ? 甘いモノが大好きな少女を貶す行為のことか……答えろ! 外道どもが! もし……これでオレが悪だと呼ばれても構わない。それが……オレの信じる正義だからだ……行くぞ!」
「ならば……死ね! 化け物の味方をする悪が!」
戦闘はホッパーが優勢。
森の木を有効に使いながらひとり……また、ひとりと迎撃していく。
人数は減り、ひとりの男が残った。
残った男は腹を抱えて笑う。
瞬間――
あたりを強烈なライトが照らす。
「そこまでだホッパー! 貴様は包囲されている! 降参するんじゃ!」
「あー。オレが情報を学園に流してたんだ。ホントは闇の福音の醜悪な姿を見せる為だったんだけどな……だが、まあいい。ナギ様以外のヒーローはいらない。貴様は最初から気に入らなかったんだ……ひひ、貴様の仮面を引っぺがして……正体をさらしてやる。貴様の親しい奴も同罪だな……魔法世界の牢獄行きだ」
「ぐぅ……」
ホッパーはそのまま動かなくなったのだ。
なぜか? 現れた相手が悪人ではないからだ。
この悪人の基準は光の中で明確に決まっている訳ではない。
が……
目の前の人達は……
「ホッパー……すまない」
「ごめんなさい」
「こちらも仕事だ」
「許さなくていいよ」
こんなことを泣きそうな顔で語る人たちが悪人と定義するなら……善人とはなんなのか?
ホッパー……光は、日常の終わりを覚悟する。
瞬間――
「そこまでにしろ。ホッパーは私のオモチャだ。こいつの大切な人を人質として幽閉している。まだまだ私はホッパーで遊ぶんだ。邪魔をするなよ……人間が!」
「マスター……私もエヴァンジェリン様の奴隷ですので参戦しますね」
その場に、エヴァンジェリンと茶々丸が現れ、嘘をついた。
すべては光を守るためだった。
光はエヴァンジェリンの為……エヴァンジェリンは光の為……
これではどちらも救われない結果になってしまうのは明白。
だから、光は覚悟を決める。
大切な日常を守る為に……失わない為に……
「エヴァンジェリン、茶々丸。嘘をつかなくていい。いいことを教えてやる。オレはおまえ達が好きだ。だから……見ていてくれ。オレの変身を……」
ホッパー……光はそう言うと、腰にバックルを、左腕にバングルを出現させる。
「貴方達は責もなければ、罪もない。ですが、オレは自分勝手にあがきます。こんなオレでも捕まる訳にはいかないから……大切な……なくしてはいけないモノがあるから……変身」
瞬間……あたりに綺麗な音色が鳴り響き、銀色の異形が現れた。
異形は、木の枝を掴むと、それをドラゴンロッドに変化させる。
銀色の異形に青いラインが複数本、浮き上がっていた。
「やめろ! 悪いのは私だ! おまえは戦わなくていい! ずっとひとりだった……昔に戻るだけだ!」
「いやだ。オレには、エヴァンジェリンが必要だし、一緒にいたい……」
「あ……わ、私は……人を沢山殺した……今さら……償いようも……ない!」
「償えないのならば……戦えばいい。そして未来にいこう。オレも進むから、躓いたら……手を伸ばすから……だから……」
「こ、今夜は、負ける気がしないな……」
「茶々丸もいいか?」
「イエス……貴方が父で良かった」
「オレもだ……行くぞ!」
ホッパーの正体が銀色の異形だったとか、エヴァンジェリンとつながっていたとか……この場ではそんなモノは些細なことだった。
なぜなら高畑をリーダーにした魔法使い達は、完全に完敗したからだ。
その事実だけがたまらなく悔しい。
そして……
「信じてもらえるとは思いませんが……エヴァンジェリンはオレと出会ってから他人に吸血行為も……何も悪いことはしていません。オレの血だけしか吸っていない。オレも悪だと思えることはしていません。自分の正義が絶対に正しいとも思っていませんが……どうか、この都市での生活の許しをください」
近右衛門は……
「ならば、素顔を見せてはくれまいか?」
「約束を……オレに関わる人に悪意を向けないと……皆、いい子なんです。オレはなにもいらない……だから……オレの大切の人たちを守ってください!」
その願いは……その場の魔法使い達の、胸に深く突き刺さる。
ガンドルフィーニなどは口に手を当て、声を押し殺している。
――異形だというのに……人間……人間だ――
「あい。分かった!」
この場の返答に異を唱えるモノなどナギ教のメンバーぐらいだった。
光は、ゆっくりと変身を解く。
プロテクターは消滅し、裸だ。
まだ少年だというのに、完成された神の器を思わせる裸体に、女性達は息を呑む。
「オレは、月野光と言います。葛葉先生は知っていますね?」
「月野くん……だったの……まさか……いや……確かに運動神経は凄かったけど……その……なんていうのか……いい身体ね」
「おい、葛葉。それはないぞ。もっと先生としてあるだろ……なんで身体のことなんだ?」
「か、神多羅木先生! だって、ちょっといいな〜って思ってた男の子が未確認生命体だったんですよ! 正気でいられるわけないでしょ!」
「落ち着けよ。あー月野。もう敵対はするな。おまえを拘束する」
「はい。ですが……もし約束を破るようなことをすれば……オレは、貴方達を許しません」
「分かっている。それと……ガンドルフィーニ。言いたいことがあるんだろ?」
「あ、ああ。月野くん。妻と娘のことをありがとう。今度、娘に会ってあげて欲しい。娘は君に助けられてから、特撮のヒーローモノが大好きになってね……それに直接お礼をいいたいようだ。どうかな? あ、もちろん、君の身体の秘密は喋らないように話をするし、エヴァンジェリンのことも迫害しないし全力で守るよ!」
「あ、オレ……なんで? 涙が……嬉しいはずなのに……ああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「まだ、少年だったんだな……君は……」
こうして月野光……未確認生命体は麻帆良学園都市の魔法使いに正体を知られる。
しかし、それは悪いことではなく……
エヴァンジェリンに対しても、それは嬉しいことだった。
近右衛門が、月に一度だけ、外出の魔法を使ってくれるようになったのだ。
術式は、ほぼ全員の魔法関係者の協力で作られている。
約束事は一つだけ。
必ず、光と一緒に出かけることだ。
そんなエヴァンジェリンと光は、日帰りでいける遊園地に来ている。
身長制限でジェットコースターに乗れないエヴァンジェリンをなだめる光。
ぷんぷん怒りながらもエヴァンジェリンは……
「光……ありがとう」
「いや、オレの方こそ……」
これでいいしこれがいい。
大切な人達がいて、大事な日常があるから……
光は……
戦えるのだ。
それはこれから先も変わらないし、変えてはいけないモノだ。
だが……
深淵の底、闇の中枢……説明がつかない場所から、光を除いているモノ達がいる。
「へえー。アレが今回の器? 弱そうじゃね?」
「いや、そう、じゃなくて……弱い。この星は刺激が少ない」
「まだ下級クラスにも届かないわね。この前の奴のクラスって確か……」
「クラスも与えられていないザコだ。しかし……まだ狭間は支配できないのか? オレ達が寝ている間に、変な奴らが増えているし……」
「まあ、ボクらがこの星に来た頃はいなかったよね。あいつら確か金星とかの出身だったかな?」
「まあ、もういいんじゃねーか。狭間とかいらんだろ? オレの空間は快適ー。てな」
「いや、あそこには……あれが封印されている。必ず取り返す」
「オレらはどうせ持てないだろ」
「だから……持てる奴を作ってるんじゃないの……15000年前は失敗したけど……次は必ず……」
星より大きなエネルギーを持つナニカ……それが光を不気味に観察していたのだった。
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