『科学と魔法と――』
――― 記憶の落し物(その6) ―――



※「ちぃっ、このままじゃっマズイ!」
 暴食者の猛攻をなんとかしのぎながら、零司は思わずぼやいてしまっていた。
猛攻をしのぐ、というのはある意味語弊があるかもしれない。実際は逃げ回っているだけなのだから。
かといって、レンガ造りの建物やらそれなりの太さがある立木を易々と破壊する暴食者が振り回す腕を受け止める気も無い。
あの時は兵を助ける為に受け止めてはいたがアレ一回が限度だ。何度も受けては武器も体も保たないのは明白なのだし。
あるいは暴食者に対してすら零司の不殺と言う枷が働いているのか、こちらから積極的に攻撃も繰り出すことも出来なかった
 そして、零司がぼやいてしまう理由はもう1つあった。というのは――
「ヤバイ! 罠が見えてきたぞ!」
「わかってる! まだ準備出来てないのに!」
 援護する兵士の叫びに零司も思わず顔をしかめていた。そう、どういうわけか暴食者は罠がある方へと向かおうとしてるのだ。
零司達はそうはさせまいと誘導しようとしてるのだが、暴食者はそれを気にしてないかのように向かっていく。
この状況をなんとかしたいのだが、現状で暴食者の有効打は高威力の魔法のみ。
だが、それは魔法の扱いづらさと魔法使いの数の少なさで散発的にしか行われない。
結果として、零司達は暴食者の歩みを遅める程度しか出来ていなかったのである。
未だ準備完了の知らせも無く、零司達は焦りだけを募らせていくのだった。


 それは罠を準備するリヴェイア達にも知れ渡っていた。
「手が空いている者は援護に回って! ただし、暴食者の前に立たないように! 特に神類の者達は絶対に離れて!」
 伝令によって状況を知ったリヴェイアは慌てた様子も見せずに声を大にして指示を出す。
(なぜ、こっちに来るの? いえ、わかりきってることね)
 その内心は焦りに満ちていたが。なぜ、暴食者がこちらを目指すのか?
リヴェイアはその理由にある程度推測を立てていた。もし、その推測通りなら――
「罠の方は?」
「爆薬の設置は間もなく! 後は『(ふた)』をするだけです!」
 リヴェイアの問い掛けに罠の設置に携わる者が声を大にし、簡潔に答えた。
それを聞いてリヴェイアは考える。それならば後数分で終わると考えてもいい。
魔法ならば『蓋』の設置は数分で終わるからだ。終わるのだが――
「予定を変更するわ! 『蓋』はしなくていい! その代わり爆薬の設置を急いで!
後、魔法使いと神類達を私の指示通りに配置、及び魔法の準備をさせて! 後、このことを足止め班にも伝えてちょうだい!」
「で、ですが――」
「結果が同じになればいいのよ! それにこれ以上は足止めが保たないわ! 急いで!」
「わ、わかりました!」
 戸惑う兵士だったが、指示を出したリヴェイアの声を大にした説明に慌てて敬礼をしてから走り去っていった。
それを見送りながら、リヴェイアはため息を吐く。もし、自分の推測通りなら、罠の設置に時間を掛けるのは命取りになる。
ならば、ある程度で見切りを付け、やらなかった部分は他で補うしかない。どのみち予定通りに行っても暴食者を倒せるとは限らないのだ。
むろん、それで良しと思うつもりもないので、補う所で『オマケ』をするつもりだが。
「にしても皮肉ね。あれを倒す為にやったことが、あれを呼び寄せることになるなんて」
 そこまで考えてから、リヴェイアはそのことでため息を吐く。”魔法によって罠を設置する行為”自体が暴食者を呼び寄せている。
リヴェイアの推測通りなら、そういうことになるのだ。そのことに複雑な想いを抱かずにはいられなかった。


「なるほど、狩り場を作ったつもりが餌場を作っちゃったわけね」
 離れた高台から様子を見ていたレグナードはそんなことを考えていた。
どういうことか? リヴェイア達は暴食者を倒す為に罠を設置しようとしていた。
その為に魔法を使い、それによって多くの魔法使いや神類が一カ所に集まることになった。
これが魔物とかならば、罠の設置場所に向かうということにはならなかっただろう。問題なのは暴食者だったということだ。
前にも話したが、暴食者はエーテルを糧としている。そして、魔法の大元はエーテルだ。
罠を設置する為に魔法を使い、また神類もその為にその場に集まっている。
それによって、その場のエーテルの濃度が濃くなり、エーテルを糧にする暴食者を呼び寄せてしまった。
状況を見てレグナードはそう推測する。リヴェイアと同じ推測を――
「だとしても、私はこれ以上は手を出せないのよねぇ」
 そこまで考えて、レグナードは困ったような顔をする。当然ながら、暴食者の行動はレグナードの意図したものではない。
今、そんなことをしてもなんの意味も無い。零司の不都合は自分の不都合に繋がるからだ。かといって、手を貸すこともままならなかった。
というのも、センチネルの者達が自分の近くにいるのだ。手助けをすれば見られ、自分の首を絞めかねない。
「レグナード様、暴食者はあれでいいので?」
「どうしろっていうのよ? 処理するにしろ邪魔するにしろ、私達のことが知られる危険性が高いわ。
そんなことになったら『アイツ』は怒るかもしれないわよ? だったら、静観ついでに記録を残して置いた方がまだマシよ」
 部下の1人の問い掛けにレグナードは肩をすくめながら答える。
適当な理由を付けて手助けをして恩を売るという手も無くもないが、問題となるのがユーティリアだ。
というのも、誘拐の時はまだしも占い師のふりをしてた時にレグナードの顔を見ていた可能性は高い。
もし、そうなら彼女の前に現れた時にそれを指摘されて、一悶着起きることもありえた。
それがセンチネルの露呈に繋がるとは限らないが、用心に越したことはないだろう。
(にしても、あくまでも組織露呈を防ぐか……『アイツ』、何を企んでるのかしら?)
 一方でレグナードは『アイツ』と呼ぶマキシマムのことを考えていた。
マキシマムという者――正確には神類だが、決して愚鈍ではない。むしろ、レグナードが恐怖を感じる程に優秀だ。
そして、そのマキシマムはセンチネルという組織を徹底的に世俗から隠し通そうとする。
アルンカンシェラ大陸全域――その気になれば、深い事まで探れる国家機関がその名を知ってるかどうか怪しい程に。
センチネルが組織が小さいからとかではない。大都市や国家などとの繋がりもあるので、むしろ大規模と言ってもいいだろう。
それなのにそこまでしてセンチネルを隠し通そうとするのか? まぁ、1つ目の理由はレグナードにも推測は出来る。
それはマキシマムが進めようとしている計画をスムーズに進める為だろう。組織のことを知られれば、妨害は十分なほどに考えられる。
マキシマムはそれを避ける為にセンチネルという組織を隠そうとしてるのだろう。問題なのはマキシマムの計画だ。
レグナードもセンチネルにそれなりに長くいるが、計画の内容が全くつかめない。
『あるもの』を探す課程でセンチネルのことを偶然知り、その組織力を生かして『あるもの』を探そうと入り込んだがいいが――
今ではそのことで後悔もしている。下手な行動は自身を危険にさらすだけでなく、組織から簡単に抜け出せなくもなったし。
「ところであの神類もいるようですが、そちらは良いので?」
「同じ理由で静観よ。『アイツ』からの指示も無いしね」
 もう1人の部下の問い掛けにレグナードは答えつつ、はてと首を傾げる。
あの神類とはユーティリアのことだが、零司に会った時に話したようにユーティリアをどうするかの指示は無かった。
この様子はマキシマムに零司と行動するユーティリアの状況を話した時の反応だったのだが――
(重要なのは彼女では無く、封印なのかしら?)
 それを思い出して、そんなことを考える。
確かにユーティリアを使って封印を探し出そうとしてたのだから、そう考えた方が自然かもしれない。
ただ、そうなると気になるのが封印だ。いったい、何が封印されているというのか?
わかるのはマキシマムとの計画とは無関係では無いということだが――
(『アイツ』の計画、探ってみた方が良さそうね。どうにも嫌な予感がするし)
 そう考えたレグナードはため息を吐いたが――この時は思いもしなかった。
その計画がある意味零司達のことと繋がることに――


 さて、それはそれとして零司達の方だが――
「くそ! もうそこまで来てるのか!」
 暴食者の歩みを止められず、罠の設置場所まで後少しという所まで来ていた。
零司達もどうにか時間を稼ごうとしているのだが、やはり有効打を与えられないというのが大きい。
剣を力任せに振るってもかすり傷になるかどうか。強力な魔法を放ってやっと傷が付くといった感じだ。
だが、その傷もすぐにふさがってしまい、暴食者の歩みを止めるに至ってはいなかった。
 本当は更に高威力の魔法を放つことは出来たのである。では、なぜしなかったかといえば、味方への被害を恐れたからだ。
威力がある分、それが及ぼす範囲も広がってしまう。それで味方を巻き込み、それが元で――となれば、眼も当てられない。
一応、高威力でありながら範囲を限定的に出来る魔法も無いわけではない。
ただ、間が悪いことにその魔法が使える魔法使いや神類がこの場にいなかったのである。
「おい、聞こえてるか! さっき連絡があった! 罠だが――」
 そこに援護をしていた兵士から大声が聞こえてきた。零司が暴食者を相手にしながら聞こえてきたことは――
罠は『蓋』の設置は諦め、別な方法で補うということ。その為、すぐにでも罠を発動出来るということだった。
それを聞いた零司は自分のふがいなさに悔しそうに顔を歪める。
責任こそ彼にはほぼ無いとはいえ、もう少し足止め出来ていればと考えてしまうのだ。
その一方で罠の設置がほぼ終わっているらしいので、零司達には助かることでもあったが。
「わかった! 奴を誘導する! 手伝ってくれ!」
「ああ! 小隊は援護を続けろ!」
 兵士が答えると叫んだ零司は暴食者へと向き直す。もっとも、気分的には複雑だった。
自分がもっとしっかりしていればとも思わなくもないのだ。ただし、先程も言ったが零司に責任はほぼ無いと言っていい。
確かに先んじて暴食者のことを伝えられれば良いのだろうが、情報源が情報源だけに変な疑いを掛けられかねない。
その後の対応も零司の力不足だったわけでは無い。ただ、エーテルを用いた技が暴食者に使えなかったというのが大きい。
また、暴食者の力や行動が予想外すぎたというのも、今の状況の一因となっていたのだ。
 かといって悔やんでいられないのも事実だった。なにしろ、暴食者を倒さねば被害は増える一方なのだから。
『ガアアァァァァアァァァァアアァァァアァァァァ!!?』
「くっそ! がっつくんじゃない!?」
 だから、零司は襲い掛かる暴食者の腕を避け、なんとか罠がある方へと誘導していく。
周りにいる兵士達もそれを手伝おうと弓矢を放ったり、魔法を放ったりしてはいるのだが――
『グオアアァァァアァァァァアァァァァアアァァァ!!?』
「なんて頑丈な奴だ!?」
「魔法隊! 威力が落ちているぞ!」
「無茶を言わんでくれ!」
 弓矢はあっさりと弾かれ、魔法も暴食者の動きを止めることが出来ない。
ただ、魔法の方は威力が落ちてきているというのもある。魔法の源がエーテルとはいえ、魔法の行使には精神を集中しなければならない。
当然ながら、何度も使えば精神的に疲れるのだ。威力の低下はそれによってもたらされたことなのである。
「後、少し!」
 だが、零司と兵士達のがんばりで暴食者を罠がある場所まで連れてくることが出来た。
問題はどうやって罠に誘い込むかだった。いくら暴食者が見境が無いとはいえ、危険とわかる場所に近付くかは怪しい。
リヴェイア達が先程から言っていた『蓋』は罠の存在を隠す物だった。
それが無い以上、暴食者をどうにかして罠に掛からせるしかない。問題はその方法なのだが――
「うん、すっごくやりたくないんけど……」
 一瞬、零司は凄く嫌そうな顔をしながら、思わず本音を漏らしてしまう。
その手しかないというわけでもないが、追い込むにしても力押しにするにしても零司達には厳しすぎる。
結局、その手を使うのが近道だった……と、思うことにした。そう思わないと、投げ出しそうになったというのがあるのだが。
 ちなみにこの時、別な方法をリヴェイアが用意してたことを零司は知らなかったりもするのだが――
『グガアァァァアアァァァァ!!?』
「くぅ!? なんのぉ!!」
 まるで巨大な岩が落ちてきたかのような勢いで振り落とされる暴食者の手。零司はそれを身をよじって躱す。
だが、振り下ろされた手から起きる風圧と地面に叩き付けられたことで起こる衝撃に足を取られそうになった。
それを力任せに耐えた零司は前へと跳ぶ。暴食者に向かって――
「おおぉぉぉぉ!!」
『ガッ!?』
 そして、暴食者の頭に跳び付き、持っていた剣で突き刺そうとする。
そのことに暴食者は一瞬怯むむのの、剣の切っ先はわずかに刺さる程度でしかなかった。
『ガアァァァァアアァァァァアァァァ!!?』
「おわぁ!?」
 故に暴食者は零司を振り払おうと右手を振るうが、零司はその前に跳び退いていた。
というか、かなり大きく跳んだ。そのせいで暴食者から大きく離れてしまう。
『グガアアアァァァァァァアアァァァァァアァァァァ!!?』
 一方の暴食者は今まで以上の咆吼を上げたかと思うと、零司へと向かい駆け出していた。
「そうだ! こっちに来い!」
 どうやら、先程の攻撃が暴食者の逆鱗に触れたらしい。右手を伸ばしながら、零司に今にも襲い掛からんとしていた。
していたのだが、零司に後数歩で辿り着くという所で暴食者は落ちていく。”足下に空いた深い穴”へと――
「今よ! 点火!」
 その直後、リヴェイアの叫びが聞こえると共に零司はその場から再度跳び退く。
その更に直後。暴食者が穴の底に落ちた瞬間、巨大な爆発が起きる。それこそ、穴から巨大な火柱が起こる程に。
その爆発によって穴の内壁が崩れ、埋まっていく。そこに準備していた魔法使いや神類達が魔法で更に埋めていくのだった。
 そう、これが零司が考えた罠である。
暴食者の3倍以上はありそうな深い落とし穴に落とし、その中で爆弾を爆発させ、更に埋めてしまうという形で。
なぜ、このようなことをしたのか? まず、爆弾だけで倒せるかどうかが不安だったというのが大きい。
いかに魔法で精錬された火薬を使っているといっても、暴食者の頑丈さと再生力を考えると耐えられる可能性が高い。
そこで零司は密閉空間に誘い込み、そこで爆発させる方法を考えたのである。なぜなら、爆発は密閉空間では威力を増す。
これを読んでる人達はホースで水を出す際、ホースの口を狭めて水を勢い良く出したことがあると思う。
それに近い原理だと思ってくれればいい。零司はそれで爆弾の威力を高めようとしたのだ。
が、問題はその密閉空間をどこに作るかであった。建物はそれなりの強度がなければ効果は望めない。
洞窟はシーアーク周辺に無く、そういった物を造るにはあまりにも時間が掛かりすぎてしまう。それで零司は落とし穴を考えたのだ。
落とし穴ならば魔法を使えば短い時間で出来るし、更には爆発によって穴の内壁が崩れて埋めてしまうことが出来る。
埋めてしまえば圧迫、もしくは窒息死を狙える。爆発で倒せなくてもそれで倒せるという二段構えの方法だったのだ。
唯一の誤算は暴食者が早く来すぎて、落とし穴を隠す蓋が出来なかったことだ。
暴食者を落とす為に巨大な穴を掘ったので、いかに見境のない暴食者といえど落とし穴に気付く可能性は大いにありえた。
それでリヴェイアは魔法で攻撃して暴食者を落とし穴に強引に落とそうと考えていたのだが、零司のがんばりでなんとかなった。
その後はオマケとして別に待機させていた魔法使いや神類達によって更に埋め、押し固めようとしたのである。
暴食者を確実に殺す為に――
「無茶するわね」
「こうでもしないとどうにも出来なかったと思ったからな……あ、まだ近付かないでくれ。倒せたかどうかも怪しいし……」
「そうね。全員、まだ暴食者がいる穴に近付かないで! 後、魔法で更に穴を埋めて――」
 息を荒げながらも答える零司に、呆れた様子で問い掛けたリヴェイアは指示を出していく。
リヴェイアとしてはあの爆発で倒せない……というのはあまり考えたくないが、用心に越したことはなかった。
それに圧迫、もしくは窒息死を狙うにしても時間が掛かる。故に安全が確認出来るまでの措置としての優先的に指示を行ったのだが――
「あ、いや、ちょっと待ってくれ――」
「どうしたの?」
「いや、その……暴食者に止めをさすのはちょっと待――」
 何かを言いかけた零司だったが、戸惑いと共に言いとどまる。
零司とて暴食者を倒さねばならないのはわかっている。だが、不殺の想いから殺してしまうのはどうかと考えてしまったのだ。
その複雑な想い故の戸惑い。本当にどうするべきなのか、首を傾げるリヴェイアをよそに零司が悩んでいた時――
「え?」
「ま、まさか……」
 地面が揺れた。そのことにリヴェイアは思わず穴へと顔を向け、零司は冷や汗を流す。
考えたくは無かった。確かに爆発で倒せるとは思ってはいない。
いなかったのだが、埋まってる状態で動けるとは流石に思えなかったのだ。
これを読んでいるみなさんはぬかるんだ泥道に足が嵌り、それを抜くのに苦労したという経験はないだろうか?
あれは沈み込んだ足に泥の重さと圧力が掛かるからなのだが、今の暴食者はそのような状態だった。
といっても掛かる重量と圧力は魔法によって押し固められていることもあって、足が嵌るよりも遙かに大きいが。
だからと言ってもいい。死んでないにしても埋まってる状態で暴食者が動けるとは零司は思いたくもなかった。
リヴェイアに至っては予想もしていなかっただろう。
『グガアアアァァァァアアァァァァアァァァ!!?』
「う、嘘!?」
 だから、地面を砕きながら天高く跳び上がる暴食者の姿を見たリヴェイアは、驚愕のあまり動くことが出来なかった。
そんな彼女に暴食者はまっすぐに落ちてきて――
「リヴェイア!」「きゃっ!?」
 それに気付いた零司がリヴェイアを抱きかかえた状態で跳び退いた直後、彼女がいた所に暴食者が轟音を響かせながら着地した。
その間、零司はリヴェイアと共に地面を転がってたりするのだが。
「あつつ……くっそ、爆弾で倒せるとは思ってなかったけど、あれはいくらなんでも反則だろ? 元気いっぱいじゃないか……」
 リヴェイアを抱きかかえたまま体を起こす零司は思わずそんな文句を漏らしていた。
ちなみにリヴェイアは突然なことに呆然としたままだったりするのだが。
暴食者はといえばあの爆発では流石に無傷とはいかなかったらしく体は青い血に濡れ、あちこち裂傷などの傷が見える。
見た目的にはかなりのダメージを負っているはずなのだが、暴食者の様子を見ると問題は無いらしい。
『ガアアァァァァアアァァァァアアァァァ!!?』
 なぜなら、深く埋められていた状態から脱出しただけでなく、先程と同じように咆吼を上げていたのだし。
かといって零司としては嬉しくない事実だ。というのも、現時点で暴食者を倒す方法が失われたのだから。
それにここに来るまでに零司やシーアークの兵士に魔法使いや神類達もかなり消耗している。
とてもではないが、まともに戦えるような状態では無い。零司もそれを感じており、冷や汗を流しながら顔をしかめていた。
『ぐぅぅ――』
 やがて、暴食者は傷付けられた鬱憤を晴らそうとしているのか、身をかがめて突撃体勢となった。
その先にいるのは零司とリヴェイア。零司もそのことに気付き、逃れる為に体に力を入れようとして――
『グギャアアァァァァアアァァァァアァァァ!!?』
「は、はい?」
 突然、横から暴食者の上半身を呑み込まんばかりの巨大な火球が暴食者を殴り飛ばすかのように衝突してきた。
で、その火球に衝突された暴食者はといえば、上半身が業火に包まれながら横へと吹っ飛んでいく。
いきなりのことに呆然とする零司。何事かと思い、火球が飛んできた方へと顔を向けて――
「ユーティリア……さん?」
 その場にいたユーティリアになぜか顔を引きつらせながら声を掛けてしまった。しかも、さん付けで。
この零司の様子は何事か? それはやはりというか、ユーティリアの様子が原因だったりする。
まず、ユーティリアは元の姿――あの豊満な姿をさらしていた。まぁ、この辺りはユーティリアの本来の姿でもあるので問題は無い。
問題無いのだが、そのユーティリアから炎が見えそうなくらいに異様な雰囲気が発せられていたのである。
しかも、無表情だった。それこそ、仮面を付けてるんじゃないかと思えるくらいに。
その雰囲気と表情にあてられて、零司は今のような状態になってしまったのだ。
「あ、ええと……ユーティ? その、暴食者のことは……大丈夫、なのか?」
「ええ……それはもう……お2人がいつの間にそんなに仲良くなったのか……そちらの方が気になってますの……」
「「へ?」」
 とりあえず、気になったことを聞いてみる零司であるが、ユーティリアから返ってきた返事にリヴェイアと共にポカンとしてしまう。
で、そこで思い出した。自分達の状況を――今、零司が下になった状態でリヴェイアと共に抱き合っていたのだ。
まぁ、リヴェイアを助けた際に抱きかかえたので、当然とも言える体勢ではある。
ただ、リヴェイアも突然のことだったのか、彼女も零司を抱きしめていたのだ。
 一方、ユーティリアは嫌な予感を感じ、暴食者へのトラウマをなんとかこらえてこの場へと来ていた。
もしかしたら、誰かがいなくなってしまいそうな気がして……だから、こうしてここへ来て、2人の今の状況を見てしまう。
その時にわいた感情が怒り。それはもう、リヴェイアへの後悔とか暴食者へのトラウマとかが一瞬で吹き飛ぶくらいに。
それ程までに怒りを感じたのだ。それ故か、邪魔だった暴食者を半ば八つ当たり気味に吹き飛ばしたのである。
 まぁ、ユーティリアのこの感情はある意味仕方がなかったかもしれない。
出会った当初こそ色々とあったものの、この1ヶ月の間にユーティリアにとって零司は心許せる一人となっていた。
それが恋愛なのか親愛なのかはユーティリアにはわからない。でも、親しいと言える仲であったのは事実だ。
そんな彼女だからこそ、今の零司とリヴェイアの状況がリヴェイアに零司を取られたように見えたのである。
 そんな中でリヴェイアは何も言えずにいた。状況を理解して、恥ずかしかったというのもあった。
ただ、零司に抱きしめられているとなぜか体が温かくて、このままでいたいと思えてしまったからだ。
「あ〜……ユーティリアさん? これはですね? リヴェイアさんを助けようと思っただけでしてね?
決してやましい気持ちがあったわけでは――」
『グオアアァァァァアアァァァァアアァァァァアァァァ!!?』
 一方、ユーティリアの威圧感に気圧された零司は言い訳をしようとしたが、そこで聞こえてきた咆吼に思わず顔を向けてしまう。
その先にいたのは立ち上がっている暴食者の姿。先程の業火に包まれたせいで上半身は焼けただれ、焦げている箇所もあった。
それでも暴食者はそれがどうしたんだと言わんばかりに叫びを上げ――
『グギャアアァァァァァアアアァァァァァアアァァァァアァァァ!!?』
「うるさいですの、あなた」
 炎の竜巻の中へと消えていった。ユーティリアの呟きを聞く限り、彼女の仕業のようだが――
問題はその後だった。炎の竜巻が消えないのだ。いや、暴食者の耐久力とか考えたら間違いでは無い。
ないのだが、その光景は零司の心に何故か悲痛な思いを呼び寄せる。
「零司」
「は、はいっ!!」
 だが、その思いはユーティの呼びかけで霧散する。
声は穏やかな筈なのだが、そのただならぬ雰囲気に零司は思わず正座をしてしまう。リヴェイアを抱えたままで……
灼熱の渦を背に、ユーティリアがこちらを向いた。
渦巻く炎の轟音と暴食者の断末魔が重なり、まるで怨嗟を叫ぶが如き不快な音を奏でる中、周囲の高温にもかかわらず零司は肝を冷やす。
「後で話がありますの。3人でじっくりと」
「は、はい!?」
(怖い、明らかに怖い……怖いけど、俺が一体何をした!?)
 そんな零司に抱かれているリヴェイアはといえば、あることに気付いていた。
(これって――)
 そのことに思わず零司の顔を見て、疑問に感じてしまう。
彼はいったい何者なのか? その疑問から視線を背けることが出来ない。
それを見てかユーティリアの顔がひくついていたりするのだが……
「はっ!? ユーティっ!! 危ないっ!!」
「え? きゃっ!?」
 何かに気づいた零司がユーティリアに飛び掛る。
次の瞬間、炎の渦から炎をまとった腕がユーティリアの居た場所をなぎ払う。
何が起こったかわからないユーティリアは、自分がいつの間にか零司に抱きしめられていることに気付いた。
ちなみに今まで抱えられていたリヴェイアは、左側の方で抱えられていたりする。
「あ……」
「すげぇ……まだ生きているのか」
 ユーティは顔を赤くするも、零司の言葉に一気に現実に引き戻される。なぜなら、炎の竜巻が消えた後に暴食者は立っていた。
ところどころ外皮が焼け落ち、残った部分は未だに炎が燃え盛っている、筋肉と骨、場所によっては内臓すら見える瀕死の状態だ。
にもかかわらず、全くソレを感じさせない挙動で、ソレは咆哮を上げる。
『グォオオオオオオオォォォオォォォ!!』
 炎の渦の中で吠える暴食者。良く見れば炎を吸い取っているように見えた。
「いけない!! エーテルを吸収して炎のダメージを回復してるんだわ!!」
 そのことに気付いたリヴェイアが思わず叫んでいた。
ユーティリアの攻撃は、相手が暴食者でなければ一瞬で全てを灰燼と化すレベルのものだ。
しかし、ユーティリアの炎はエーテルに起因することに変わりはない。故に暴食者にとっては絶好の栄養剤といえる。
もっとも、起こった熱自体は耐えられなかったようで、今まであらゆる攻撃を受け付けなかった外皮はほとんどが焼け落ちている。
エーテルを得たことによる再生速度では、それらが完全に復活するのも時間の問題だろう。
 また、今のユーティリアの力が全盛期よりも落ちていたのも原因だった。
長い刻の間、戦いから離れていたのが理由であるが、ユーティリアはそのことに気付かずにいたのである。
「そんな……くっ」
「これ以上のあなたの攻撃はエサを与えるようなものよ。他にまだ戦える者は!?」
 炎をまとった腕を暴食者に向けるが、リヴェイアがソレを制止すると共に周りに問い掛けた。
兵士達はその言葉に剣を、そして杖を構える。しかし、罠もユーティリアの力も通じなかった以上、打つ手が無いというのが現状だった。
ありったけのエーテルを動員した契法も、今となっては効くかどうかもわからない。
そんな状況故に兵士団の士気は崩壊寸前だった。
しかし――
「リヴェイア、みんなを下がらせてくれないか?」
 リヴェイアとユーティリアを下ろしながら、零司がそんなことを告げてくる。
「バッテリーがもったいないと思ったけど、そんな場合じゃないな」
「え?」
「今なら、エーテルはともかく火力のダメージは通っているんだ。なら、何とか出来る」
 何かを言いながら貰った剣を地面に突き刺した零司に、リヴェイアは訝しげな顔をする。
こうしている間も、暴食者は炎を吸い上げ、外皮の再生が進んでいる。
本来なら零司としても『これ』を使いたくは無い。だが、そうしなければ誰かが犠牲になる。
その想い故に零司は決心したのだ。
 その想いと共に暴食者を見ながら、零司はジャケットの内側にあったある装置に触れた。
その瞬間、零司の目の前にホログラムのウィンドウが投影され、これまでの戦いで使用してきた黒い棒状の武器がそこに表示される。
「ディザスター・ライン――転送」
ウィンドウにいくつものアルファベットが流れると同時に、淡く輝く小さな光の球が目の前に発生する。
その光球を零司がおもむろに掴むとソレは形を変化させ、光が収まる時には完全にあの武器の形へと変貌を遂げていた。
『転送終了』
「今のは……一体」
 電子音を響かせながら魔法と違うプロセスをもって物質が出現したのを見て、リヴェイアが驚愕に目を見開く。
「エーテライズトランスポート……だったっけかな。生体には使えないけど」
 掴んでいた武器の手へのなじみを確認する零司。
その後に懐からエーテルが満たされた注射器を左手で取り出し、首筋に突き立てた後にそれを放り捨てた。
「さぁ……いくぜ、ユーティ」
「え?」
 先ほどリヴェイアから自分の攻撃が不利になる事を通告された矢先、突然名を呼ばれたユーティリアは思わず疑問符を浮かべた。
見れば先ほどの注射器のせいか零司の身体にエーテルが充実しているのを感じ取っていたのだが――
「こいつの刀身に向かって思いっきりエーテルを注ぎ込んで欲しい」
「でも……」
 零司の言葉にユーティリアは戸惑いを見せた。
いくら零司の武器で今までのようにエーテルを用いて攻撃に使ったとしても、暴食者にはそれが通じない。
それなのにエーテルを皿に欲しいという零司の意図がユーティリアには読み取れなかったのだ。
「平気だよ。それよりも時間が無い。急いで」
 顔を向ける零司の表情には一点の恐れも怯えも無かった。
その顔を見たユーティリアは一瞬顔を赤らめるものの、すぐさまうなずき――
「っ……信じましたの」
 ユーティリアはそれだけ告げると武器の刀身に手を沿え、自身が出せるエーテルを注ぎ込んだ。
「コレが今のありったけですの」
「ありがとう」
 小さな姿になったユーティリアは全てを零司に任せることにし、その場から一歩を引いた。
そのユーティリアの頭をなでると零司は暴食者と向かい、棒状の武器を起動させる。
「ディザスター・ライン――イグニッション!!」
 ディザスターラインと呼ばれたそれの刀身部位が割れるように広がり、中から蓄積された紅のエーテル光があふれ出した。
その力はいつかの起動とは比較にならないほど強力に輝き、迸る光は刀身を覆い更なる巨大なエネルギーの刃を作り上げる。
 ディザスター・ライン――
それは旧戦争において科学陣営が生み出した、対神類用白兵戦用迎撃兵装。
強大な力を持つ神類のエーテルを奪い、奪ったエーテルを攻撃へと転用する攻防一体の機械剣。
ただし、もう1つ機能として奪ったエーテルを別のエネルギーへと変換するというものがあるのだ。
それを証明するかのようにユーティリアから授かったエネルギーが赤い色からまばゆい白色へと変化していく。
その変化を確認した零司はディザスター・ラインを構えた。
その顔には汗がにじみ、腕は振るえ、刃に宿る強大なエネルギーを必死に制御している様が見て取れる。
「まだ機械のサポートがないとこの技はコントロールしきれないか。あの人のようには行かないな」
 修行が足りないと思いながらも零司は大きく振りかぶり、その技を放つ。
自分ではまだ完全では無い技を――
「波動牙!!」
 零司の叫びと共にディザスター・ラインを全体重を乗せた袈裟切りに振り落とす。
それによって凄まじい光を放つ巨大な光刃が放たれ、暴食者へと襲い掛かっていく。
『グ、グギュォオアオオオオオオオオ!!』
 暴食者はその光刃を砕こうと右腕を伸ばす。伸ばすが……右手が光刃に触れると共に消えていく。
それでも光刃は止まらず暴食者の右腕、上半身を呑み込み、消滅させていく。
やがて、光刃が過ぎ去った後には上半身を失った暴食者の頭と左腕が落ち、下半身も崩れるかのように倒れていった。
(あの……『力』どこかで見たことある)
 一方、リヴェイアは光刃の飛んでいった方向を見て、どこか記憶の片隅に何かが引っかかるのを感じた。
ソレが何なのかは思い出せない。思い出せないが……どこか大事なことのように思えた。
そんなリヴェイアを他所に、零司は肩で息をしながら暴食者に顔を向け――
「ごめん……」
 零司のその台詞は誰の耳へと届くことなく消え入る。
その言葉に呼応するかのごとく、動かなくなった暴食者の周辺に突如、魔法陣のようなものが現れた。
零司以外の誰もがその光景に驚く中、その魔方陣に暴食者の体躯が飲み込まれ消えてしまう。
兵士達はその光景にどよめくが、リヴェイアとユーティリアは驚くことはなかった。
何故なら暴食者を撃破すると、決まってその残骸は同じように消えてなくなることを知っていたからだ。
「終わりましたのね……でも、零司……」
「ん?」
 心配そうな顔をしながら、ユーティリアは声を掛けた。
振り返ることなく暴食者の居た方向を見続ける零司は今どのような表情をしているのか、それが気掛かりでもあったから。
「その……殺してしまって」
 言い辛い事をあえて言葉にする。ユーティリアも零司の不殺の想いは知ってはいる。
だからこそ、事情があったとはいえ、それを破らねばならなかった零司が心配だったのだ。
「大丈夫……アレは『還った』だけ……死んでないよ……あれ? 何でそう思ったんだろう」
「?」
 微笑む零司であったが、自分でも言っている意味がわからずに首を傾げる。
零司自身もなぜそう思ったのかはわからないのだ。一方でユーティリアは訝しげな顔をしていた。
なぜ、零司がそんなことを言えたのか、そんな疑問がわいたからだ。
「………」
 それよりユーティリアは気になっていたことがあった。現在も零司の身体を纏っている注射器から摂取したエーテル。
それはいつも自分が分け与えているエーテルと比べて零司の身体と非常に親和性が高いように見えている。
一体どのようにして抽出した物なのか、少し気になった時だった。
突如零司の体からエーテルが霧散し、本人もその場に崩れ落ちたのである。
「零司!?」
「う、うぅぅ」
 慌てて駆け寄ったユーティリアは零司を助け起こしてから仰向けに直し、なけなしのエーテルを零司に補給する為に唇を重ねようとした。
その瞬間だった。

 グゥゥウウ――

 間抜けな音がその場に木霊する。
「………零司?」
「あの技やると……いっつもこうなんだ……おなかすいた……」
 ユーティリアの問いかけに、零司はひどく脱力した様子でか細く呟いた。
実のところ、エーテルから変換したエネルギーが何なのかは零司自身詳しくは知らない。
動けなくなるほど身体から力が抜け、極端な空腹感を覚える。
この症状が出るのは覚悟のうえでのことだったが。
「もう……心配しましたの」
「それより……今回の戦いでの死者は?」
 呆れた様子でため息を吐くユーティリアにか細く消え入りそうな、しかし真剣な声で零司はユーティリアに問いかけた。
それに対してユーティリアは微笑みを向け――
「ゼロですの。零司が頑張ったからですの」
「…俺だけの力じゃ……ない………ょ」
 彼女の返事に答えるのも辛くなってきたのか零司の言葉が掠れて消えていく。
そんな彼にユーティリアは再びため息を吐いてから微笑みを向け――
「お疲れ様ですの」
 膝に乗せた零司の頭を小さな掌でそっと撫でると、零司もうっすらと笑みを浮かべた。
そんな二人に担架を持った衛生兵が駆け寄ろうとするが、リヴェイアが静止する。
「まぁ、もう少しだけ待ってあげなさい、せめて撫でるのを止めるまで」
 そんな2人を微笑ましく見ていた衛生兵とリヴェイアだった。ちなみにユーティリアは零司を撫でるのがこれが初めてだったりする。
その為本人が動けないことを良いことにずっと頭を撫で続けた為、リヴェイア一同はユーティリアを零司から引っぺがす事になるのだった




 あとがき


どうも、DRTです。今回で暴食者との戦闘は終了〜
しましたが、実のところ問題はまだまだ山積みだったりします。
そのことが問題になりますが、そこでリヴェイアからある提案が――
それはどんなことなのか? というのは次回で。
次回はシーアーク編最終回。そして、お約束は出るのか?
というか、お約束って? というのは次回にて。ではでは〜


必殺技回!!
どうもキ之助です。
科学っぽいものが恋しくなったので(タイトルにも科学って付いてるのにっ)
色々な要素盛り込んでいただきました。

え?お約束って何ですか

ではではこの辺で。



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