第10話
「どうかお願い出来ないだろうか? 光くんよ」
光は、エヴァンジェリンと共に、学園長の近衛近右衛門の願いを聞いている最中だ。
「ですか……ルーナとネギは……そのような、運命を……」
「私は嫌だぞ」
「だが、ルーナ達は、キティが愛した男の子供達だぞ。少しぐらいなら――」
「私は……おまえが悪者の真似をするのが嫌なんだ! なあ、もういいだろ。これからは自由に生きろ」
「大丈夫……だ。オレはオレだから。これでいいんだ。もし、オレが悪者の真似をしてもキティ達がいるだろう?」
「この……大馬鹿者が! 分かったよ。じじい、やってやる」
「おお、ありがとう……光くん、エヴァよ」
こうして、ある噂が立つ。
怪人と吸血鬼が夜な夜な人を襲うという噂だ。
人の噂というモノは不思議なモノで、余計なモノまでつく。
噂が悪く伝わることになる。
曰く、人を喰らう、異形達だと――
曰く、女、子供にも容赦がないと――
そして、この日、ルーナ達の耳にその噂は入った。
ルーナ達は、至極当然に思いたつ。
自分たちが、退治をしようと。
この段階で、ルーナ達は、麻帆良学園都市の魔法使いに気づいていない。
そのため、自分たちしか倒せるモノがいないと勘違いをする。
しかしこれは、彼女たちの正義の思いからだ。
何も、無謀行為をしているのではない。
勝率もある。
万能のネギ。高火力のアンナ。接近戦のスペシャリスト、ルーナ。補助も出来る、ネカネ。
完璧ともいえる布陣だった。
その日は、月が大きく出ていた。
まん丸の満月だ。
異形達は、必ず、ある痕跡を残している。
出現したポイントに必ず、マークを残していた。
それの法則をネギが解析し、今、この場で張り込みをしている。
待つこと、10分ほど……
「きたよ! ルーナお姉ちゃん!」
「アレが……噂の、銀色の異形と金髪の吸血鬼か……」
「ちょ、と……アレ、無理よ……ダメ、勝てない」
「あ……あ! タペストリーの……でも……」
瞬間――
「出てこい。出てこないなら、他の人間を襲うぞ」
ふと、4人は、違和感を覚えた。
聞き覚えのある、男の声。
ルーナは信じたくなかった。
しかし……意を決する。
異形に聞こえないように……そっとはであるが……
「ひ、光さん?」
だと言うのに、その異形の耳には聞こえたようで……
ルーナにとって残酷な真実を簡単に告げた。
「ああ、噂の異形はオレだよ。今から人間を襲う。まあ、相手はおまえらでもいいぞ」
異形の緑の複眼が、4人の隠れていた場所を射ぬき……4人は震え上がった。
飛び出したのはネギ。
男は自分だけだから……ボクが守る――という、男性特有の使命感のようなものがネギを動かしていた。
ネギは、瞬時に、今までにない速度で魔法を発動させて、銀色の異形に放つ。
「闇夜切り裂く 一条の光 我が手に宿りて 敵を喰らえ 白き雷!」
白い稲妻が、異形に迫る。
その……刹那。
異形は、指で魔方陣を描き、簡単にネギの魔法をかき消す。
奇妙な足音が不気味に響き、ネギの心に強烈な恐怖を与えた。
異形がネギに迫る。体が動かない。怖い、恐い……
当然だ。
いかにネギが天才であろうと、まだ10歳の子供なのだ。
そして震えるネギの前に、銀色の異形が悠然と立っている。
「こんなモノか……」
金髪の吸血鬼の落胆の声が木霊した――瞬間。
ルーナの頭にガツンと強烈な鈍器で叩かれたような衝撃が走った。
ようは……キレたのだ。
金髪の吸血鬼の正体が誰かとかは関係ない。
胸を占めるのは……銀色の異形……月野光のことのみ。
「ふざけやがって……騙してたのかよ……私達を……うわぁぁーーーー!」
「ルーナさん! ダメ!」
「ルーナ!」
ルーナは、強引な術式で、身体を強化して飛び出す。
それにつられて、アンナとネカネも飛び出した。
ルーナの顔は、酷く歪んでいる。
ルーナは光のことが気になっていたのだ。
「意識不明でずっと心配してたのに……行方不明で……悲しかったのに! 裏切った! 父さんと一緒だ! 迎えに来ると言ったのに……裏切った!」
「オレの演技はうまかったか? 人間のふりをするのも大変だったよ。まあ、機は熟した。おまえのクラスの奴らも喰ってやる。さぞかしいい味がするだろう。絶望ってスパイスはな……」
「う、うう。うわぁーーーー! 許さない! 絶対に許さない!」
ルーナは、泣きながら、異形に迫る。
怒濤の連続攻撃。
しかし、100発を過ぎた頃には、ルーナの拳と足はボロボロになっていた。
異形は、何もしていない。
ただ、立っていただけ……
「あ、あ……くそ……また、守れない……村の人みたいに……私は……また!」
「どうした、その程度で何が守れるというのだ? まずは、後ろで震えている、弟を処分するか……」
アンナとネカネは、金髪の吸血鬼に拘束されている。
ルーナには、もはやどうすることもできない……
しかしながら……
「待って、私はどうなってもいいから……ネギは――」
「ボクはどうでもいい! ルーナお姉ちゃんを――」
2人はほぼ同時に告げる。
それは、2人がどれだけ、互いを大切に思っているかを示す言葉だった。
ゆえに……2人は、互いにその言葉を聞き……
「そうよね。大切だから……」
「うん……かけがえがないから……」
なんどだって……
ボクと私は――
「ネギ! 行くわよ! 私に合わせて!」
「ルーナお姉ちゃん! 全力で!」
立ち上がる。
それが……スプリングフィールドだから……
『行くぞォォーーーーーー!』
「それが……君たちの答えか……ふふふ。さあ来い!」
銀色の異形から圧迫感が消え、柔らかい月の光と変わらないモノが溢れる。
しかし、2人は必死ゆえに気づかない。
気づいているのは――
「え、光さん――」
「やっぱり、いい人だったのね」
「ふん。おまえに悪人の真似は無理だ」
3人は、見た。
月明かりのワルツを……
四分の三拍子の優美な舞曲。
時が過ぎ……ネギとルーナは……
流石に異変に気づく。
異形が本気ならとっくに墓のしただということに……
「光さん……もういいです。ナニカ訳があるんでしょ? 貴方が、人を襲うとは思えないです」
「ボクもです。光さんが人間じゃないことには驚いていますが……」
「君たちの答えは素晴らしいモノだったよ。誰かの為に全力以上が出せる。それが出来るモノが人間だ。やっぱりいいな……人っていうのは……」
銀色の異形は、変身を解き、光に……
しかし……
「きゃーーー! なんで裸なんですか!?」
「すまん。まだ、コントロール出来ないんだ」
と、いいつつ、ルーナは、しっかりと光の身体を目に焼き付けていた。
ネギ達も……
「うわぁ〜。光さん、かっこいい。どうやったらそんな身体になれるんですか?」
「うーん……適切なトレーニングかな」
「神秘だわ……」
「男の人の裸……」
「おい、おまえらな……さっきまで敵だったんだぞ」
「そういえば……光さん。このお姉さん誰ですか?」
「ネギくん……分からないか?」
「ふぇ?」
すると、金髪の吸血鬼はポンと変身を解いた。
『あ! エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル!?』
「ふん」
そこで、ルーナが余計な一言を言ってしまった。
「あんた、見栄張りすぎ」
「ああ!? なんて言った? この……アホ!」
「アホ……ですって……この……チビ!」
しばし、どうでもいいケンカが起き……
「はぁ……もういいだろう。大人になれよ……キティ」
「光がそういうなら……」
「まあ、説明をしよう。ようは、試験だったんだ。君たちが、怪人を前にして、どう行動するかのね。合格だ」
「え? でも、ボク達……怖がってたし……勝てなかったですよ」
「いいんだ。実践だと、死んでるとかいう人もいるかもしれないが……今、君は生きている。それにオレが見たかったのは、魔法の技術とかではない。もっと大事なモノだ」
ルーナ達には分からない。
だから、ルーナは光に聞く。
「それは、なに?」
「魂さ……オレは君たちの気高い魂を見た。人の可能性……他人を思って頑張れること……とっても大事で大切だ。なくすなよ」
「あ、光さん……私……貴方が――」
ルーナがナニカを告げようとした……
瞬間――
「光! 帰るぞ! 今夜が泊まれ!」
「キティ。確かにおまえのことは好きだが……」
「ならいいだろ? 一緒がいい……」
「ダメだ。説明しただろ。オレは時期に――」
「言うな! 絶対にさせないから……」
エヴァンジェリンが光の唇に迫る。
それを光は強引に止めた。
「やめろ。オレは誰とも付き合ったりはしない」
「キスぐらいいいだろ……」
と、ルーナの前でエヴァンジェリンがするから……
「おい、チビ。やっぱりおまえが気に食わない」
「ふん、私が成長出来たらおまえより俄然美人になってるぞ」
「ひとつ言っておく。オレの勘違いでなければ……2人はオレに好意を持っているな?」
「だから、いつも言ってるだろ!」
「あ……その……はい」
「それでも……オレは君たちと同じ時を歩めない。これは運命だ」
ルーナは訳が分からないが……
エヴァンジェリンは……
「光……運命なんかで割り切れるモノじゃないんだ!」
「そうか……ありがとう。オレが……もし――」
「もしじゃない! 必ずだ!」
「ああ。必ず……やり遂げる」
「あの……どういうこと?」
「私も気になる」
「ボクも……」
「創世王とは……でも……」
「ネカネさん。それ以上は、この子達には言わないでください」
「貴方は……すべて、背負うのね。でも、それは――」
「今日は、ここまで……また明日」
そう言って光は歩き出した。
ネカネは……
「ルーナ……彼と一緒に歩みたい?」
「うん」
「人ではなくなっても?」
「え?」
「よく……覚えておいて……いつか必ず――」
ルーナは、その言葉に……うまく答えることが出来なかったのだ。
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