私たちは、ようやくハイネセンに戻ってきました
激しい戦いをくぐり抜けての帰還です
惑星ハイネンセンが見えるとなんだか嬉しくなっちゃいました
なんとなーく地球を思い出して涙がほろり
大地って本当にいいですね
え? ナデシコの修理に私も必要……
でも仕方がないですよね。はい残ります
ミナトさんも付き合ってくれました
感謝感激です
ハイネセンで少将たちは今頃休暇中
でも戦後処理もがんばりましたから
十分静養してくださいね
そして私たちに新たな辞令が下されました
ついについにあの人たちと一緒に赴任ですか!
あの要塞でどんな日々が待っているのかな?
わくわくしてしまうのって、不謹慎ですか?
──ホシノ・ルリ──
闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説
第七章(後編)
『そして舞台はイゼルローンへ』
T
惑星ハイネセンの北半球が晩秋へと彩を整える11月上旬、私服姿のユリカとアキトは民間用宇宙港の広大なロビーをメモを片手に歩いていた。
「えーと、31番搭乗口って……」
「ねえ、アキト、もう少し奥じゃない? ここって25番だよ」
「うーん、広いな」
アキトは、もう一度待ち合わせ場所が記してあるメモを見直し、案内表示板を確認した。
「ユリカの言うとおりだね。もう少しまっすぐ歩くみたいだ」
二人は、肩を並べながら人々が行き交うロビーをさらに奥に進んだ。歩きながら激しい戦争を経験したのが嘘のような平和的な光景に内心で安心していた。
とはいえ、きっとこの大勢の中には先の戦争で肉親を失った家族も含まれていることだろう。それを思うと呑気に平穏さをかみ締めているわけにもいかない。
「あっ! あの人って……」
思わず立ち止まったアキトが示した先には2メートルにならんとする黒人男性がロビーを横切る姿があった。
「シトレ元帥!」
ユリカが声をかけると、シトレは「やあ」と答えて右手を軽く挙げた。彼のいでたちは軍服ではなく黒っぽいスーツの上に茶系のロングコートと左手には大きめのアタッシュケースを提げている。
「貴官たちは誰かの見送りかな?」
「ええ、キャゼルヌ少将をお見送りに来たのですが、シトレ本部長も今日、
発たれる予定だったのですか?」
「元本部長だ。それに大勢の部下を死なせてしまった……貴官らに見送ってもらうほどの身分ではないからな」
「元帥……」
ユリカがなんと答えるべきか言葉を失っていると、シトレの腕が伸びて彼女の肩に大きな手が置かれた。
「貴官は本当によくやってくれた。私が期待する以上の働きをしてくれたと思う。このまま君達の面倒を見れずに軍を去ることにはなるが、今後のことは先日話をした通りだ。幸い統合作戦本部長はクブルスリー大将だし、宇宙艦隊司令長官にはビュコック提督が内定している。どちらもよくわかった人物だし、君たちの事をよく頼んでおいた。二人とも驚いてはいたが必ずトリューニヒトの干渉から守ってくれるはずだ」
シトレは、ふとロビーに設置された大型立体TVに視線を向けた。その画面には暫定政権首班の座に着いたヨブ・トリューニヒトがマスコミのフラッシュを浴びる姿が映っていた。
「同じく出兵に反対をした立場でも我々は軍を追われ、トリューニヒトはわが世の春を謳歌している。実に皮肉なものだな」
アムリッツァ後、同盟の政権交代が行われた。最高評議会の11名は全員辞表を提出したが、出兵に反対票を投じたトリューニヒトを含む3名は保留され、その後はTVに映る通りであった。トリューニヒトは眩しいばかりのフラッシュを浴びながら自分の先見性に満足していることだろう。
軍部内ではシトレとロボスが共に辞任した。勝っても負けても辞めるしか選択の無かったシトレとは異なり、ロボスの場合は己の判断ミスによる完全な敗戦責任をしっかりと取らされたというところだろう。出世欲にかられた作戦参謀を重用し、進退を誤まったのだから当然の帰結である。
また、その野心の末に同盟軍史上最悪の敗北を招いたアンドリュー・フォーク准将は予備役に編入され、すぐさま病院送りになっている。机上の作戦を連発し、数千万人を死に至らしめた野心家に対する世論の非難と怒りは強く、多くの関係者が噂するようにフォーク准将はこのまま退役に追い込まれるはずである。
グリーンヒル大将は統合作戦本部次長と総参謀長を退き、査閲部長に転出した。要は左遷のようなものだ。フォークの専横に頭を悩ませながらロボスを正しい判断に導けなかったことは彼の最大の後悔となったに違いなかった。
「この戦いは無益だった。多くの部下を死なせて申し訳ない限りだ。だが一筋の光明も見えた。貴官の勇気ある行動によって一線級の指揮官たちが生きてハイネセンに戻れたのだ。いずれも見識に富んだ有能な将帥たちだ。今後、彼らの存在は軍を再建する上でも政治的な駆け引きの意味合いにおいても非常に重要だ。クブルスリーやビュコック提督を支え、軍中枢部の結束を強化し、正しい方向に導いてくれると思う。その立役者は君だ。ありがとう、ミスマル提督」
ユリカは恐縮してかしこまった。
「い、いえ、私が一人でどうにかしたわけではありません。みなさんの意志の結晶があったからこそだと思います……本当に」
シトレは、ユリカの謙虚な姿勢に暖かい笑みで応じた。彼は去ることになるが、軍上層部の人事をはじめ、どうにか安心できる体制になりそうでほっと胸を撫で下ろしたところだ。
クブルスリーに替わって栄えある第1艦隊司令官に就任するのはアムリッツァで名誉の負傷となったウランフ大将だ。復帰すれば彼は幕僚総監も兼任する。
ビュコックの後釜に第5艦隊司令官に就任するのはボロディン大将である。彼は幕僚副総監を兼任し、ウランフが復帰するまでは幕僚総監の代理を務めることになる。
第8艦隊は引き続きアップルトン大将が司令官を務める。第11艦隊司令官は変わらずルグランジュ中将だ。
ボロディンの第5艦隊昇格にともなって第12艦隊司令官の後任はアスターテ会戦で負傷し療養生活を送っていたパエッタ中将だった。この人事を不幸と呼ぶかは議論がわかれるところだが、ビュコックが言うには「アスターテで反省したパエッタはずい分ましになるだろう」という評だった。
「首都星に五個艦隊も残ればたいしたものだ。なんとか国防は立ち行くことができるだろう」
シトレはそう言って話題を転じた。
「先日、トリューニヒトと会見をしたそうだが、どうだったね?」
ユリカは、なんとも難しそうな表情をしながら肩をすこしだけすくめた。
「ええ、いろいろおほめの言葉をいただきましたが、要は期待しているよ、って感じでしたね」
「そうか。私は会見の中身が根掘り葉掘り聞かれるのではないかと思ったのだが……君らの活躍を大々的に報道しなかったと同様にあの男にはあの男なりの打算やら思惑やらが働いたのだろうな」
シトレの言うように、トリューニヒトは意外なほど第14艦隊の活躍を大げさに宣伝するようなことはしなかった。
「同盟軍史上初の女性司令官率いる艦隊が多くの同志たちを生きて故郷に帰還させた」
と、ごくささやかに報道されただけである。ユリカの映像も流してはいない。
「さすがにあの男もこれだけの大敗の後で戦争を賛美するのはマイナスに働くと悟ったのだろう。反戦派を勢いづけるより今は自分の政権基盤を固め、表面上は膨大な死を悼むことで同盟市民たちの支持を得ようというのだろうな」
問題は「暫定」の肩書きがなくなったときだ、とシトレは思う。
「なかなかしたたかというべきだが、あの男の判断は正しい。軍需産業界に巣食うただの煽動政治家だと思っていたが、ここぞというところでの計算はたいしたものだ」
もちろん、シトレはトリューニヒトの判断に感心したわけではない。相手の隠された意外な能力を垣間見て不安をより覚えたのだ。
しかし、不安を顔に出すことはしない。君らがいるから悲観してはいない、と言ってユリカと、次にアキトに握手を求めた。
「テンカワくん、頼めた義理ではないがミスマル提督をよろしく頼むぞ。婚約者である君の存在はユリカくんにとって非常に重要だからな」
「はい、シトレ元帥。全力でユリカをサポートします。どうかお元気で」
「うむ、ありがとう」
「では、お元気で」
アキトは、シトレの大きな手を握って別れの挨拶を交わすはずが、別の方向に視線を向けていた。
「あそこにいるのはキャゼルヌ少将たちじゃないかな?」
シトレとユリカがアキトの示す方向に振り向くと、31番搭乗口の待合席の前にキャゼルヌ一家とヤンたちの姿があった。ユリカたちの存在に気づいたアッテンボローが手を振ってくれた。
ユリカはシトレに勧めた。
「元帥、せっかくですから会って行かれませんか?」
一瞬迷った末にシトレは軽く頷いた。
「そうだな、ヤン提督にも話がある。会うとしよう」
◆◆◆
「しかし、補給の失敗たってそれはキャゼルヌ先輩のせいじゃないでしょうに。あの作戦そのものが問題だったんだ」
アッテンボローは、ロビーでキャゼルヌに会うなり同盟政府の処分に不満を口にした。司令部の──フォーク准将の作戦構想そのものが単なる希望的観測に基づいて立案されたものであり、無茶な補給を担当せざるえなかったキャゼルヌはそのとばっちりを受けたにすぎないのではないか! 理不尽にも程があると憤っているのだ。
「まあ、俺のために怒ってくれるのは嬉しいことだが、誰かが責任を取らねばならないんだ。責任を追及されない社会よりはましってもんだ。幸い物資量をごまかした件はビュコック提督やボロディン提督のおかげで不問になったんだ。辺境とはいえ、補給基地の司令官くらいで済んでよかったさ」
「ですが……」
アッテンボローはまだ何か言いたそうだったが、隣のヤンがやんわりと諭した。不満を口にしてもどうにもならない事であり、それよりもキャゼルヌ先輩を気持ちよく送り出すべきだろうと。
アッテンボローは仕方なく口を閉じたが、ふと向けた視線の先に「彼ら」を見つけた。
「先輩、あそこにいるのってシトレ本部長とミスマル提督ですよ」
アッテンボローが手を振るとユリカが同じように応じ、シトレとともに歩み寄ってきた。ヤンたちは席から立ち上がって敬礼した。
「やあ、君らもキャゼルヌの見送りかね」
応じたのはヤンだった。
「はい……本部長も次の便ですか?」
「まあな。ついさっきミスマル提督とその辺で会ってな、いろいろと話しをしていたところだ」
ヤンがユリカに視線を向けると、彼女はアキトとともにキャゼルヌと話をしている。
黒髪の青年提督は黒人の元本部長にたずねた。
「閣下はこれからいかがなされるのですか?」
「ふむ。田舎に帰って養蜂でも始めようかと思っている」
「閣下……」
「そんな悲しそうな顔をするな、出兵前に言ったとおりだ。こうなる覚悟はできていた。辞任することに悔いはない。悔いがあるとすれば多くの部下を無為に死なせてしまったことだ」
シトレは重々しくヤンに言ったが、暗い気分のまま別れるようなことはしなかった。
「貴官やミスマル提督の奮闘で軍中枢部には健全な者が残った。統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官の人事は君も知っての通りだ。これにウランフ提督とアップルトン提督が復帰すればより環境は安定するだろう。いずれもわかった人物だし君のことを高く評評価している。ビュコック提督は君を総参謀長に迎えたかったらしい」
「はあ、光栄ですが、まだ後任は決まっていないのですか?」
「いや、おそらくビュコック提督の下で参謀を務めていたオスマンが総参謀長の座に着くだろう。わるくない人事だ」
「そうですか」
ヤンは、総参謀長を降りたグリーンヒル大将の様子をシトレに訊いた。
「うむ、今回の人事を一番重く受け止めているのはグリーンヒル大将だろう」
アンドリュー・フォークという元凶が存在しなければ帝国領侵攻はありえず、もし発生したとしてもロボスを補佐して多くの将兵を生きて故郷に帰還させることができたかも知れない。グリーンヒル大将も総参謀長として国防の一線に継続して取り組んでいたことだろう。
今となっては虚しい「if」に過ぎないが、いち参謀の野心から始まった出兵だっただけに見識のある者はどうしても振り返えざるをえないのだ。
しばらくの沈黙を破ったのはシトレだった。
「ところで例の件だが、話のほうは聞いているのかね?」
「はい。詳細はこれからですが、ほぼ内定と伺ってます」
ヤンがそう答えると、シトレは少しだけ褐色の顔を元部下に近づけた。
「それは私の最後の要望だ。どうかミスマル提督たちをよろしく頼むぞ」
「はい、私にできることでしたら喜んで、校長」
ヤンは、かつての士官学校時代の役職で恩師を呼んだ。シトレは嬉しそうに口元をほころばせる。
「君の役割はさらに重要性を増した。ミスマル提督と一緒に同盟の未来を守ってほしい。彼女たちはな……」
ヤンはシトレの言葉を途中で遮った。悪意ではない。恩師が何を告白しようとしたのか彼にはわかったのだ。
「いいのかね、知りたかったのだろう?」
「ええ、確かにそうですが、これは宿題のはずです。残念ですが生徒の出来が悪くて答えられそうにないのですが、私なりに彼女とナデシコを見極めようと思っています」
「そうか、君なら何を知っても特になんら変わることはないだろう。最初は紆余曲折はするかもしれないが、これは大事な宿題だからな……では行くとするよ」
シトレは安心したように微笑んで広い背中をヤンに向けた。
「お元気で校長」
「うむ」
歩き出したシトレの背中に向って二つの別の声が響いた。ユリカとアキトだった。二人は別れを惜しむように敬礼し、心から感謝を述べた。
「「シトレ元帥、本当にお世話になりました!」」
シトレは若い二人を肩越しに見やり、右手を挙げて応じると長身を揺らして搭乗口に消えていったのだった。
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ヤンとシトレが話をしている間、ユリカとアキトはキャゼルヌと別れの挨拶を交わしていた。
キャゼルヌは家族を紹介すると、元気のない若者二人の肩を同時にかるく叩いた。
「まあ、そんなに落ち込まないでくれ。これくらいで済んでよかったと思っている。気分を変えるにはちょうどいいさ」
「ですが……」
「ミスマル提督もテンカワ君も心配性だな。さっきはアッテンボローのやつが俺のために怒ってくれたが、そんな顔をされたままじゃ、こっちも決心が挫けてしまうよ」
ユリカとアキトはキャゼルヌを困らせてはいけないと思ったのか、いく分表情を明るくした。なにかとお世話になった人との別れはつらいものだが、生きてさえいれば再会することも可能なのだ。過ぎてしまったことを悔いても悲しいだけ。今は旅立つキャゼルヌを笑顔で送り出すことが必要なのだと。
「少将にも大変お世話になりました。いずれまたお会いしましょう」
「ありがとう、ミスマル提督。まあ、せっかくの感動的な別れ際で言いづらいんだが、もしかしたらわりと近いうちに貴官らと一緒に働くことになるかもしれないな」
キャゼルヌの意外な発言はユリカとアキトを同時に驚かせた。理由を尋ねたのはアキトである。
「ええと、どういうことでしょうか?」
「ああ、実はな……」
とキャゼルヌは前置きし、先刻、ヤンから受けた依頼の内容を冗談交じりに二人に伝えた。
「どうもヤンのやつは俺に要塞事務総監をやらせたいらしい。要は押し付けてやるってやつだな」
ユリカとアキトの表情がみるみるうちに明るくなった。
「では、ほんのしばらくの間だけのお別れですね」
「そうなんだよ、ミスマル提督。だからどうもこの感動的な別れが気恥ずかしくてね」
キャゼルヌが肩をすくめると、ユリカとアキトは同時に笑い声を上げた。彼らが同盟に属した頃から何かとお世話になった有能で人柄も信頼できる人物と今度は同じ赴任地で机を並べることができるというのだ。嬉しくないわけがない。ユリカはナデシコの誰よりもキャゼルヌと接しているからなお更である。
「敏腕をもってなるキャゼルヌ少将にうってつけの役職ですよね」
おだてられた方はそれほど嬉しそうにしていない。
「なんというか、心配なのは俺が赴任するまでの間なんだが……ヤンが代行してくれる可能性は万に一つもありえないからなぁ……」
キャゼルヌが冗談抜きで深刻に考え込むので二人はまた笑い出してしまった。ヤンが「事務処理の能力はエル・ファシルで使い果たした」と公言しているという情報を耳にしていたからである。
実際、非勤勉な青年提督は事務に手を付けなかったわけだが、キャゼルヌが赴任してくるまでの間、思わぬ人物が事務総監を代行することになる。
「いずれにせよ、近日中に君たちはヤンと一緒に任務に着くわけだが──」
キャゼルヌは急に声をひそめて続けた。
「そうなると貴官やナデシコに関わる人間が一気に多くなるということだ。何と言っても将兵だけで200万人を超える規模だからな。中には──というよりとっくに貴官たちの存在に疑問をもっているのほほん司令官やその後輩もいることだし、何かと身辺が騒がしくなるかもしれない。そこのところはまあ幾分注意することだ」
「はい、ご忠告ありがとうございます。ですが私たちの秘密がたとえヤン提督に知られたとしてもキャゼルヌ少将と同じで何も変わらないのではないかと思うのです」
「たぶんそうだろうな。シトレ元帥はその事でヤンに宿題を出しているそうだからな。貴官たちの真実を自分で見極めてみろ、ということらしい。だがある意味ヤツが確信したらしたで大変なことになるかもな」
キャゼルヌが脅かすので、ユリカとアキトは表情を強張らせた。アキトが恐る恐る尋ねる。
「どういう意味でしょうか?」
ニヤリと笑うキャゼルヌはいたずら好きの少年に等しい。
「ああ、実はヤンのヤツは歴史家志望だったんだよ。士官学校時代は時間があれば歴史のデーターばかり見ていたそうだからな。今もたいして変わらんが、つまるところ歴史馬鹿なんだよ。アイツが君らの秘密を確信すればあれこれ歴史についての謎やら事実やらを毎日徹夜で質問されまくると思うぞ」
「はあ……」
たしかにそれはちょっと困るかも、と二人は思った。ユリカは戦史ならけっこう答えられるが世界史は完全ではない。アキトはほとんどさっぱりである。
「まあ、それよりも……」
キャゼルヌは慎重に周囲を見回し、対応策を考えているらしい二人にささやいた。
「だが貴官らの生きた歴史と我々の知る歴史には差異があるのだろう?」
ユリカとアキトは、キャゼルヌのまさかの発言に絶句してしまった。硬直した若者二人に有能な事務官僚タイプの男はかすかに笑う。
「実は、シトレ元帥が辞任前に貴官らに隠されたもうひとつの秘密を打ち明けてくれてね。さらに仰天したものだが、おかげで君らやナデシコに抱いていた違和感の理由がわかった気がしたよ」
シトレがキャゼルヌに打ち明けた背景には、シトレ自身が軍を辞任することによってユリカたちを理解できるも者が身近にいなくなってしまうためだった。信頼できるキャゼルヌに本当の秘密を打ち明け、中央にいるウランフと連携してことに当たってもらいたいと意図したからである。もちろん、ヤンが彼を呼び戻すことを計算にいれているのだろう。
いずれ時間が経てばウランフがクブルスリーやビュコックに本当の真実を打ち明ける日もくるだろう。ユリカたちを将来において懸念されるさまざまな干渉から守る上でも理解ある人物に知ってもらうことは実に重要だった。
「まあ、そういうわけだ。貴官らをヤンに預けるのも今後のためということだ。ヤンのヤツは普通に見るとまったく頼りないが、一応考えはまともだし、知っての通り非常時には稀な優秀さを発揮する意外性タイプだからな」
キャゼルヌは笑い、最後に再び二人の肩を軽く叩いて激励した。ユリカとアキトは思わぬ発言の驚きから開放されていなかったが、彼らの存在を理解してくれる親しみやすい同盟軍人の心遣いに深く感謝していた。
声がした。
「キャゼルヌ少将、ミスマル提督、テンカワ中尉!」
アッテンボローだった。そばかすが顔に残る青年士官はシトレが旅立つことを教えてくれたのだ。
◆◆◆
やがてシトレの姿が搭乗口に消えると、今度はキャゼルヌが出発することをユリカたちに伝えた。
「じゃあ、行くとするよ。ヤン、ミスマル提督、しばしの別れだな」
ヤンは、キャゼルヌが差しだした右手を強く握った。
「ええ先輩、それまでどうかお元気で」
「そっちこそへばるんじゃないぞ。仕事するのが似合う柄じゃないんだからな」
「そうですね。そこは活力ある若い女性提督に任せることにします。なるべく私は楽をしたいですからね」
該当者は頬を膨らませて抗議した。
「それって私のことですよね? ひどいですよ、プンプン」
「まったくだ。ヤンのヤツが最低限の仕事もサボっていたらこいつの尻を引っぱたいてやってくれ。それくらいは俺が許す」
「心得ました!」
「えっー!!!」
心温まるやり取りが終わると、キャゼルヌは家族をともなってその場を離れていった。
ヤンはキャゼルヌ一家を見送りながらアッテンボローに要請した。
「お前さんにも来てもらうぞ、イゼルローンへ」
「アイ・アイ・サー」
一連のやりとりをやや後方から不安げに聞いていた一人の少年が存在した。亜麻色の髪と端正な顔立ち、年齢相応の身長を有するヤンの被保護者ユリアン・ミンツである。今、少年が心配しているのは、はたして自分はイゼルローンに行くことができるのだろうか、ということだった。12歳のときにヤン被保護者となってからもう二年。その日から少年の生活はガラリと変わり、戦争孤児のユリアンにとってヤン・ウェンリーは尊敬と憧憬の対象になったのだ。
当然ながらユリアンにヤンの傍らを離れる意思は毛頭なかった。
「ねえ、ねえ、ユリアンくん」
不意に横から声をかけられてユリアンは我に返った。振り向くとその視線の先にはブルーグリーンの瞳も魅力的な美人提督の笑顔があった。
「どうしたの? なにか考え事かな」
「いえ、何でもありません」
ユリアンは頬を赤く染めて目を伏せた。ユリカと顔をあわせて数日が経つが、ヤンも話していた同盟史上初の女性司令官がこんなに若くて美人だとはまったく想像していなかったのだ。ユリカがアキトと一緒に官舎を訪ねてきたとき、少年はしばらく立ち尽くしてしまったほどである。
ヤンが詳細を語らなかったこともあるが、人なつっこい笑顔を振りまく美女が気軽にヤンと話すものだからユリアンは内心で疑ってしまった。少年は彼もよく知るヘイゼルの瞳を持つ美人を応援しているから、長い艶のある髪をなびかせた美人提督を脅威に感じたものだった。
しかし、それはすぐ杞憂に終わった。同行していたテンカワ・アキトがユリカの婚約者だと知ったからである。冷静に考えれば思い至る事である。動揺していた自分が恥ずかしくなったが、ユリアンは二人に大きな好感を持つことになった。明るくて人当たりのよいミスマル提督。彼女の婚約者でパイロット兼コックのやさしそうなテンカワ中尉。
ユリアンにとっては大いに恵まれた「出会い」となったわけだが、ユリカとアキトが訪れたその日、ヤン家の食卓は久々に豪華を極めたものの、料理を手伝ったユリカがささやかではすまない騒動を巻き起こした。それはまたいずれ語ることにしよう。
ユリカがユリアン少年の前で小さく合掌してお願い事をした。
「イゼルローンに行ったらユリアン君の得意料理を教えてね」
美人提督はユリアンがイゼルローンに当然来るものと思っているようだ。そう思われるのは少年にはとても嬉しい。
「それは構いませんが、テンカワさんに教わったほうがよいのではありませんか?」
ふるふるとユリカは頭を振った。
「だめだめ、アキトをあっといわせる別の料理が必要なんだぁ……ユリアンくんて人に教えるの上手そうだし──私ってなんか聞きベタなんだよねぇ」
実に意外だなとユリアンは思う。ヤンの話だとミスマル提督は多方面に優秀だというのに料理だけはダメだというのだ。まあ、すでに悪夢を経験済みなので事実なのだろう。
それはさておき、ユリアンも憧れるグリーンヒル大尉と似たような一面があるので少年もついつい親しみが湧いて約束してしまう。
「わかりました。イゼルローンで特訓しましょう」
「ありがとう、ユリアンくーん!」
思いっきり抱きしめられて胸の谷間に押し付けられたので、ユリアンは顔を真っ赤に染め上げる。ほのかな甘い香りが少年の心を沸騰させた。
「ユリアンのやつ、羨ましいなぁ……」
アッテンボローが遠い目をして呟くと、ヤンとアキトは愉快そうに笑い、ユリカとユリアンを呼んで宇宙港のロビーを後にしたのだった。
V
銀河帝国の新皇帝はオーベルシュタインの予想通り、先帝フリードリヒ四世直系の孫エルウィン・ヨーゼフだった。まだ五歳の男児である。国務尚書リヒテンラーデ候はブラウンシュバイクやリッテンハイムといった強大な外戚に帝国の権力を私物化させる気はなかったのだ。
とはいえ、二大門閥貴族の武力に対抗するにはそれに匹敵する武力を持つ勢力が必要だった。リヒテンラーデは固有の武力を有していなかったから、その選定には慎重にかつごく必然的にローエングラム伯を番犬に選ぶことになった。
もちろん、お互いを信頼しているわけではない。互いを利用しようとする動機から生まれた新体制である。それでもこの体制が意外に強固なのは、政治面と軍事面が絶妙なバランスの上にあったからに他ならないだろう。
また、エルウィン・ヨーゼフの擁立にともない、リヒテンラーデは公爵に階位をすすめ、摂政に就任した。ラインハルトも侯爵になり、宇宙艦隊司令長官の座に着いた。
そして、壮大な「新無憂宮」の一角において二人の門閥貴族が新体制のあり方に怒りを露にしていた。
「リヒテンラーデの老いぼれなどとっとと引退して然るべきなのだ。陛下が崩御された時点で潔く退いて喪に服するまでもなく、権力の中枢にしがみつくなど臣としての進退に問題がある」
「公の申されるとおりだ。加えてあの金髪の孺子。姉に対する皇帝陛下のご寵愛でなりあがった挙句、ついには侯爵だ。もともと爵位も持たぬ貧乏貴族の小倅が、よくも陛下を姉ともども誑(たぶら)かして今の地位を得たようなものだ。ついに階位が並ばれたかと思うと怖気がしますな」
「同感です。あのような輩に偉大なるルドルフ大帝以来の伝統と格式を持つ帝国の国政を壟断されてよいわけがありませんな」
帝国のために──そう不満と怒りをぶちまけるブラウンシュバイク公とリッテンハイム候も裏を返せばラインハルトたちと同じ動機である。自分たちこそが権力の座に相応しく、帝国の未来を華々しくするのが当たり前だと考えているのだ。彼ら二人が帝位に着けるわけではないが、それぞれの娘を女帝に擁立し、自らは摂政となって権力をほしいままにしようと目論んでいるのだ。どちらも私的な不満と怒りをうまく公式的な利益にすり替えたといえよう。
その陰謀渦まく場所を通りかかった人物がいた。威風堂々たるオーラをまとったミュッケンベルガー元帥である。長きに渡り帝国宇宙艦隊司令長官に君臨した帝国貴族出身の男は、今回の新体制人事とアムリッツァにおけるローエングラム候の功績に報いるため司令長官を「勇退」となった。
ミュッケンベルガーは退任の挨拶に「
新無憂宮」に来訪し、その帰りに珍しく一緒にいる二人の門閥貴族と遭遇したのである。
ブラウンシュバイク公はミュッケンベルガーを呼びとめ、一通り今回の人事に対する「同情」を示すと、陰謀家の顔になって元司令長官に要請した。
「どうじゃ、わし等と組まぬか? そなたが味方してくれると大いに士気が高まる。卿もまた宇宙艦隊司令長官の座に返り咲くことが叶おうぞ」
何もわかってはいないな、とミュッケンベルガーは冷めた目つきで両者を見やった。わかっていなかったという点では自分もつい最近までローエングラム候を過小評価していたものだが、遅かったとはいえ、叛乱軍迎撃の手腕を目の当たりにしてようやく金髪の元帥の実力を思い知ったのだ。
「辞退させていただきましょう。御両人は何か勘違いされているようですが、私はこの時期に退任できてよかったと思います。来るべき無益な争いに巻き込まれずに済みますしな……では」
ミュッケンベルガーは何事もなかったように歩き出したが、権威主義の生きた指標のような大貴族二人にダメもとで忠告した。
「ローエングラム候の実力は本物ですぞ。なめてかかれば痛い目どころでは済まぬでしょう」
ミュッケンベルガーは再び歩き出した。「臆病者め」という罵倒が聞こえたが彼は意に介すことなく「新無憂宮」の外に向ってまっすぐに歩を進める。そう遠くない未来にローエングラム候の策略によって門閥貴族が一斉にその打倒に決起するだろう。だが結果は見えている。
同じ権力を欲する両陣営でも、ローエングラム側と貴族たちでは権力を行使する中身の正常さに落差がありすぎる。一方は堕落しきった貴族社会を一掃し、社会秩序を改革しようという明確で健全な意志があるが、一方は権威と名誉と伝統を重んじる貴族による貴族のための政治体制を己の欲を実現させたいがために、なおも旧態依然とした社会秩序に固執しているだけなのだ。
貴族たちに社会体制を省みる目線はない。それは軍事面も同様だ。戦略も戦術もろくに理解しない
「騎士道精神だけは過剰に立派」な貴族の子弟どもが中心となる艦隊など、ローエングラム侯の統制整然たる軍隊からみれば単なる烏合の衆にすぎないだろう。誰か専門の軍人が指揮を執ったとしても、おそらく途中で大貴族どもの横槍が入るのは目に見えている。
結局のところ、ローエングラム候の罠にまんまと
嵌る貴族たちがいかに抵抗しようとも、その最期は決まったようなものなのだ。
自分はどうか? 地位も名誉も伝統も有する貴族だが、ここに至っては進退を誤まることはない。内戦が始まれば中立を貫き、貴族社会と500年あまり続いた銀河帝国の終焉を見届けることになるだろう。どれ、落ち着けば伝記の一つでも著してみるかな……
ミュッケンベルガーは「新無憂宮」の外に出た。空は青い。長い階段を下りる途中、逆方向からローエングラム候とその腹心が階段を上ってくる。きっと長官就任の挨拶に向うのだろう。
金髪の若者と赤毛の親友は立ち止まってミュッケンベルガーに敬礼し、元長官は軽く返礼して二人の前を通り過ぎた。
今、「新」と「旧」が入れ替わったのだ。
◆◆◆
多くの帝国軍諸将が利用する高級士官クラブには、軍務の合間を縫ってラインハルト麾下の提督たちが今日も数名たむろしていた。話題は近い未来に起こる大貴族たちとの戦いではなく、帝国軍の勇将たちを苦しめた同盟軍第14艦隊司令官についてである。
「かのヤン・ウェンリーに匹敵する敵手がまさか女性というのも何か奇妙な因縁を感じるものだな」
オスカー・フォン・ロイエンタール提督がウイスキーグラスを片手に「
金銀妖瞳」を煌めかせてつぶやくと、その向かいの席に座るウォルフガング・ミッターマイヤーはややあきれたように眉をそびやかした。
「卿の比喩が何を指しているのか、いささか俺には理解しかねるな」
活力に富んだグレーの瞳は女性遍歴の絶えない親友を心配するようだ。おさまりの悪い蜂蜜色の髪がざわりと揺れているようにも見える。だが、ロイエンタールは少しも気にしていないようだった。
「なに、一対一で勝負がしたい、ただそれだけだ?」
「なるほど“一対一”か……俺には卿がミスマル・ユリカを女性遍歴の一人に加えたいように聞こえたぞ」
ロイエンタールはかすかに笑い、琥珀色の液体が宿るグラスを軽く弄ぶ。
「ふっ、なるほど。卿もなかなか感性が豊かだな。まあ、相手が美女とは限らないが幸い敵同士だ。相まみえれば勝負せざるえまい。なんと言っても俺は女から逃げたことはあるが女に逃げられたことは皆無だからな!」
少し声が大きかったらしい。後ろの席で労働後の一杯をあおろうとしていた猛将が右手に持ったグラスを頭上に掲げたまま硬直している。ミュラーやメックリンガーが同席していなかった事は不幸中の幸いだった。
ミッターマイヤーは親友の軽率な発言をたしなめた。
「おいおい、せっかく立ち直りかけていたのに、あれじゃあもうしばらくは牙のぬけたウリ坊状態だぞ。ブルーなビッテンフェルトがどれだけ近づき難いか卿も知っただろう」
「ふむ。もう十分耐性はついたと思ったんだが、まだ不十分だったか」
ロイエンタールは悪びれない。悪意がない分だけ性質が悪い。ミッターマイヤーは真っ白な状態の上官を一生懸命介抱するオイゲンに同情した。
「卿は勝負したいなどと言うが、ミュラーやビッテンフェルト、メックリンガーさえ大きな損害を被ったのだ。実際、ヤン・ウェンリーの艦隊と連携した第14艦隊の攻勢によって俺の艦隊も足止めをくらって損害を被ったからな。卿が相手にしてきたベッド上の女とは格が違うぞ」
「もちろんだ。だから勝負がしたい」
どうやら親友の悪い癖が”嗜好回路”を蹂躙してしまったようだ、とミッターマイヤーは感じた。こうなると彼にも止めようがないのだが、ロイエンタールは耳元で甘くささやく可憐な美女よりも寝首を掻こうと牙を隠し持つ謎めいた美女に惹かれてしまったと評すべきだろうか?
「心配するなミッターマイヤー、猟奇的な女の扱いを知らない俺じゃない」
どこまで本気なのか、親友は困惑して首を捻るしかなかった。
W
ヤンたちと別れたユリカとアキトは、ハイネセン近郊にある国立第一軍事病院にウランフを見舞っていた。
「そうか、イゼルローンへ行くことになりそうか」
ウランフは、まだベッドから半身すら起こせない状態にあったが意識ははっきりしており、会話を交わす問題がないほどには回復していた。
「はい、シトレ元帥が私たちを政治的な干渉から守るためにクブルスリー大将やビュコック提督にお願いをしてくれたようです」
「そのようだな。先日、一足早くボロディンからおおよその内容は聞いたよ。貴官たちを取り巻く状況はアムリッツァの活躍もあって大きく変化したことだしな。そのまま君らをハイネセンに留めておけば何かと周囲が小さくない厄介ごとに巻き込むだろうからな」
ユリカとアキトは同意してうなずいた。トリューニヒトが自ら推薦した「女性将官」が見事に戦場で功績を挙げ、多くの将兵たちを生還させたのである。ユリカの活躍を公式的に大宣伝したわけではないが軍内部に影響力を増すことができたとあって「自分の
炯眼は確かだった」と政権獲得以上に満足していることだろう。アムリッツァで善戦した提督たちを「全員」昇進させたのも、彼らに貸しを作り、表面上、軍部の支持を取り付けるために違いないのだ。
当然ながらユリカはトリューニヒトのために全力を投じたわけではない。だが「全力を投じないわけにはいかない状況」にあったので、ほとんどトリューニヒトの期待に応えたようなものだ。彼女は煽動政治家の巧妙な計算に舌打ちするしかない。
ウランフは続けた。
「トリューニヒトの件もそうだが、軍内部には君がトリューニヒトに媚を売ったと見る輩も多い。アスターテやイゼルローン攻略の英雄であるヤン提督を自分の政治宣伝に利用した政治家どもがいたように貴官をかつごうとする者もいるだろう。その意味では、いろいろな方面からの干渉が直接的に及ばないイゼルローン要塞に貴官らを赴任させることは非常に意義があるだろう」
公式的には、大きな損害を受けた同盟の再建をスムーズに行う上でも、「帝国の逆侵攻が懸念されるこの時期、イゼルローン要塞の防備を強化する必要がある」とクブルスリーやビュコック、ボロディンが強く主張したために実現したのだ。
意外だったのはトリューニヒトが強く反対しなかったことだろう。それは以前、シトレとプロスペクターが語らなかった第三の理由が含まれているからだった。
ユリカはその理由をシトレの辞任直前に聞くことになった。
すなわち、トリューニヒトの第三の狙いはユリカをヤンの対抗馬とし、いずれはヤンの後釜に据えることだった。
ユリカは、ヤンと共に国防の第一線たるイゼルローン要塞に赴任が決まっている。であるからには帝国軍がよほど画期的な手段を持たない限りイゼルローンが必ず戦場になるということだ。これは買い被りかもしれないが、ヤンとユリカが組んだイゼルローンは多大な戦果を挙げることになるだろう。
そうなればトリューニヒトはすぐさまユリカの階級を上げ、何かしらの理由をつけて純軍事的にヤンを一線から外そうと画策するに違いないのだ。自分が推薦した女性艦隊司令官に恩を売り、軍部内での地位を上げることによって影響力をより増そうという魂胆だろう。
もちろん、ヤンよりは御しやすいと思われていること自体がユリカには不本意だ。
「私がヤン提督にとって代わるなんて恐れ多いことです。だいたいトリューニヒト氏の言いなりになんてなりません!」
ユリカは強い口調で声を荒げたが、ウランフはひとつの懸念を表明した。
「もちろん、貴官がヤンにとって代わろうなどと考えていないことは重々承知している。しかし、政治的な陰謀とは個人の意思とは無関係に働くものなのだよ。貴官にその気がなくても、そうならざる得ない状況に追い込むのが陥れる側の常套手段だからな」
「…………」
ユリカもアキトも黙ってしまった。地球で戦っていたときも「追い込まれた状況」が何度となくあったものだ。こちら側の意思とは無関係に物事が勝手に動く。その度に困難な状況にぶつかり、時には大切な仲間すら失っているのだ。
地球で繰り返された不条理は、はるか未来でも避けられないというのだろうか? 政治とか陰謀に類が及ぶとユリカもアキトも腰が引けてしまう。
察したウランフが二人を勇気づけるように言った。
「もちろん、それは何もしなかった場合のことだ。我々がトリューニヒトの好き勝手にはさせん。心配するな、後方は任せておけ」
ユリカとアキトの顔にまばゆいばかりの光明が差し込んだ。
そうだ。同盟にはウランフ提督を初めとする軍の良識派が大勢存在する。いずれも名声と実力を備えた将帥たちばかりである。トリューニヒトがいかなる政治的権力を行使しようとも、民主主義の建前を公然と踏みにじることはできない。みんなが可能な限り軍への理不尽な干渉を防いでくれることだろう。
「まあ、いろいろと不安を煽ることを並び立てたが、君たちがイゼルローン要塞に赴任するにあたって不安要素となる可能性をあらかじめ認識してもらおうと言ったまでだ。だからあまり深刻には受け取らないでくれ」
ウランフが冗談ぽくウインクすると、ユリカとアキトは笑いをこらえながら返礼した。
「承知いたしました。ウランフ提督やビュコック提督に後方はお任せします。私たちはヤン提督と一緒にイゼルローンをしっかりと守ります」
「ああ、頼む。本来なら君達に背負わせるような責任ではないが、我々は貴官らに頼むとしか言えんのだ。すまんな」
「いえ、頼ってくださってありがとうございます。生きる目的を示してくださったのはウランフ提督やキャゼルヌ少将、シトレ元帥です。みなさんには大きなご恩があります。ナデシコのみんなと一緒にいられるのも提督たちのおかげです。まだまだ私たちは若輩の身ではありますが、ヤン提督と協力してご恩返しができればと思います」
「いいや……」
ウランフは打ち消すように軽く頭を振った。
「恩というならアムリッツァで全部返してもらった。気負いすることなどない。我々を利用してかまわんから貴官たちは元の世界に戻る算段も立てることだ。いいな」
「ええ、おいおいやる予定です。ねえ、アキト」
「ユリカの言うとおりです。いまさら勝手にもできません。ですがあきらめているわけでもありません。あせらず一歩一歩進んで行くつもりです」
ウランフは、アキトが示したたくましさに実の息子の成長を見たような気がした。
「いい顔だ、テンカワくん。ミスマル提督と一緒にヤンの下でより多くを学んで来い」
「はい、ありがとうございます。ウランフ提督も一日も早くご復帰ください」
「うむ、先日、ボロディンに言われたよ。早く復帰しないと仕事が溜まるぞってね。あいつは私の代理をしているはずなんだが……」
復帰後、机の上に積み上げられた書類の山でも想像したのか、同盟軍の勇将は困ったように顔をしかめる。これも生きているからこそ笑い話にできること。
たった一つの決断と行動がウランフやアムリッツァの運命を大きく変えたのだ。
多大な犠牲を払った戦いではあったが、3名にとって何かが変わる、いや変えるという思いは共通の認識だった。
「では提督、長々とお邪魔しました。どうぞ治療にご専念ください」
「ああ、二人ともわざわざありがとう。差し入れの書籍もありがたくもらっておくよ──正直、入院生活がこれほど暇なものだとは思わなかった。早く復帰したいものだな」
ユリカはくすりと笑う。
「それも退院されればよい思い出になりますね」
「個人的には忘れたいな」
ウランフがうんざりしたようにため息を漏らしたが、さすがに二人は笑いをこらえて恭しく敬礼し、晴れ晴れとした気分で病院を後にしたのだった
X
アムリッツァ後、ハイネセンに帰還したナデシコ乗員は軍部がまるまる借り上げたホテルに滞在していた。そこは中心部からは少し離れている。
といっても全員ではない。ナデシコがアムリッツァで受けた損傷箇所を修理しなければならないこと、同様に生じたエステバリスの問題等、イゼルローン要塞赴任の辞令が発せられるまでに多くの案件をひとつでも片付けておく必要があったのだ。
第14艦隊宇宙ステーションに残っているのはそのほとんどが技術陣たちばかりだが、システムの調整などもあるので艦橋要員の幾人かも残留していた。ハルカ・ミナト、ホシノ・ルリ、アオイ・ジュン、ゴート・ホーリー、スールズカリッターの5名である。
ミナトは特に必要要員というわけではないが、「ルリルリが一人でかわいそう」という保護者根性丸出しで残ったようなものだった。だが実際作業が始まるとルリのフォローをしている。
過酷な戦いを耐え抜いたルリは休暇が先に伸びるからといっても特に不満など口にせず、普段通りクールなまま黙々と調整作業をこなしていた。
「タンクベットてどんなかなぁ……」
ナデシコは帰還早々にドック入りしたが、最初に行ったのは損傷箇所の修理ではなく「タンク・ベッド」の設置だった。導入が間にあわなかったばかりにルリに負担をかけたばかりか、その他のクルーも予想を越えた長い戦闘時間に睡眠を奪われ身を削る思いを体験したのだ。
ちなみに、タンク・ベッド導入にあたってバーチャル・ルームをつぶすことになった。過去利用したのは3名くらいなので、特に必要性が薄いと判断されたのだ。
◆◆
しばらく経ってルリたちも地上に降りたが、その直後、第14艦隊の幕僚人事に変化があった。まず副官を務めていたスールズカリッターがアムリッツァ後の戦後処理を手伝うためにビュコックの下に戻ることになったのだ。
ホテル内に設けられた送別会の席上で、姓名変更中の青年士官は集まったクルーを前に別れの挨拶をした。
「短い間でしたが、ミスマル提督とナデシコのみなさんとアムリッツァを戦いぬいたことをとても誇りに思います。イゼルローンに赴任しましてもどうかご健在でいてください」
「今まで本当にご苦労様でした。少佐のおかげで事務処理がとてもはかどりましたし、たくさん勉強になりました。戦後処理とか大変ですが、どうかお元気でいてくださいね」
ユリカが代表して言葉を贈り、堅実で誠実な元副官を笑顔で送り出した。スールズカリッター少佐は最後に一人一人と握手を交わし、右手を振ったまま送別会場を後にした。
こうなると副官の人事である。ごく必然的に少佐の下で見習いをしていたエリナ中尉に決まるはずだったが、イゼルローンの辞令が正式に発せられると同時にアカツキとエリナに驚くべき辞令が下されていた。
「アカツキ大尉とエリナ中尉にエリオル社への出向を命ず」
どうもこれはトリューニヒトが直接軍部に要求したものらしい。エリオル社といえば軍需産業界第二位の兵器メーカーである。主な扱いは通信装置、光学センサー類、軍需産業用ロボット、軍事用小型車両と軍用ヘリだ。クブルスリーもビュコックもイゼルローンの人事を通した後だったので無理も言えず、断る理由も見出せなかったので決定してしまったのだった。
この人事は当然ながらとある人物に対してナデシコクルー全員が疑惑を持ったが、当人──アカツキは涼しい顔で言ってのけた。
「ものすごーくチャンスだよ。こちらが何かするまでもなくトリューニヒトに堂々と近づけるんだからね」
「会長はアムリッツァ後にこうなるように密約でも交わされたのですか?」
プロスペクターの皮肉を込めた痛烈な追及が飛んだが、元大企業の青年会長はにこやかに笑って否定した。
「そんなことはしていないよ。少なくとも面と向って約束はしていないね」
ただし暗黙の了解はあったと故意に示唆していた。
「またまた何を企まれているのですか? あまりナデシコをネタにすると後で取り返しのつかないことになりかねませんよ」
プロスの鋭い視線がアカツキを射抜いたが、そんな
恫喝に音を上げる青年ではない。彼は「やれやれ」と演出じみて肩をすくめると、その場にいる主な人物たちに言った。
「ま、何かというと陰謀とか言われてしまうけど、正直、僕には僕なりの目的と野心があるのは否定しない。ただ、この人事をマイナス方向のみに捉えてしまうのはいささいか浅慮だと思うよ」
エリナ以外が眉をしかめたので、アカツキはその反応に満足して一人一人を見やってからソファーに腰を下ろした。その演出は、まるで重大な秘密の政策にひらめいた政治家のようである。
「帝国領への侵攻は失敗したけど、幸いにも軍部には有力な軍人が残った。だけど政治的には面目丸つぶれだよね。なんとか最悪な事態は回避したけど軍部の発言力は弱まったわけだ。 トリューニヒトは隙あらば軍部を自分色に染めようと虎視眈々と機会を窺っていることだしね」
統合作戦本部次長席は空席のままだ。制服組の最高峰に最も近い席次がトリューニヒト派の軍人から選ばれるのは確実だろう。クブルスリーやビュコックに言わせると「よほど軍部を弱体化して帝国に攻められたいらしい」ということになるが、政治家にとっての恐れとは常にシビリアンコントロールの効かなくなった軍隊の暴走であり、権力をとってかえられることである。幾度となく歴史のなかで繰り返されてきた政変だ。その懸念はトリューニヒトだけではなく、たとえばジョアン・レベロのような良識派の政治家でも常に抱く不安要素なのだ。
しかし、この場合の問題はトリューニヒトを筆頭とする軍需産業界に根ざした利権漁りの政治家どもが自分たちの思い通りに軍部を動かしたいがために、健全な意思まで排除しようと企んでいることなのだ。
はっきり言ってトリューニヒトに属する軍人がろくに働きもしないで早々に敗れ去っているのが現実であり、そのいい例がアスターテとアムリッツァに続く前哨戦に如実に現れている。いずれも非トリューニヒト派の将帥たちが戦線を立て直して最悪を回避しているから国防がなんとか成り立っているのだ。
「今は政権発足当初でトリューニヒトも大人しくしているけど、正式に自分の政権が整えば軍への締めつけは厳しくなっていくだろう。 いくらビュコック提督やウランフ提督ががんばってもシビリアンコントロール下にある軍は国民から選ばれた代表の意向に最終的には従うしかないんだよ。それがどんなに理不尽な要求であってもね」
この時点では、アカツキはまだ自分の役割が変更されることを想像できてはいない。
プロスペクターには遠まわしに聞こえたのか、ずばり問うた。
「会長は何が仰りたいのですかな?」
アカツキは真剣な顔になってプロスを一瞥した。
「つまり、別の方面からトリューニヒトの動向を常に探る必要性があるということさ。ビュコック提督たちだけじゃ、きっと後手にまわることになるよ。なんと言っても軍部内はまだ一枚岩じゃないからね。だから今回の人事はよい機会なんだよ。事前に知っていればビュコック提督たちも動きようはあるでしょう?」
プロスペクターの瞳が深く洞察するようにキラリと輝いた。
「スパイをする、とおっしゃいますか?」
露骨すぎるご名答にアカツキは苦笑した。
「目的を達成するために情報収集を惜しまないだけだよ」
「その目的って何ですか?」
尋ねたのはそれまで沈黙していたユリカだった。周りにいるアキトやゴート、イネスもお互いの顔を見合わせているあたり、ユリカと同じ疑問を持ったのだろう。
「そうだねぇ、信じてもらえない部分もあるかもしれないけど……」
そう前置きし、青年は彼の目的を列挙した。
一つ ネルガルで実現できなかった技術開発の研究
一つ 帰るための研究と演算ユニットの情報収集
一つ ナデシコと軍部のバックアップ
一つ この世界にみんなが帰ってこられる場所を確保すること
四つ目を特に強調するあたりがアカツキの憎めないところだろう。
しかし、プロスは不審そうに眉をそびやかして大きな疑問を口にした。
「ですが、会長はただの兵器メーカーのアドバイザーですよね? そこまで可能な地位というわけではありませんよね」
その質問を待っていたとばかりにアカツキは低く笑う。
「もう企業内に人脈は築きつつある。そして近い将来、トリューニヒトのバックアップを背景に僕は社長に就任することになるだろう」
潔い告白ではあったが、アカツキの手回しにプロスたちは驚きを隠さない。
「いやはや、実に見事な事前戦略というべきでしょうかね?」
プロスの声に皮肉以上の響きが混ざるのは仕方がないだろう。ごく短い期間で企業内に影響力を築き、トリューニヒトを手なずけてその支援を得るというのだから見上げた権力欲根性である。ユリカとアキトはあきれを通り越したのか感心すらしているようだった。
「ま、目的を達成するために、また軍部を密かにバックアップする上でも社長の座は必要だからね。一応ぶっちゃけ言っちゃうけど、僕の最大の目的はこの世界において軍需産業と民間用技術の分野においてトップに立つことさ。何を言っているんだとみんなは思うかもしれないけど、ここでの生活はどうも長くなりそうでしょ?
列挙した目的を実現するには同盟に倒れてもらっては困るし、トリューニヒトを筆頭にした利権屋に経済をめちゃくちゃにされても困るんだよ。どうだい、納得してくれたかい?」
「なるほど。真意を偽られるよりはましですな」
決して全てを信用したわけではなかったが、プロスたちはおおよそアカツキの計画が必要であることを認識した。
ユリカが協議の終わりにやんわりと釘をさした。
「アカツキさん、やりすぎには注意してくださいね」
それに答える青年の態度はどこかふてぶてしさが含まれていた。
「OK、OK、肝に銘じておくよ」
こうしてアカツキはユリカの承諾も得て堂々とハイネセンに残留することになる。当人はもとより誰も未来に起こる事件を予測しているわけではなかったが、彼の残留は重要な意味を持つのだった。
Y
ミスマル・ユリカが新しい副官の書類を貰い受けたとき、ツクモ大佐には上官が青ざめたように見えた。
「やはり優秀な人材をよこしてもらえましたね。794年度主席卒業ですよ。すごいですよ! あのグリーンヒル大尉より上ってことですよね」
ツクモ大佐の期待する声とは裏腹に、ユリカは書類を手にしたまま固まっていた。
「いかがされました?」
ふとドアが開いた。そこには色白の肌と流れるようなボディライン、長めのボブカットの金髪にコバルトブルーの瞳を有する写真と同じ女性士官が立っていた。
「アクア・クリストファー中尉、着任のご挨拶にまいりました」
歩調も滑らかに新しい副官が敬礼すると、ユリカは作り笑いで彼女を迎えた。
「……ミスマル・ユリカです……わざわざのご挨拶、ご苦労様です」
ユリカの声はどこかぎこちない。クリストファー中尉は不審を抱いたもの、初の女性艦隊司令官としてアムリッツァで活躍した上官を尊敬し、その下で働けることを嬉しく思っていた。彼女は再び恭しく敬礼した。
「まだまだ経験不足ですが、閣下の足を引っ張らないよう誠意務めてまいります」
「ええ、どうぞよろしく……」
なんとなくひきつったような顔の上官に、クリストファー中尉も不審感が増大する。
「何かご機嫌を損ねるようなことでもしてしまったでしょうか?」
我に帰ってユリカはブンブンと頭を振った。おおよそ艦隊司令官らしくない態度である。
「ご、ごめんなさい。いやな思いをさせてしまっていたら謝罪します……なんというか、クリストファー中尉があんまり美人なんでナデシコの独身連中は黙っちゃいだろうなーって……」
かなり苦しい詭弁ではあったが、ユリカが何かと不安になるのも無理はない。かつて南海の孤島に独り住んでいた──隔離されていたネルガルと並ぶ兵器メーカーの財閥令嬢アクア・クリムゾンと瓜二つなのだから……
もちろん、目の前のクリストファー中尉があのアクア・クリムゾンでないことは十分承知しているが、「ロマンス的心中病したいぶっ飛んだ性格」を含め、なにかと大変な目に遭った記憶があるので、こうも似ているとついつい身構えてしまうのだ。
ユリカの婚約者──テンカワ・アキトもゲキガンガーの美しき敵役だったアクアマリンに似ているアクアと
デレていたから、なお複雑だ。
「なんかナデシコの中だけ地球時代だよね。懐かしい顔ぶれはツクモ大佐とムネタケ中佐で間に合ってるんだけど……」
この後の歓迎会での反応が大いに気になるところであった。
そして、十分懸念したとおりになるのだが……
──宇宙暦796年、標準暦11月下旬──
自由惑星同盟はヤン・ウェンリーを大将に、またシトレの発言を覆しミスマル・ユリカを中将に昇進させ、二人を共に国防の第一線たるイゼルローン要塞に赴任させた。
いずれも将官の年間三階級昇進は初であり、歴史上に燦然と輝く異例となった。
イゼルローン要塞の陣容は次の通りである。
イゼルローン要塞司令官・兼・要塞駐留艦隊総司令官 ヤン・ウェンリー大将
副官 フレデリカ・グリーンヒル大尉
参謀長 ムライ少将
副参謀長 フョードル・パトリチェフ准将
要塞防御指揮官 ワルター・フォン・シェーンコップ准将
駐留第13艦隊(ヤン艦隊)副司令官 エドウィン・フィッシャー少将
分艦隊司令官 ダスティー・アッテンボロー准将
分艦隊司令官 グエン・バン・ヒュー准将
駐留第13艦隊 第一宙戦隊長 オリビエ・ポプラン少佐
駐留第13艦隊 第二宙戦隊長 イワン・コーネフ少佐
イゼルローン要塞駐留艦隊副司令官・兼・駐留第14艦隊(ミスマル艦隊)司令官 ミスマル・ユリカ中将
副官 アクア・クリストファー中尉
参謀長 ガイ・ツクモ大佐
副参謀長・兼・ナデシコ艦長 アオイ・ジュン大佐
駐留第14艦隊副司令官 ラルフ・カールセン少将
分艦隊司令官 ライオネル・モートン少将
駐留第14艦隊 第一宙戦隊長 ジョニー・タック少佐
駐留第14艦隊 第二宙戦隊長 リチャード・フィリング少佐
独立宙戦部隊エステバリ隊隊長 スバル・リョーコ少佐
なお、イゼルローン要塞の完全収容艦艇数の問題から艦隊の規模はそれぞれ1万隻に抑えられた。
そしてユリアン・ミンツも兵長待遇の軍属として歴史にその一歩を標した。
──12月10日──
ユリカ率いる第14艦隊は調整の後、ヤン艦隊に遅れること5日後、要塞の軍事宇宙港に降り立った。
ユリカは、出迎えてくれた黒髪の大将に笑顔を混じえて敬礼した。
「ヤン提督、お世話になります」
「遠路ごくろうさま。こちらこそよろしく」
こうして同盟の新たな体制は整った。
そして様々な思いを乗せ、ヤンファミリーとミスマルファミリーの喧騒と希望にあふれた黄金時代が幕を開けようとしていた。
第一部(完)
第二部『イゼルローン編』に続く
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あとがき
読者の皆様、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。
というわけで第一部を完結とさせていただきます。
なんというか、まだ文庫でいうところの二冊分かよ、って感じです(汗
次回から、ついにヤンとユリカたちがともにイゼルローン要塞を舞台に銀河の歴史を作っていきます。彼らをいつ一緒にするか考えたのですが、やはりアムリッツァ後のイゼルローン時代しかないと思い至りました。まあ、なるべく早く邂逅させたかったですけどねw
イゼルローンを舞台に一体どういう物語が展開していくのか? ユリカたちが加わったことによって生じるあらたな変化と波紋とは何か、お待ちいただければ幸いです。
それで第二部開始までは少々お時間をいただきます。(まだ構想がまとまってないものでして(汗)
本編再開までの間は第一部にあたる外伝を数話投入予定です。
なぜなにって? どうやって書くかなw
今話もご意見ご感想いただければと思います。
2010年元旦 ──涼──
(修正履歴)
一部完結につき、誤字や脱字の修正と追記を行いました。
文末には「IF短編最終話」を加筆
2010年1月16日 ──涼──
最終の修正を行いました。末尾IF短編は削除しました。
文章の矛盾点と多少の加筆をしました。
2011年7月4日 ──涼──
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ボツタイトルコーナー
今回はありました。
@『新たなる舞台へ』
A『イゼルローンに舞台は変わり』
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
二次小説 「闇が深くなる夜明けの前に」の執筆の軌跡B
このコーナーは、作者が執筆の裏側を勝手に書き連ねるコーナーです。
前回は序章部分の執筆について述べました。
序章部分でユリカたちがどちらの陣営にどう関わっていくか悩んだのですが、そのためにヴァンフリート後に設定し、ベルトマンというオリジナルキャラを配してユリカたちを攻撃してもらいましたw 実際、ユリカたちが帝国に属するにはムリがありますから。
彼の役柄は最初に比べると話が進むに連れてずいぶん重要性を増していくことになります。なんといっても帝国側でそれなりの地位にあるし、有能にしたので既存キャラよりは自由に使えるんですよ。まあ、家族のことまで書くことにはなるとは思いませんでしたがw
ベルトマンは今後も重要な役柄を演じていく予定です。
第一章では、ついにナデシコが同盟の既存キャラと邂逅。もうなんというか誰にしようかと考えましたが、候補はビュコックとウランフでした。でもウランフのファンだからウランフ提督(エ (ちゃんとヴァンフリート前後の状況を踏まえてあります)
なんというのかウランフとユリカたちの会話をどう成立させるか、ずい分悩んだ記憶があります。ウランフは当然、ナデシコやユリカの姿を見て疑問を持つでしょうし、それはナデシコ側でも同じですからね。微妙に真実を隠しつつ、伏線を張りながらの会話は、今考えれば「よくできたよな」って感じです。
この一章の部分で原作では死亡しているイツキ・カザマを生存させています。彼女が生きている理由を書くのって難しくは無かったのですが、原作の流れってどうよ? て思いました。イツキを出したのは彼女の活躍をもっと見たかったからですかね。
また、ユリカたちが銀英伝世界に現れたとしても、その後、長期にわたって関わる理由が必要でした。これは単純に「演算ユニット邪魔じゃね?」と思い至りました。ユニットに何らかの問題が発生し、ジャンプできなければいいわけですからね。最初はしょうがないという理由で同盟にお世話になるナデシコですが、だんだん胸中に変化が表れてくる。そういった変化をどうもっていこうか、それも悩んでいくことになります。
で、イツキよりさらに登場に悩んだのが「ラピス・ラズリ」です。
──続く──
◎◎◎◎◎◎◎◎◎
メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎
まいどまいど返信が遅れてホントにすみません(汗
以下、いただいたメッセージの返信とさせていただきます。
◆◆2009年12月11日
◆10時37分
面白かったです^^
相転移砲は、他の勢力(特に地球教の連中@@;)にばれて配備されると、目も当てれない被害を出しそうですね…。
たぶんもう行っているのでしょうが、これまで以上にルリ・ラピスに、常時この世界にどれだけナデシコ関連情報が広がっているか調査させないと、手痛いしっぺ返しをくらいそうだw
>>>もう狂信者集団には絶対に知られちゃいけない兵器ですね。ルリとラピスが協力して情報戦にあたれば被害は最小限に食い止められる? というか誰がそんな危険な情報をヤツラに明け渡すんだかw
◆23時6分
いつも楽しく読ませていただいています。このペースでぜひ頑張ってください!
いつでも小説待ってますw
>>>どうもありがとうございます。なんかもっとペースが早くなりたいなぁ、と思っているのですが、決意はあっても現実は厳しいようです。
◆◆2009年12月12日
◆10時21分
ユリカの気持ちは当然ですよね。
この世界は1回の会戦で数万〜数十万の単位で人が死ぬんだから比較にならないけど、人の命について考えるのは火星の生き残りの件についで2回目かな?
艦隊は総数で5個艦隊くらいが残って次の捕虜交換(があれば)で今までの捕虜や
ほぼ無傷の第7艦隊の将兵が戻ってくるから兵員だけ見ると十分過ぎる戦力ですね。それだけの人を乗せる艦艇が無いですけどw
>>>マクスウェルとかにはがんばって艦艇を造ってもらうしかありませんね(笑
ユリカは人の死を悼むことで、ヤンのような葛藤をすることになりそうですが、それを糧に精神的にも成長してもらいたいところですね。
◆3時3分
まさかのミスマル提督とフォークの口論シーン……ビックリしました!それに、フォー
クならあり得る思考(女性に対する偏見?や軍人としてのプライド?みたいな)を抑えていたので、よく出来ていると思います。まだ読んでいる最中ですが、楽しませてもらってます。今後も頑張ってください!
>>>ようやく最新話をお届けできます。今回で一旦本編はキリですが、外伝の方もお待ちいただければと思います。
◆◆2009年12月17日
◆20時14分
最高です。
>>>その一言に助けられてます。今話でのメッセやご感想もいただければと思います。
以上です。いつもメッセをありがとうございます。執筆の力になります。今回の話にもコメントくださいね。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎
メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎
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