第19話『暗闇に挑む者達』
セイバー総本部、訓練室。ここは、セイバー達の鍛錬、実戦形式の試合が行われる場として使われている。
現在、室内ではふたりのセイバーが剣を交えている。アヴェルとザッシュ、集い荘に住む同居人同士だ。
ふたりが手にしている者は、普段使用している金属製の実体剣ではない。
一般人から見れば金属製の剣にしか見えないだろう。しかし、意力の心得のある者やセイバーには彼等が使用している剣が何で出来ているのかは一目瞭然―――己の意力を武器に象った武装“意刃”だ。
彼等が何の理由があって剣を交えているのか、事の発端は少し前まで遡る。
先日、1週間に及ぶ不在から帰還したアヴェル。彼は修行の末に、意刃を発現させることに成功。
帰還した後、疲労から眠りに就いた彼が次に目を覚ました時には既に日付が変わっていた。
幼馴染ふたりには、目を覚ますなり、頬を引っ張られた。何の連絡もしていなかったから、心配させてしまった罰として受け入れた。
「起きたばかりで悪いが、総本部に行くぞ。アドバンスド昇格は間違いないだろうが、形式として意刃を使用した実戦を見せてくれとの通達だ」
シオンの言葉に頷き、意刃を発現させて間もない少年は、総本部の訓練室まで赴いた。
実戦形式の試合の相手は、軟派だが剣の腕が立つ同居人のザッシュ・シャルフィド。何故に彼が相手なのかと、他の住人達はシオンに尋ねてみる。
「俺が相手では勝負にならんからな」
「うぐ……」
少しムッとアヴェルだが、言い返すことが出来ない。彼の言葉に、嘘偽りが一切含まれていないからだ。
意刃を発現させてからの1週間、ずっとこの男に剣の稽古をつけて貰ったのだが、生憎と一本も取るに至っていない。
否、この男と七日七晩に渡る稽古をして五体満足でいられた方が奇跡といえるかもしれない。
何せ、ドラゴンを一撃で両断したり、暴走した鉄騎を素手で制圧可能な男なのだから。
「で、俺以外で剣の腕の立つ相手と試合をさせようと考えていたところ、ザッシュに白羽の矢が立ったというワケだ」
「まぁ、僕は別にいいんだけどさ……僕以外に腕が立つ人って他にも居るじゃん?何で僕なの?」
ザッシュの言う通り、彼以外にも剣の腕が立つセイバーは他にも居る。彼の脳裏に過ったのはふたりのセイバー。
ひとりはクライス・レイラント。20年以上の戦歴を持つベテラン、アヴェルの父グレンとはスクール時代の先輩後輩の間柄であり、アヴェルが幼い頃から親交のあるセイバーでもある。
もうひとりはラウル・ロンド。老師の尊称で呼ばれる現役最年長セイバー。こちらもアヴェルやディアス家の人間とは親交が深い。
両セイバーの使う意刃の形状は剣型、アヴェルと試合をするには持ってこいの人材ではないかと思う。
と、三枚目セイバーの後頭部がツンと小突かれる。振り返ると、そこにはリューの姿が。
彼女はジト目で、眼鏡をクイっと上げる。
「ベテランのおふたりは、どっちも遠方のブレイカー討伐の真っ最中よ。暇人のアンタと違って忙しいの」
「暇人はヒドイなぁ。泣きそうだから、リューちゃんの胸で泣かせて」
「さっさと用意せんかい。素っ裸にして、屋上からロープで吊るすわよ♪」
「かしこまりましたー!」
青い顔して、訓練室に駆け込むバカがひとり。こういった経緯があり、アヴェルはザッシュと剣を交えている。
ふたりの試合を見物しているのは、集い荘のメンツ、リュー、少ししてからレイジもやって来た。
レイジは最初から見物したかったそうだが、生憎と仕事が片付いていなかったので遅れたそうだ。
ソラスが訓練室にある時計に目をやる。ふたりが剣を交えてから、既に3時間半が経過していた。時間の経過とは早いものだ。
当初は、腐ってもザッシュが先達なのでアヴェルに勝ち目は薄い。15分も戦えれば善戦だろうと考えていた。
ソラスは顎に手を当て、ふたりの様子を窺う。
「(おいおい、マジか……?ふたりの剣捌き、動きに殆ど差がないじゃねぇか)」
戦闘スタイルは異なるが、ソラスとザッシュは幾度か試合した経験がある。
近距離ならザッシュ、中遠距離ならソラスに分がある。この両名はほぼ互角の実力なのだ。
今のアヴェルは、自分と互角に戦えるザッシュに食らいついている。
カノンに視線を向ける。その視線に気付かない彼女ではない。ソラスの視線―――無言のメッセージを理解し、首を横に振る。
そんな彼女を見て、内心でそうかと頷く。
彼女もザッシュとソラスと同じアドバンスドの階級に身を置くセイバー。16歳という、近年では早いスピードで彼女はアドバンスドに昇格した。
その彼女でさえ、ソラスかザッシュのどちらかと試合を行って勝てる自信はない。大体、30分戦えればいい方だ。
意刃を発現させて間もないアヴェルは、そのザッシュと3時間半も戦っているのだ。つまり、それが意味することはひとつしかない。
実際に剣を交えているザッシュは、最初の数分で既に理解していた。
「(堪んないなぁ、もう……僕と殆ど差が無いくらい強くなってるじゃないか)」
目の前で剣を交える少年の実力は、既に自分やソラスと互角かもしれない。自分が勝っているのは実戦経験くらいのものか。
一体、1週間でどうすればここまで腕を上げられるのか。あの赤髪の元当主の指導力に慄くばかりだ。
ふと、眼前で鍔迫り合う後輩と視線が合う。彼は笑っていた―――目は笑ってはいなかったが。
後ずさりそうになるが、鍔迫り合いの真っ最中にそんなことが出来るワケも無い。
「ザッシュさん、気になりますよねぇ?ぼくがこの1週間、どうしてたか気になりますよねぇぇぇええええ?」
「うん、ごめん―――聞きたくないや。今のアヴェルくんの顔見たら、聞こうって気が失せたよ(汗)」
彼は笑いながら泣いていた。心なしか、透明の筈の涙が赤く見えるような気がする。
ああ、これは相当にヤバイと感じた。修行中の彼は、正に地獄に放り込まれた気分だったのだろう。
あの元当主、一体どれだけ過酷な修行を施したのか。時折、アヴェルが元当主を恨めし気に見つめるが、当の本人はどこ吹く風という表情だ。
けたたましい音が響き、火花が散る。剣戟を続けていた両名が距離を取る。互いに埒が明かない、といった面持ちだ。
試合開始からもうじき、4時間になろうとしている。体力的に限界だ、決着をつけなくては。
「アヴェルくん、そろそろ決着といこうじゃないの」
「臨むところです」
静寂が訓練室を支配する。さしずめ、嵐の前の静けさと言えばいいか。
両者は微動だにしない、静止したままだ。
時間にすれば数十秒くらいだっただろう。しかし、観戦している者達にはその何倍も長く感じた。
訓練室内にふたつの意力が立ち昇る、ふたりはほぼ同時に地を蹴って正面から激突した―――。
「……結局、負けちゃったなぁ」
暫くして、総本部の医務室のベッドの上。アヴェルは仰向けになって天井を見ていた。
ベッド横には、アンリとカノンが椅子に座っている。カノンはリンゴを剥いて、皿にのせていく。
そして、それを食べるのはアンリ。
「アルは頑張ったよ、ザッシュさんの方が先輩だったから一枚上手でしょ(シャリシャリ)」
「あの、アンリ……そのリンゴ、アヴェルに剥いてあげたんですけど(汗)」
「いや、ぼくは別に気にしてないよ。ああ、負けたことじゃなくてリンゴのことだからね」
アンリの言う通り、鼻から勝てるとは思っていなかった。相手は自分よりも先に意刃を発現させ、実戦経験も多いのだから。
やはり、1週間の修行ぐらいでは、まだまだ付け焼刃でしかないのかと溜息を吐く。
結果はザッシュの勝利。同時に駆け出した両名は、一気に距離を詰めて剣を交えた。
しかし、アヴェルが捉えたザッシュの剣がすり抜けた。意力による分身だったのだ。
すかさず、上空に突きを繰り出す。ザッシュの姿は上空に。反応出来たのは、修行で感知能力が高まった為だろう。
だが、これも分身―――フェイク。更にフェイクと認識させる為に、上空に出現させた分身は実体分身だった。
流石のアヴェルも実体分身であることには、直ぐには気付けなかった。
首元に鋭い刃が当てられる感触がアヴェルを襲う。息を切らしたザッシュが背後に立ち、自らの意刃を押し当てているのだ。
戦闘時間はおよそ3時間49分44秒と、当初は15分ぐらいと想定していた者達の予想を大きく上回る結果であった。
この後、ふたりは長時間の真剣勝負による消耗でその場に倒れた。
次にアヴェルが目を覚ますと、既に日は沈んでいた。ザッシュは少し前に目を覚まし、コーヒーを飲みに行ったらしい。
「何とか、引き分けに持っていきたかったんだけどなぁ。ま、“アレ”を訓練室で使うワケにはいかないし……」
「ふえ?アル、今何か言った?」
「ん、ああ、何でもないよ。それで、どうだったかな?」
「総長は昇格だと言ってましたよ」
「やっと、カノン達と同じ場所に足を踏む込むことが出来たよ」
斯くして、ここに新たなアドバンスドが、またひとり誕生した。
同じ階級になり、和気藹々と話すアヴェルとカノン。おめでとうと、昇格を喜びつつもアンリの内心は複雑だった。
集い荘で、自分だけが一番下の階級であるノービスなのだ。
「(このままじゃ、いけないよね……)」
さて、一方の伊達男はというと……屋上のベンチに腰掛け、缶コーヒーを啜っていた。
適度な苦みが口内に広がり、目が冴えてくる。日は沈み、無数の星が夜空に浮かんでいる。
何を思ったのか、すっと手を拡げて星を掴むような動作を取る。
彼の脳裏に過るのは、幼い頃の記憶だった。小さい頃の記憶、目の前には石で作られた妙な物がある。
それが両親が眠る墓石と理解するには、当時の彼は幼過ぎた。彼の両親も、現在の彼同様にセイバーだった。
凶悪なブレイカーとの戦いで故郷から人々を逃がす過程で、幼いザッシュを残して戦死した。
―――とうさんと、かあさんはどこに行ったの?じいちゃん?
―――星になったんだ、お前の父さんと母さんは。
幼い自分は、星に手が届けば、また両親に会えると信じていた。どれだけ望もうとも、星に手が届くワケがない。仮に届いたとしても、その願いが叶うワケもないのに。
「何やってんの?星を掴もうなんて、案外ロマンチストなところがあるわね」
「およ?見てたんだ、リューちゃん」
声を掛けられ、振り返るとリューが同じ様に缶コーヒーを持って立っていた。
気配に気付くのに遅れたのは、アヴェルとの試合による疲労の影響だろう。
星を掴もうとする伊達男の隣に座る。
「アヴェルくん、強くなったわね」
「ん、それだけシオンくんのシゴキが凄まじかったんだよ。それはそうとして、どうしたんだい?何だか、落ち込んでるみたいだけど」
「……アンタや他の人達ばかり、ブレイカーとの戦いに送り出してるなって」
何時になく沈んだ表情の彼女。彼女もアドバンスドだが、ブレイカー討伐に出向くことは殆どない。
セイバーである以上、決して実力が低いワケではない。しかし、単独で強力なブレイカーに立ち向かえるほどの能力を彼女は有していない。
誰しも得手不得手というものは存在する。それは、ブレイカーと戦うセイバーも例外ではない。
リューは戦闘よりもサポートに適したセイバーである。彼女は戦闘技術よりも事務処理能力などに高い適性を持ち、総本部からもそういった面を評価される。
彼女当人は、ザッシュ達と同じように討伐に参加したい気持ちで一杯だったが、彼等ほど武術に秀でているワケではなく、発現した意刃も戦闘向けではない。
今日、アヴェルがアドバンスドに昇格した。またひとり、自分がよく知るセイバーが強いブレイカーとの戦いに赴くことになるやもしれない。
彼女は歯痒いのだろう。戦う術が乏しい自分自身が。共に戦えない境遇にあることが、何よりも歯痒くて仕方ないのだ。
沈む彼女の頭に手を乗せる。
「確かに討伐は危険が一杯だよ。毎度毎度、生きて帰れる保証なんて無いしね」
「ザッシュ……」
「でもさ、僕が頑張って帰って来られるのは帰る場所を守ってくれる人が居てくれるからなんだ。たとえどんな形であれ、この街を守る努力をしてくれているリューちゃんみたいな人達が居るから、生きて帰らなきゃって気持ちになるのさ」
「……馬鹿、自称伊達男の癖に格好付け過ぎ」
「いやぁ、それほどでもぉ!ほっぺにチューしてくれたら嬉しいなぁ!!」
「折角途中までいい話だったのに、台無しにしてんじゃないわよ!」
「うぐぉぉおおおおおおおお……ちょ、極まってる、首極まってるぅ……」
折角の雰囲気をぶち壊され、怒りのオーラ全開のリューはザッシュの首を極める。
自称伊達男は、この後数回魂が出たり戻ったりを繰り返したそうな(笑)。
「(やれやれ、あいつも学習能力が無い男だぜ……)」
毎度毎度恒例となったふたりの珍騒動を、少し離れた所から溜息交じりに見物するソラス。
だが、湿っぽい空気はあいつ等には似合わない。あれこそが自然体な気がした。
時間は少し遡り―――炎の里グラム。小高い丘の上に立派な墓石がある。
里の守護者ディアス一族代々の墓。一族の先達が眠る場所に、シオンは足を運んでいた。左手に花束を携えて。
墓前に花を添え、暫しの黙祷の後に立ち上がる。
「今日、お前の子孫のアドバンスド昇格を見届けた。お前に比べて色々と手が掛かるが、なかなか見どころのある奴だ」
この時代、この墓石の下には彼の跡を継いだ当主―――実の弟も眠っている。
当主を務めていた元の時代、何時か、自分も弟もここに葬られる日が訪れるだろうと漠然に考えていた。
……まさか、弟の方が先に入ることになろうとは、夢にも思わなかった。墓石にそっと手を触れると、冷たさが伝わって来る。
不甲斐ない兄を許してくれ、と心の中で弟に謝罪した。里を建て直してくれた弟の功績に報いるには、同じ名前を持つ弟の子孫の成長の手助けをすることしか思い浮かばない。
「じゃあな、また来る」
先祖代々の墓に背を向けて歩き出す。
墓前に添えられた花が風で揺れ、花弁が宙に数枚ほど舞った。
―――某所、薄暗い室内にジス・アドバーンの姿があった。
上半身裸で椅子に腰掛け、身体のあちこちには裂傷など痛ましい傷跡が多数見られる。彼が相当の実戦を積んだ戦士であることを物語る勲章といえる。
隣りにフルフェイスマスクの巨漢が立つ。ソラスとレオを威圧感だけで制した男である。
“失策だった。知人達に顔を見られてしまうとは”
「……彼等が相手では、遅かれ早かれ正体は突き止められただろう。あまり気に病むな」
“だが、俺だとバレた以上は貴方の正体がバレるのも時間の問題だろう”
「何、総長辺りは既に察しているだろう。計画を早めなくてはならない、全ては“奴”を斃す為に―――」
・2023年2月19日:文章を修正しました。
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