第23話『激突(前編)』
―――ゼルディとジスが決死の戦いを開始しようしている頃、集い荘の面々は眠りから覚め始めていた。
けたたましい通信音が、通信機から響いてきた。シオンを除く全員が、突然の通信に面食らう。
シオンは険しい顔つきに変わっていた。通信機からこのような音が聞こえてきたのは初めての経験だったからだ。
他の面々は顔を見合わせた。深刻な面持ちで、通信機を操作する。
「アヴェル、今の通信音を知っているのか?」
「緊急通信の通信音です。一体、何が起きて―――」
『みんな、大変よ!』
通信機から、リューの声が聞こえてきた。
「リューちゃん、何があったんだい?緊急通信なんて、洒落にならないくらいヤバイ何かが起きてるのかい?」
『急いで、総本部のミーティングルームまで来て!説明はそこでするから!』
相当、切羽詰まった様子。緊急通信なのだから、尋常ならざる事態が発生しているのだろう。
「全員、俺の肩を掴め。ミーティングルームに直行する」
「え?ああ、そうか!シオンさんって、空間転移が使えましたね」
「自分を含めて7人までなら、一気に移動出来る。行くぞ」
総本部、ミーティングルーム。何時になく、緊張した面持ちのリューが集い荘の面々の到着を待つ。
その場にいるのは彼女だけではない。レオとアリス兄妹、総長レイジの姿もある。
ミーティングルーム内に居る面々の内、レイジが身構える。
何事かと、リュー達は総長の様子を窺う―――と、室内にシオン達が一瞬にして出現した。
空間転移で、一気にここへやって来たのだ。
「あー心臓に悪い。いきなり、現れないでよ」
「急いでって言ったのはリューちゃんだよ。で、何があったんだい?」
「総長も居るということは只事ではないな」
「うむ、非常事態だ。リューくん、彼等に見せてやってくれ」
「はい」
リューは室内に置かれている機器を操作し、大型モニターに映像を映し出す。
映し出されたのは、地図だった。大陸中央全域の地図。
アヴェル達は息を呑んだ。アークシティから南西に300キロの地点に、大量のブレイカー反応が出ていた。
100や200どころではない数だ。
「ちょ、冗談でしょ!?これ、少なく見ても1000体は居るんじゃないですか!?」
「うむ、由々しき事態だ。現場近隣のセイバー支部やガーディアン部隊に連絡を入れたが、戦力差があり過ぎる。加えて、アドバンスド級のセイバーが殆どいないそうだ」
「あの数相手に、意刃が使えないセイバーやガーディアンだけじゃ勝ち目は少ないですね……」
「総本部のセイバー達も派遣するが、到着に時間が掛かる。そこで―――」
「我々というワケか。俺の空間転移なら、短時間で現場近くまで跳べるからな」
「え?一気に行けないの?」
首を傾げるアンリに、アヴェルがチョンチョンと肩を突く。
「アンリ、空間転移は一度行った場所にしか行けないんだよ」
「そうだ。生憎と、地図上のブレイカーの発生地に足を運んだことはない。だが、この現場から10キロ地点にあるこの場所には行ったことがある」
シオンが指差す場所は、彼がこの時代に来てから赴いたブレイカー討伐の地である。
「それでも、結構離れてるなぁ。ま、アークシティからダッシュで行くよりかはマシかな」
「この際、贅沢は言ってる余裕はありません。シオンさん、お願いします」
シオンの空間転移で一度に転移出来る人数は、彼自身を含めて7人が限界。メンバーを分けて往復することとなった。
先ず最初のメンバーは、アヴェル、レオ、アリス、ザッシュの4人。
彼等はシオンの肩に触れると、瞬時に消えた。そして、また瞬時にシオンが出現して残ったメンバーに肩を掴ませて消えた。
ミーティングルームには汗を垂らしているリューとレイジだけが残された。
「……何ていうか、端から見ているとシオンさんがやっていることって凄く簡単そうに見えるんですよね」
「最上級技術をこうも易々とこなすとはな。開いた口が塞がらないとは、正にこのことか」
空間転移は、現代のマスターでも使える人間は数えるほどしか居ない最上級技術である。しかも、彼は自分ひとりだけではなく、複数の人間を一度に転移させることが可能だ。
シオンからすれば、これくらいは出来て当然という認識なのかもしれないが、見ている方からすれば異常としか思えない。
彼が生きた500年前の時代、空間転移が出来るマスターは珍しくなかったという。改めて、現代のマスターとの実力差が大きいことを感じさせた。
しかし、今はそんなことを考える暇は無い。総本部のセイバー達に連絡を取り、騒動の現場から距離の近い者を至急派遣しなくては。
「総長、マスターである老師やクライスさんは?」
「ラウルは大陸東部に居る、連絡はしたが到着に時間が掛かり過ぎる。クライスは比較的近い、シオンくん達とは直ぐに合流出来るだろう」
老師こと、ラウル・ロンドは大陸東部のセイバー支部へ指導に赴いている。距離的に、現場到着には数日は掛かるかもしれない。
クライス・レイラントは、現場からそう遠くない距離の町に滞在している。遂行していたブレイカー討伐を終え、暫しの休息を取っていたところに緊急通信を受けた様だ。
「マスターのクライスさんが、比較的近場に居たのは幸いでしたね……。それにしても、こんな大量のブレイカーが一度に出現するなんて、何か悪いことの前触れでなければいいんですけど」
「うむ……」
アークシティより南西に300キロ地点、この地では激戦が展開されていた。
近隣のセイバー支部に所属するセイバーのひとり、アルフレッドは息を切らしていた。
彼の眼前には、黒い意力を発するものが居た。だが、普段見慣れているブレイカーとは明らかに違う。
人間のような姿をしつつ、機械的な部分も見られる異様な存在。それから発する黒い意力の闇深さに、肺が咽ぶ。
アルフレッドはミディアム、意刃を扱える技量は備えていない。通常の実体武器に意力を込めて戦う。
一体、この敵は何だという疑問が頭から離れない。ブレイカーと同じ黒い意力を持つ以上、ブレイカーであることは間違いないが……。
しかも、手強い―――ミディアムとはいえ、それなりに実戦経験があるアルフレッドでも1体斃すのにかなりの時間を要する。
報告では、こいつが1000体は出現しているという。冗談ではない、とても自分達の支部のセイバーやガーディアン部隊だけでどうにか出来る数ではない。
一刻も早く、上級セイバーの援軍を寄こして貰わないと全滅してしまう。
気合の篭った一声と共に、異質なブレイカーの首を切り落とす。ブレイカーは地に伏して、黒い意力を大量に放出した後に動かなくなる。
残ったのは壊れた機械人形だった。アルフレッドの疑問はこれだ。
普通、ブレイカーを斃したら跡形もなく消える筈なのに、こいつは黒い意力が消えても残骸が残る。
というよりも、これはこの機械人形に黒い意力が宿っているとしか思えない。明らかに人工物にしか見えないこの機械人形は何なのだ?
ゾッと背筋が凍り付きそうになった。背後から急接近してくる意力の反応。
新手の機械人形が、アルフレッドの背後から襲い掛かってきた。障壁を展開しようとするも、とても間に合わない。
やられる―――死を覚悟したアルフレッド。だが、機械人形の魔手が彼に届くことは無かった。
轟音が鳴り響く。機械人形の横から灰色の髪の青年が、正拳突きを繰り出して機械人形を吹っ飛ばしたのだ。
機械人形は一撃で破壊され、活動を停止した。残骸から立ち昇る黒い意力を、青年は忌々し気に見つめていた。
年齢はアルフレッドより少し上、20代前半くらいだろうか。両腕には禍々しさを感じさせる不気味な籠手を装着している。
「あ、あの……」
“油断するな。戦場では少しでも隙を見せたら、命取りだ”
「!?あ、頭の中に言葉が―――」
困惑するアルフレッドに構うことなく、青年は駆け出す。青年が向かう先には、新手の機械人形が5体。
一斉に襲い掛かる機械人形。だが、青年は敵の攻撃を回避、籠手で捌く、小規模な障壁で防ぐといった早業で難なく凌ぎ切り、瞬く間に機械人形達を破壊、残骸へと変えていく。
唖然とするアルフレッドをよそに、青年は次の敵を討伐すべく去っていく。
一体、彼は何者だ?救援のセイバーか?
この後、アルフレッドは救援に来たベテランのセイバーに救助され、戦場から撤退した。
アルフレッドの窮地を救った青年―――ジスは、機械人形……否、ハイブリッドを次々に破壊していく。
大地が揺れ、地割れが発生するのを目にする。彼には、地割れを発生させる原因が分かっている。
生じた地割れに、ハイブリッド達が呑み込まれていく。再び大地が揺れ、地割れが閉じていく。
地割れを発生させたものは意力で作られた巨大な鎚。即ち、意刃。
鎚を握るのはジスの父ゼルディだ。ハイブリッドを斃したのは、彼の得意とする鎚によって地割れを起こし、敵を呑み込み圧し潰す大地震撃と呼ばれる戦技。
ゼルディが“大地を砕く男”と呼ばれる由縁の技である。尤も、当の本人はその異名を嫌っているが。
“父さん、何体斃した?”
「今呑み込んだ連中で40体だ。お前は?」
“25体斃した”
「近隣のセイバーやガーディアン達も何体か斃している。残りは、およそ900体以上―――先は長いな」
剛腕から繰り出される鉄槌の一撃で、複数のハイブリッドが残骸に変わる。息子も負けずに、鉄拳でハイブリッドを破壊していく。
近隣から駆け付けたセイバーやガーディアンは戦いながらも、ふたりから目を離せない。
当然だろう、1体斃すだけでも相当の苦戦を強いられる自分達とはあまりにもレベルが違い過ぎる。
「ゼルディさん……それに、ジスか!?」
“父さん”
「まずい奴に見つかってしまったな―――久しいな、クライス」
ふたりの名を呼んだのはクライスだった。緊急通信を受け、現場に駆け付けた彼は黒い意力を発するハイブリッドを既に数十体は斃していた。
その最中、憶えのある意力を感知してこの親子を発見したのだ。炎の里で起きた事件以来、実に7年振りの再会だった。
“お久し振りです”
「これは……念話?ジス、お前の言葉か?」
“俺は喋ることが出来ないので”
「そうか……アンリを助けた時に、声帯をやられてしまったんだったな。それはそうと、この騒動はまさか―――」
「……ある意味、私達が原因だ。クライス、すまんが他のセイバーやガーディアンを退避させてくれ。自分達の犯した罪は、自分達で償う。こいつ等は我々が全て斃す」
「無茶です、幾ら貴方とジスでもこの数相手に―――」
「言ったところで無駄です、クライスさん」
クライスの言葉を遮る声。声の主はアヴェルだった。
彼だけではない、集い荘のセイバー全員にレオとアリス兄妹の姿もある。
「ゼルおじさん……」
「久し振りだな、アヴェル。随分と大きくなったな」
7年振りに再会した赤髪の少年は、ゼルディの記憶の中の姿から大きく成長していた。彼の隣からレオが歩み出る。
「やっぱり、倉庫街で会ったのは貴方だったんですね」
「レオ、あの時は素顔を隠したままの再会だったな」
「それはもういいです。それよりも、あれだけの数のブレイカー……いや、ハイブリッドを止めるにはふたりだけでは無謀です」
「……我々が、ハイブリッドを使って何を為そうとしていたかは理解出来るだろう」
重々しいゼルディの口調。彼の瞳に暗い感情が宿っているのは明白だ。
アヴェルには、彼等が為そうとしていた目的は理解している。父をあんな目に遭わせた異形を斃す為の戦力として、ハイブリッドを使うつもりだったのだろう。
どんなに法に触れる行為であっても、あの異形を斃さなくては気が済まないのだろう。
だが、その戦力になる筈だった物は恐ろしい災害と化している。このままでは、周辺の町などに被害が及ぶ可能性が高い。
本来なら捕縛しなければならない彼等だが、元々は自分達と同じセイバー。ならば、今は協力すべきだ。
“アヴェル、手を引け。こいつ等は俺と父さんで必ず斃す”
協力を呼び掛ける前に、拒絶の言葉が頭に届く。ジスの念話による言葉だ。
責任感が強いのは分かるが、アヴェルも流石にこの状況で協力し合おうとしない彼に苛立ちを募らせる。
「必ず斃すというのは自分の命と引き換えにしても、という意味ですか?」
“俺達の責任だ。他の人間の手を借りるワケにはいかない”
「石頭も大概にしろぉぉぉぉおおおっ!!」
アヴェルは右手に意力を集束させ、ジスに繰り出した。無論、ジスもじっとしているワケもなく迎撃する。
まるで金属がぶつかる様な高音が響く。アヴェルの手には炎の刻印が刻まれた剣が握られていた。
驚きを隠せないジス。あの時、アヴェルはまだ意刃を発現出来る段階ではなかった
以前の邂逅から数週間と過ぎていないというのに、目の前の少年が意刃を発現させている。
この短期間で、意刃を発現させるに至ったというのか。
「アンタの石頭は、少しくらい砕かなきゃ治らないみたいですね」
“意刃が使えるようになったぐらいで傲るな。灸を据えられたいか?”
「望むところだ……!」
「アル、ジスお兄ちゃん!」
「ふたりとも、争ってる場合じゃ……!」
「いや、こりゃ無理だね」
「だな、どっちも引くタイプには見えねェ」
アンリとカノンが制止しようとするも、ザッシュとソラスは無理だと感じた。
あのふたり、梃子でも動かないタイプ。どちらも引く気は無い。
「やりたい様にやらせればいい。奴らが喧嘩している間、俺達がハイブリッドとやらを殲滅すればいいだけだ」
「……つーか、シオンくん。ひとつ聞いていいかい?」
「何だ?」
「君だったら、この数どうにか出来る?」
「当然だ」
「何か君が言うと、出来ちゃいそうだから怖いね」
いがみ合うアヴェルとジスを尻目に、シオンは剣を抜く。肉体から発する意力が剣に伝わっていく。
ゼルディは戦慄した。肌に粟を生じることを実感した。
彼は長年ブレイカーと戦い続けてきた、この時代でも古強者。ゆえに、感じ取ることが出来たのだ。
おそらく、抑えている状態だというのに何たる意力か。未だかつて、これほどの意力の持ち主は見たことがなかった。
眼前に居るアヴェルと同じ赤髪の青年―――シオン・ディアスと初めて見え、彼が只者ではないと察知した。
ジスとさほど変わらないか、僅かに年上のこの赤髪の青年は今まで出会った如何なるセイバーも及ばない意力を有している。
「(ふむ、この御仁がアヴェルの父親と共に7年前の戦いに関わったセイバーか。なかなかの使い手―――500年前のマスターと比べても遜色ない意力を備えている)」
対するシオンも、ゼルディが実力者であることを見抜いていた。彼がセイバーとして戦っていた500年前の時代のマスターセイバーに勝るとも劣らない意力を感知していた。
現代のセイバーの中でも、有数の使い手のひとりであることは間違いないだろう。
どうやら、この騒動には彼等親子が何らかの関りを持っているらいしが、今はそれを追求している場合ではない。
「(まぁ、あのふたりはこの非常時にあれだからな)」
呆れ顔で見つめる先にあるのは、互いの意刃で火花を散らすアヴェルとジスのふたりだ。
どっちも絶対に譲らない、ある意味で似た者同士の対立。
さて、あの馬鹿ふたりはこれから派手に大喧嘩するだろう。その間、自分達がハイブリッドを片付けるという露払いをしてやるとしよう。
「御仁、御子息はこれからアヴェルと派手に喧嘩する。悪いが、奴らはもう互いの意地を張り合うことで頭が一杯だ。ハイブリッドとやらは、我々がどうにかするしかあるまい」
「……その様だな。本来なら、私と息子でどうにかするべきだが、息子がああではな。暫し、御助力願いたい」
周囲の人間はホッとした。ゼルディまでジスの様に敵として戦うことになったらと思うと、背筋がゾッとする。
彼が譲歩してくれたのも、シオンと敵対したらただでは済まないと判断したからだろう。
「ゼルディさん、ハイブリッドと呼ばれるアレはもしや―――」
「お前の考えている通りだ、クライス。アレはデュークが遺した負の遺産だ」
かつて、大陸各地で暗躍していた犯罪組織デューク。その名を聞いたクライスは、苦虫を潰した様な顔に変わる。
10年ほど前にセイバーとガーディアンで行われた、デューク殲滅の共同作戦には彼も参加していた。
突入したデュークの拠点でクライスが目にしたのは、非道な人体実験の痕跡や大量殺戮兵器の数々。思い出すだけで吐き気がするおぞましい光景。
「やはり……。しかし、何故ブレイカーと同じ意力を?」
「奴等を斃しつつ、奴等を操る者を捕らえるのに協力して欲しい」
「操る者ですって?あいつ等は何者かが操っていると?」
「詳しい説明は後だ。奴等、散り散りになろうとしている」
「ここから逃がすワケにはいかない。レオ、アリス―――頼めるか」
「「はい」」
レオとアリス兄妹が意刃を発現させる。獅子の刻印が刻まれた双刃剣。
ふたりの意力が伝わり、刻印が輝くと咆哮が周囲に響き渡る。
獅子の咆哮の効果は、戦闘能力と意力の強化。何時ものメンバーに加え、現場に駆け付けたセイバーやガーディアン達の意力も増加する。
突然の変化に、戸惑う声が多数聞こえてくる。
「驚いてる人多いなー」
「そりゃそうだろ、いきなり意力が上昇するんだからな―――行くぜ」
ザッシュとソラスは意刃を発現させ、ハイブリッド達へ攻撃を仕掛ける。
アンリとカノンは、アヴェルとジスのことが気に掛かるもセイバーとしての責務に専念することにした。
セイバーやガーディアン達が団結して立ち向かう中、意地の張り合いをする大馬鹿がふたり―――言うまでもなく、アヴェルとジスである。
互いの意刃をぶつけ、鍔迫り合いの状態。どちらも一歩も譲らない、このふたりに退くという選択肢はない。
「7年もフラフラしてたと思ったら、この非常事態を自分達に任せろ……?馬鹿も休み休み言ったらどうですか!?」
“自分たちなりに責任を取るだけのことだ。かつてとはいえ、兄貴分の顔を立てることも出来ないのか?”
「今更、兄貴風を吹かせるな!」
確かに、目の前の彼は自分やアンリ達にとって頼りになる兄のような存在だった。だからといって、この状況で協力し合うという選択をしない彼の言い分を受け入れるつもりはない。
何よりも、何年も連絡しなかったジスに腹が立っている―――7年前、浄歌の後遺症による高熱でアンリは寝込んだ。1週間過ぎて、漸く目を覚ました彼女は、助けてくれたジスにお礼を言うことが出来なくて泣いた。
彼女が高熱を出している間、ジスはゼルディと共に既に姿を消したからだ。兎にも角にも、この石頭を一発殴らないと気が済まなかった。
炎の意刃に意力が込められる。対するジスの籠手にも意力が集約されていく。
甲高い音と共に、両者は弾き飛ばされる。ぶつかり合う意力による反発力で弾かれたのだ。
距離を取り、構える両者。アヴェルはレオとソラスから聞いていた話を思い出していた。
ジスの籠手型の意刃は、砲撃能力も備えている。つまり、遠距離や中距離からの攻撃も可能というワケだ。
基本的に剣術による接近戦主体の自分にとって、厄介な相手といえる。
敵の技量を見誤るな―――父や祖父から、子供の頃から言われた言葉だ。自身と敵との力の差を計り間違えれば、敗北するのは目に見えている。
残念ながら、技量はジスの方が上だろう。いくら、シオンから修行を受けて意刃を発現させたとはいえ、彼との差がそう易々と埋まることは無い。
少なく見積もっても、彼はマスターに相当する意力を備えている。アドバンスドに昇格して間もない自分には分が悪すぎる相手だ。
ガコン、という音が聞こえてハッとする。ジスの籠手が変形している。考える暇も与えてくれないらしい。
籠手から甲高い音が何回か聞こえ、砲弾が発射される。アヴェルの周囲に砲撃によって生じた砂煙が舞う、
下手に動かず、意識を感知に集中する。視界を悪くさせて、予想外の場所から攻撃を仕掛けて来る可能性が高い。
背筋がひやりとした―――来る!
「ッ!」
頬に鋭い痛みが走り、血が滴る。ギリギリで躱せたのはシオンと修行した成果といえる。
修行前では、おそらく躱すどころか反応することすら出来なかったに違いない。あっという間に昏倒していただろう。
流れ落ちる血、頬には何かが掠った傷跡が出来ていた。砲撃によるものではない、ジスの拳が掠って出来た傷。
今度は、左脇に小さな裂傷と共に出血が。剣を振るうも、彼の姿を捉えることすら出来ない。
“無駄だ。俺の攻撃をギリギリ躱すことは評価するが、お前自身の攻撃が当たらなくては意味がない”
頭に伝わる彼の言葉。悔しいが、彼の言う通りだ。
視界が悪い上、ジスの意力を感知し辛い。どうやら、彼は意力を抑えた攻撃を仕掛けている様だ。
この7年、他者に気取られない様に意力を抑える隠形の技術を体得したらしい。
攻撃は容赦なく続く、完全には躱し切れずに傷だらけになるのに数分と掛からなかった。
まずい、持久戦では勝機は望めない。長引けば長引くほどにスタミナが削られていく。
どうすればいい、この状況を打開する手は何かないか。
「(待てよ、意力を感知し辛い相手―――?)」
頭の中に、ある記憶が呼び起こされた。シオンと修行していた時の記憶が。
・2020年6月2日/脱字を修正しました。
・2023年02月20日/文章を修正しました。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m