第11話


 私、神楽坂(かぐらざか)明日菜(あすな)は、今日もダメダメだった。
 最近私は、恋というものをしているらしい。
 前は高畑(たかはた)先生を好きだと思っていたが、それはどうやら違ったようだ。
 高畑(たかはた)先生は、よく思えばお父さんのような感じ。
 でも……彼は……
 胸がぎゅっとなって、苦しくて、でも時々、ぽかぽかで……
 そんな彼に、勇気を持って2人で遊びに行こうと誘ったけど、やんわり(ことわ)られてしまった。
 なんでも用事があるとか……
 彼を最初に見たのは、写真だった。
 長谷川(はせがわ)の彼氏だと、朝倉(あさくら)がクラスで写真をばらまいたんだ。
 その時、長谷川(はせがわ)とは、喋っ(しゃべっ)たこともなかったけど、あんな大人しい子に彼氏がいるのが、無性に悔しくて、怒ったんだっけ……
 写真に写っていた彼は、なかなかにかっこが良かった。
 欠点がない……というのが第一印象。
 クラスは盛り上がった。
 全員、長谷川(はせがわ)に詰め寄る。
 出会いは?
 どこまでいってるの?
 名前は?
 柿崎(かきざき)なんかのグループにいたっては、紹介して……とか。
 その時、長谷川(はせがわ)は言った。
 ――おまえらには関係ない――
 まるで、大きな壁があるようだった。
 クラスの雰囲気が悪くなり、彼の話題は長谷川(はせがわ)の前ではしないようになっていた。
 しかし、朝倉(あさくら)はとまらなかった。
 なんでも、水泳の授業を隠し撮りしたようで……
 その写真がまた広がる。
 なんとなしに見たが……
 まるで、美しい彫刻のようだった。
 声が漏れていた。
 ――かっこいい――
 ふと、長谷川(はせがわ)が辛そうな顔をしていた。
 どうしたのか、朝倉(あさくら)が強引に聞き出す。
 ――最近、彼とケンカでもした? ――
 瞬間――
 ――黙れよ! ――
 流石(さすが)朝倉(あさくら)も黙る。
 しかし、朝倉(あさくら)朝倉(あさくら)だった。
 彼の写真を、隠し撮りして、荒稼ぎを始めた。
 私は、美術の参考にするために、彼の水泳の写真を大量に購入した。
 この(ころ)は、タダの教材としてだった。
 しだいに、違和感に気づく。
 隠し撮りだというのに、彼の瞳は、しっかりとカメラ目線だった。
 鋭い瞳。
 でも、どこか、悲しい目。
 彼のことが気になり出す。
 その(ころ)から、喋ったこともない彼が、夢に出てくるようになる。
 声はよく聞こえない。
 彼は、ナニカを言いながら、プールに飛び込み、高速でクロールをしている。
 プールから上がった彼の体が水に濡れて……いいようがない、感情が渦巻く。
 そこで夢から覚める。
 夢から覚めても、心臓がバクバクしていた。
 そんなある日、彼と長谷川(はせがわ)が喫茶店で会うという情報を耳にした。
 胸がズキリとする。
 その喫茶店は、クラスのメンバーが勢揃いだった。
 何やら会話は聞き取れないが、長谷川(はせがわ)は泣いてる。
 それに彼も……
 でも、それは、きっと……悲しいからじゃない。
 2人の顔が接近する。
 ――ダメ! ――
 この時の私の心はそういった。
 そのあと、彼と始めて会話をする。
 ただの自己紹介だったけど……
 時間が経つ。
 その日は、たまたま1人で街に行った。
 いつも一緒のこのかは、お見合いだったので、1人ぼーっと歩いていた。
 その時、足を(つか)まれた。
 足を(つか)んでいたのは、3歳ぐらいの小さな子供。
 私のことをママと呼ぶ。
 当然、私は、ママではないし、ママになるための儀式すらしたことがない。
 しかし、この子は、私を放さない。
 困っていると……
 ――神楽坂(かぐらざか)、どうした? ――
 彼が現れた。
 肩には、大きなカーキのショルダーバッグを背負っていた。
 彼は、調べモノの(ため)に古本屋を回っていたらしい。
 彼に事情を説明すると彼は、子供に優しく質問して、肩車し、歩き出した。
 彼は、子供に仮面ライダーという作品の話を、嬉しそうに語っていた。
 子供も笑顔だ。
 私は、その2人の顔がずっと見ていたくて、ついて行く。
 10分前後ぐらいだったかな……この子の母親が見つかる。
 ずっと頭を下げる母親に向かって、彼は言った。
 ――お礼ならもう、この子にもらいました――
 何のことか分からない。
 しかし……
 ――笑顔、ありがとう――
 ――仮面ライダー! ありがとう! ――
 ――ああ、お兄ちゃんも、彼らみたいに頑張るよ――
 彼がまた、笑った。
 優しく、白い花のように……
 私の心は、一気に、引き込まれる。
 その出来事をこのかに話したら……
 ――アスナ、それ、恋やない? ――
 その時は、頭に稲妻が走った。
 だって、高畑(たかはた)先生が好きだったはずなのに……
 ――それ、お父さんが好きだっただけやん――
 それからはもうダメだった。
 意識しないようにすればするほど、心は乱れていく。
 平気だった写真でもだ。
 その(ころ)から、長谷川(はせがわ)に彼の話を聞くことが増えた。
 長谷川(はせがわ)は、なぜか勝ち誇った顔をしており……それにカチンと来るときもあった。
 それからルーナ(たち)が先生になってから、ほどなくして、彼が交通事故にあった。
 彼の瞳と言葉が聞けないだけで、私はどうにかなってしまいそうだった。
 更にその後、彼は行方不明。
 もう、我慢の限界だった。
 胸が可笑しい、私はコレを知っている。
 誰か……大切なナニカを失う痛みだ。
 でも……何も出来なくて……
 悲しくて、悔しくて……
 そんな時、彼は、帰ってきたのだ。
 なぜか、髪が銀髪に変化していた。
 事故の後遺症らしい。
 しかし、彼には似合っていたので、私は、さほど気にならなかった。
 それで――
 ふと携帯に画像が送られてくる。

「うん? あ! 長谷川(はせがわ)(ひかる)くん? そんな……」

 画像には2人のデートもよう。
 柿崎(かきざき)からだ。
 なになに……

【私達、邪魔するから、アスナもおいで】

 ど、どうしよう……
 邪魔したいけど……嫌われたら……

「あら、どうかしましたの? アスナさん」
「ウェイ!? い、いいいいんちょ? なんでもないって!」
「あら……その画像……千鶴(ちづる)さんに教えてあげないと、あとで、ネギをオシリに……」
「あー確か、結構、千鶴(ちづる)さんってゴリゴリ押してたよね」
「そうなんですよ。千鶴(ちづる)さんたらですね――」

 と、幼稚園の出来事を語りながら、携帯電話を操作している。
 恐らく、千鶴(ちづる)さんに連絡しているんだと思うけれど……
 そしてすぐ千鶴(ちづる)さんが夏美(なつみ)ちゃんを連れて現れた。

「では、行きましょうか……」

 あまりの迫力に、私達3人は、桃太郎(ももたろう)に付き従う(いぬ)(きじ)(さる)のようになってしまった。
 電車で……
 千鶴(ちづる)さんが(ひかる)くんとの結婚生活の想像を語り出す。
 子供はサッカーチームを作れるようにだとか……
 私は……(ひかる)くんとどんな将来を望んでいるんだろう?
 海が見える家がいいな〜。
 そして、子供もいて……
 男の子と女の子……
 (ひかる)くんが私と一緒に料理を作ってくれて……
 そんな想像をしながら……
 ついに……

「げ、なんでいるんだよ……神楽坂(かぐらざか)
千雨(ちさめ)……どうするんだよ」

 え、私達にばれちゃいけないことしていたの?
 ま、まさか……
 私の気持ちを知っている癖に……2人で……え、エッチなことを!
 許せない!

「酷いじゃない! 長谷川(はせがわ)! 私の気持ちを知ってるのに!」
「はぁ? だから、今日、(ひかる)と一緒にいるんだろうがよ」
「説明してくれますね……(ひかる)さん?」

 千鶴(ちづる)さんから獣のオーラが溢れ出す。
 当然、私も怒っている。
 ネトラレた! ……いや、ネトロウトしてるのは私の方だけれども……

「あーほら、(ひかる)
「ああ。明日菜(あすな)……」

 (ひかる)くんが、私に小さな箱をくれた。

「え?」
「一日早いが……誕生日おめでとう」
「え……え?」
「オレは、おまえのことは嫌いじゃないからな……誕生日ぐらい祝うさ。ほら、あっちもいるぞ」

 そこにはルーナ達と柿崎(かきざき)達……

「アスナ……ゴメンね! 勘違いだった! あはは!」
「おい、アホヅラ。おまえも親がいないんだってな……ほれ、頑張れよ。やるよ」
「アスナさん。ボク達はこのかさんと選んだんですよ! 喜んでくれるといいな〜」
「あ……ありがとう。私……嬉しいよっ……(ひかる)くん。あのね……なんどでも言うよ。好き。付き合って」

 私はダムが決壊したように言葉がとまらなかった。

「好き。愛してる……将来、結婚して」

 しかしながら……

「すまない。それは出来ないんだ。言っておくが、明日菜(あすな)が悪いんじゃない。オレの問題だ。オレはな……誰とも結婚できない」
「どうして?」
「オレが……オレが――」

 (ひかる)くん……なんでなの?
 けれども、(ひかる)くんは……

「すまない。すまない……すまない」

 (ことわら)れたけれど……私が嫌いなんじゃないんだよね?
 嫌いなら……そんな顔をしないよね?
 じゃあ……諦めないから!

「私、ずっと待ってる」
明日菜(あすな)……それでも……オレはな……ダメなんだ」
貴方(あなた)の中に私がいるのが嬉しい。今はそれでいい」
「あ……りがとう……オレ、頑張るから……負けないから……」

 そしてその日は、寮に。
 (ひかる)くんから(もら)った箱を開ける。
 中には……

「このか……このペンダント……」
「コレ……ダイヤモンドついてんやんか!」

 このかがパソコンで調べてくれた。
 4月の誕生石だって……
 綺麗(きれい)……
 ハート型のシルバーアクセサリーにダイヤモンドがついている。ダイヤモンド自体は小さいモノだったけれど……
 (みんな)のプレゼントも嬉しい。
 オルゴールに、ストラップなどなど……
 私、今、幸せだよ――
 ガトウさん……
 アレ……ガトウさんって……誰だっけ?



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