第22話『崩壊』
―――6年前、大陸中央某所。
ふたりの男がフード付きのマントを纏って歩いていた。
フードを目深く被っている為、遠目からは彼等の素顔は窺い知れない。尤も、彼等の周囲には生き物やブレイカーの気配は皆無だが。
ひとりは背丈が高く、マントの下からでも頑強な肉体の持ち主であることが分かる。もうひとりは、少年だろうか?
背丈が低いワケではないが、背丈の高い男と並ぶとそれなりに身長差がある。
彼等が訪れた場所は廃墟、人の気配など微塵も感じられず、建物は今にも崩れ落ちそうな雰囲気。
“きこえる?”
「ああ、問題ない。大分、念話が伝わりやすくなったな」
“こえをなくしてから、ずっとくんれんしてきたかいがあったよ。まだ、たどたどしいけど、つたえたいことばがつうじるのはうれしい”
「そうだな、お前が喋ることが出来なくなった時は目の前が真っ暗になった。声はないが、こうしてお前が伝えたい言葉が理解出来るのは喜ばしい限りだ」
“それはそうとして、ここが?”
「ああ、かつて“デューク”と呼ばれた組織の拠点のひとつだ」
―――デューク。かつて、大陸各地で暗躍していた犯罪組織。人間もブレイカーも支配下に置き、この世の全ての頂点に立つという正気とは思えない思想の下に悪逆の限りを尽くした集団。
犠牲になった人間は数知れず、数年前にセイバー総本部とガーディアンのほぼ全部隊が共同作戦により、首領をはじめとした幹部勢、各地の拠点を制圧し、組織の壊滅に成功。
この廃墟は、そのデュークの拠点のひとつだったという。
屈強の男は、背丈の低い男に視線を向ける。
「もう一度だけ聞いておこう―――引き返すなら、今だ。私は、何があろうと引き返す気は無いが、お前はまだ若い。引き返し、違う道を選ぶ、いや……自らが進むべき正道に戻ることも出来る」
“わるいけど、そのつもりはないよ。おれだって、きもちはいっしょだ。こえをなくしたかりをかえしたい、あのひとたちをあんなふうにした“あいつ”をたおさないときがすまない”
「……全く、悪いところが私と似てしまったな。では、行くとしようか」
“うん”
ふたりは、廃墟の中へと消えていく。闇の中に消えた彼らの行く末を知る者は誰もいない。
「隊長、ジス隊長?」
呼び掛けられ、ジス・アドバーンの意識は覚醒した。目の前には研究者らしい風貌の若者の姿が。
声を出せない彼は、念話で目の前の若者に伝えたい言葉を伝える。
“エリク、今何時だ?”
エリクと呼ばれた、若い研究者は腕時計に目を配る。
「午前3時前です」
“俺としたことが、少しばかり寝過ごしてしまったな。2時間ばかりの仮眠を取るつもりだったんだが”
「無理もないかもしれません、このところ、多忙でしたから」
“ブーステッド、それにハイブリッドの使用実験……まだまだ、不十分だ。ブーステッドは使用後の負担が大き過ぎ、ハイブリッドは暴走の危険性が高い”
「隊長、前からお伺いしたかったのですが」
“何だ?”
「本当に実在するのですか?隊長の言う人智を超えた力を持つ異形というのは?」
“正直な話、“奴”に比べると災害クラスのブレイカーすら赤子に等しい。目の当たりにした俺は、戦意を根こそぎ折られてしまった”
ジスは、今でもあの時の出来事を夢に見る。身も凍るほどの恐怖を植え付けられた、あの時の悪夢を。
7年前のあの日、炎の里グラムに突如として出現した異形。ブレイカーかどうかすら定かでない“それ”は、ジスの父ゼルディをはじめとした歴戦のセイバー達を悉く戦闘不能にした。
新米セイバーだったジスは戦闘に参加しておらず、避難所に里の人間を誘導させていたが、見知った銀髪の少女が避難所から姿を消していた。
第六感が働いたのか、彼女の幼馴染である赤髪の少年は避難所から飛び出した。当然の如く、彼の母親とジスもその後を追った。
辿り着いたのは戦場―――我が目を疑う光景が広がった。今まで見たことがないほどの重傷を負った父の姿。それだけではない、父の親友は片足を失い、この里の先代当主とベテランである父の後輩も酷い怪我だ。
尤も視線を釘付けにしたのは、地に倒れ伏す赤髪の男―――炎の里の現当主だった。彼は、ピクリとも動く気配が無い……いや、それ以前の問題だった。
現当主の肉体からは、意力を微塵も感じ取ることが出来なかった。あり得ない、と信じたかった。
彼はセイバーの中でも、父に並ぶ実力の持ち主。彼が負けるワケがないと、心から信じたかったのだ。
視線を“それ”に向ける。父達をこんな風にした元凶へと。目の当たりにした瞬間、息が止まりそうになった。
何だ、“あれ”は―――?
血の気が引くどころではない、今にも死んだ方がマシだと思えるほどの恐怖を感じた。
戦う?否、自分なら戦うことなど出来やしない。あんなものに戦いを挑むなど、自殺願望がある人間しか居ないだろう。
我を取り戻したのは、赤髪の少年の叫び声が聞こえたからだった。彼は、戦場に飛び込もうとしていた。
すぐさま、彼を羽交い絞めにして止めたのは言うまでもない。行っても殺されるだけだと制止する。
無理かもしれない。何せ、彼の父である里の現当主が地に伏しているのだから。父親があんな状態にされて、黙っていられるワケがない。
暴れる彼を必死に制止している中、舌足らずだが綺麗な歌声が耳に入ってきた。歌の主は、避難所から消えていた銀髪の少女の口から紡がれていた。
何て、澄んだ歌声なのだろうか。心を蝕んでいた不安や恐怖が氷解していく。勇気が湧き、希望が満ち溢れる歌声だった。
ふと、殺気を感じた。“あれ”が少女に向かって指先を向けているのに気付く。指先には黒い意力が集約され、今にも発射される勢い。
そこからは無我夢中だった。頭には、放たれた黒い凶弾から少女を守ることしか無かった。異形と少女の間に割って入り、障壁を展開して凶弾から少女を守る。
想像を絶する重圧が襲い掛かった。今にも押し潰されてしまいそうだった。
新米の自分の障壁では、防ぎ切ることなど到底不可能だ。彼女から攻撃を逸らすことが精一杯。
喉に激痛が奔った、凶弾が障壁を貫通して自分の喉元を直撃したのだ。意識が遠のいていく中、最後に聞こえたのは銀髪の少女の悲鳴だった。
戦いの後、里の病院のベッドの上で意識を取り戻した。
命が助かったのは奇跡としか言えない、とまで医師から告げられた。二度と言葉を発することは出来なくなったが、命があるだけ儲けものか。
退院後、父と共に人前から姿を消した。父は自分を炎の里、あるいはアークシティの知人に預けるつもりだったらしいが、そんなものを認める気など毛頭なかった。
父が自分を知人に預けてまで何を成そうとしているのか、手に取るように分かる。親友と後輩をあんな目に遭わせたあの異形を、如何なる手段を用いても討伐するつもりなのだ、と。
「ジス、私は法を犯してでも“奴”を斃す。手段を選んでいる余裕など無いのだ」
あの異形の脅威の前に、手段など選んでいられない。至極、当然の発言だ。あんな化け物を目の当たりにし、正常でいられる人間などそうそう居ないだろう。
奴を斃す力が必要だ、そう考えた父が思いついたのは、かつて制圧した犯罪組織デュークが使用していた力だった。
意力を飛躍的に増大させる違法薬物ブーステッド、あの力ならば限界を超える意力を引き出せるかもしれない。
斯くして、自分と父の大陸各地に点在するデュークの拠点を巡る旅は始まった。殆どの建物は廃墟と化しており、資料らしき物など見つかりはしない空振りの日々が1年は続いた。
“そして、6年前に俺達はこの最後の拠点でブーステッドに関する資料と、ブーステッドを動力とする人造兵ハイブリッドを発見するに至った”
ジスは立ち上がると、少し先まで足を進める。眼前には暗闇が広がっている。
カッと、ライトの光が暗闇を照らす。暗闇の中には金属の塊―――否、人型の機械が多数存在した。その数はゆうに1000体はあるだろう。
人造兵ハイブリッド、この場所でジスが父と共に見つけたデュークの負の遺産と呼べる代物である。今は無き狂人集団は、これを用いて主要都市を制圧するつもりだったらしい。
セイバーやガーディアンによるデューク制圧作戦が、もう少し遅れていれば大惨事になっていただろう。
多くの罪なき人々の命を奪うやもしれなかった忌むべき兵器、その力を使わなければならないとは皮肉としか言いようがない。
父の言った通り、法を犯す結果となった。犯罪組織の負の遺産に頼るのだから。
“エリク、これは俺と父が勝手にしていることだ。お前まで、法を犯す必要はない―――いいのか?”
「命の恩人である貴方に借りを返し終えるまで、お供しますよ」
研究者エリク―――本名、エリク・ヴィクトーは、3年前にジスに命を救われた。
幼少期から探求心の塊だった彼は、アークシティの大学を卒業した後、意力の研究者の道へと入った。
転機が訪れたのは、3年前にある調査に赴いた時だった。そこは、草木一本生えない不毛地帯。
何故、その様な何もない場所に調査に向かったのか。事の始まりはそれよりも4年近く前に遡る。
生物が生息しないこの地帯に、異常な数のブレイカーが出現する様になったからである。しかも、災害クラスのブレイカーが多数を占めていた。
この異常事態に、調査団が幾度となく送り込まれて調査が行われているものの、未だ手掛かりは掴めていない。
調査団には、護衛としてセイバーあるいはガーディアンが同行することが多く、エリクが所属した調査団は多数がセイバーだった。
セイバー達が周囲を警戒、調査員達の護衛する中でエリクも調査にあたっていた。
地面にブレイカーの意力を検査する装置を取り付け、数値を計測。計測された数値はそこそこ高い、結界で守られた街などの周辺より高い。
ただ、とても災害クラスのブレイカーが大量発生する異常な数値とはいえない。何故だ、何が原因なのだ?
調査に集中している最中―――“異変”は起きた。
「お、おい!地面から―――!?」
「!?」
護衛のセイバーのひとりの大声に、エリクと他のメンバーが一斉に反応する。
地面に異変が生じていた、まるで有毒ガスが噴き出す如く、大量の黒い意力が噴出している。
目を配ると、意力を測定する検査装置のメーターが振り切っていた―――即ち、計測不能。
ゾッと、背筋に冷たいものを感じ取る。ここに居るのは危険だと、本能が警鐘を鳴らす。
護衛セイバー達が、研究者達を誘導し始めるが、それよりも早くに噴出した黒い意力が彼等の周囲を覆う。
エリクの意識と記憶はそこで途切れ、次に気付いた時には見知らぬ天井を見上げていた。
彼を救出したのはジス。現場に駆け付けたジスが見つけたのは、エリクだけだった。
他の研究者仲間、護衛のセイバー達は何処にも居なかった。彼等は、一体何処に消えてしまったのだろうか?
記憶が途切れていた間に、何が起きたのか―――未だに、その謎は解けていない。
自室に戻ったエリクは、机の上のパソコンのキーボードを打ちながら、研究データを入力する。
視線を机の端に置いてある写真に目を向ける。写真にはエリク本人と、幾人かの人間が写っていた。
3年前の調査に赴く前、アークシティで撮った写真だ。同じ研究者仲間と、同行したセイバー達の姿がある。
「(みんな……何処に行ってしまったんだ?生きているのか、それとも死んだのか―――)」
発見されたのは自分のみ、他の仲間達は見つかっていない。遺体が発見されていない以上、生きている可能性はゼロではない。
生きているのなら会いたい、死んでいるのなら弔いたい。
『―――足りない』
「!?」
今、誰かの声が聞こえた。エリクは椅子から立ち上がり、周囲を見回す。
当然の様に、室内には彼以外の人間など居るワケがない。
研究に没頭するあまり、疲れて幻聴でも聞こえてしまったのか?
『黒き、糧が足りない』
「!」
聞こえた。間違いなく、先ほどと同じ声が聞こえた。
「誰だ、何処に居る!?」
『我に黒き糧を捧げよ。貴様にはその役目を与えた筈だ』
「黒き糧……?役目……?一体、何の話だ!?」
『貴様は生き残った“駒”の中でも、我の支配力が弱いようだな。今まで、我の声が聞こえなかったのはその所為か』
「生き残った“駒”……?ま、まさか―――3年前に起きたあの出来事と関係が」
『もういい、貴様は捨て駒だ。精々、騒乱を起こして黒き糧を生み出せ』
「な―――あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
熱い、血が沸騰するような熱さが全身を駆け巡る。焦点が合わない、意識が飛びそうになる。
身体の奥底から、何かが這い出てくる感覚。一瞬だけ、肉体を襲う異変が治まる。
しかし、それは異変の終焉ではない。嵐の前の静けさ、ほんの一瞬だけの。
嵐は巻き起こる。白目を剥いたエリクの肉体から黒い意力が溢れ出した。
時間は少しだけ遡る。ジスは扉を開けた。
彼が入った部屋には、ひとりの男が椅子に腰掛けていた。
恵まれた体格、身体中の傷跡は男が過酷な戦いを経験した歴戦の戦士であることを物語る。
特に顔に刻まれた裂傷は酷かった。街中を歩いて、その顔を見た人間は顔を青褪めるだろう。
男の直ぐ傍にあるテーブルの上には、フルフェイスのマスクが置かれていた。
つまり、この男は倉庫街でソラスとレオのふたりが遭遇した謎の巨漢である。
「体調は大丈夫か?」
“問題ない―――父さんの方は大丈夫なのか?”
「年齢の所為か、少しばかり体力が落ちてきている。……“奴”の討伐はお前に託すことになるかもしれない」
“構わないさ。グレンさん達をあんな目に逢わせた“奴”だ。この手で討たないと気が済まない”
巨漢の男はジスと同じ灰色の髪を持つ壮年の男。名はゼルディ・アドバーン。
7年前、炎の里の戦いで顔に傷を負い、息子の声を奪われた男。
彼等親子は、グレンを昏睡させ、カールの足を奪った異形を討つ力を求めた。
辿り着いたのは、セイバーとガーディアンとは真逆の存在であった犯罪組織が遺した負の遺産。
“全てが終わった時は、牢獄暮らしになるな”
「元より、その覚悟だ。ところで、セイバー総本部に潜入させている者が入手した資料についてだが……ジス、この男と接触していないか?」
ゼルディが一枚の写真を手渡す。写真に写っているのは赤髪の青年だった。
年齢はアヴェルよりも年上、20代半ばくらい。
“いや、一度もない。この男は?この髪の色はもしや―――”
「うむ、お前の考えている通りだ。名はシオン・ディアスという」
“まさか、アヴェルの兄弟―――のワケは無いか。年齢的にグレンさんの息子という線はあり得ないな”
グレンは現在37歳、もし写真の男が彼の息子ならグレンが10代前半ぐらいで子を成したことなる。流石にそれは無いだろう。
先代当主のウェインに、グレン以外の実子は居ない。奥方は10年前に亡くなっている上、愛妻家であった彼が他の女性との間に子を儲けるとは考えられない。
髪の色は間違いなく、ディアス家特有の赤髪。アヴェル達の縁者であることは一目で理解出来る。
「報告書を見ると、この男はドラゴンを一刀両断する剣の腕前を持つそうだ」
“冗談だろう?マスター級の実力があってもドラゴンを一撃で斃せる筈が―――”
ジスもこの7年の間、何もしていなかったワケではない。研鑽の末に意刃を発現させ、セイバーやガーディアンですら滅多に足を踏み込まない危険地帯のブレイカーと戦い、技量を高めてきた。
今では総本部のマスターにも引けを取らない腕前に達したという自信がある。
ドラゴンを討伐したことも何度かある。しかし、そんな彼でも一撃でドラゴンを斃すことなど出来ない。
ジスは実力者である―――“現代”のセイバーから見れば、彼は達人といえる存在だ。
しかし、上には上が居る―――まだ知る由も無いが、写真の男は“現代”よりも過酷な時代である“過去”のセイバー。その中でも最高峰の達人。
真っ向から彼と相対した時、ジスは平静でいられるだろうか。それは邂逅する時まで分からない。
彼は、シオンが過去から来た人間であることすら知らないのだから。
ゼルディは、部下を各地に潜入させて情報収集を行っている。セイバー総本部や炎の里も定期的に調査させている。
炎の里に関しては、やはりグレンの安否が気掛かりだからだ。彼は未だに昏睡状態にあると聞く。
セイバー総本部には、特に優秀な調査員を潜入させている。
何せ、セイバーの精鋭が揃うお膝元。素性がバレれば、自分達の居所がたちまち特定される可能性がある。
現在に至るまで、総本部に自分達の情報が漏れていないのは調査員が尻尾を掴ませていないからだ。
報告書では、その調査員ですらシオンとは直接接触はしていない。それどころか、彼を遠距離から視認することすら憚る様子。
この調査員は相当優秀といえるだろう。少しでも何らかの思惑を抱いてシオンとの接触を試みようとすれば、即座にシオン本人に拘束されることを本能で理解しているのだ。
拘束されたら、調査員には成す術はない。地道に写真や総本部に報告されている彼の戦闘記録を入手するしか無いのだ。
「ディアス家の人間であることは間違いないだろうが……素性が全く分からないとはどういうことだろうか?総本部に姿を現したのはごく最近。本当にドラゴンを一撃で斃すほどの腕前なら、今まで何処で何をしていたというのだ?」
“確かに……それほどの逸材が今まで何処に居たのか―――”
思案する親子だったが、それを中断する異変が生じる。
突如、大きな揺れが彼等が潜むアジト全体を襲う。
「これは―――!?」
“地震じゃないな……意力を感じる。地下からだ!”
「地下―――ハイブリッドか!」
ふたりは、部屋を飛び出す。目指す先は、地下に安置されているハイブリッドの大群を収容している地下倉庫だ。
到着した彼等は目を剥いた。信じ難い光景に息を呑む。
まだ、完全稼働出来ない筈のハイブリッド軍団から意力が溢れていた。
いや、それだけならまだいい方だ。問題は、ハイブリッドから発している意力の色だった。
黒い意力だった。そう、破壊するものであるブレイカーが発するあの忌むべき色。
これはどういうことだ。一体、何が起きた?
ハイブリッドから、何故ブレイカーと同じ意力が発せられているのだ?
“父さん、ハイブリッドの中心だ。中心から一際強いブレイカーの意力を感じる”
「あれか?ハイブリッドではないな。まさか、ブレイカーがここに侵入―――」
そこまで言い掛け、ゼルディは言葉を詰まらせた。
ジスも、ハイブリッドの中心に居る一際強い黒き意力を発する存在を確認した。言葉が出なかった、認めたくなかった。
“エリク……?”
中心に居たのはエリクだった。明らかに普通ではない、白目を剥いて口からは涎を垂らしている。
彼の肉体からは、ブレイカーと同じ黒い意力が溢れ出していた。黒い意力はハイブリッド軍団へと流れ込んでいく。
「エリク、何をしている!いや、それよりも何故お前がブレイカーと同じ意力を―――」
“父さん……”
息子の念話が頭に響く。念話は意力による会話、単に言葉が伝わるだけではない。感情もある程度伝わってくるのだ。
ジスの念話には恐怖の感情が篭っていた。不安で押し潰されそうな感情が伝わってくる。
そして、漸く伝わってくる感情の意味が理解出来た。ゼルディは、エリクの発している黒い意力を集中して感知する。
以前に感知したことのある意力だった。まるで、深淵から這い出てきた様なドス黒さを感じさせる意力。
そう、これは7年前と同じ。グレンを昏睡させたあの異形の発するものと同じ意力だった。
「まさか……エリク達の調査隊を襲った異変の原因は―――」
“父さん、ハイブリッドが動き出した!”
今、あれこれと思案する暇は無かった。黒い意力を発するハイブリッド軍団が活動を開始する。
何ということか。あの異形を斃す為に使う筈だった戦力が、よりにもよってその斃すべき相手の走狗になってしまうとは。
エリクが原因だが、彼は真の意味での元凶ではない。普段の彼ならば、この様な凶行には及ばない。
出会って3年ほどしかない付き合いだが、ジスにはエリクの人間性が把握出来ている。これは、断じて彼の意思で行われている行為ではないと。
彼は、何らかの術で操り人形にされているのだ。憎んでも憎んでも憎み足りないあの異形の操り人形に。
ジスは唇を噛みしめていた。唇からは血が滴り落ちる。
足元がガラガラと崩壊する気分とは、正に今この時か。
怒りと憎悪が彼の心中で渦巻いていた。あの異形の掌で踊らされたことによる不甲斐なさで、腸が煮えくり返る。
「ジス、怒り心頭なのは私も同じだ。だが、今は抑えろ。こうなった以上、我々の手で始末を付けるしかない」
“ああ、今のハイブリッドを外に解き放つワケにはいかない―――ここで、全て破壊する”
―――時刻は、午前6時丁度。
黒い意力を発する1000体のハイブリッドが一斉に動き始める。対抗するは、ゼルディとジスのふたりのみ。
戦力差は不公平極まりないが、ここで退くことは出来ない。自分達の蒔いた種が、災いの芽となってしまったのだ。
刈り取るのは、種を蒔いた者の責任。自分達で刈り取るしかない。
“死ねば地獄行き決定だな”
「全くだ。死んだ母さんの居る天国には行けないな―――来るぞ」
襲い掛かってくるハイブリッドの軍団に、ふたりは駆け出した。
・2023年04月17日/文章を修正しました。
・2023年02月20日/文章を修正しました。
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