第31話『心を映す鏡(前編)』


―――7年前、炎の里グラムの病院。

ディアス家当主グレン・ディアスを含めた練達のセイバー達が謎の異形との戦いで負傷、この病院へと担ぎ込まれ、既に3日目になろうとしていた。

当主グレンは外傷はあまり無いが、意識不明の昏睡状態。ジスの父であるゼルディは顔に酷い裂傷が見られる。

カール・ラングレイは右脚が膝の部分まで跡形も無い有様だ。肉体の欠損を再生出来る治癒術士が治療に当たるも、欠損箇所が再生しない。

治らない、完全に失われた足を見てカールは決断する―――最前線から退くしかないと。

比較的軽傷だったのは、ディアス家先代当主ウェインとクライス・レイラントのふたりだ。

ふたりの表情は暗い。当然だろう、あまりにも被害が大き過ぎる大敗だったのだから。

アンリが浄歌で、あのブレイカーかどうかも分からない異形を撃退してくれなければ命は無かったかもしれない。

そのアンリも、高熱を出して倒れてしまい、アヴェルとカノン、レオとアリスが見守っている。

そして、最後にもうひとり―――ジス・アドバーン。謎の異形の凶弾からアンリを庇い、喉をやられた。

病室のベッドの上で、喉に包帯を巻いたジスは苦しんでいた。

傷による痛みもそうだが、それ以上に深刻な恐怖が彼を苦しめる要因となっていた。父やグレン達ですら、どうすることも出来なかったあの異形に対する恐怖。

奴を目の当たりにし、戦意を根こそぎ失った。人の手に負える相手ではないと、瞬時に理解したからだ。

異形の凶弾が喉を直撃した瞬間が夢に出てくる。そこで、ジスは目を覚ました。

滝のように流れる汗を拭い、荒い呼吸を何とか整えようとする。

「……!……!」

あーあーと声を出そうとするが、発声しない。予想はしていたが、声帯を完全にやられたようだ。

寧ろ、命があるだけでも奇跡だ。下手をすれば、死んでいてもおかしくはなかったのだから。

―――手の震えが止まらない。あの時の恐怖が消えない。

再び噴き出してきた汗を拭おうとすると、病室の扉が開いた。入って来たのは父ゼルディだった。

「ジス……」

「……」

「すまん、私が不甲斐ないばかりにお前の声を……」

ジスは首を横に振る。父の責任―――いや、誰の責任でもない。

アンリを庇ってこうなったのだ。何の罪もない小さな少女を死なせることなど出来なかった。

牙無き人々を守ることが、セイバーの使命なのだから。

だが、そんなことは分かっていても、父として息子が苦しむ姿を見るのは何よりも辛いことだった。

息子の手を握る。強く握り返してくれる感触があった。大丈夫だと、そう言っているようだった。

ゼルディは何かを決意した表情を息子に向ける。

「ジス、私はあの異形が完全に消滅したとは思えん。奴は、再び何処かに出現するかもしれん」

父の言葉にジスも頷く。父やグレン達を軽くあしらうほどの化け物だ。

奴は姿を消したが、完全に消滅したところは確認していない。ということは、何処か人知れない場所に潜伏している可能性がある。

放置すれば、また大きな災いを齎すやもしれない。それを見過ごすことは出来ない。

「これから、私は法を犯す方法を使ってでも奴を斃すつもりでいる。事が全て終わった時、私は裁かれる身になるかもしれない。お前は、このままこの里で―――」

しかし、父の言葉を遮るようにジスは首を横に振る。父ひとりに重荷を背負わせるつもりなどない。

あの異形を必ず斃す。奴を斃さない限り、この身に染み付いた恐怖を乗り越えることは出来ない。

何よりも、自分達を救ってくれたアンリの為にも。

「馬鹿息子が……」

間違った道を進むかもしれないというのに。それでも、ついて来てくれる息子に嬉しく思うゼルディ。

「では、行くぞ。準備しろ」

こうして、ふたりは病院を抜け出して夜の闇に紛れ、炎の里から去った。

この後、アークシティにある実家の戻り、そこも引き払う。退路は完全に断った。

もう後戻りは出来ない。ただ、前を進むだけだ―――。











ハイブリッド殲滅戦と呼ばれる戦いから、1ヶ月が過ぎようとしていた。

戦いの原因を作ったふたり―――ゼルディ・アドバーンとジス・アドバーンの親子は、現在セイバー総本部の監視下に置かれている。

尤も、ゼルディは未だに意識が回復していない。総本部の医療区画内の病室で眠り続けたままだ。

息子であるジスはソラスと共に総長室へと赴こうとしていた。

「ったく……何でオレがテメェの引率をしなきゃならねぇんだよ」

溜息交じりに頭を掻くソラス。

倉庫街での一件もあってか、ソラスはジスにあまりいい感情を抱いていないようだ。

根っからの悪人ではないとはいえ、一時は敵対した間柄だ。そう簡単に受け入れることは出来ないのだろう。

“それについては申し訳ないと思っている。しかし、監視役が必要なのだ。民間人に被害は出していないが、俺は罪人だからな”

頭の中に伝わる念話に更に溜息をつく。罪人なら、少しは罪人らしい態度の悪さを見せればいいのに。

アヴェル達からジスのことをある程度聞いたが、生真面目な男のようだ。

そうこうしている内に、ふたりは総長室に到着した。ノックして入室する両名。

「よく来てくれた」

「総長、こいつを連れて来るよう言われたんスけど……」

「うむ。ジスくん、調子はどうかね?」

“怪我は既に完治しています。総長、俺が呼ばれた理由は、一体どのような?”

「実はシオンくんからの提案で、ジスくんをセイバーに復帰させて欲しいとのことだ」

総長レイジの言葉に、思わず目が点になるソラス。だが、即座に再起動。

「は!?いやいや、正気ですか!つーか、シオンは何考えてんスか!!?」

「戦力は少しでも多い方がいいとのことだ。実力的に見ても、既にマスターに近いと言っていたぞ?」

“恐縮です。しかし、周囲が認めるでしょうか?”

確かに、ソラスの言う通りだ。

周囲の人間は自分を認めてくれるだろうか。それが、不安だった。

「うむ、そのことでシオンくんが話があるそうだ」

「その肝心のシオンは何処に―――」

ソラスの言葉を遮るかのように、総長室の通信機が鳴る。

レイジが通信機を起動させると、リューの声が聞こえてきた。

『総長』

「リューくん、何かあったのかね?」

『シオンさんが、訓練室に来て欲しいそうです』

―――総本部内、訓練室。主にセイバー達が訓練に使う場所である。

ソラス、ジス、レイジの3人が赴くと、そこにはシオンが居た。他には、アヴェル、ザッシュ、リューの姿もあった。

「来たか」

「おい、シオン。こんなところに呼び出して何の用だよ」

「彼と試合を行いたいと思ってな」

「試合?まさか―――」

シオンの視線―――その先にはジスが立っていた。

どうやら、ジスと試合をする為にここに呼んだらしい。

「おいおい、いきなりだな?確か、オメーの提案でそいつをセイバーに復帰させるとか聞いたぜ」

「実力は確かだ。アヴェル、お前もそうは思わないか?」

「ジスさんはマスターと殆ど遜色ないと思います。この間、ぼくが勝てたのは奇跡ですよ」

ハイブリッド殲滅戦の際、アヴェルとジスは交戦した。

正直な話、実力経験共にジスの方がアヴェルを上回っていただろう。

あの時、アヴェルは感知能力の深奥といえる技術“識”に足を踏み込んだ。敵の攻撃を先見するという未来予知と言っても差し支えない能力。

シオンの修行による成果とあの力があったからこそ、ジスに紙一重で勝利出来たようなものだ。でなければ、勝つことは不可能だっただろう。

「んで、何でまたシオンくんがジスくんと試合すんの?彼の実力は申し分ないんでしょ?」

ザッシュは欠伸しながら質問してくる。確かにそうだ。

実力を今更把握する必要があるのだろうか?

「実力以上に、精神面を見極める為だ」

「精神面って……それ、どういうことですか?」

「それは見ていれば理解出来る。ジス、俺と試合する気はあるか?」

“望むところ”

「その意気やよし―――始めようか」

訓練室に入るシオンとジス。訓練室に供えられた障壁柱が作動して、外部からの介入を拒む結界が展開される。

結界の強度は最高レベル。室内に居るふたりがマスター級である為、何が起きるか分からない。

彼等の試合を見守るアヴェル達の顔にも緊張の色が見られる。

呼吸を整え、構えを取るジス。対するシオンも拳を構えた。

「って、待て待て!シオン、何やってんだ!?」

「シオンさん、剣はどうしたの!?」

「ん?相手が体術を使うから、こちらも体術で対応するだけだが?」

シオンが素手で戦おうとしているところを見て、ソラスとリューのツッコミが入る。

ツッコミを入れられた当人は、アヴェルの方に視線を向ける。

「……言っとくけど、ぼくはツッコミませんからね」

「ぬう……こういう時はお前の出番だろうに」

「アンタ、ぼくを何だと思ってんですか……」

ツッコミ役=アヴェルという構図がシオンの脳内には出来上がっている模様。呆れた表情で溜息をつくアヴェル。

周囲からすれば、シオンは剣術主体の戦闘スタイルであると認識されている。体術も体得していると思うが、体術主体のジスと同じ土俵で勝負出来るのだろうか?

“すまない、試合開始の合図を頼む”

放置されていたジスの念話が全員の頭に届き、ハッとさせられる。

いけない、そうだ。試合開始の合図をしなくては―――と、リューが試合開始のブザーを鳴らす。










―――汗が噴き出す。まるで、海の底に居るような息苦しさを感じる。

試合開始のブザーが鳴った途端、訓練室内の空気に変化が生じた。

眼前に立つ赤髪の青年の発する意力に当てられ、ジスは手に汗を握っていた。

20余年の人生の中で、達人と呼ばれる実力者と顔を合わせたことは何度もある。

父ゼルディしかり、アヴェルの父グレンやレオとアリスの父であるカール、クライスといったマスター級のセイバーがそれに該当する。

だが、目の前に居る男はそれらの達人が赤子としか思えないほど莫大な意力を発していた。

アヴェルの話によると、彼―――シオン・ディアスは500年前のディアス家当主であるという。

何を馬鹿なと、一笑に付す話だ。普通の人間ならば、そう思うだろう。

しかし、ジスはハイブリッド殲滅戦に於けるシオンの戦いを見ている。

1000体は居たハイブリッドのおよそ4割は彼がひとりで斃した。黒い意力によって暴走した父ゼルディの攻撃を余裕で捌き、更には貫いた心臓を再生させる治癒術の腕も拝見した。

アヴェルを短期間で、意刃を扱える域に押し上げた指導力も目を見張るものがある。

嘘偽りではない。彼はセイバーの実力が最盛期であった過去の時代からやって来た男なのだ。

頬から流れ落ちる汗を拭う余裕もない。一瞬の隙が敗北に繋がる。

先のハイブリッドや父ゼルディとの戦いで見る限り、彼が最も得意としているのは剣術。体術の腕前は未知数だ。

指導を受けたアヴェルなら知っているかもしれないが、先達の意地というものがある。年少者に助言を求めるワケにはいかない。

相対するシオンは動かない。こちらの出方を窺っているのか?

相手が動かないのならば、こちらから仕掛けるしかあるまい。生半可な攻撃など彼には通じない―――最初から全力で勝負する。

ジスは意力を両腕に集約させ、禍々しい装飾が施された籠手型の意刃を発現する。

周囲が怪訝そうな瞳で、その意刃を見つめる。その籠手から異質な何かを感じたようだ。

あまりにも不気味、歪な形状ゆえにとてもセイバーを志した者が発現する意刃には見えない。

実際、ジスもこの意刃を発現させた時にそう思ったくらいだ。本当に、これは意刃なのか―――と。

周囲が沈黙している中、相対するシオンが口を開く。

「意刃は単なる武器ではない。自らの意力で作り出すもの―――己の心を映す鏡なのだ」

指摘され、ジスの表情は動揺の色を隠せない。

「その意刃は、お前の本心によって作られたものか?」

……意刃が、心を映す鏡?意刃は自身の意力で作り出す武具。

確かに発現者の心、精神の在り方が影響を及ぼす可能性は高い。

今の自分の意刃は、本心によって作られたものではないと?では、これは紛い物だと?

シオンがどのような意図で問いかけてきたかは分からない。だが、今は他のことに気を取られるつもりなどない。

ジスは意力による加速で一気に距離を詰めた。

速い――!周囲の人間は、何とかジスの動きを捉えることが出来た。

ここで観戦してる面々は、何れも意刃を扱えるアドバンスド級の実力の持ち主。既に最前線を退いている総長レイジは、かつてはマスターだった。

その彼等から見ても、ジスの動きはマスター級のセイバーと比較しても遜色ないものに見えた。

禍々しい籠手型の意刃に意力が込められ、拳が繰り出される。あれを障壁無しの生身で受ければ一溜まりも無いだろう。

だが、シオンはその場を動かなかった。避ける素振りすら見せようとしない。

そして――シオンの顔面に向かって放たれたジスの右ストレートは、彼の眼前で静止した。

人差し指。シオンは人差し指だけで意刃を装着した拳を止めていた。

何故、指先だけで止めることが出来たのか。その理由は単純明快だった。

指先にのみ意力が集約、肉体強化を行っているのだ。

意力による肉体強化は、ブレイカーと戦う為に必要な基礎技術。肉体全体よりも一箇所にのみ集約した方が強化の度合いは大きい。

しかし、それでも異状としか思えない光景であった。相対するジスは意刃を装着した上に意力を込めた拳を繰り出したのだ。

如何に意力で強化しようが、普通ならば指がへし折れる可能性の方が高いだろう。

唖然とする周囲。その中でひとりだけ普段通りのザッシュが呟く。

「この間のクラーケンとの戦いの時みたいだ。シオンくん、意力を込めた裏拳だけでクラーケンの触手を弾いてたしね」

「「「は!?」」」

ザッシュの言葉に、アヴェル、ソラス、リューは困惑する。声にこそ出さなかったが、レイジも流石に驚きを隠せないようだ。

港町ミライに伝承級ブレイカーであるクラーケンが出現した非常事態。当然、アヴェル達もその話は聞いている。

シオンがクラーケンを討伐したという話は、総本部はおろか大陸各地のセイバー支部などでも持ち切りの話題だ。

だが、実際にシオンの戦いを見た者は少ない。その場に居たザッシュは、シオンの戦いを直接目撃しているが、殆どの者は噂でしか知らない。

伝承級ブレイカーはドラゴンすら凌駕する脅威だ。災害クラスを超える脅威の攻撃を、意力を込めていただけとはいえ裏拳だけで弾いた……?

目の前でジスの拳を止めている男が強いとは知っていたが、そこまで人外魔境の極みにあるとは思わなかった。

拳を押し出そうとするジスだが、全く微動だにしない。

壁などという生易しいものではない―――巨大な山脈を相手にしている気分だった。

対するシオンは平静な表情のまま、口を開く。

「やはり、こうして試合を行ったのは正解だったようだ。今のお前の意刃は本心によって作り出されたものではない」

“……どういう意味だ”

「お前の意刃には様々な感情が渦巻いている。怒り、復讐心、何よりもその根幹を為す感情は―――恐れ」

図星を突かれ、ジスの顔が強張る。確かに、彼の胸中には恐れ―――恐怖があった。

7年前の戦い。あの時、遭遇した異形に対する恐怖心。

自分の力ではどうすることも出来ない脅威に対する深刻な恐れ。

「お前の意刃がそのような歪な形状なのは、恐れを覆い隠す為に湧き上がった怒りと復讐心といった暗い感情の意力で構成されているからなのだ」

そう、それはまるでブレイカーを構成するあの黒い意力と同じだ。

ブレイカーと異なり黒い意力こそ発していないが、そういった感情が込められた意力ゆえにジスの意刃はこのような形状をしているという。

「曲がりなりにもセイバーを志した者ならば、心の奥にある恐怖、迷いを乗り越えてみせろ」

その言葉が耳に届いた瞬間、ジスの身体が後方に吹き飛ばされた。巨大な鉄球が物凄いスピードでぶつかるような衝撃を受けた。

一瞬の出来事だった。シオンが軽く指先をピンと弾いただけで、ジスは弾き飛ばされたのだ。

何とか受け身を取り、地面に着地するもシオンの姿が消えていた。

―――上から来る、と反応出来たのは奇跡だった。頭上からシオンが踵落としを繰り出してきた。

左に跳んで何とか回避する。踵落としが床に叩きこまれる。

直後、総本部内に凄まじい振動が走る。この時、総本部内で仕事をしていた職員達はこの揺れを地震と勘違いした。

体勢を立て直すジス。籠手が変形し、砲口が出現する。

ジスの意刃は砲撃することも可能な意刃。砲口から意力による光弾が発射される。

牽制などの生易しいものではない。手加減無しの破壊力を込めた光弾がシオンに迫る。

直撃すれば無事では済まないだろう。しかし、それをシオンは防御障壁を張ることもなく意力で強化した右手で受け止めて握り潰した。

彼の表情には些かも変化は見られない。光弾を握り潰した手には火傷の跡すら無い。

「(冗談だろ……!?)」

観戦していたソラスは、流れる汗を拭うことすらせずに目の前の光景に見入っていた。

自分なら、あの光弾を障壁で防ぐか避けるの二択しか選択肢は無い。いくら意力で肉体強化しているとはいえ、光弾を握り潰すなどというイカれた選択肢は彼の頭の中には存在しなかった。

シオンは一気に距離を詰めて意力を込めた拳の乱打をジスに繰り出す。

ジスは意刃に意力を込めて防御する。意刃と拳の乱打が激突する。

砕けるような音が聞こえる。ジスの意刃がシオンの拳によってどんどん破壊されていき、欠片が飛び散って意力となって霧散していく。

生身の拳に意力を込めているだけ、それにも関わらずシオンの拳は意刃を破壊するほどの攻撃力を有している。その事実に周囲は背筋がゾッとした。

あの男、その気になれば素手だけでもあらゆるブレイカーを仕留めることが出来るのではないだろうか。

乱打を受け続けるジスだが、限界は直ぐに訪れた。両腕から大量の血が噴き出したのだ。

破壊され続け、防御面積が薄くなった彼の意刃は衝撃を緩和することが出来なくなっていた。

いけない、止めるべきだとリューが試合終了のブザーを鳴らそうとした。

しかし、その手を止める人間が居た―――アヴェルだ。

「アヴェルくん、何をするの!?」

「止めないで下さい。ジスさんはまだ戦う意思を捨てていません」

「馬鹿を言わないで、あのままじゃ―――」

「黙って見ていて下さい!」

大声を出すアヴェルに思わず息を呑んでしまう。

彼の言う通り、シオンの攻撃に耐え続けているジスに戦意を失っている様子は無かった。

息を切らしながら、眼前に立つシオンを見据えていた。

『意刃は単なる武器ではない。自らの意力で作り出すもの―――己の心を映す鏡なのだ』

シオンの放った言葉が、ジスの頭の中で繰り返し再生される。

思い出せ、お前は何者だと自身の心に問いかける。

―――俺は、ジス。そう、俺はジス・アドバーン。

自分は何の為に強くなろうとしていた?7年前の戦いで何も出来なかった不甲斐ない自分を変えたかったからか?

いや、違う。そんなことの為に強くなろうと思ったのではない。

強くなろうと思ったのは、弱かった自分自身への怒りやあの恐ろしい異形への復讐心からではない筈だ。

目指すものがあったからこそ、強くなろうと思ったのではないのか?

自分が目指したものは何だ?強くなろうと思ったその根源は何だ?

脳裏を過るのは大きな背中。父ゼルディの背中だった。

―――子供の頃から、父の背中を見て育った。

父の背中は傷だらけだった。優れたセイバーである父とて傷を負うことは少なくない。

ブレイカーに襲われる人々を守る為、障壁を張る暇もなく飛び出して自ら盾となることもしばしばあったという。

単純な肉体強化だけではブレイカーの攻撃を完全には防げず、時には深手を負って生死を彷徨うこともあった。

心配だった―――何時か、父が死んでしまうのではないかと不安だった。

そんな父の下に尋ねて来る人達の姿を見た。彼等は父に頭を下げていた。

謝罪ではなく、心からの感謝の言葉を伝えている。その光景を見ていると、後ろから母がやって来る。

『ジス、あの人達はお父さんに命を救われた人達よ。お父さんが頑張ってブレイカーと戦ったからこそ、あの人達は無事だった』

命を救われた彼等と固い握手を交わす父の顔は穏やかだった。

『お母さんもお父さんのことは心配してるわ。でも、そんなお父さんをお母さんは誰よりも誇りに思っているわ』

自分ではない、誰かの為に―――それが父ゼルディの生き方。

そうだ、自分が目指したのはそんな父のような生き方だった筈。

弱い自分への怒りではなく、復讐心に駆られることでもなく、牙無き人々を救うことが目指すべきものだったのではないのか?

ボロボロになった歪な形状の意刃を見て確信する。こんなモノは、救う者―――セイバーが扱う意刃ではない。

罅割れた意刃を構え、シオンに拳を繰り出す。シオンは避けることなく両腕に意力を込めて防御する。

最早維持することも限界の意刃は、当然のように砕けていく。噴き出す血が訓練室の床を赤く濡らす。

それでも構わず、攻撃を続ける。意力が尽きても構わない。拳を振るい続ける。

そう―――自分はセイバーなのだから。

たとえ、勝ち目のない相手であっても立ち向かう。最後まで諦めない、心臓が止まらない限り。



・2023年04月17日/文章を修正しました。



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