―― 西暦一九九二年 八月十四日 帝都・篁邸 ――
『――観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子―――』
読経の声が低く重く響き渡る中、しめやかに通夜が営まれていく。
故人と親交があった者は、心からの悔みを胸に、そしてそうでない者は、それなりの礼儀と節度を守りつつ、順々に棺の前にて焼香をし、入れ替わり立ち替わりしていった。
星すら見えぬ暗澹たる曇天の下、式に参列した者達は知人と額を寄せ合っては、さざめく様に噂話に花を咲かせていく。
「……突然死だって?」
誰かが声を潜めてそう水を向けると、周囲から同じく押さえた声が応ずる。
「いや、暗殺されたという噂もあるそうだ」
「色々と恨みを買っていたからな……」
篁の血に連なる者、そうでない者、その区別なく、やや暗い表情のまま会話を交わす人々。
交わす言葉の其処此処に、敢えて危険な道を選んだ故人への非難が、わずかばかり覗く。
既にして、74式長刀や瑞鶴の開発に携わり、帝国軍技術将校としてはこれ以上無い程の令名を獲得していた故人。
それ以上を求めずとも、充分に安定した地位を保つ事が出来たであろう事を思えば、異郷の地に赴いてまで、更なる功績を上げようとした様に見える彼の行動が、この結果を招いた者と思い込んでいる人々からみれば、自業自得との感もある。
ことに一門の要である本家の当主を喪った篁の分家衆にしてみれば、今後の事への不安もあった。
篁の血に連なる者の一人が、しかめっ面のまま呟く。
「……しかし、これからどうするんだ?」
それが彼等、一門衆の偽らざる気持ちだった。
色々とあったとはいえ、亡き篁中佐が本家の当主として無難に一門を取りまとめていたのは事実。
その箍が、いきなり外れてしまった今、先の事へと意識が向くのは仕方なかった。
憮然とした顔の親族達が、溜息混じりに答えを返す。
「跡取りと言っても、まだ年端もいかない女の子だろ」
「誰かが後見になって成人まで面倒を見るのが普通だが……」
一同の脳裏に同じ名が浮かんだ。
「……枢木か?」
亡くなる直前までの彼の交友関係を思えば、真っ先にその名が挙がる。
本来なら親友である巌谷も該当するだろうが、当の本人は大陸に渡っている上に、この間、戦地で負傷したとの噂も伝わっていた為、自然とその順位は下がっていた。
そして浮かんだその名に、一門衆は揃って渋面になる。
「しかし、あそこの家が後見になっても、本家はやっていけまい」
「なに金だけはある」
「そういう問題じゃないだろう」
偽らざる本音が零れ落ち、それを揶揄する声と、諌める声が、連なって響いた。
なにせ武家社会では、村八分になっているいわくつきの家である。
故人が当主であった間は、不満に思っていた親族も正面切っての非難は控えていたものの決して納得していた訳ではないのだ。
そして今、その抑えが無くなった以上、これまで通り、否、後見人ともなればこれまで以上に親密な付き合いをする事には、反対意見が噴出するのは確実だろう。
最悪、篁一門が分裂する可能性すら思い浮かべ深刻な表情で黙り込む親族達。
唐突に主を無くした名門の行く末を暗示するかの様に、暗い夜空には蠢く雲が広がって――そして『嵐』がやって来た。
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―― 西暦一九九二年 八月十四日 帝都・篁邸 ――
通夜が始まってから暫し後、篁家の門前に一台の車が止まった。
後部座席のドアが開き、そこから姿を見せた人物を視認した瞬間、周囲のざわめきがピタリと止まる。
生ける暴風雨、帝国を引っ掻きまわす台風の目――と周知される様になった日英ハーフの少年が、年齢に似合わぬ冷やかな眼差しで周囲を一瞥すると、ただそれだけで周りを囲む人の輪がジリッと広がった。
ソレを見て、つまらなそうに鼻を鳴らした少年の背後より、野太い声が響く。
「……ふん、故人を偲ぶ通夜に、相応しい空気とは思えんな」
どこか不機嫌そうな呟きと共に、ヌッとばかりに巨体の主が少年の背後から姿を露わした。
赤の斯衛の制服を通して尚感じ取れる圧倒的な肉の圧力。
巌の様な巨躯から発散される精気に、ルルーシュとは別の意味で威圧された人の輪が、更に一回り広がった。
明らかに攻撃的な雰囲気を発散している男の横手から、呆れた様な口調で窘める声が湧き起こる。
「閣下、お言葉が過ぎましょう」
「ふっ、お主こそ良い子振るでないわ。
貴様の本性など、既に世界中に知れ渡っておるのだぞ」
澄ました顔で優等生的発言をする息子の様な少年に、紅蓮醍三郎は苦笑混じりに切り返す。
わずかに覗く犬歯が猛獣の笑みを思わせ、周りの婦女子を涙目にさせるが、会話を交わす当人らは、その事に気付く素振りも見せぬまま言葉を重ねていった。
「そういう問題では無いと言っています」
「ふむ……まあ確かに、通夜の席で騒動を起こすのは拙いな」
場を弁えた自重を言外に促すルルーシュ。
咎める色が滲むソレに、偉丈夫は頬を掻きつつ、仕方ないといった風情で応じると、貴様らもだぞ――とばかりに周囲の人間にも目線で釘を刺す。
無意識に首を縦に振る人の群れを、さめた眼差しで一瞥した少年は、そのまま興味を失うや踵を返した。
黒い喪服の裾がわずかに翻る。
前方の人波が、申し合わせた様に割れていく中、無人の野を歩むかの如く進むその背を、どこか眩しそうに眺めながら、数歩遅れて紅蓮が続いた。
ノッシノッシと擬音が付きそうなその後ろ姿を、一同は息を飲んで見送る。
やがてソレ等が玄関の内へと吸い込まれ見えなくなった瞬間、皆が皆、深い息を吐き冷や汗を拭ったのだった。
「あっ!」
血の気を失い蒼褪めていた小さな唇から、安堵の吐息が漏れた。
泣き腫らした紫の双眸が、救いを求める様に仏前へとやってきた少年へと注がれる。
思わず浮きかかった腰が、無言のまま制する目線に止められた。
悲嘆と心細さに揺れる唯依の瞳とルルーシュのソレが、交錯し、そして離れる。
棺の斜め前、喪主の席に座る彼女の前へと滑る様な足取りでやってきた彼は、そのまま膝を着き正座をすると深々と一礼した。
「この度は、突然のご不幸。
心よりお悔やみ申し上げます」
「……こ、心の籠ったお慰めの言葉をいただき、ありがたく存じます」
一瞬、なにか物言いたげな仕草を見せた唯依。
だが、目線で告げられた叱咤が、その唇を閉じさせ、代わりに喪主としての言葉を紡がせた。
父亡き今、幼くとも自身が篁家の当主であると言う事を思い出させられた少女は、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えて精一杯の意地を示す。
そんな少女の気丈な姿を一瞥した少年の口元が微かに緩んだ。
「では、ご焼香を」
微かに柔らかさを感じさせる声でそう告げたルルーシュは、篁の棺の真正面に座を移し、作法に従い焼香する。
澄んだ鐘の音が、小さく響いた。
そのまま再び、唯依へと振り向いた少年は、再度、無言のまま一礼すると席を立った。 抑えようとする意思を裏切り、小さな身体が動き掛ける。
だが、それを遮る様に巌の様な巨体が、少女の視界を塞いだ。
『……許せ、唯依』
紅蓮の身体に隠された妹分へと、胸中で詫びを呟いた。
衆人環視の中、互いの立場を考えての事とはいえ、まだ幼い少女にはむごい扱いをしてしまった事を悔いる。
だがそれでも、ここで私的な言葉を交わせば、それだけで枢木と付き合う事に難色を示している親族に妙な口実を与えかねない以上、今は我慢してもらうしかなかった。
『――オレが妙な口出しをすれば、それだけでお前の立場を悪くしかねんからな』
こんな事になるならば、もう少し体裁を取り繕っておくべきだったと、わずかに臍を噛む少年の耳朶を、慌ただしい足音が打つ。
ルルーシュの形の良い眉がピクリと動き、玄関へと続く廊下の先へと視線を動かさせる。
不意に、来る者と帰る者の流れの境目が乱れた。
『来たか……』
険しい表情のまま人波を掻き分けながら、こちらへと向かって来る精悍な軍人へと道を譲る様にその身をずらしたルルーシュに、当の本人から怪訝そうな視線が向けられた。
片面に真新しい包帯をした男の相貌が微かに動くが、少年から送られた目配せの意を瞬時に汲み取ったのか、言葉を掛ける素振りも見せず、その脇を抜けていく。
両者が交差する一瞬、ルルーシュの形良い唇が僅かに動き、それに応じる様に巌谷が小さく首肯した。
そのまま葬儀の間に飛び込んでいく逞しい背を、横目で見送った少年は、何事も無かったかの様に踵を返すと、玄関へ続く廊下へと歩み出す。
「叔父様っ!?」
一方、兄とすれ違いざまに飛び込んできた巌谷の姿に思わず驚きの声を上げる唯依。
喪主としては、かなりの不作法ではあったが、周囲を固める長老達も、それを咎める事は無い。
彼女と同じく、本来なら大陸に居る筈の巌谷の出現に、誰もが驚きを隠せなかったからだ。
思わぬ出来事に、厳粛たるべき葬儀の場の空気が乱れる中、ルルーシュとすれ違う際に巌谷が僅かに頷く素振りを見せていた事を目敏く見ていた唯依は、巌谷が、今この場に馳せ参じる事が出来た理由を直感的に悟る。
『……兄様……』
恐らくは、巌谷の帰還に骨を折ってくれたであろう兄の配慮に、凍えていた胸中が微かに温もりを取り戻すのを感じる唯依。
そんな彼女の前に、叔父と慕う人物が静かに腰を下ろした。
いつもと変わらぬ厳つい顔に、痛々しいほど真新しい包帯が巻かれている。
少し痩せた様に見えるのは、過酷な大陸戦線の所為だろうか。
久方ぶりに顔を合わせる懐かしい人の顔を、しっかりと見定めたいのに、ソレが少しづつぼやけていくのが残念だった。
堪え切れず、零れ落ちそうになる涙がジワリと溜まる。
ルルーシュの心遣いと頼っても良い巌谷の帰還に、張り詰めていた心の糸が、ゆっくりと解けていった。
心配など掛けたくは無いのに、それでも我慢出来なくなりそうになる。
耐えなければと自身を叱咤する意思と、崩れ落ちそうになる心の綱引きが、少女の小さな身体を揺らす中、それを止める様に、巌谷がそっと唯依の肩に手を置いた。
「……ただいま、唯依ちゃん」
じんわりとした温もりと、がっしりとした手の平の感触が、似合わぬ喪服越しにも伝わってきた。
再び注がれた温かさに、自身が一人ぼっちでは無い事を、思い起こした唯依は、泣き笑いにも似た表情を浮かべながら、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「……お帰りなさいませ、叔父様」
唇を引き結び、眼に一杯の涙を溜めながら、それでもしっかりと前を向いて答えるその姿に、巌谷は嬉しさと悲しさを覚えながら、静かに頷いて見せたのだった。
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―― 西暦一九九二年 八月十四日 帝都・榊邸 ――
「篁中佐が逝ったか……」
冷房の利いた室内に嘆息混じりの呟きが漏れた。
直接の面識は左程なかったが、その令名は榊の耳にも届いている。
惜しい人物を亡くしたと、その急逝に喪失感を覚えながら、彼は対面に座す腹心の軍人へと疑問を投げかけた。
「暗殺との噂もあるが?」
それも又、懸念の一つ。
故篁中佐を惜しむ思いとは別に、そうであった場合に起こるであろう一騒動に胃の痛くなる様な感覚を感じながら問い質す男に、沈痛な顔をした彩峰が、静かに首を振って見せた。
室内に、嘆きの滲む声が響く。
「恐らくはシロかと。
こちらの調査では、その残滓は認められませんでした。 それに……」
「……もしそうなら、彼の御仁が黙ってはいますまい」
淀んだ語尾は微かな自身の無さを示していたが、それを引き継いだ人物の断言が、その可能性を否定する。
榊と彩峰の眉が揃って寄り、壁際に立つ鎧衣へと渋い表情を向けた。
政・軍の重鎮を注目を集めた男は、常と変らぬ上品な笑みを浮かべながら、黙って肩を竦めてみせる。
男たちの喉を、深い溜息が通り過ぎていった。
鎧衣が明言した通り、もし篁が暗殺されたのだとすれば、今頃は間違いなく『彼』による報復で血の雨が降っていただろう事を、両者は無言のまま認める。
『彼』ならば、殴られて黙って泣き寝入りする事など有り得ないのだから。
万が一そうであったなら、暗殺を主導した者達とその係累は、間違い無く地獄の底に叩き込まれていただろう。
そしてその様な事は、現時点では確認されていない以上、そうである可能性は限りなく零に近いという事が彼等にとっての共通認識となった。
難問の発生が無い事に、胸中で安堵した榊は、それでも不安が残るのか、眼前の男に再度念を押す。
「……あちらに動きは無いのだな?」
「はい、この件に関しては静かなものです。
……もっとも騒がしい連中も居る様ですが」
質問に対しては、鷹揚に頷き肯定する鎧衣。
だが、続く意味深な報告に、榊と彩峰は苦い表情を浮かべて見せる。
『騒がしい連中』に心当たりのある彩峰が、苦々しそうに呟いた。
「国産派の連中か……」
重ねられた問いに返されるのは肯定。
ゆっくりと頷いた鎧衣の頬に、皮肉気な笑みが浮かんだ。
「……天罰だと浮かれ騒いでいるそうです。 嘆かわしい事ですな」
死を侮辱する言い様に、嫌悪に顔を顰める彩峰。
その対面で、同じく険しい顔をした榊が、そうであろうとの確信を込めて問いを重ねた。
「それだけで済むのかね?」
そんな筈もあるまいと、言外に匂わせる問い掛けに、男の口元がニヒルな笑みを刻む。
「流石、鋭いですな」
懸念を肯定する答えに、榊の表情が更に苦くなり、彩峰の顔に険しさが滲んでいった。
意味も無く死者に鞭打つような行いを是とする筈も無し、苦々し気な思いを顔に出す両者に向けて、潜めた声で告げられる。
――彼ら国産派が、何をしようとしているのかを。
報告に耳を傾けていた榊と彩峰の眉が寄り、これ以上は無い程の不愉快さを示していった。
死者に敬意を捧げるどころか、その功績すら奪おうという悪辣さに、榊は天を仰いで嘆息し、彩峰は拳をきつく握り締める。
放置しておいて良い事では無かった。
見て見ぬ振りをするなど出来ぬし、またする訳にもいかない。
そんな彼らの心中を見切った様に、鎧衣が問い掛ける。
「……手を打ちますか?」
一瞬、互いに顔を見合わせる男たち。
相手の意向が自身と等しい事を、アイコンタクトで確認した両者は、期せずして同時に頷いた。
「そうだな、これ以上、馬鹿な真似を許す訳にも行くまい」
決意を秘めた声で榊がそう呟くと、同意を示して彩峰も頷いた。
ソレを受けて、さてどんな形で始末を付けようかと胸中で首を捻った鎧衣の背筋に、チリチリとした感覚が走る。
磨き抜かれた感覚に触れたナニかに反応した男の視線が、原因を求めて動こうとした瞬間――
『その仕置き、こちらに任せて頂けないでしょうか?』
「「―――っ!?」」
――何処からともなく、若い女の声が降ってきた。
鎧衣の頬に、苦み混じりの笑みが浮かぶ。
自らを出し抜いた相手が誰なのかを悟った男は、一本取られたとばかりに肩を竦めながら口を開いた。
「……篠崎のお嬢様ですか。
という事は、この件も彼の御仁に筒抜けという事ですかな?」
この一件が、自身の手の内から離れるであろう事を半ば確信しながら、鎧衣は、何処に居るとも知れぬ相手に、皮肉を込めて問い質したのだった。
■□■□■□■□■□
―― 西暦一九九二年 八月十四日 帝都・篁邸 ――
沈鬱な喧騒が絶えた深夜。
通夜の席で喪主としての役目を何とか果たし終えた唯依は、心身ともに消耗し切った我が身を、自室の床の上に横たえていた。
だが、身体は疲れ切っているのに眠れない。
薄闇の中、ただ眼だけが冴えて、無理矢理閉じても一向に眠れなかった。
やがて諦めて開いた両目に、暗い天井が映る。
「……ふぅ……」
疲れた溜息を零した唯依が、身動ぎしながら身体を横にすると、薄ぼんやりとした白い障子が視界に入る。
透かして見える明かりは、未だ邸内で起きている者が居る事を物語っていた。
恐らくは、親族達や巌谷が、今後の事について語り合っているのだろう。
それを理解した事で、同時に自身がお飾りの当主でしかない事を切々と感じ取ってしまった少女は、情けなさと心細さにジワリと涙ぐんだ。
「……父…様ぁ……ふぅ……う……うぅ……」
薄闇の中、いつしか押し殺していた筈の嗚咽が響き出す。
必死で堪えて来たものが、ついに限界を越えたのか、一人咽び泣く少女。
小さな肢体に抱え込んできたものが、余りにも大きく重く成り過ぎて、張り裂けてしまいそうな錯覚に襲われながら、その身を震わせ涙を流す唯依。
父との思い出が取りとめも無く溢れだし、それが更に胸を締め付けていった。
「…父様……父様ぁ……」
もう居なくなってしまった人を呼ぶ度に、自身がどうしようもない程、無力な子供であると思い知らされた。
親族相手に啖呵を切れたのも、父が味方してくれると信じていたから……良くも悪くも心の何処かで、亡き父に甘えていたのが今では良く分かる。
例え離れていたとしても、自分は間違いなく父に守られていたのだと。
だが、その父ももう居ない。
これからは、自分の意思を通すのは、自分の力で為すしかないのだ。
……しかし、そんな事が出来るのだろうか?
不安が胸を過る。
最愛の父を失い悲しみに震える心を、見えない未来への恐怖が締めつけた。
親族の…大人達の意思に抗い、自分の意思を貫けるのかと……
「………」
ぶるりと小さな肩が震えた。
自分自身を信じ切れぬ思いと、そうなった際に喪うモノを思い、少女は恐怖する。
親族達……特に自分の許嫁として、自身の息子や弟を薦めていた者達は、兄に良い感情を持っていない事を、少女は良く理解していた。
これまでは、父を憚ってあからさまな行動にこそ出はしなかったが、その父が亡くなった今、同じ対応を期待出来るとは到底思えない。
きっと枢木の家に行く事すら、妨害しようとするだろう事を思う度、心が重く冷たくなっていった。
「……はぁぁ……」
深く重い溜息が洩れた。
どうすれば良いのかが分からず、千々に乱れる思いに心身を震わせながら、愛しい人を想う。
「……兄様……」
そう口に出す事で、わずかに心が鎮まる気がした。
切実に逢いたかった。
逢って優しい声を聞きたかった。
震えるこの身を抱きしめて欲しかった。
そうすれば、きっと……
「……兄様ぁ」
決して届かぬと承知の上で、いま一度、呼ぶ。
ホンの少しの勇気を奮い起せる様な気がしたから。
だから――
「なんだ?」
「――ッ!?」
――唯依の身体が硬直した。
聴き慣れた声。
聴きたかった声。
そして、聴こえる筈のない声。
それが、唐突に背後から響いたから。
そして、数瞬の静止の後、油の切れた人形の様にぎこちない動きで、振り向いた少女は、そこに居る筈のない人の姿を認めて、思わず絶句する。
「……兄……様…?」
途切れ途切れに零れた呟きを受けて、彼女が兄と慕うその人は、穏やかな笑みを浮かべて答えを返す。
「よく我慢した。 唯依」
そう告げながら、布団の上に横たわっていた少女を、そっと壊れ物でも扱う様な丁寧な手つきで抱き上げる。
そのまま膝上に抱きあげられた幼い肢体が、ギュッと抱きしめられた。
伝わって来る優しい温もりが、最後の駄目押しとなる。
最早、崩れかけていた少女の心の堤防は、その瞬間、決壊した。
「兄様、兄様!
父様が! 父様がっ!!」
涙と共に感情が溢れだす。
ルルーシュの胸に取り縋ったまま、唯依は堪え切れなくなった思いのままに号泣し出した。
激しく肩を、背を震わせながら泣き続ける少女。
その背を、髪を優しい手つきで撫でながら、ルルーシュは愛しい妹の激情を、受け止め、宥め、鎮めていった。
やがて一頻り涙を流し、心の中に淀んでいたものを吐き出した唯依は、ようやく落ち着きを取り戻し、それでもルルーシュにしがみ付いたまま事の経緯を尋ねる。
とはいえ、それ自体は大した事でも無かった。
現状において、人目のある場所での接触が憚られるのは確かだが、逆に人目さえなければ良いとの屁理屈を盾に、通夜が終わり、唯依が部屋へと戻った辺りを見越して忍んできただけの事と、サラリと流す兄に、妹としてはどう答えたものかと暫し悩む。
来てくれたのはとても嬉しい。
逢いたくて逢いたくて仕方が無かったのだから。
――だがそれにしても、少しは空気を読んで欲しい。
そんな不満を抱きつつも、ぴったりと張り付いたまま動かぬ事が、彼女の本心を映していた。
愛しく、恋しい人の腕の中に居る事で、父を失った悲しみを暫し忘れられる。
そしてこうしているだけで、萎えかけた気力と勇気が、徐々に戻って来る事が感じられた。
兄の温もりと匂いに包まれ、少しずつ、少しずつ、平静を取り戻していくのを自覚していた唯依。
その身を抱えたままのルルーシュが、不意に立ち上がる。
「兄様?」
訝しげな声が、少女の可愛らしい唇から零れる。
良い雰囲気に水を差された様な気がしたのか、微かに不満を滲ませるソレに、柔らかな笑みを返しながら、唯依を抱えたルルーシュは、そのまま窓辺へと寄った。
雲一つない夜空には、無数の宝石を振り撒いた様な星々が煌めいている。
ソレ等、満天の星空を見上げながら、少年は口を開いた。
「見えるか唯依、あの星々が?」
良く通る声が、聴く者の心を惹きつけて止まぬ声が、少女の耳朶を震わせ心に響く。
吸い寄せられる様に、意識と視線をルルーシュに絡め取られた唯依。
そんな少女を見る事も無く、星空を見上げたまま、彼は厳かに言葉を繋ぐ。
「留まる事無く流れ続ける時の大河の中で、星は巡り続け、そして人は産まれて死ぬ。 それは避け得ぬ理なのだ」
産まれたものはいつか死ぬ。
当たり前の認識でありながら、改めて告げられた事で、唯依の小さな肩が微かに震えた。
――父は、死んだ。
――死んでそして、居なくなった。
――ならば今、身を寄せ合っているこの人も、いずれ居なくなるのだろうか、と。
喪失への恐怖が、再び、少女の身体を震わせる。
だが、その震えを治める様に、力強さを増した少年の腕が、彼女の身を強く抱きしめた。
更に増した一体感が、唯依の怯えを鎮めていく中、朗々たる声が語り続ける。
「だが、人の生きた証は途絶えぬ。
その想いを受け継ぎ、その後に続く者がある限り」
死して尚、人は証を残すのだと。
この世に在った印として。
精一杯、生きた軌跡を。
そしてソレある限り――
「幾千、幾万、幾億の時を越えて星が巡り続ける様に、想いを受け継ぐ者がある限り、その人の生きた軌跡は滅ばない」
――人は、本当の意味で滅ばないのだと。
連綿と受け継がれてきた人の軌跡と積み重ねられてきた想い。
それを歴史と呼ぶならば、そこに刻まれた者達は、人の世が続く限り消える事は無い。
その意味において、人は不死足り得るのだ。
その想いを受け継ぎ、その道に続く者がある限り、その人が在った証が消える事は無いのだから。
――ならば。
「篁中佐は死んだ」
変え得ぬ事実を突き付けられ、ビクッと小さな身体が震える。
己の腕の中で、縋りつく様な眼差しを向ける妹を見下ろしながら、彼は静かに問い掛けた。
「それは変え得ぬ事実。
……ならば唯依、お前はどうするのだ?」
降る様な星空を見上げながら掛けられた問いに、少女は暫し沈黙を強いられる。
掛けられた問いに含まれた意味と重みが、彼女の唇を重くした。
その場凌ぎや思い付きを口にすれば、きっと失望されるだろう事が分かる。
いや、それ以上に、その様な真似は、父の生涯を穢す事でしかないと直感的に理解していた唯依は、心を鎮め、そして己自身に問いかけた。
――自分は、どうするべきなのか。否、どうしたいのか、と。
沈黙の時が、暫し流れた。
真摯に己と向き合う少女と、それを静かに見守る少年。
深々とした静寂の中、互いの呼吸と鼓動の音のみが響く。
やがて意を決したのか、真剣な眼差しでルルーシュを見上げた唯依は、ゆっくりと可憐な唇を開き言魂を紡ぐ。
――それが星空を証人とし、魔王と少女が交わした誓約だった。
■□■□■□■□■□
―― 西暦一九九二年 八月十五日 アラスカ・ユーコン基地 ――
清涼たる極北の地の朝の空気を乱し、無粋な闖入者達がこの地へと降り立った。
強引とすら言えるやり口で、管制を怒鳴りつけながら滑走路へと着陸した一団は、手近なトラックを有無を言わせず挑発すると、そのまま分乗し目的地へと疾走していく。
如何に此処が国連軍の管轄下に在り、彼らの所属する国家が常任理事国であろうとも、後々、必ず問題になるであろう行動を取りながら、彼らがソレに頓着する事は無かった。
なにせ責任を取るのは、彼ら一党ではないのだから。
むしろ彼らが反目しているともいえる一派である以上、責任を取って貰った方が都合が良いのだ。
そんな打算もあって、彼らの行動には遠慮の欠片も無く、目的地へ着くや、わずかな警備を蹴散らす様に、強引にその場へと乱入していく。
しかし――
「……こ…これは!」
「馬鹿な!?
巨大な戦術機格納庫に、驚愕の叫びが満ちる。
「騒がしいですな。 何事ですか?」
仕立ての良いスーツを着た初老の男が、嫌味を込めた仕草で眼鏡の位置を直しながら、闖入者達をねめつけていた。
自身の無礼さを遠くの棚の上に放り投げた一同は、男の態度に不快感を刺激されるが、その背後に整列している完全武装の警備兵達を前にしては憤りを抑えざるを得ない。
気が付けば、周囲のキャットウォークにも警備兵が配置され、こちらに銃口を向けていた。
自分達が、いつの間にか包囲されていた事をようやく悟った一同は、内心で怯みを覚えながらも虚勢を張って吠える。
「貴様、
ここは押すべきとの判断が、声に力を込めさせる。
少なくとも用意された書類は正規の物――例え、発行された経緯が不正規であろうとも――との自信が、彼らの強気な態度を支えていた。
だが、そんな彼らの思惑など知らぬ気に、眼鏡の男――ハイネマンは、皮肉気な笑みを浮かべながら、つまらなそうに切り返す。
「……ふむ……まあ取り敢えず名乗られるべきでは?」
明らかにこちらを軽んじている態度に、男達の眉間に深い皺が刻まれる。
しかし周囲を囲む銃口の群れが、暴力的な衝動に身を任せる事を強引に邪魔していた。
一同の中の代表格、大佐の階級章を付けた男が、苦り切った表情と声で、それでも威厳を取り繕って言い放つ。
「我々は、日本帝国の者だ!
篁中佐の急死に伴い、計画中止となった
「そうだ、
アレは、帝国の貴重な財産だぞ」
居丈高なもの言いに、追従する声が湧き起こった。
その『帝国の貴重な財産』を、闇に葬ろうと日夜努力していた事などはおくびにも出さない。
いや、いまこの瞬間も、全てを無かった物としてしまう意思を押し隠し、さも貴重な物であるかの様に振る舞う男達。
そんな面々を、眼鏡越しに冷やかな眼差しで見据えていたハイネマンは、冷めた口調で問い掛ける。
「……何かソレを証明する物をお持ちですかな?」
コソ泥を見る眼と声で、明らかに見下してくる相手に、国産派の面々の血圧が急上昇する。
とことん癇に障る米国人に、怒りを掻き立てられた大佐は、懐に後生大事に抱え込んでいた命令書を、これ見よがしに突き付けた。
どうだと言わんばかりのドヤ顔をする帝国軍人達を、呆れ混じりの眼差しで一瞥したハイネマンは、突き付けられた文書を、ザッと斜め読みしてから、嫌味全開の苦笑を浮かべる。
対峙する日本人達の顔面に血が昇っていった。
その様を、珍妙な生き物を観察する研究者の眼付で眺めていたハイネマンは、相手が激発する一瞬前に、鼻を鳴らしながら吐き捨てる。
「これはこれは……随分と不思議な事もあるものですな。
これと同じ書類を持って、昨晩も『日本帝国』の方がいらっしゃいましたよ」
「なにぃっ!?」
思いも寄らぬ一言に、暴発寸前だった連中が、唖然として固まった。
そんな彼らを嘲弄する様に、ハイネマンの声が陰々とハンガー内に響き渡る。
「貴方がた同様に、『
そう言って、空になったハンガー内を大袈裟な仕草で指し示した後、嫌味たっぷりな動作で軽く肩を竦めて見せた。
ガランとした建屋内の雰囲気が、ハイネマンの言葉に真実味を添え、軍人達の不安を掻きたてた。
「……ば、馬鹿な……」
呻きにも似た呟きが零れ落ちる。
対して、嘘だと詰る声は、不思議と起こらなかった。
これが本当に正規の任務であったなら、恐らくはこうは為らなかっただろう。
だが、自身らの行動に後ろ暗い所がある事を知っていた士官達は、思わず言葉に詰まり、反論に窮してしまったのだ。
――もしや自分達以外にも動いた者が居て、それ等に先を越されたのでは?
そんな疑念が、彼らの口を重くし、互いに顔を見合わせさせた。
一気呵成に動き、反論を挟む余地すら与えぬままに、事を終えて口を拭うという当初の算段は、この時点で完全に瓦解していた。
疑心暗鬼に陥った一同は、指針を喪い、為す術も無く立ち尽くすのみ。
そして、そんな好機を逃す事無く、今度はハイネマンが懐から取り出した書類を、代表者たる大佐の眼前に突き付ける。
男の眼が、限界まで見開かれた。
「コ、コレはっ!?」
「残ったのはこの紙切れ一枚です。
全く同じ書類だと思うのですがね?」
先程、男が突き付けた物と寸分違わぬ代物が、ハイネマンの手の中にあった。
彼らが用意した物と同じく、榊国防相の承認印が、キッチリと捺されたソレを前にし、愕然として立ち尽くす。
何が何だかサッパリ分からなかった。
まるで狐にでも抓まれた様な気分で固まる大佐の手の内から、スルリと命令書を奪い取ったハイネマンは、嫌味ったらしい仕草で、これ見よがしに自身のソレと並べて見せる。
文面も、日付も、書類番号する全く同じ二つの文書。
それをヒラヒラと揺らしながら、止めとばかりに言い放つ。
「……まあ、そちらのお国の内部の事までは、こちらは関知致しませんがね。
とはいえ、当の昔に持っていった物を、もう一度、渡せと言われても困りますな」
そこで一旦、言葉を切ったハイネマンは、皮肉気に頬を釣り上げながら、侮蔑混じりに吐き捨てる。
――それとも、詐欺でも働くお積りか、と。
完全に見下し切ったその物言いに、一同の血圧が一気に上がる。
反射的に拳銃に手を掛ける者も居たが、それに呼応する様に自動小銃を構える警備兵を前にして、それが抜かれる事は無かった。
屈辱に顔を歪め、歯軋りをする面々を冷やかな眼差しで見据えるハイネマン。
見下された側は、それを殺意すら滲ませた眼で睨むが、今この場における優位が相手の側に有る事を否定する事は出来なかった。
逆転の目が全く無い事を、不本意ながら認めざるを得なくなった軍人達は、剥き出しの憎悪を発散させながら、ハイネマンの手から自分達が持って来た命令書を奪い返えそうとするが、ピシャリとはね付けられる。
「貴様っ!?」
「これを持って行かれては困りますな。
また性懲りも無く同じ事をされては迷惑ですので」
冷笑を浮かべながら、そう告げる男に、軍人達は怒りの声を上げ、一部の者が掴みかかろうとするが、それよりも早く数歩下がったハイネマンと軍人達の間を、警備兵達の肉の壁が埋める。
互いに軍人ではあるが、装備も数も違い過ぎた。
あからさまに銃口を向けて来る警備兵達を相手に、腕尽くで押し通すのは彼らにしても難しい。
まんまと重要な証拠を掠め取られた事を、ようやく悟った面々は、わずかに顔を蒼褪めさせながら大佐へと伺う様な視線を一縷の望みを託して向けた。
だが、当の本人はと言えば、今にも砕けてしまいそうな程に、きつく歯噛みするだけ。
もはや全ては後の祭り。
偽造した命令書を盾に、
元々、有無を言わせぬ速さで一切合財回収してしまい、後は有耶無耶にしてしまうという計画は、動きを止められた時点で頓挫せざるを得なかったのだ。
これ以上、この場で騒ぎ立てて、身柄を拘束されでもすれば、我が身の破滅につながるだろう。
そう算盤を弾いた男は、未練を断ち切り逃げの一手を選択した。
命令書そのものは、最終的には出所不明の物として、闇から闇に葬る事を予定していた物に過ぎない。
ここで回収出来なかったとしても、致命的な問題には成り得ないとの判断も、その選択を後押ししていた。
「帰るぞ!」
そう吐き捨てて踵を返し、肩を怒らせて歩く演技をする大佐の後を、何とも消化不良の表情をした部下達が数歩遅れて追う。
そのまま足早にハンガー外へと向かう彼らを、つまらなそうに見送っていたハイネマンは、不満気に鼻を鳴らしながら呟いた。
「まったく騒々しいことで。
……せめて詫びの言葉くらいは、置いていって欲しいものですな」
皮肉と嘲笑の入り混じった非難の声が、ハンガー内に響き、そして消えていった。
■□■□■□■□■□
―― 西暦一九九二年 八月十五日 帝都・篁邸 ――
本葬を終え、後片付けの済まされた広間に、唯依を始めとした篁一門の者達が集っていた。
幼いながらも喪主としての務めを果たした少女は上座に座り、その脇を巌谷と一門の長老達が固める形を取る中、唯依の真正面に進み出たスーツ姿の初老の男が、携えていたアタッシュケースを開き、一通の封筒を取り出すと、封印がされている事を周知するかのように周囲の面々へと示す。
一通りの面子に確認をさせた男――篁家の顧問弁護士を務める人物は、改めて唯依へと向き直って居ずまいを正すと軽く咳払いをした後、淡々とした口調で告げた。
「――それでは、これより故篁氏よりお預かりしていた遺言状を開封させて頂きます」
そう言い置くと、ペーパーナイフを取り出し、遺言状の封を切る。
そのまま中の遺言状を取り出すと、聞き逃しや聞き間違いの無い様に、ゆっくりとした口調で内容を読み上げていった。
本家の当主として、生前より公言していた通り、一人娘である唯依を指名し、財産についても唯一の直系卑属である唯依へと全て引き継ぐ事。
長老衆については、唯依が成人するまでの間、篁家当主としての各種の責務を補佐して貰う事。
そして後見人としては、故人から遺言状開封時の立会人にも指名されていた巌谷に委ねる旨が記されていた。
それらを務めて事務的な口調で、簡潔に読み上げた後、立会人である巌谷にまず遺言状が渡され内容の確認を求められる。
一言一句、誤りが無い事を確認した巌谷は、その事を明言すると、遺言状を唯依へと渡した。
亡き父の直筆の遺言を、隅から隅まで舐める様に凝視する少女の双眸に、微かに光る物が滲む中、緊張が緩んだ座の空気に触発されたのか、遺言について思い思いに言葉を交わす者達も現れ出した。
とはいえ内容の大半は、当初予想されていた通りのものでしかなく、それに異を唱える者は居ない。
親族達にとって唯一の懸念事項であった後見人についても、無難に巌谷が指名されていた事で、騒動とはならなかった。
波乱無く、遺言の執行が進むであろう事を確認した面々の中に、ホッとした空気が広がっていくのは至極当然ですらあったろう。
――だが。
「この遺言状とは別に、後見人である巌谷氏宛ての書簡を、故人よりお預かりしております」
相も変わらぬ淡々とした口調で、予想外の爆弾が放り込まれる。
そのまま遺言状よりも、二回りほど小さい封筒が、封を切らぬままペーパーナイフと共に巌谷へと渡された。
怪訝そうな表情で、それでも受け取った巌谷は、封筒の裏側に封印代わりの故人のサインがされているのを確認すると、渡されたペーパーナイフを差し込んで封を切る。
中に入れられていた手紙に、ザッと眼を通した巌谷の顔に、なんとも表現し難い表情が浮かんだ。
「……叔父様?」
急変したその様子に、父の手紙ということで興味を惹かれていた唯依が、困惑したように声を掛ける。
すると、それが契機となったのか、固まっていた巌谷が、ギギギッとばかりに動き出した。
「……あの野郎……」
歯軋りにも似た呟きが、巌谷の口から零れ落ちた。
厄介事を押しつけやがってと、言外に滲ませるその呟きに唯依は眼を丸くする。
―― 一体、父は叔父宛てに何を遺したのだろうか?
そんな疑念が唯依に、否、周囲の者達全てに広がっていく中、ぶつぶつと故人に対する恨み事を呟いていた巌谷が、意を決したかの様に立ち上がった。
衆目が集まる中、渋みのある男の声が朗々と響く。
「この場を借りて、新当主並びに親族方にお伝えしたい」
否応なく、興味を惹きつける声と内容に、この場の面々が注目する中、半ばヤケになった様子の巌谷から爆弾発言が飛び出す。
「前当主より私宛に遺された手紙の内容についてお伝えする。
………内容は……あ〜……唯依ちゃ……もとい、新当主の許嫁についてだ」
「えっ!?」
「「「―――ッ!?」」」
驚愕が広間を満たした。
唖然として固まる唯依と親族達。
そんな彼らを他所に、口を差し挟む暇を与えぬ為に、巌谷が早口で捲し立てる。
「新当主の許嫁は、枢木ルルーシュ殿。
枢木家当主・枢木真理亜殿と亡き前当主との間で既に約定が交わされている旨、この書簡に記されていた事をお伝えする!」
「「「―――ッ!?」」」
一瞬の沈黙が場を制し、そして次いで喧騒が巻き起こる。
大声で反対を口にする者、頭を抱え込む者、そして渋い表情ながら祝いの言葉を口にする者。
様々な反応がそこかしこで起こる中、あまりと言えばあまりの出来事に、完全に呆けた唯依の中で、ただ巌谷の言葉のみが繰り返し繰り返し響き続ける。
――新当主の許嫁は、枢木ルルーシュ殿。
新当主?
ダレ、だれ、誰?
――新当主の許嫁は、枢木ルルーシュ殿。
私だ。
私の事だ。
――新当主の許嫁は、枢木ルルーシュ殿。
枢木ルルーシュ……兄様の事に決まっている。
――新当主の許嫁は、枢木ルルーシュ殿。
私が許嫁、誰の?
……兄様の?
「わ、私が兄様の許嫁ぇっ!?」
絶叫が可憐な唇から迸った。
次の瞬間、一気に昇った血に満面を朱で染め上げながら、のぼせ上った唯依は思わず眩暈を感じてへたり込む。
心臓が破裂しそうな程に早く激し鼓動を産み、息をする事も困難な程に胸が苦しくなった。
体中が熱くて熱くて堪らない。
だがそれは、それはとても心地良い熱だった。
大事な父を喪い、孤独となった少女の冷えた心を、一気に融かす程に熱く、そして何より嬉しい。
熱に浮かされた紫の双眸が、いま聞いた事が聞き間違いでは無いかとの一縷の不安に押されて巌谷を見上げた。
真剣そのものといった愛娘の眼差しに、何とも微妙な表情を浮かべた巌谷は、その視線から逃れる様に書面へと視線を落とし、伝え遺しの文面を告げる。
「尚、これは遺言には含まれないので遵守する必要は無いとも書かれている。
双方が成人した後、当人同士の気持ちを確認し合った上で、婚姻を結ぶかどうかを選択する様にとな」
そう言い置くと、手にしていた手紙を唯依へと手渡す。
武家の息女としての慎みを、暫し、遠くの棚へと放り投げた少女は、貪る様な勢いで父の遺筆に眼を走らせた。
一言一句に至るまで丁寧に、そして慎重に読み取っていく唯依。
最早、周りの騒ぎなど全く耳に入らぬ程の集中を見せながら、最後まで読み切った少女は、そこでようやく思い出した様に息を継いだ。
深い呼吸と共に、胎内の熱が退いていく。
少しずつ冷えた頭が動きだし、そして最後に素晴らしい遺産を遺してくれた父への感謝の念が小さな胸の隅々にまでじんわりと広がっていくのを感じながら、少女は小さな呟きを漏らした。
「ありがとうございます。父様」
万感の想いを含んだ小さな声が、喧々諤々と騒がしい広間の騒動に紛れ、そして消えていった。
■□■□■□■□■□
―― 西暦一九九二年 八月十五日 アラスカ・ユーコン基地 ――
立ち入れる者が限られる機密エリアの一角。
その場所に、幌を掛けられた鋼の巨人と中年の男が佇んでいた。
自身が手塩に掛けたソレを前に、男は手にしていた花をそっと捧げる。
持参した銀製のスキットルからグラス二つにウィスキーを注ぎ、一方を手に取った
『彼女』の一件から、あまり息が合っていたとは言えぬ二人三脚だったが、それでも創り上げた
「……マサタダ。
キミは私の事を苦手に感じていた様だが、私はキミを嫌いではなかったよ」
『彼女』の事については、言いたい事は山ほどあったが、それはそれと割り切れない程、子供な筈も無い。
その卓越した才幹も、戦術機開発に掛ける情熱も、昔から男にしてみれば好ましいものだった。
そして自身には、決して持ち得ぬ真っ直ぐな気質も……
まるで地の底から太陽を見上げる様な憧憬を、その双眸にたゆたわせながら、この男には珍しい毒気の無い声音で、今は亡き旧友へと語り続ける。
「だからコレは、私からの一方的な友情の押し付けだ。
……キミにしてみれば、迷惑なだけかもしれないがね」
装甲を外され、幌に包まれた
妙な小細工をして、篁の遺産を横取りしようとした盗人共は、罪に相応しい報いを受けるだろう。
だが推進者であった篁が死んだ事で、
擁護者を喪い、未だ風当たりの強い日米の混血児に帰るべき場所は無い。
このまま返還すれば公式に技術情報を取られた上で、モスボール化される運命である事を聞かされたハイネマンは、彼等の悪だくみに一枚噛む事を選んだのだった。
――らしくない。 実にらしくない。
そんな思いが自嘲の笑みを浮かばせるが、一方で、これは又これで良いかと思う自身を自覚しつつ、『彼』は『彼』へと別れを告げる。
「……いつの日か、キミの夢を受け継ぐ者が現れん事を。
その日が来る時まで、『
五年か、或いは十年……もしかしたら、それ以上。
今は最新鋭機である
技術的には意味の無い行いである事は、技術者の権化とも言える彼にとっては分かり切った事だった。
だが、彼と同じ道を歩む者にとっては別だろう。
先人が残した道標としての意味と価値が喪われる事は無い。
男の脳裏に、一人の少年の姿が蘇った。
彼が恋し、そして恋破れた女性の息子の姿が……
「……マサタダの夢を継ぐのはキミかな?
それとも、或いは……」
一度だけ見せて貰った写真。
その中で、あどけなく眠る赤子へと思いを馳せながら、彼は予感を感じていた。
――いずれ彼等の内のどちらか、或いは、両方が、この地を訪れるであろう事を。
その日が来るその時まで、自身が生きていたのならこの誓いは守られる。
だが死んでいたならその時は……
「……まあ、成る様になるだろうね」
ハイネマンが、薄っすらと笑う。
いつもの様に内心を隠した張り付いた笑みを浮かべながら。
そのまま心の底から笑う事など当の昔に忘れて果ててしまった男は、手にしたグラスを軽く掲げてから一気に飲み干すと、空になったソレを供えられたもう一方のグラスの横に置き、
よく響く靴音が次第に遠ざかっていく。
やがて、重々しい音と共に隔壁が閉ざされると同時に照明も落ち、場にシンとした静寂が満ちた。
真闇と無音の空間の中、まどろむ鋼の巨人はただ一人。
時経て後、ハイネマンが願った通り、篁の夢を継ぐ者が、この地を訪れるその時まで、『彼等』が見た夢の欠片は、しばしの眠りに就いた。
■□■□■□■□■□
―― 西暦一九九二年 九月一日 帝都・某料亭 ――
カッコンと、遠くで鹿脅しの鳴る音が響く中、篁唯依は完全にテンパっていた。
頬をリンゴの様に真っ赤に染めたまま、モジモジと俯いた姿勢を取りつつ、時折、上目遣いに対面に座る相手を見ては、更に真っ赤に鳴っていく悪循環?
そんな少女の微笑ましさに、頬を緩ませていた二人の大人の内の一方が、茶目っ気一杯の口調でからかった。
「本当に可愛らしいお嬢さんだこと。
こんな素敵な娘を、義理の娘に出来るなんて幸せですわ」
「……あ…うぅぅ……」
白々し過ぎる物言いに弄られ、更に赤くなり縮こまる小さな身体。
このまま行けば、幼くして脳溢血で倒れてしまうのでは――などと案じたくもなる動揺ぶりに、眉をしかめる対面の少年の横手から、野太い声が響く。
「全くその通りよ。
ルルーシュ、お主は果報者よな!」
「はぅぅうぅ……」
続けざまの褒め言葉に、完全に茹った少女の双眸が、虚ろになっていく。
それを流石に気の毒に思った少年は、ノリノリになっている困った保護者達を窘める言葉を口にした。
「……母上、紅蓮閣下、悪ふざけが過ぎるのでは?」
いい加減にして下さい、と言外に匂わせながら、さり気なく制止を試みるが、横紙破り上等なこの男女には、鼻で笑われるだけだった。
「何を言うか!
女にとっての晴れ舞台ぞ。
きちんとした場と空気を整える事こそ肝要というものよ」
「全くその通り。
ほんと、ルルーシュは女心というものが分かっていないわねぇ」
そう言って紋付き袴の紅蓮と真理亜が揃って豪快に笑う中、不良な母と保護者の物言いに頭痛を感じたルルーシュは、助けを求める視線を『三人目』の大人へと向ける。
……いや、向けたのだが。
「………」
力無く逸らされた目線に、彼は絶望を覚える。
思わず額に指を当て、頭痛を堪える少年の両脇では、完全に遊ぶ気満々な者達が、彼等の言う所の『女の晴れ舞台』を整えるべく、白々し過ぎる演技を続けていた。
「それでは、後はお若い二人で」
「うむ、そうだな。
我らの様な年寄りは引っ込むとしよう」
「………はっ……」
そう告げて、嬉々として席を立つ元斯衛最強と現斯衛最強の男女。
そして見えない鎖で曳かれる様に、ノロノロと立った巌谷が、彼等の後に続いた。
そのまま『孫は何人』とか、『最初は女で次は男』とか、聞いている方が赤面したくなる様な会話を、楽し気に交わしつつ去っていく。
そんな恥ずかし過ぎる連れが、廊下の向こうへと姿を消し、その足音がようやく途絶えた所で、ルルーシュは疲れ切った溜息を漏らした。
「………はぁぁぁ……」
ひどく疲れた気がした。
正直、良い様に遊ばれている現状に、腹が立たぬ訳でもないが、なにせ実の母親と父親同然に世話になっている相手である。
彼にしてみれば、珍しく頭の上がらない相手のコンビには、中々に苦情も言い辛い面もあったのだ。
故に、いまは解放された事を素直に喜び、肩の力を抜いた少年であったが、思わぬ伏兵が束の間の安息を破ってくれる。
「に、兄様!」
「ん?……どうしたのだ唯依?」
真っ赤な顔はそのままに、それでも真剣な表情を浮かべた妹分に、ルルーシュの眉間が微かに寄った。
そんな相手の反応にすら気付く余裕も無いのか、ただひたすらに真っ直ぐにルルーシュを見据えたまま、唯依はつっかえつっかえ言葉を紡ぐ。
「……兄様は…唯依では……ご不満ですか?」
不安と恐れに震える問いが、可愛らしい唇から零れ落ちた。
良く見れば、全身が小刻み震えているのが分かる。
それでも精一杯の勇気を振り絞り、少女は問い掛け続けた。
「た、確かに……唯依では、兄様の許嫁には……役者不足……とは思います」
全てが遠く及ばない事は分かっている。
その横に立つには、今の自分には余りにも足りないモノが多過ぎる遠い遠い人。
だが……
「………それでも……唯依は……唯依は……」
語尾が震え消える。
最後まで言ってしまえば、ナニかが壊れてしまいそうで恐ろしかった。
そうやって言葉に詰まり俯く愛しい妹の姿に、ルルーシュは微かに苦笑する。
「そう言う訳ではないのだがな……」
そうそんな事は無い。
役者不足などと思った事も露ほどにも無かった。
ただ単に、妹として見ていた少女を、いきなり許嫁と言われてもピンと来ない。
ただそれだけ、本当にそれだけの事に過ぎなかったのだから……
さて、どう事を納めたものかと胸中で思案しながら、落ち込んでしまった妹を宥める言葉を安易に口にした。
「そもそも唯依は、これで良いのか?
まだ将来を決めるべき年齢でもあるまい」
「………」
俯く少女に、語り聞かせる様に告げる。
まだ早いと。
これから多くの人と出会い、そして成長していくのだ。
数多の可能性を捨て、将来を決めてしまうなど愚かしい事と説くのは、紛れもない正論である。
但し――
「……もう少し、落ち着いて――っ唯依!?」
不意にポロポロと涙を流し出す唯依に、ルルーシュも思わず泡を食った。
泣き声一つ漏らす事無く、ただ静かに涙を流すその姿に、雄弁を以って鳴る筈の彼が思わず言葉を失う中、途切れ途切れな震える声が紡がれていく。
「…ゆ…い……のこと……がおきらいな……はっきり………」
「嫌いな訳が無かろう!」
絶望の色を双眸に浮かべて嘆く唯依に、反射的に否定を返すルルーシュ。
故に、飛び出した言葉は、彼の紛れもない本心。
愛しくて大切に思う気持ちに嘘偽りなど一片も有りはしない。
だが――
「……でも……でもぉ……」
唯依は納得しないまま、涙を流し続ける。
何故なら――
――但し、その説得は、兄が妹にするものだから。
――だが、その思いは、兄が妹に向ける気持ちだから。
どちらも、今の少女が求めるモノとは似て非なるモノ。
だからこそ、納得出来ず、彼女は涙を流し続けるのだった。
どうしようもなくなった少年は、思わず天を振り仰ぐ。
求めているモノは何となく分かった。
だが、それが与えられるものなのか、与えていいものなのかが分からない。
己の気持ちもあるが、だがそれ以上に前世の記憶が邪魔をするのだ。
自身の初恋であった異母妹の血に塗れた姿が。
この腕の中で冷たくなっていった愛してくれた少女の最後が。
どうしても瞼の裏でチラつくのを止められない。
誰かを愛し、愛される資格があるのかと、どこかで問い掛ける自身に、踏み出す事を躊躇した少年は、卑怯と承知でお茶を濁す事を選んだ。
「だから泣くな……」
「兄様っ!?」
泣き続ける少女を抱き締める。
嘘偽りを押し隠す様に強く固く。
そして不意打ちに真っ赤になった唯依の耳朶に口を添え、内心で詫びを言いながら嘘を紡ぎ上げる。
「まったく困った許嫁だ」
「……兄様?」
まだ認められないのにも関わらず、そう呼び掛ける自身の卑劣さを自覚しつつ、それでも涙を止めたくて演技をする彼。
怪訝そうな表情を浮かべた唯依に、微笑みを向けながら更に嘘を吐く。
「先ずは、その呼び方から直すがいい。
兄では、お前の許嫁になれんだろ」
「……あっ」
少し怒ったフリをして見せる。
稀代の嘘吐きの演技を見破るには、まだ幼すぎる少女は、わずかな違和感を覚えつつも、与えられた言葉に頬染めて恥じらった。
そんな唯依の姿に、微かに痛むものを覚えながら、それでも今はこれが精一杯と割り切ったルルーシュは、抱き上げた小さな肢体を抱え直すと、その艶やかな髪をゆっくりと梳る。
それだけで夢見心地になった少女が、ぐったりと脱力して全てを委ねる姿に、愛しさと痛みを感じながら、今はこれで良いと強引に割り切った。
優しい嘘で紡がれた穏やかな時間。
そのままゆっくりと過ぎていく筈だった刻。
だが、世界はソレを許さない。
慌ただしい足音と共に障子が開け放たれ、血相を変えた家令が、飛び込んできて叫ぶ。
「若様、ご当主様が倒れられましたっ!!」
「「――!?」」
―― 暖かく穏やかな春が終わり、熱く激しい夏が、嵐の季節がやって来る。
―― 西暦一九九二年九月 ――
日本帝国・国防省は、昨年五月より帝国軍技術廠主導のもと推進してきた
本来ならば、後継となるべき担当者を選定し、継続すべき案件であったが、諸々の理由によりその選択は破棄された。
まず第一に、計画そのものはかなりの進度まで達していたものの技術廠側には、その全貌を正確に把握していた者が、故人以外に居なかった事が上げられる。
これは日米共同開発という本計画に対し、協力的あるいは好意的な者が少なかった事と、極秘計画故、担当者以外には詳細に触れられる者が極めて少数であった事が仇となったのだった。
遺された資料から、計画の全貌を把握し、計画を再スタートさせるまでには一年近い時間が必要と見積もられた為、それまでの間、MD社側の要員を拘束する為に払う費用を始めとし、様々なコストが嵩むのを理由に、技術廠内からも計画凍結の意見が続出した事が公式な中止理由とされている。
だが実際には、それら以上に重要な事件が発生していた事が、結果として、この計画の遂行を断念させる事となったのは、緘口令が敷かれた為、ごく一部の高官のみが知る事実であった。
計画の推進者であり担当者でもあった篁中佐の急逝後、時を置かずして計画遂行の地であった国連軍ユーコン基地を、日本帝国軍を名乗る集団が来訪。
共同開発計画のパートナーである米国MD社側に対し、計画の凍結と
結果、日本帝国を名乗る集団に、まんまと改修機とその資料を持ち去られた訳だが、その際に提示された命令書が厄介な火種となる。
偽造文書であるならまだマシだったのだが、使われていた用紙も捺されていた国防相印も正規の物である事が調査の結果判明。
この時点で、責任の所在を押し付けられた格好になった国防省内では、内部監査の嵐が吹き荒れる事になる。
その後、数ヶ月に渡る調査の結果、国防省内の高官の一人が無断で印を持ち出し、命令書を偽造していた事が判明。
そして芋蔓式に、実行に関わったと目される面々も続々と逮捕・拘禁される事になる。
だが、この時点でも
後にMD社より改修に関するデータのバックアップが提出されたものの日本の戦術機開発を主導する光菱・富嶽・河崎の三社は、設計思想の違いを理由にデータの利用には消極的で、結果としてこの計画の成果は、ことごとく無に帰する事になったのだった。
しかし後年、同ユーコン基地にて行われた第二次日米共同開発計画において、再び、呼び掛けに応じた米国MD社は、帝国の主力戦術機『不知火』の改修にあたり、極めて合理的かつ効果的な改修案を提示し、主幹企業の座を見事に射止める事となる。
この改修案を作成するに辺り、頓挫した
どうもねむり猫Mk3です。
う〜ん今回も超難産。
ふふ……ふふふ……ふぅ…。
さて、風雲編の最終回。
如何でしたでしょうか?
モラトリアムの終焉。
そして嵐の時代――『創嵐編』へと物語は進みます。
長かった。本当に長かった。
……でも、途中で何話か挟むので、まだまだ長いです。
はてさて、いつになったら終わるのやら。
まあ、気長にお付き合い頂ければ幸いですという事で。
では次回は断章『白山吹』にて。
……ああ、因みに断章はランダムに時間を飛ばしますので作中の日付にはご注意を
ではでは